読んだり観たり聴いたりしたもの -112ページ目

PS3/マッシブ アクション ゲーム(MAG) 体験版/SCE

義弟に誘われてプレイした。
彼は以前から製品版をやり込んでおり(というか、これの為にPS3を購入)、正月に遊びに行った時にプレイさせてもらったこともあった。

今回は体験版をDLした。無料の癖に、レベル8まで無制限で遊べるとは太っ腹。
というか、後でよくよく考えると、無料でプレイして上級プレイヤーの餌になってね、ということだろうな。

説明書はないし設定も分からないが、民間軍事企業間の戦争をモチーフとしたリアルタイプのFPSである。
FPSは、やり付けていないので、このゲームの立ち位置やデキなど完成度を正当に批評することは難しい。

が、無理矢理プレイ感を書く。
多分このゲームの売りは、多人数マルチプレイであろう。フィールドに最大256人が入り乱れて対戦するという、文字通りマッシブ感が最大の魅力か。昔XBoxでスターウォーズ バトルフロントという、スターウォーズの戦場に名もない一兵卒となって参戦するゲームがあったが、あんな感じで、多数の内の一人という役割は、責任感も薄く、気軽にプレイできるのがよい。
ゲーム難度は、慣れるまではかなり難しいと思う。特にFPS初心者は、最初の内は、何が起こっているかすら分からず瞬殺の繰り返しだろう。スナイパーが強いからだ。それでもめげずにプレイしていると、ようやく数回目でキルを取れるようになってくる。そして狙った行動で狙ってキルを取れるようになってくると、ようやくゲームの面白さが理解できるだろう。
また、多人数という点を生かした妨害作戦などは、お祭り騒ぎの乱戦など、かなり面白い展開を見せると思う。

やはりMoveでプレイすると楽しい。照準合わせが直感的になるので、初心者こそMoveでプレイしてアドバンテージを稼いだ方がよい。

経験値やスキルアップのシステムは不要だと思う。時間を掛けてやり込んだプレイヤーがレベルアップしてキャラのベース能力が強くなってしまうと、初心者や初見者はもはや太刀打ちできず、プレイモチベーションが失せる。そこまで強くしようと思ったら○○時間ですか?はい、さようなら、てなもんだ。
長時間プレイヤーは指に経験値がつくのでそれで十分だ。むしろプレイ時間に比して称号を付けて、初期体力を減らすぐらいでちょうど良いだろう。

ただ、その経験値だが、遠距離スナイプより前線で味方の回復などをした方がはるかに高いポイントもらえるというのは良くできていると思う。


SCE
マッシブ アクション ゲーム(MAG)

チャンネルはそのまま! 4巻/佐々木倫子

ということで4巻。

話がアクティブでより複雑になって、面白くなってきた。
同期それぞれの活躍がいい味出している。特に応援してしまうのはやはり不憫に見える営業の服部か。
情報に異動になってしまった山根だが、経験は必ず糧となるだろう。
マスターの橘の話も興味深かった。
雪丸はやや増長気味だと思うので、少々凹ます展開があると良いだろう。

しかし、10年後、テレビ局、そしてテレビ放送自体どうなっているかは誰も分からないだろうな。

佐々木倫子
チャンネルはそのまま! 4巻

いびつな星のかたち/椎名軽穂

と言うことで、読み切り椎名漫画の3作目。
本当は、間に2冊入るのだが、今回ゲットした中には残念ながらありませんでしたとさ。

表題作の、「いびつな星のかたち」は、高校の卒業を控えた、幼なじみで親友の女の子、真(まこと)と綾の物語である。何でも分かっている、分かってくれていると思っていた親友。しかし、親友だからこそ分からなかった心、打ち明けられなかった想いがあることに気づいてゆく。卒業。その人生の節目を迎え、腹を括って親友とそして自分自身と対峙する二人。波乱の後のより深まった絆を胸に抱いて、若者達は旅立って行くのだ。

