音楽閑話
女性指揮者編
小生のブログでいまだによく閲覧されているのが2021年に書いた「世界の女性指揮者ランキング」 と言う記事でした。ここでは当時話題になっていた女性指揮者をピックアップしたのですが、当時はコロナ禍、そこで2025年現在はランキング形式ではありませんが、現在の話題の指揮者の動向をピックアップしてみることにしました。
まずは米国のコロラドスプリングス・フィルハーモニー管弦楽団(Colorado Springs Philharmonic)がフランスの指揮者クロエ・デュフレーヌ(Chloé Dufresne)を音楽監督に迎えると発表しました。任期は2025/2026シーズンから。音楽監督は12年間その任にあったジュゼップ・カバリエ=ドメネクが退任してから2年間空席だったものです。
デュフレーヌはモンペリエ生まれの34歳。フィンランド・ヘルシンキのシベリウス音楽院で学び、2021年の「ブザンソン国際指揮者コンクール」で聴衆賞、オーケストラ賞を受賞。2024年のパリ五輪に向けたプロモーション映像でフランス国立管弦楽団を指揮して話題を集めた。2023/2024シーズンからパリを拠点とする「オーケストラ・オスティナート」の芸術監督を務めている人です。
先頃、オクサーナ・リーニフがイタリアのボローニャ市立歌劇場(Teatro Comunale di Bologna)が3年の任期を終えて音楽監督を退任した。2022年1月から歌劇場初の女性音楽監督を務めていました。そのウクライナの指揮者オクサーナ・リーニフ(Oksana Lyniv)が、ウクライナのキーウ交響楽団(Kyiv Symphony Orchestra)が自国出身の指揮者オクサーナ・リーニフ(Oksana Lyniv)を首席客演指揮者に迎えると発表しました。キーウ響は現在、ドイツ・ケルン近郊のモンハイム=アム=ラインに拠点を移して活動しています。リーニフはブロードィ生まれの47歳。2021年のバイロイト音楽祭では《さまよえるオランダ人》を指揮、音楽祭史上初の女性指揮者となっていました。
米国のアトランタ交響楽団(Atlanta Symphony Orchestra)が音楽監督を務めるナタリー・シュトゥッツマン(Nathalie Stutzmann)との契約を延長しました。シュトゥッツマンは2022/2023シーズンからその任にあり、今回の契約更改で任期は3年延びて2028/2029シーズン終了までとなります。
シュトゥッツマンはフランス・シュレンヌ生まれの60歳。ソプラノ歌手だった母親の指導を受けて歌の世界に進み、ナンシー音楽院卒業後はパリ国立オペラの付属学校で研鑽を積んみました。1988年の「ベルテルスマン国際声楽コンクール」で優勝、その後、コントラルト歌手として国際的に活躍したじっせきがあります。
指揮活動は2008年からスタート。2018年からノルウェーのクリスチャンサン交響楽団の首席指揮者(ー2023)を務めた他、アイルランドのRTÉ国立交響楽団の首席客演指揮者(2017ー2020)、米国のフィラデルフィア管弦楽団の首席客演指揮者(2021ー2024)も務めました。
2023年にはモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》と《魔笛》指揮してニューヨーク・メトロポリタン歌劇場にデビュー。その夏には、ワーグナー《タンホイザー》を指揮してドイツのバイロイト音楽祭にもデビュー。音楽祭では2024年に再び《タンホイザー》を指揮しています。
次に英国のアルスター管弦楽団(Ulster Orchestra)が、次期首席指揮者にドイツの指揮者アンナ・ハンドラー(Anna Handler)を迎えると発表しました。任期は2026/2027シーズンから。2019年からその任にあり、2024年で退任するダニエレ・ルスティオーニの後任です。アルスター管は北アイルランドで唯一のプロ・オーケストラで、首都ベルファストを本拠地に活動しています。
ハンドラーはフランス南東部、地中海に臨むカーニュ=シュル=メール生まれの29歳です。ドイツ人の父親、コロンビア人の母親がともにエンジニアという家庭に育ち、ミュンヘンで幼少期を過ごしました。ピアノと指揮を学び、長じてミュンヘン音楽演劇大学、米国に渡ってジュリアード音楽院を卒業した。エッセンのフォルクヴァング芸術大学、ワイマールのフランツ・リスト音楽大学でも研鑽を積んでいます。
