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リベラルブログ・生活保護者の色々な記事

腎臓病と不安神経症で生活保護者。社会やニュース、その他、様々なこと、思ったこと、感じたこと色々なことをブログ記事にしていきたいと思っています。

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昭和天皇は、戦争中近衛が「もう戦争をやめるべきだ」という意見書を出した時、3度つっぱねた。彼は、「(アメリカに打撃を与え)もう一度、有利な戦局をつくってから、交渉するべきだと述べたらしい。つまりアメリカに打撃を与えた後なら、和解案も有利になるからだ。戦前から植民地としていた樺太、朝鮮、台湾に加えて、この戦争で日本軍が奪い取った領土の多く・・・中国やフィリピン、インドネシアなどを自国の領地にしたかったのだろうか?

当時の日本人には「大東亜共栄圏」という考えがあった。これは「天皇を中心とするアジア」のことである。頭山満達が唱え、様々な人物の妄想が加わり、日本のアジア侵略が引き起こされたのである。天皇自身もそういう考えを持っていたのかも知れない。
だがこの欲張りはやがて本土への空襲と広島長崎への原爆となって撥ね返ってきた。
もし、この時近衛元総理の提案に従って、アメリカと和解していたなら、東京の焼け野原も広島長崎の惨状もなかったに違いない。 削除
2012/9/10(月) 午後 7:22 [ kan ] 返信する
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Kanさん、コメントで書かれた以外にもヒロヒトの戦争関与はたくさんあるはずです。僕はいまだヒロヒトの本当の人物像は明らかになってないと思ってます。ヒロヒトはヒトラーと肩を並べるぐらい、自ら戦争の指揮を取っていたと僕は思っています。 削除
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俺君が代好きだよ~なんかえぇかんじo(*・∀・)つ 削除
2007/6/21(木) 午後 11:01 [ - ] 返信する
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けいご、そうか?俺は1人の人(天皇)だけをを称える君が代は嫌いだな。人の好みはそれぞれだからな。 削除
2007/6/22(金) 午前 2:26 masao 返信する
僕は『君が代』を考えるときに『六甲おろし』と比較します。僕たちタイガース・ファンは、日本国国歌斉唱といいながら「六甲おろし」を歌っていました(=星野前監督が怒ったので禁止です。)正式名称は『阪神タイガースの歌』で阪神球団が製作した歌なので、いわば強制された歌です。実際に甲子園球場ではゲーム開始前とゲーム勝利及び引分け後には伴奏が放送されます。しかし、タイガース・ファンは強制されたという意識は持っていません。【続く】 削除
2007/6/22(金) 午後 3:33 まったけ館長 返信する
【続き】それは、タイガース・ファンが心からタイガースを愛し、『六甲おろし』を愛しているからだと思います。ドラゴンズ・ファンは『燃えよ!ドラゴンズ』、スワローズ・ファンは『東京音頭』を歌いますが、両球団とも球団歌はあるようです。何故、タイガース(及び南海ホークス、近鉄バファロ―ス)ファンが球団歌を歌ったのでしょうか?その答えは阪神タイガースが好きで好きでたまらなくって自然発生的に憶えてしまって歌っているのだと思います。【続く】 削除
2007/6/22(金) 午後 3:44 まったけ館長 返信する
【続き】阪神タイガースを愛しているというより恋しているのだと思います。それが、現在の日本という国や『君が代』に恋する魅力があるのか?やはり、歌わないという人びとがいることは、日本国が阪神タイガースに適わないのでしょう。【続く】 削除
2007/6/22(金) 午後 3:49 まったけ館長 返信する
【続き】かつて、改憲派と呼ばれていた憲法学者の小林節慶応大学教授が自民党案を見て、こんな連中に改憲されるのならばと言って事実上の護憲派転向をしました。理由は「愛国心を強制する」からだそうです。その点については、僕も小林教授(と、初めて)意見が一致しました。官製の憲法や国歌、愛国心ではダメだと思います。全ての日本国公民が自発的に恋することができる憲法や国歌、愛国心でなきゃならんと思います。それができていない現実を、政治家や自称「愛国者」は認めなければ議論が成立しません。【了】 削除
2007/6/22(金) 午後 3:58 まったけ館長 返信する
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無理強いはいやだけど・・・事後承諾というのはやっぱりいけないとおもいめす。
学校ではそのように指導されてます。 削除
2007/6/22(金) 午後 4:34 おんたま(=⌒ー⌒=) 返信する
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まつたけ館長、外から見ると、よくタイガースファンは『六甲おろし』を飽きずに何度も歌っているな、と感心していましたが、その理由は『六甲おろし』を、タイガースを愛しているからなんですね。『好きだから、恋しいから飽きない。』だから阪神球団が作成した歌でも自然発生的に歌っているんですね。日本の国歌も何かの時に、込み上げる感情で誰かが歌いだし、自然発生的に人々が歌いだすーその様な国歌であったならどんなに誇りに思うでしょう。しかし「君が代」にはそれがない。戦争の責任を取っていない天皇を称える歌に、感動は存在しない。そして「歌うこと」を強制する中に、感動は生まれない。 削除
2007/6/23(土) 午前 0:12 masao 返信する
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温玉、事後承諾はよくないね。それに君が代を歌わなければ教師を解職するというのも。民主主義国家下で「強制」というのは民主主義的行為ではない。学校では君が代について事前によく話し合われているんだろうか。 削除
2007/6/23(土) 午前 0:23 masao 返信する
『六甲おろし』とタイガース・ファンとの関係は、国歌の理想的なテキストなりえます。実は、2002年に一部の応援団が選手別応援歌の著作権を独占したと問題になりまして、ヒッティングマーチ管理委員会なる組織が応援歌を管理することになりました。こちらについては、同委員会による独占の状況と反ばくしているタイガース・ファンが多いのです。ただ、単に『六甲おろし』を歌っているわけではないことが御理解いただけると思います。 削除
2007/6/23(土) 午後 8:35 まったけ館長 返信する
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タイガース応援歌管理委員会まであるとは!ホントにただ歌ってるだけじゃないんですね。ここまで愛される国歌が有ればホントに理想ですね☆ 削除
2007/6/24(日) 午前 11:18 masao 返信する

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どうでもいいけど「のぞきま」ですか? 削除
2007/3/8(木) 午後 5:17 [ duc**ama*3 ] 返信する
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ducayama23、違うよ、何で? 削除
2007/3/8(木) 午後 8:04 masao 返信する
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だから、あなたの家が、宇宙から覗かれたら「いや」ではないですか? それを、ネット上にばらされたら「もっとイヤ」だと、 わたしゃ思いますけど。 削除
2007/3/8(木) 午後 9:47 [ duc**ama*3 ] 返信する
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ducayama23、①これは「Google Earth」という無料のサイトで、世界で数百万人が利用していて印刷も簡単に出来るようになってる。各国の主要な建物は登録制で「バッキンガム宮殿」のように、見られたくなければ登録していない。宮内庁が登録しているから無料で見られるのだ。そしてある程度近づくと皇居の外のビルのように、白いイラストに変わる。 削除
2007/3/9(金) 午前 9:13 masao 返信する
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例えばアメリカ、ホワイトハウスは屋上もイラストになっていて皇居のようによく見えない。個人の家も近づくとイラストに変わるので全く分からない。②この記事はランダムで丁度偶然取り上げられたのも重なって200人も訪問した。それだけ訪問した人が興味が持ったと共に、皇居の全景を知らないと言うことだろう。たぶん多くの国民は皇居の中がどうなってるのか全く知らない。 削除
2007/3/11(日) 午後 11:22 masao 返信する
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これは国民の「知る権利」から見ても異常なことだ。見慣れてないから君のような過剰な反応をするのだ。宮内庁が登録しているのだから、びくびくしないで日本人ならよく見て知っておいたほうがいい☆ 削除
2007/3/11(日) 午後 11:22 masao 返信する
う~ん・・・悩ましい問題ですね・・・。確かに出版社側、著作者側の意見もある事とは存じますが・・・伝記とは言え、ご本人が嫌がっていたりするものを「権利だから!自由だ!!」って出版しちゃうのは・・・私としてはあんまり頂けない・・・ですかね。私自身におきかえて言ってしまうのはおこがましい限りですが(^^;) 削除
2007/3/27(火) 午前 9:58 發春 蒼林 返信する
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發春さん、有難うございます☆僕もそのことは考えました。しかし、雅子妃が病気になったのは今の皇室のありかたが原因と思われます。その皇室の問題点を指摘するのは、一時的に雅子妃に悪い影響を与えても根本的に雅子妃を病気にした皇室を少しでも変えさせるきっかけになるとおもわれるので、最終的に『プリンセス・マサコ』の出版は雅子妃の為になると確信しています☆日本人が皇室に何も言えない現在では、このような本は皇室を変える為には貴重であると思っています☆ 削除
2007/3/27(火) 午前 11:36 masao 返信する
東宮雅子妃殿下は現代の悲劇です。ソッとしてほしい気持ちもあるが、この悲劇の原因が何であるかを明らかにして対策を講じないと「日本皇室」は、何れ廃朝になる危険性もあるものと思います。 削除
2007/3/30(金) 午前 7:19 まったけ館長 返信する
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まつたけ館長、このままだと日本の皇室は深刻だと思います。雅子妃の姿を見て皇室にあこがれる優秀な女性はいるでしょうか?日本人が皇室に意見を言えない以上、こういう本を利用してでも皇室の問題点を明らかにして変えていかないと、民間から嫁ぐ女性はいなくなるでしょう。そのために皇室関係者から嫁ぐとなると、ますます国民と乖離してしまうでしょう。それよりも雅子妃の病気を治す為にも皇室の問題点を明らかにしなくては☆ 削除
2007/4/1(日) 午前 2:30 masao 返信する

こんばんは~♪ 難しい話なので、通りすがりの気軽なオジサンの立場でコメントさせてください。天皇陛下が政治に参加しないのはいいことだと思いますが、決議の承認は是非とも必要です。何故なら、最後の「歯止め」になっているからです。どんな優れた政治かも天皇の「判」が必要ないとなれば、一瞬にして愚かな独裁者に豹変してしまうでしょう。天皇は日本の象徴としてだけではなく、日本の美意識、心の象徴として存在しているのです。そこが現人神(あらひとがみ)たる最大の所以です。 削除
2006/10/4(水) 午後 9:52 tanzawa 返信する
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tanzawaさん、ありがとうございます。僕は、独裁者的な強力な指導者が出ても良いと思っています。今の官僚に支配された政治は間違っている。独裁者にならない様に就任期間や法律を作って、国民が直接投票出来れば、防げるでしょう。今の政治家は力強くない。真の権力を持たせたい。行き過ぎたら国民が落とす。 削除
2006/10/5(木) 午前 11:55 masao 返信する
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天皇に関しては、もうそろそろ天皇の人生を犠牲にして日本を統治するのを辞めませんか?雅子妃のように、現人神の行き方に耐えられない人が出てきた以上、これ以上皇室の人達に、人以上の生き方を要求するのは無理でしょう。天皇皇后が、海外訪問したときに、日本より開放的で笑顔が多くなることを日本人は考えるべきではないでしょうか?天皇に頼るのではなく、国民の力で国を統治するのが自然だと思います。 削除
2006/10/5(木) 午前 11:55 masao 返信する
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わたしのような無知の者がここには参加しにくいのですが、官僚支配の現状はうんざりしています。政治家はまさしくお飾り的で情けないとも思います。そういう流れを打破できるのなら総理大臣(大統領)の直接選挙も大賛成ですね♪ 削除
2006/10/5(木) 午後 5:58 [ 鍋が好き! ] 返信する
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ボス、コメント有難うございます。参加していただけるだけで嬉しいので何も気にしないで下さい。それにボスは無知ではありませんよ!そうですか、ボスも賛成ですか。独裁者は困りますが、大統領的なリーダーシップを執らせたい。総理大臣には。 削除
2006/10/5(木) 午後 11:44 masao 返信する
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総理大臣の直接選挙ですか。あんまりロクな結果にはならないような気が。。。小泉、安倍がやっぱり圧倒的多数票で選ばれるんじゃないでしょうか。 削除
2006/10/6(金) 午後 4:50 sta*sto*y60 返信する
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ある意味で、民主主義の成熟、それを支える教育の徹底が必要になるんじゃないでしょうかねぇ。天皇は正直どうでも良かったりする。私はいない方がいいと思うんですが。直接民主制については、民主主義の成熟と教育がないと、世論が煽られて結果としてはおかしな結果が出がちじゃないかな。むずかしいんだけど。どうしたらいいんだろうねぇ。 削除
2006/10/6(金) 午後 10:23 tou*uhy**uchi* 返信する
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独裁者政治は私としてはどのように転ぶのか判り兼ねますので賛成はできませんが、三権分立の上に天皇がきっといらっしゃるのでしょうね。天皇のもともとのお務めは「国民の象徴」ではありませんでしたか?故に私はいくら決定事項だからと言ってそれをそのまま通してしまうのは多分なる危険性があるのでは、だからこそ天皇の判が必要なのでは?と思いますm(_)m別に天皇家が好きな人間ではございませんが・・・そう、思いました私ですm(_)m 削除
2006/10/6(金) 午後 10:31 發春 蒼林 返信する
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starさん、実はあの記事は続きがあります。【直接選挙で選ばれた首相の任期は3年とする。3年ごとに直接選挙をする。最高は3期9年までとする。国民の要求が強い時だけもう一期3年出来る。後は何が有っても辞任する。もし独裁で選挙を停止したら、国民と議会の名において首相を逮捕する。刑は終身刑と定める(このためにも終身刑を導入する)】というものです。その為にも国民が、ワンフレーズでなびかない、自己を築かなければ成らない。 削除
2006/10/7(土) 午前 10:58 masao 返信する
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豆腐 百珍さん、まさに『成熟の教育』が必要です。確かに直接民主制(これはいい言葉ですね!気に入りました。僕も機会があれば使いたいと思います)は民主主義の成熟と教育が無ければおかしな結果がでるでしょう。しかし、そのおかしな結果はブーメランのように投票した国民に帰ってくるのです。だから国民はその為に成熟せざるを得ないでしょう。 削除
2006/10/7(土) 午前 11:17 masao 返信する
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發春さん、いつもながらの鋭い指摘、う~ん、考えてしまいます。發春さん、我々はもっと政治家の決定を信用したいと思います。だって我々が選挙で選んだんですから。もしも決定に危険性があるなら、そういう決定をする議員を選んだ我々の責任ではないでしょうか?天皇がいなければ何を決定するか分からない議院を選ばなければ、政治に天皇は必要なくなるでしょう。そうすれば、国民は責任を持つので、民主主義は成熟していくでしょう。 削除
2006/10/7(土) 午前 11:35 masao 返信する
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masaoさん。コメントをいつもありがとう。今日は訪問履歴から伺いました。私が伺ってないことにきずきました。ごめんなさいね。天皇は、沖縄をアメリカ軍に永久基地として売り渡して、制度の存続を図った愚劣なそんざいです。そして今日は、主権在民となりました。現人神という寓話は終わりました。天皇制は廃止しても何の問題がありません。 削除
2006/10/12(木) 午後 7:44 [ - ] 返信する
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仲村さん、コメント有り難うございました。僕は仏教徒なので神道の天皇制は有っても無くてもどちらでも構いません。しかし、天皇制は長い歴史がありますし、一応今は主権在民ですから、天皇制の是非については国民の総意に基づいて決めるのが良いのではないでしょうか? 削除
2006/10/14(土) 午後 4:18 masao 返信する


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上告理由書の提出が終わった。上告理由書は事実審ではなく法律審になる。即ち今までと違って、相手と戦うのではなく、裁判官の裁判が法令に違反してないかどうかを書くことになる。


その過程で東京地裁の判決文をよく見たら判決ミスが発見されたのだ。当然上告理由として上告理由書に法令違反として書いた。


判決ミスが起きたのは、私が提出した控訴理由書で書いた主張内容を地裁で判決をした裁判官が見当違いに解釈したために、【私が主張していない、裁判では存在しない主張を裁判官が創作し、その裁判官が創作した主張に自ら却下の判決を下す】、という、あってはならない判決文であることが判明したのだ。これは私の主張した控訴理由書の主張と食違いが起きたため、判決文で判決ミスが起きたことを考えると、当然、重大かつ深刻な見当違いによる食い違いに該当するため、民事訴訟法第312条上告の条件第2項6号の【判決に理由を付さず、又その理由に食違いがあること】に該当することは明白である。従って、この判決ミスにより、法令違反で私の上告理由書は必ず通るはずである。



上告理由書は上訴の数を減らして高裁や、最高裁の負担を減らすために法律審が導入されている。ちなみに最高裁判所は憲法違反が証明されないと上告が却下されるので上告が通る可能性は2018年で0,35%しか通っていない。高裁は法令違反も含まれるから3割通ればいい方だろうか?


しかし地裁判決文で判決ミスが見つかったから普通に考えると上告が通るはずである。上告理由書は50日以内が絶対。俺は15日で出したから裁判所から通知が来るのは来月10日あたりか。



上告書が通るのが難しい理由はまだある。上告理由書は、まず俺に棄却判決を出した東京地裁の裁判官が審査を行い、それが通ったら今度は高等裁判所に送られて高等裁判官が審査をする。この2つの審査両方に通らないと上告は認められないで却下、裁判終局となる。



上告は落とすのが目的だから簡単には通らないようにできている。しかし地裁での俺の棄却判決文に判決ミスが判明したので通るはずである。でも裁判官が自分でした判決ミスを握りつぶしたなら私の上告は棄却されるだろう。でもそんな握りつぶす、ということをしたらそもそも裁判官としての資格がないことになる。いったい地裁裁判官はどうするのだろうか?



まつたけ館長から転載です☆太平洋戦争当時の末端の兵士の正直な心情が良く分かります。削除
2007/6/19(火) 午後 11:47masao返信する
masao様★転載していただきましてありがとうございます。削除
2007/6/20(水) 午前 6:51まったけ館長返信する
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いえいえ、こちらこそ貴重な証言を転載有難うございました☆削除
2007/6/20(水) 午前 10:07masao返信する
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第一次世界大戦後のイギリスで、「あの大戦で、この国の最良の部分は、 すべてフランダース(第一次大戦の激戦地となったベルギーの地名)に散った。 生き残った者はろくな人間はいない」と生き残った当人達が言っていたそうです。
邪推かもしれませんが、このおじいさんは戦場から逃げだし、その罪悪感から逃れるために、日本が悪だったとして自己の正当化を図った可能性は考えれませんか?削除
2007/10/29(月) 午後 9:35[ gea_jp ]返信する
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てつさん、≫邪推かもしれませんが、このおじいさんは戦場から逃げだし、その罪悪感から逃れるために、日本が悪だったとして自己の正当化を図った可能性は考えれませんか?>逃げる事で人を殺さないのなら逃げても良いと思います。たとえ卑怯者と呼ばれても殺人者になるよりましではないですか。罪悪感から逃れるために自己正当化を図ったとしても、当時の日本を悪だと言うのは、自分のした行為断ち切り為にも必要な事。中には未だに日本軍の侵略行為を否定できない元軍人がいかに多いことか。自己正当化であろうと、当時の戦争を批判する事に意味があると思います。削除
2007/10/30(火) 午後 1:05masao返信する
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>たとえ卑怯者と呼ばれても殺人者になるよりましではないですか。
あなたは日本軍を侵略者と定義していますから、日本人3人の命より中国人1人の命の方が大事に思えるかもしれませんが、この人が敵を殺さなかったために殺された味方がいたかもしれません。1人を殺していたら3人助かったかもしれないのです。だとすると、1人殺さなかったために3人死なせたことになります。仮定の話ですけどね。削除
2007/10/30(火) 午後 9:36[ gea_jp ]返信する
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てつさん、≫あなたは日本軍を侵略者と定義していますから、日本人3人の命より中国人1人の命の方が大事に思えるかもしれませんが、>僕は日本軍を侵略者と定義してますが、日本人の命も中国人の命も両方大事に思っています。≫この人が敵を殺さなかったために殺された味方がいたかもしれません。1人を殺していたら3人助かったかもしれないのです。だとすると、1人殺さなかったために3人死なせたことになります。仮定の話ですけどね。>仮定の話をすると、もしこの人が敵を殺していたら反撃を受けてもっと殺されていたかもしれません。それと、殺しても殺さなくても日本軍には全く影響がなかったかも知れません。もし影響がなかったのなら、殺さない方がいいでしょう。戦争が終わった後でそれだけ苦しまなくて済みますから。削除
2007/10/31(水) 午後 4:27masao返信する
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1000兆円の借金、年金の崩壊、消費税の大幅値上げ確実。少子化で高齢者国家決定。何もかも希望が無いではないですか!高度経済成長の時だって水俣病やイタイイタイ病、川崎病など公害病を引き起こし、会社員はサービス残業で過労死(カロウシというのは英語でも日本語で言うのですよ。日本しか無いからです。)、住宅も隣の声が聞こえる狭いウサギ小屋。(中国のアパート・マンションを見たことありますか?日本の金額で2倍~4倍の広さですよ!)これで「繁栄した」と言えるのですか?ますます将来に不安を覚える国になってしまっているではないですか!削除
2007/10/31(水) 午後 4:55masao返信する
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そんなに日本が嫌いなら、中国かオランダにでも移住しな。この手の人種は何処に行っても歓迎されない気もするが。削除
2008/6/18(水) 午前 2:04[ IB ]返信する
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当時の戦争を針小棒大に批判して自己正当化を図っている連中とは命がけで戦う!削除
2008/6/18(水) 午前 2:05[ IB ]返信する
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IBよ!出て行くのは愚民のお前のほう。何故愚民が残るのだ?お前が日本を滅ぼすんだよ愚民IB!削除
2008/6/18(水) 午前 10:37masao返信する
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大愚民IB!≫自己正当化を図っている連中とは命がけで戦う!>侵略を自己正当化しているのはお前だろうが!命がけで戦う決意ならばオランダで主張できるだろう!やってみろ命がけで!南京へ行って虐殺はなかったと主張して来い!命がけで南京市民と戦ってみろ!それとも命がけは口だけか?嘘じゃないなら行動で示せ!命がけで世界と戦って見せろ!削除
2008/6/18(水) 午前 10:42masao返信する
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日本が嫌いなのだろう?それで私のような者に消されるのが嫌なら、先手を打つか逃亡するのが当たり前だろう。これは命令でなく予想。誰であろうと勝手な命令や要求に従う必要は無いのだから。削除
2008/6/18(水) 午前 10:45[ IB ]返信する
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≫日本が嫌いなのだろう?>逆だばか!日本が好きだからこそ卑怯な国にしたくないんだ!削除
2008/6/18(水) 午前 11:37masao返信する
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この国を歴史犯罪者の好きにはさせない。君に好かれたい国なら、韓国のように大陸にある。削除
2008/6/19(木) 午前 8:12[ IB ]返信する
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IBよ!≫この国を歴史犯罪者の好きにはさせない>歴史犯罪者とは歴史を改ざんしているお前のことだろうが!削除
2008/6/19(木) 午前 11:21masao返信する
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私がどうやって嘘の歴史を述べた?ついでに、歴史改竄とやらも含めて歴史なのだけど。そもそも、私が数日前に創った「歴史犯罪」という言葉の意味を君は知る由も無いだろう?
本来、歴史を学ぶ姿勢というのは、過去に行われた「善い事」を人々に広く知らしめ、より良い未来を切り開いていくこと。ところが、日教組に代表される反日思想家は、とにかく悲惨で凶悪な過去を喧伝することで人々から歴史への興味を失わせ、過去に学ぶ機会を日本人から奪った。
君は、上に述べたような悪い過去から何を学んでいるのかな。削除
2008/6/21(土) 午前 3:07[ IB ]返信する
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IBよ、卑怯なごたくはうざいだけだ。お前たち狂信愛国者共が日本が虐殺してきた真実を卑怯に改竄している歴史改竄者だと言う事は確定している。オランダで命がけで主張して来い!削除
2008/6/21(土) 午前 9:25masao返信する
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「戦場で悪いことをした」と言う者だけが正直なのかな?
では戦場で良いことをして黙っていた人は??削除
2009/1/5(月) 午後 10:47[ IB ]返信する
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IBよ!戦場で良いことをした兵士もたくさんいるだろう。そういう兵士のエピソードは世間にたくさん出てるぞ!「ビルマの竪琴」の兵士もそうだろう。「げげげの鬼太郎」の作者も良い兵士だったようだ。こういう兵士もたくさんいた。削除
2009/1/5(月) 午後 11:22masao返信する
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ちなみに、オランダでWW2を話を喧伝したところで命の危険は予想していない。かの国の政府が日本の親善大使を拒むとも思えない。危ないのは北京と朝鮮半島くらいか。
それと、この文章には明らかな嘘や不合理がある。非戦闘員の殺害命令はありえないし、ましてや武器を用いた殺人は絶対に許されない。当時の満洲に済んでいた者は例外無く満洲人であり、中華民国の者や共産党員が日本軍やソ連軍の駐屯地に近づくことすら出来ない。削除
2009/4/3(金) 午後 11:39[ IB ]返信する
激戦地は満州ではありません。昭和12年から昭和13年にかけての第16師団や中支派遣軍に所属していた頃の話です。
一旦、召集解除があり、旧満州に転属になったのです。最終的には昭和18年に召集解除になっています。削除
2009/4/4(土) 午前 10:51まったけ館長返信する内緒



ossanzettoさん、 ≫故人の悪口を言うのは卑怯ですが、仕方が無い。
先ず天皇の裁可が無ければ兵隊一人動かせない。
というのは絶対に嘘で、柳条湖事件、張鼓峰事件、
ノモンハン事件、・・・・現場の独断で交戦した事例など、
枚挙にいとまがありません。>と言う事ですが、瀬島龍三はインタビューで、【私が参謀本部に参りましたのは、昭和14年11月。当時もう日支事変がおきておりましたから、参謀総長は毎日日参でしたね。私はその際の上奏文の起草、それと下問奉答資料をつくる任務をしばらくやっておりました。当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。】と言っており、「柳条湖事件、張鼓峰事件、ノモンハン事件」が起きた後で参謀本部に入っている。従って、瀬島が参謀本部に入る前のヒロヒトの言動に関しては、他の資料から推し量るしかない。削除
2007/11/3(土) 午後 9:36masao返信する
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しかし瀬島が、【当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。】と言っている事から見て、瀬島が来る前から、上で書いた↑≪全ての軍隊はヒロヒト天皇の許可無く動かす事はできなかったとある。そしてヒロヒト天皇は、「よきに計らえ」しこではなく科学者の性格もよるのか、細かく質問して、その答えが前日と違う時はそれを指摘する等の、全てを把握して、了解の著名をしていた、≫という行動をして、既に全軍の指揮していた、と考えて良いだろう。その上で「柳条湖事件、張鼓峰事件、ノモンハン事件、」でヒロヒトがどう関わっていたのかを検証してみたい。削除
2007/11/3(土) 午後 9:41masao返信する
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しかしその前に、これらの事件を調べるうちに、奇妙な事に気がついた。それは、関東軍が、関わっている事件、大虐殺の殆どが、関東軍司令官の指示ではなく、下級士官の独断で行ったとされる点だ。軍隊は、完全な階級社会である。上官の命令なくして下士官が独断で軍を動かすなどできない。また独断で戦争を仕掛ければ必ず重罪となる。しかし「柳条湖事件、張鼓峰事件、ノモンハン事件」とも、多大な成果を挙げているわけでも無いのに、独断で行動した兵士は責任を取っていないのである。これは、最高司令官、またヒロヒトも知っていたからではないかとの疑いを持たざるを得ない。削除
2007/11/3(土) 午後 9:42masao返信する
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ossanzettoさん、≫まず張鼓峰事件ですが、
【昭和13年6月13日 ソ連人民委員部極東部長官(GPU長官)リュシコフ政治大将が、満州国琿春県に亡命した。これが動機であったとは明言できないが7月9日 10数名のソ連兵が張鼓峰頂上に現れその兵力は次第に増加した。
ソ連兵増強の確認を古城守備隊より受けた朝鮮軍(軍司令官 小磯國昭大将)は、第19師団の一部派遣を準備した。7月13日 第19師団からソ連兵約40名が張鼓峰を占領中で、着々陣地構築中である旨報告を受けた朝鮮軍は、多田参謀本部次長、東條陸軍次官、磯谷関東軍参謀長あてに発電した。
7月16日 大陸令第154号をもって朝鮮軍司令官に次のように命令した。「張鼓峰付近に於けるソ軍の不法越境に対し、所要に応じ在鮮の隷下部隊を国境近く集中することを得。但し実力の行使は命令に依る。」削除
2007/11/3(土) 午後 10:33masao返信する
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7月20日 閑院宮参謀総長が武力行使について上奏裁可を仰ごうとした。その際陛下から、『現在の情勢に於いて万々一にも真面目な対ソ戦が起きた場合、どう処置を付ける考えか』との御下問、特に支那事変拡大中の我が国力・経済力について御軫念の程を拝察されるお言葉があり、裁可を仰ぐのを自発的に取りやめ、朝鮮軍に対し大陸指第204号にて事実上の武力行使中止を命じた。これで張鼓峰事件は不拡大方針をもって打ち切ることができるかに見えた。

