待望の北海道ドライブ旅行中です。

旅に出るのは20数年ぶり。友人と2人とはいえ、1500キロ以上を走る旅が果たして出来るのか?少々不安でした。

4日目の今日、最大の目的地知床にやって来ました!

北海道は朝から雨、時々豪雨。

でも午後から雲が明るくなり、チェックインした頃には暑くなってきた。ホテルからオホーツク海に沈む夕陽を見ることも楽しみにしていたので、可能性が出てきました。

オシンコシンの滝


ウトロ湾。そして


ホテルの部屋から夕陽を眺めることも出来ました。


しかし、7月の北海道はオンシーズン。外国人旅行者の多いこと。

多くの人が日本に遊びに来ることは経済効果としては良いのかもしれないけれど、私は団体グループは嫌ですね。

パーキングで団体のバスがいるとトイレは大変な行列。バスを見るたびに懸命に時間をずらす私たち。

そういえば、海外にいる日本人も団体多かったなあ。個人で旅行した方が楽しいのに。大変なこともあるけど、記憶に残る旅になるのに。

そして、レンタカーの多いこと!

私もレンタカーなので人のことは言えませんが、運転に慣れていない人も多く、ちょっと怖い。

地元の人はどう感じているのでしょうね。

私が住む小さな村に旅行者が来るのとはレベルが違う大人気の北海道に驚いている次第です。


明日は知床五湖を周り、屈斜路湖方面へ移動します。可愛いヒグマさんに遭遇しませんように。可愛いシマエナガさんには会いたいな。


朝イチで富良野の富田ファームへ。とてもセンスのある素敵なファーム。ラベンダー🪻製品も魅力的なものがたくさん。昨日、美瑛で寄った色彩の丘とは比べようもない。両方とも混んでたけど、あちらは入園料取り、駐車場も有料。そして観光のための乗り物が雑多に走っていて、花は綺麗だったけれど、ゆっくり滞在したいとは思えませんでした。


美瑛はこのマイルドセブンの木のように、一本の木のために立派な駐車場を作り、そういう所には観光バスが止まりびっくりするほど人がいたりするが、そこが必ずしも見るべき素敵な場所とは合致していない感じがした。

とにかく、北海道は外国人観光客で賑わっている。そして真夏です。


7年ぶりに飛行機に乗った。

初めて利用する信州まつもと空港から飛ぶ飛行機は小さい。21✖️4人席。

閉所恐怖症なので、精神安定剤を握りしめて乗る私は、特に狭い空間が苦手。この小さい飛行機は苦手。

でも、大丈夫。と自分に暗示を掛けて最後方から乗り込む。

飛行機がゲートから離れスルスルと動き始める。

一列に並んだ整備士たちが、こちらに手を振っているのが見えた。私も小さく手を振る。初めての経験。

少しウルっとした。


そういえば、今は苦手な飛行機で、私は何度も泣いた事がある。

ニューヨークに住む為に行った時も、そのニューヨークを離れる時も号泣したことを思い出す。

空港も飛行機も、やはり非日常。ドラマチックな乗り物だ。

苦手なのでもう乗らなくても良いと思う。もしかしたらこれが最後になるかもしれない。北海道への飛行。

残り何回もないだけに、できる事ならば楽しみたいと思う。


1週間の北海道ドライブ旅のために、スマホでブログ書けるようにしました。ふぅー。しょっちゅうUPしちゃうかも?

この時期、一日おきに1パック近くの苺が採れる。私のいちご畑。
ジャムにする程度の苺だけれど、私は潰して苺ミルクにして食べる。
子どもの頃よく食べた食べ方。
最近のスーパーには、芸術作品のように美しい大粒の苺しか並んでいない。
でも、苺ミルクのこの食べ方も美味しいのだ。安く手に入る苺がないのだ。どっちも食べられたら良いのに…

今クールも次の回を楽しみにするドラマが殆どなく、それなりには楽しめるけど、だから何?って感じで、ちょっとがっかりなので、その点について、数行書きます。

 

 刑事物、事件物で、基本的に一話完結の話なんだけれど、なんとなく底辺にレギュラーの過去とか絡めて、それをいつもドラマの裏側に疑問のように置いておいて引っ張って、最後にそれを明かし、解決する。という流れの事件物が多い。人を殺さないとドラマが作れないのか!とも思うし、それよりも視聴率を取るためなのか、一話完結の形を取る。もうそうなると(視聴率的には)主役の役者の人気とか魅力に頼るのだろうけれど、作品としては、脚本家に全てが委ねられる。

 

 事件物ではないけれど、メインのスターに頼った「王様に捧ぐ薬指」「だが、情熱はある」は、私には辛くて一話さえまともに見ることが出来ませんでした。が、これはファンが見ればいいドラマだと思うのです。「わたしのお嫁くん」もそうなのかなぁ? 