「もぉいーかい。」は、風呂屋の娘が主人公という異色な作品。男勝りで色恋なんざ鼻にも掛けない風を装いながら、強がりで守った傷つきやすい繊細な心のカンナ。素っ気ないが実はそんなカンナを大切に気遣う住み込みバイトの元就に惹かれていく様を描く。

「青春ラプソディー」は、これまた高校男女の物語。この年代にありがちな自意識過剰、今で言うならKYに縛られた雰囲気の中で、周りにどう思われようと自分自身を保ち続けることの大切さを描く。そして本音の心をさらけ出せる人、ぶつけたいと思う人のいる幸運を。ラプソディと言われようが、その時期その年齢でしかできない事もあるのだ。

「デコトラ一発野郎」番外編。

2巻ほど飛んでいる間に、上達してキャラクターの線が多少綺麗になってきたと思う。ストーリーの見せ方もこなれて上手くなっていると思うし、表情なども、かなり魅せる絵を描くようになってきたのでは。


椎名軽穂
いびつな星のかたち

4時間半熟睡法/遠藤拓郎

代々睡眠を研究してきたという医師が、一般向けに眠りについて教えてくれる本。

レム睡眠から始まって、90分リズムや、ホルモンバランスまで、眠りを医学的に、とことん易しく解説する。
特に、正確な知識を伝えることを目的とせず、誰でもさらさらと読めて、すぐに実用に供する為の知識となるよう、大きな文字で結論だけを簡潔に列記するなど、大変分かりやすくデザインされている。
多分、30分もあれば通読できる。
だから、睡眠について興味や問題意識を持ち、多少なりとも調べたことのある人にとっては、大して新味のある知識は得られないだろう。

この本の価値というのは、そうした個々の詳細な知識ではなく、それらの経験知を総動員して、実際に調査実験し、それらの組合せを検証し、実際役立つ睡眠法として、裏付けのあるハウツーを提供してくれる所にある。

タイトルの4時間半熟睡法とは、こうした研究から著者が編み出した、昼間の意識レベルに影響を与えず、もちろん健康を維持しながら、ギリギリまで睡眠時間を削る方法なのである。
それは、簡単に書くと、平日は4時間半の睡眠で頑張り、休日に寝だめをする、というもので、一見すると、多忙な現代人なら、もとよりやむなく実践させられていそうな内容であるが、大事なのは時間だけではないので、早合点してはならない。守るべきポイントがあり、何より、熟睡を達成しなければ意味がないのである。

したがって、この本には熟睡を得る為の方法を多数解説してあり、これらのいくつかを覚えて実践すると役立つだろう。もしこうした知識を全然知らない人であれば、短時間睡眠に興味が無くてもここだけでも読むと為になるだろう。

とりあえず、ちょっと実践してみようと思う。
4時間半熟睡法を用いて、一週間の睡眠時間を設計し、しばらくその通りに就寝起床して、どんな感じかを見てみたいと思う。果たして、スッキリ起きられるのか、眠気は残らないのか、体調は維持できるのか。
どういう時間パターンが最もマッチするか、色々と試してみる必要があるだろう。

上手くいったか失敗か、また報告したい。


遠藤拓郎
4時間半熟睡法

オレンジアパート/椎名軽穂

と言うことで、読み切り椎名漫画の次はこちら。

表題のオレンジアパートとは、夕日に染まるおんぼろかめ荘のことで、アパートシリーズ第2話である。より進展する生田と兵庫さんの関係をドタバタタッチで綴る。
そしてもう一話アパートシリーズの続編、野良猫アパートがある。アパートの別の住人八百屋さんがトラブルメーカー。二人の関係が揺れることに。
アパートシリーズに挟まれているのが、ベイビィ自転車。自転車をキーに、教師と女子高生となった元幼なじみの淡い恋心を描いた作品。

アパートシリーズは3話も描いていると、キャラの線がちゃんと落ち着いてゆくのが分かって面白い。コマ割りも安定感が出てきたように思う。
内容的には、3つとも、それほどどうと言うこともないかな。


