涙のわけ
先月、職場で感動する光景を目にした。
それは、平成20年度の担当クラスの発表の時であった。職員室で、各教諭の平成20年度の担当クラスの発表を終え、室内を見回すと、一人震えるようにして泣いている教諭がいた。勤務6年目になるKである。Kは19年度に年中組を担当し、翌年度は絶対に年長組を担当したいと熱望していた。
しかし、希望する学年の担任になるということは簡単なことではなく、スキル、体力年齢、その他の教諭とのバランスというものも検討材料に入ってくる。しかし、Kの熱意は素晴らしく、多少不器用ながらも、必死で努力をしている様子がうかがえた。結果、経営者である私も、いつも間にか、Kの夢を叶えてあげたいと思うようになっていた。そして、Kは見事、年長担任の座を射止めた。
今まで私のブログをお読みになった方には、お分かりいただけると思うが、私は何よりも熱い人間が大好きである。嬉し涙を流すKを見て、私は最高に幸せな気持ちになった。
世の中には、何割くらいの人間が、仕事で涙を流せるだろうか?もちろん、卒業式や退職日など別れをきっかけに涙を流す人間は多くいるだろう。しかし、仕事に夢を持ち、それがかなった瞬間涙を流せる人間は稀なように思う。
残念ながら、私の場合も、商社に勤務していた時は、自身の部署変更で涙を流した経験は無い。
今回のKの涙は、私に改めて仕事に対する情熱の重要性を教えてくれた。私は熱い思いを持って、毎日職場に通ってきてくれる職員が当園にいることを誇りに思う。
Kありがとう!一緒に最高の幼稚園を作ろう!
運転席から見る景色
先日、「仕事とは何か?」について考える機会があった。
先週火曜、簿記学校に行く途中、高校時代の後輩に、ばったり出会うことがあった。久々の再会に、話も自然と盛り上がった。話を聞けば結婚も決まり、仕事もまぁまぁだという。しかし、私は彼の表情が、疲れきっているように見え、仕方がなかった。理由を聞けば、会社が忙しく、自分の時間が持てないのだという。さらに、突っ込んで聞けば、そんな生活に嫌気がさし始めていることを告白した。そして、彼は自分の時間を作るために経営者になりたいと語っていた。最近、ロバート・キヨサキ氏の『金持ち父さん、貧乏父さん』を読み、「時間的ゆとりを得るには、経営者になるか投資家になる以外方法は無い」というフレーズから強い影響を受けたようである。どんな経営者になりたいかなど、詳細な話を聞くことはなかったが、社会人になっても、頑張り続ける彼にエールを送り、その日は別れた。
しかし、私は彼の起業にエールを送るにあたり、どうしても心に引っかかるものがあった。最初は、それが何か分からなかった。しかし、時間が経つにつれ、それが彼と私との「仕事観」のズレから生じているものであることが分かってきた。
当然、「仕事観」というものは人によって異なる。従って、どれが正しいということはない。しかし、私はこれをきっかけに、一度、私にとり「仕事とは何か?」ということにつき考えてみることにした。
まず、はじめに私の場合、この「仕事とは何か?」という問いに一言では答えることは困難である。それは、私が、仕事は大きく3つの要素から構成されていると考えるからである。
最初に挙げたいのが「生活の糧を得るための仕事」である。しかし、現在、日本国内で餓死ということは、よほど特異な事例に巻き込まれない限りありえない。このような恵まれた環境にいながら、食べ繋ぐことだけを人生の目的にしてしまうことはもったいないと考える。
二つ目に「社会貢献としての仕事」である。これは、「ありがとうのもらい方」にあたると考える。例えば、レストランに行った際、私たちはレジでお金を払う。これは、おいしい食事を有難う、という意味を込めての行動と言える。レストランは食事を通し、人を幸せな気持ちにさせることにおいて社会貢献を果たしていると言えるのではないか。
