城山魂 -81ページ目

職員と夢とをつなぐ幼稚園(夢を叶える幼稚園)

私が目指す幼稚園の3つの特徴。その最後を飾るのは「夢を叶える幼稚園」である。これは私が、仕事を「自己実現の手段」と考えるからである。前々回のブログにも記したとおり、夢に挑戦している時、人は最も輝けると私は考えている。私は職場を、そんな夢に挑戦の出来るステージにしたいと考えている。決して幼稚園の教諭になることを夢にして、それで終わっては欲しくない。夢を実現し、あての無い気力だけを胸に保育をする教諭にあたってしまった園児が気の毒だからである。

例えば、ある職員が将来的に美容師になりたいと考えていたとしよう。そうしたら、私はその職員の夢を精一杯受け入れ、どんな美容師になりたいか、どんなお店で働きたいか、を一緒にイメージする。実現に向け幼稚園という環境を精一杯使ってもらいたい。もちろん、職員は全員その夢を共有・応援する。時には夢の実現のために、キツイことも言う。しかし、職場全体がそうやって家族のように、その人の夢に真剣に向き合う環境、それこそが本当のアットホームと言えるのではないだろうか(ただの仲良しグループではない)。

例えば、お客様とのコミュニケーションが命の美容業界において、会話のスキルを学ぶために、日々の保護者との会話に力を入れてみる。サービスを学ぶために、毎週一通手紙を書いてみるのも良いかもしれない。本当に実現したい夢が明確にイメージ出来た時、やるべきことは無限に見つかる。そうやって、課題を一つ一つクリアしていけば、いずれ夢が叶わない理由がなくなってしまう。自分の夢に向けて自発的に動ける職員が沢山いれば職場も活気づく。こんな少子化の時代でも元気な場所には人も集まる。必死でやっていれば、保護者だって応援してくれる。そこで、初めて本当の心と心の付き合いが出来るのではないか?

夢を追う人間であれば、正職員以外でもかまわない。ある日、突然、日本のテニス界発展のために、園児にテニスを教えたいという人物が現れたとしよう。そうしたら、放課後の課外教室でテニス教室を設けるなど、その人に夢を実現するステージを用意しても良いと思う。

夢の実現に向け、情熱を持ち、仕事にのぞめば、創造力だって身につく。どんどん新しいアイディアだって出てくるし、決してやらされてする仕事にはならない。もちろん、その為には、まず職員の夢を理解する必要がある。いや、こんな夢が語りにくい時代だからこそ、語りやすい環境を作ってあげることが必要だと思う。アイスが食べたい、海外に旅行に行きたい、どんなささいな夢も認めてあげることで、少しずつ語りやすい環境が育ててあげたい。

当然、幼稚園の中では実現しにくい夢を持った職員だって中にはいるはずである。しかし、その場合も当園で夢を追う生き方を学び、巣立つのであれば、それはそれで大賛成である。なぜなら、その姿を見せることで子どもたちの夢も自然と膨らむ。それも立派な教育の形である。夢へとつながるレールを超特急で駆け抜ける大人の姿は格好良い。そして、園児たちもそんな夢を叶えながら幼稚園を羽ばたいていく大人を見て、卒園していくのだ。

夢と感動を通して地域を活性すると同時に、全職員の心物をゆたかにする幼稚園。あなたはそんな幼稚園があったとしたら魅力的だとは思わないだろうか?