椎名軽穂
オレンジアパート

ダーリンは外国人 外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。/小栗左多里

以前旅行エッセイ風漫画を読んでピンとこなかったので、本家本元を読んでみた。

すごいです。
何故この漫画シリーズが人気を博したのかがよく分かった。
それは、一言でいうと雰囲気が素晴らしいのだ。

外国人ゆえの奇特な言動をピックアップするような底の浅い漫画と思っていたら大間違い。
もちろんそうした面もなきにしもあらずだし、そもそもの企画としてはそう言う方向を目指したのだろう。
しかし、結果としてページの上に表現されていたのは、単なる外国人ではなく、トニーという豊穣な個性だった。
この点がまず、ドジョウすくいのアキバ系や理系クンとは決定的に違う点だろう。

さらに、この個性溢れるダーリンを見つめ、描き出す手腕が素晴らしい。
以前のエントリで、男を描くと言うことは取りも直さず女を描くことだ、と書いた。対象を語ることは、対象を語る自分を語ることでもあるからだ。そしてドジョウ本はなべてここが弱い。
一方本家は流石である。
トニーを描き出すための、さおりの一本筋の通った気概が伝わる。力みも衒いもなく、自然体で生き生きと、トニーそして「自分」の魅力を余す所無く描き出している。
決して漫画としてはそうレベルの高いモノではないハズである。しかし、そこにある気持ちが本物で、描き出したい、伝えたいという気持ちに迷いがないため、優れた表現となったのだろう。トニーとさおりのちょっと変わった生活を眺めるのは心地よく、何度も読み返したいと思わせる力がある。

外国人の彼と結婚したら、どーなるの?、とはいうものの、実際の所、日本語が堪能で穏やか光線で常識人なトニーは、ティピカルな「外国人」というイメージではない。彫りの深い容姿や、やや個性的な行動などに、そうしたニュアンスを感じない訳ではないが、国際的な文化の差異というよりは、単なる個性の方が強いだろう。
つまりは多少癖のあるパートナーとの共同生活、という多くの人に共感しうる普遍的なテーマこそ、この作品の本質ではないだろうか。自分以外の他人は詰まる所「外国人」であり、歩み寄り、理解し、愛する事の難しさ、そしてそれ故の素晴らしさをこの本は教えてくれる。

初見、トニーの「外国人」としてアピールされる個性に目がゆきがちであるが、繰り返し読むと、実は、さおりの個性こそ際立っていることがよく分かる。トニーを立てて抑えているようでいて、実はかなり激しく極端な性格で、「外国人」としてのトニーに振り回されているように見せかけて、掌の上で転がす気配もあり、「外国人」ゆえのディスコミニケーションをネタにしながら、その実あうんの呼吸を感じさせる。
トニーが主旋律とすれば、さおりという、トニーに一歩も引かない揺るぎない伴奏があってこそ、その演奏は豊かな響きを得るのである。作品に通底する、ほのぼのとした暖かい雰囲気、ピリリとした緊張感、海のような安定感などがない交ぜになった独特の空気感は、こうした二つの強力な個性の共鳴からのみ生まれるものである。

そして、演奏の後、余韻となって残るのは、右往左往しながらも、パートナーと過ごす何気ない日々の幸福である。

旅行エッセイなどを小手先で器用にまとめるタイプの表現者ではないと思うし、そうした創作力や構成力は無いだろうという気がする。

シリーズの他の本もぜひ読んでみたい。また実写映画にも少々興味が湧いた。


小栗左多里
ダーリンは外国人 外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。

アナログアパート/椎名軽穂

かなり前、夏頃の話である。
君届の12巻入手問題で身もだえていた頃、仕事場で、椎名軽穂の読み切りコミックスを大量に入手した。
最近ちょうど読み終わったので、一応書いておこうかと。