そして、最後に「自己実現の手段としての仕事」をあげたい。私はこれが、現代社会において最も重要であり、欠けている部分であると考える。では、「自己実現の手段としての仕事」とは一体何なのだろうか?私は、それは「自分と夢とをつなぐレール」のようなものであると考える。例えば、野球のイチロー選手を考えてみて欲しい。彼はひたすら野球が上手くなりたいという夢を追っていたら、メジャーリーグというレールの上に乗ることができた。もちろん、そのレールに乗るためには大変な努力が必要であったと思う。しかし、彼はさらなる目標があるため、現在もそのレールの上を走り続けている。一方、実力がありながら、メジャーリーグから1年で返されてしまうような選手は、メジャーリーガーになること、そのことにゴール(終着点)をおいていたのではないかと考える。
以上が、私が現在考える「三つの要素から構成される仕事観」である。
とはいえ、私も、かつて雇われる側の身であった時、仕事に対するイメージは決して、積極的なものではなく、経済的な側面からの仕事が多くを占めていた。しかし、経営者になり、経営のハンドルを渡された時、初めてその責任感、使命感を背負う感覚が理解できるようになった。例えるならば、初めてのドライブに友人を同乗させた時の責任感、緊張感に近いものがある。つまり、経営も運転と同じように、運転席からしか見えない景色が多々あるのだと思う。そういった意味では、一流の起業家といわれる人たちは、その景色を、雇われる側にいながら見ることが出来た人たちなのかもしれない。
今回、後輩が漏らした言葉から、改めて、自分にとり「仕事とは何か?」という基準を見直すことが出来た。商社を退社して、もうすぐ一年が経つ。かつては見ることが出来た問題点も、今では慣れによって見えなくなってしまっていることもあると思う。今回のブログ作成は経営者としての自分自身を見直す良いきっかけとなった。
空気の敷居
皆さんは「空気の敷居」をまたがれたことがあるだろうか?「空気の敷居」とは、それをまたいだ途端、自分を包む空気の感じが変わる境界線のことである。
例えば、とてもおしゃれなカフェに行き、店内に入った瞬間、自身が急におしゃれな存在に思えてきたことはないだろうか?また、スポーツ観戦に行き、会場に着いた瞬間、独特の空気を感じたことはないだろうか?
先週、都内の幼稚園経営者の間で行われた研修会で、とある幼稚園を訪問した。その園は、「限られた環境の中で、できるだけ自然を生かした保育をする」を方針としており、かなりの人気園だという。地図で見ると、住宅街と商店街の中にはめ込まれたような場所にたつ幼稚園であった。行く前は、住宅街にある小奇麗な今風の幼稚園を想像しており、自身の幼稚園が古いせいか、少し憂鬱な気持ちで現地に向かった。しかし、この私の勝手な想像は、良い意味で裏切られることとなる。
訪問園に着き、門をくぐる。すると、そこの空気は外の3倍美味しく感じたのである。空気の敷居をまたいだ瞬間であった。
三塔ある園舎のうち、二塔は築40年。かなり古く、廃校になった田舎の小学校を連想させた。残りの一塔も3年前に建てられたというが、古めかしい作りをしている。実はその園舎、かつて福島県会津にあった取り壊し予定の廃校を、移築したのだという。合掌造りを見た時は感動した。最近、よく言われるエコを実践しながらも、どこか懐かしい気がした。
登り棒は竹を使用、ジャングルジムは流木を組み合わせただけ。園内には巨木がそびえたち、カラフルな遊具は一切ない。園庭の主役はあくまで子どもだ。もちろん、エアコンなんてあるはずがない。裏の畑はきれいに手が加えられており、稲穂を干すための竿まで設置してある。小鳥でも飼っているのかと思い、檻を覗くと、そこにはアオダイショウが・・・。
とにかく、徹底度合いが素晴らしかった。写真を撮り、見直してみたが、そこはまるで40年前の世界であった。
園内見学が終わると、園長による挨拶があった。これだけの空間を作り上げる経営者は、どんな敏腕園長かと思い、ドキドキした。しかし、現われたのは一見、用務員さんかと勘違いしてしまうような小さな60歳位の男性であった。そのシャイな男性は、あまり多くを語らず、マイクを威勢の良い女性教諭にゆずってしまった。
私は、不思議でならなかった。相当の保育哲学がなければ出来ないようなこの園を、このシャイな男性がどのようにして・・・?