 

 それに対して、今回めちゃくちゃ多かった、その事件物「風間公親ー教場0ー」「合理的にあり得ない」「ケイジとケンジ、時々ハンジ」「勝利の法廷式」「弁護士ソドム」「Dr.チョコレート」「ラストマンー全盲の捜査官」「正義の天秤season2」「育休刑事」こうやって並べてみたら、やっぱりみんな同じ作り方ですよね。そうなると、一話完結の話の面白さは、ひとえに脚本家の力に掛かる(原作ありかどうかでも左右はされていますが)

 君塚良一、福田靖、泉澤陽子、黒岩勉、の脚本は、穴が少なく楽しめましたが、やはりずば抜けているのは、「ケイジとケンジ、時々ハンジ」の福田靖でした。ストーリー展開のみならず、笑いを含めた脚本は素晴らしいです。名前を書かなかった脚本家のドラマは、面白い回があっても、辛い回もあり、これを1クール続ける意味があるのでしょうか? というのが、今回のクール全体の感想です。

 最近の傾向で圧倒的な共通点は、主役の刑事(なり)が、昔、最愛の人を殺人という形で失っていること。

 「勝利の法廷式」では、脚本家の最愛の女性が、「弁護士ソドム」では、弁護士の母親が殺され、父親が行方不明。「Dr.チョコレート」では、少女の両親が殺され、「ラストマン」では、親が殺されていたり、殺していたり「正義の天秤」は弁護士の恋人が暴行に合って意識なく、それがきっかけで弁護士になったり刑事になったり。その復讐のために生きていたり。

 なんだろう?そういう人を置いて、過去の苦しみを時々挟む方がドラマチックなのかしら?

私は、やはり「みんな似ている」ということに疑問を持つのです。ドラマですから独自性は欲しいです。

 

今回チェックしたドラマは

【風間公親ー教場0ー/合理的にあり得ない/ホスト相続しちゃいました/私がヒモを飼うなんて/それってパクリじゃないですか?/隣の男はよく食べる/ケイジとケンジ、時々ハンジ/あなたがしてくれなくても/勝利の法廷式/僕らの食卓/夫婦が壊れるとき/ペンディングトレインー8時23分、明日君と/弁護士ソドム/帰ってきたぞよ!コタローは1人暮らし/Dr.チョコレート/月読くんの禁断お夜食/グランマの憂鬱/ラストマンー全盲の捜査官ー/日曜の夜ぐらいは…/グレースの履歴/正義の天秤season2/育休刑事/おとなりに銀河/unknown /波よ聞いてくれ/王様に捧ぐ薬指/だが、情熱はある/わたしのお嫁くん/クライムファミリー/テイオーの長い休日/(全30作品)(育休刑事以降は途中棄権)】

 

 

2023春 MYアカデミー賞  (敬称略)

 

主演女優賞  奈緒 

     (あなたがしてくれなくても)

 

魅力的な役者を脇に回して、とっても平凡な女性が主役を張るという、良いバランスが取れていました。地味だけれど、心の揺れを細かく描いていたし、色気のある女優ではないのだけれど、夫婦の微妙な愛情、欲情、無理なく演じていました。もっと活発でエネルギーに満ちた役が多かっただけに、ごく自然なキャラ作りは素晴らしい。

 

次点

稲森いずみ(夫婦が壊れる時)熱演でした。モデル出身の女優ってとても多くて、彼女くらいになるとモデルだった時を知らない人が多いと思います。モデルがやりたくてやっていたのか、女優になるための架け橋としてやっていたのかは人それぞれだと思いますが、ある程度歳をとって芝居が安定した方の一人です。きちんとした取り組みと素敵な生き方をされているのだと思います。

トリンドル玲奈 (月読くんの禁断お夜食、私がヒモを飼うなんて)

純粋な日本人ではない風貌が個性的であり、喋り方と口に癖があり、それが可愛らしい個性を作っている人なので、脇役では使いにくいのかもしれない。と思わせるほど、主演の多い女優です。

 

主演男優賞  福山雅治

     (ラストマンー全盲の捜査官ー)

 