7月29日 ソ連軍が新たに張鼓峰北方2キロの沙草峰南方の国境を越えて陣地の構築を開始したことを確認した第19師団長・尾高亀蔵中将は、ソ連の新たな進攻と見なして2個小隊をもって独断これを攻撃駆逐した後、紛争を避けるため後方に退いた。するとソ連増援部隊が沙草峰一帯を占領、さらにブリュッヘル司令官の命令により第40狙撃師団主力が前進、第39狙撃軍団と沿海集団飛行隊が戦闘態勢に置かれた。尾高師団長が沙草峰方面へのソ連軍の越境を新たな事件として独断攻撃を加えたことにより、事態は急激に発展する。削除
2007/11/3(土) 午後 10:35masao返信する
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7月30日 第19師団は2個大隊余をもって沙草峰及び沙草峰方面のソ連軍に夜襲を敢行、一帯の稜線を占領した。これに対しソ連軍は、第40狙撃師団主力をもって全面攻撃を加えてきたが、日本軍はこれをすべて撃退した。
ソ連軍は8月6日から軍団主力をもって総攻撃を開始。ソ連国防人民委員ヴォロシロフはシュテルン大将を軍団長に任命、3個狙撃師団と1個機械化旅団をもって日本軍の撃滅と国境回復を命じた。以後5日間激戦が続いた。圧倒的な戦力差の中で第19師団は専守防御に徹し、強烈な砲撃、執拗な戦車攻撃などに耐え陣地を固守して奮戦、張鼓峰・沙草峰両高地を死守してはいたが、損害増加により戦力の限界が危ぶまれていた。

中央部においても、ともかく一度当面のソ連軍を撃退して面目も達したのだから、いつまでも苦しい防御戦闘を継続する必要もないではないか、軍は自主的に、ある時期をみて兵を撤収することが適当ではないか、という意見が有力になっていた。削除
2007/11/3(土) 午後 10:36masao返信する
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こうした中でモスクワでの停戦協議が成立したのは8月11日のことである。】というのが張鼓峰事件で、ヒロヒトはこの戦いで、
【8月15日1400 閑院宮参謀総長は、張鼓峰事件終結に関し委細上奏申し上げたところ、「今回張鼓峰事件において、わが将兵が困難なる状況の下に寡兵これに当り、自重隠忍克くその任務を完うせるは満足に思う。尚死傷者に対し哀矜の情に勝えず。この旨将兵に申し伝えよ。」との優渥なる勅語を賜った。
このお言葉は参軍第502号によって朝鮮軍に電報され、軍から関係諸隊に伝達された。】
という事で、ヒロヒトは、張鼓峰事件前は、『大陸指第204号にて事実上の武力行使中止を命じた。』にも関わらず、張鼓峰事件終結後には、【自重隠忍克くその任務を完うせるは満足に思う。尚死傷者に対し哀矜の情に勝えず。この旨将兵に申し伝えよ。】と褒め称えている。しかし、明治憲法には、削除
2007/11/3(土) 午後 10:37masao返信する
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第11条
天皇ハ陸海軍ヲ統帥(とうすい)ス
備考;統帥=軍隊を支配下におき率いること==⇒統帥権。

第12条
天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額(へいがく)ヲ定ム
備考;兵額=兵士の人数。

第13条
天皇ハ戦(たたかい)ヲ宣(せん)シ和ヲ講(こう)シ及諸般ノ条約ヲ締結(ていけつ)ス
備考;諸般=いろいろ

第3条
天皇ハ神聖(しんせい)ニシテ侵(おか)スヘカラス
備考;神聖=けがれなく尊いこと。清らかで冒しがたいこと。

第4条
天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権(とうちけん)ヲ総攬(そうらん)シ此(この)ノ憲法ノ条規(じょうき)ニ依(よ)リ之(これ)ヲ行フ
備考;元首=国際法上,外部に向かって国家を代表する資格をもつ国家機関。君主国では君主,共和国では大統領。総攬=一手に握って掌握(しょうあく=手の中におさめること。物事を意のままにすること)すること。

とあり、陸海軍の統帥の天皇の命令は絶対に冒してはならないとあるのも関わらず、ヒロヒトは罰するどころか褒め称えている。これは何故なのか。削除
2007/11/3(土) 午後 10:38masao返信する
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【おそらくヒロヒトは、懸念を表明しながらも、ソ連側と戦うことになっても良い、と暗黙に裁可を与えていたからではないだろうか。】その証拠は張鼓峰事件の日本軍の戦力にある。

【===== 戦果と損失 =====

日本軍 ソ連軍
戦闘兵力 6814名 15000名
動員兵力 8862名 32000名
火砲 37門 237門
戦車 - 285両
航空支援 - 250機
戦死 526名 792名
戦傷 914名 2752名
戦病 - 527名
死傷率 21.1% 27.1%
戦車破壊 96両
砲 〃 16門
機関銃〃 3丁
飛行機撃墜 3機
鹵獲小銃 105丁
〃自動小銃 3丁
〃機関銃 22丁

ソ連軍の損害は、1993年に秘密指定解除によって公表された統計調査による。】

とあり、動員兵力8862人という大人数で、第19師団長・尾高亀蔵中将が独断で仕掛けるには余りにも規模が大き過ぎるからである。削除
2007/11/3(土) 午後 10:40masao返信する
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この規模から見て、関東軍司令官が、知らないはずはなく、司令官が知っていたとすると、当然上に瀬島インタビューの、【戦争が始まってから全アジアの軍から毎日電報が入ります。「軍事機密至急親展」という赤い判子のついてある電報が一番重要な電報。それは大体、参謀総長宛に各軍司令官から来ます。この電報は夜遅くても、参謀本部の将校が宮中の当時の侍従に届けることになっていました。ある時、陛下が御寝所に入られたということで届けなかったところ、おとがめがありましたね。】というヒロヒトが『知らないはずが無い。』【従って張鼓峰事件はヒロヒトの裁可により始めた戦争であると断ずる。】削除
2007/11/3(土) 午後 10:41masao返信する
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ossanzettoさん、次に「 ノモンハン事件」ですが、

【「満ソ国境紛争処理要綱」
1938年に起こった張鼓峰事件は、満州とソ連の国境でおこった紛争だったが、関東軍・満州国軍ではなく日本の朝鮮軍が戦った。この事件でソ連側が多くを得たことに不満を感じた関東軍は、係争地を譲らないための方針を独自に作成した。それが「満ソ国境紛争処理要綱」である。
「満ソ国境紛争処理要綱」は辻政信参謀が起草し、1939年4月に植田謙吉関東軍司令官が示達した。要綱は、「国境線明確ならざる地域に於ては、防衛司令官に於て自主的に国境線を認定」し、「万一衝突せば、兵力の多寡、国境の如何にかかわらず必勝を期す」として、日本側主張の国境線を直接軍事力で維持する好戦的方針を示していた。この要領を東京の大本営は黙認し、政府は関知しなかった。】削除
2007/11/4(日) 午前 0:56masao返信する
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また、
【ノモンハン事件は植田関東軍司令官、磯谷廉介参謀長の消極論に対して、参謀の辻政信、服部卓四郎らが強硬論を唱え、参謀本部を説得して進めたものだった。圧倒的なソ連軍の航空機と戦備のまえに、無暴な作戦を進め、あまつさえ敗戦の因を現地の連隊長に押しつけ、自殺を強要するという、これらの幕僚の無責任さはその後の日本軍の退廃の予兆だった。しかも植田と磯谷は予備役に編入されて責任はとったのに、 辻も服部も閑職に追われただけで、のちに東條によって重用されたのは、 東條人事の専横さを裏づけるものとして汚点になった。】

【===== 関東軍の決心と陸軍中央部 =====

関東軍 司令部要員 軍司令官 植田 謙吉 大将(10)
軍参謀長 磯谷 廉介 中将(16)
参謀副長 矢野 音三郎 少将(22)
高級参謀 寺田 雅雄 大佐(29 作戦課長)
作戦主任 服部 卓四郎 中佐(34 作戦班長)
作戦参謀 辻 政信 少佐(36)】削除
2007/11/4(日) 午前 0:58masao返信する
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【関東軍の「国境」に対処する方式が辻政信参謀の起案による「満ソ国境処理要綱」である。この要項の好戦的な性格が、ノモンハンの国境紛争を拡大し、避けることのできた紛争を、甚大な被害を伴う一大会戦としてしまった、といえるのである。
「満ソ国境処理要綱」は全8条で、「関作令(関東軍作戦命令)第1488号」として1939年4月に発令されている】削除
2007/11/4(日) 午前 0:59masao返信する
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【【資料7-1】関東軍「満ソ国境紛争処理要綱」(1939年4月25日示達)
方 針
一 軍は侵さす侵さしめさるを満洲防衛の根本の基調とす 之か為満「ソ」国境に於る 「ソ」軍 (外蒙軍を含む)の不法行為に対しては周到なる準備の下に徹底的に之を膺懲し「ソ」軍を慴 伏せしめ其の野望を初動に於て封殺破摧す
要 領
二 敵の不法行為に対しては 断固徹底的に膺懲することに依りてのみ事件の頻発又は拡大 を防 止し得ることは「ソ」軍の特性と過去の実績とに徴し極めて明瞭なる所以を部下 に徹底し特 に第一線部隊に於ては国境接壌の特性を認識し国境付近に生起する小戦の 要領を教育し苟く も戦へは兵力の多寡非理の如何に拘らす必勝を期す
三 国境線明瞭なる地点に於ては 我より進んて彼を侵ささる如く厳に自戒すると共に彼の 越境 を認めたる時は周到なる計画準備の下に十分なる兵力を用ひ此を急襲殱滅す
右の目的を達成する為一時的に「ソ」領に進入し又は「ソ」兵を満領内に誘致滞留せ しむる ことを得 此際我か死傷者等を「ソ」領内に遺留せさることに関し万全を期す ると共に勉め て彼側の屍体、俘虜等を獲得す削除
2007/11/4(日) 午前 1:02masao返信する
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四 国境線明確ならさる地域に於ては防衛司令官に於て自主的に国境線を認定して之を第 一線部 隊に明示し無用の紛糾惹起を防止すると共に第一線の任務達成を容易ならしむ 而て右地域内 に於ては必要以外の行動を為ささると共に苟くも行動の要ある場合に於 ては至厳なる警戒と 周到なる部署とを以てし万一衝突せは兵力の多寡竝に国境の如何に拘らす必勝を期す
六 事件発生せは速かに之を報告通報すると共に爾後に於ける処理の経過を適時報告通報し神速適 切なる対策に上下左右遺憾なきを期す
七 国境に位置する第一線部隊は能く国境接壌の特性を認識し無用の事端を惹起せさるこ とに対 しては万全を期すると共に常に彼の動静を明かにし万一紛争惹起せは任務に基 き断固として 積極果敢に行動し其結果派生すへき事態の収拾処理に関しては上級司令 部に信倚し意を安ん して唯第一線現状に於ける必勝に専念し万全を期す削除
2007/11/4(日) 午前 1:04masao返信する
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【八 従来の指示通諜等は爾今一切之を廃棄す】
備考 第四項に於て防衛司令官か自主的に認定指示したる国境線は速やかに報告するものとす
出典:防衛庁防衛研修所戦史室・戦史叢書27『関東軍(1)』(朝雲新聞社、1969年)、 424- 425頁所収。】

【この要項の問題点は大きく2つある。
・方針自体が政治的ではなく軍事的であった。
・守備なのだから、紛争は出来るだけ穏便な形で抑える方向であるべきなのに、やり方自体が勇ましく叩き伏せる方向であった。

この要項は外務省が作ったのではなく、軍が勝手に作ったからこうなったのだ。
しかし、より根本的な問題は、いやしくも高レベルの政治問題であるこの国境政策に対して、当時の政府が何も言わなかったこと、及び【天皇も何も言わなかったことである。】削除
2007/11/4(日) 午前 1:04masao返信する
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【「満ソ国境紛争処理要綱」の出だしにはこうありました。
「軍(関東軍)は侵さず、侵さしめざるを満州防衛の基本方針とする」
つまり、ソ連軍(外蒙軍含む)が優勢であるとは言えども、国境線に関してはお互いにこれを侵さず侵されずという形を取るというものでした。
しかし、そこから先が問題でした。
「万一ソ連軍が越境して来た時には、周到なる準備計画の下に徹底的にこれを膺懲(ようちょう:懲らしめ思い知らせること)せしめ、ソ連の不法なる野望を初動において粉砕する」
つまり、ソ連軍がもし国境を越えて満州国に入ってきたら、関東軍は戦力を集中してこれを撃滅するというものでした。
「そのためには、一時的にソ連領に侵入したり、ソ連軍を満州国領内に誘致、滞留せしむるも可」
「国境線不明瞭なりし地域においては、現地防衛司令官が自主的に国境線を認定し、第一線部隊に指示すると同時に、戦力の多寡国境線の如何なりとも必勝を期す」削除
2007/11/4(日) 午前 1:06masao返信する
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つまり、満州国政府ひいては日本政府とソ連政府が外交で話し合うべき国境線を、現地司令官が勝手に判断して国境と主張し、勝手に判断した国境をソ連軍が越えるよう仕向けることができ、そこを越えたソ連軍を排除するためには、天皇の命令が無ければできないはずの軍の国境線の越境をしてもよいと言っているのです。 】

【(関東軍作戦課員)が「満ソ国境紛争処理要綱」を起草したのは、1939(昭和14)年3月またはそれ以前と思われる。関東軍司令官植田謙吉はこれに同意した。その後、東京で師団長会議が開かれ、関東軍からは磯谷参謀長が出席したが、その際に「満ソ国境処理要綱」案を参謀本部に提出した。陸軍省へは、「ハルハ河国境説」を正式に承認するよう要請したと言われる(矢島前掲書p16~17)。
ところが、参謀本部は多忙を極めていたこともあろうが、「処理要綱」の検討を即座にはせず放置していた。削除
2007/11/4(日) 午前 1:07masao返信する
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関東軍では、参謀本部から特に反対されなかったのでこれを認可されたものとして、4月に「関東軍作戦命令第1488号」として発令し、既述のように4月25日には新京に兵団長をあつめ植田関東軍司令官自らが直接に「下達」した。これ以後は「隷下の司団長としてこれ(満ソ国境処理要綱)を実行しなければ命令違反となる」(北川前掲書 p126)ということになったのである。
したがって最前線の将兵たちが、ハルハ河国境を信じ、それを「越境」して我が方へ侵入してくるモンゴル騎兵を「急襲殲滅」せんとし、「必勝を期」したのは当然なのである。そうしなければ、命令違反となるのだ。削除
2007/11/4(日) 午前 1:10masao返信する
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関東軍の立場からすれば、参謀本部へ正式な形式によって「満ソ国境処理要綱」案を提出してあって、認可を待っていた。師団長会議がおそらく3月末~4月初にあり、数日~1週間程度待ったのではないか(これについては目下資料なし)。特に咎めれらる点も注意もなかったのでそのまま受理されたものと理解して満州へ帰った、というのはありうることだ。(参謀本部で未検討であることを、うすうすは知っていても、それをいいことに、頬被りして、受理されたものと理解するというやり方をした、ということも考えられる。)
当時の参謀本部作戦課長の稲田正純大佐は、戦後、雑誌「別冊知性」の論文で、次のようなあいまいな説明をしている。
当時の情勢上、北辺においては極力平静を維持する必要があったので、紛争が起こった場合など、単に関東軍限りの立場において兵力使用の適否と限度を判断してはならなかったのである。
この問題につき中央としては如何なる程度まで関東軍の裁量に委すべきやは、情勢を勘案して明確に律する必要があり、これが中央の同軍に対する重要な統帥事項であった。削除
2007/11/4(日) 午前 1:12masao返信する
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要するに中央部の意図はケース・バイ・ケースの方式で、事態を紛糾拡大させないよう現地と密接に連携をとりつつ処理するというのである。右処理要綱の趣旨についても以上の大筋に立脚した上で認めるというのがその真意であって、これら中央の意向について幕僚連絡その他によって十分に伝わっていたはずである。(『関東軍〈1〉』(p425~6)より重引) 】

【一方で参謀本部作戦課の稲田正純は「大本営から関東軍にたいし国境を明示したしたことはない。関東軍に任せていた」と述べています。】削除
2007/11/4(日) 午前 1:12masao返信する
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【この戦いの結果は悲惨なものであった。《これまでに明らかにされている第6軍軍医部調整の資料では、第二次ノモンハン事件にかんして、出動人員 58,925人、うち戦死7,720人、戦傷8,664人、戦病2,363人、生死不明1,021人、計19,768人となっている。正しくは、第一次事件の損耗、安岡支援および高級部隊の損耗、満州国軍の損耗もこれに加えなければならない。さらにいえば帰還後の捕虜となったものの処分も。
これを第23師団に限っていえば、師団軍医部の調査によると事件の全期間をとおして、出動人員15,975人中の損耗 (戦死戦病) は12,230人、実に76パーセントに達したという。》ノモンハン事件がこれほどまでの規模になってしまった原因は、杜撰な計画を立てそれを強行した服部大佐と辻少佐、それを支持した関東軍、そして、関東軍の行動を明確に統制できなかった参謀本部にある。特に服部大佐と辻少佐の責任は大きい。「朕の命令なしに一兵たりとも動かしてはならぬ」という天皇の意向も、日増しに悪化する英米との関係もおかまいなしである。】削除
2007/11/4(日) 午前 1:13masao返信する
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【そもそも、日本-満州国が「ハルハ河国境説を取り始めたのはいつからか」という重大問題がある。国境の主張は国としてもっとも基本的な主張の1つであるからである。つまり、日本帝国憲法下では、天皇の裁可にかかわる問題だということである。満州里会議で日本はハルハ河説を主張したのは間違いのないことである。だが、それは天皇裁可に達しないところで主張されていた。
天皇、内閣・政府、参謀本部、関東軍、満州国政府のそれぞれのレベルで、この問題がどのように扱われ、結論が出され、認識されていたか。矢島光允『ノモンハン全戦史』(自然と科学社 1988年 p16)に引用してある額田旦『陸軍省人事局長の回想』(著者は当時陸軍省補任課長であった人物)という書物によると、削除
2007/11/4(日) 午前 1:14masao返信する
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* 天皇→「国境線を明示する必要はないのか」と畑侍従武官長に発言。
* 内閣→不明
* 参謀本部→不明だが、稲田作戦課長は後に、「大本営から関東軍へ国境を明示したことはない。関東軍に任せていた。」と語った。
* 陸軍省→陸軍大臣が関東軍へハルハ河国境説を指示。これは、「外交折衝上必要あるときは、ハルハ河の線を以て国境と主張すること」という内容。
* 関東軍→陸軍大臣より「ハルハ河国境」を明示されたので、それに従った。 などが判明する。】

【しかももっとも責任を負うべきであったのは、関東軍の作戦班長服部卓四郎中佐と班員の辻政信少佐であった。かれらの机上プランにより、猪突猛進した結果、惨敗したのである。しかしかれらは、連隊長・第一線部隊長らに責任を転嫁し、自決を命じ、証拠の隠滅を図った。この二人は、いったん更迭されたが、太平洋戦争が始まると、大本営作戦課長および班長に起用され、戦争全体について無謀な作戦を立案し、専断行為を繰り返すのである。】削除
2007/11/4(日) 午前 1:15masao返信する
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という事で、まとめると、ノモンハン事件は、関東軍の作戦班長服部卓四郎中佐と班員の辻政信少佐が作った非常に好戦的な「満ソ国境紛争処理要綱」を元に戦われた戦争であり、この「満ソ国境紛争処理要綱」を参謀本部に許可を求めた時に、ヒロヒトは暗黙の了解を与えて、関東軍の作った「満ソ国境紛争処理要綱」通りにやらせた。ヒロヒトが暗黙の了解即ち裁可を与えた証拠は、ノモンハン戦争責任の作戦班長服部卓四郎中佐と班員の辻政信少佐の処罰を与えていないこと。削除
2007/11/4(日) 午前 1:15masao返信する
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特に、「満ソ国境紛争処理要綱」の【八 従来の指示通諜等は爾今一切之を廃棄す】は、【今までの指示・通達は今から後、今後一切これを廃棄する】と書かれており、
第11条
天皇ハ陸海軍ヲ統帥(とうすい)ス
第13条
天皇ハ戦(たたかい)ヲ宣(せん)シ和ヲ講(こう)シ及諸般ノ条約ヲ締結(ていけつ)ス
第3条
天皇ハ神聖(しんせい)ニシテ侵(おか)スヘカラス
第4条
天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権(とうちけん)ヲ総攬(そうらん)シ此(この)ノ憲法ノ条規(じょうき)ニ依(よ)リ之(これ)ヲ行フ
備考;総攬=一手に握って掌握(しょうあく=手の中におさめること。物事を意のままにすること)すること。
という天皇に対し、完全に反逆し無視する重大な行為を「満ソ国境紛争処理要綱」に入れたということであり、関東軍の作戦班長服部卓四郎中佐と班員の辻政信少佐が処罰されなかったのは、ヒロヒトがこの「満ソ国境紛争処理要綱」を暗黙に了承した。削除
2007/11/4(日) 午前 1:16masao返信する
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即ち、ソ連との戦いを認めたという以外考えられないのである。何故なら関東軍は参謀本部に「満ソ国境紛争処理要綱」の許可を求めていたのは上のことから、明らかであり、という事は当然ヒロヒトも目を通したことは明らかだからだ。【従ってノモンハン事件の責任は、「満ソ国境紛争処理要綱」を裁可したヒロヒトの責任であると断ずる。】削除
2007/11/4(日) 午前 1:17masao返信する
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どこを読んでも「独裁シテ」などという表記はないね。削除
2007/11/4(日) 午後 1:26[ r*d*u*g*2*0l ]返信する
「愛国の花」の花子です。なんか大変そう。でもmasaoさんの言っていることは大筋で正しいと思います。戦争を奉勅命令で遂行し、負けてきても放置して、終戦でも阿南惟幾陸軍大臣にだけ割腹自決させたのはいかがなものでしょうか。潔さがないですよね。軍人にばかり罪を押し付け、天皇や元老重臣に責任がないなんて、どう考えてもおかしいのでは。masaoさん頑張ってね。某陸軍少佐の孫、花子より削除
2007/11/4(日) 午後 2:46愛国の花☆花子返信する


ossanzettoさん、 ≫先ず天皇の裁可が無ければ兵隊一人動かせない。
というのは絶対に嘘で、柳条湖事件、張鼓峰事件、
ノモンハン事件、・・・・現場の独断で交戦した事例など、
枚挙にいとまがありません。
> 柳条湖事件ですが、
【柳条湖事件は、河本大佐の後任の関東軍高級参謀板垣征四郎大佐と関東軍作戦参謀石原莞爾中佐が首謀しておこなわれた。奉天特務機関補佐官花谷正少佐、張学良軍事顧問補佐官今田新太郎大尉らが爆破工作を指揮し、河本末守中尉らが工作を実行した。第二次世界大戦後に発表された花谷の手記によると、関東軍司令官本庄繁中将、朝鮮軍司令官林銑十郎中将、参謀本部第1部長建川美次少将、参謀本部ロシア班長橋本欣五郎中佐らも、この謀略に賛同していた。】削除
2007/11/6(火) 午後 1:50masao返信する
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また【日本政府は、事件の翌19日に緊急閣議を開いた。南次郎陸軍大臣はこれを関東軍の自衛行為と強調したが、幣原喜重郎外務大臣(男爵)は関東軍の謀略なのではと疑惑を表明、外交活動による解決を図ろうとした。しかし、21日、林銑十郎中将の率いる朝鮮駐屯軍が、独断で越境し満州に侵攻したため、現地における企業爆破事件であった柳条湖事件が国際的な事変に拡大した。21日の閣議では「事変とみなす」ことに決し、24日の閣議では「此上事変を拡大せしめざることに極力努むるの方針」を決した。林銑十郎は大命(宣戦の詔勅)を待たずに行動したことから、独断越境司令官などと呼ばれた。】
【満州事変が起こった際、朝鮮軍司令官の職にあった林は、強硬派の参謀・神田正種の進言を入れて、中央の指示なしに(天皇の勅裁を受けていない移動は死刑もあり得る重罪である)朝鮮派遣軍を満州に進め「越境将軍」の異名をとった。】削除
2007/11/6(火) 午後 1:51masao返信する
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【軍の指揮・命令権を持つ昭和天皇は、「満州事変」に際して、関東軍の軍事行動を容認し、翌年一月には同軍将兵を最大限にたたえる勅語まで発表。当時の天皇制政府は特別な戦費も支出しています。】
という事でこれも今までと同じパターンである。張鼓峰事件同様、関東軍司令官本庄繁中将、朝鮮軍司令官林銑十郎中将は、詔勅(詔書・勅書など、天皇の意思を表示する文書の総称。)を待たずして朝鮮派遣軍を満州に送って、死刑もありうる重罪を犯しているのもかかわらず、ヒロヒトは罰するどころか最大限に称える勅語をまで発表し、特別な戦費まで出している。何故罰せず褒めることまでしたか。これは今まで同様、ヒロヒトがあらかじめ知っていたのを例のごとく暗黙の了解で与えたからに他ならない。そうでなければ天皇を無視した関東軍司令官本庄繁中将、朝鮮軍司令官林銑十郎中将を罰しないはずは無いからである。削除
2007/11/6(火) 午後 1:52masao返信する
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1928年に起こった張作霖事件も【田中儀一第26代内閣総理大臣(在任: 昭和2年(1927年)4月20日)は、 張作霖爆殺事件に際して、国際的な信用を保つために容疑者を軍法会議によって厳罰に処すべきと主張したが、陸軍の強い反対にあい果たせず。この事を野党立憲民政党に批判された。首相である田中義一は、当初昭和天皇に対して、徹底した真相究明と関係者の処分を行う旨の上奏を行った。しかし、その後田中は、陸軍内の抵抗にあって関係者の処分を断念し、関東軍は爆殺に無関係である旨の上奏を行うこととなった。削除
2007/11/6(火) 午後 2:11masao返信する
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天皇はこれに対し、「田中の話はさっぱりわからぬ。もう田中の話は聞きたくない」「それでは前と話が違ふではないか、辞表を出してはどうか」(『昭和天皇独白録』による)と田中を強く叱責されたため、7月2日、田中は涙を流して辞表を提出し、内閣総辞職した(1929年)】
【狭心症の既往があった田中に天皇の叱責はやはり堪えた。内閣総辞職から3ヵ月もたたない1929年9月28日、田中は貴族院議員当選祝賀会に主賓として出席するが、見るからに元気がなかった。そして翌29日午前6時、田中は急性の狭心症で帰らぬ人となった。】
【昭和天皇は、田中を叱責したことが内閣総辞職につながったばかりか、死に追いやる結果にもなったかもしれないということに責任を痛感し、以後は政府の方針に不満があっても一切口を挟まなくなった。】ということで、
ヒロヒトが田中儀一首相を叱責して内閣総辞職させたのは、田中首相が『国際的な信用を保つために容疑者を軍法会議によって厳罰に処すべきと主張した』ことで、首謀者を調べれば、その頂点にヒロヒト自身がいることが明らかになるのを防いだためと思われる。削除
2007/11/6(火) 午後 2:12masao返信する
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何故なら張作霖事件の直接首謀者が、

* 関東軍参謀 河本大作大佐(計画立案)
* 奉天独立守備隊 東宮鉄男大尉(直接担当)
* 朝鮮軍龍山の亀山工兵隊 桐原貞寿工兵中尉(爆弾設置工事等)削除
2007/11/6(火) 午後 2:13masao返信する
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ということで『第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス』ヒロヒトからすると、真相を明らかにする事は当然だからである。
ヒロヒトは、この田中儀一首相の死をきっかけに、ヒロヒトの、表向きには“暗黙の了解”という姿勢を執るようになったと思われる。即ち、【ヒロヒトはいかなる事件にも最高指揮者として関わっていたのである。】削除
2007/11/6(火) 午後 2:15masao返信する




