この作品ほど、疲れたときに何も考えずに体に染み入る響きはないといえるかもしれない。テレマンの作品と言うよりも、むしろゲーベルとムジカ・アンティクヮ・ケルンの奏でる少しくぐもった雰囲気を感じさせる古楽器の響きが、そうさせるのかもしれない。


この音盤は特にそれが顕著に感じられる。自然な流れの中にも、違和感のないアクセントが散りばめられ、聞いていて飽きることがない。しかしながらBGMとしても正に「自然」な音楽の流れを感じることができる録音といえ、その音楽的な美しさに心を奪われ、愉悦の瞬間が目白押しな録音といえるかもしれない。後期バロックの代表的作曲家テレマン像を再認識させられる一枚でもある。




【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床



ラインハルト・ゲーベル/ムジカ・アンティクヮ・ケルン[2001年9月&11月録音]


【ARCHIV:471 492-2(輸)】

耐火金庫の製造・販売をしていた会社が主催する舞踏会で初演されたといわれているこの『鍛冶屋のポルカ』は、ヨーゼフを代表する作品といえる。鉄床を鳴らす独特かつ印象的なサウンドは一度聞いたら忘れることはできないだろう。兄の存在があまりにも大きいが、弟・ヨーゼフも忘れてはならない存在といえる。

飯森範親が若かりし頃(?)に残したこの録音は、ウィーンの香りは微塵も感じることはできないかもしれないが、この作品の持つ楽しさは十二分に楽しむことができる演奏となっていて、個人的にはお奨めである。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

飯森範親/チェコ・フィルハーモニー室内管弦楽団[1995年6月録音]

【CANYON:PCCL-00315】

チャイコフスキーが残したこの交響的バラード『地方長官』は最近はあまり演奏会で取り上げられる機会が少ない。作品を聴くと分かるがいかにもチャイコフスキーらしい音楽的な「光と影」「陰と陽」を体感できる作品といえる。同名の歌劇とは全く別のもので、彼が亡くなる3年前に作曲している。地方長官の横暴な所業が人々の恨みを買い。最後はピストルで撃ち抜かれてしまうという物語を元に作曲しており、楽しい曲というわけではない。しかしながら、熱いパッションと甘美にして哀感を帯びたメロディが織り成すチャイコフスキーの世界はこの作品の中でも健在で、もっと演奏されて良い佳品といえるだろう。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
エフゲニー・スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団[1993年&1996年録音]
【CANYON:PCCL-00574】

モーツァルトの晩年の最高傑作といわれる《魔笛》の録音を紹介する。数多くの録音が残されているものの、「これ」という名演となると、あまり存在していないような気がするこの作品。難解で突飛なストーリーと登場人物の多さもそれに起因している気がするが・・・。

ということで、今日紹介する録音は決して名盤とは言い難い。しかしながら、安心して聴ける要素は豊富に含まれているといえる。ガーディナーによる《魔笛》である。イングリッシュ・バロック・ソロイスツとモンテヴェルディ合唱団という、彼が手の内に入れているオーケストラと合唱団だけあり、彼らを無駄なくシンプルに操っている。派手さは微塵も無いが、要所で聞かせるアクセントは絶妙。各ソリストも無駄な装飾を取り払い、モーツァルトのサウンドを「綺麗に」表現しているといえる。個性が無い演奏にも聞こえてしまうかもしれないが、贅肉のついていないスマートな演奏こそ、モーツァルトを演奏する上で(聴く上で)は、最も必要なアイテムであると感じる自分。

モーツァルトの醍醐味を十二分に堪能できる演奏といえるだろう。


【推奨盤】

乾日出雄とクラシック音楽の臥床

ジョン・エリオット・ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ/他[1995年録音]

【ARCHIV:449 166-2(輸)】

西部劇『11人のカウボーイ』のために作曲されたものを、ボストン・ポップス・オーケストラの音楽監督就任記念公演のためにオーケストラ編曲したのがこの『カウボーイ序曲』である。それをさらに、ジェイムズ・カーナウが吹奏楽版にアレンジした演奏がここで紹介する金聖響の演奏だ。

トランペットの高らかなファンファーレに始まり、この曲のメインテーマともいえる軽快なリズム感に冴えた旋律が弾ける。中間部の美しさも見事であり、息つく暇無く突き進む会心の作品といえる。カーナウ編曲ということもあり、壮大かつ華麗さに磨きがかけられている印象が強い。金聖響のサウンドは実にシンプル。変な脚色をしないものの、アクセントの付け方はスマートにしてダイナミックだ。他の録音でも感じることだが、金聖響の内面から湧き立つ迸るパワーを感じる演奏といえる。作曲家自ら指揮するオーケストラ盤と聞き比べると、金聖響のサウンドが実に柔軟でアメリカ的であるかが感じられるだろう。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

金聖響/シエナ・ウインド・オーケストラ[2006年3月録音]

【avex:AVCL-25131】



【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

ジョン・ウィリアムズ/ボストン・ポップス・オーケストラ[1980年代録音]

【PHILIPS:420 178-2(輸)】

ピアソラが、亡き父に捧げたこの「アディオス・ノニーノ」は、彼の作品の中でも一際熱いパッションを感じることができる作品といえるだろう。その作品を、タンゴ発祥の地・ブエノスアイレスのオーケストラで紹介しようと思う。