全盲の人を演じる時に、普通こうはやらないと思う。が、そもそも全盲のFBI捜査官という設定なので、優れた捜査のできる刑事でなければならない。その時に編み出した福山雅治流、全盲の人の作りは、大した物だと思わされた。こんなのあるはずないじゃない。という大前提の上に、あっても良いかもと思わせるリアルさと、初志貫徹された統一感。そして彼がやるので格好良さも残している。驚かされました。そしてこういう人がいてもおかしくないと思わせました。

 

次点

桐谷健太 (ケイジとケンジ、時々ハンジ)

前回も書いたと思いますが、これは彼のためのドラマです。桐谷健太にとってこれ以上はない最高の役所だと思う。あんなに暑くて妹想いの刑事が素敵に見えるのが彼の個性と魅力ですね。

山田裕貴 (ペンディングトレイン-8時23分、明日君と)

とても素敵な気になる役者なのに、いつも次点なのは、今後に大きな期待があるからです。訴えるものがあって、目が離せませんでした。

 

助演女優賞  武田玲奈 

      (あなたがしてくれなくても)

 

武田玲奈ならではの役で、こんな女の子いたらいいのに…と思わせる。嫌われても仕方ないような性格なのだけれど、実は先輩想いの、物事をよく観察してはっきりものを言うキャラクターは、このちょっと暗くなりがちなドラマの中で救いになっていました。

 

次点

柴田理恵 (グランマの憂鬱)

テレビで初めて柴田理恵の芝居を良いと思えました。田舎の冴えない叔母さんが「推し」を持ち、その推しに対しての優しさが溢れていた。「推し」を持つことで生き生きとされている高齢者の方もいると思うし、良いことだなって思える左近です。

吉瀬美智子(ケイジとケンジ、時々ハンジ)

外見のインパクトと、歯切れが悪く個性的な喋りと、芝居が上手いわけではないのに合う役(この人でなければと思わせる役)の多い人です。そしてこの頭の切れる女性もハマり役でした。少し抜けているところが抜群でした。

山下美月(弁護士ソドム)

やっと顔を覚えた程度なんですけど、綺麗に変身すると華やかさもあり、遠慮のない芝居をする人ですね。

長井短(ケイジとケンジ、時々ハンジ)

前半は、まったく魅力的ではなかったのですが、途中から少し自由になって、刑事に見えてきました。いつも注目している役者なので。

 

助演男優賞  北村有起哉

      (ケイジとケンジ、時々ハンジ)

 

前回のドラマから、基本的にこの役だけを入れ替えて作られたseason2。やりにくかったのではないかと推測するけれど、ちょっと情けない、でもそこが色気の頭の良いケンジ役を作り上げていました。

 

次点

川村壱馬(日曜の夜ぐらいは…)

顔もいいけど、優しそうで、心安らげる美しい男性でした。演技の方はよくわかりません。

横山裕(コタローは一人暮らし)

この役、とても魅力的です。

 

気になる役者

新原泰佑(グランマの憂鬱)

顔が整った人は時として芝居中にがっかりさせられるのですが、彼はなかなかのイケメンでした。

北里琉(ケイジとケンジ、時々ハンジ)

余計な芝居をしない、個性的な若いインパクトのある女優

榊原るみ(グランマの憂鬱)

こんなところに書いてごめんなさい。いつも新人とか私が初めてみた人を並べているのに。久しぶりに拝見した榊原るみさんは、とっても可愛らしいお婆さんになっていて。こんな可愛らしく歳を取りたいものだと思わせました。

前山くうが(僕らの食卓)

またまた演技だか、そのままいるだけなのか、よくわからない子役が出てきました。

安藤聖(夫婦が壊れるとき)

綺麗な人です。なんていうのかな、平凡な美しさがあり、目に力があり、肌が綺麗で目を惹きます。

宮本琉成(夫婦が壊れるとき)

芝居出来ないんですけど、とても魅力のある子でした。

八木勇征(ホスト相続しちゃいました)

最初は、この男なんだろう?と引いていたのですが、途中から美しく見えてきました。っていうか、やはり化粧をしていない時の方が素敵です。

 

脚本賞  福田靖 

      (ケイジとケンジ、時々ハンジ)

 

今回声をあげて笑ったドラマは、福田靖のこのドラマだけです。とても好きです。役者が全員ハマっていたのも、キャスティングだけの力ではなく、間違いなく脚本の力だと思います。役者がみんな魅力的に見えました。それが脚本家の力です。

 

次点

金子ありさ (ペンディングトレイン)