アットホームな幼稚園

昨年、当園に通う園児の保護者を対象に「当園の印象を一言で言うと?」という質問を投げかけてみた。すると驚くべきことに約70%の保護者が「アットホーム」と答えた。現在の教育界における大きな問題の一つが家庭と教育機関との連携不足とも言われるなか、この結果は非常にありがたいものであった。

広辞苑によればアットホームとは、「くつろいだ気楽な雰囲気」とある。しかし、私が思うにアットホームという言葉は時代を経るにつれて他の意味も持ち始めているように感じる。例えば「家庭的」「昔懐かしい雰囲気」などというのはいかがだろうか?私はこのアットホームというキーワードを軸に今後の幼稚園運営に励んでいきたいと考えているのである。

先日、東京都内で有名なH幼稚園という園を見学してきた。H幼稚園は「都会の中で出来る限り多くの自然と触れ合うこと」をテーマに園運営を進めている。例えば、上り棒は竹製。建物はすべて築60年くらいの木造で電機製の空調器具は一切ない。園内には立派な畑がある。「自然との触れ合いを大切にする」と公言しながらも、プランターを少しいじっているだけのような幼稚園とは全く異なる。その園に入ると空気が3倍うまいと、言われる訳が理解出来る。園舎の柱一本見ても、「H幼稚園らしさ」を感じる幼稚園なのである。

そして、我々の場合、それがアットホームというキーワードになる。アットホームを徹底的に追求し、感動を与える保育を行いたいのである。例えばこんなのはいかがだろうか?

・各行事の際には、必ずサプライズで家族へ感謝を伝えるプログラムがある。

・親子参加型のスポーツイベントを毎月行う。

・園児だけではなく、教諭の母親参観を行う。

・保育の中での制作物を極力家庭で使えるものにする(箸など)

・毎月育児相談懇談会を開催する

・職員と保護者の間で将来について気楽に語り合える。

・一生つきあえる幼稚園

きっと、家庭の中でも園の話題が尽きない幼稚園になるだろう。幸いにも、現在、当園には改善力のある職員が多い。毎日、昨年よりどのようにしたら保育が楽しくなるかを話し合っている。しかしながら、努力の割には、当園の特徴であるアットホームさが保育の中に出てこないのも事実である。

原因は間違いなく明確なビジョンを伝えきれていない私にある。一時的に、保育カリキュラムが減っても良い、金太郎飴のようにどこを切ってもアットホームさが感じられるそんな幼稚園にしたいのである。実はそのための鍵は「職員の夢」にあると私は考えている。

職員の夢とアットホームがどのように絡むのか、それについては次回の「夢を叶える幼稚園」にてお話したい。


大人が輝く幼稚園

アッという間に3カ月が過ぎた。ブログ立ち上げ当初、3ヵ月で終了することを予定していたが、もう少し続けることにした。というのも、情報を発信するつもりで書いていたブログだが、自分の思いを文字にするという行為は、一種、自分への宣言のように思え、自身を奮い立たせる意味を持ち始めたからである。やはり、物事は挑戦してみて、初めて得られる予想外の収穫があるものである。

さて、今回のブログは、3ヵ月記念ということで比較的自由に書かせていただくことにする。テーマは今まで不思議と書く事がなかった「私の目指す幼稚園」である。私は幼稚園という活動を通して「夢と感動を通して地域を活性すると同時に、全職員の心物をゆたかにすること」を実現したいと考えている。そんな私が目指す幼稚園には具体的に大きく3つの特徴がある。

①大人が輝く幼稚園

②アットホームな幼稚園

③職員と夢とをつなぐ幼稚園

今回はこのうちの「①大人が輝く幼稚園」にフォーカスを当ててお話をさせていただきたい(②③は次回以降)。

大人が輝く幼稚園と聞き、「幼稚園は子どものものでは?」と思われた方もいらっしゃるかと思う。その考えには私も同感である。しかし、以前、ブログにも書いたように私は、子どもは大人の生き様を見て育つ、と考えている。子どもに「い~な~!大人は楽しそう!自分も早く大人になりたいな…」と嫉妬させるくらいの大人が増えてほしいのである。

子どもに将来就きたい仕事を聞いてみると、意外に普通の仕事が答えとして返ってくることがある。子どもたちが、その仕事の給与や福利厚生を考慮した上で、その仕事を選んでいるとは考えにくい。つまり、子どもは仕事の内容ではなく、大人がどんな表情をして仕事をしているかを見ているのだと思う。もし、働く大人の表情が輝かしいものであれば、子どもも、それに憧れ、輝きだす。