…と書いたはいいが、正直言って思ったよりも熱くない。ノスタルジックにしてかつ劇的に歌い上げるはずのこの作品だが、どうにも弦楽器と管楽器のバランスが悪いのか、テンションがあがらないブエノスアイレス交響楽団の皆様。弦楽器の響きだけを例に挙げれば、そんなに悪くはないのだが・・・。バンドネオンの響きだけが熱く燃え上がっているといえ、オーケストラのベクトルが定まらない演奏といえる。併録されているヒナステラの散々たるアンサンブルは、ある意味一聴の価値はある。

かなり前向きに考えて…、アルゼンチンにもオーケストラがあり、ブエノスアイレスの名を冠したオーケストラの力を体感するには適した音盤といえるかもしれない。自国の作曲家の作品の演奏なのだから、持っている最高の力を発揮しているに違いないのだから…。他の録音があればもう一度彼らの演奏を聴いてみたいと思う自分である。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
ペドロ・イグナシオン・カルデロン/ブエノスアイレス交響楽団[1990年12月録音]
【milan sur:883 745(輸)】
和太鼓奏者・林英哲の録音を今日は紹介する。世界的に活躍する林がベルリン・フィルのシーズン最後を飾る恒例のヴァルトビューネのピクニックコンサートに出演した際の録音だ。

2000年に収録されたこれは、『リズムとダンスの夕べ』と題した公演で、ケント・ナガノらしい、一筋縄には行かない独特の妙味を併せ持ったプログラミングだったといえる。毎年、大いに盛り上がるこのヴァルトビューネのコンサートの中では、ちょっと難しい曲目も相俟って、いつもの和んだ雰囲気の中にも、一種独特の緊張感に終始していたように思える。

そんなコンサートの中で、一番の盛り上がりを見せたのが、この「飛天遊」だった。ヴァルトビューネに響き渡る和太鼓の鼓動、そして、万来の拍手は、今までのヴァルトビューネの歴史に大きなアクセントを付けたに違いない。是非、この公演の様子は、目で楽しんでいただきたい。ヴァルトビューネはそんな空間である。

【推奨盤】
ケント・ナガノ/林英哲(和太鼓)/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[2000年6月録音]

「二人でお茶を(ティー・フォー・トゥー)」の名でジャズのスタンダード・ナンバーとして広く親しまれているこの曲をショスタコーヴィチはオーケストラのために編曲した。この編曲版が生まれた経緯は伝説ともなっている彼の驚異的な記憶力と初見力を物語るに相応しいエピソードといえる。
ある指揮者がパーティーの席上で今から聴かせる音楽を1時間でオーケストレーションしたら、自分の演奏会で演奏する、という賭けをし、ショスタコーヴィチが、40分で書き上げたのがこの作品である。ジャズの魅力を充分に感じられるオーケストレーションが絶妙な彼の新たな魅力に惹かれる佳品といえる。ちなみにロシアでは「タヒチ・トロット」という名で「二人でお茶を」は親しまれている。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団[1981年録音]

【DECCA:UCCD-3530】

ピーター・グラハムといってもK-1で活躍するオーストラリアのキックボクサーのことではない。まったくの別人である。

グラハムはスコットランド出身の作曲家で、金管バンドのための作品を数多く書いている。この曲はアイルランドの伝統的な民謡から題材をとっており、とても親しみやすい曲調になっている。曲は次第に高揚して終わるが、曲の終わり方はちょっと安直にも感じる。しかし、アイルランドの民族舞踊や音楽を身近に感じられる曲である。

ちなみにこの曲を演奏している団体、関西地区で活動するオーケストラの管楽器奏者を中心に、毎年5月に集まって公演を続けている。大フィル、広響、京響、関西フィル、オペラハウス管、ほか、みな一線で活動しているだけあって、即席アンサンブルではあるが充分に聴き応えのある演奏を毎年繰り広げている。指揮の丸谷は吹奏楽好きなら今更の説明は不要だろう、大阪府立淀川工業高校吹奏楽部の「御大」である。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
丸谷明夫/なにわ《オーケストラル》ウィンズ[2005年5月録音]

【BRAIN MUSIC:BOCD 7164】

諏訪内晶子といえば今更ながら語る必要がないほどに世界的に活躍するヴァイオリニストである。その彼女のデビュー盤はなかなかの名演だ。ブルッフのヴァイオリン協奏曲とスコットランド幻想曲が収められており、それぞれ秀逸ではあるが、個人的にはスコットランド幻想曲がとても印象的。
各楽章にスコットランドの民謡が引用されており、全曲に亘って甘美な旋律が流れている。ヴァイオリンとハープと管弦楽のために書かれているものの、ハープはむしろ管弦楽の一員としての存在感でとても控え目。ただ、ハープの響きがこの曲の幻想的な美しさを醸し出しているのは間違いない。諏訪内のヴァイオリンも安定した技巧に裏付けされており、マリナーが指揮する管弦楽も実に堅実に纏めているといえる。ちょっと、オーケストラの個性が薄いのは否めないが・・・。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

ネヴィル・マリナー/諏訪内晶子(Vn)/アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ[1996年7月録音]
【PHILIPS:PHCP-1804】