城山魂 -84ページ目

スケジュール帳を開いてごらん!

本日、読んだ『汗出せ、知恵出せ、もっと働け!(伊藤忠商事会長 丹羽宇一郎著)』という本の中に、「常に何のためにやるのかを考える」という一説があった。これは、ビジネス書に限らず多くの書物の中で、常に目的意識を持って行動せよ、という表現で書かれている。

本を読んだあと、改めて自身のスケジュール帳を開いてみた。色々と予定が入っており、充実しているように思えるのだが、一件一件に「何のために?」という疑問を浴びせると、あまり感動できる回答が返ってこない。

例えば、スケジュールの中に「A社に営業に行く」とあったとしよう。これは売上を作る事が主要目的なのだが、「A社の営業で○○を学ぶ?」「最低ココまでは話を進めよう」など、自身の基準を持って仕事に臨むことこそが、自身を成長させることにつながると考える。

ルーチンも同様である。ルーチンワークとは、大きな目標に対し、日々、少しずつアプローチすることで目標を達成するための手段である。従って、機械的にも思える日々のルーチンも「何のために」を忘れないことで、非常に質の高いものへと成長を遂げることができるように思う。

たとえば、こんな実験をしてみよう。

まずはじめに、その場所で横に1周回って欲しい。さて、赤いものは何個あっただろうか?

おそらく、答えられる方は、少ないだろう。次に赤いものが何個あるかを数えながら、同じく一回まわって欲しい。きっと、次は焦点を絞ったことで数えることが出来たのではないか?

これは、焦点を絞っているか否か、の実験である。焦点を絞る(何のためにを明確にする)ことの大切さをご理解いただけたかと思う。逆に焦点を持たずに、こなすだけの仕事をしていた場合、それは第三者から見てもわかるし、そんな経営者が職員のあこがれの対象となるのは難しい。つまり、「何のために?」を明確にしておくか否かは、自身の成長だけではなく、他者からの見られ方にも影響を与えてしまうように思う。

皆さんも一度、スケジュール帳の中に「何のためにそれをするのか?」「しなかった場合はどうなるのか?」を書いてみるのはいかがだろうか?きっと一日がスピーディーで充実したものになるに違いない。

メンタリングマネジメント

現在、当園ではある試みをしている。それは「教材プロジェクト」といって聴取した教材費をほぼ全額、教諭達に預けるというものである。これにより教諭達は自分たちの考える「感動を生む保育」の実現に必要な教材を自由に選択することができる。また、コスト意識が芽生えることは、お金を出す側の保護者にとっても決して悪い話ではない。一般企業にお勤めの方は、財布の管理なんて仕事以前の問題だろ?と思いになるかもしれないが、当園にしてみれば初めての試みで、教諭達も少し緊張気味だ。

しかし、今回のプロジェクト、経営者である私にとっても一つの挑戦と捉えている。それは「メンタリングマネジメント」を実践してみるということである。メンタリングマネジメントとは簡単な言い方をすれば、「相手のやる気を引き出して可能性を最大限に発揮させる」マネジメントのことを言う。現在、主流となっている「損得・危機感」「給与査定」をベースとした管理マネジメントとは、反対の考え方と言って良いかも知れない。

先のブログでも述べたように私は商社出身の人間で、仕事に査定はつきものであった。しかし、どうも管理というマネジメントに悲しさを覚える。というのも、職員を仕組みでコントロールしようとすることはどうしても、「損得感情」「拘束感」「恐怖」を生み、言われたことしかやらない依存型人間を作るだけのような気がしてならない。

そこで私はメンタリングマネジメントをベースに今後の組織づくりを進めていこうと考えた。だから、今回のプロジェクトにおいて、私は「職員を徹底して信じること」「責任はすべて自分にあると覚悟を決めること」「自信を与える言葉しかかけないこと」を心に決めた。職員に降りかかるであろう拘束感、緊張感、不安を出来るだけ、取り除いてあげたいと考えたからだ。担当者にはその人物の長所が活きそうな職員を抜擢した。

本プロジェクトは、金額にするとそんな大きな額ではない。しかし、この経験を通じ、少しでもメンタリングマネジメントの感触をつかむことができればと考えている。

人は一度出来るようになったことは、2回目以降は簡単にできるようになるという。

今回のプロジェクトが、今後の組織づくりにおける布石となってくれればと期待している。

KOTODAMA

当園には週案という書類がある。日々の保育計画を立て、検証と反省を綴る、いわば記録のようなものである。最近、その週案に関し嬉しいことがあった。

それは、当園に勤務する職員Mの週案なのだが、最近、週案の中に「大変」「無理」「難しい」といったマイナスの表現が減ったのである。そんなことか・・・とお思いの方もいらっしゃるかもしれないが、これは大切なことであると考える。「その人の使う言葉がその人の人生を作る」からである。例えばこんな実験をしてみよう。

「腐ったバナナ」を・・・絶対に想像しないでください。

いかがだろうか?