しかし、これには1つだけ制約がある。大人は仕事で輝かなければならないのである。1日8時間、人生の3分の1をささげる仕事という時間を輝きながら駆け抜けられた者が、子どもに輝きを与えることが出来るのではないかと思う。事実、多くの子どもたちが憧れるスポーツ選手、歌手、ケーキ屋さん、お花屋さん、という生き方、全て仕事が絡んでいるように思う。だからこそ、大人が仕事で輝くことは、子どもが輝くことと同じくらい大切なことであると考える。

では具体的に、その目的に向け、どのようにアプローチをしていけば良いのかということになるが、まずは現場職員に輝く意識を持ってもらうことが必要である。この実現に向けては、私には多々反省すべき点がある。今まであまりにも、人材育成を軽視してきたということである。結果、職員に対し「職業観」や「一生をかけて実現したい夢」などを考えさせる機会がなかった。そういった意味でも、今後は人材育成を最優先に考えることが最大の課題である。

さらに、職員に対し、自分が一生付き合うくらいの意識で接してこなかったことにも問題がある。やはり、こちらが相手を真剣に見つめる以上に、相手もこちらを真剣に見つめてはくれない。まずは、今後はカウンセリングの時間などを作って職員と、しっかりと向き合える時間を作っていきたい。

また、幼稚園を支える大人は、職員だけではない。保護者も大切な仲間である。土日の午前中などに、起業家やスポーツ選手を園に呼び、保護者向けに講演をしてもらうことも考えている。そこに来た保護者が、エネルギーをもらい、最高の笑顔で帰宅してもらえれば、子どもにとっても最高である。もちろん、私も時折マイクを握るつもりだ。夢を熱く語り、職員と共に、保護者にも元気になってもらう。もちろん、卒園生の保護者や、地域の学生の参加も大歓迎である。そして、ゆくゆくは日本最熱の大人達が集まる幼稚園にしたいと考えている。最近、地域活性という言葉をよく耳にするが、そこに息づく人たちの意識を呼び覚ますことこそが、幼稚園が果たせる地域活性の形なのではないかと私は考えている。

想像してみていただきたい、夢が飛び交い、大人に憧れる園児が通う幼稚園があったらどうだろうか?仕事で辛いことがありヘコみかけた時、地元には元気を与えてくれる大人が沢山いる!大人が日々交わしている愚痴が夢に変われば、まだまだ、地域も元気になる。私は、幼稚園は子どもを育てるだけの場所だとは思っていない。未来を輝かせる場所だと考えている。

たとえ100年後、当園が潰れて無くなっていたとしても、「あの時、あそこに、あの幼稚園があったからこの街は今でも元気なのよ・・・」と地元の人に言ってもらえたら最高である。

※次回はアットホームな幼稚園について…

すべり台

梅雨に入り、気温も少しずつではあるが上がってきた。この季節は、空の様子を見ては、園庭で自由あそびを取り入れている。4月に入園してきた年少組も、だいぶ園に慣れ、社会に出て初めての仲間を手に入れたようだ。この園庭を駆け回る園児たちを見て、私は、時折、思い出すエピソードがある。

これは、今から丁度20年前の話である。当時、年少から年中に進級した弟(当時4歳)のクラスに一人の男の子が入園してきた。名前はY君。Y君は病弱であった為、一年遅れての入園であった。当時、弟が私に「片耳の小さな男の子が入ってきた」と教えてくれたのを記憶している。

入園を楽しみにしていたY君だが、入園式の朝、体調を崩し欠席をしてしまった。しかし、翌日、Y君は元気に登園してきた。そして、夢にまで見た初めての友達に囲まれ楽しい一日を過ごした。そして、保育が終わりY君をお母さまに引き渡した時、Y君は一つのお願いを口にする。