プロとしてのキャリアをスタートさせた後、2023/2024シーズンにロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団にデビューしてグスターボ・ドゥダメル・フェローに選ばれている他、2024/2025シーズンから任期2年でボストン交響楽団のアシスタント指揮者を務めており、2025/2026シーズンからはベルリン・ドイツ・オペラの指揮者陣にも加わることが決まっています。注目株でしょう。
ちょっとマイナーですが、米国ニューアークを本拠地とするニュージャージー交響楽団(New Jersey Symphony Orchestra)が音楽監督を務める中国系アメリカ人指揮者シャン・ジャン(張弦)との契約を延長したと発表しました。ジャンは2016年からその任にあり、今回の契約更改で任期は2027/2028シーズン終了まで延びることになります。
ジャンは1973年、中国・丹東生まれの49歳。音楽家を両親に持ち、北京の中央音楽院で学び、19歳の時に中央歌劇院でモーツァルト《フィガロの結婚》を指揮してオペラ・デビュー。1998年に米国に移住、シンシナティ大学音楽院で研鑽を積み、ロリン・マゼール主宰の指揮者コンクールで見出されて、2005年からニューヨーク・フィルハーモニックでマゼールの副指揮者を務めました。
その後、2009年から2016年までミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団の音楽監督。また、BBCウェールズ国立管弦楽団の首席客演指揮者を務め(2016-2018)、2017年にはオーケストラを率いてロンドンの夏の音楽祭「プロムス」に客演、音楽祭に登場した初の女性指揮者となていました。
今年、PMFにも登場したカリーナ・カネラキス(Karina Canellakis)はニューヨーク生まれの38歳。2019/2020シーズンから、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団(Radio Filharmonisch Orkest)の首席指揮者の他、2020/2021シーズンからロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者を務めています。そのカネラキスは、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団(Radio Filharmonisch Orkest)の首席指揮者のカリーナ・カネラキス(Karina Canellakis)との契約を延長しました。カネラキスは2019/2020シーズンからその任にあり、今回の更改で任期は2030/2031シーズン終了まで延びました。ジュリアード音楽院でヴァイオリン奏者を学んだ後、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のオーケストラ・アカデミーなどで研鑽を積んで指揮者に転身。2016年にショルティ指揮者コンクールで優勝しています。
下は今年のPMFでのコンサートに登場したカリーナ・カネラキスです。
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次に、イタリア・ベネチアのフェニーチェ劇場(Teatro La Fenice)が音楽監督に35歳のベアトリーチェ・ヴェネツィ(Beatrice Venezi)を迎えると発表しました。就任は2026年10月からで、任期は2030年3月まで。プラシド・ドミンゴのコンサートの指揮でタイ・バンコクでニュースを受け取ったといいます。
ヴェネツィはルッカの生まれで、ルッカとシエナで学び、2005年にイタリア全国ピアノ・コンクールで第1位を獲得。その後、ミラノのヴェルディ音楽院でピアノ、作曲、指揮を学んでいます。2012年にオーケストラ・デビュー。その後、ドレス姿で指揮するという他の指揮者とは一線を画す路線でイタリア各地で指揮しています。
ジョルジャ・メローニ首相との近さでも知られ、この年は、文化大臣から音楽顧問に、シチリア州政府からタオミーナ芸術財団の芸術監督に任命されています。現在、トスカーナ管弦楽団、ブエノスアイレスのコロン劇場の客演首席指揮者も務めている逸材です。
次は、フランス・トゥールを拠点とするサントル=ヴァル・ド・ロワール交響楽団(Orchestre symphonique Centre-Val de Loire)がベネズエラの女流指揮者グラス・マルカーノ(Glass Marcano)を首席客演指揮者に迎えると発表しました。サントル=ヴァル・ド・ロワール交響楽団はトゥール歌劇場の座付きオーケストラです。