しかし、その疑問はすぐに解消した。園の説明会が終わると、園長は園内を歩きだした。私はいくつか、聞きたいことがあった為、一緒に園内をあるかせて頂いた。すると、園長がキョロキョロしだした。そして、動物、植物について少し気になる部分があると、見たり触ったりを繰り返した。使い古された表現にはなるが「少年のような目」であった。少なくともそこには「仕方なく」という感情はない、自然な仕草であった。そして、私は思った。
これ人が、この幼稚園そのものなんだな・・・。
人間というものは不思議で、本人が意識せずとも、気を振りまきながら歩いている。気分の良い人間は、明るい気を振りまく。逆に、気分を害している人間は、暗い気を振りまく。そして、その気は、知らず知らずのうちに、周りに影響を与える。
私は、これは人の気分にだけ当てはまる話ではないと考える。経営者の経営哲学・方針にも同様のことが言えるのではないか。
経営者が組織の目指すべき方向を明確にし、それに向けて邁進していれば、周りは自然と経営者の気を感じ取る。その流れは、どんどんと大きくなり、やがて、それは組織全体の空気を変える。この園長は、日々、自分の生き方を示すことで、周りを引っ張ってきたのではないか。
幼稚園を失礼する前に、最後に園長にこんな質問をしてみた。
「私は、先生の特徴ある幼稚園作りを本当に素晴らしいと思います。しかし、これだけ特化をすることに不安は感じませんでしたか?」
すると、園長は、こう答えた。
「保育に明確な回答などというものは存在しないように思います。だから、自分が本当に子供のためになると信じられる事だけを一生懸命伝えるようにしています。これは決して悪いことだと思いません。だから私は、私にとって当たり前のことを当たり前に続けているだけなんです。そしたら、周りが一緒に動いてくれるようになったんです。」
かつて、和民の社長である渡邉美樹氏がこんな事を言っていた。「当たり前のことを当たり前に、ただし徹底して行うことにより、当たり前ではない結果を生む」
空気の敷居の正体、それは園長先生の保育哲学であった。
OYAKATA!
一昨日、親友の父親の紹介で相撲部屋の親方であるN氏と一緒に食事をさせていただく機会があった。N氏は現役時代、三役まで昇進し、そのドラマティックな人生が多くのファンを引き付けた名力士である。現在は自身で相撲部屋を立ち上げ、明日の相撲界のスターの育成に励んでいる。
親方と一緒に食事をとり、約2時間が経過した頃だったろうか。私は、親方がたびたび繰り返す、ある言葉が気になり出していた。
「反省はしてもいいが、後悔はしちゃいかんよね・・・」
親方はこの言葉を2・3回繰り返された。この言葉は経営哲学やスポーツ心理でよく耳にする言葉であった。その為、私は「この人も後悔をしないように常に全力で突き進んできた人なんだ・・・」くらいの理解で、この言葉を聞いていた。しかし、私はこの後、この言葉に対する親方の本当の思い入れに気付かされることになる。
それは、親方が自身の現役引退について語りだした時のことだった。引退後、時間が経ち、周辺が落ち着きを見せ始めた頃、親方は自身の相撲人生を振り返る中で、稽古というものについて、考える機会があったそうだ。というのも膝が満身創痍の中、迎えた引退だったが、改めて考えると、もう少し、這いつくばってでも、頑張ることができれば、もしかしたら横綱になることが出来たのではないか、と強く感じることがあったからである。そして、親方はそれを、強く思えば思うほど、後悔の念にかられたそうである。そのことを親方が口にすると、一緒に食事をしていた女性が「あれ?親方は後悔しないんじゃなかったんですか?」と笑ってみせた。
しかし、親方は表情ひとつ変えず、こう続けた。
「だから、親方になったんです。もし、私が引退と同時に、相撲との関わりを止めてしまったら、確かに私は後悔を抱えたまま相撲人生を終えていたでしょう。しかし、私はこの思いを自分の弟子に伝え、同じ思いをさせないことだけが、私の後悔を反省に変える唯一の方法だと思ったんです。」
私はこの話を聞いた時、鳥肌が立った。過去を悔むことは誰にでもできる。しかし、いくら悔やんでも、過去は過去。人間は未来に解決策を見出すことでしか自分の後悔を反省に変えることは出来ない。それを親方は伝えたかったのだと思う。
一連の会話を終えた後、目の前にいる大男が、とてつもなく素敵な漢(おとこ)であることに改めて気付かされた。
かつて、発明王エジソンが、電球発明に際し、記者からインタビューを受けた時のことである。電球を発明するまで10000回もの失敗を繰り返していたエジソンに対し、記者は、こんな質問をあびせたそうだ。
「10000回も失敗したそうですが、苦労しましたね?」
すると、エジソンはこの質問に対し、こう答えたという。
「私は失敗などしていません。上手くいかない方法を10000通り発見しただけです。」
エジソンは10000回もの反省を繰り返し、成功へと繋げる、とんでもなくタフな発明家であったのである。この精神が、やがてエジソンを発明王と呼ばれるまでに、育て上げる。
つまり、人生に勝ち負けというものが存在するとしたら、それは人生が終わった時に決まるように思う。従って、命ある限り、反省(挑戦)を繰り返していれば、それは成功への道を歩いていることになる。そんな、生き方が出来れば、それだけで人生は充実していくのではないか?親方は私に、背中でそう語りかけて下さった。
他にも、親方について、お伝えしたいエピソードは沢山あるが、まだまだ内容が消化不良の部分が多い。自分の中で解釈が出来しだい、改めて皆様にお伝えしていきたいと思う。
※今回、機会を提供してくださった萩原社長、中根常務、重政さんには本当に感謝しております。ありがとうございました。また誘ってください。
パワーファミリー!