正直、こんな話なので、とっても良かったわけではないのですが、金子ありさだから、大きな矛盾を起こさずに、この話を最後まで持っていけたのだと思うのです。集団芝居なので、どうしてもキャラの作り方が突飛だったりステレオタイプだったり(他の役との差別化のため)したし、みんなを描かなければならない大変さも想像を絶します。

 

下記2つは、数人の脚本家が列記されているため、どなたの力なのか書くことが出来ません。

(あなたがしてくれなくても) 

微妙な心の動きを描き、時としてセリフにドキッとさせられる。何度か素晴らしいセリフを堪能しました。 そういうドキッとさせられるセリフがもしかしたら原作から来ているのかもしれない。そして素晴らしかった回とそうでもない回があったのは、数人の脚本家で書いているからでしょうかね。ただ、4人の男女をバランスよく描き、それぞれの言い分が伝わり、瑛太演じる男が、(ダメ男だなぁ)と感じつつも、彼の心もよく描けているので仕方ないと思ってしまうこともある。男女が、それぞれの気持ちの持ちようについて考えさせられる機会があったのではないかと思います。

(グランマの憂鬱) 

こちらも同じです。セリフの素晴らしいいいドラマの回が数回ありましたが、原作が漫画だし、脚本家が数人いるので、誰が素晴らしいのかは分かりませんでした。

 

衣装について 賞は、ありません。弁護士ソドムの衣装はちょっといいなと思った時もあったけれど。それよりも衣装が良くないと思わされたのは、「Dr.チョコレート」です。ゆいちゃんの赤いワンピースは可愛いけれど、他の人たちの衣装が、時々とっても変。同じシーンに登場している2人の女性の衣装が両方ともやけにフリフリだったり、やけにしわくちゃだったり。

 

メイクについて

天海祐希は、その派手な美しさのせいか、こうやってドラマの中で変身することが多い。(合理的にあり得ない)そして美しく変わるその絵を楽しんでいるように見える。今回も前半はかなり派手にチェンジしていて、誰が楽しんでいるのかは分からないけれど、楽しんでいた。しかし、天海祐希の変身よりは、山下美月の変身(弁護士ソドム)の方が派手さはないけど冴えていた。元がそれほど個性的ではないからかもしれないが、自然に別人になったメイクチェンジは好きである。

 

美術について

弁護士ソドムの小田切渉の実家、またあの家だ。

2階建のマンションも同じロケセットを何度か見るようになっている。都合はあるでしょうが、ロケセットを使うにしても、もう少しバラエティに富んでいるとか、撮影の角度を工夫して、別の家に見せて欲しいとは思うのです。時として、あるドラマで使った時のインパクトが強すぎて、そのセットを見た途端、そのイメージを思い出してしまう。例えば、小田切渉の実家のあのロケセットの家は、以前見たドラマで庭に死体を埋めていたので、あの家を見るとあそこに死体が埋まっているように感じてしまったりしている私です。

 

キャスティング賞

     (ケイジとケンジ、時々ハンジ) 

 

東出昌大がいなくなった以外は、前回と同じキャスティングなのでしょうか? 性格には覚えていませんが、キャスティングのバランスは素晴らしいと思います。ケンジグループ、ハンジの二人? ただ、どうしても気になるのが、伊藤淳史。どうしても警察署長に見えない。そんなこと言ったら、若い磯村勇斗が警部補でいいのか?と思うけど、こちらは時間の経過とともになんとなく見えてくる。そして女性二人が、最初は遊んでいるようにしか見えなかった。長井短は、途中から刑事っぽさが出てきたけれど、岡崎紗絵は、最後まで刑事にはならなかった。彼女のかわい子ぶりっ子の芝居はちょっと辛い。

 

演出賞  源孝志 (グレースの履歴)

 

原作と脚本も担当しているので、それこそご自分の好きなように作ることが出来たのではないでしょうか? 映像は美しく、衝撃的なシーンもあり、静かな時の流れと相まって、個性的な作品に仕上がっていました。

 

作品賞  グレースの履歴 (NHK)

 

悩みましたが、この作品にしました。次点の3作品は、それぞれ楽しめましたが、決め手に欠けた。それに比べるとこのドラマは、独自性があり、記憶に残る。

このドラマでは時間がゆったりと流れる。ドラマには多少無駄な時間があったほうが、見ている方はイマジネーションを働かせて楽しめる。旅をするドラマだから、無駄な時間はあった方がいい。行く先々で、それなりの俳優が登場する。一話完結でもなく、ずっと続けて出てくるわけでもなく、その不安定なゲストのバランスがいい。ただただ、淡々と話を繋ぎ、ドラマチックでない描き方が良い。内容に、事故死した妻が隠していた数々の出来事が存在するので、ドラマチックに描く必要がない。

