読んだり観たり聴いたりしたもの -165ページ目

ピカソ/瀬木慎一

何気なく、学究的で社会派のように考えていたピカソだが、この本を読んでまったく逆であったことを知った。
ピカソを語るに、「女、女、そして女」というわけだ。ピカソは、主義主張よりも、ともかく女を描いた画家だった。
ピカソには才能があり、しかも成功した画家であったから、彼の人間としての社会性は、非難もあるが、一般には赦されている。しかし、ピカソが売れない画家であったらどうだったろうか。もしくは画家ですらなかったらどうだろうか。愚かな人間が一人いた、というだけのものだろう。そして、そういう人物は、いつの時代でも、今でも数多くいることだろう。
「アヴィニョンの娘たち」の、アヴィニョンが、フランスのアヴィニョンではなく、スペインにあるアヴィニィヨ通りのフランス語読みだったとは知らなかった。
著者のやや古めかしいジェンダー感が、時々気に障るが、大体において読みやすく面白い本だった。

著者: 瀬木慎一
タイトル: ピカソ
 

なんでも測定団が行く/武蔵工業大学編

ブルーバックス。「ものごと」をどうやって測るか、についての雑学読本といった感じ。SIから始まって、工学・環境・社会まで。
今ひとつ切れが悪い感じ。ちゃんと数式で説明してほしいところが突込みが弱い。逆に不要な説明をだらだらしているところもあり。メリハリがない。項目も中途半端な印象。もっと意外なものの測り方などを紹介して、ぐっと引き込んでほしかったところ。著者: 武蔵工業大学編
タイトル: なんでも測定団が行く

美の思索 生きられた時空への旅/石井洋二郎

美とは何か?美的体験とはどういうことか。著者が造詣の深いフランス各地・各時代から切り取った美的体験の旅路を巡る書籍。
ここで取り上げられる「美」は次のとおり。ドルドーニュ ラスコーの壁画。ヴェズレー サント=マドレーヌ教会堂。ノルマンディ モン=サン=ミシェル修道院。コルマール グリューネヴァルトのキリスト磔刑図。オートリーヴ シュヴァルの理想宮殿。セート ヴァレリーの墓。
フランス文化・歴史・そして文学的教養に乏しいため、著者の言わんとするところが理解しがたい部分も多数あったが、そんなことには気にせず、つらつら読んでいるだけで、広大なフランスをぐるりと周る美の巡礼が楽しめるというところが、まずよかった。
その内容はさておいても、これだけの解説つきで各地を経巡る実体験は、なかなかできるものではないだろう。しかも、書籍のいいところは、距離もそして時間さえも自由に飛び越え、興味の赴くまま行きたい所へゆけることだ。
次に内容について。
著者が言う美とは、他を持って代え難く、かつそれ自体で説明する余地のないぎりぎりの存在。ということであるので、そもそも美とは語れるものではなく、こうして文章にできうるものは、文字通り美の思索でしかない。これは非常に納得できる言葉だった。
書籍中に出てくるフランスの歴史的建造物の保存にまつわる文章を読むと、日本とはそうした歴史遺産に対する認識がまったく質的に違うのではないと思える。数十年ときには数百年をかけてそうした建造物を修復し、予算をかけて保存して行こうとすることは、明確な理解と認識がなくてはなしえない。これでは観光に訪れる外国人の数に天と地ほどの差があっても当たり前だ。
また、宗教-キリスト教が文化に深く深く根ざしている点も良く分かった。とくに異教徒に何度破壊されても再建を繰り返して現在に至るサント=マドレーヌ教会堂など、宗教的脅迫感のすさまじさを感じる。
個人的に最もよかったのは、シュヴァルの理想宮殿か。モン=サン=ミシェル修道院にも行ってみたいと思う。著者: 石井 洋二郎
タイトル: 美の思索 生きられた時空への旅