皆さんはパワースポットという言葉をご存知だろうか?百科事典『Wikipedia』には、滞在すことにより、誰でもエネルギーを吸収することができる場所のことをパワースポットという、とある。
先日、10代からの親友を訪ね、沖縄を旅した。同年齢の彼であるが、独身の私とは異なり、既に妻子持ちである。彼の家族を含め、海辺の食堂で昼食をとった後、近くのサンゴ礁でシュノーケリングをし、最後にソフトクリームを食べて解散した。時間にして約3時間半。あっという間であった。
本当に短い時間ではあったが、解散後、自身が物凄いエネルギーに満ち溢れているのが分かった。何と表現したら良いのか分らないが、自然と視線が真っ直ぐになる感覚である。同行した私の弟も「あの人に会えただけでも沖縄に来て良かった」とその感激を表現していた。
彼は決して経済的に裕福な生活をしているわけではない。また、人をおだてて、気分を盛り上げようとする人間でもない。ただ、彼は家族全員で希望に満ち溢れる姿を見せることで、我々に力を与えてくれた。百の褒め言葉よりも、笑顔を絶やさず、真っ直ぐな生き方が、見ていて幸せであった。
帰宅後、早速、彼にその感動をメールにして伝えた。すると、こんな返事が返ってきた。
「おれらはパワーファミリーになるんだ!」
私の辞書には無い言葉であった。パワーファミリーとは、自分たちと出会う人々に夢や希望を与えるハッピーサンプルのことだという。私にとっては、新しい感覚であると同時に、素直に自分もこの部分は取り入れたいと感じた。
一方で現状、私自身が職員に夢や希望を与えられる存在になっているか、というと、その答えは、恐らく「No」だと思う。きっと、残務処理や人事評価に顔をゆがませて職場に立つ自身の姿が想像できてしまう。
近年の調査で、「あなたは学校の先生を尊敬していますか?」という質問に対し、イエスと答えた生徒の割合は、世界平均で70%強。対する日本の生徒は20数%。子どもたちにとって先生とは、大人を体現するものにほかならない。換言すれば、今の日本の子どもたちは、大人そのものを尊敬していないといえるかも知れない。
そんな環境下、子どもたちが初めての社会生活で出会う大人である幼稚園教諭には、子どもたちがあこがれるハッピーサンプルであってほしい。また、教諭たちが幼稚園に送り迎えに来る保護者の方々にも元気をふりまくことができれば、さらに素晴しいことではないか。教諭が輝くことで、園児も輝き、そして園全体・地域・日本が輝いて行く。そんな園が出来れば、最高である。
そのためには、まず私自身が輝けるパワーパーソンになりたいと思う。
★親友から学んだ自分との約束★
1、明るい笑顔を絶やさない
2、弱音を吐かない
3、人を勇気づける広い心を持つ
4、人を歓迎する心を忘れない
5、自分の夢に強い信念を持つ
※竜平→天然もずく有難う。家族も喜んでたよ!シーズンになったらまた送ってくれ!
加奈子さん→ケーキ有難うございます。甘すぎないところや、スポンジのシットリ感が最高でした。竜平をよろしくお願いします。
大我君→たくさん寝て大きくなれよ!また会いに行くからな!