 

次点

あなたがしてくれなくても

単なる不倫ドラマではなく、セックスレスを問題視したドラマであるけれど、男女のそれぞれの気持ちがよく描かれていて、ラブストーリでもあり、特に途中からは楽しめました。ただ、最終回はいただけなかった。吉野夫婦が元に戻ることも、子ども問題が解決していない。新名夫婦は別れても何も問題がないので、良い友人になれそうだけれど、でも珈琲屋で4人集まった時の状態もちょっと無理。そういった、展開の部分でちょっと気になることはあったけれど、心の動き、微妙なやり取り、セリフのインパクトはありました。役者もみんな魅力的でした。

ケイジとケンジ、時々ハンジ 前回よりもよくしたことに拍手。

ラストマン

 

その他のドラマにひとこと

【風間公親ー教場0ー】 初めてやった時のスペシャルドラマは見たけれど、次は見ていません。それが今回連ドラになった。つまりこの年齢の木村拓哉が、ある意味長い人生をかけて取り組んでいる役が、この風間公親である。こんな陰気な役やりたくないよね。と言いたい。役作りもさして難しくないし。つまらないだろうなーと思いながら、これはいつまで続くんだろうって感じ。ゲストが変わってもそもそものドラマが暗いから、そうそう雰囲気は変わらない。当初、ゲストが2話ずつ変わるのか…と、ゲスト主役に人気の俳優を迎えて華やかにして視聴率も取る作戦かと思ったら、北村匠海あたりから、その定期的なゲストの登場パターンに変化があり、これはさすが君塚良一って感じだった。でももうシリーズ化しなくていいと思う。陰気なドラマ。

【それってパクリじゃないですか?】 毎回のようにある、元気な若い女性の頑張るドラマ。そして、こういうドラマでヒットも飛ばす芳根京子主演。なのに、失敗したのは何故だろう? 重岡大毅は良かったし、ともさかりえは、いつも外さない。なのに、面白くなかった。

【私のお嫁くん】 連ドラでずーっとずーっと主演を張り続ける波瑠ですが、最近仕事の出来る上司役が続いていて、それがどうにも性格が悪そうで耐えられない。なんだろう、この不快感。

【Dr.チョコレート】 つまらないドラマでした。アイデア倒れというのでしょう。6人の同僚が個性的で魅力的であるはずが、それなりの役者なのに、いつになく魅力がない。つまらないのに最後まで見続けた自分に拍手です。 小学生の女の子が医者として優秀なのは、手術の技術だけにしたら良かったのでは?手が小さいから大人には出来ない手術ができるとか。医者としての知識、診断力などは、ティーチャーがやればもっといい感じになったと思う。役者が素敵に見えないのは、芝居が下手か、役に合っていないのです。でも上手い役者は合っていない役でもそこそこには成立させます。このドラマでかなり辛かった人と、魅力的ではなかったけれどそれなりにこなしていた役者と見極められます。

 最近、こういう合言葉を言うドラマが結構ある。医者のドラマが多いかしら? 思い出すところでは「朝顔」「Get Ready!」今回は「命はひとつ、誰にも平等にね」このセリフを言うためだけにあるドラマ?そして、このセリフを楽しみにしている人が観客の中にいるのでしょうか?

【隣の男はよく食べる】 菊池風磨、全く役に合っていないと思います。とにかく格好良くない。口に力が入る癖がある人で、こういった食べる番組にはどうだろう? これは格好良い若い男性の役では? 思い出してみると倉科カナも、これまでで最も美しくなかった。彼氏が年下で悩む役だからOK?

【僕らの食卓】 脚本がひどい。話の展開もひどい。主演の役者は、それなりにキャラを作って話を成立させているのだけれど、お金がないの? 動物園に行こうとプランすると雨が降って中止になり、家でお弁当食べる。何か企画すると誰かが具合が悪くなって中止になってお見舞いに行く。ロケに行く制作費がないのかと心配になりました。

【日曜の夜ぐらいは…】(最終回を見る前でごめんなさい) 岡田惠和脚本…。本当に最近ダメですね。大好きな脚本家の一人ですが、やはり偉くなって周囲が意見を言わないか言えないか言わさないか。好きな人だけ登場させて言いたいことを言わせていると、ちょっと吐き気がする時がある。ただ、時々めちゃくちゃ素敵な台詞も勿論あります。

 そもそも、この女の子3人は親友にはならないと思う。んで、美しいことばかり並べるし、5人いたら5人に同レベルでセリフを振るから、長く感じさせる。登場人物がみんないい人過ぎる。かと思えば、悪い奴は悪過ぎる。救いようがない。そして、若葉が会社を辞める時の言葉が酷過ぎる汚なすぎる。ちょっとあり得ない。辞める時にそれまでの不満を全部言って辞めるというのは良いと思います。ただ、言葉が汚い。本当に岡田恵和でしょうか? 

