デザイン・ルール モジュール化パワー/C・ボールドウィン他/安藤晴彦訳
産業と経済のモジュール化についての経済学の大著。1950年代からのシリコンバレーでのIT産業の興隆を詳細に調べ、設計とモジュール化が資本主義経済にどのような変革を迫るのかを調べ上げてある。目から鱗を落とすことしばしば。
そもそも最先端産業で生産している製品というものは、どんな天才であっても、すでに1個人では全体像を理解しきれないほど複雑化している。そのような複雑な製品をどうやって設計するのだろうか。単に、複数のチームで分割すればよい、という物ではない事は明らかだ。単に分割しただけでは、各チームの整合に、天文学的な組み合わせの調整が発生するからだ。単に分けるだけでなく、「きれいなデザインルールに基づくモジュール化」を発明することによって人類は、個人の能力の限界を突破することができたのだ。何気なく聞こえるが、このメソッドが無ければ、20世紀後半の現代社会を支えているほとんどの先端産業も製品も存在し得ないことを考えてみると感慨深い。
このようなモジュール化プロセスはどのように誕生しえたのかを、IBMシステム/360の設計のありようを丹念に調べ上げることにより明らかにしていく過程は非常に興味深い。
1企業の1製品であった、システム/360が、いかにして数十万社からなるIT産業の、企業体集合としてのモジュールクラスターを形成するのかをつまびらかにしていく。設計のモジュール化は、先端企業からのスピンオフを誘い、産業構造自体をモジュール化していくのだ。訳者も憂いているように、こうしたスピンオフが進まない日本産業界では、モジュール化が進まない先端産業では壊滅的衰退を見せ、韓国や台湾にその地位を奪われている点は、非常に問題だ。本書に指摘されて気がついたが、確かに日本がかろうじて勢いを持っているのは、家電や自動車など、モジュール化が進みにくい製品分野だけなのである。しかしモジュール化の困難は原理的なものでなく、現時点での状況なのであるから、このままの日本の産業構造が迎える未来は大変心もとない。
著者らが説く、モジュール化を中心とした産業進化の構造では、企業体は常に流動的である。モジュール化による先端企業からのスピンオフ組みのベンチャー企業がその産業の膨大なモジュールクラスターを形成し、やがて淘汰を迎えるというサイクルをめぐるからだ。投資家と企業体が、モジュール化した産業進化構造の中で、このような生成消滅・集合離散を繰り返す場合、労働者に働く力学はいったいどうなるのだろうか。この書籍には大変蒙を啓かれたが、その研究対象は資本主義経済における投資主体の力学であり、多分単なる1リソースとしか考えられていない一般労働者の受ける影響や振る舞いについては、まったく触れられていない点が不満だった。
この書籍では、製品が持つ価値(バリュー)を単位として分析を進めていくわけだが、多分、労働者の存在を加えると、このバリューの評価式に変更が加えられ、企業の流動性に制動力が働くのではないかと思う。
資本主義経済というシステムの探求はもちろん重要だが、底辺でそのシステムを担う人間を原理とした分析で無い以上、細部まで合致する理論とはなりえないだろう。
しかし、経済に興味のある、特にエンジニアには必読の書だろう。
著者: C・ボールドウィン他/安藤晴彦訳
タイトル: デザイン・ルール モジュール化パワー
そもそも最先端産業で生産している製品というものは、どんな天才であっても、すでに1個人では全体像を理解しきれないほど複雑化している。そのような複雑な製品をどうやって設計するのだろうか。単に、複数のチームで分割すればよい、という物ではない事は明らかだ。単に分割しただけでは、各チームの整合に、天文学的な組み合わせの調整が発生するからだ。単に分けるだけでなく、「きれいなデザインルールに基づくモジュール化」を発明することによって人類は、個人の能力の限界を突破することができたのだ。何気なく聞こえるが、このメソッドが無ければ、20世紀後半の現代社会を支えているほとんどの先端産業も製品も存在し得ないことを考えてみると感慨深い。
このようなモジュール化プロセスはどのように誕生しえたのかを、IBMシステム/360の設計のありようを丹念に調べ上げることにより明らかにしていく過程は非常に興味深い。
1企業の1製品であった、システム/360が、いかにして数十万社からなるIT産業の、企業体集合としてのモジュールクラスターを形成するのかをつまびらかにしていく。設計のモジュール化は、先端企業からのスピンオフを誘い、産業構造自体をモジュール化していくのだ。訳者も憂いているように、こうしたスピンオフが進まない日本産業界では、モジュール化が進まない先端産業では壊滅的衰退を見せ、韓国や台湾にその地位を奪われている点は、非常に問題だ。本書に指摘されて気がついたが、確かに日本がかろうじて勢いを持っているのは、家電や自動車など、モジュール化が進みにくい製品分野だけなのである。しかしモジュール化の困難は原理的なものでなく、現時点での状況なのであるから、このままの日本の産業構造が迎える未来は大変心もとない。
著者らが説く、モジュール化を中心とした産業進化の構造では、企業体は常に流動的である。モジュール化による先端企業からのスピンオフ組みのベンチャー企業がその産業の膨大なモジュールクラスターを形成し、やがて淘汰を迎えるというサイクルをめぐるからだ。投資家と企業体が、モジュール化した産業進化構造の中で、このような生成消滅・集合離散を繰り返す場合、労働者に働く力学はいったいどうなるのだろうか。この書籍には大変蒙を啓かれたが、その研究対象は資本主義経済における投資主体の力学であり、多分単なる1リソースとしか考えられていない一般労働者の受ける影響や振る舞いについては、まったく触れられていない点が不満だった。
この書籍では、製品が持つ価値(バリュー)を単位として分析を進めていくわけだが、多分、労働者の存在を加えると、このバリューの評価式に変更が加えられ、企業の流動性に制動力が働くのではないかと思う。
資本主義経済というシステムの探求はもちろん重要だが、底辺でそのシステムを担う人間を原理とした分析で無い以上、細部まで合致する理論とはなりえないだろう。
しかし、経済に興味のある、特にエンジニアには必読の書だろう。
著者: C・ボールドウィン他/安藤晴彦訳