賛成です。 削除
2007/8/2(木) 午前 11:01 いわれひこ 返信する
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いわれひこさん、阿部政権が大負けして9条改正はとりあえず伸びましたが、改正しようという流れは強いので油断はなりません* 削除
2007/8/2(木) 午後 3:04 masao 返信する
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解決しているしていないに拘わらず、9条は残すべきです。 削除
2007/8/5(日) 午前 10:10 さるみみの見た世界 返信する
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猿耳さん、そうですが、9条改正の流れは太平洋戦争の総括をしていないことから起きてるので9条を残すには解決は欠かせません。それをしないと改正される流れは強くなる可能性は高い。 削除
2007/8/5(日) 午後 9:24 masao


まつたけ館長から転載です☆太平洋戦争当時の末端の兵士の正直な心情が良く分かります。削除
2007/6/19(火) 午後 11:47masao返信する
masao様★転載していただきましてありがとうございます。削除
2007/6/20(水) 午前 6:51まったけ館長返信する
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いえいえ、こちらこそ貴重な証言を転載有難うございました☆削除
2007/6/20(水) 午前 10:07masao返信する
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第一次世界大戦後のイギリスで、「あの大戦で、この国の最良の部分は、 すべてフランダース(第一次大戦の激戦地となったベルギーの地名)に散った。 生き残った者はろくな人間はいない」と生き残った当人達が言っていたそうです。
邪推かもしれませんが、このおじいさんは戦場から逃げだし、その罪悪感から逃れるために、日本が悪だったとして自己の正当化を図った可能性は考えれませんか?削除
2007/10/29(月) 午後 9:35[ gea_jp ]返信する
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てつさん、≫邪推かもしれませんが、このおじいさんは戦場から逃げだし、その罪悪感から逃れるために、日本が悪だったとして自己の正当化を図った可能性は考えれませんか?>逃げる事で人を殺さないのなら逃げても良いと思います。たとえ卑怯者と呼ばれても殺人者になるよりましではないですか。罪悪感から逃れるために自己正当化を図ったとしても、当時の日本を悪だと言うのは、自分のした行為断ち切り為にも必要な事。中には未だに日本軍の侵略行為を否定できない元軍人がいかに多いことか。自己正当化であろうと、当時の戦争を批判する事に意味があると思います。削除
2007/10/30(火) 午後 1:05masao返信する
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>たとえ卑怯者と呼ばれても殺人者になるよりましではないですか。
あなたは日本軍を侵略者と定義していますから、日本人3人の命より中国人1人の命の方が大事に思えるかもしれませんが、この人が敵を殺さなかったために殺された味方がいたかもしれません。1人を殺していたら3人助かったかもしれないのです。だとすると、1人殺さなかったために3人死なせたことになります。仮定の話ですけどね。削除
2007/10/30(火) 午後 9:36[ gea_jp
はまかかさん、≫瀬島氏のインタビュー読みましたがなんでこの人が言っている事が100%本当のことだと言えるのですか?確かにこの人「はこう言っているのかもしれませんがそれを絶対事実だという貴方が理解できません。疑わしいでしょう。本当かもしれません。つまり100%ではない。だけども貴方は100%信じているその根拠をお聞きしたい。>瀬島隆三の履歴です。
【陸軍軍人時代】
瀬島は、富山県西砺波郡松沢村鷲島(現在の小矢部市鷲島)の農家に生まれた。旧制富山県立砺波中学校、陸軍幼年学校を経て、陸軍士官学校44期を首席で卒業し、昭和天皇から恩賜の銀時計を受けた。陸軍大学校51期も首席で卒業し、昭和天皇から恩賜の軍刀を受けた。御前講演のテーマは「日本武将ノ統帥ニ就テ」。削除
2007/10/31(水) 午後 6:45masao返信する
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太平洋戦争時は、大本営参謀としてガダルカナル撤収作戦、ニューギニア作戦などを担当する。最終階級は陸軍中佐であった。1945年7月関東軍参謀に転出。8月の無条件降伏後、ソ連軍との停戦交渉におもむくも、シベリアへ11年間抑留される[1]。この間、連合国側から極東国際軍事裁判に証人として出廷することを命じられ、1946年9月17日に草場辰巳、松村知勝とともにウラジオストクから空路東京へ護送され、ソ連側証人として出廷させられている。
後年瀬島は、シベリア抑留について、日本の軍人や民間人の帰国を規定したポツダム宣言(9条)違反であり、日ソ中立条約を破っての対日参戦とともに、スターリンの犯罪であったと述べている。また、日独伊三国同盟の締結についても、断じて実施すべきではなかったと述懐している[2]。削除
2007/10/31(水) 午後 6:47masao返信する
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上の続き【実業家時代】
シベリア抑留から帰還後、1958年に伊藤忠商事に入社する。入社3年目にして業務部長に抜擢(1961年)され、翌1962年取締役業務本部長、半年後に常務、1968年に専務、1972年に副社長、1977年に副会長、1978年に会長に就任する。帝国陸軍の参謀本部の組織をモデルにした「瀬島機関」と呼ばれる直属の部下を率いて、伊藤忠商事の総合商社化などに辣腕をふるった。[3]

1981年に相談役、1987年に特別顧問に就く。この間、中曽根康弘政権(1982年 - 1987年)のブレーンとして土光臨調委員などを務め政治の世界でも活躍した。1984年勲一等瑞宝章を受章。他にも亜細亜大学理事長、財団法人千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会会長、財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会名誉会長などの公職を歴任した。

2000年に伊藤忠商事特別顧問を退任。2007年9月4日午前0時55分、老衰のため東京都調布市の私邸において死去した。享年95。逝去後、従三位が贈られた。

2007年10月17日、築地本願寺において伊藤忠商事と亜細亜学園主催による合同葬が執り行われた。削除
2007/10/31(水) 午後 6:49masao返信する
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上の続き【人物】
1979年、瀬島龍三夫妻を媒酌人として昭和天皇の孫・東久邇優子(東久邇宮稔彦王第一王子盛厚王の子)と伊藤忠商事社員との結婚式が執り行われることとなった。それを受けて、スリランカ大統領来日歓迎晩餐会が催された際、昭和天皇は瀬島龍三夫妻を特別に呼び、「瀬島は戦前戦後と大変御苦労であった。これからも体に気をつけて国家、社会のために尽くすように。それから、今度お世話になる東久邇の優子は私の孫である。小さいときに母(東久邇成子)と死に別れ、大変かわいそうな孫である。自分はこういう立場にいるので十分な面倒が見られず、長く心に懸かっていた。このたび立派に結婚することができ、自分も皇后も大変喜んでいる。どうか宜しくお願いする」という言葉を瀬島に贈った。これを聞いた瀬島は「陛下よりお言葉を賜ったことで、積年の苦労が全て吹き飛んだ」と周囲に漏らしていたという。東久邇優子の結婚披露宴には皇太子明仁親王、同妃美智子(現在の天皇、皇后)をはじめ全皇族が出席した。削除
2007/10/31(水) 午後 6:51masao返信する
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*ただし、瀬島自身は晩年、フジテレビの番組『新・平成日本のよふけ』の中で「瀬島機関」の存在そのものを否定、マスコミの作り話と語っていた。
注上>瀬島隆三の履歴です。は、>瀬島龍三の履歴です。の間違い。

はまかかさん、と言うように、戦後も中曽根首相のブレーンを務め、何より昭和天皇本人より絶大な信頼を受けている事実を考えると、瀬島龍三の東京新聞でのインタビューは信じられると確信します。
≫仮に本当だとしてもこの人は好きになれないですね。>私も瀬島は嫌いです。731部隊との関係も挙げられているからです。≫なんかしゃべりすぎではないですか?逆に信用できない人物のような気がします。あくまで印象ですが。≫信用はあると思います。履歴を見ても。信用が無ければ就けない要職に就いているからです。削除
2007/10/31(水) 午後 7:19masao返信する
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≫この人は天皇に責任が全部あるといっているんでしょうか?細かいニュアンスが読み取れないので難しいですけど。>晩餐会の出来事を見ても分かるように、瀬島は天皇を敬愛していた。だから天皇に責任があるとは言っていない。ただ自分が経験した事実を答えただけなのだ。≫この人自身責任逃れしようとしてはいませんかね。>これも無いだろう。言ったように、ただ経験した事実を答えただけなのだ。削除
2007/10/31(水) 午後 7:20masao返信する

【瀬島龍三インタビュー】
【東京新聞出版社が平成7年5月13日に出版した、東京新聞・戦後50年取材班編が出した、「元大本営参謀の太平洋戦争・瀬島隆三インタビュー」である。この27ページから抜粋して書く。
聞き手・東京新聞編集局長佐藤殻、同局次長酒向安武、経済部記者大沢賢
【昭和天皇の実像】
― 「参謀本部」というと何かいかめしい、近寄りがたい感じがします。明治憲法(大日本帝国憲法)では統帥権が独立しており、軍隊は天皇に直属し、参謀総長は天皇を補佐する立場にありました。瀬島さんは参謀本部に入られて昭和天皇の実像に接する機会が多かったかと思いますが、実際に天皇と参謀本部のつながりはどんな具合になっていたのでしょうか。瀬島さんは当時の「雲の上]の実情をご存じの、数少ない「生き証人」です。削除
2007/10/31(水) 午後 7:30masao返信する
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【瀬島氏】
私が参謀本部に参りましたのは、昭和14年11月。当時もう日支事変がおきておりましたから、参謀総長は毎日日参でしたね。私はその際の上奏文の起草、それと下問奉答資料をつくる任務をしばらくやっておりました。当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。陸軍大臣、参謀総長だけでは、日本から満州へ、あるいは満州から日本へ軍隊を移動させることは、一切できない仕組みになっていたのです。参謀総長は拝謁(はいえつ)して奏上し、ご下問にお答えする。そして、御了解を得た上で命令文を別途に侍従武官を通じて提出し、御著名をいただく。それが1つの作戦業務でありました。削除
2007/10/31(水) 午後 7:32masao返信する
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天皇陛下はよく勉強されてました。前日奏上したことと、ご下問に対する答えが合わないと、それをご指摘になるのです。「よきに計らえ」式にやっておられるように思われがちですが、全然違うのですね。
―どんなご下問が多かったのですか。
【瀬島氏】
例えば、戦争が始まってから全アジアの軍から毎日電報が入ります。「軍事機密至急親展」という赤い判子のついてある電報が一番重要な電報。それは大体、参謀総長宛に各軍司令官から来ます。この電報は夜遅くても、参謀本部の将校が宮中の当時の侍従に届けることになっていました。ある時、陛下が御寝所に入られたということで届けなかったところ、おとがめがありましたね。削除
2007/10/31(水) 午後 7:33masao返信する
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陛下はお手元にビルマ方面ならビルマ方面の地図をお持ちになっていて、電報に入っている地名をご自身で印を付けられていたようです。侍従武官室と作戦課との間の直通電話で「ただいま電報をご覧になって地名がよくわからんがどこだと聞いておられる」と、侍従武官から問い合わせがあったことも度々でした。何ヶ月に一度は地図を取り換えるので、お届けに上がったこともありますよ。削除
2007/10/31(水) 午後 7:35masao返信する
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―それだけご熱心だと、奉答資料の作成には相当神経を使われたでしょう。
【瀬島氏】
陛下は科学者でもありましたから、正確を尊ばれましたね。例えば、陛下が杉山参謀総長に「ソロモン方面の軍への補給はむずかしいようだが、今兵はいくらいるのか」とお尋ねになる。それは何個師団とかじゃなくて、何万何千かというお尋ねなんです。杉山総長がアバウトにお答えすると、「もっと正確な数字を報告せよ」とおっしゃる。それは次の拝謁の時に、もって行かなくてはならない。
以降略
以上、著書から抜粋。削除
2007/10/31(水) 午後 7:36masao返信する
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てつさん>『インチキ極まりない、これ以上卑怯な改ざんは無いことをやっているから、いつまで経っても侵略したアジアの人たちが、「日本人は侵略戦争を謝れ!」と言ってくるのです。』
≫事実確認もせず、とりあえず謝って賠償金も支払っているにも関わらずいつまでも謝れといってきていますよね?中国と韓国は。これはたかりといわれてもしかたないのでは?>事実確認をしていないのは我々日本人のほうです。中国も韓国も体験した本人や遺族、殺された白骨遺体など事実を日本に突きつけて抗議しています。
≫あなたの言うアジアはどこの地域を指すのですか?いわゆる特定アジアのことですか?>いわゆるアラブなどのアジアは含まれません。中国・朝鮮半島を含んだ主に環太平洋です。

≫中国と韓国以外に執拗に謝れと言ってくる国は有るのでしょうか?
まず朝鮮。それからフィリピン人の従軍慰安婦等、個別に裁判で日本を訴えています。中国・韓国朝鮮が執拗に言ってくるのは、韓国朝鮮は日帝36年の植民地支配。中国は、南京大虐殺、731部隊等、日本兵の虐殺の度合いが酷く、他の侵略した地域に比べて犯した罪が深く大きいから執拗に言ってくるんだと思削除
2007/10/31(水) 午後 8:23masao返信する
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『>生産性は莫大です。天皇が4つの責任をとれば、戦争の見方も「侵略戦争」で統一されるでしょう』
≫何が生産的なのか?>天皇が4つの責任を取れば、右翼やcoffee、あなた方のような戦争犯罪否定者は、日本の戦争犯罪を認めるようになるでしょう。そうすれば、我々のような国内での争いは無くなり、アジア諸国とももっと交流するようになる。中国・韓国からの経済事業が増え企業は儲かる。政治的にも日本の地位は上がり、常任理事国になれると思う。これらにより、日本の力が増大し、力が国内・海外でぶつからないので効率的にさまざまな分野に集中することができる。削除
2007/10/31(水) 午後 8:24masao返信する
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『>民主主義なら言論の自由は保障されているはずだろう?』
≫では、現在の日本は民主主義ではないですね。>民主主義だが大変弱い。とても未熟な民主主義だ。【天皇が国民の上にいる。だから民主ではないとも言える。】日本市民が、天皇の戦争責任を取らせれば、市民が天皇を動かした事になるので、民主になる。【そのとき日本に本物の民主主義が誕生するだろう。】
『>嫌な事でも受け止めなければならない。2度と侵略者にならない為に。』
≫侵略というのが事実であればね。>【100%事実です】削除
2007/10/31(水) 午後 8:25masao返信する
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てつさん、『>でもそれより黙っていて何もしないと、「虐殺など無い」という卑怯な日本人によって歴史が改ざんされてしまいますからね、黙っているわけにはいかないのでしょう』
≫むしろ、黙っていて何もしないと、「虐殺が有った」という卑怯な中国人によって歴史が改ざんされてしまいますから、右翼と言われる人達は黙っているわけにいかなくなったのでしょう>←こういうことをいうので日本人は卑怯だと言うのです。私の言う「卑怯な日本人とはあなたの事です。」
『>日本軍人を自己批判をしていない為』
≫他人でしょう?あなたは日本軍人だったのですか?>他人でも虐殺した血が僕にもあなたにも流れている。だからその血を断ち切るために日本軍人を批判するのです。批判とは分離する行為だからです。

≫天皇には戦争による死者(戦死、補給途絶による餓死・病死、空襲・原爆の犠牲者、沖縄やサイパンのような戦闘に巻き込まれて亡くなった住民)に対する倫理的な責任はあるように思います。しかし、法的な責任は無いように思います。残念ながら。>道義的責任があります 。削除
2007/10/31(水) 午後 8:38masao返信する


ossanzettoさん、お答えしましょう。それからredpurge、これは君への答えともなるので自分への答えだと思って読んでもらいたい。

≫Coffee殿のブログから飛んできましたが、
瀬島インタビューのどこに天皇陛下が直接戦争の指揮
を執った証拠があるのか、不明なので明らかにしてください。>

>瀬島インタビューのどこにヒロヒト天皇の直接戦争の指揮を執った証拠があるかですが、それは、まず、
【当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。陸軍大臣、参謀総長だけでは、日本から満州へ、あるいは満州から日本へ軍隊を移動させることは、一切できない仕組みになっていたのです。参謀総長は拝謁(はいえつ)して奏上し、ご下問にお答えする。そして、御了解を得た上で命令文を別途に侍従武官を通じて提出し、御著名をいただく。】と言う所と、削除
2007/10/31(水) 午後 10:29masao返信する
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瀬島氏【前日奏上したことと、ご下問に対する答えが合わないと、それをご指摘になるのです。「よきに計らえ」式にやっておられるように思われがちですが、全然違うのですね。】

>これを解説すると、全ての軍隊はヒロヒト天皇の許可無く動かす事はできなかったとある。そしてヒロヒト天皇は、「よきに計らえ」しこではなく科学者の性格もよるのか、細かく質問して、その答えが前日と違う時はそれを指摘する等の、全てを把握して、了解の著名をしていた、ということだ。それは、明治憲法第55条の『 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責メニ任ス
凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス』という、天皇が、国務大臣の輔弼(輔弼(ほひつ)は、大日本帝国憲法の観念で、天皇の行為としてなされ、あるいは、なされざるべきことについて進言し、その全責任を負うこと。)のイメージをくつがえす姿である事が分かる。即ち、ヒロヒト天皇は、国務大臣(軍参謀総長)の助言を受けて天皇としての行為をしていたのではなく、むしろ、自分が国務大臣(軍参謀総長)を動かしていた、ということが分かるのである。削除
2007/10/31(水) 午後 10:30masao返信する
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また、
【【瀬島氏】
例えば、戦争が始まってから全アジアの軍から毎日電報が入ります。「軍事機密至急親展」という赤い判子のついてある電報が一番重要な電報。それは大体、参謀総長宛に各軍司令官から来ます。この電報は夜遅くても、参謀本部の将校が宮中の当時の侍従に届けることになっていました。ある時、陛下が御寝所に入られたということで届けなかったところ、おとがめがありましたね。 】

>という箇所を見ると、ヒロヒト天皇は、参謀総長宛の「軍事機密至急親展」という一番重要な電報を、毎日見ており、ヒロヒト天皇が寝所に入ったことで届けなかった時はそれをとがめた、と言っている。このことからも、ヒロヒトが、毎日情報を受け取って、分からない所は質問して、戦争の状況を完全に把握していたことを示している。
これらのことから、『ヒロヒトが常に直接戦争の指揮を執っていたことが伺える。削除
2007/10/31(水) 午後 10:31masao返信する
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≫いつ、いかなる時の作戦を陛下が立案し、実行させ、
その首尾と事後フォローがどうされたのか具体的に示して
下さい。>

については
【【瀬島氏】
陛下は科学者でもありましたから、正確を尊ばれましたね。例えば、陛下が杉山参謀総長に「ソロモン方面の軍への補給はむずかしいようだが、今兵はいくらいるのか」とお尋ねになる。それは何個師団とかじゃなくて、何万何千かというお尋ねなんです。杉山総長がアバウトにお答えすると、「もっと正確な数字を報告せよ」とおっしゃる。それは次の拝謁の時に、もって行かなくてはならない。】

>と言う箇所を見れば、瀬島の『陛下が杉山参謀総長に「ソロモン方面の軍への補給はむずかしいようだが、今兵はいくらいるのか」とお尋ねになる。』という箇所がある。これは、この文の入り方からみて、杉山参謀総長がソロモン方面の報告をヒロヒトにしてからの質問というより、いきなりヒロヒトのほうから、杉山参謀総長にソロモン方面の質問を投げかけたことが分かる。削除
2007/10/31(水) 午後 10:33masao返信する
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それは、ヒロヒトが杉山参謀総長に『それは何個師団とかじゃなくて、何万何千かというお尋ねなんです。』という細かな質問をしたとき、『杉山総長がアバウトにお答えすると、』という杉山参謀総長のアバウトの答えることから見て、杉山がアバウトに答えたのは、「ソロモン方面の資料を事前に用意していなかった」、または、「ソロモン方面のイメージが頭に無かった」ことを示している。これは、杉山参謀総長が、ソロモン方面に関して、【ヒロヒトからいきなり質問されたことを伺わせる。】即ち、【ヒロヒトは、自分から杉山参謀総長に質問して、ソロモン方面の不備があると、兵を増強するなりさせていた可能性が高いことを示している。】削除
2007/10/31(水) 午後 10:38masao返信する
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故人の悪口を言うのは卑怯ですが、仕方が無い。
先ず天皇の裁可が無ければ兵隊一人動かせない。
というのは絶対に嘘で、柳条湖事件、張鼓峰事件、
ノモンハン事件、・・・・現場の独断で交戦した事例など、
枚挙にいとまがありません。削除
2007/10/31(水) 午後 10:38[ - ]返信する
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ただそれは、おそらく、『ソロモン方面に兵を増強しろ!』というような指示ではなく、杉山参謀総長が後から『何万何千です。』と答えると、毎日「軍事機密至急親展」を見ているので敵の情報も知っているヒロヒトから『敵は何万何千いるのであろう?我が軍は2万ほど少ないがそれで勝てるのか?』というような聞き方をして、杉山参謀総長が『それでは後1万ほど兵を送ることにします。』というような、ドイツのヒトラーが『ここに何万何千兵を送れ!』という指揮をしたのとは違って、杉山参謀総長に不備な所の質問を投げかけることで、【杉山自身が、自然と、『こうしなければ行けない』と思うような指揮を執っていたということだ。だから、表面的にはヒロヒトが指揮を執っているようには見えないのだ。】しかし実際は、【杉山参謀総長を通して、ヒロヒトは全軍を動かしていたのだ!】削除
2007/10/31(水) 午後 10:39masao返信する



ossanzettoさん、 ≫故人の悪口を言うのは卑怯ですが、仕方が無い。
先ず天皇の裁可が無ければ兵隊一人動かせない。
というのは絶対に嘘で、柳条湖事件、張鼓峰事件、
ノモンハン事件、・・・・現場の独断で交戦した事例など、
枚挙にいとまがありません。>と言う事ですが、瀬島龍三はインタビューで、【私が参謀本部に参りましたのは、昭和14年11月。当時もう日支事変がおきておりましたから、参謀総長は毎日日参でしたね。私はその際の上奏文の起草、それと下問奉答資料をつくる任務をしばらくやっておりました。当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。】と言っており、「柳条湖事件、張鼓峰事件、ノモンハン事件」が起きた後で参謀本部に入っている。従って、瀬島が参謀本部に入る前のヒロヒトの言動に関しては、他の資料から推し量るしかない。削除
2007/11/3(土) 午後 9:36masao返信する
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しかし瀬島が、【当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。】と言っている事から見て、瀬島が来る前から、上で書いた↑≪全ての軍隊はヒロヒト天皇の許可無く動かす事はできなかったとある。そしてヒロヒト天皇は、「よきに計らえ」しこではなく科学者の性格もよるのか、細かく質問して、その答えが前日と違う時はそれを指摘する等の、全てを把握して、了解の著名をしていた、≫という行動をして、既に全軍の指揮していた、と考えて良いだろう。その上で「柳条湖事件、張鼓峰事件、ノモンハン事件、」でヒロヒトがどう関わっていたのかを検証してみたい。削除
2007/11/3(土) 午後 9:41masao返信する
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しかしその前に、これらの事件を調べるうちに、奇妙な事に気がついた。それは、関東軍が、関わっている事件、大虐殺の殆どが、関東軍司令官の指示ではなく、下級士官の独断で行ったとされる点だ。軍隊は、完全な階級社会である。上官の命令なくして下士官が独断で軍を動かすなどできない。また独断で戦争を仕掛ければ必ず重罪となる。しかし「柳条湖事件、張鼓峰事件、ノモンハン事件」とも、多大な成果を挙げているわけでも無いのに、独断で行動した兵士は責任を取っていないのである。これは、最高司令官、またヒロヒトも知っていたからではないかとの疑いを持たざるを得ない。削除
2007/11/3(土) 午後 9:42masao返信する
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ossanzettoさん、≫まず張鼓峰事件ですが、
【昭和13年6月13日 ソ連人民委員部極東部長官(GPU長官)リュシコフ政治大将が、満州国琿春県に亡命した。これが動機であったとは明言できないが7月9日 10数名のソ連兵が張鼓峰頂上に現れその兵力は次第に増加した。
ソ連兵増強の確認を古城守備隊より受けた朝鮮軍(軍司令官 小磯國昭大将)は、第19師団の一部派遣を準備した。7月13日 第19師団からソ連兵約40名が張鼓峰を占領中で、着々陣地構築中である旨報告を受けた朝鮮軍は、多田参謀本部次長、東條陸軍次官、磯谷関東軍参謀長あてに発電した。
7月16日 大陸令第154号をもって朝鮮軍司令官に次のように命令した。「張鼓峰付近に於けるソ軍の不法越境に対し、所要に応じ在鮮の隷下部隊を国境近く集中することを得。但し実力の行使は命令に依る。」削除
2007/11/3(土) 午後 10:33masao返信する
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7月20日 閑院宮参謀総長が武力行使について上奏裁可を仰ごうとした。その際陛下から、『現在の情勢に於いて万々一にも真面目な対ソ戦が起きた場合、どう処置を付ける考えか』との御下問、特に支那事変拡大中の我が国力・経済力について御軫念の程を拝察されるお言葉があり、裁可を仰ぐのを自発的に取りやめ、朝鮮軍に対し大陸指第204号にて事実上の武力行使中止を命じた。これで張鼓峰事件は不拡大方針をもって打ち切ることができるかに見えた。

7月29日 ソ連軍が新たに張鼓峰北方2キロの沙草峰南方の国境を越えて陣地の構築を開始したことを確認した第19師団長・尾高亀蔵中将は、ソ連の新たな進攻と見なして2個小隊をもって独断これを攻撃駆逐した後、紛争を避けるため後方に退いた。するとソ連増援部隊が沙草峰一帯を占領、さらにブリュッヘル司令官の命令により第40狙撃師団主力が前進、第39狙撃軍団と沿海集団飛行隊が戦闘態勢に置かれた。尾高師団長が沙草峰方面へのソ連軍の越境を新たな事件として独断攻撃を加えたことにより、事態は急激に発展する。削除
2007/11/3(土) 午後 10:35masao返信する
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7月30日 第19師団は2個大隊余をもって沙草峰及び沙草峰方面のソ連軍に夜襲を敢行、一帯の稜線を占領した。これに対しソ連軍は、第40狙撃師団主力をもって全面攻撃を加えてきたが、日本軍はこれをすべて撃退した。
ソ連軍は8月6日から軍団主力をもって総攻撃を開始。ソ連国防人民委員ヴォロシロフはシュテルン大将を軍団長に任命、3個狙撃師団と1個機械化旅団をもって日本軍の撃滅と国境回復を命じた。以後5日間激戦が続いた。圧倒的な戦力差の中で第19師団は専守防御に徹し、強烈な砲撃、執拗な戦車攻撃などに耐え陣地を固守して奮戦、張鼓峰・沙草峰両高地を死守してはいたが、損害増加により戦力の限界が危ぶまれていた。

中央部においても、ともかく一度当面のソ連軍を撃退して面目も達したのだから、いつまでも苦しい防御戦闘を継続する必要もないではないか、軍は自主的に、ある時期をみて兵を撤収することが適当ではないか、という意見が有力になっていた。削除
2007/11/3(土) 午後 10:36masao返信する
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こうした中でモスクワでの停戦協議が成立したのは8月11日のことである。】というのが張鼓峰事件で、ヒロヒトはこの戦いで、
【8月15日1400 閑院宮参謀総長は、張鼓峰事件終結に関し委細上奏申し上げたところ、「今回張鼓峰事件において、わが将兵が困難なる状況の下に寡兵これに当り、自重隠忍克くその任務を完うせるは満足に思う。尚死傷者に対し哀矜の情に勝えず。この旨将兵に申し伝えよ。」との優渥なる勅語を賜った。
このお言葉は参軍第502号によって朝鮮軍に電報され、軍から関係諸隊に伝達された。】
という事で、ヒロヒトは、張鼓峰事件前は、『大陸指第204号にて事実上の武力行使中止を命じた。』にも関わらず、張鼓峰事件終結後には、【自重隠忍克くその任務を完うせるは満足に思う。尚死傷者に対し哀矜の情に勝えず。この旨将兵に申し伝えよ。】と褒め称えている。しかし、明治憲法には、削除
2007/11/3(土) 午後 10:37masao返信する
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第11条
天皇ハ陸海軍ヲ統帥(とうすい)ス
備考;統帥=軍隊を支配下におき率いること==⇒統帥権。

第12条
天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額(へいがく)ヲ定ム
備考;兵額=兵士の人数。

第13条
天皇ハ戦(たたかい)ヲ宣(せん)シ和ヲ講(こう)シ及諸般ノ条約ヲ締結(ていけつ)ス
備考;諸般=いろいろ

第3条
天皇ハ神聖(しんせい)ニシテ侵(おか)スヘカラス
備考;神聖=けがれなく尊いこと。清らかで冒しがたいこと。

第4条
天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権(とうちけん)ヲ総攬(そうらん)シ此(この)ノ憲法ノ条規(じょうき)ニ依(よ)リ之(これ)ヲ行フ
備考;元首=国際法上,外部に向かって国家を代表する資格をもつ国家機関。君主国では君主,共和国では大統領。総攬=一手に握って掌握(しょうあく=手の中におさめること。物事を意のままにすること)すること。