【ホスト相続しちゃいました】 三浦翔平のどこから見ても格好いい容姿のお陰で、他のホストが単に個性的なだけでも、まあ、ありかな?とは思えたけれど、メインでないホストたち(エキストラレベル)には、もう少し綺麗な男の子揃えて欲しかったな。

【夫婦が壊れるとき】 原作が洋物だからちょっと日本のドラマから外れた派手さがあり、感情の表現も派手。ま、こういうドラマもあっていいなと思います。稲森いずみが大主演で頑張っていたし、若い頃大好きだった吉沢悠が、別の意味で素敵になっているし。私は楽しみました。

【ペンディングトレイン】 大変壮大なドラマでした。集団劇のようにしたかったのかなぁ、タイトルバックの車両の中から外を見る写真。最終回までずーっと使うにはちょっと辛い。集団劇にするには、5号車で生き残った人数が多すぎるので難しい。久しぶりに見た古川琴音は、上手だけどちょっと芝居がうるさい。藤原丈一郎は、芝居が上手じゃない上にうるさい。駅員役の村田秀亮も芝居がうるさい。いつもは気にならない大西礼芳も松雪泰子もうるさい。こういう状況だから大騒ぎして芝居がうるさくなっているとも言えるが、芝居がうるさいのは、やはりうまくいっていないのだと思う。杉本哲太は、こういううるさい役を時々やるせいか、それほど気にはならない。かなりクレイジーな男だったし。そして主演3人と井之脇海は、うるさくない。まさか主演3人を引き立てるために周囲の役をうるさく演出したわけでもないのだろうが…。無理の多い(例えば畑野が6号車の人たちに追われたり軟禁されたり)ストーリー展開もこの話を盛り上げるために仕方がなかったか…。

【弁護士ソドム】 デビュー当時からずーっと格好いいと話題の福士蒼汰。今回初めて、格好いいの一端を理解することが出来ました。芝居が上手くないとどうしても格好良く見えない性分なもので。目を細めるパターン芝居も減ったし、何よりも黒いスーツが似合う大人の男になっていた。ちょっと悪い役の方が合っているという方向に行っていますよね、最近。手が綺麗だし、ある種のパターン芝居も様になっている。前半の本性を見せない冷たい時期の方が格好良かったので、やはりそっち方向ですね。背が高くで、間近で見たら恐ろしく格好良いのだということは分かります。

努力、根性、そして、頑張って!

 

私が子どもの頃は、大人気だった単語たちが、最近は嫌われたり、言ってはいけない場面の多い言葉になってしまった。

 

そういえば、子どもの頃、観光地のお土産売り場には、こういった言葉が書かれた商品がたーくさん並んでいた。最近は、どんな単語が書かれているのだろう?

 

ある時期から、頑張ることが格好良くなくなった。

仕事でも遊びでも頑張らない方が洒落ているようだ。

 

確かに、日本人は働きすぎだと思ってきた。

しかし、高度経済成長期の日本人は、頑張って働くことで、この国を経済大国に押し上げた。

 

最近は、仕事よりも遊ぶこととか、家族と過ごす時間を大切にするような風潮にはあるけれど、

それで果たして、日本人は以前よりも豊かな心を持って幸せになっているのだろうか?

 

どこで比較したら良いのか分からないから、私はこの答えは持っていない。

 

ただ、私の年代では、

やはり働かないと生き生きと暮らしていけないと信じきっている人が多い。

そして、多くの男性は、仕事がなくなると暇そうだ。

 

若くてバリバリ働いている時に同時進行して趣味とか遊びとかやっていないと、いざ引退して時間ができたからと言っても何もすることがないのだ。

 

私の場合、ある時から頑張らなくなった。

正確には頑張れなくなった。

この違いは大きい。

若い頃のようには頑張ることが出来ない。

頑張ると後で歪みがくる。

ということで頑張らない。

 