デザイン・ルール モジュール化パワー/C・ボールドウィン他/安藤晴彦訳

産業と経済のモジュール化についての経済学の大著。1950年代からのシリコンバレーでのIT産業の興隆を詳細に調べ、設計とモジュール化が資本主義経済にどのような変革を迫るのかを調べ上げてある。目から鱗を落とすことしばしば。
そもそも最先端産業で生産している製品というものは、どんな天才であっても、すでに1個人では全体像を理解しきれないほど複雑化している。そのような複雑な製品をどうやって設計するのだろうか。単に、複数のチームで分割すればよい、という物ではない事は明らかだ。単に分割しただけでは、各チームの整合に、天文学的な組み合わせの調整が発生するからだ。単に分けるだけでなく、「きれいなデザインルールに基づくモジュール化」を発明することによって人類は、個人の能力の限界を突破することができたのだ。何気なく聞こえるが、このメソッドが無ければ、20世紀後半の現代社会を支えているほとんどの先端産業も製品も存在し得ないことを考えてみると感慨深い。
このようなモジュール化プロセスはどのように誕生しえたのかを、IBMシステム/360の設計のありようを丹念に調べ上げることにより明らかにしていく過程は非常に興味深い。
1企業の1製品であった、システム/360が、いかにして数十万社からなるIT産業の、企業体集合としてのモジュールクラスターを形成するのかをつまびらかにしていく。設計のモジュール化は、先端企業からのスピンオフを誘い、産業構造自体をモジュール化していくのだ。訳者も憂いているように、こうしたスピンオフが進まない日本産業界では、モジュール化が進まない先端産業では壊滅的衰退を見せ、韓国や台湾にその地位を奪われている点は、非常に問題だ。本書に指摘されて気がついたが、確かに日本がかろうじて勢いを持っているのは、家電や自動車など、モジュール化が進みにくい製品分野だけなのである。しかしモジュール化の困難は原理的なものでなく、現時点での状況なのであるから、このままの日本の産業構造が迎える未来は大変心もとない。
著者らが説く、モジュール化を中心とした産業進化の構造では、企業体は常に流動的である。モジュール化による先端企業からのスピンオフ組みのベンチャー企業がその産業の膨大なモジュールクラスターを形成し、やがて淘汰を迎えるというサイクルをめぐるからだ。投資家と企業体が、モジュール化した産業進化構造の中で、このような生成消滅・集合離散を繰り返す場合、労働者に働く力学はいったいどうなるのだろうか。この書籍には大変蒙を啓かれたが、その研究対象は資本主義経済における投資主体の力学であり、多分単なる1リソースとしか考えられていない一般労働者の受ける影響や振る舞いについては、まったく触れられていない点が不満だった。
この書籍では、製品が持つ価値(バリュー)を単位として分析を進めていくわけだが、多分、労働者の存在を加えると、このバリューの評価式に変更が加えられ、企業の流動性に制動力が働くのではないかと思う。
資本主義経済というシステムの探求はもちろん重要だが、底辺でそのシステムを担う人間を原理とした分析で無い以上、細部まで合致する理論とはなりえないだろう。
しかし、経済に興味のある、特にエンジニアには必読の書だろう。

著者: C・ボールドウィン他/安藤晴彦訳
タイトル: デザイン・ルール モジュール化パワー

MEMORIES/大友克洋

まったく異なる3つのエピソードで構成される異色の映画。キーワードは「MEMORIES」ということなのだろうが、EPISODE2の最臭兵器は、どのへんが「MEMORIES」なのか、ぱっとは分からなかったので、深追いせずにそのままおいておいた。
やはりEPISODE1の「Magnetic Rose」が好きかな。
素直に楽しめる良作では。EPISODE3がやたら短いのは残念だが。

老人Z/大友克洋

10何年ぶりに見たので、ストーリーも結構忘れていたため、割合楽しめた。
キャラクターデザインが江口寿士だった。そういえばという感じ。小川美潮が歌う主題歌が、CDとはアレンジが違うような気がした。
SFものって、時間が経過してから再度観てみると結構セピアな感じを受けるものだなあと思った。