とあり、陸海軍の統帥の天皇の命令は絶対に冒してはならないとあるのも関わらず、ヒロヒトは罰するどころか褒め称えている。これは何故なのか。削除
2007/11/3(土) 午後 10:38masao返信する
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【おそらくヒロヒトは、懸念を表明しながらも、ソ連側と戦うことになっても良い、と暗黙に裁可を与えていたからではないだろうか。】その証拠は張鼓峰事件の日本軍の戦力にある。

【===== 戦果と損失 =====

日本軍 ソ連軍
戦闘兵力 6814名 15000名
動員兵力 8862名 32000名
火砲 37門 237門
戦車 - 285両
航空支援 - 250機
戦死 526名 792名
戦傷 914名 2752名
戦病 - 527名
死傷率 21.1% 27.1%
戦車破壊 96両
砲 〃 16門
機関銃〃 3丁
飛行機撃墜 3機
鹵獲小銃 105丁
〃自動小銃 3丁
〃機関銃 22丁

ソ連軍の損害は、1993年に秘密指定解除によって公表された統計調査による。】

とあり、動員兵力8862人という大人数で、第19師団長・尾高亀蔵中将が独断で仕掛けるには余りにも規模が大き過ぎるからである。削除
2007/11/3(土) 午後 10:40masao返信する
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この規模から見て、関東軍司令官が、知らないはずはなく、司令官が知っていたとすると、当然上に瀬島インタビューの、【戦争が始まってから全アジアの軍から毎日電報が入ります。「軍事機密至急親展」という赤い判子のついてある電報が一番重要な電報。それは大体、参謀総長宛に各軍司令官から来ます。この電報は夜遅くても、参謀本部の将校が宮中の当時の侍従に届けることになっていました。ある時、陛下が御寝所に入られたということで届けなかったところ、おとがめがありましたね。】というヒロヒトが『知らないはずが無い。』【従って張鼓峰事件はヒロヒトの裁可により始めた戦争であると断ずる。】削除
2007/11/3(土) 午後 10:41masao返信する
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ossanzettoさん、次に「 ノモンハン事件」ですが、

【「満ソ国境紛争処理要綱」
1938年に起こった張鼓峰事件は、満州とソ連の国境でおこった紛争だったが、関東軍・満州国軍ではなく日本の朝鮮軍が戦った。この事件でソ連側が多くを得たことに不満を感じた関東軍は、係争地を譲らないための方針を独自に作成した。それが「満ソ国境紛争処理要綱」である。
「満ソ国境紛争処理要綱」は辻政信参謀が起草し、1939年4月に植田謙吉関東軍司令官が示達した。要綱は、「国境線明確ならざる地域に於ては、防衛司令官に於て自主的に国境線を認定」し、「万一衝突せば、兵力の多寡、国境の如何にかかわらず必勝を期す」として、日本側主張の国境線を直接軍事力で維持する好戦的方針を示していた。この要領を東京の大本営は黙認し、政府は関知しなかった。】削除
2007/11/4(日) 午前 0:56masao返信する
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また、
【ノモンハン事件は植田関東軍司令官、磯谷廉介参謀長の消極論に対して、参謀の辻政信、服部卓四郎らが強硬論を唱え、参謀本部を説得して進めたものだった。圧倒的なソ連軍の航空機と戦備のまえに、無暴な作戦を進め、あまつさえ敗戦の因を現地の連隊長に押しつけ、自殺を強要するという、これらの幕僚の無責任さはその後の日本軍の退廃の予兆だった。しかも植田と磯谷は予備役に編入されて責任はとったのに、 辻も服部も閑職に追われただけで、のちに東條によって重用されたのは、 東條人事の専横さを裏づけるものとして汚点になった。】

【===== 関東軍の決心と陸軍中央部 =====

関東軍 司令部要員 軍司令官 植田 謙吉 大将(10)
軍参謀長 磯谷 廉介 中将(16)
参謀副長 矢野 音三郎 少将(22)
高級参謀 寺田 雅雄 大佐(29 作戦課長)
作戦主任 服部 卓四郎 中佐(34 作戦班長)
作戦参謀 辻 政信 少佐(36)】削除
2007/11/4(日) 午前 0:58masao返信する
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【関東軍の「国境」に対処する方式が辻政信参謀の起案による「満ソ国境処理要綱」である。この要項の好戦的な性格が、ノモンハンの国境紛争を拡大し、避けることのできた紛争を、甚大な被害を伴う一大会戦としてしまった、といえるのである。
「満ソ国境処理要綱」は全8条で、「関作令(関東軍作戦命令)第1488号」として1939年4月に発令されている】削除
2007/11/4(日) 午前 0:59masao返信する
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【【資料7-1】関東軍「満ソ国境紛争処理要綱」(1939年4月25日示達)
方 針
一 軍は侵さす侵さしめさるを満洲防衛の根本の基調とす 之か為満「ソ」国境に於る 「ソ」軍 (外蒙軍を含む)の不法行為に対しては周到なる準備の下に徹底的に之を膺懲し「ソ」軍を慴 伏せしめ其の野望を初動に於て封殺破摧す
要 領
二 敵の不法行為に対しては 断固徹底的に膺懲することに依りてのみ事件の頻発又は拡大 を防 止し得ることは「ソ」軍の特性と過去の実績とに徴し極めて明瞭なる所以を部下 に徹底し特 に第一線部隊に於ては国境接壌の特性を認識し国境付近に生起する小戦の 要領を教育し苟く も戦へは兵力の多寡非理の如何に拘らす必勝を期す
三 国境線明瞭なる地点に於ては 我より進んて彼を侵ささる如く厳に自戒すると共に彼の 越境 を認めたる時は周到なる計画準備の下に十分なる兵力を用ひ此を急襲殱滅す
右の目的を達成する為一時的に「ソ」領に進入し又は「ソ」兵を満領内に誘致滞留せ しむる ことを得 此際我か死傷者等を「ソ」領内に遺留せさることに関し万全を期す ると共に勉め て彼側の屍体、俘虜等を獲得す削除
2007/11/4(日) 午前 1:02masao返信する
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四 国境線明確ならさる地域に於ては防衛司令官に於て自主的に国境線を認定して之を第 一線部 隊に明示し無用の紛糾惹起を防止すると共に第一線の任務達成を容易ならしむ 而て右地域内 に於ては必要以外の行動を為ささると共に苟くも行動の要ある場合に於 ては至厳なる警戒と 周到なる部署とを以てし万一衝突せは兵力の多寡竝に国境の如何に拘らす必勝を期す
六 事件発生せは速かに之を報告通報すると共に爾後に於ける処理の経過を適時報告通報し神速適 切なる対策に上下左右遺憾なきを期す
七 国境に位置する第一線部隊は能く国境接壌の特性を認識し無用の事端を惹起せさるこ とに対 しては万全を期すると共に常に彼の動静を明かにし万一紛争惹起せは任務に基 き断固として 積極果敢に行動し其結果派生すへき事態の収拾処理に関しては上級司令 部に信倚し意を安ん して唯第一線現状に於ける必勝に専念し万全を期す削除
2007/11/4(日) 午前 1:04masao返信する
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【八 従来の指示通諜等は爾今一切之を廃棄す】
備考 第四項に於て防衛司令官か自主的に認定指示したる国境線は速やかに報告するものとす
出典:防衛庁防衛研修所戦史室・戦史叢書27『関東軍(1)』(朝雲新聞社、1969年)、 424- 425頁所収。】

【この要項の問題点は大きく2つある。
・方針自体が政治的ではなく軍事的であった。
・守備なのだから、紛争は出来るだけ穏便な形で抑える方向であるべきなのに、やり方自体が勇ましく叩き伏せる方向であった。

この要項は外務省が作ったのではなく、軍が勝手に作ったからこうなったのだ。
しかし、より根本的な問題は、いやしくも高レベルの政治問題であるこの国境政策に対して、当時の政府が何も言わなかったこと、及び【天皇も何も言わなかったことである。】削除
2007/11/4(日) 午前 1:04masao返信する
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【「満ソ国境紛争処理要綱」の出だしにはこうありました。
「軍(関東軍)は侵さず、侵さしめざるを満州防衛の基本方針とする」
つまり、ソ連軍(外蒙軍含む)が優勢であるとは言えども、国境線に関してはお互いにこれを侵さず侵されずという形を取るというものでした。
しかし、そこから先が問題でした。
「万一ソ連軍が越境して来た時には、周到なる準備計画の下に徹底的にこれを膺懲(ようちょう:懲らしめ思い知らせること)せしめ、ソ連の不法なる野望を初動において粉砕する」
つまり、ソ連軍がもし国境を越えて満州国に入ってきたら、関東軍は戦力を集中してこれを撃滅するというものでした。
「そのためには、一時的にソ連領に侵入したり、ソ連軍を満州国領内に誘致、滞留せしむるも可」
「国境線不明瞭なりし地域においては、現地防衛司令官が自主的に国境線を認定し、第一線部隊に指示すると同時に、戦力の多寡国境線の如何なりとも必勝を期す」削除
2007/11/4(日) 午前 1:06masao返信する
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つまり、満州国政府ひいては日本政府とソ連政府が外交で話し合うべき国境線を、現地司令官が勝手に判断して国境と主張し、勝手に判断した国境をソ連軍が越えるよう仕向けることができ、そこを越えたソ連軍を排除するためには、天皇の命令が無ければできないはずの軍の国境線の越境をしてもよいと言っているのです。 】

【(関東軍作戦課員)が「満ソ国境紛争処理要綱」を起草したのは、1939(昭和14)年3月またはそれ以前と思われる。関東軍司令官植田謙吉はこれに同意した。その後、東京で師団長会議が開かれ、関東軍からは磯谷参謀長が出席したが、その際に「満ソ国境処理要綱」案を参謀本部に提出した。陸軍省へは、「ハルハ河国境説」を正式に承認するよう要請したと言われる(矢島前掲書p16~17)。
ところが、参謀本部は多忙を極めていたこともあろうが、「処理要綱」の検討を即座にはせず放置していた。削除
2007/11/4(日) 午前 1:07masao返信する
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関東軍では、参謀本部から特に反対されなかったのでこれを認可されたものとして、4月に「関東軍作戦命令第1488号」として発令し、既述のように4月25日には新京に兵団長をあつめ植田関東軍司令官自らが直接に「下達」した。これ以後は「隷下の司団長としてこれ(満ソ国境処理要綱)を実行しなければ命令違反となる」(北川前掲書 p126)ということになったのである。
したがって最前線の将兵たちが、ハルハ河国境を信じ、それを「越境」して我が方へ侵入してくるモンゴル騎兵を「急襲殲滅」せんとし、「必勝を期」したのは当然なのである。そうしなければ、命令違反となるのだ。削除
2007/11/4(日) 午前 1:10masao返信する
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関東軍の立場からすれば、参謀本部へ正式な形式によって「満ソ国境処理要綱」案を提出してあって、認可を待っていた。師団長会議がおそらく3月末~4月初にあり、数日~1週間程度待ったのではないか(これについては目下資料なし)。特に咎めれらる点も注意もなかったのでそのまま受理されたものと理解して満州へ帰った、というのはありうることだ。(参謀本部で未検討であることを、うすうすは知っていても、それをいいことに、頬被りして、受理されたものと理解するというやり方をした、ということも考えられる。)
当時の参謀本部作戦課長の稲田正純大佐は、戦後、雑誌「別冊知性」の論文で、次のようなあいまいな説明をしている。
当時の情勢上、
またヒロヒトは、軍服姿で自分から色々行事に出ている。決して軍に言われて嫌々行動していたわけではない。
そしてヒロヒトが独裁状態だった証拠は、【東京新聞出版社が平成7年5月13日に出版した、東京新聞・戦後50年取材班編が出した、「元大本営参謀の太平洋戦争・瀬島隆三インタビュー」である。この27ページから抜粋して書く。
聞き手・東京新聞編集局長佐藤殻、同局次長酒向安武、経済部記者大沢賢
【昭和天皇の実像】
― 「参謀本部」というと何かいかめしい、近寄りがたい感じがします。明治憲法(大日本帝国憲法)では統帥権が独立しており、軍隊は天皇に直属し、参謀総長は天皇を補佐する立場にありました。瀬島さんは参謀本部に入られて昭和天皇の実像に接する機会が多かったかと思いますが、実際に天皇と参謀本部のつながりはどんな具合になっていたのでしょうか。瀬島さんは当時の「雲の上]の実情をご存じの、数少ない「生き証人」です。削除
2007/10/17(水) 午後 6:57masao返信する
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瀬島氏】
私が参謀本部に参りましたのは、昭和14年11月。当時もう日支事変がおきておりましたから、参謀総長は毎日日参でしたね。私はその際の上奏文の起草、それと下問奉答資料をつくる任務をしばらくやっておりました。当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。陸軍大臣、参謀総長だけでは、日本から満州へ、あるいは満州から日本へ軍隊を移動させることは、一切できない仕組みになっていたのです。参謀総長は拝謁(はいえつ)して奏上し、ご下問にお答えする。そして、御了解を得た上で命令文を別途に侍従武官を通じて提出し、御著名をいただく。それが1つの作戦業務でありました。削除
2007/10/17(水) 午後 6:59masao返信する
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天皇陛下はよく勉強されてました。前日奏上したことと、ご下問に対する答えが合わないと、それをご指摘になるのです。「よきに計らえ」式にやっておられるように思われがちですが、全然違うのですね。
―どんなご下問が多かったのですか。
【瀬島氏】
例えば、戦争が始まってから全アジアの軍から毎日電報が入ります。「軍事機密至急親展」という赤い判子のついてある電報が一番重要な電報。それは大体、参謀総長宛に各軍司令官から来ます。この電報は夜遅くても、参謀本部の将校が宮中の当時の侍従に届けることになっていました。ある時、陛下が御寝所の入られたということで届けなかったところ、おとがめがありましたね。削除
2007/10/17(水) 午後 7:01masao返信する
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陛下はお手元にビルマ方面ならビルマ方面の地図をお持ちになっていて、電報に入っている地名をご自身で印を付けられていたようです。侍従武官室と作戦課との間の直通電話で「ただいま電報をご覧になって地名がよくわからんがどこだと聞いておられる」と、侍従武官から問い合わせがあったことも度々でした。何ヶ月に一度は地図を取り換えるので、お届けに上がったこともありますよ。削除
2007/10/17(水) 午後 7:02masao返信する
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―それだけご熱心だと、奉答資料の作成には相当神経を使われたでしょう。
【瀬島氏】
陛下は科学者でもありましたから、正確を尊ばれましたね。例えば、陛下が杉山参謀総長に「ソロモン方面の軍への補給はむずかしいようだが、今兵はいくらいるのか」とお尋ねになる。それは何個師団とかじゃなくて、何万何千かというお尋ねなんです。杉山総長がアバウトにお答えすると、「もっと正確な数字を報告せよ」とおっしゃる。それは次の拝謁の時に、もって行かなくてはならない。
以降略
以上、抜粋。削除
2007/10/17(水) 午後 7:04masao返信する
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*上記「陛下が御寝所の」は、「御寝所に」に訂正削除



はまかかさん、≫天皇に戦争責任があるのは当然だと思いますが国民にも責任がある。で、結局どうして欲しいのかって思います。天皇が先に責任を取ったら当時の国民も責任を取らなければならない。どうやって?何をして責任をとったとするのでしょう?天皇制を廃止しろとか国家変えろとかですかね?>天皇の戦争責任の取り方は
①国民にに謝罪する。
②国民に感謝する(兵士たちは天皇万歳と言って死んで行ったのですから)
③今の天皇が退位する。(当時12歳で関係ないけど、万世一系で濃い血が流れていますからね)
④京都に帰る(天皇が2度と権力者と合致しない為)
【この4つをすべてやった時】、戦争責任をとったと見てよいでしょう。
≫いつまでそんなこというつもりですか?って言いたくなります。 >この4つを総てやるまで要求します。何も天皇制廃止を言ってるわけでは無い。≫生産性を感じないのですが。>生産性は莫大です。天皇が4つの責任をとれば、戦争の見方も「侵略戦争」で統一されるでしょう。そうなれば、アジアとの見方も一致するから、戦争のことは終わる。後は日本の発展に総ての力を注ぐことができる。削除
2007/10/20(土) 午前 3:25masao返信する
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はまかかさん、≫悟ったなんて大そうなことには全く聞こえないんですけど。結局地球が丸い事も知らないんでしょう?彼は水平線の向こうも終わりがないって思ってたんじゃないですか?それってすごいですか? >悟りのことは、悟らないと分からない。ただ、釈迦も、日蓮大聖人も、過去世の生活や自分の姿のことを書いています。だから当然地球が丸いことも知っていたのではないかと思います。それは、他の星で生きていたと思われる過去世の話を語っているからです。削除
2007/10/20(土) 午前 3:33masao返信する
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悟りのことは、悟らないと分からない。>それではみもふたもないですね。誰もわかんないんじゃないですか。創価学会に悟ってる人なんかいないでしょう?結局「わからない」でごまかすんだって感じですね。
昭和天皇もう死んでますよ。実現不可ですよ。京都に帰る意味がわかんないですね。万世一系ってなんですか?創価用語ですか?
創価では戦争は日本が一方的に悪かったって言う見解なんですか?
もしそうならアホ極めすぎです。池田氏が日本人ではないという推論が出るのも致し方ないでしょう。
侵略戦争で日本だけが悪かったなんて認識を持てるわけないでしょう!ちょっとモノの見方が偏りすぎですね。redpurge200l さんらが攻撃してくるのも仕方ないと思いはじめました。削除
2007/10/20(土) 午後 1:42ham**aka30*0返信する
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はまかかさん、≫創価学会に悟ってる人なんかいないでしょう?結局「わからない」でごまかすんだって感じですね。>創価学会は第2代戸田城聖が、戦時中に初代牧口常三郎と不敬罪で逮捕されて、牧口は獄死、と戸田は獄中で一種の悟りを開いた。それが今の創価学会の原点となっている。≫昭和天皇もう死んでますよ。実現不可ですよ。京都に帰る意味がわかんないですね。>だから今の天皇が責任を取るんですよ。それが駄目なら次の皇太子ですよ。責任取るまで追求ですよ。≫万世一系ってなんですか?創価用語ですか?>削除
2007/10/22(月) 午後 9:22masao返信する
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>「万世一系(ばんせいいっけい)は、天皇の皇位継承について、皇統の一系や天皇制の永続などを主眼とする思想のこと。日本神話に登場する初代神武天皇から現在まで、王朝が断絶することもなく、一貫して天皇家によって日本は統治されてきたとする史観に基づいている。現在では、史実にもとづくものなのか、さまざまな意見がなされている。」と言うこと。日本人で万世一系を知らなかったんですか?勉強してくださいよ!日本人なら。天皇は万世一系ですからね。子孫に戦争責任が問えると思っています。≫創価では戦争は日本が一方的に悪かったって言う見解なんですか?もしそうならアホ極めすぎです。池田氏が日本人ではないという推論が出るのも致し方ないでしょう。>池田は軍国少年だったから、天皇も批判して無いし、東京裁判も問題があると思っているようだ。小説「人間革命」に書いてあったからね。削除
2007/10/22(月) 午後 9:23masao返信する
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≫侵略戦争で日本だけが悪かったなんて認識を持てるわけないでしょう!>他国は関係ないと前に書いたでしょう。読み直しなさい!≫redpurge200l さんらが攻撃してくるのも仕方ないと思いはじめました。>こいつは侵略戦争そのものを否定している。何の証拠も出さずに。大卑怯のインチキ野郎です。削除
2007/10/22(月) 午後 9:23masao返信する


私はいつでも真面目だが、今回は特に真面目に言うぞ。

瀬島インタビューのどこを読んでも昭和天皇が独裁政権をしいていた事にはならない。これは専制君主としての仕事をしていただけの話。

戦中の日本をあえて言うなら軍部による独走政権と言えるが、昭和天皇も軍部も議会も独裁などはしていない。
なぜなら、各々の機関は他の機関に対して無理に命令をすることができなかったからだ。これは昭和天皇も同じ事。
昭和天皇が「独裁」できていたら戦争事態が起こらなかったかもしれん。削除
2007/10/23(火) 午後 2:51[ r*d*u*g*2*0l ]返信する
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redpurge!≫瀬島インタビューのどこを読んでも昭和天皇が独裁政権をしいていた事にはならない。これは専制君主としての仕事をしていただけの話。>20回読んで無いな。ヒロヒトは人の良い爺さんじゃない。頭の切れる独裁者だ。日本人はそれを知らされていない。もっとよく見て見ろ!よく読め!削除
2007/10/23(火) 午後 4:32masao返信する
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子が悪かったら親を責めるはわかりますが親が悪かったら子を責めるは理解不可です。責任ないでしょう。殺人犯に子供がいたらぶち込むか死刑にするみたいなもんでしょう?削除
2007/10/23(火) 午後 5:00ham**aka30*0返信する
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我々子孫がいつまで謝罪せないかんのですか?世界中皆謝罪しなければいけなくなるでしょう。責任を負う必要まったく無しだと思います。削除
2007/10/23(火) 午後 5:04ham**aka30*0返信する


ナイチーさん、戦争は、日本国民みんなでやったんです。
戦時下は、立派に民主主義は生きてましたし、軍事独裁で無理やり戦争したのでもないです。≫戦時下が民主主義かどうか明治憲法を読みなさい。天皇を頂点とした独裁国家であることが分かるから。戦時下が民主主義だったのなら、何故戦争反対や国を批判したら「不敬罪」で逮捕されたんだ?民主主義なら言論の自由は保障されているはずだろう?≫軍事独裁で無理やり戦争したのでもないです。>あなたはの本が徴兵制度で強制的にへいたいにしていたのを知らないんですね。削除
2007/10/25(木) 午前 0:32masao返信する
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『1873年に国民皆兵を目指す徴兵令が出され、のち兵役法となった。大日本帝国憲法にも兵役の義務が盛り込まれた。当初は、免役率が80%と高く、肉体的に頑強な男性の中から、くじ引きでごく僅かのみ徴兵されていた。しかし、不公平感から全国で徴兵反対運動が起こり、そのため徴兵制度は大改正され1889年には法制度上、男性に対して国民皆兵が義務付けられた。実際に徴兵される男性が増加していき、太平洋戦争末期には、700万人以上も根こそぎ徴兵された。第二次世界大戦に敗れた1945年に廃止された。』国の強制だったんですよ。赤紙を送る方法でね。≫それを戦争責任を天皇にとらせるのも、妙な話。>妙ではない独裁国家の日本なのだから独裁者のヒロヒトに一番の責任があるのは当然。削除
2007/10/25(木) 午前 0:33masao返信する
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≫それならば、国民全員で「なぜ負ける戦争をしてしまったのか?」を反省すべき。>これは必要ですね。2度と天皇の言いなりにならない為に。
≫いい加減、あの戦争は国民のせいじゃないとか、天皇が悪いとか、軍人が悪い~とかいう言い逃れは、責任転嫁なので聞きたくない。
というか、古い。>言い逃れや責任転嫁とはあなたのように日本の戦争責任を放棄している人の事です。良薬口に苦し。聞きたくないから聞かないではいつまで経っても戦争は終わらない。嫌な事でも受け止めなければならない。2度と侵略者にならない為に。削除
2007/10/25(木) 午前 0:34masao返信する
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ナイチーさん、≫天皇制がなくなればアジアの日本に対する見方が変わるなんて、そんな馬鹿なこと言ってるから、中国にも韓国にもなめられるんじゃないですか?>僕は天皇制を無くせなんて言ってませんよ。「戦争の責任を取れ、」と言ってるんです。
≫あちらは、ただ単に外交カードの一つで、昔のことをいつまでも言うだけ。>いや、そうではない。南京大虐殺や731部隊など、黙っている事はできないことを我々日本人からされましたからね、色々言ってくるのは当然でしょう。
≫中国に関しては、内政に対する国民のガス抜きに反日教育してるだけ。>共産主義だからそれもあるでしょう。でもそれより黙っていて何もしないと、「虐殺など無い」という卑怯な日本人によって歴史が改ざんされてしまいますからね、黙っているわけにはいかないのでしょう。削除
2007/10/25(木) 午前 0:42masao返信する


redpurge!≫昭和天皇は最後まで戦争に反対していたよ。>だから瀬島インタビューを20回読めと言ってんだ!戦争に反対してる奴(ヒロヒト)があそこまで詳しい情報を要求すると思うのか?インタビューをよく読め!ヒロヒトが戦争やる気満々なのが分からないのか?お前より『aiiiiinakammura』さんのほうが正確に瀬島インタビューの意味をつかんでいる。しょうがないからヒントを与えてやろう。よく言われる【大本営発表とは、ヒロヒト自身の命令だったということだ。】世の中の人は「大本営発表とは軍上層部が大本営会議を開いて決定してると考えている人が多いだろうが、瀬島インタビューを見ると、【ヒロヒト以外は一個師団たりとも動かせない仕組みになっている。】【即ち総ての指揮はヒロヒトが執っていたということ。】削除
2007/10/25(木) 午後 10:06masao返信する

瀬島氏のインタビュー読みましたがなんでこの人が言っている事が100%本当のことだと言えるのですか?確かにこの人はこう言っているのかもしれませんがそれを絶対事実だという貴方が理解できません。疑わしいでしょう。本当かもしれません。つまり100%ではない。だけども貴方は100%信じているその根拠をお聞きしたい。削除
2007/10/30(火) 午後 5:47ham**aka30*0返信する
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仮に本当だとしてもこの人は好きになれないですね。なんかしゃべりすぎではないですか?逆に信用できない人物のような気がします。あくまで印象ですが。この人は天皇に責任が全部あるといっているんでしょうか?細かいニュアンスが読み取れないので難しいですけど。この人自身責任逃れしようとしてはいませんかね。削除
2007/10/30(火) 午後 5:53ham**aka30*0返信する

Coffee殿のブログから飛んできましたが、
瀬島インタビューのどこに天皇陛下が直接戦争の指揮
を執った証拠があるのか、不明なので明らかにしてください。

いつ、いかなる時の作戦を陛下が立案し、実行させ、
その首尾と事後フォローがどうされたのか具体的に示して
下さい。

人のブログであのような罵詈雑言を垂れ流し、
天皇陛下を愚弄した発言をした以上、貴殿には説明責任
があります。削除
2007/10/31(水) 午前 0:01[ - ]返信する
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それから瀬島氏のインタビューを全ての根拠とされていますが、
戦後何十年経過した後のインタビューなどは、歴史資料には
値しないということを知っていますか?