表題のアナログアパートは、漫画家を目指す専門学校生の女の子、生田ななが主人公。多分、作者の生活をかなりトレースしていたのだろう。よく分かっていることを書くというのは重要なことである。
おんぼろアパートかめ荘の隣人兵庫さんとのほのぼのラブストーリー。次巻のオレンジアパートで続きが2話ある。
次の'90は中学青春モノ。ちょっと不良で暴れん坊、けれど故郷を愛す真っ直ぐな少年に、都会から越してきた少女が惹かれていく話である。
そして、ロケット・ポケット。これは高校モノだが、恋と夢をベースにもう少し高い視点から綴られるすれちがいの話である。この話が一番好きかな。

以上の3話を収録。読んでまず思うのは、当然ながら、拙いな、と言うことだ。15年も前の、デビュー当時の作品である。
津田雅美のようにデビュー作から全くそつのない人もいるが、椎名軽穂は徐々に力を付けていくタイプのようだ。
それでも、所々には、おっと思う一コマが無い訳でもないし、全く読めないという訳でもない。
しかし、後々君届で花開くモチーフのあれやこれやが使われているのを確認できるのが面白い、という偏った読み方をしてしまう。
あと、構図やタッチを色々替えて研究してるな、という気がする。
わざわざ買うほどの本でもないが、椎名ファンなら楽しめないこともない。

椎名軽穂
アナログアパート

君に届け/金曜ロードショー

金曜ロードショーで観た。ちょうど公開一年ぐらいか。

コミックスを貸し付けて君届ファンに洗脳しておいた所、スタッフの一人が番組の予定を教えてくれたのだ。
持つべきものは優秀な部下である。
早速その日に録画予約しておいて、ゆっくり休みに観た。先日レコーダーを替えたので、CMカットで観られるようになったのは嬉しい。

さて、内容だが、期待以上のものではなかったが、そこそこ良くできていると思った。
これだけ重度の原作ファンだと、もはやバイアスを外して鑑賞することは不可能だが、それでも何とか判断すると、普通の人が普通の邦画として観た場合にも、まあまあ良かったよ、という位には評価できる作品に仕上がっていたのではないだろうか?
ただ、気になるのはカットシーンの量である。
映画は128分、一方金曜ロードショーは、新聞を見ると、開始から終了までで既に114分に短縮。そこから番組自体のオープニングやお知らせ、そして何よりCMを差し引くと、多分合計で30分以上はカットになっているだろう。
実際ネットで検索すると、カットに対する苦言も多いようだ。エンドロールすらなかったという放送に、自らカットを担当したという監督の苦悩が滲んで見える。
というか、アクション物でもあるまいに、そんなにカットしてよくまあ、何とか観られる状態にできたものだ。やはり原作を知っている者の、脳内補完力の賜物で、初見者には置き去り展開だったのだろうか?確かに、かなりあわただしいとは思った。

これは非常に残念だ。機会があれば、是非、ノーカット版を観てみたいと思う。

ストーリーや設定については、一部大胆なオリジナル展開でしかも無理なくまとめており、非常に好感だった。
定番の「友達」シーンでは、かなりうるっときた。演出も、自然でやや少し引いた位の印象で、絵柄や色彩とマッチしていたと思う。配役と演技も雰囲気を上手くつかんでおり及第だろう。
細かいフォローが足りないなと思う所が多々あったが、多分カットの犠牲なのだろう。本当に残念だ。

だからマンガ大好き! はじめて書かれた漫画おもしろエピソード/さくまあきら

82年の古い本である。
著者については桃伝と桃鉄のディレクターとしか思っていなかったが、元ライターで初期にはマンガ批評もしていたらしい。
また、小池一夫の劇画村塾一期生でもあり、当時は漫画界での顔が広かったようだ。
中でも、高橋留美子と鳥山明との親交が篤く、本書でも、この二人との対談がかなりのページを割いているので、この二人のファンであれば一読しておいて損はないだろう。

内容については、マンガ作品自体の分析ではなく、業界人としての裏事情的な情報紹介本のニュアンス。
独自のマンガ論もチラホラとは見られるが、とくにどうと言うことはない。