「腐ったバナナ」という言葉を聞き、大半の人が腐ったバナナを想像したのではないだろうか?想像するな、と言われたにもかかわらず、無意識のうちに言葉はイメージをもたらす。つまり、人は使う言葉により思考の質事態が変わってくるのである。自分の周りを見てほしい、怒った言葉の多い人は顔も怒った顔つきの人が多いのではないだろうか?逆に悲観的な言葉を使う人は顔つきも暗いように思う。

また、こんな結果もある。ある事故の多い高速道路で「事故多発注意」という標識を「安全運転」という標識に変えたところ事故が激減したという。既にお分かり頂けると思うが、「事故多発注意」という言葉が、潜在意識から事故のイメージを引っ張り出し、現実のものとしていたのだ。つまり、言葉には現実を引き起こしやすくする力もあるのである。

以上のように考えると「その人の使う言葉がその人の人生を作る」という表現も決して大げさなものではないということがお分かり頂けると思う。もしかしたら、「言葉の質=人生の質」とも言えるのかもしれない。

職員Mの中で言葉に対する意識に変化があったかどうかは分からない。ただ、Mの仕事に対する取り組みが良い方向に転がり出していることは間違いない。これをきっかけに、Mの人生が公私ともに飛躍してくれれば、同じ職場で働く者として本当に幸せなことである。

※おまけ

 ニンジンを切り3つの水が入ったペットボトルに分ける。1つには毎日「ありがとう」と声をかける。2つ目には「ばかやろう」と声をかける。そして3つ目は無視。すると、17日すると大きく変化が見られる。ありがとうのボトルは色が全く変わらなかった。ばかやろうのボトルはニンジンが真っ黒に。そして、無視のボトルはニンジンが腐りドロドロに溶けたという。これは人間にも言えるのではないだろうか?

生き様くん2

前回のブログにて「生き様を見せる」ということについて書いた。今回はその後の検証についてお話したい。

ブログを掲載後、早速、職場で実践をしてみた、すると早くも効果があらわれはじめた。といっても、職員全員が急に輝きだしたということではない。恐らく私の変化には誰も気付いていない。私の職員を見る目が、わずかに変わり始めたのである。

自らが「理想の自分」を振舞うことで、不思議と相手の長所に目が行くようになったのである。少し変な言い方をすれば、自分が理想に近づくには、この人の長所がもっと伸びれば良い、と考えるようになったのである。しかし、長所を期待される側にとっても良い話なので、決して悪い話ではない。振舞う事に、最初は少々抵抗があった。しかし、1週間も続ければ、慣れてくるように思う。

実践する前、私は自分の生き様を見た職員が少しずつ変わってくれることを期待した。しかし、結果は職員より先に、自らに変化をもたらしたようである。逆に、自らの生き様に共感してもらうには、まだまだ時間がかかりそうである。

商社出身ということもあり、私にとり仕事のおもしろさというものは、いつも数字が表現してくれていた。しかし、今回の経験を通し、経営手法で、自ら居心地を変えるという新しい仕事の楽しみ方を見つけることが出来た。

私の仕事の目的の1つに「自己実現」がある。簡単に言えば、なりたい自分になることで、いかに社会に役に立ち、人生を謳歌出来るかということだと考える。裏を返して言えば、社会の役に立ちながらも、人生を謳歌出来なければ、それは「自己実現」とは言えないように思う。

そのように考えると、「仕事の楽しみ方を沢山知っている人」ほど、幅広い自己実現の方法を知っている人と言えるのではないだろうか?

ひたすら目標を目指し、ガムシャラに走ることも一つの方法だと考えるが、経営の中で、多くの楽しみを見つけ、ゴールを目指していくことも一つの方法なのかもしれない。

生き様くん

先日、アントレプレナーセンターの福島正伸氏のリーダー育成塾に参加してきた。福島氏といえば、リーダーシップのプロフェッショナル!2ヵ月前、塾生募集のビラを見た瞬間、1秒で参加を心に決めた。

その楽しみにしていた育成塾。私は第1回にして、衝撃的な言葉を耳にした。その一言とは・・・

「人は時折、相手に言われた一言で人生が変わる事がある。しかし、この時、何を言われたか(言葉の内容)は関係ない、誰に言われたかが大きく影響する。」

これは、かなりの衝撃であった。つまり、福島氏は、人は言葉の中身よりも、その人の生き様に耳を傾けると言うのだ。逆に口先だけで物事を伝えようと思えば、反発を得るだけ。つまり、伝わるか否かは話す前に、既に決まっているのだという。大発見であった。確かに、自身の人生経験と照らし合わせても納得いく説である。

例えばサッカー少年が通りすがりのおじさんに、「練習しなさい!」と100回怒鳴られるよりも、中田英寿に「練習するといいよ!」と1回、ささやかれた方が、よほど効果がある。

では、具体的に、自分自身が相手の人生に刺激を与えられるような人間になるには、どの様にしたら良いのかということだが、福島氏は以下のように説明を続けた。

「相手から見える部分(生き様)を魅力的にすれば良い!」

これは一種、幸せ者を装うようで、好ましくないと思われる方もいらっしゃるかも知れない。しかし、これが重要なのである。自身が最も格好良いと思える自分をイメージし、それに向け、努力することは決して悪いことではないように思う。また、価値観が多様化する現代社会においても、自身が理想に近づくことは、時代を問わず成功の形と言えるのではないだろうか。

また、この考えは経営者(リーダー)以外の部分でも通用するように思う。例えば、幼稚園で教諭たちが目を輝かせながら働いていれば、それを見た子どもたちは、教諭たちに対し、あこがれを抱く。そして、あこがれの教諭が言った言葉に対して、子どもたちは素直に耳を傾けてくれるのではないかと思う。

実際に園児たちに、将来の夢を聞けば、必ず出てくるものに、スーパーヒーローがある。中には3~4種類のスーパーヒーローを挙げる者もいる。つまり、彼らにしてみれば、どのヒーローになるかは重要なのではなく、ヒーローの生きざまに共感をしているのだ。

では、明日から具体的に私が何をすべきか、ということになるのだが、私は、自分が最も格好良いと思える自分(ヒーロー)になることであると考える。最初は周りの目も気になり、抵抗があるかもしれない。しかし、これにより、職場に良い活気をもたらすことが出来れば、そんな最高なことはない!

夢膨らむ育成塾であった。