そのインタビュー内容を個人の妄想で適当に
アレンジしたものを事実だと喚いて見せたところで、
誰にも相手にされませんよ。軽蔑を買うだけです。

一体貴方は本当は何がしたいのですか?削除
2007/10/31(水) 午前 0:12[ - ]返信する



はまかかさん、≫瀬島氏のインタビュー読みましたがなんでこの人が言っている事が100%本当のことだと言えるのですか?確かにこの人「はこう言っているのかもしれませんがそれを絶対事実だという貴方が理解できません。疑わしいでしょう。本当かもしれません。つまり100%ではない。だけども貴方は100%信じているその根拠をお聞きしたい。>瀬島隆三の履歴です。
【陸軍軍人時代】
瀬島は、富山県西砺波郡松沢村鷲島(現在の小矢部市鷲島)の農家に生まれた。旧制富山県立砺波中学校、陸軍幼年学校を経て、陸軍士官学校44期を首席で卒業し、昭和天皇から恩賜の銀時計を受けた。陸軍大学校51期も首席で卒業し、昭和天皇から恩賜の軍刀を受けた。御前講演のテーマは「日本武将ノ統帥ニ就テ」。削除
2007/10/31(水) 午後 6:45masao返信する
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太平洋戦争時は、大本営参謀としてガダルカナル撤収作戦、ニューギニア作戦などを担当する。最終階級は陸軍中佐であった。1945年7月関東軍参謀に転出。8月の無条件降伏後、ソ連軍との停戦交渉におもむくも、シベリアへ11年間抑留される[1]。この間、連合国側から極東国際軍事裁判に証人として出廷することを命じられ、1946年9月17日に草場辰巳、松村知勝とともにウラジオストクから空路東京へ護送され、ソ連側証人として出廷させられている。
後年瀬島は、シベリア抑留について、日本の軍人や民間人の帰国を規定したポツダム宣言(9条)違反であり、日ソ中立条約を破っての対日参戦とともに、スターリンの犯罪であったと述べている。また、日独伊三国同盟の締結についても、断じて実施すべきではなかったと述懐している[2]。削除
2007/10/31(水) 午後 6:47masao返信する
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上の続き【実業家時代】
シベリア抑留から帰還後、1958年に伊藤忠商事に入社する。入社3年目にして業務部長に抜擢(1961年)され、翌1962年取締役業務本部長、半年後に常務、1968年に専務、1972年に副社長、1977年に副会長、1978年に会長に就任する。帝国陸軍の参謀本部の組織をモデルにした「瀬島機関」と呼ばれる直属の部下を率いて、伊藤忠商事の総合商社化などに辣腕をふるった。[3]

1981年に相談役、1987年に特別顧問に就く。この間、中曽根康弘政権(1982年 - 1987年)のブレーンとして土光臨調委員などを務め政治の世界でも活躍した。1984年勲一等瑞宝章を受章。他にも亜細亜大学理事長、財団法人千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会会長、財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会名誉会長などの公職を歴任した。

2000年に伊藤忠商事特別顧問を退任。2007年9月4日午前0時55分、老衰のため東京都調布市の私邸において死去した。享年95。逝去後、従三位が贈られた。

2007年10月17日、築地本願寺において伊藤忠商事と亜細亜学園主催による合同葬が執り行われた。削除
2007/10/31(水) 午後 6:49masao返信する
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上の続き【人物】
1979年、瀬島龍三夫妻を媒酌人として昭和天皇の孫・東久邇優子(東久邇宮稔彦王第一王子盛厚王の子)と伊藤忠商事社員との結婚式が執り行われることとなった。それを受けて、スリランカ大統領来日歓迎晩餐会が催された際、昭和天皇は瀬島龍三夫妻を特別に呼び、「瀬島は戦前戦後と大変御苦労であった。これからも体に気をつけて国家、社会のために尽くすように。それから、今度お世話になる東久邇の優子は私の孫である。小さいときに母(東久邇成子)と死に別れ、大変かわいそうな孫である。自分はこういう立場にいるので十分な面倒が見られず、長く心に懸かっていた。このたび立派に結婚することができ、自分も皇后も大変喜んでいる。どうか宜しくお願いする」という言葉を瀬島に贈った。これを聞いた瀬島は「陛下よりお言葉を賜ったことで、積年の苦労が全て吹き飛んだ」と周囲に漏らしていたという。東久邇優子の結婚披露宴には皇太子明仁親王、同妃美智子(現在の天皇、皇后)をはじめ全皇族が出席した。削除
2007/10/31(水) 午後 6:51masao返信する
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*ただし、瀬島自身は晩年、フジテレビの番組『新・平成日本のよふけ』の中で「瀬島機関」の存在そのものを否定、マスコミの作り話と語っていた。
注上>瀬島隆三の履歴です。は、>瀬島龍三の履歴です。の間違い。

はまかかさん、と言うように、戦後も中曽根首相のブレーンを務め、何より昭和天皇本人より絶大な信頼を受けている事実を考えると、瀬島龍三の東京新聞でのインタビューは信じられると確信します。
≫仮に本当だとしてもこの人は好きになれないですね。>私も瀬島は嫌いです。731部隊との関係も挙げられているからです。≫なんかしゃべりすぎではないですか?逆に信用できない人物のような気がします。あくまで印象ですが。≫信用はあると思います。履歴を見ても。信用が無ければ就けない要職に就いているからです。削除
2007/10/31(水) 午後 7:19masao返信する
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≫この人は天皇に責任が全部あるといっているんでしょうか?細かいニュアンスが読み取れないので難しいですけど。>晩餐会の出来事を見ても分かるように、瀬島は天皇を敬愛していた。だから天皇に責任があるとは言っていない。ただ自分が経験した事実を答えただけなのだ。≫この人自身責任逃れしようとしてはいませんかね。>これも無いだろう。言ったように、ただ経験した事実を答えただけなのだ。削除
2007/10/31(水) 午後 7:20masao返信する


【瀬島龍三インタビュー】
【東京新聞出版社が平成7年5月13日に出版した、東京新聞・戦後50年取材班編が出した、「元大本営参謀の太平洋戦争・瀬島隆三インタビュー」である。この27ページから抜粋して書く。
聞き手・東京新聞編集局長佐藤殻、同局次長酒向安武、経済部記者大沢賢
【昭和天皇の実像】
― 「参謀本部」というと何かいかめしい、近寄りがたい感じがします。明治憲法(大日本帝国憲法)では統帥権が独立しており、軍隊は天皇に直属し、参謀総長は天皇を補佐する立場にありました。瀬島さんは参謀本部に入られて昭和天皇の実像に接する機会が多かったかと思いますが、実際に天皇と参謀本部のつながりはどんな具合になっていたのでしょうか。瀬島さんは当時の「雲の上]の実情をご存じの、数少ない「生き証人」です。削除
2007/10/31(水) 午後 7:30masao返信する
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【瀬島氏】
私が参謀本部に参りましたのは、昭和14年11月。当時もう日支事変がおきておりましたから、参謀総長は毎日日参でしたね。私はその際の上奏文の起草、それと下問奉答資料をつくる任務をしばらくやっておりました。当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。陸軍大臣、参謀総長だけでは、日本から満州へ、あるいは満州から日本へ軍隊を移動させることは、一切できない仕組みになっていたのです。参謀総長は拝謁(はいえつ)して奏上し、ご下問にお答えする。そして、御了解を得た上で命令文を別途に侍従武官を通じて提出し、御著名をいただく。それが1つの作戦業務でありました。削除
2007/10/31(水) 午後 7:32masao返信する
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天皇陛下はよく勉強されてました。前日奏上したことと、ご下問に対する答えが合わないと、それをご指摘になるのです。「よきに計らえ」式にやっておられるように思われがちですが、全然違うのですね。
―どんなご下問が多かったのですか。
【瀬島氏】
例えば、戦争が始まってから全アジアの軍から毎日電報が入ります。「軍事機密至急親展」という赤い判子のついてある電報が一番重要な電報。それは大体、参謀総長宛に各軍司令官から来ます。この電報は夜遅くても、参謀本部の将校が宮中の当時の侍従に届けることになっていました。ある時、陛下が御寝所に入られたということで届けなかったところ、おとがめがありましたね。削除
2007/10/31(水) 午後 7:33masao返信する
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陛下はお手元にビルマ方面ならビルマ方面の地図をお持ちになっていて、電報に入っている地名をご自身で印を付けられていたようです。侍従武官室と作戦課との間の直通電話で「ただいま電報をご覧になって地名がよくわからんがどこだと聞いておられる」と、侍従武官から問い合わせがあったことも度々でした。何ヶ月に一度は地図を取り換えるので、お届けに上がったこともありますよ。削除
2007/10/31(水) 午後 7:35masao返信する
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―それだけご熱心だと、奉答資料の作成には相当神経を使われたでしょう。
【瀬島氏】
陛下は科学者でもありましたから、正確を尊ばれましたね。例えば、陛下が杉山参謀総長に「ソロモン方面の軍への補給はむずかしいようだが、今兵はいくらいるのか」とお尋ねになる。それは何個師団とかじゃなくて、何万何千かというお尋ねなんです。杉山総長がアバウトにお答えすると、「もっと正確な数字を報告せよ」とおっしゃる。それは次の拝謁の時に、もって行かなくてはならない。
以降略
以上、著書から抜粋。削除
2007/10/31(水) 午後 7:36masao返信する
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てつさん>『インチキ極まりない、これ以上卑怯な改ざんは無いことをやっているから、いつまで経っても侵略したアジアの人たちが、「日本人は侵略戦争を謝れ!」と言ってくるのです。』
≫事実確認もせず、とりあえず謝って賠償金も支払っているにも関わらずいつまでも謝れといってきていますよね?中国と韓国は。これはたかりといわれてもしかたないのでは?>事実確認をしていないのは我々日本人のほうです。中国も韓国も体験した本人や遺族、殺された白骨遺体など事実を日本に突きつけて抗議しています。
≫あなたの言うアジアはどこの地域を指すのですか?いわゆる特定アジアのことですか?>いわゆるアラブなどのアジアは含まれません。中国・朝鮮半島を含んだ主に環太平洋です。

≫中国と韓国以外に執拗に謝れと言ってくる国は有るのでしょうか?
まず朝鮮。それからフィリピン人の従軍慰安婦等、個別に裁判で日本を訴えています。中国・韓国朝鮮が執拗に言ってくるのは、韓国朝鮮は日帝36年の植民地支配。中国は、南京大虐殺、731部隊等、日本兵の虐殺の度合いが酷く、他の侵略した地域に比べて犯した罪が深く大きいから執拗に言ってくるんだと思削除
2007/10/31(水) 午後 8:23masao返信する
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『>生産性は莫大です。天皇が4つの責任をとれば、戦争の見方も「侵略戦争」で統一されるでしょう』
≫何が生産的なのか?>天皇が4つの責任を取れば、右翼やcoffee、あなた方のような戦争犯罪否定者は、日本の戦争犯罪を認めるようになるでしょう。そうすれば、我々のような国内での争いは無くなり、アジア諸国とももっと交流するようになる。中国・韓国からの経済事業が増え企業は儲かる。政治的にも日本の地位は上がり、常任理事国になれると思う。これらにより、日本の力が増大し、力が国内・海外でぶつからないので効率的にさまざまな分野に集中することができる。削除
2007/10/31(水) 午後 8:24masao返信する
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『>民主主義なら言論の自由は保障されているはずだろう?』
≫では、現在の日本は民主主義ではないですね。>民主主義だが大変弱い。とても未熟な民主主義だ。【天皇が国民の上にいる。だから民主ではないとも言える。】日本市民が、天皇の戦争責任を取らせれば、市民が天皇を動かした事になるので、民主になる。【そのとき日本に本物の民主主義が誕生するだろう。】
『>嫌な事でも受け止めなければならない。2度と侵略者にならない為に。』
≫侵略というのが事実であればね。>【100%事実です】削除
2007/10/31(水) 午後 8:25masao返信する
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てつさん、『>でもそれより黙っていて何もしないと、「虐殺など無い」という卑怯な日本人によって歴史が改ざんされてしまいますからね、黙っているわけにはいかないのでしょう』
≫むしろ、黙っていて何もしないと、「虐殺が有った」という卑怯な中国人によって歴史が改ざんされてしまいますから、右翼と言われる人達は黙っているわけにいかなくなったのでしょう>←こういうことをいうので日本人は卑怯だと言うのです。私の言う「卑怯な日本人とはあなたの事です。」
『>日本軍人を自己批判をしていない為』
≫他人でしょう?あなたは日本軍人だったのですか?>他人でも虐殺した血が僕にもあなたにも流れている。だからその血を断ち切るために日本軍人を批判するのです。批判とは分離する行為だからです。

≫天皇には戦争による死者(戦死、補給途絶による餓死・病死、空襲・原爆の犠牲者、沖縄やサイパンのような戦闘に巻き込まれて亡くなった住民)に対する倫理的な責任はあるように思います。しかし、法的な責任は無いように思います。残念ながら。>道義的責任があります 。削除
2007/10/31(水) 午後 8:38masao返信する



ossanzettoさん、お答えしましょう。それからredpurge、これは君への答えともなるので自分への答えだと思って読んでもらいたい。

≫Coffee殿のブログから飛んできましたが、
瀬島インタビューのどこに天皇陛下が直接戦争の指揮
を執った証拠があるのか、不明なので明らかにしてください。>

>瀬島インタビューのどこにヒロヒト天皇の直接戦争の指揮を執った証拠があるかですが、それは、まず、
【当時、軍隊を動かす時は必ず陛下の御裁可が必要で、これなしには一個中隊さえ動かすことは出来なかった。陸軍大臣、参謀総長だけでは、日本から満州へ、あるいは満州から日本へ軍隊を移動させることは、一切できない仕組みになっていたのです。参謀総長は拝謁(はいえつ)して奏上し、ご下問にお答えする。そして、御了解を得た上で命令文を別途に侍従武官を通じて提出し、御著名をいただく。】と言う所と、削除
2007/10/31(水) 午後 10:29masao返信する
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瀬島氏【前日奏上したことと、ご下問に対する答えが合わないと、それをご指摘になるのです。「よきに計らえ」式にやっておられるように思われがちですが、全然違うのですね。】

>これを解説すると、全ての軍隊はヒロヒト天皇の許可無く動かす事はできなかったとある。そしてヒロヒト天皇は、「よきに計らえ」しこではなく科学者の性格もよるのか、細かく質問して、その答えが前日と違う時はそれを指摘する等の、全てを把握して、了解の著名をしていた、ということだ。それは、明治憲法第55条の『 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責メニ任ス
凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス』という、天皇が、国務大臣の輔弼(輔弼(ほひつ)は、大日本帝国憲法の観念で、天皇の行為としてなされ、あるいは、なされざるべきことについて進言し、その全責任を負うこと。)のイメージをくつがえす姿である事が分かる。即ち、ヒロヒト天皇は、国務大臣(軍参謀総長)の助言を受けて天皇としての行為をしていたのではなく、むしろ、自分が国務大臣(軍参謀総長)を動かしていた、ということが分かるのである。削除
2007/10/31(水) 午後 10:30masao返信する
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また、
【【瀬島氏】
例えば、戦争が始まってから全アジアの軍から毎日電報が入ります。「軍事機密至急親展」という赤い判子のついてある電報が一番重要な電報。それは大体、参謀総長宛に各軍司令官から来ます。この電報は夜遅くても、参謀本部の将校が宮中の当時の侍従に届けることになっていました。ある時、陛下が御寝所に入られたということで届けなかったところ、おとがめがありましたね。 】

>という箇所を見ると、ヒロヒト天皇は、参謀総長宛の「軍事機密至急親展」という一番重要な電報を、毎日見ており、ヒロヒト天皇が寝所に入ったことで届けなかった時はそれをとがめた、と言っている。このことからも、ヒロヒトが、毎日情報を受け取って、分からない所は質問して、戦争の状況を完全に把握していたことを示している。
これらのことから、『ヒロヒトが常に直接戦争の指揮を執っていたことが伺える。削除
2007/10/31(水) 午後 10:31masao返信する
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≫いつ、いかなる時の作戦を陛下が立案し、実行させ、
その首尾と事後フォローがどうされたのか具体的に示して
下さい。>

については
【【瀬島氏】
陛下は科学者でもありましたから、正確を尊ばれましたね。例えば、陛下が杉山参謀総長に「ソロモン方面の軍への補給はむずかしいようだが、今兵はいくらいるのか」とお尋ねになる。それは何個師団とかじゃなくて、何万何千かというお尋ねなんです。杉山総長がアバウトにお答えすると、「もっと正確な数字を報告せよ」とおっしゃる。それは次の拝謁の時に、もって行かなくてはならない。】

>と言う箇所を見れば、瀬島の『陛下が杉山参謀総長に「ソロモン方面の軍への補給はむずかしいようだが、今兵はいくらいるのか」とお尋ねになる。』という箇所がある。これは、この文の入り方からみて、杉山参謀総長がソロモン方面の報告をヒロヒトにしてからの質問というより、いきなりヒロヒトのほうから、杉山参謀総長にソロモン方面の質問を投げかけたことが分かる。削除
2007/10/31(水) 午後 10:33masao返信する
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それは、ヒロヒトが杉山参謀総長に『それは何個師団とかじゃなくて、何万何千かというお尋ねなんです。』という細かな質問をしたとき、『杉山総長がアバウトにお答えすると、』という杉山参謀総長のアバウトの答えることから見て、杉山がアバウトに答えたのは、「ソロモン方面の資料を事前に用意していなかった」、または、「ソロモン方面のイメージが頭に無かった」ことを示している。これは、杉山参謀総長が、ソロモン方面に関して、【ヒロヒトからいきなり質問されたことを伺わせる。】即ち、【ヒロヒトは、自分から杉山参謀総長に質問して、ソロモン方面の不備があると、兵を増強するなりさせていた可能性が高いことを示している。】削除
2007/10/31(水) 午後 10:38masao返信する
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故人の悪口を言うのは卑怯ですが、仕方が無い。
先ず天皇の裁可が無ければ兵隊一人動かせない。
というのは絶対に嘘で、柳条湖事件、張鼓峰事件、
ノモンハン事件、・・・・現場の独断で交戦した事例など、
枚挙にいとまがありません。削除
2007/10/31(水) 午後 10:38[ - ]返信する
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ただそれは、おそらく、『ソロモン方面に兵を増強しろ!』というような指示ではなく、杉山参謀総長が後から『何万何千です。』と答えると、毎日「軍事機密至急親展」を見ているので敵の情報も知っているヒロヒトから『敵は何万何千いるのであろう?我が軍は2万ほど少ないがそれで勝てるのか?』というような聞き方をして、杉山参謀総長が『それでは後1万ほど兵を送ることにします。』というような、ドイツのヒトラーが『ここに何万何千兵を送れ!』という指揮をしたのとは違って、杉山参謀総長に不備な所の質問を投げかけることで、【杉山自身が、自然と、『こうしなければ行けない』と思うような指揮を執っていたということだ。だから、表面的にはヒロヒトが指揮を執っているようには見えないのだ。】しかし実際は、【杉山参謀総長を通して、ヒロヒトは全軍を動かしていたのだ!】削除
2007/10/31(水) 午後 10:39masao返信する




はまかかさん、≫日本だけが悪いという事は無い>と言う発想だと「フランスがベトナムを、スペインがフィリピンを植民地侵略したから謝らない」・フランス・スペインは「日本が謝らないから、我々も謝らない」と言うことになり、こういう発想をすると、どの国も謝らないことになる。だから、他国を見て日本が悪いとか悪くないとか判断してはいけない。あくまで我々の問題は、我々日本人だけで判断しなければいけない。そして、それは我々日本人が一番知っていることだ。削除
2007/10/11(木) 午後 2:43masao返信する
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≫何でもかんでも謝るというのは国益に反すると思いますよ。>と言うのは完全に逆です。真の国益とは、侵略行為を誤魔化して謝らないことではない。きちんと我々日本人がした侵略行為を誤魔化さないで直視し、心から謝罪することが、アジアや世界での日本の信用を取り戻すことになる。そうすることにより、日本のイメージは上がっていくだろう。それが『真の国益』です。しかし、時間が経てば、戦争でどれほど悪いことをしたか、と言う事実は、それを経験したり見た人が段々年をとるし、経験の無い戦後世代に、「謝れ!」と言っても実感が無いので、「正直に罪を認めて、後世にやってきた事実を改ざんすることなく伝えているかどうか」と言うことが重要視されていると思っています。だから【真の国益とは、むしろ謝るべきところはきちんと謝る、日本人がやった戦争犯罪を改ざんしないで後世に伝える】と言うことなのです。削除
2007/10/11(木) 午後 2:44masao返信する
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≫かといって、日本はアジア解放のために正義のために戦ったと言うのもそれだけじゃないだろうとも思いますけどね。>この書き方だと「正義のために戦った」というところが多い戦争だった、と言うように聞こえますね。しかし【実際の日本軍はアジア解放どころか鳥居を立てて神武天皇からの歴史を日本語で教育を始め、逆らう者は赤ん坊でも銃剣で突き殺す、という残虐な侵略行為を行った事実】だということを知らなければいけない。それを、「正義のために戦った」などという、インチキ極まりない、これ以上卑怯な改ざんは無いことをやっているから、いつまで経っても侵略したアジアの人たちが、「日本人は侵略戦争を謝れ!」と言ってくるのです。削除
2007/10/11(木) 午後 2:45masao返信する
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≫反省は必要ですが自分を批判する必要は無いと思いますよ。>反省とは自己批判の異名である。自己批判の無い反省などと言うものは、「1番から9番間で巨人軍に選手で固めた西武ライオンズのようなもの」で、これを西武ライオンズとは言わないでしょう。それと同じように、今だに、「アジアのための正義の戦争」などという、間違った発想をしているのは、はまかかさんが、自己批判しない反省をしているからです。戦争に行った軍人の中には、出だしはそういう正義感で戦争に参加した軍人もいたようですが、【実際に行った行為は、アジアを植民地化して歴史教育、日本語教育、天皇崇拝を通しての【日本人化】という行為だった。】という侵略行為だったのです。削除
2007/10/11(木) 午後 2:45masao返信する
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≫今増えている右翼的思想の人達は日本が誇りを持つべきだといいたいんでしょう>真の誇りとは、日本が犯した残虐な侵略行為を「無かったことだ」と改ざんして謝らないことではない。この行為はむしろ恥ずべき行為です。恥べき行為をしているのにそれを「日本の誇り」などと言ってる右翼の連中は、【日本人の誇りなどひとかけらも無い、恥ずかしい日本人なのです】・≫逆に左翼的思想の人達は戦争反対とか世界平和とか理想を掲げるのはよいですが闇雲に戦争を拒絶し現実を直視していないように思います>・「戦争反対」や「世界平和」を掲げる人を左翼的というなら、侵略を正義だとうそぶく右翼思想の人間以外の『正常な人間』は、全て左翼的思想と言うことになり、この考えは100%明らかに間違いです。【『戦争反対』『世界平和』を願うのは正常な人間の、自然な感情の発露であり、右翼的とか、左翼的という左右どちらかの領域に入る類のものではない。】・削除
2007/10/11(木) 午後 2:46masao返信する
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≫闇雲に戦争を拒絶し現実を直視していないように思います>これは、戦争を場合によっては支持する、とも聞こえますが、先の戦争反対・世界平和を左翼的と決め付け、批判しているはまかかさんの考えは、太平洋戦争に対して、「自己批判の無い反省」をしていることから来ているものと思います。日本軍人を自己批判をしていない為、太平洋戦争での日本の行為が「悪いことをした」、と言う認識が心の中にないので、戦争に対して嫌悪や拒否する気持ちが生じないのだと思います。その為、戦争をするかしないかの判断が、現状(現実)に流されやすく、場合によって起こしてもよいものだ、と、簡単に決定してしまうのであると思われます。戦争反対・世界平和という一般的で普通の思想を、左翼的だと「偏った考え」として判断しているのも、はまかかさんが今まで、日本軍が行ってきた残虐行為を全く直視してこなかった事を示しています。削除
2007/10/11(木) 午後 2:47masao返信する
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何故なら、【日本軍の残虐行為を直視すれば、いかに戦争と言うものが悪い行為であることが明白に自分の心に刻み込まれるはず】だからです。そして戦争に対しても、≫闇雲に戦争を拒絶し現実を直視していないように思います。>と言うように、戦争を、「時にはしても良い、」ということを思うはずが無いからです。≫どっちもどっちだなと私は思います。一番性質が悪いのが私見たいないい加減な人間なんでしょうけど。 >確かに、いい加減ですが、極めて「典型的な日本人的発想」と言う感じがします。即ち、深く考えないで、どっちも悪いじゃん、と正・悪を分けようとせず、現状に流されるーこれが日本人の典型的な発想だと思います。はまかかさんが、キリスト教をきちんと信仰すれば、このいい加減な所は無くなると思います。私は日蓮大聖人の仏教を信仰していることと、病気による生活状況が、このように考えを掘り下げていく人間になったと考えています。削除
2007/10/11(木) 午後 2:50masao返信する


≫日本人が過去にやった事を推測でどうこう言うのはやはり卑怯な事ではないかと思います。>はまかかさん、卑怯なことではないですよ!嫌な過去を都合よく消してしまう事が卑怯なことなんです。過去にいつまでも囚われるのはいけないことですが、過去の事実を伝えないのは、もっと良くありません。過去を推測で言うのは卑怯なことではありません。時に推測は必要なことです。何故なら、今現在から、過去を知るには、情報と、それを基にした推測が必要だからです。過去のことは全て今に残ってるわけではありません。だから残っている情報だけでは、どうしてもピース(小片・部分)が欠けていることが出てきます。そういう時は、その欠けている周りを見て推測すれば、高い確立で合うと思います。ジクソーパズルのように。だから推測だからと言って卑怯とはいえません。時に必要なんです。削除
2007/10/12(金) 午前 2:21masao返信する
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最後に、≫規模の小さい戦争>言いましたが、そうかもしれませんね。ブログの喧嘩が小さな戦争だとすると、批判のやり取りは、国家間での非難の応酬、と言うことでしょうか。では、武器を使った戦争は何でしょう。?ブログで言うと、redpurgeが、この上の、jinnelouさんのブログでやった「一気に1200以上の書き込み」などが相当するかもしれない。ということは、redpurgeは国で言うと、ヒトラーのドイツや侵略した軍国主義の日本に当たるかも知れない。しかし、醜い喧嘩であっても、やり取りしてるのは効果があると思います。上で、僕にはしつこい大量書き込みが無い、という理由に、僕が強いから、と言いましたが、もう1つ、僕が他のブログよりredpurgeの書き込みに答えている、と言うことも理由にあるのかも知れません。即ち国で言うと、応酬し合っても、対話のルートが切らないで対話を続ける、と言うことに当たるかもしれない。国と国が戦争をするときには、両国の対話が無くなってることが多いことを考えると、醜い小学生の口げんかに見えたとしても、意味がある、と言うことなのかも知れません。削除
2007/10/12(金) 午前 2:21masao返信する


はまかかさん、≫あの戦争が誤りであったという事であれば当時の日本政府はどうすればよかったのでしょう?>それは、①明治43~44年(1910年)から始まった「日帝36年」と命名されている朝鮮の植民地化を中止し、全て撤退する。②中国に造った満州国を無くし、他の中国大陸からも、日本人は全て撤退する。この2つをやっていれば、太平洋戦争は無かったでしょう。≫変に美化するのもどうかと思いますが、全てを否定するのもやはりおかしいでしょう>・【日本軍がやった残虐侵略行為に、「美化」などという言葉は存在し得ない。】削除



はまかかさん、続きです。≫とにかく戦争時の贖罪を何で今の日本人がしなければいけないのか、道理が全く解りません。>それは前に書きましたが、今の我々日本人は、戦争をした日本人から生まれてきているからです。戦争をした日本人が子供を生まなければ、今の生きてる我々日本人は存在していないからです。即ち、今の日本人には【侵略して虐殺してきた日本人の血が流れているのです】だから、我々が謝っても間違いではありません。≫今の日本人の考え方とかいい加減さとかお嫌いのようですが私はそここそ日本のよい所だと思っています。>・好きとか嫌いではない、【正しいことか、間違っていることかどうかだ。大切だ。】・今の、当時の戦争行為を都合のいいように解釈する日本人は、間違っている、と思うからそれを正しくしようとしているだけです。削除
2007/10/13(土) 午前 2:29masao返信する
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≫ 私はそここそ日本のよい所だと思っています。>確かに、欧米の、キリスト教的な、「すぐ白黒を付けたがる」発想は、時に、問題を拡大したり、深刻化したりします。しかし、問題を全てあぶりだす為、問題の根本的な解決につながるので、返って早く問題が片付くきます。それに対して、≫今の日本人の考え方とかいい加減さとかお嫌いのようですが>という、考え方は、争いを回避する、と言う効果があると思いますが、問題をいい加減にしているため、いつまでも、根本的な解決ができないで、問題を長く抱え込むことになってしまう。今の日本が戦後62年も経ったのに、同じ侵略したドイツと比べて戦争問題の解決が進んでいないのは、この【いい加減さ】にあると思っている。だから、僕は、このように、いい加減いしないで答えているのである。削除
2007/10/13(土) 午前 2:29masao返信する
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畜生犬1号redpurge、そういえばエイの干物の時も私が教えてやったんじゃないか。尿毒は「海坊主」とか言ってなかったか? >お前は輸入小麦の件でもそうだが、的確で正しいことを言う、鋭い所が結構ある。これはお前の正常な部分だ。しかし、自分に当てはまる欠点を、遠慮せずに相手にぶつける姿には異常を感じる。普通の人は、まず、自分にある欠点を他人に言うときは、まず、自分でその欠点を直してから相手に言うか、直してない段階で言うときは、自分もその欠点を持っているために、遠慮と言うか、強く相手に言えないものだ。それが正常な精神状態なのだ。しかし、お前にはそれが全くない。無邪気と言うか、純粋と言うか、邪念が全く感じられないのだ。だから、逆にすごく異常性を感じる。書き込みを見てると、わざとそうしているのではなくて、それがお前にとっては自然にできているようにみえるのだ。だから、お前の中には、正常な部分と、異常な部分が、同居している。削除
2007/10/13(土) 午前 2:43masao返信する
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jinnelouさん、有難うございます。≫中畑はこっちじゃやけに威勢がいいんだな。>と言うことですが、つい最近までこっちは全く閑古鳥でした。急に忙しくなって僕自信ちょっと驚いています。きちんとコメントしているからかもしれません。削除
2007/10/13(土) 午前 2:47masao返信する


