城山魂 -86ページ目
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ドキンちゃん

先日、近隣の幼稚園が今年度をもって閉園になるということだったので、教具教材を頂きに、訪問した。同じ区内の全私立幼稚園に事前連絡があったこともあり、当日は、結構な混み合いで、当園も職員を4名引連れ、お宝発掘に向かった。

 最後の園児を送り出したこともあり、すっきりした様子の閉園する幼稚園の先生たち。明るい笑顔で、「子どもたちのために使って下さい」「ありがとうございます」と繰り返すが、園全体に広がる寂しい空気を感じずにはいられなかった。

 一方、教具教材を貰いに来た園は必死で、折り紙からピアノまで、血眼になって、教材を引っ掻き回す姿が印象的だった。中には作戦会議のようなものを開いている幼稚園もあった。私も、最初は宝探しゲームをしているようで楽しく、興奮していたが、不思議と寂しい気持ちがわいてきていた。

 そんな中、一人のおばさんが自転車に乗って、幼稚園に入ってきた。当園の副園長であった。開始から約2時間が経ち、いくつかの園が帰り始めている中、副園長はスタスタと歩き、閉園する園の園長に挨拶を済ませると、2~3体のぬいぐるみと、段ボールで作ったドキンちゃんの飾りを貰うと、さっさと帰って行った。

多くの園が、本棚、机、椅子、ピアノ、遊具などを車に詰め込む中、あまりのあっさりした行動にビックリした。しかも、段ボールで作ったドキンちゃんはいらないのではないかと感じた。

帰園後、副園長に、何故ドキンちゃんが欲しかったのかを聞いてみた。すると、副園長からこんな回答が返って来た。

「いや・・・来年、あの幼稚園からウチの幼稚園に7人か編入してくるのよ。その子たちが寂しい思いしないようにと思って貰ったのよ。編入してくる子どもたちも知っている物があった方が安心でしょ?」

目の覚める一言であった。副園長は教具教材ではなく、教具教材で遊ぶ子供の心を見ていた。そういえば、以前、松下幸之助のこんなエピソードを聞いたことがある。

 それは松下幸之助が電球工場を視察した時のことであった。退屈そうに電球を磨く、社員に対し、こう声をかけた。

「この電球はどこで光っているか知っているか?」

社員は訳がわからず、茫然とした。松下幸之助は続けた。

「この電球の下で、子ども達が絵本を読んでいる。すると、外が暗くなる。家の中も真っ暗。すると、どんな絵本も途中で閉じなければいけない。でもな、あんたが磨いている電球が1つあるだけで、子ども達のドラマは続行だ。あんたは電球を磨いているんじゃない。子ども達の夢を磨いているんだ。子ども達の笑い声が聞こえてるか?物造りは物を造ってはいけない。物の先にある笑顔を想像しなければいけない。子ども達の夢のために、日本中、世界中にこの電球を灯そうや!」

私はこの話に感動した。

今日のように、物を頂くこと自体は決して悪いことではないと思う。しかし、今日の私に、子ども達の笑顔が見えていたかというと、自信がない。物や行事のもっと先にあるもの(何のために)をしっかりと見て、行動しなければならない。

人間、欲が絡むと、一番大切なものが見えなくなってしまう。それに気付かせてくれた副園長には本当に感謝している。

クチパク

 パクパク・・・パクパク・・・。4歳になったばかりの園児Mちゃんの口が動く。

それは、修了式の最中であった。Mちゃんはクラスの中でも一際、小さく、シャイな子だった。人見知りをする彼女は、4歳にして人と目をそらす習慣があった。

 その彼女が、珍しく、私に向かって必死に何かを言っている。式の最中であったため、私は、彼女にジェスチャーで前を向いておとなしくするよう伝えた。しかし、彼女の口は止まらない。やがて、立ち上がり、口をパクパクさせ始めた。気づいた担任が、彼女を席に着かせる。私は邪魔になってしまうといけないと思い、修了式後に予定されている卒園式の準備のため、ホールを出た。