ユンカース・カム・ヒア

BS2で放送していたので途中から何気なく観た。
原作などの関係から名前だけはよく聞いていたが実際見るのは初めてだった。なぜが、1シーンをチラッと見たときに、そこにいる犬が「あ、ひょっとしてこいつユンカースだな」と感じたので観ていたら、やっぱりそうだったのでびっくりした。
ストーリーはありがちで予想が付きがちな、裏返せば親しみやすいといえなくも無い、無難なものだった。
しかし、映像表現は、思いがけずすばらしいものだった。
まず、人物が、シンプルなラインと彩色で描かれ目鼻も小さいのに、意外にもとても情感にあふれていた。エキストラや背景のアニメーションもよく見るとかなり凝ったことをしているようだった。背景は、パステル画のような雰囲気を感じるほど、画用紙の質感を残したとでも言うような感じで、淡く淡く描いてあった。これが非常に人物の造作にマッチするのだった。
山場の、ユンカースの奇跡で主人公ひろみが光に包まれて飛翔するシーンには驚いた。ここでは光のシャボン玉をかなりベタっと塗っていて、今まで淡い映像に慣れていたために、それがとてつもなく鮮明に感じるのだった。ここまで取って置いた、という感じ。また飛翔シーンでは、背景の町並みを書き殴った様な粗い線画としていたが、背景のリアリティーを落とすことで、かえってこの奇跡のリアリティーを増していると感じた。そして、一瞬だけ移るひろみの横顔のシーンでは、顔のセルの線を描いていないように見えたが、それが、すごいリアリティーを感じさせるのだった。凝った事やってるなあと感心した。
よって、総合としては結構好きでお薦めということになるかな。おもひでぽろぽろよりは、こちらが良いと思う。機会があればもう一度観たい。

ガラスの仮面/テレビ大阪

今日から始まったので、第1話を観た。

マヤのキャラクターが、堅い。
姫川亜弓に、華がない。咲きこぼれる花をバックに登場して欲しい。まるで普通の少女だった。
月影千草の声優は、声が若すぎるのでは?

原作ものだから、言い出したらきりがないから止めておこう。

ストーリーはかなり原作に忠実に作っている模様。一応毎週チェックする予定だ。

二十数年前に放映していた硝子の仮面のアニメを、少しだけ思い出した。でもほんの雰囲気だけで、ほとんど忘れているなあ。主題歌も忘れた。

博士の愛した数式/小川洋子

何気なく市立図書館で予約したら半年待たされた本が、やっと来たので読んだ。2時間も掛からずにすらっと読める。
たいそう話題になった本なので、前評判の先入観が強すぎたのかも知れない。面白かったが、想像していたほどではなかった。「数式」をめぐる謎とロマンの大作に違いない、と方向性を勝手に考えていたからだろう。

3分の1ほど読み進むんだところで、ふと、この博士はエルデシュにそっくりだな、と思った。読み終わったあとで巻末の参考文献をみると、やっぱりエルデシュ本があるではないですか。思わず膝を打ったよ。
「博士~」が面白いと思った人は、きっと気に入ると思うので、エルデシュの本も読むと良い。

正直言うと、「博士~」よりエルデシュ本の方が2.5倍ほど面白いと思う。事実は小説より奇なり。

また、阪神関連の描写がくどくて、私には鼻についた感じだった。このへんは好き嫌いあるかも。

ところで、博士の愛した数式、というタイトルはいかがなものだろうか。博士は、数式を愛したのではなく、きっと、数を愛していたのだと、私は思う。にも関わらず、数式、のタイトルであるから、とうとう最後のページまで、「特別な」数式の登場を待ち続けてしまった。

小川洋子は、夏目漱石が好きなのだろうか。冒頭が、「こころ」にそっくりだ。きっとオマージュに違いないと、この本を読み始めた時にふと考えたが、最終的には、それほど関連は無さそうであった。

盛り上がりの無さ加減というのは、最近の小説の流行ではあるが、分かってはいても、私のような古風な人間には、ちょいと物足りない気がしてならなかった。

著者: ポール ホフマン, Paul Hoffman, 平石 律子
タイトル: 放浪の天才数学者エルデシュ

著者: 小川 洋子
タイトル: 博士の愛した数式
 

標準 Javaプログラミングブック/河西朝雄

機会があったので読んでみた。Javaの入門書として非常にお薦め。

とくに、中高生などに向いていると思う。用語解説やコラムも、プラグマティックでしっかりしている。
初心者が躓きやすいポイントも、きちんと解説している。
これ一冊で0から、アプレットやSwing、スレッドまでカバーしている。
練習問題も付いているのでばっちりだ。

ホビーユーザーなどには、独習Javaより、よほど独習に向いていると思う。

著者: 河西 朝雄
タイトル: 標準 Javaプログラミングブック