発行年を見れば当然だが、古い漫画家ばかり出てくるので却って面白い。上記の二人などは新人扱いである。
一世を風靡して、その後消えてしまったような人も多い。
漫画家というのは厳しい世界で、1本ヒットが出れば、それだけで成功というぐらいだ。ヒット作を書き続けられる漫画家は少なく、新人は掃いて捨てるほどいるという事だろう。1本の大ヒットで生涯分稼げた者は良いが、そうでなければ第二の人生を考えないといけないだろうな。まあ、手に技能がある分、つぶしはききやすいだろうが。
1本ヒットを出せば一生食べていけると言われる演歌歌手との構造の違いが興味深い。

さくまあきら
だからマンガ大好き! はじめて書かれた漫画おもしろエピソード

理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性/高橋昌一郎

大変楽しく読めた。

会社員、哲学者、社会学者、科学者、大学生、などなど、いろんな立場の人間が主題について意見を述べ合うというシンポジウム形式、対話形式として、非常にテンポ良く疑問を提示し、解説し、議論を進めてゆく。

読み物として非常に読みやすいし、割と物語としての構成も上手い。

内容としては、ホフスタッターの「ゲーデル、エッシャー、バッハ」やペンローズの「皇帝の新しい心」などを、えいっとばかり圧搾して、アロウの不可能性定理などの社会学的理論を付け加えた印象か。

表題通り、まず第一に人間の理性には限界があるということを伝えよう、という本である。
哲学者にならずとも論理学者にならずとも、数学も科学も使わない生活を送ったとしても、それでも、真実の一片を知って生きるのと知らずに生きるのとでは、たとえ直接それを活かす場面など無かったとしても、人生の質が劇的に変わってくるだろうと、著者同様、私も思う。
特に、何となく当たり前と思いこんで多忙な日々の中で顧みることもない、我々の生活、社会、生命、そして宇宙の有り様を、見つめ返し、しっかりと噛みしめて生きることは、有期である人生の密度を飛躍的に高めるに違いない。

人間の肉体的能力には限界がある。例えば、100m走の記録が、8秒7秒6秒とどこまでも更新されていく訳ではないだろうという予感は、大抵の人には皮膚感覚として説明不要のものだろう。現在の人間の肉体としては、100m走は9秒前半台に限界が来るであろうという予想に異議を唱える人は少ないはずだ。

同様に、人間の理性にも限界があるのだ。理性とは何だろうか?それは、合理性、平たく言えば、より正しい事柄を考えて判断する事のできる知性のことである。
そしてその限界とは、個人的能力の限界ではない。4本足の人類が誕生しない限り100m走の限界があるように、どんな天才が今現在分かっている知識を総動員したとしても、そもそも原理的に完全に合理的には判断することができない事柄が存在するのである。それを、「選択」「科学」「知識」の3つの限界を示すことであらわにしてゆく。

「選択」の限界とは、アロウの不可能性原理が厳密に証明したものであり、平たく言うと、民主主義の元で民意を合理的に反映させる為の方法は存在しない、と言うものだ。
「科学」の限界とは、ハイゼンベルグの不確定性原理であり、原理的に人間には観測し得ない物理量の組があるという事を現している。観測の確率的解釈も併記されている。
「知識」の限界とは、ゲーデルの不完全性定理であり、論理学や数学などの形式論理に関して、証明し得ない、言及し得ない領域があることを示している。

これらの原理は、元よりその各の前提を踏まえて厳密に証明されているが、人間の知性がその前提に縛られるかどうかはまた別の問題であるし、人間でない知性を考える場合には、当然、別の前提が必要になってくるだろう。また、アロウの不可能性原理は人間の選好性というものが単純すぎるモデル化をされているし、チューリングマシンもかなり古めかしい模型だと思う。その辺りに限界突破のとっかかりがありそうだ。

著者の専門を考えれば致し方ないかもしれない、科学の章は、かなりあやふやな展開となっている点が惜しい。

いずれにしても、大変興味深く面白い本であることは間違いない。丁寧にかみ砕いて解説されているので高校生以上なら十分に読みこなせるだろう。

同じ著者の、「知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性」という続編的な書籍も出ているようなので、是非読んでみたい。

高橋昌一郎
理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性