 彼女の引っ越しを知ったのは、その日の夕方であった。数日前に、急遽、転勤が決まった父親に連れられ、彼女は遠くへ引っ越すこととなったのだ。

 彼女は一体、私に何を伝えようとしたのだろうか?もしかしたら、彼女にとって物凄く大切な話だったのかもしれない。一方でトイレに行きたいとか、そういった類の話だったかもしれない。しかし、それが、どういった話であったにせよ「人の話をしっかりと聞く強さを身につける事」を当面の目標としていた私の心は、後悔でいっぱいになった。また、式の途中だっただけに、何が最も正しい対応であったかも未だに分らない。ただ、一つ学べたことは、「終わりは突然やってくる」ということである。

 仮に私が「今日はMちゃんの最後の登園日」と知っていたら、私は、彼女に何を伝えただろうか?恐らく「がんばってね」「気をつけてね」と当たり障りのない言葉をかけてお別れをしていたように思う。

 私には夢がある。そして、これだけは伝えておきたいという熱い思いもある。しかし、その思いを子供にも分かる形で伝える方法を知らない。人は人の背中を見て育つ、と言われるように、本当は時間をかけて、背中で保育をすることがベストなのかも知れない。しかし、残された時間が限りなく少なくなった時、どうしても口に頼らざるをえない場合もある。そういった時、伝えられる熱い思いがなければ、それは考えを持っていないのと同じになってしまう。

私は、自分自身がやり直さねばならない課題に気がついた。それは、自分の幼稚園経営を支える熱い情熱を、誰にでもわかる形で伝える方法を作り上げるということである。最初は若造のたわごとになってしまうかも知れない。しかし、言葉は繰り返すごとに厚みが増すものであると考える。私は幼稚園経営は月謝集めではなく、仲間集めであると考える以上、この信念を伝える活動を続けていきたい。

電車が行き先をしっかりと示すように、私も幼稚園の行先(こんな世の中にするために頑張っています)をしっかりと示し、より多くの人たちに、ありがとうを言っていただける幼稚園を目指していきたい。

カルピスの箱

 先日、幼稚園に行くとゴミ捨て場にカルピスのダンボール箱があった。箱の中をのぞくと、そこには一羽のハトが・・・。ジーッとハトを見つめるが、動かない。死んでいた。

職員に聞くと、前日に血を流しながら幼稚園の駐輪場に飛来したハトを職員が保護し、介護をしていたというのだ。しかし、介護もむなしく今朝方、息を引きとったという。

園庭の隅にお墓を掘っていると園児たちが集まってきて、興味深そうに私の姿を見ていた。深く掘った穴にハトを入れ、上から土をかけて行くと、園児からは「かわいそう」という悲鳴に近い声が・・・。土をかけてる自分だって辛いよ、と思いながら、作業を進める。すると、一人の女の子がこんな事を言った。

「本当に良かったね・・・」

皆、唖然とした。しかし、その女の子は続けた「このハトさんは何とか幼稚園まで飛んでくることが出来たから、こうやって皆にお墓に入れてもらうことが出来たんだ。きっと、世界には道路やビルの上で、静かに死んでいっちゃうハトさんが沢山いる。このハトさんは最後の力を振り絞って幼稚園に飛んできたんだよ。これで安心して天国に行ける。本当に良かった。」理由は分らないが、私は涙が出そうになった。

 その日、私の頭から彼女の言葉が離れることはなかった。私はしきりに考えた、彼女の言葉が私に何かを思い出させてくれていたことは確かだったからである。そして、私は彼女の言葉が思い出させてくれた二つの教えに辿り着いた。

一つは「陽転思考である」ということ。これだけ物心共に満たされた世の中になると、感謝することを忘れ、現状の中で、何が恵まれていることがを見失いがちである。その中で、死という局面においても彼女が、ハトの一生に幸せを見つけることが出来たことに感激したのである。

 二つ目は彼女が、そのハトの生前を想像しながらハトと接していたということである。私と多くの園児は一連の状況を、死を迎えた不幸なハトが土に埋もれてゆく姿にあわれみを感じていた。しかし、彼女の場合は違った。怪我を負いながら、一心不乱に幼稚園を目指し飛び続け、暖かい視線に包まれながら幸せな最期を迎えたハトの姿を見ていたのである。