はまかかさん、≫まず、いつ過去の日本の行為を私が正当化したんでしょう?>それは、沖縄集団自決の記事でのあなたの、「今の日本政府や国民に責任は無いので沖縄にも中国にも韓国にも北朝鮮にも謝罪する必要は無いと思います。いつまでも過去のことをグジグジ言うな!当時の軍の責任なんかどうでもいい。ですかね。」という、発言です。≫日本も戦争したのは事実ですが何で日本だけ悪なんか?って思っているんです ~云々>これは、よく藤原や西尾らの日本の侵略戦争を否定する評論家がTV朝日の「朝生」で発言していた論理と同じですね。これは、前にも書いたはずですが、誰も悪いことをしても謝らないから、俺も謝らなくてもいい、と言う論理では、互いが互いを見合って誰も謝らない。そうすればいつまで経っても解決しない。ドイツもイギリスもフランスもポルトガルもスペインもオランダも、多くの国が他国を侵略して植民地化している経験がある。だからそれを取り上げて謝罪しなくて良い、と言う考えでは、どの国も謝罪しなくて良い、と言うことになる。それではどこの国も解決しない。他国を見て謝罪を決めるのではなく、自ら、判断して決めるべきである。削除
2007/10/13(土) 午後 6:04masao返信する
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≫日蓮聖人もキリストも別に偉いなんて思いませんね。勉強する執拗が無ければする必要も無いでしょう。>これは難しいですね~、あなたの言うように、興味がなければ関係ないですからね。例えば、未だにジャングルで裸同然で暮らしている原住民から見れば、核問題とかオゾン層破壊、地球温暖化とか(暑くなってるなぁ~とは感じるでしょうが)バイオ燃料、とか、携帯、パソコン、TV、新聞、民主主義、資本主義、知らなくても普通に暮らしてますからね。はまかかさんもそれと同じです。≫勉強する必要が無ければする必要も無いでしょう。>・今のままで良いならそれでいい、ということです。削除
2007/10/13(土) 午後 6:05masao返信する
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≫ほんとにいたのかさえ疑わしいです。会ったことも無い人を何故そこまであがめられるのか理解できません>そうですね。余りに人間離れしているからそう思う人もいるかもしれないでしょうね。でも、確かに存在したことは事実です。それは、まずイエスのことを話すと、イエスが生まれる以前には、【自分を殺すほどの相手を“愛しなさい”、と言う発想をすることは、それまでの人間にはできなかった】と言うことです。イエスが生まれて、十字架に貼り付けになって、イエスが自分を貼り付けにしたローマ兵に対して【神よ、彼らを許したまえ、彼かは何をしているのか分からないのです】と言って死んでから、この「敵を愛する」という発想が生まれたのです。この発想は、精神がとてつもなく高い人でなければそう思えないし、発想すらできなかったでしょう。削除
2007/10/13(土) 午後 6:06masao返信する
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日蓮大聖人の場合は【南無妙法蓮華教】という、大宇宙の法則でもあり、地・水・火・風・空という地球を妙法蓮華教の5文字で表し、頭は妙・喉は法・胸は連・腹は華・足は経、というように、人を、妙法蓮華経で表し、人、、地球、宇宙、を、南無妙法蓮華経の、5字、7字で表すことが、普通の人にできたでしょうか?大宇宙と一体化し、その身に『悟り』を生じなければ思えることではありません。だから『存在した、と言える』のです。≫結局伝言ゲームと同じで今の聖書がどれだけ信憑性があるか疑わしい限りです。>・伝言では、先ほどの『汝の敵を愛せよ』という高い発想は、何兆回やっても到達しません。羊が何千回と世代が変わっても、ライオンにならないのと同じことです。削除
2007/10/13(土) 午後 6:06masao返信する
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≫極論で言うと現代に宗教は必要ないとまで思います。>・確かに無宗教でも生きていけますが、何故人は宗教が必要なのか。大変難しい問題です。上で書いたように、【この世の中に、高い精神があることを、自分の発想の中に取り入れ、少しでもその高みに自分を引き上げるため】ということが僕の考えです。だから現状維持で良い、という人や、世の中に詐欺や殺人、広くは戦争が無ければ、宗教は無くてもいいと思いますが、もっと成長したい、という人がいる限り、詐欺や殺人、戦争が無くならない限り、もっと人間の成長が必要なため、現代には宗教が必要だと思います。≫別に日蓮が池田大作でも麻原でも同じでしょう。宗教なんぞ生活に関係ないのでどうでもいいというのが本音ですね。>この発言は、いかにあなたが宗教に無知なのかを、明確に示していますよ。それぞれの人生の歴史を勉強すれば、このような書き込みは恥ずかしくてできないでしょう。≫宗教なんぞ生活に関係ない~>それはあなたが宗教をしていないから分からないんです。僕は信仰していなければ死んでいたかもしれません。それぐらい人生に大きな影響があります。削除
2007/10/13(土) 午後 6:07masao返信する


redpurge!お前の言う「審判」というのが、2つの意味があると思い2種類書いたのだ。1つは、「天の審判」という意味。すでに書いた。2つは「裁判」という意味だ。即ち「東京裁判」のことだ。従軍慰安婦も731も、この裁判では取り上げられていない。≫ションベンが自由にバカを言う権利は日本国が与えている。>自由にものを言う権利は人が生まれたときから誰もが与えられたもの。国が与えるものではない。もっと根本的なものだ。≫短いが腎臓が再発するまで働いて自立したことがあるだから、≫世話になってばっかりじゃねぇか。>ではない。お前はどうなんだ?親に養われずに一人で社会に出たことあるのか?人にこう批判するならお前のことも書け!≫早いとこお前が今まで書いたエントリのマニュアル本を書けや。>何故これをしなければいけないんだ?お前の捻じ曲がった心で見るから俺の記事が信じられないだけ。マニュアル云々する前に、『お前の心を治せ!』それが先だろ?≫それともサヨサイトからの受け売りか? >サヨサイトとは何だ?教えろ!見てみたい。削除
2007/10/13(土) 午後 7:21masao返信する


redpurge!≫おいションベン>腎臓=ションベンか。≫自由に祖国をバカにする権利は高度に民主的な社会でしか実現されてないんだ。>死を覚悟すれば軍事独裁政権でも言えるぞ。>しか実現されてないんだ。>実現して無くても発言すればいい。殺されてもいいと決意をすればどんな体制でも関係ない。≫生きている価値のない愚か者だ。>もし俺がそうなら、お前はとっくに死んでいなければいけない。>東京裁判では当時なかった罪ですらでっち上げられて私刑になった軍人もいるんだぜ?>B・C級裁判を指しているのか?具体例を挙げよ!戦場売春みたいな公然と行われていた事が問題になっていたら、当時裁判で取り上げられないわけないだろうよ?>東京裁判は「1946年5月3日より審理が開始し、1948年(昭和23年))11月4日、判決の言い渡しが始まり、11月12日に刑の宣告を含む判決のいい渡しが終了した。」という性急な裁判で、太平洋戦争全てを網羅するには余りにも短すぎて≫当時裁判で取り上げられないわけない>と考えるのは無理がある。削除
2007/10/13(土) 午後 8:17masao返信する



日本の侵略は否定も肯定もしません。なぜなら推測でしか言えないからです。戦争体験者の話は腐るほど耳にしていますがそれはその人の視点でその人の見方でしかないのです。それを自分の意見のごとく言う人を私は蔑みます。人の振り見てわが身を正す事しか我々はできないのです。過去の日本と今の日本は違う国だと思っています。自分の先祖のしたことを常に贖罪しなければならないのなら、殺人犯の子や孫は償わなければなりません。そんなバカな話は無いでしょう。他国への謝罪についてですが他の国がしないのに何で日本だけしなければいけないのかって言う論理が倫理観にかけると批難されようとするべきではないと思います。削除
2007/10/13(土) 午後 9:10ham**aka30*0返信する
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仮に日本が過去の過ちを認め心より謝罪いたしますと言ったところで中国や韓国、北朝鮮が金のせびりをやめるとは到底思えません。何の徳があるのですか?日本がいい人ぶれば他国も良くなる?まずありえません。そんな主張にたぶらかされて私たちが日々働いて払っている金をむざむざ渡すなんてことは愚かの極みと思います。国家間交渉は道徳観ではなく駆け引きです。汚かろうとなんだろうと守るべきものは守らなければいけません。今日本に必要なのはそういった戦略の部分であり、倫理観や道徳観ではないと思います。削除
2007/10/13(土) 午後 9:11ham**aka30*0返信する
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私の伯父が【神風特攻隊第二期生で沖縄から出撃して死んだ】からであり、私はその遺族だからだ。だから私には太平洋戦争全てを語る資格がある。←私は被爆三世ですがそうは思いません。直接話を聞こうと遺族であろうと想像の域は脱することはできませんし、同じ戦争体験者でも感じ方が全然違うので一つの意見を鵜呑みにしてしまう事は大変危険であると私は思います。考えることは非常に重要だとは思いますが決め付けることは良くないと思います。削除
2007/10/13(土) 午後 9:16ham**aka30*0返信する
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はまかかさん、≫変えたいことに対して動くべきであって宗教なんかをよりどころにするのは弱い人の言い訳だと私は思います>これはあなたがいかに恵まれた人生を歩んでいたかを示しています。僕も「ネフローゼ症候群」という現代医療では完治できない難病に罹っていなければ、宗教はやっていないと思います。僕は遊ぶのが好きな人間ですから。≫宗教なんかをよりどころにするのは弱い人の言い訳だと私は思います>僕から見ればあなたは、ただ、自分が解決しようと思えば解決できる程度の困難しか遭遇していない人、ということです。僕は病院で、この世に中には努力してもどうにもならないことがあることを体験しました。削除
2007/10/13(土) 午後 9:58masao返信する
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≫どんなに崇高な教えを知っていたからといって結局redpurge200l とのやり取りからしても敵を愛す姿勢にはなれないということを証明していると思います。>そのとおりです。それが人間だと思います。だから、『イエスが存在した、と言えるのです』普通の人では発想できないし、行動するのは不可能と言っても良いぐらい、とてつもなく難しいことだからです。≫キリストの言ったことも日蓮が言ったことも私は綺麗事に過ぎないと実生活を通して心から思います>確かに、実現不可能と思えることを説いていますからね。でも、綺麗事かもしれませんが、少しでも、近づこうと努力している人たちがいるのも事実です。私もそうです。≫無知でバカなのも否定はしませんが>無知なのは勉強していないからです。勉強すれば、はまかかさんも無知ではなくなります。≫神も仏も信じない姿勢は死んでも崩さないつもりです。>・自分のことを「いい加減」というあなたが、どうして、宗教に関しては「死んでも崩さない」と真剣、いい加減ではないのですか?削除
2007/10/13(土) 午後 9:59masao返信する
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≫悟りだのなんだのってそれがそんなにすごい事かって思います。>ほんとに全てを悟った人は少ないですから分かりませんが、日常でも「小さく悟る」ことは、良くあることですよ。僕も、よく分からなかったことが、TVを見ていたり、散歩をしたり、祈ってる最中に、「そうだったのか!」と小さく悟ることは良くあります。そしてその後は、頭のもやもやが晴れる気がします。本当の悟りはどれほど良いのか分かりません。≫彼らに何が出来たんでしょう?私から言わせれば彼らは何もしていない。少なくとも私には全く影響を与える事ができない。>信じる人には多くを与えたと思います。特に精神面で。私がそうですから。信じない人には何も与えていないかもしれません。これは良くは分かりません。はまかかさんがそう言うならそうなんでしょう。削除
2007/10/13(土) 午後 10:00masao返信する
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≫池田大作は優れた金錬術師で尊敬に値しますがせっせと金集めに踊らされている信者はバカとしか言いようが無いと思っています。 >そうですね。確かに池田大作氏は金を集めるのが上手いですね^^;僕が家族に中で池田大作を批判して学会から脱会したのは、病院に入院する時間が多く、その分学会の(池田の)マインドコントロールに会わずにすんだせいかもしれません。≫せっせと金集めに踊らされている信者はバカとしか言いようが無いと思っています>確かにそうかもしれませんが、学会の信者は、池田を崇拝に近い尊敬をしていますが、信仰は、日蓮大聖人が現した、ご本尊に南無妙法蓮華経を唱えて、御書(ごしょ=聖書に当たる)を読んで信仰していますので、完全に操られているわけではありません。池田を信仰しているわけではないのです。それに近い状況ではありますが。削除
2007/10/13(土) 午後 10:00masao返信する


はまかかさん、≫戦争体験者の話は腐るほど耳にしていますがそれはその人の視点でその人の見方でしかないのです。それを自分の意見のごとく言う人を私は蔑みます。≫私は被爆三世ですがそうは思いません。>それは全てあなたの心が全て閉ざしている原因で、あなたが、遺族だと思えば遺族になるのです。それはあなただけが決めることです。私は遺族です。伯父が若くして死んだため、我々一族が明らかにその影響を受けたからです。あなたが遺族と思わないのは3世で、原爆の影響が全くないからでしょう。≫戦争体験者の話は腐るほど耳にしていますがそれはその人の視点でその人の見方でしかないのです。>それを「その人の見方でしかない」とみるか、体験を事実と受け取るか、聞いた人によるのです。真実は『体験を話している本人は体験した事実を話している』ということです。削除
2007/10/13(土) 午後 10:24masao返信する
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redpurge!≫裏を取れ の意味も分からないのか?>それはお前のことだろう?≫「見た」と言うだけで何の証拠にもなるまいが?
お前は以前も「慰安婦証言があるから証拠、だけどお前が言ったことは違う」とかふざけたことを抜かしていたな。>・俺が見たのはTVで流された当時の現実の映像だ。お前は、例えば、『1975年・昭和45年の安保闘争の映像』が流されたら、これはほんとの映像か?といちいち世界中の過去の映像全て疑って見ているのか?≫慰安婦証言があるから証拠、だけどお前が言ったことは違う」とかふざけたことを抜かしていたな。>どこもふざけていない。俺は現実に体験している人の言葉を信じて、お前は信じない。俺は証拠が出ないのを『軍が燃やしたから出ない』と判断して、お前は証拠が無いのは『従軍慰安婦がいなかったからだ』と判断している差が出ている、ということだ。そして俺はそんなお前のことを、『体験している人が現実にいると言うのに、それを信じないで、軍の策略の方に引っかかったバカ』と思っていると言うことだ。削除
2007/10/13(土) 午後 10:53masao返信する
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≫そういえばいずみちゃんどうした(笑) >卑怯犬1号redpurgeよ!≫「I」っていずみちゃんのことだろ。ちゃんと彼氏もいる自称高校生に対して何をさかってんだバカ。>いずみに彼氏がいることをよく知ってるな。そういえばお前は、俺を批判するためにいずみのブログで書き込んでいたが、俺がそれをいずみに悪いといずみのブログに言った後もせっせと通っていたらしいな^^;そしていずみのブログでのお前のコメント。どうしてああもここと違うのか。盛っていたのはお前のほうだろ!いずみと会話したいのなら、いずみのブログで俺がコメントしても、俺に批判をしたりちゃちゃいれたりするな。お前がそれをすると、いずみのブログが荒れるから俺はいけなくなる。そうするとお前は1人ではいけなくなるから、いずみと会話できなくなる。だから、いずみと会話したければ、俺がコメントしても知らん振りして自分のコメントを入れろ。そうすれば、お前が俺に関わらなければ、俺もいずみのブログにいけるのでお前も、書き込みしやすくなる。お前が決めることだ。お前がいずみで俺の批判を止めない以上、俺はいずみのブログへは行けない。削除
2007/10/13(土) 午後 10:53masao返信する



redpurge!過去の映像全てを疑え、>お前疲れないか?そうやって生きてて。お前が疑っているのは過去の映像だけではあるまい。人も全て疑っているではないか!ここヤフーのブログのように。いずみの件どうなんだよ!お前が批判しないなら俺は安心して訪問できる。もちろんお前が来ても無視する。いずみにところで会話したくないからな。お前と会話するとすぐ喧嘩になるからだ。だから、俺はお前が来ても俺から語りかけたことは無かっただろう?それは喧嘩になるからだ。どうなんだよ?削除
2007/10/13(土) 午後 11:16masao返信する


redpuege!≫過去の映像から、余人にああしろこうしろと言うのなら自らの正当性を疑え。最低限、その映像とナレーションに嘘がないか調べろ。>これはお前達により強く当てはまることだ。特に、お前達否定者は、信じている俺以上に裏が取れまい。むしろ都合のいい情報だけ信じているのはお前達のほうだ!≫自らの正当性を疑え。>正当性?何でそんなことを考え無ければいけないんだ?俺はここで自分が正しいと思ったことを主張する。間違っていると思うことを正す。それだけだ。≫最低限、その映像とナレーションに嘘がないか調べろ。>頭に入れておこう。≫お前は世に何かを問う器ではないわ>そう思えばそう思えばいい。俺は器であると思っている。削除
2007/10/14(日) 午前 0:06masao返信する



それを「その人の見方でしかない」とみるか、体験を事実と受け取るか、聞いた人によるのです。真実は『体験を話している本人は体験した事実を話している』ということです。 >事実を語っていようと体験した人でない限り貴方にとっては聞いた話に過ぎないでしょう。感情の移入度合いは関係ないと思いますが。遺族だろうと関係ないですよ。ちなみに心は別に閉ざしてないですよ。削除
2007/10/14(日) 午後 6:32ham**aka30*0返信する
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はまかかさん≫優劣をハッキリさせたりすることが出来ないと相手を尊敬する事ができないと思います。ある程度人間関係が出来たならば率直に俺はお前よりも優れていると言う事も真の友達の証だと言えないでしょうか?>ということですが、優劣できると言うのは上下関係ですから、その関係は友達とは呼べないでしょう。人間関係があれば、≫お前よりも優れている>と言うのも、良いでしょうが、優劣がはっきりしている状態でこれを言うと、関係は壊れますよ。
≫というかここまでくるとredpurge200lさんとMASAOさんは友達に見えなくも無いですけどね。>友達になるには、相手に対する尊敬と、信頼、そして考える方向性が一致しなくても、同方向を見ていることが必要だ。「相手に対する尊敬」の関しては、なかなか出来る奴だな、と感心する所はあるが、卑怯な人間なので、尊敬はしていない。「信頼」に関しては、信用できないので無い。「同方向を見ている」に関しては、全く見方が真逆なので見ていない。従って今のredpurgeでは友達には永久になれないだろう。削除
2007/10/15(月) 午後 7:00masao返信する
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優劣があろうがなかろうが友人は友人だ。バカっつら。
お前はあらゆる面において同等の人間にしか友情は生まれないと思っているのか、クソトンマ。
お前の病気は身体でも、精神でもなく、思想だ、泥ションベン。削除
2007/10/15(月) 午後 7:04[ r*d*u*g*2*0l ]返信する
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redpurge!≫優劣があろうがなかろうが友人は友人だ。お前はあらゆる面において同等の人間にしか友情は生まれないと思っているのか、≫表面を言っているのではない。「心」を言っているのだ。心に優劣がある限り友人とは言えない。心で共有するならば、友情は地位、名誉、階級、財産の格差にかかわらず成立するだろう。削除
2007/10/15(月) 午後 7:57masao返信する


表現の仕方は賛成できるものではありませんが、 redpurge200l さんのほうが全体的にバランスの取れた考え方をしているように思えます。私は馬鹿なやつには馬鹿だとはっきり言ってやりますし、自分が出来て友達にできない事があれば思う存分自慢してやりますし、また逆もあります。でもそんなに人間関係がうまくいっていないとも思いません。キャラの問題ですかね?ノリって大事ですからね。削除
2007/10/15(月) 午後 11:06ham**aka30*0返信する
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優劣は上下関係?理解しかねます。ある部分ではそいつよりも優れ、ある部分ではそいつよりも劣る。当たり前な事なのでそれで人間の上下なんて生まれませんよ。友人関係に限らず人間関係って言うのはそれこそいい加減なぐらいがちょうどよく、深く考えるとろくな事無いと思いますけど。感性と感性でうまくいくやつとはうまくいくうまくいかないやつとはうまくいかない。そんなもんでしょう。因みに同じ方向を向いていない友達も私の周りには結構いますが、友達と思っているのは私だけですかね?ははは。
redpurge200lさんとは私の友達の概念で言えば友達だといえます。中々こんなに長い時間会話する関係って無いですよ。喧嘩するほど仲がいいってよく言いますし、照れずに喧嘩友達である事を認めてはいかがですか?お二人とも。ははは。削除
2007/10/15(月) 午後 11:15ham**aka30*0返信する
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優劣がはっきりしている状態でこれを言うと、関係は壊れますよ。
馬鹿に馬鹿とかブスにブスとかハゲにハゲ言ってはいけないというのが人間関係構築セオリーみたいですけど、自分のことで言うと私は基本的に逆をいくようにしているようです、意識しているわけではないですがオチョクッタリしながら距離感をはかる事が多いですね。それで30年以上人間やってますからそういうのもありかと・・・。削除
2007/10/15(月) 午後 11:21ham**aka30*0返信する
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話はぐっと遡りますけど日蓮が地球や宇宙について知識の中にあったのでしょうか?仮に彼がそんなことを言っているとするならばそれは現代人の宇宙の意識に比べると随分スケールが小さいものと思われます。彼が現代にいたとして当時と同じように悟ったと言えるでしょうか?何も知らないだけでしょう。キリストも然りです。そんなに偉くは無いでしょう。って言うか奇跡を起こすって言う時点で物語に過ぎないと子供のころから思ってました。削除
2007/10/15(月) 午後 11:29ham**aka30*0返信する
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これも話は戻りますが戦時中の日本全てを批判しますか?強制であれなんであれ当時の国民全員が戦争に参加していたのです。政府や天皇のせいにだけするのは随分自分勝手すぎるのではないかと思います。戦争は悲惨なものであり、二度と起こしてはいけないという理想はいいと思いますけど、戦争をしていない時代なんてここ数十年だけですよ。自分がする気はなくても巻き込まれる危険性はあるわけでその時どうすべきかもリアルに考えるべきではないかとも思いますが。削除
2007/10/15(月) 午後 11:39ham**aka30*0返信する
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あなたが遺族と思わないのは3世で、原爆の影響が全くないからでしょう。>まあ随分な言われ様ですね。うちの爺さんが原爆食らっていようと私にはたいした被害が無いから遺族ではない?そうなんですかね?結局直接的な被害の無かったやつに語る資格が無いとおっしゃるならば、現代人に戦争を語る資格は無いということになり・・???。長崎の父や母の戦争話をよく聞かされますが被害が無かったから遺族ではないと私は考えている???そうなんですかね~。だから私はいい加減で貴方はそうではない???ということですか?全く理解できないしやっぱりいい加減な方がいいと思ってしまいますね。わかってないのにわかったようなことって言いたくないですからね。削除
2007/10/15(月) 午後 11:47ham**aka30*0返信する


はまかかさん、あなたが遺族と思わないのは3世で、原爆の影響が全くないからでしょう。>まあ随分な言われ様ですね。うちの爺さんが原爆食らっていようと私にはたいした被害が無いから遺族ではない?そうなんですかね?>ということですが、僕がこういったのはあなたが『自分は遺族とは思わない』とおっしゃったからです。だから、原爆の影響が無いから戦争のことは思わないんだな。と思ったんです。ようは、どんな被害を受けても「自分は遺族じゃない、」と思えば遺族では無いと思います。被害が無くても、はまかかさん自身が、「自分は遺族だ」と思えば遺族なんです。3世とは言っても一族が原爆に関わっているのですから。削除
2007/10/16(火) 午後 5:00masao返信する


はまかかさん、≫話はぐっと遡りますけど日蓮が地球や宇宙について知識の中にあったのでしょうか?仮に彼がそんなことを言っているとするならばそれは現代人の宇宙の意識に比べると随分スケールが小さいものと思われます。彼が現代にいたとして当時と同じように悟ったと言えるでしょうか?>スケールが小さいと言うのは全く逆です。日蓮大聖人は、この宇宙のことを『無始無終』と説いています。即ち【この宇宙は始まりも無ければ終わりも無い、】と言うことです。それに対して今現代は「この宇宙はビックバンから始まった。」となっています。しかしこれは考えると矛盾が生じる理論です。例えば『ビックバンより前は何があったか。』ということです。そしてそれはどのようなもので、いつから出来たのか。そしてビックバンより宇宙は広がっている、と言いいますが、これだと『宇宙はどこまで広がるのか、行き止まりはるのか、あるとしたらそれはどういうものか、その行き止まりはいつできたのか、行き止まりの広さ、厚さはどのぐらいあるのか、等等、矛盾する事だらけで、きりがありません。削除
2007/10/17(水) 午前 10:53masao返信する
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だから結局始まりを有限にすると、終わりも有限にするしかなく、突き詰めると矛盾が生じる。だから宇宙は無始無終にするしかないのです。これに750年前に気付いた日蓮大聖人は、『悟った』と言えるのです。だから未だに現代は、日蓮大聖人に追いついていない、と言えるのです。≫何も知らないだけでしょう。>日蓮大聖人は『久遠元初(くおんがんじょ)』に悟った『御本仏』です。≫キリストも然りです。そんなに偉くは無いでしょう。>イエスは神(天)から使わされた神の子です。≫って言うか奇跡を起こすって言う時点で物語に過ぎないと子供のころから思ってました。 >確かにイエスの奇跡は理解が難しい所がありますが、比喩的にいってることが殆どです。後はイエスを神格化する為にマタイ・ヨハネ等弟子達が大げさに書いたのではないかと思っています。しかし、イエスの残した言葉だけはまねはできません。信じて良いでしょう☆削除
2007/10/17(水) 午前 10:53


沖縄集団虐殺は日本軍の虐殺行為を証明した【2】
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2007/10/2(火) 午後 3:00
第二次世界大戦

森兵男といいます。元海軍下士官です。失礼ながら、トラックバックさせていただきました。沖縄戦では、軍は住民に多大な犠牲を強いて、逃げ回ってばかりいました。今頃になって、一部旧軍人が自分たちは壕のなかばかりにいたくせに、名誉回復だとか言って訴訟をおこしています。背景には自由主義史観研究会などいて、その意図は明らかです。軍が直接住民を殺害した例は少ないですが、住民から壕や食糧を奪ったり、まるで中国人の苦力を扱うように使役に使ったことは紛れもない事実です。削除

2007/10/7(日) 午前 11:23mor*_ta*eo*s*u返信する



coffee、続きだ。≫それと、便衣兵を殺すために一般支那家族全て虐殺したという事実は全くない。便衣兵の摘出作業(平民分離作業)は、精確に行なわれたよ。>coffeeよ、お前が戦争中の兵士が、敵と戦っている最中に、(お前が言う「平民分離作業」とやらが)【精確に行うことができると信じてること自体、戦争と言うものが全く理解していない、ので、戦争の記事を書く資格はない!】殺し合いをしている最中に、精確に分けるなんて事が出来る訳がないだろうが!精確というのは、精密で正確、と言う意味だぞ!【正確よりももっと精密と言うことだぞ!そんな精密なことが殺してる最中に出来るわけないだろうが!】しかも、多くの婦女子を強姦しているのはどう説明するんだ?便衣兵は男のはずだろうが!この実体験の証言を見よ!
【加害者側の元日本兵は次のような証言をしている。】削除

2007/10/15(月) 午前 1:19masao返信する
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【* 悪いことし放題じゃった。十人おって九人まで強姦しとらん奴はおらん。自慢話にもなっとる。慰安婦、慰安婦いうて、三十人くらいの女をたいがいの部隊では連れ歩いておった。pp276
* (強姦した中国の女性は)十人じゃきかんわと、三十人くらいじゃろうか、ようは覚えとらん。それは勘弁してくれ・・・・・。第一線部隊はそんなもんじゃ。(『南京戦』松岡環編より)】
【そして便衣兵自体いなかったとある。】
【南京城内の敗残兵が、「便衣兵作戦」というものを計画していたとか、城内で日本軍が私服による戦闘行為に遭遇したという記録はない。
「便衣兵」とは、日中戦争当時の用語では「便衣隊」という。
南京城内の「便衣兵」とは、一般の兵士が逃げ場を失い、日本軍に捕獲されても殺されると考えて、軍服を脱いで、市民に紛れ込もうとしたものであった。ひとまずは命が助かりたいための処置であり、計画的に実行された形跡はない。また、実際に「便衣隊」としての交戦行為が行われた記録もない。

南京城内には「便衣の兵士」はいたが、「便衣隊の隊員である兵士」はいなかったと考えられる。削除

2007/10/15(月) 午前 1:19masao返信する
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信夫淳平『戦時国際法講義2』
奥宮正武『私の見た南京事件』p60
(戦史家、元海軍航空参謀、当時海軍大尉として南京攻略戦に参加)
私の知る限り、彼らのほとんどは、戦意を失って、ただ、生きるために、軍服を脱ぎ、平服に着替えていた。したがって、彼らを通常いわれているゲリラと同一視することは適当とは思われない。
http://nagoya.cool.ne.jp/whitecray/doc_okumiya.htm...】
と言うことだ。coffeeよ!よく考えて、考え直せ。削除