19歳のあの時、29歳のあの時、41歳のあの時、

とても忙しく活躍していた時があった。

あの時の私は、間違いなく、とても頑張っていた。

今では想像も出来ないほど頑張っていた。

そんな過去の自分のことを想う時、あの時の頑張っている自分を見てみたいと思う。

そして褒めてあげたいと思う。

 

「頑張る」とは、私にとっては、今もとても素敵なことで、

若者やアスリートが頑張っている姿を見るのは、この上もなく素晴らしい時である。

ずーっと、そして毎日、イライラしながら聞いている、最近の間違ったアクセントの筆頭。

「全員」

 

全員のアクセントは、平板である。

アクセント辞典にはそれしか明記されていない。

 

しかし、「全員」のアクセントがゼンイ\ンになってきたのは今から20年くらい前だろうか。

そして、最近は、テレビで聴く「全員」ということばの半数以上が間違ったアクセントになってきた。

 

とにかく気になる。

気持ちが悪い。

 

そもそもは、スポーツ観戦でよく聴くようになり、スポーツ解説では、今や100%に近い人が間違ったアクセントの方で話す。

それは、スポーツの解説者が、元スポーツ選手であり、喋りのプロではないから仕方がない…とずっと思ってきた。

そして、スポーツの世界では、めちゃくちゃ、この単語を多用する。(選手のインタビューを聞いていると、時として正しいアクセントで話してくれる選手がいて、ホッとしたり好きになったりする)

 

ところが、数年前から、ドラマ界でも間違ったほうが半数を超えた。実際半数どころではない。

あるドラマでは統一させているの?っていうくらい間違ったアクセントを多用させる。

 

役者は喋りのプロなので、間違ったアクセントは直さなければならない。

役者がまずアクセントの訓練をするのは当たり前の話だけれど、現場で間違いがあった場合は、演出家を含むスタッフが修正しなければならないのだが、どうもその逆が起きているのではないかと思わせる番組もあった。

 

そして、とうとう、喋りのプロフェッショナル、アナウンサーにまで最近は、間違いが発生し始めた。

まだ数少ないが、存在する。

 

聴くのが辛い。

気持ちが悪い。

 

(私の稽古場では、100%注意するけどね)

 

言葉は生き物だ。

だから、使っている人が多くなると、それは辞書に載ったりする。

アクセントについても同じで、そのアクセントが多く使われるとOKになっていく。

しかし、あくまでもこれまでのアクセント(この場合平板)が、第一アクセントであり、その次に、(これでもいいよ)という感じで表記される日がやってくる。

まもなくやってくるであろうその日のために、私は心の準備をしておかなければならない。気持ち悪くならないように?

 

しかし、プロフェッショナルは別である。

プロは、基本的にアクセント辞典の最初に書いてある、そもそものアクセントで喋る、べきである。

そう、生徒にも指導している。

 

そして、もっと間違ったアクセントで喋る人が増えている最たるものは、「4月」と「2月」である。

これを頭アクセントで喋る人が非常に増えていて、こちらはラジオのアナウンサーでも普通に使っていることが増えた。

気になる。けれど、こちらは頭アクセントの方が少しおしゃれな響きを持っているような気がする。そのためか「全員」よりは、時によっては(1つの文章に「4月」が2、3回入っているような場合)耳が許してしまう傾向がある。(あくまでも私の場合)

 

スポーツ選手やスポーツ界で、「全員で」と毎日間違ったアクセントで喋り続けているのは、まあ仕方がないとしても、アナウンサー、役者、その他、公共放送機関で喋りのプロとして仕事をしている人たちは、流されてはいけないのだ。

 

私の心の健康のために(笑)是非とも直していただきたい!

もしも、人生にどん底があるのならば、

 

それは、なるだけ若い時にあった方が良い。

 

それまでの人生が、順風満帆で、50代とか60代に突然最悪のことが起こると、辛すぎる。

 

どん底から這い上がるためには、力と時間が必要だ。

なんらかの力、例えば周囲の人々のヘルプとか、自分の中から湧き出るエネルギーとか、そういうものがなかったとしても、結局は、時間が解決してくれる。

それは間違いがない。

時が経てば、少しずつ、その辛さは和らいでいく。

 

私にとって、どん底は27歳の時。

そこから立ち直るのに10ヶ月掛かった。

そして、それから10年後に、初めて「あっ、私立ち直れたかも」と感じたし、

それから20年後に、やはり同じように「私は、今、立ち直った」と感じた。

つまり、いつ立ち直れたのかは分からない。

 

ただ、分かっていることは、あそこが最悪だったということ。

 