例えば、こんな例で考えてみてはどうだろうか?幼稚園入園を希望する親子が幼稚園見学に訪れたとする。そこで、我々は園の魅力を感じてほしいと、一生懸命に説明をする。しかし、これでは本当にその親子を思っての行動とは言えない。単なる宣伝活動である。きっと、彼女だったらこう考える。

入園を希望してから、しばらくの間、ホームページや児童館などで懸命に情報を集めるた親子だが、いざ見学に行こうと思うとなかなか勇気が振り絞れず、見学予約の電話が出来ない。しかし、ある時、勇気を振り絞って電話をかけて、やっと見学に来ることを言い出すことが出来た。そして、その親子は期待を胸に、明るい幼稚園生活を想像し、幼稚園生活をスタートしようとしている。

勝手な想像といわれてしまうかも知れないが、もし、ここまで相手を思いやれたとしたら、きっとかける言葉も変わってくるのではないか?

E-mail・携帯電話。私が知る過去10年においても、人と連絡をとる方法は本当に簡易になった。しかし、あなたには、その人の過去と未来を創造しながら話ができる人が、何人いるだろうか?

私は経営者として本当に大切なことを忘れていた。その人の過去を共に振り返り、一緒に明るい未来を目指す姿勢を。きっと当園に来る園児たちも、眠い目をこすりながら布団を出て、夢や希望を胸に幼稚園に登園してくるに違いない。当園で働く職員たちも同じく、希望や夢を胸に幼稚園就職を決めたことだろう。私は彼らの夢を預かっている。本当に幸せなことではないか。

そんな私が相手の過去や未来を思いやれないでどうする!まずは、相手の話をじっくりきける強い人間になりたい。カルピスの箱は私に多くを気付かせてくれた。

カエルの子はカエル!

転職して、早10ヶ月・・・私は日々、情熱的で夢あふれる職場を作りたいと考えている。

当然のことながら、経営者として改善したい部分は多々ある。しかし、今のところ大きく歯車を狂わすような問題はかかえていない。職員に仕事を依頼すれば、それなりにこなしてくれるし、「ハイ」という返事も気持ちが良い。

しかし、私にはいつも心に引っ掛かることがある。それは、職員と本音で接せていないような気がしてならないのである。まずは、職員と本音で付き合える関係を築きたいと考えているのが、今の私の悩みである。

そんな中、2日前、私は大きなヒントを得ることになった。それは、人材派遣会社が幼稚園に営業に来た時のことである。職員である母と営業マンと話している間、私はずっと母の表情を見ていた。そして、思った・・・。全く笑顔がない!!

勤勉家で長女である母は仕事に対しては全力投球。しかし、真面目すぎるせいか、全くといってよいほど笑顔がない。これでは、相手も身構えてしまうのも無理はない。同時に、私はハッとした。そういえば、自分も昔からあまり笑わないと友人から度々、言われることがあった。

世の中には、黙っていても、周りが楽しくなる素晴らしい空気を持った人間がいる。一方で、黙っていても、周りが辛くなる人間もいる。我々は間違いなく後者であるように思う。悪気はないのだが、自然に話しにくい環境を作ってしまっていたようだ。

そこで、私は思った。まずは、話をしている相手に「話しやすい環境」を作ることから始めよう。早速、私は本屋に行って、和田裕美氏の著書『人に好かれる話し方』を購入した。すると、その中に、こんなアドバイスがあった。

「笑顔の持久力を持ちましょう」

笑顔の持久力と言われて、何だろうと思われる方もいらっしゃるかもしれない。著者いわく、笑う時は「にこっ」ではなく「にこーーーーーっ」と笑えというのである。せっかく、笑顔を振りまいても、すぐに真顔に戻ってしまう人がいる。そうではなく、笑顔にも余韻を残せというのである。著書の中にもあったが、人と人との空気には余韻が存在するという。したがって、いつも明るい笑顔を振りまいている人の周りには明るい空気が流れていることになる。なるほど、これにより黙っていても、周りが楽しくなる空気を持った人の正体が分かった気がする。

ただ、自分が笑顔になるだけで、周りの人間が少しでも幸せになるのであれば、それは幸せなことではないか。まずは、人に会ったら10秒間笑顔をキープしてみることから始めてみることにした。

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