ダーリンは外国人 外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。/小栗左多里
以前旅行エッセイ風漫画を読んでピンとこなかったので、本家本元を読んでみた。
すごいです。
何故この漫画シリーズが人気を博したのかがよく分かった。
それは、一言でいうと雰囲気が素晴らしいのだ。
外国人ゆえの奇特な言動をピックアップするような底の浅い漫画と思っていたら大間違い。
もちろんそうした面もなきにしもあらずだし、そもそもの企画としてはそう言う方向を目指したのだろう。
しかし、結果としてページの上に表現されていたのは、単なる外国人ではなく、トニーという豊穣な個性だった。
この点がまず、ドジョウすくいのアキバ系や理系クンとは決定的に違う点だろう。
さらに、この個性溢れるダーリンを見つめ、描き出す手腕が素晴らしい。
以前のエントリで、男を描くと言うことは取りも直さず女を描くことだ、と書いた。対象を語ることは、対象を語る自分を語ることでもあるからだ。そしてドジョウ本はなべてここが弱い。
一方本家は流石である。
トニーを描き出すための、さおりの一本筋の通った気概が伝わる。力みも衒いもなく、自然体で生き生きと、トニーそして「自分」の魅力を余す所無く描き出している。
決して漫画としてはそうレベルの高いモノではないハズである。しかし、そこにある気持ちが本物で、描き出したい、伝えたいという気持ちに迷いがないため、優れた表現となったのだろう。トニーとさおりのちょっと変わった生活を眺めるのは心地よく、何度も読み返したいと思わせる力がある。
外国人の彼と結婚したら、どーなるの?、とはいうものの、実際の所、日本語が堪能で穏やか光線で常識人なトニーは、ティピカルな「外国人」というイメージではない。彫りの深い容姿や、やや個性的な行動などに、そうしたニュアンスを感じない訳ではないが、国際的な文化の差異というよりは、単なる個性の方が強いだろう。
つまりは多少癖のあるパートナーとの共同生活、という多くの人に共感しうる普遍的なテーマこそ、この作品の本質ではないだろうか。自分以外の他人は詰まる所「外国人」であり、歩み寄り、理解し、愛する事の難しさ、そしてそれ故の素晴らしさをこの本は教えてくれる。
初見、トニーの「外国人」としてアピールされる個性に目がゆきがちであるが、繰り返し読むと、実は、さおりの個性こそ際立っていることがよく分かる。トニーを立てて抑えているようでいて、実はかなり激しく極端な性格で、「外国人」としてのトニーに振り回されているように見せかけて、掌の上で転がす気配もあり、「外国人」ゆえのディスコミニケーションをネタにしながら、その実あうんの呼吸を感じさせる。
トニーが主旋律とすれば、さおりという、トニーに一歩も引かない揺るぎない伴奏があってこそ、その演奏は豊かな響きを得るのである。作品に通底する、ほのぼのとした暖かい雰囲気、ピリリとした緊張感、海のような安定感などがない交ぜになった独特の空気感は、こうした二つの強力な個性の共鳴からのみ生まれるものである。
そして、演奏の後、余韻となって残るのは、右往左往しながらも、パートナーと過ごす何気ない日々の幸福である。
旅行エッセイなどを小手先で器用にまとめるタイプの表現者ではないと思うし、そうした創作力や構成力は無いだろうという気がする。
シリーズの他の本もぜひ読んでみたい。また実写映画にも少々興味が湧いた。
小栗左多里
ダーリンは外国人 外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。
すごいです。
何故この漫画シリーズが人気を博したのかがよく分かった。
それは、一言でいうと雰囲気が素晴らしいのだ。
外国人ゆえの奇特な言動をピックアップするような底の浅い漫画と思っていたら大間違い。
もちろんそうした面もなきにしもあらずだし、そもそもの企画としてはそう言う方向を目指したのだろう。
しかし、結果としてページの上に表現されていたのは、単なる外国人ではなく、トニーという豊穣な個性だった。
この点がまず、ドジョウすくいのアキバ系や理系クンとは決定的に違う点だろう。
さらに、この個性溢れるダーリンを見つめ、描き出す手腕が素晴らしい。
以前のエントリで、男を描くと言うことは取りも直さず女を描くことだ、と書いた。対象を語ることは、対象を語る自分を語ることでもあるからだ。そしてドジョウ本はなべてここが弱い。
一方本家は流石である。
トニーを描き出すための、さおりの一本筋の通った気概が伝わる。力みも衒いもなく、自然体で生き生きと、トニーそして「自分」の魅力を余す所無く描き出している。
決して漫画としてはそうレベルの高いモノではないハズである。しかし、そこにある気持ちが本物で、描き出したい、伝えたいという気持ちに迷いがないため、優れた表現となったのだろう。トニーとさおりのちょっと変わった生活を眺めるのは心地よく、何度も読み返したいと思わせる力がある。
外国人の彼と結婚したら、どーなるの?、とはいうものの、実際の所、日本語が堪能で穏やか光線で常識人なトニーは、ティピカルな「外国人」というイメージではない。彫りの深い容姿や、やや個性的な行動などに、そうしたニュアンスを感じない訳ではないが、国際的な文化の差異というよりは、単なる個性の方が強いだろう。
つまりは多少癖のあるパートナーとの共同生活、という多くの人に共感しうる普遍的なテーマこそ、この作品の本質ではないだろうか。自分以外の他人は詰まる所「外国人」であり、歩み寄り、理解し、愛する事の難しさ、そしてそれ故の素晴らしさをこの本は教えてくれる。
初見、トニーの「外国人」としてアピールされる個性に目がゆきがちであるが、繰り返し読むと、実は、さおりの個性こそ際立っていることがよく分かる。トニーを立てて抑えているようでいて、実はかなり激しく極端な性格で、「外国人」としてのトニーに振り回されているように見せかけて、掌の上で転がす気配もあり、「外国人」ゆえのディスコミニケーションをネタにしながら、その実あうんの呼吸を感じさせる。
トニーが主旋律とすれば、さおりという、トニーに一歩も引かない揺るぎない伴奏があってこそ、その演奏は豊かな響きを得るのである。作品に通底する、ほのぼのとした暖かい雰囲気、ピリリとした緊張感、海のような安定感などがない交ぜになった独特の空気感は、こうした二つの強力な個性の共鳴からのみ生まれるものである。
そして、演奏の後、余韻となって残るのは、右往左往しながらも、パートナーと過ごす何気ない日々の幸福である。
旅行エッセイなどを小手先で器用にまとめるタイプの表現者ではないと思うし、そうした創作力や構成力は無いだろうという気がする。
シリーズの他の本もぜひ読んでみたい。また実写映画にも少々興味が湧いた。