つまり、あれより悪いことは起こらないという確信だ。

これには救われた。

 

10年後、はたから見てもかなりきついことが私の人生に降りかかったけれど、

私は、ハナから、「大丈夫、あれより酷いことはもうないのだから」と思って乗り越えることが出来た。

 

27歳のどん底の時は、もう人生の終わりを感じ、急に老婆になったような気分だった。

将来がないということは、こうも自分を老けさせるのか。

朝が辛い。

未来がなくなっているから。

朝、目を覚ました時が、最悪なのだ。

 

そういう時期は、最悪の自分のことしか目に見えない。他の人のことなど考えられない。

けれど、そのうち光は指します。

若ければ、光が指し始めてから人生をやり直すことはいくらでも出来ます。

 

そして、数十年後に、立ち直った時に、

あの経験が役に立ったと思えたら、その生き方は素晴らしかったのだと思うのです。

 

私の場合…

あのどん底があって良かった。

とは、やっぱり思えないな、まだ。

使わないように心がけている言葉がいくつかある。

 

「すみません」

 

断る時の「大丈夫です」

 

「○○しなくちゃ」

 

「○○してあげてるのに」

 

仕事柄、言語には興味を持っている。

 

「しなくちゃ」

ではなく、

「○○しようっと!」

やらなければならないことはたくさんあるが、それらを楽しむための第一歩である。

 

cafeで、コーヒーにミルクとお砂糖が必要か聞かれる時代になった。要らない時に「大丈夫です」という人が多くいる。

私は使わないことにしているから

「要らないです」と答える。

 

「NO」の言えない人が多い国だ。

 

そして何よりも、「すみません」

一時期、「すみませんを使わない会の会長です」と言って会員を集めていたことさえある。

これは一時代前、なんでも「すみません」とか「どうも」とかで片付けてしまう傾向が現れた頃の話。

 

謝る時は「ごめんなさい」(仕事がらみは)「申し訳ありません」

お礼は「ありがとう」(私が最も好きな言葉のひとつ)

オーダーする時は「お願いします」

人の間を通り抜ける時、すれ違えないので少し動いて貰う時は「失礼します」

 

どうしても「すみません」でなければならない時以外は使わないようにした。

 

折角存在する、最も相応しい言葉を使えたらとても素敵だと思う。

そしてボキャブラリーが減っていくことを恐ろしく感じている。

日本語の美しさを発揮できたら良いと思っている。

信州の村に移住して、今月で丸7年になる。

 

折に触れて私が田舎暮らしの素晴らしさ、愉しさを友人に伝え、

 

ともすれば、誰か都会時代の友人が引っ越してこないかなぁ?と期待したりしていた。

 

そして分かったことがいくつかある。

 

私が田舎に移住する話を喜んだり羨ましがったりする人は、決まって都会育ちの人だ。

 

田舎から都会に出て来て、今都会で暮らしている人の多くは、羨ましいとは思わない。

一部の人は、明らかに、田舎なんて…と思っている。

理解してもらえない。

 

一言に田舎と言ったって、色々あるだろう。

 

商店街がシャッター街になり、

過疎化していく田舎を知っている人には、そのイメージが強いに違いない。

 

私が今暮らしているところは、過疎化していない。

単に自然豊かな所。

交通機関的には非常に不便だけれど、

小さな村なので用事は近くで済むし、

ちょっと車を走らせれば、なんでも手に入るし、

おしゃれなレストランで食事をすることも出来る。

そんな場所だ。

 

自然が溢れていて、虫が多くて、風が気持ちの良い所。

 

私も都会生まれの、まあまあ都会育ち。

大人になってからはずーっと都会。

その殆どが、マンションのようなビルの中で、

自分の土地も庭も持ったことがなかった。

 

私のような(一応)都会育ちの人間にとって、この田舎への移住は意味があるのかもしれない。

この自然は、かけがえのない宝物なのだ。

 

人は育って来た環境で、それぞれの価値観を築き上げていく。

私の価値観は50前後で完成形を迎え、私はその価値観に沿った暮らしを今している。

ということで、とてもラッキーである。

 

もっと早く自分の生き方が決まる人の方がいいと思うけれど、

家族があったりすると、なかなか暮らしの形を決められないこともある。

 

いくつであったとしても、そこまでに着々と価値観を築き上げ、

色々な人や意見に左右されて、少しずつ訂正を加え、

完成形を迎えた時に、

余生は、その価値観に沿った暮らしが出来たら良いと思う。

 

それが私の場合、この信州の田舎暮らしだった。