■二章を現代文に訳してみた
一章は単にカッコつき平仮名を、書き換えたものだったけども。
二章の方も気になったので、牛頭の古文能力で現代文に翻訳してみました。
こちらは、機械的な置き換えではなく、 牛頭の翻訳になるので、人によって変わると思います。
二
私が持っている長崎ヤソ会出版のある一冊、
題名は「れげんだ・おうれあ」となっています。
思うに、LEGENDA AUREA の意味でしょう。
しかし内容は必ずしも、
西洋のいわゆる「黄金伝説」ではありません。
ヨーロッパの使徒聖人の言行を記録するとともに、
あわせて日本の西教徒の勇猛精進の奇蹟も収録し、
そして福音伝道の一助にしようとするもののようです。
体裁は上下の二巻、美濃紙刷りで草体が混じったひらがな文であり、
印刷はひどく不鮮明で、印刷物かどうか明らかではありません。
上巻のトビラには、ラテン語で書名を横書きし、
その下に漢字で
「御出世以来千五百九十六年、慶長二年三月上旬鏤刻也」
の2行が縦書きされています。
年代の左右にはラッパを吹いている天使の絵があります。
技巧はとても幼稚ですが、味わい深い趣がないわけではありません。
下巻もトビラに「五月中旬鏤刻也」の句があることを除けば、
上巻とまったく違いはありません。
両巻とも、紙数は約60ページあり、
載っている黄金伝説は、上巻は8章、下巻は10章あります。
その他、各巻の冒頭に著者不明の序文と、
ラテン語が加えられた目次があります。
序文は、文章に品があり洗練されていて、
ほとんど欧文を直訳したような語法を交え、
一見したところキリスト教徒西洋人の手によるものではない
と思われます。
以上、採り上げた「奉教人の死」は、
概ね「れげんだ・おうれあ」下巻第2章によるもので、
おそらく当時長崎のあるキリスト教寺院で起こった事実の
忠実な記録ではないでしょうか。
ただし、記録中の大火事は、「長崎港草」などいくつかの書籍を調べても、
その有無すら明らかではないことから、
事実の正確な年代にいたっては、
これをまったく特定することができませんでした。
私は、「奉教人の死」の発表の必要上、
あえて多少の文飾をしています。
もし原文の平易で洗練された筆致を、
著しく棄損しているところがなければ、
私のこの上もない幸せによるところと言うしかありません。
■最後の一文がおかしい
最後の一文は、翻訳が変かもしれませんね。
芥川の『奉教人の死』の原文は下記です。
もし原文の
平易雅馴なる筆致にして、
甚しく毀損せらるる事なからんか、
予の幸甚とする所なり
と云爾。
コトバンクなど使って、出てきている単語の意味は、下記の通り
・雅馴:品があって洗練されていること
・毀損:壊れること
・なからん:無いだろう
・幸甚:この上もない幸せ
・云爾:これにほかならない
古文・漢文は苦手でしたけれども(実際 成績はよくありませんでした)、
どうも以下のように、自己放漫な文章に読めます。
もし原文の
洗練された筆致が
ひどく損なわれていることは無いだろう事は
私のこの上もない幸せな(才能)による
とことに他ならない。
要約すれば
「原文の洗練された筆致を損なっていない点は、自分の才能という他ない」
になっています。
酷く自己放漫ではないでしょうか。
あらためて原文を見ると、一人称に「予」を使っています。
本作当時、芥川はまだ26歳の駆け出し作家です。
自分を「予」と呼ぶほど、エラいのかい?
君は福沢諭吉・坪内逍遥かい?(用例を見ると、諭吉・逍遥が出てくる)
■「れげんだ・おうれあ」と『奉教人の死』が、世間に与えた影響
「れげんだ・おうれあ」は実在しない架空の書物で、
『奉教人の死』発表後に、ひと悶着がありました。
◆『奉教人の死』-ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%89%E6%95%99%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%AD%BB
特に、「備考」「改稿」の節に注目です。
(牛頭は、3読目の入り口発見の前に、この記事を読んでいますよ)
ポイントを指摘しておきます。
●内田魯庵は、芥川に対し『れげんだ・おうれあ』の内見を申し込んだが、
芥川は「右は全く出鱈目の小説にて候」と即答したらしい。
●芥川は 1925年の『風変わりな作品に就いて』の中で
『奉教人の死』を「全然自分の想像の作品」と断言している。
◆『風変りな作品に就いて』-青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/3781_27339.html
●その上でも、柊源一、石田憲次、上田哲、三好行雄らは、
『奉教人の死』は
『レゲンダ・アウレア』の英語抄訳版と、
スタイシェン著『聖人伝』を
参照して執筆されたという説が確実と見られている。
●「れげんだ・おうれあ」の表紙には
初稿では、 西暦 1596年 慶長元年 になっていた。
林若樹や新村出から「慶長改元は10月だ」と指摘されて、
単行本収録時には、西暦 1596年 慶長二年 に変更された。
どちらにしても、おかしい。
また、堀辰雄は『芥川龍之介論――藝術家としての彼を論ず』において
志賀直哉が、「奉教人の死」を批判的に述べたらしいです。
◆『芥川龍之介論――藝術家としての彼を論ず』堀辰雄 - 青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001030/files/47895_49218.html
●志賀直哉は、「奉教人の死」の主人公が死んで見たら実は女だったという事を
何故最初から読者に知らせておかなかったのか、と彼に言ったらしい。<中略>
芥川氏は
素直に受け入れて、
「藝術といふものが本當に分つてゐないんです」
と答へたらしい。
■牛頭の意見
志賀直哉の言っていることは、正しい。
冒頭第一文からして虚偽を言っているからである。
去んぬる頃、日本長崎の「さんた・るちや」と申す「えけれしや」(寺院)に、「ろおれんぞ」と申すこの国の少年がござつた。
これはいけない。
同年の『蜘蛛の糸』では、
推量を使って巧妙に虚偽とならずに嘘を繰り広げているのに、
本作では一転して、
ろおれんぞが男であると言い切って虚偽を書いている。
地の文に虚偽があると、
何が本当で何が嘘なのかわからない。
小説家として失格なのである。
こんな作品を書く作家が、日本文学の代表
と呼ばれてはいけない。
つまりこういうことだ。
「ローレンゾは少年である」と繰り返し書いている。
「ローレンゾは女じゃ」と繰り返し書いている。
どちらが本当で どちらが嘘なのか。
後から言ったことが、本当であると言えるのか。
乳房があるからといって女だと言えるのか。
胸に肉がついた少年かもしれないぞ。
しかも、「ローレンゾが女である」と言っているのは、
語り手だけであり、
作中の登場人物(シメオン や 傘張の娘全員)は、それに気づいた様子も無い。
語り手が、乳房を見た瞬間、のぼせ上がって、女だと思い込んだのかもしれない。
地の文に虚偽があると、
ローレンゾ が 少年か女か わからない、だけではない。
シメオン 傘貼りの娘 その他の人物像も
出来事の描写も、信用できないのである。
言い切りで繰り返して虚偽をついている以上、明確な解説が必要である。
架空の書物「れげんだ・おうれあ」の件も、
「架空ですよ。えへ」では済まされない。
本作は、虚偽ばかりだ。
次回、最終回のつもり。