マルカーノはベネズエラのサン・フェリペ(San Felipe)生まれの24歳、ベネズエラの音楽教育システム「エル・システマ」で音楽を学んでいます。注目を集めたのは、2020年にパリで行われた女性指揮者のためのコンクール「ラ・マエストラ」に参加したことでしょう。
マルカーノは当時、家族が経営する八百屋の売り子をしながら法律を勉強、その合間にオーケストラの指揮を行っていたが、参加費用150ユーロと旅費を工面して参加。決勝には進出しなかったのですが、オーケストラのメンバーによる投票で見事1位を獲得、情熱的な指揮が話題を集めた。
さて、ラ・マエストラ国際コンクールは、女性指揮者のためにフィルハーモニー・ド・パリとパリ・モーツァルト管弦楽団が協力して2019年に創設されました。第一回コンクールは2020年に、第二回コンクールは2022年に開催され、今回の第三回大会は世界中で注目されるクラシック音楽イベントとなりました。2024年の優勝者と準優勝者は、2024年3月から2年間実施されるラ・マエストラ・アカデミーへの参加権も優先されます。 なぜ女性のみを対象とした指揮コンクールが創設されたのでしょうか?性差に関する意識の顕著な変化にもかかわらず、常設オーケストラの指揮を執る女性の地位は依然として非常に低いままです。世界のオーケストラにおける女性指揮者の割合は、2018年は4.3%、2024年現在8%という現状です。フランスでは、常設オーケストラのトップに就任する女性の数が2019年の2.7%から2022年には10.8%に増加し、目覚ましい飛躍を遂げていますが、男女平等には程遠いところにあります。2024年のコンクールでは、ドイツ在住のイスラエル人指揮者 Bar Avni氏が、フランスのパリ・フィルハーモニーで2024年3月15日から17日にわたって開催された女性指揮者のためのコンクール「ラ・マエストラ」において1位を獲得しました。
次は首都コペンハーゲンにあるデンマーク王立オペラが空席となっている首席指揮者にフランスの若手指揮者マリー・ジャコー(Marie Jacquot)が就任しています。任期は2024/2025シーズンから5年。首席指揮者は2020年10月にアレクサンドル・ヴェデルニコフが新型コロナウイルスで亡くなって以来、空席になっていました。2026年からケルン放送(WDR)響の首席指揮者への就任が決まっています。
彼女は1990年パリ生まれ。パリでトロンボーンを学んだ後、ウィーンおよびワイマールで指揮を学んだ。
2016年にはバイエルン国立歌劇場でK.ペトレンコのアシスタントを務め、2016年と2018年にミュンヘン・オペラ・フェスティバルに出演し、N.ブラス作曲の新作オペラなどを指揮。2016年から2019年までヴュルツブルク歌劇場で第1指揮者および音楽総監督代理を務め、19年から22年までライン・ドイツ・オペラで第1指揮者として活躍。2019年にはエルンスト・フォン・シューフ賞を受賞したほか、インターナショナル・オペラ・アワードの新人賞にノミネートされました。2023年からウィーン響の首席客演指揮者にも就任しています。今年来日していますからその姿に接した人も多いのではないでしょうか。
最後は、ノルウェー放送管弦楽団(Kringkastingsorkestret)が首席指揮者に韓国系米国人のホリー・ヒョン・チェ(Holly Hyun Choe)を迎えると発表した件です。チェは韓国・ソウル生まれの34歳です。幼い頃に家族でロサンゼルスに移住、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校ボブ・コール音楽院でクラリネットを学び、続いてボストンのニューイングランド音楽院、チューリッヒ芸術大学で指揮を学んでいます。
2020/2021シーズンからパーヴォ・ヤルヴィの下、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団のアシスタント・コンダクターを務めてきた他、2024/2025シーズンのロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の「グスターボ・ドゥダメル・フェロー」にも選ばれています。
こうしてみると我が国内では京都交響楽団常任指揮者の沖澤のどかもいますし、先輩格では松尾葉子、三ツ橋敬子もいます。また、日本シベリウス協会の会長を兼務する新田ゆりもいます。ただ、世界を舞台に活躍しないと埋もれてしまいそうな気がします。頑張れ、女性指揮者たち!!山田和樹のように世界に羽ばたけ!!