2007/10/15(月) 午前 1:20masao返信する


松岡環・まつおか たまき 1947年生まれ。小学校教員。88年以降、南京を30回以上訪中、現地調査や聞き取りをおこない、現地での追悼集会や日中共同研究集会などに参加。93年より日本各地で中国人幸存者の証言集会を開き、95年からは「南京大虐殺絵画展」も開催。97年より同志とともに、南京戦に参加した元兵士の聞き取り調査を始め、近畿各地で約200人と面接、それを集大成した「証言集」を昨年7月に上梓。「南京大虐殺 60ヵ年全国連絡会」共同代表。【インタビュー・構成 池島砧】削除

2007/10/15(月) 午後 6:33masao返信する
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≫奥宮の「思われない」という言葉は奥宮の文章が個人的な主観に過ぎない事を表している。>奥宮のは事実を基に導き出された必然性からの主観だから、極めて正しいと見てよい。≫はっきりとしている事は「中国兵が軍人としての保護資格を得るための投降をせず、非戦闘員に身分を詐称した」と言うことだ。>こういうインチキな論理がどうして「はっきりしている」と書けるんだ?精神分裂病よ!はっきりと言うなら、お前の言う【「中国兵が軍人としての保護資格を得るための投降をせず、非戦闘員に身分を詐称した」と言う、【はっきりした証拠を示してみろよ!】削除

2007/10/15(月) 午後 6:38masao返信する



redpurgeよ、「何年生まれ」じゃねぇよ。松岡が当時何歳だったか言ってみろ。>まずお前は、人の質問に答えないのだから俺に「言ってみろ。」と言う資格は無いし答えなくよい。が、答えてやろう。お前は戦後生まれだから信用できない、と言いたいのだろうが、それはお前達虐殺日本軍人の家来にも言えること。しかもこの人は、南京に30回以上も訪れて大虐殺体験者に聞いているし、200人以上の体験した兵士に聞いている。だから、作者が戦後生まれだかと言って関係ない、と考えたから答えなかったんだよ。分からなかったか?俺が経歴を書いた意味が。それぐらい分かれよ!どうして松岡環の経歴を書いたのか、浅はかで単純なお前には理解できなかったようだな@_@お前とやり取りすると、一々説明しなければいけないから書き込みが多くなって大変だよ^^;もっと利口になれよ@_@削除

2007/10/16(火) 午後 0:26masao返信する
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≫「はっきりとした証拠」って、どの「南京本」を見ても中国兵が便衣になって民間に紛れ込んだのは大前提だ。>誰がそんなこと決めた?便衣兵などいない可能性が高いと書いただろう?便衣兵が目的ならどうして婦女子を強姦して殺したんだよ!説明してみろ!≫お前も「軍服を脱ぎ、平服に着替えていた。」と参照してるだろうが。>これは国際的に定められている便衣兵の定義を書いたものだ。ググって見ろ!≫、どこがインチキなのか説明してみ?>それはお前の、<はっきりとしている事は「中国兵が軍人としての保護資格を得るための投降をせず、非戦闘員に身分を詐称した」ということだ。>という書き込み、そして俺のところで書いた今までの戦争の書き込み全てだ! そしてそれは【全て事実を認めないで、戦争犯罪を無きものにしようとしている論理が「インチキ」だということだ!】削除

2007/10/16(火) 午後 0:39masao返信する
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≫東中野修道・阿羅健一両氏が本格的な『南京戦』批判を書いた。 東中野氏は言う。
百二名の兵士はみな『匿名』『仮名』なのである」。「誰が証言内容に責任を持つのか。証言内容が真実かどうか第三者的に検証できないようでは、客観的報道、客観的記録とは言いがたい」。「百歩譲って『証言』が事実だとしても、彼らの多くは憲兵の目を逃れて軍紀違反の違法行為を繰り返しながら処罰を免れてきた悪運強き戦争犯罪人でしかなかったことを明らかにしただけなのである。(『諸君』平成十四年十一月号)。>まず、始めに「どうして本来味方なのの批判をしたのか、」と言うことだが、①おそらくお前のような日本人にたくさん攻められ続けて神経質になっているから、その批判に耐える、より精査な資料でないとまた自分達が攻撃されしまうから、という、神経質な状態から仲間を非難する行動に出ていると思われる。ということ。②多くの時間を費やして書いた自分の本より生々しい証言が得られたので嫉妬している。の2つが考えられる。削除

2007/10/16(火) 午後 1:46masao返信する
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さて発言だが、≫百二名の兵士はみな『匿名』『仮名』なのである」>ということだが、これはすぐ分かる。自分がやって来た虐殺行為を語るのだから。【匿名じゃなければ家族が虐められる、等の被害が出るので実名ならば話さなかっただろう】≫

≫阿羅氏は言う。百二名の告白は)ほとんどが一回の取材によるものだけれど、三回取材が行われた人が三人だけいる。かつての兵士が語ったとは思われない言葉が途切れることなく続く。『ソ連製のチェッコ』とある。日本軍を悩ましたのは中国兵がもっているチェッコ軽機関銃だった。チェコスロバキア製だからチェッコと言っていたので、ソ連製のチェッコなどと言う日本兵はひとりもいない」。「告白のなかでは、『パンパン』などという言葉がしばしば使われている。パンパンが、敗戦後、米軍がきてから使われだした言葉であることは言うまでもない。 (「正論」平成十四年十一月号)>ということだが、これこそ、この本が本物であることを示している。おそらく阿羅氏は証言した人が記憶を違えたときは修正して本を出すタイプなのだろう。削除

2007/10/16(火) 午後 1:47masao返信する
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しかし松岡氏は【証言を手直しせずそのまま掲載する手法だったのだ。だから間違ってのそのままにしていた】ということだ。それは戦後の『バンバン』と言う言葉を乗せていることから見ても分かる。おそらく証言者は戦後に『バンバン』という言葉を知ったのだろう。それを、自分が体験した虐殺の証言を現すのに丁度合った言葉だから思わず使ったのだろう。≫日本軍を悩ましたのは中国兵がもっているチェッコ軽機関銃だった。チェコスロバキア製だからチェッコと言っていたので、ソ連製のチェッコなどと言う日本兵はひとりもいない」>ということも、当時の日本兵はシベリア抑留などの経験から、チェコスロバキアより、ソ連のほうが頭に入っていたのだろう。戦前当時の兵士が世界地図を勉強していたかは疑わしい。チェコなどというどこにあるか知らない国より、ソ連製と覚えていたほうがイメージし易かったことは十分考えられる。【この間違いはむしろ、証兵士の体験証言を全く修正してない、と言うことを示しており、虐殺の証拠として、ますますこの著書が信用できる証拠を示してている】削除

2007/10/16(火) 午後 1:47masao返信する



≫二つの論文を読むだけで松岡の「証言集」がインチキであることは明白であるが、さらに驚愕すべき文章が発表された。それは「週刊金曜日」平成十四年十二月二十日号の「南京大虐殺をめぐる二つの空しい書物」という一文である。本多勝一が「まえがき」で次のように書いている。「(南京大虐殺)肯定論者でもいいかげんな作業だと利敵行為になりかねない例の一書をとりあげてみよう」。本多らの「南京事件調査研究会」は松岡の書物を「空しい」「いいかげんな」「利敵行為」と断定したのである。同研究会の小野賢二が詳しく問題点を指摘している。

「(松岡氏らは)むしろ有頂天になっている。まさしく、元兵士は松岡氏らの自己表現の一つの道具でしかなかったのかもしれない」。そして、削除

2007/10/16(火) 午後 1:58masao返信する
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「これほど間違いやおかしな表現の多い本もめずらしい。人間のやることだから間違いはあるが、この本は度を越えている」>ということだが、ここでも、本多勝一や小野賢二が呆れるほど間違いやおかしな表現があるにもかかわらず、全く修正していないのは、“ソ連製のチェッコ軽機関銃”のように兵士が自信が間違って覚えていたことでも修正しないで掲載したから起きたことであると思われる。だからこれは、【いかにこの著書の兵士の証言が、手を加えられていない生の証言であるか、と言うことをよく示しているものであり、信頼が増すことはあっても、無くなることは全く無い。】削除

2007/10/16(火) 午後 2:00masao返信する



redpurge!お前が示したのは≫きちんとした資料批判ではない。単なる批判だ。≫証明とは新たな資料によって松岡の本が真実の記録である事を補足することだ。>新たなしりょうが必要なのはお前のほうだ。【単なる批判】を資料に格上げしたいのなら、【兵士が犯した虐殺を否定する証拠を提示しなければならない】なぜなら、【この兵士の間違いはチェコ製をソ連製と間違える等の「製品の名前の記憶違い」であって、虐殺がなかったと言う嘘とは違いものだ。】だから≫松岡の本ではそれができない、仮名の匿名の間違いだらけだからな。>と言う必要は無い。仮名の匿名は、本名ではない名前であって間違いではない。≫「多くの婦女子を犯して殺した」のが松岡の本からの引用だったとすれば、それすらも起こったかどうか怪しくなる。>ばか者!これは松岡の本に書かれているだけではない。例えば【ベイツは、東京裁判で「安全区国際委員会の報告のみを基にして」、強姦件数を8千件と見積もったと強姦数証言した。
「それより少し前私はずっと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります。」削除

2007/10/16(火) 午後 3:47masao返信する
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「東京裁判速記録第三六号」『南京大残虐事件資料集 第一巻』P50
A little earlier I estimated, very much more cautiously and on the basis of the safety zone reports alone, some eight thousand cases.「The Tokyo War Crimes Trial, 」pp.2633-2634
「報告のみによって見積もりをした」とある。報告の数字の積み上げと言っているのではない。強姦の件数というのは現代の日本でも表に出にくい。被害者が名乗りでない。したがって、報告された以上の数があることは間違いがない。ベイツたち、安全委員会のメンバーはさまざまな証言をもとに安全区の状況を判断し、実数を見積もったと考えらる。削除

2007/10/16(火) 午後 3:50masao返信する
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試みに南京安全区档案から報告数を確認すると、未遂は含まずに強姦は約380人。拉致が54人以上であった。拉致については強姦以外の拉致目的は考えられない。連続して強姦にあったもの、輪姦、拉致後の強姦回数がわかっているものを勘案すると290件以上これに加えなくてはならない。つまり、報告だけで700件以上ある。一晩で数百人が強姦を恐れて避難してきたという報告があるが、これは確定していない数字なのでこれには入れていない。南京安全区档案にある犯罪事例は当然ながら、城内の犯罪すべてを網羅するものではない。たとえば殺害の報告は55人であるが、4月15日までに紅卍字会が城内において埋葬した民間人は約1400人であった。この数は報告の約27倍である。また、『ドイツ外交官の見た南京事件』の資料74(作成者スマイス)pp232によれば、自分の家に住み、援助申請をおこない、調査を受けた3536家族のサンプル調査では強姦された女性の数が152人であり、これは16歳から50歳の女性の7.5%としている。この数字を全市に当てはめると約6300人となる。削除

2007/10/16(火) 午後 3:51masao返信する
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強姦事件においては、表に出ない数は出た数よりもっと高い倍率であるから、8000件、2万件という数を信用できないものということはできない。】http://wiki.livedoor.jp/nankingfaq/d/FrontPage
ということだ。
≫誰が「戦争犯罪は便衣兵になった中国兵が犯したものだ。」などと言ったんだバカっつら。便衣兵になること自体が戦争犯罪だ。> 中国兵は処刑されても当然の便衣兵となり潜伏した。
これが事実で、戦争犯罪は便衣兵になった中国兵が犯したものだ。
この戦争犯罪を無くそうとしているのが泥ションベン、お前だ。>と書いたのはお前だろうが、自分の書いた事を覚えてないのか?それで俺をバカッツラか、お前だろ?@_@≫便衣兵になること自体が戦争犯罪だ>だからさっきから便衣兵はいなかったと言っているだろうがよ!@_@



redpurge!≫虐殺した事実の表現が本当だという証拠を「匿名仮名の間違いだらけで誰が喋ったのかも良く分からないインチキ本」の中からどうやって証明するんだ、>匿名仮名は戦後何十年も経って本当のことを言うのは家族もいるし出来ないだろう?仮名だから本当のことが言えたんだよ!判れよ!ばか者!≫資料を出して説明してみろ、同じ間違いを何度も繰り返しやがって、>資料はな、『南京を30回以上訪中、現地調査や聞き取りをおこない、現地での追悼集会や日中共同研究集会などに参加。93年より日本各地で中国人幸存者の証言集会を開き、95年からは「南京大虐殺絵画展」も開催。97年より同志とともに、南京戦に参加した元兵士の聞き取り調査を始め、近畿各地で約200人と面接、それを集大成した「証言集」を昨年7月に上梓。』という、これが資料だ。俺がこれを掲載した訳がまだ判らないようだな!これを読んでよく考えろばか!偽物かどうかをな!削除

2007/10/16(火) 午後 8:22masao返信する



redourge!お前本当に救いがたい大馬鹿だな@_@≫なんで単なる経歴が資料になるんだ泥ションベン。>判らないようだから教えてやるけど、お前の言うように、この証言集が、証言したが人が時間が経ったせいで、細かい銃の名前とかが記憶違いをしていると言う事が、虐殺の証言そのものまで疑うというなら、①松岡環さんが、南京に30回以上実際に行って南京大虐殺が本当にあった確認をしたという行動を、していない、とお前は証明できるのか?②松岡環さんが、『97年より同志とともに、南京戦に参加した元兵士の聞き取り調査を始め、近畿各地で約200人と面接、それを集大成した「証言集」を昨年7月に上梓』と言う行動をしたことを、嘘であると言うことをお前は証明できるのか?ということだ。判ったか?ここまで書かせるんじゃねぇよ!履歴書いた時点で気付けよおりこうさんよ!削除

2007/10/16(火) 午後 8:49masao返信する



オオバカredpurgeよ!≫松岡が30回行こうが200人に会おうが、適当であろうと真摯であろうと、書いた本の内容に間違いがあれば間違いなんだ、バカっつら。>その書いた内容の間違いとは、戦後で聞き取りをした銃などの間違いだろう?それは、殺してないのに、殺した、という、根本的な間違いとは【質が違う間違い】何だよ!判るか?この区別が何で出来ないんだ?匿名仮名なんだから、殺してないのに殺したと言う間違いをする必要ないんだよ!≫虐殺の証言が本当かどうかは検証してみなければわからない。・松岡の本の内容では証言の内容を検証することが難しい。わかる範囲で調べると間違いが多く資料とはならない。よって虐殺の証拠とはなり得ない。>過去にあった南京大虐殺は体験以外の検証では、多くの遺体が発見されているだろうが南京で。中国の南京博物館にあるだろう?あと、大虐殺で生き残った多くの遺族の生々しい証言だ。これで検証できるだろうが!削除

2007/10/16(火) 午後 9:29masao返信する

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おはようございます。
masaoさん。健康に気づかいながら、辛抱強く、真実を求めてくださいね。旧日本軍。「皇国日本」の軍隊に美しい日本の幻想と憧憬を持ち、それを決して捨てることが出来ない人々がいるのも事実ですね。
自分のブログの記事にも書きましたが、旧日本軍の軍人に立派な人がいます。理想的な軍人のまま戦場で命を落とした人もいます。しかしまたそうでない人もいたと思います。旧日本軍が完璧な皇国日本の軍隊であったと思いこみたい人に、そうでない部分もあったということを理解してもらうには相当に辛抱強い努力が必要になるでしょう。マイペースで史実を追求して行ってください。削除

2007/10/17(水) 午前 8:36[ ピッピ ]返信する



redpurge!≫あ~あ、バカっつらが答えられなくて逆ギレか。>答えていないバカはお前だろうが低能!早く松岡環の著書全否定の証拠を出せよ口だけ男!≫と思う馬鹿はいないってこった。>いないと思うのはお前たち卑怯な侵略否定者だけ。正常な日本人なら南京大虐殺はあったと思うのだ。早く証拠を出せ低脳!削除

2007/10/21(日) 午後 8:28masao返信する



redpurge!≫どこで説明したつもりになっているか示して見な。>上の書き込みを見ろ!『その書いた内容の間違いとは、戦後で聞き取りをした銃などの間違いだろう?それは、殺してないのに、殺した、という、根本的な間違いとは【質が違う間違い】何だよ!判るか?この区別が何で出来ないんだ?匿名仮名なんだから、殺してないのに殺したと言う間違いをする必要ないんだよ!≫>過去にあった南京大虐殺は体験以外の検証では、多くの遺体が発見されているだろうが南京で。中国の南京博物館にあるだろう?あと、大虐殺で生き残った多くの遺族の生々しい証言だ。これで検証できるだろうが! 』それに、≫『阿羅氏は言う。百二名の告白は)『ソ連製のチェッコ』とある。日本軍を悩ましたのは中国兵がもっているチェッコ軽機関銃だった。チェコスロバキア製だからチェッコと言っていたので、ソ連製のチェッコなどと言う日本兵はひとりもいない」。>という阿羅氏の指摘もおかしなことは無い。『ソ連製のチェッコ』とは、【ソ連が作ったチェコ製の軽機関銃】と考えればなんらおかしな発言ではない。むしろ、より正確なことを覚えていた発言として考えられる。削除

2007/10/22(月) 午後 10:23masao返信する
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後はお前が松岡環は嘘の証言をさせたという証拠を出す番だ!何故ならお前は本そのものを、銃の記憶違いで全否定しているのだから。本多や小野も証言そのものを嘘だとは言ってない。著書全否定は重大なこと。著書全否定の証拠を出せ!これが説明だ!≫私以外なら「狂犬を撫でる意味はない」とお前を無視するところだ。だが、私は縁を大切にするから狂犬でも撫でてやる。≫これは俺がお前に言うせりふ。100%俺の言葉として返す。≫事例がない証拠は「民間人を虐殺しろ」という命令書が無いことだな。>①松岡環さんが、南京に30回以上実際に行って南京大虐殺が本当にあった確認をしたという行動を、していない、とお前は証明できるのか?②松岡環さんが、『97年より同志とともに、南京戦に参加した元兵士の聞き取り調査を始め、近畿各地で約200人と面接、それを集大成した「証言集」を昨年7月に上梓』と言う行動をしたことを、嘘であると言うことをお前は証明できるのか?ということだ。判ったか?ここまで書かせるんじゃねぇよ!履歴書いた時点で気付けよおりこうさんよ! 』と前に書いたはずだ!また書かせるんじゃねえよ!ダイおりこうさんよ!削除

2007/10/22(月) 午後 10:24masao返信する



redpurge!≫当時、歩兵第33連隊第5中隊の第1小隊長だった市川治平さんは、歩兵33連隊の生き字引とも言われ、野田連隊長をも、天野中隊長をも知っていて、戦後になって書かれた「歩兵第33連隊史」の刊行では中心的な役割を果たした。その市川さんが、この本をこう語る。~略>とあるが証言したのは、削除

2007/10/22(月) 午後 11:46masao返信する



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■ 一般市民虐殺命令 ■

福田治夫 第16師団歩兵第9連隊 第2大隊
野田典吾 第16師団歩兵第33連隊 連隊本部
安藤猛治 第16師団歩兵第33連隊 大隊砲
大川護男 第16師団歩兵第33連隊 大隊砲
外山武雄 第16師団歩兵第33連隊 第1大隊
鬼頭久二 第16師団歩兵第33連隊 第1大隊
南泰吉 第16師団歩兵第33連隊 第1大隊
小沢小次郎 第16師団歩兵第33連隊 第1大隊某中隊指揮班
徳田一太郎 第16師団歩兵第33連隊 第2大隊
町田義成 第16師団歩兵第33連隊 第3大隊
吉川定国 第16師団歩兵第33連隊 第1機関銃中隊
依田修 第16師団歩兵第33連隊 第3機関銃中隊
中田清次 第16師団歩兵第33連隊 第3機関銃中隊
山田忠義 第16師団歩兵第38連隊 第3機関銃中隊
吉川克己 第6師団歩兵第45連隊 第1大隊
内村和郎 中部第38部隊第2碇泊所削除

2007/10/22(月) 午後 11:48masao返信する
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■ 無差別掃蕩命令 ■

田中次郎 第16師団歩兵第33連隊 第1大隊
松田脩一 第16師団歩兵第38連隊 第1大隊
小沢小次郎 第16師団歩兵第33連隊 第1大隊某中隊指揮班
徳田一太郎 第16師団歩兵第33連隊 第2大隊
朝倉正男 第16師団歩兵第33連隊 第2大隊
上西義雄 第16師団歩兵第33連隊 第2大隊
井上益男 第16師団歩兵第33連隊 第2大隊
小田利吉 第16師団歩兵第33連隊 第3大隊
後藤忠信 第16師団歩兵第33連隊 第3大隊
境昌平 第16師団歩兵第33連隊 第3大隊某中隊本部付き
河田義一 第16師団歩兵第33連隊 第3機関銃中隊
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/mondai/gyakusatu.html#sankou
>歩兵第33連隊の南京大虐殺の証言はこんなに多い。削除

2007/10/22(月) 午後 11:48masao返信する
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歩兵第33連隊第5中隊の第1小隊長だった市川治平が書いてるのはそのうちの野田・天野・町田など数名。しかも、ソ連製チェッコでも、ソ連が作ったチェコ製軽機関銃と解釈すれば全くおかしくないのに、これを「間違い」と断定している。これを見れば、市川が間違いと言う箇所も、「間違いではない可能性が高い」しかもこの市川は『33連隊第5中隊の第1小隊長』であって、【大隊長ではない。しかも第5中隊の第1小隊長と言うことは、【相当小さな隊長であるから、南京大虐殺全体が分かるはずは無い。そして小隊長である市川を『歩兵33連隊の生き字引とも言われ、』と書くのはおかしい。】削除

2007/10/22(月) 午後 11:49masao返信する



redpurge!だからそれを言うなら上↑で俺が、≫≪本多や小野も証言そのものを嘘だとは言ってない。著書全否定は重大なこと。著書全否定の証拠を出せ!①松岡環さんが、南京に30回以上実際に行って南京大虐殺が本当にあった確認をしたという行動を、していない、とお前は証明できるのか?②松岡環さんが、『97年より同志とともに、南京戦に参加した元兵士の聞き取り調査を始め、近畿各地で約 200人と面接、それを集大成した「証言集」を昨年7月に上梓』と言う行動をしたことを、嘘であると言うことをお前は証明できるのか?ということだ。判ったか?ここまで書かせるんじゃねぇよ!≫と書いただろうが!これを嘘だと証明しろ!削除

2007/10/25(木) 午後 9:46masao返信する



redpurge!≫匿名、仮名の証言を全て正しいと言える根拠を示してくれ。>前にも書いただろう?匿名・仮名・細かい間違いの修正をあえてしてない、だから正しいんだよ!意味分かる?戦後では本名で話すなら1人も話さなかっただろう。家族に迷惑がかかるからな。削除

2007/10/24(水) 午後 11:43masao返信する




書庫太平洋戦争コメント1

オバマ大統領のアメリカ大統領初の広島訪問、スピーチについて
2016/6/1(水) 午前 0:23
第二次世界大戦
アジア情勢


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あの時オバマにハグされて感涙にむせんだ被爆者の方、今ではそれを後悔していると、当たり前ですね。
自分の国が投下した原爆をまるで天から降ってきた如く言いました。私は何と日本人はおめでたいのかと思いました。 削除

2016/8/9(火) 午後 8:41 hitomi 返信する
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>あの時オバマにハグされて感涙にむせんだ被爆者の方、今ではそれを後悔していると
>自分の国が投下した原爆をまるで天から降ってきた如く言いました。

>>僕もこの被爆者の言葉はTVで見てました。でも僕は、「今はアメリカ大統領は原爆投下の謝罪はできるはずがない、」と考えていたので、この被爆者のインタビューを見て、「やっぱりな」と思いました。アメリカ大統領が原爆の謝罪ができない理由は2つあります。
①日本が侵略したから原爆を落とした、という順番を守らないとアメリカが「何もしていない国にいきなり原爆を投下した」といううことになり、そういう風に世界から見られるのは絶対我慢できないなはずなので、あくまでも『侵略した日本が戦争責任を全て取ってから、その後で原爆の謝罪をしなければ、原爆投下の正当性が無くなり、イスラム国同様の単なる悪魔の国になってしまう。それだけは死んでも避けなければいけない』と思っているはずで、そのためには何があっても、日本が戦争責任を全て解決しない前に原爆投下を謝罪することはアメリの大統領としては絶対できない為』 削除

2016/8/10(水) 午後 10:15 masao 返信する
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②【現在は核の恐怖で平和が保たれている。もしアメリカが原爆投下を謝罪したら、それはアメリカが原爆投下は間違いだった、と認めたことになる。原爆投下は間違いだったと認めた国が、これ以上核を使うとは考えれれない。だからアメリはにはもう核の恐怖を感じる必要がない。アメリカが核を使えない以上、アメリカに対し過度に恐怖を感じる必要はないし、アメリカが制裁をしようとも核を作り続ければ核を使えないアメリカに対抗できる。】北朝鮮や、中国、イスラム国でさえそう考え、核を保有し、アメリカに対して強気に出るでしょう。そうすれば核による平和の均衡が壊れ、それぞれの国が自分勝手に核開発の行動をするようになる。アメリカはそうなるのを恐れているはずであり、そのため、現在の状況では、絶対に原爆投下の謝罪をするわけにはかない。】
この2つの理由から、現職のアメリカ大統領が原爆投下の謝罪をすることは考えられないと思いました。だからこそ、オバマ大統領に対しては大統領の任期終了後の行動を見たいと考えています。 削除

2016/8/10(水) 午後 10:16 masao 返信する
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アメリカは大統領を退いたら普通の1人のアメリカ市民になります。日本のように元首相たちが自民党の長老して影響を持ち続ける、などどいうことはありません。しかし、不倫問題で大統領を終えたクリントン大統領も、任期中不人気だった民主党大統領のカーター大統領も、任期を退いてからその後の行動で任期中以上の高い評価を得ました。大統領就任当時と比べると評価が大暴落しているオバマ大統領の場合も、任期が終わった後の行動で評価が変わる可能性があります。一市民になるので、任期中に言えなかった『アメリカが落とした原爆』という言葉も使えるようになります。一市民の言葉であってアメリカを代表する大統領の言葉ではないからです。だから任期が終わった後でも核廃絶に人生を使うのか、それとも核に関しては全く関心のない生活を送るのか、もう少し、任期後の行動を見てから批判するか、評価するかの判断をしたいと僕は考えています。 削除

2016/8/10(水) 午後 10:16 masao 返信する
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そうですね、オバマはノーベル平和省貰ったのですから。佐藤栄作も受賞したのはブラックユーモアとしか思えません。だからノーベル賞は信用できません。
朝顔も種類が多く花火のような変化朝顔もあります。人間の情熱感じます。
http://matome.naver.jp/odai/2137266671498903001 削除

2016/8/11(木) 午前 11:00 hitomi 返信する
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今日本は外国人観光客が増え、利用する国際空港の中心は羽田空港です。しかし羽田ができるまでは千葉県の成田空港がその役割を果たすはずでした。しかし、長期にわたる成田闘争で羽田に移り、今や成田航空は存在が薄れています。なぜそうなったのか。成田闘争はなぜ起きたのか。そのきっかけは平和賞を受賞した佐藤栄作首相が原因であることを知る日本人が少ないでしょう。今から15年ぐらい前、成田闘争の特番をやっていてそれを見て初めて成田闘争の原因を知りました。佐藤栄作首相の時、日本は高度経済成長の中にあり、羽田空港以外に国際線を有する空港を作る必要性が生じていました。東京周辺に作る必要がありましたが、何処に作るか。佐藤栄作は側近と地図を広げ、農地ばかりの千葉県成田市三里塚を指して、『ここにしよう、ここに空港を作ろう』と地図を見て決めました。成田三里塚の農民には何も伝えず何も話さず、地図だけを見て決めました。政府関係者が成田三里塚の農民に『佐藤首相がここに空港を作ることに決めました。政府が農地を買い取りますので農民の人は農地を売って立ち退くように』成田市三里塚の農民は寝耳に水でした。 削除

