発表当初は『原爆の図に寄する交響的幻想』と題され、のちに『交響的幻想《ヒロシマ》』と改題。さらに改題され『交響曲第5番(ヒロシマ》』となり今に至るこの作品は、その名の通り『広島』を題材にしたものである。


作品は8つの部分から構成されており、それぞれに以下のように楽譜に記されている。

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序奏:無神経な時の流れ―人類の良心の声―混乱―静寂

幽霊:それは幽霊の行列でした

火:次の瞬間火が燃え上つた

水:人々は水を求めてさまよいました

虹:声もなく人々は苦しんでいました―突然黒い大雨がきました―その後に美しい虹が現れました

少年少女:人生の喜びも知らず、父や母の名を呼びつゞけながら死んでいつた少年少女

原始沙漠:果てしない髑髏の原です

悲歌
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戦後復興期の日本において、追悼する音楽は数多く書かれたものの、原爆の惨劇を音楽で表現したのはこの作品が初めてといってもいいだろう。広島や長崎の惨状を直接は見ていない作曲家ではあったが、占領軍によって公開が禁じられた原爆の記録映画の音楽を担当していたこともあり、原爆については一定水準以上の理解はあった。それに加え、丸木位里・丸木俊が書いた『原爆の図』から強いインスピレーションを得て書き上げられたこの作品は、当時としてはあまりにも衝撃的な音楽として流布していったに違いない。

とにかく、音楽は風景を想起させるに難くないほどに、実にリアルだ。半音階で蠢く旋律や、不協和音に代表される現代音楽の書法を駆使し描きあげられた、日本の「歴史の記録]であり「記憶」である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
湯浅卓雄/新日本フィルハーモニー交響楽団[2005年5月録音]
【NAXOS:8.557839J(輸)】