「すべり台を滑りたい」

Y君は入園する前から、園庭にそびえたつ、大きなすべり台を滑りたくてしかたがなかったのだという。お母様と1回だけと約束を交わすと、一回だけ小さな体を滑り台から滑らし、「また明日!」と言って降園をした。

それから数日、Y君が幼稚園を欠席する日が続いた。そして一週間が経過した、ある日、一本の訃報が入った。Y君が亡くなったという連絡であった。持病の心臓病の悪化であった。当時4歳・7歳であった私たち兄弟にも、それは衝撃的な記憶として残っている。

そして、これは私の家族から聞いた話だが、その夜、ある家族が幼稚園を訪問してきたそうである。Y君の家族である。手にはY君が入った棺おけ・・・。

夢の詰まった幼稚園を最後にY君に見せたかったのである。棺を抱え、正門の前で泣き崩れるご家族の様子を想像すると、「悲しくて・有難くて」涙が出そうになる。

あれから20年。私は園庭を駆け回る園児たちを見て、考えることがある。私達が作れる思い出とは何なのだろうか?園児・保護者に感動を与える保育をするにはどうしたらよいのだろうか?Y君家族が幼稚園に寄せたような期待(夢)に応えるにはどうしたら良いのだろうか?

きっと、パーフェクトな答えは見つかりっこない。ただ、今目の前にいる園児に全力で接することが誰にでも出来る大切なことなのかもしれない。


※Y君の死から9年後、Y君の弟が幼稚園に入園してきた。現在、Y君の家には2枚の卒園証書がある。

非常識な最高のお店

先日、最高に非常識な店に行く機会があった。

店の名前は「絶好調てっぺん」、新宿歌舞伎町にある居酒屋さんで「常識から感動は生まれない」を地で行くお店であった。

以前、参加したセミナーで、そこの店長さんと出会い、その熱さに惹かれ、一度、店を訪問しようと思ったことがきっかけであった。残念ながら、急な訪問であったため、店長さんは不在であったが、そこで過ごした一時間半は最高に熱いものであった。

箸を落としたため、箸を拾って顔を上げると、既に新しい箸が机の上に揃えてあった。店長さんの不在と知り、少しガッカリしていると、店員さんがわざわざ出張中の店長さんに電話を繋いでくださった。極めつけは、お店を出る時、最敬礼で送り出される。あらかじめ呼んで下さったエレベーターに乗り、1階まで降りると、そこには9階で私を送り出してくださったはずの店員さんが!階段を駆けおり、門送をする為に降りて来て下さったのだ。

感動しながらも、何でそこまで出来るのか、と思った。同時に、これが本当の仕事のあるべき姿なんだとも感じた。

皆さんはノミの話を聞いたことがあるだろうか?ノミは野生のもので約1メートルの高さまでジャンプをすることが出来るそうである。しかし、ノミは一旦、ペットボトルの中に入れられてしまうと、その後、ペットボトルから出されたとしても、かつてのジャンプ力を取り戻すことが出来ないという。ペットボトルの天井に頭をぶつけ事を数回繰り返すと、もう、それ以上自分が跳ぶことが出来ないと、諦めてしまうのだという。

私も知らず知らずのうちに、ペットボトルの中のノミになりながら仕事をしていたのだろう。

ただ、余り知られていない話だが、ノミの話には続きがある。実はノミがかつてのジャンプ力を取り戻す方法が一つだけあるのだという。それは、また野生のノミに出会い、彼らと一緒に跳ぶことを繰り返す事だという。それにより、本来自分があるべき姿を思い出し、再びかつての跳躍を取り戻すという。

しかし、この話人間そっくりではないか?私も今回、絶好調てっぺんという野生のノミに出会うことが出来た。これをきっかけに、私も再び高く跳べるノミに返り咲きたい。

職場での貴方は野生のノミになれているか?それともペットボトルのノミだろうか?