2016/8/11(木) 午後 10:35 masao 返信する
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なんといっても事前に何の相談や聞き取り調査もなく、いきなり「空港を作るから立ち退け」ですから。成田の農民は怒りました。『農民をなんだと思っているんだ!農民を馬鹿にしているのか!』多くの農民は当然政府の立ち退き要求を拒否しました。そして『三里塚空港反対同盟』を結成しました。それに対し佐藤栄作首相は『一貫した非妥協の姿勢で建設計画を遂行し、1971年(昭和46年)2月22日に建設予定地で警察を用いて第1次行政代執行、反対同盟と機動隊が衝突しました。同年9月16日にも建設予定地で第2次行政代執行があり、激しい闘争によって双方に死者と多数の負傷者を出しました』この成田闘争は佐藤首相退任後も続き、現在2016年、第3滑走路の中央に住んでいる1件の農家が立ち退かないため羽田空港に滑走路を増設して羽田空港が国際線の中心になっています。 削除

2016/8/11(木) 午後 10:36 masao 返信する
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また、佐藤栄作のノーベル平和賞の受賞について平和賞を選考するノルウェーのノーベル平和賞委員会は、2001年に刊行した記念誌『ノーベル賞 平和への100年』の中で、「佐藤氏はベトナム戦争で、米政策を全面的に支持し、日本は米軍の補給基地として重要な役割を果たした。後に公開された米公文書によると、佐藤氏は日本の非核政策をナンセンスだと言っていた」と記し、受賞理由と実際の政治姿勢とのギャップを指摘した。この記念誌はノルウェーの歴史家3名による共同執筆で、同年8月の出版記念会見の際にその一人のオイビン・ステネルセンは「佐藤氏を選んだことはノーベル賞委員会が犯した最大の誤り」と見解を述べて当時の選考を強く批判し、「佐藤氏は原則的に核武装に反対でなかった」と語ったという』ということ。 削除

2016/8/11(木) 午後 10:38 masao 返信する
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それに受賞理由として『沖縄返還の功績』を挙げていますが、日本への返還の際、あの小さな沖縄に3つの米軍基地を残すこと』という条件を飲んだことが、現在の沖縄の人たちを「騒音問題」「米軍兵士暴行事件」等で未だに悩まされていることを考えると『成田市三里塚の農民無視の暴力的空港建設、』『沖縄の人を未だに苦しめている3つの米軍基地承認』といい、この佐藤栄作という人物は、農民や市民、という国を支える末端の人たちを全く考慮に入れていない、傲慢な人間だったということが分かります。このような傲慢な人間をノーベル平和賞に値する、と判断したノルウェー政府はもはや自国の国の存在を高めるためにノーベル平和賞を利用しているとしか思えません。
極め付きは、オバマ大統領が核兵器の一部廃棄をロシアと結んだことでノーベル平和賞を受賞しましたが、その直後にアフガニスタンのタリバンに戦争を仕掛けたため、『ノーベル平和賞を受賞した人が戦争を始めた』ということで一気にノーベル平和賞の価値が大暴落しました。もはやノーベル平和賞を他のノーベル賞と同等の価値があると思う人は地球上でほとんどいないでしょう。 削除

2016/8/11(木) 午後 10:38 masao 返信する
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初めから便利の良い羽田でよいのに。成田は無駄な、非常に迷惑なことになりましたね、成田は非常に遠くもう利用したくないです。
佐藤栄作は沖縄密約事件(西山事件)で卑劣なゲスな問題にすり替えました。
今では都会のビルを造るにも公開地に樹木植えるようになっています。名古屋テレビ塔の東のブロッサ、NTTビルも庭作り壁面にも滝作り憩いの場所になっています。
ドイツ製の丈夫な海辺のようなアンブレラを置いて無料ランチの場になっています。 削除

2016/8/12(金) 午前 0:15 hitomi 返信する
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ほんとに、ですね。農地を買い取るために使った多額の税金。警察や機動隊を送って戦い続けた無駄な人件費と無駄な時間。挙句に死ななくてもよかった農民や警察官。全てはノーベル平和賞受賞者の佐藤栄作の地図だけで空港を決めたことが原因です。
>>佐藤栄作は沖縄密約事件(西山事件)で卑劣なゲスな問題にすり替えました。
>西山事件は初めて知りました。なぜ毎日新聞が他の大手より格下になったのか、なぜ「思いやり予算」として未だに日本政府が米国に基地費用を負担しいるのか。なぜ「記者クラブ」によって記者たちは政府のコントロール下にあるのか。色々なきっかけになった事件ですね。しかも本当はまだ全く終わっていないのに誰も暴こうとする記者がいないのも深刻な問題です。何より国民自体が不倫問題の方に目が向き、佐藤栄作の策略、術中にはまってしまったことに何の恥ずかしさも感じていないことが一番深刻です。マッカーサーが『日本人は12歳の子供』と言いましたが、一番の問題は日本国民が単純な思考しかできない人が多すぎることにあると思います。 削除

2016/8/14(日) 午前 0:56 masao 返信する
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>>今では都会のビルを造るにも公開地に樹木植えるようになっています。
>名古屋は良いですね。東京は天皇がいるので、自分勝手に緑を増やせない空気が漂っています。「風吹けば桶屋が儲かる」ようなことを僕は言ってるのでこれに気づている人は少ないですが。とにかく、東京は勝手に緑を増やせないようになっています。 削除

2016/8/14(日) 午前 0:57 masao 返信する
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よく学会を批判されました。「日本国民が単純な思考しかできない人が多すぎる」残念です。
卑近な話ですが悪役俳優の子供をいじめる、北朝鮮学校制服の女学生を迫害する等、とんでもないです。一人なら大人しいのに。
西山事件は澤地久枝さんの「密約」読み演劇も観ました。最近ではモックンが西山記者を演じました。
彼の「シコふんじゃった」「おくりびと」は良かったです。
後者は試写会に行きましたが後ろからダダーっと本木さんが勢いよく降りてきました。お洒落な若々しい服装で。その後本作で受賞しました。やはりなあと思いました。 削除

2016/8/14(日) 午前 8:17 hitomi 返信する
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米軍は京都でさえ東山の馬町に空襲しました。帝冠様式の名古屋市役所、愛知県庁葉残ったのに木造の名古屋城が焼かれたのが残念です。名古屋は三菱、愛知時計等軍需工場が多かったので襲われました、半田市も。
近所の図書館に行くと年配女性が「あんたは女だから空襲で殺された男の幽霊が出るから早く帰りなさい」と言われたことがあります。
東京大空襲もルメイになってから残酷に一般人を爆撃しました。戦後そのルメイに昭和天皇の名で勲章を授けました! 削除

2016/8/14(日) 午前 8:24 hitomi 返信する
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以前、東別院で南京大虐殺の芝居を観ました。それは御夫婦で作る舞台ですがその旦那さんの方のお父さんが夜中うなされる、そのわけは南京に従軍し、中国人を虐殺したからでした。 削除

2016/8/14(日) 午前 8:28 hitomi 返信する



橋下知事「国歌斉唱で起立しない教員は免職」に思うこと
2011/5/17(火) 午後 4:29
第二次世界大戦


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国旗国家法案が成立したときの政府の答弁は、起立や唄うことを強制するものではないということでしたよね。弁護士たる者、それが判っていてあえてこのような条例を制定しようとする、全く理解に苦しむ。権力を握った魔力に取り付かれたか!?削除

2011/5/17(火) 午後 7:21[ キジムナー ]返信する
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キジムナーさん、ありがとう☆
おそらく橋本氏は天皇崇拝国粋主義者なんでしょう。その土台の上に弁護士としての知識があるのでしょう。すなわち橋本氏を名付けるなら『国粋弁護士』とでも言った方がいいでしょう。削除

2011/5/17(火) 午後 8:19masao返信する
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まぁ調子こいちゃってるんじゃないっすか。
今後も暴走しそーっすね。一度暴走した人間は、歯止め効きにくいし...
ぽち削除

2011/5/24(火) 午後 6:18プロギャンブラーNOBUKI返信する
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NOBUKIさん、
≫今後も暴走しそーっすね。一度暴走した人間は、歯止め効きにくいし...>
そうだとしたら困ったことです。なまじ一般人より知識がある分、いかにもという正しげな理論武装するので厄介です。このような人間性が未熟な知識人ほど困った存在はありません。削除

2011/5/24(火) 午後 6:36masao返信する
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全く大変な時代になりました。民主党も自民党も、震災だとかなんとか言いながら、こういうところでは裏で結託してどんどん悪いことをしています。削除

2011/6/9(木) 午後 11:11tou*uhy**uchi*返信する
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豆腐百珍さん、大変お久しぶりです☆どうしたのかと心配していましたので、ご健在でまたコメントして戴いて大変嬉しいです☆
とうとう最高裁でも起立拒否教師解任が合憲と判決しました。もうこの国には希望がありません。今回の原発の放射能は日本人の悪心が表に出ている姿のような気がしてなりません。
僕は1人でも死ぬまで戦います。でも僕など全然影響ないし、この国はどんどん悪くなって行くような気がします。削除

2011/6/9(木) 午後 11:42masao返信する
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多くの国民が国政選挙と一緒に、おまけのように最高裁裁判官の信任投票をしていることの重大さを知りません。もともと最高裁判所の裁判官は権力側が自分の施政に都合の良い連中ばかりをあてがっているから最高裁がまともに憲法判断をしたためしがありません。ですから、この手の問題の一番の根本は、最高裁の裁判官の選出制度にあるのではないでしょうか。削除

2011/6/11(土) 午後 4:48tou*uhy**uchi*返信する
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豆腐百珍さん、まっくそのとおりで、僕も最高裁の投票が政治家に比べ多くの国民が全く無視している問題を記事にしたことがあります。
それと違憲判断が殆ど無いのも、僕も司法と権力側が一致しているのではないかと思っています。
最高裁の判決文でよく「この事件での世間の見方はこうなっている」という文が非常に多いのが気になっています。世間一般の見方、流れに逆らわないように、世間一般の考え方に沿った判断をすることが殆どです。
裁判官は国民を導く役割があります。国民の99.9%が「A」を支持してもそれが間違っていると確信しているなら「B」と判決しなければいけません。その国民を敵に回しても良い、という判決がほとんど無いことが非常に問題なのです。裁判に対しての絶望感を感じています。削除

2011/6/11(土) 午後 6:34masao返信する
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ある意味で、司法は、悪人が裁かれる刑事裁判や、損得の関わる民事裁判が普通で、憲法判断は一般にはピンと来ないわけで。国民の教育のなかでも、憲法の位置づけが弱まり、改憲の「可能性」を指摘する。その文脈では都合の悪い違憲立法審査権について、通り一遍の教育で、本質的な牙の鋭さまで踏み込んで教えられない。これは右傾化政治の結果、当然のごとく達成された「民主教育の形骸化」としか言いようがありません。だから、国民全体が最高裁判所の位置づけも、その判断の重大さも意識できないんでしょう。削除

2011/6/12(日) 午後 9:28tou*uhy**uchi*返信する
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やはり未だに「日本の憲法は外から与えられたもの」という意識が消えないのでしょうか。しかし、今の総右傾化の中での憲法改正は今の憲法より悪くなるのは目に見えて明らかです。かと言って改正しないといつまでも「外から与えられた憲法」という意識が消えず、最高裁の位置づけも、その判断の重大さも意識できない。ジレンマですね。削除

2011/6/12(日) 午後 10:02masao返信する
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外から与えられたという自覚はないのではないでしょうか。むしろ、憲法自体が空気にようになっていて、それが改悪されたときのイメージがわかないのではないでしょうかね。もともと、GHQが突きつけた案ではあるわけですが、それをいやいや押し付けられたものではありません。それを国民が歓迎して民主的に受け入れた経緯があります。このプロセスは外から与えられたというニュアンスとは違うと思います。やっぱりこの憲法は日本の国のものだと思うのです。削除

2011/6/13(月) 午後 1:31tou*uhy**uchi*返信する
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そうであれば良いのですが・・・。確かに国民が歓迎して受け入れたと思いますが、その憲法をきちんと使用しているかと言うと大変疑問です。

【東京都立高校の卒業式で、校長による国歌の起立斉唱命令に従わず、定年後の再雇用選考で不合格にされた元都立高教員の申谷(さるや)雄二さん(64)が、命令は「思想・良心の自由」を保障した憲法に反するとして、都に損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決が5月30日、最高裁第2小法廷であった。

須藤正彦裁判長は、起立斉唱命令について「特定の思想の告白などを強制したものとは言えず、思想・良心の自由を侵害しない」とする初の合憲判断を示し、上告を棄却した。申谷さんの敗訴が確定した。】
とあるように、とてもじゃないが、せっかく素晴らしい憲法を持っていてもそれをきちんと機能させているとは思えません。宝の持ち腐れ状態です。このような最高裁の判決を見ると、とてもこの国に現憲法が浸透しているとは思えません。だから僕は『日本人には現憲法が自分たちの憲法という愛情が無いんじゃないか』と思う訳です。削除

2011/6/13(月) 午後 4:31masao返信する
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憲法を自分たちで獲得してきた世代から若い世代に代替わりする過程で、憲法意識は大きく変わったんだと思います。変わってきた背景として、ゆるい右傾化教育が浸透し、戦後の憲法の意味合いを骨抜きにしてきたと思うのです。愛情がないのではなく、最初から愛情が生まれないように教育されてきたんだろうと。そう文脈では、異常な合憲判断が下されても意に介さない人々が多くなっていて、これが今後、自分たちの権利にどう影響してくるのかが想像できない。この傾向とあわせて、ナショナリズムが煽られ、改憲の論調をバックアップしている。すなわち、権力者側の憲法「改正」論者の狙いは、国民に憲法の重要さを知らせない、感覚的ナショナリズムに働きかけて改憲の「風」を吹かせる、こう言ったところではないかと。削除

2011/6/14(火) 午後 2:04tou*uhy**uchi*返信する
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憲法を改めて考えてみると、我々日本人は憲法をきちんと学んだことが無いんじゃないでしょうか?僕も30代ぐらい?で初めて日本国憲法の前文を読みましたが、ものすごく良いことが書いてあるんですよね。ほんとに現日本国憲法はすごく質の高い憲法で、これをきちんと国に浸透させればものすごく良い国になるはずなんです。しかし、国民自身、どういうことが憲法に書いてあるか分かっていないのです。僕もそうです。大雑把なところしか分かりません。それも自分で調べたから知ったのです。誰も教えてくれないし、授業でもさらっと条文をなでるだけです。我々はものすごい宝を持っていながら気づいていないし、その使い道を全く教えられていないのです。削除

2011/6/14(火) 午後 5:04masao返信する
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全くですね。だからこそ、あの安倍に教育基本法をやられちゃった。教育基本法こそは、憲法と一体をなして、民主的な国民を育てるための法でした。実は国民が憲法を知らないのは、教育基本法をなし崩しにされたからです。彼らは教育基本法を切り崩したことによって、彼らの目的の相当部分を成し遂げたといってよいと思います。これさえ切り崩せば、あとはマスメディアを使えば改憲に持ち込めるからです。「改正」前の教育基本法を是非一読下さい。削除

2011/6/15(水) 午前 2:40tou*uhy**uchi*返信する
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確かに改正後は悪くなってますね。

改正後【2 前項の学校においては、教育の目標が達成されるよう、教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。この場合において、教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならない。】とある。これは「体系的な教育が組織的に行わなければならない」とあるように、教師を組織的にくくり、教師個人を消滅させる方向に向かっている。削除

2011/6/16(木) 午前 1:48masao返信する
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改正前【第一条(教育の目的) 教育は、
人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。】
に対し改正後は
【(教育の目的)第一条教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない】
とあり、改正後は【個人の価値を尊び&自主的精神に満ちた心身】が抜けている。
これを見ると改正後は教師も生徒も個人を消滅させて全て組織の一員として生きるように教育しなければいけないとなっている。この改正法は問題だ。しかし、【本当の問題は最高裁判官が日本憲法の法律より、この教育基本法の法律を基軸に重んじて判決している】ことにある。だから間違いが起こる。削除

2011/6/16(木) 午前 2:05masao返信する
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本来は、教育基本法と憲法は一体で、本物の保守派憲法を改正してから教育基本法を改正する道筋が本道だといっていました。ただ、新型保守=ネオコンが主導権を握る中で、理念的な憲法よりも実効性の高い教育基本法を狙い撃ちにして来たと言えます。ですから、教育基本法の改正で教師を叩き、まずは教育で全体を根元から右寄りにするわけで。彼らの狙い通りになってきているということですね。たぶん、小泉についていた連中は国政では見通しがないから、「地方分権」を起爆剤に新しいデクを見つけたんだろうと思います。それが橋本。だから手法が面白いほど小泉と一致するんじゃないかな。国政でやれなかった夢を大阪を始めとした地方政治で切り崩そうと思っているんだろうと思います。削除

2011/6/16(木) 午後 1:42tou*uhy**uchi*返信する
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確かに旧教育基本法は上記↑に書いたように、個人の価値を尊び自主的精神をしっかりと認めていることは憲法代19条と一致していると言えます。それが改正教育基本法で個人の自主的精神を削除してしまったことにより、日本国憲法と教育基本法は対立・矛盾することになってしまった。
政治家は憲法改正が思いのほか大変ということに気づき、改正教育基本法を国民を愛国右傾へと導く新たな新憲法と位置付け、教師を組織的に動かして日本国民を右傾愛国国民へと導こうとしている。それを最高裁判官が日本国憲法に機軸を定め、右傾化を修正・阻止しなければいけないのに、司法と権力が分離していないため、司法が権力の右傾化をサポートし、拍車をかける役割をしている。最悪の国情と言わざるを得ない。削除

2011/6/16(木) 午後 6:54masao返信する
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これが基本的に財界主導で行われているのが酷いところ。本当の右翼が頑張っているんじゃなくて、金儲けが根っこにあるから。普通のイデオロギーとは違うところがミソですね。削除

2011/6/19(日) 午後 5:03tou*uhy**uchi*返信する
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財界主導と言うのは始めて聞きました。財界がどうして国民愛国右傾化に関わっているのですか?国民を右傾化すれば、アジアとの乖離を招くだけなので、返って商売上何も良いことはないと思いますが?削除

2011/6/19(日) 午後 7:34masao返信する
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いやいや、それがネオコンてやつです。アジアとの乖離を招くなんて発想はないわけで。連中はもう一度経済的にアジアを侵略して行きたいと思っているんですな。それに、ネオコンの一番コアなところには、軍需産業がバッチリ食い込んでいます。日本は軍需産業がないと思われていますが、実際は実態を隠して存在するので。連中は、武器を組み立てると法に触れるので、武器をバラバラにしてアメリカに輸出しているわけです。ですから、今の右傾化と財界は密接に関係していて、9条を無くしたいのは右翼ではなくてむしろ財界。戦争をしておおっぴらに大もうけしたい連中です。削除

2011/6/28(火) 午後 4:40tou*uhy**uchi*返信する
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う~ん、だいぶ考えすぎなのでは?今の時代、戦争で金儲けを考える企業は軍事産業だけでしょう。自衛隊の戦車や武器は三菱重工などの日本企業が作っていますが、一般的に自衛隊だけでは食べていけないので日本の軍需産業は主体は一般企業なんです。だから戦争になると一般業態部門が衰退するのでむしろ戦争はない方が良いと思っているはず。それに、今のアジアは1位が中国、2位が韓国で日本は3番目です。経済侵略なんてとても出来ませんよ。中国韓国に価格でついていくのがいっぱいいっぱいですよ。アジアの通貨はドルではなくもはや人民元なんですよ。そして家電製品は韓国のサムスンとLGですよ。削除

2011/6/28(火) 午後 5:07masao返信する
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考えすぎならいいですが。自衛隊に売って食べて行けないので、海外に売っているのではないでしょうか。これほどの不景気と日本の斜陽、それにドル=アメリカの落日とくれば、改めて「かつての日本」を取り戻すためには先祖がえりをしないとうまくいかない。ですから、日本の産業構造をそういう風に変えたいのが実情ではないでしょうか。わりと短絡的に考えていると思いますけど。彼らは決して主体的に戦争を起こしたりしたいわけではないでしょうが、「参加」したい。イラク戦争のときにも「参加」できなかったので、「取り分」が少なかったことを後悔しています。削除

2011/7/3(日) 午後 2:25tou*uhy**uchi*返信する
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世界の軍需産業トップ100の中には日本の企業が5社エントリーしています。24位三菱重工、52位三菱電機、53位川崎重工、63位NEC。ちなみに韓国は3社ですが、うち2社はサムスンです。他にも、軍需産業として名前のあがっている企業は富士重工、石川島播磨重工、日産、いすゞ、スバル、トヨタ、住友精密工業、ダイキン工業、不二越、日本精工、光洋精工、島津製作所、帝人、村田製作所、日本グッドイヤー、小糸製作旭硝子、東芝、富士通、日本電気、日立、沖電気工業、日本製鋼、石川製作所、日本工機、日産自動車、東芝、神戸製鋼、日本精機、豊和工業、ダイキン、リコーなどなど。彼らは2002年のIFSEC共同宣言あたりから、完全なアメリカの軍需下請け企業となっています。ちなみに、IFSECに参加している企業は三菱重工業、石川島播磨重工業、川崎重工業、島津製作所、東芝、アイ・エイチ・アイ・エアロスペース、小松製作所、ダイキン工業、日本電気、日立製作所、富士通、三菱電機、12社。削除

2011/7/3(日) 午後 2:28tou*uhy**uchi*返信する
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基本的日本の武器は高いので買うのは自衛隊だけです。だから日本の防衛費は高いんです。もし海外の安い武器を自衛隊が買うことが出来たらもっと防衛費は減らせるんです。軍需産業で多くの日本企業がありますが、今の武器はハイテクなんです。だから高度な個々の細かい部品は日本の企業から調達しているのでしょう。しかし世界で武器完成品が売れているのは基本外国の武器だけです。日本企業が作る武器は高いので、世界では自衛隊しか買っていません。それに日本は第二次大戦から実践経験がありませんのでそういう国から武器は買いません。怖いので。サムスンは現実に北朝鮮との絡みから日本の企業よりもっと現実に韓国軍が使う武器を作っているはずです。削除

2011/7/3(日) 午後 3:13masao返信する
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しかしそうは言ってもこれらの多くの日本企業の技術が軍事に関わっているのは憲法9条の観点から見ても問題ですね。しかしイスラムのテロ組織との戦いでアメリカ始め資本主義先進各国は、武器装備で劣る訳にはいかないので武器ハイテク化は避けられない。そうなると技術のある日本企業は日米同盟や対イスラムテロの観点からも参加拒否は大変難しい。日本企業はジレンマに陥っていますね。削除

2011/7/3(日) 午後 3:26masao返信する
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日本の武器は高い、実戦経験もない、だから売れない。これはその通りかなと思います。たぶん、そこからの展開をどう見るかが二人ともずいぶん違うので、右傾化の根幹がどこになるのか理解が違うんでしょう。2004年に経団連が政府に意見書を出しています。事実上、武器輸出三原則を見直してほしいという内容です。削除

2011/7/4(月) 午前 10:37tou*uhy**uchi*返信する
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そのまとめに、3点書いてあります。1.多面的・総合的な国家の安全保障基本方針と、これを担う産業政策の確立、2.防衛・民生の垣根を越え、広く「安心・安全」に関する技術開発を推進し、競争力強化、技術優位性を確保、3.防衛産業も自らの体質強化を図り、国際競争力を高め、防衛力の基礎を強化。これは私には、これからどんどん売りたいから何とかしてくれとしか読めないのです。高い武器を体質強化=資本統合で努力し、実戦経験がないのをIFSECの協力で解決しようとしているように見えます。いかがでしょうか?削除

2011/7/4(月) 午前 10:41tou*uhy**uchi*返信する
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企業が政府に武器輸出三原則見直しを意見書を出しているのは、企業が右傾化しているとか戦争を望んでいる、ということより、純粋に「採算を取りたい」という企業の本能のような行動から起きていると思います。自衛隊相手だけでは採算が取れない。政府が高い金を出して買っているとはいえ、採算が取れない分野は関わりたくないと思っているのが企業の本能だと思います。だから本当は日本企業は軍事部門から撤退したいと思っていると思います。しかし、日本政府は北朝鮮や尖閣問題の中国等の観点から自衛隊は縮小したくない。その観点で企業に利益無理を承知で作らせているわけです。企業としては、「撤退できないなら採算が取れるようにしてくれ」と政府に要求するのは企業本能からきていることだと思います。だから企業の軍事介入は政府に問題の責任があると思っています。削除

2011/7/4(月) 午後 0:33masao返信する
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私の考えすぎですかねぇ。私が読んでいるものは、わりと左のものが多いんですが、ネットでも「財界」と「右傾化」あたりで引いてみると、結構似たような論調が多いんです。まぁ、この件はどうやら折り合わないようなので、おしまいにしたほうがよさそうですね。削除

2011/7/4(月) 午後 6:52tou*uhy**uchi*返信する
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企業が右か左かと聞かれたら右になるでしょう。しかしそれは愛国右傾政治家が意図的に国民を右に導いているのとは違い、企業のそれは利益中心の行動がそうさせていると思います。問題は日本の企業に「利益が上がればよい」とだけ考えていて、たとえ利益が出ようとも企業理念から断る、ということが無いことが問題なのだと思います。要するに極端に言えば、今の日本企業は「儲かるならケシの花を栽培しても良い」と考えてケシを栽培している人間と変わらない、と言うことです。「たとえ儲かっても麻薬や覚せい剤の元凶には一切関わらない」という理念が無いんです。そういう意味では政府に問題があると言いましたが、政府の要請を断らない企業自身にも問題があります。私は企業には戦争をしたい、という考えは無いと思っています。戦争によるリスクの方がそれによる利益より大きいからです。しかし、「政府との関係は良い方が企業活動には何かと都合が良い」という理念無き利益オンリーの体質が軍事介入をさせていると思います。削除

2011/7/4(月) 午後 8:19masao返信する
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維新の会は、教師を首にできる条例を出すみたいで。言うこと聞かないやつは、何でも首ですね。削除

2011/8/28(日) 午後 7:38tou*uhy**uchi*返信する
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豆腐百珍さん、日本は確実に悪い方向へ行くでしょう。教育が曲がってしまえばその国の将来は暗くなりますから。削除

2011/8/28(日) 午後 9:49masao返信する
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ご無沙汰しております。

関西では橋下知事を悪く言う人は少ないのですが(かといって、対立する平松大阪市長も人気が高い)、今回の記事のように「免職」までは、橋下知事はやりすぎだと僕も思いますね。

大阪ローカルニュース(近畿2府4県で放送)も橋下知事批判は少ないですね(しかも、毎日露出)。

しかし、若者は橋下知事の政策に敏感に反応しています。年々、大阪府職員の志望者が減少しているようです。削除

2011/9/3(土) 午前 4:00まったけ館長返信する
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まったけさん、ご無沙汰しています☆お元気ですか?僕は今年の夏は体調を崩してしまってなかなか更新も出来ません。涼しくなるまで待とうと思っています。
大阪ではここのところあまりピリッとした市長が出ていなかったので頭が切れる橋本知事を大事にしたいから批判したくないという雰囲気があるのでしょう。
それは別として今の日本は全国どこでも橋本知事のやり方に批判は殆ど出ないでしょう。昨今のフジTV韓流批判の過激さを見ても今の日本は完全に右傾化しているので僕に賛同するのは少数です。僕は日本はこのまま行けば太平洋戦争に行ったような鬼畜米英のような雰囲気の国になって行くと思います。日本の将来には全く暗いものしか感じられません。削除

2011/9/3(土) 午後 4:14masao返信する






















アメーバピグのPC版、10周年でサービス終了へ「苦渋の決断」

3/12(火) 16:03配信
BuzzFeed Japan
サイバーエージェントの展開するアバターを使ったWebサービス「アメーバピグ」のPC版サービスと関連サービスが2019年12月に終了する。3月12日、同社がサイト上で発表した。Adobe社による「Flash」技術の開発およびサポートが2020年末で終了することを受けたもの。スマートフォン版は今後も継続するという。

「アメーバピグ」は2009年2月に始まった。仮想空間で自分のアバター「ピグ」に着せ替えをさせたり、「おでかけ」をさせたりしながら、ユーザー同士が交流できるサービスだ。

>>ちょっとこれ、ブログ終了するヤフーと同じパターンだけどアメブロに行く人多いと思うけどアメブロに移動しても大丈夫なのか?

ヤフーブログも最初はアバター終了から始まり、遂に今年ブログことを発表した。今回のアメピグ終了もヤフーアバター終了となんか重ならないか?4つの中では移動先最有力と決めている人も多いのでこのニュースはYahooブログと同じ道をたどるのではないかという不安にさせる。

やはり記事保存の為だけにも一応FCブログを作って記事保存をしておいたほうが良いと思う。
私のFCブログ  書庫のコメント保存作業中

またFCブログからhttps://ferret-plus.com/1301これらの他のブログへも行けるから一応FCブログを作って記事を置いておいたほうが良いと思う。