父像~ふぞう~

父像~ふぞう~

著者 立華夢取(たちばな・むしゅ)

実話を元にした感動の長編ストーリー

   映画化/ドラマ化を目指して連載しています!!

本能的に父を求めながらも、強く拒絶した心の葛藤は、

         ”父と同じにならない”という強烈な気持ちを植えつけていた。

経済的には恵まれた家庭環境の中で、主人公桐生が支払った代償。

それは、父親から受けたドメスティック・バイオレンス

日常的に繰り返される理不尽な出来事は、

まだ幼い桐生にとっては、疑うことのない当たり前の環境だった。

成長し父親となった桐生は、自分にも父と同じ狂気が潜んでいることを自覚し、

自制を失いかねない自身に怯え、全ての行動を父と照らし合わせた。

”二人の息子達への連鎖を止める”

そう誓った矢先の出来事・・・。

世代を超えたドメスティック・バイオレンスの連鎖を止める為に、桐生が下した結論とは・・・。

25年の歳月を経て知った、本当の家族のかたちとは・・・。

父から連鎖した父像。

妻から夫へ、そして息子から父へ贈られた父像。

一般家庭に潜む、ドメスティック・バイオレンス撲滅を願って書いた長編小説です。


読んでいただく方へ   当ブログにご興味を持っていただき有難うございます。当ブログは、小説を連載してい

               ます。そのため、最新記事からお読みいただくと、ストーリーが掴み難くなりますので、 

               過去の記事(日付の古い順)からお読み下さい。

               尚、画面右側の≪目 次≫に記載されている小題をクリックしていただくと、過去の記事

               にリンクするように設定しています。

               実話を元にしたストーリーですが、ご遠慮なくコメントをいただけると嬉しいです。

               幸せに見える一般家庭でも、気づかぬままに起こり得るドメスティック・バイオレンスが、

               その子供たちの生涯にどれ程の影響を与えるか、皆さんに感じていただければと思って

               おります。



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 6月の第3日曜日のことだ。

何の予定もなく、俺たち家族はマンションに顔を揃えていた。

和貴も友達と遊びに行く様子はない。


 まだ外は明るかったが、時刻はもう夕方になっていた。

1日中テレビを観ていた俺は、その日が何の日かわかっていたが、あえて何も口に出さずにいた。


6月の第3日曜日・・・、父の日だ。


「今日は、父の日だねぇ~。」


 一緒にテレビを観ていた真貴子が、ボソッと呟いた。


「・・・・。」


 その真貴子の言葉に、俺はあえて反応しない。

無表情のままテレビを観ていたが、その目線を遮るように、突然、目の前に和貴の顔が現れた。


「おっ、おぅ・・・、びっくりしたぁ~。」


 いつの間に近くに来ていたのだろう。

足音にも気づかず気配すら感じなかった俺は、大きく仰け反った。

和貴は少し照れ笑いを浮かべている。


「描いたよっ!」


 そう言って和貴が差し出した1枚の絵。

それは画用紙いっぱいに描かれた俺の絵だったのだ。


 バックには何色もの色が使われ、画用紙からはみ出んばかりに俺の全身が描かれている。

口元はニッコリと微笑み、お気に入りのブルーのシャツを着てジーンズを穿いている。

同じブルー系の上下服ではあるが、得意の影を活かした描き方で上手くバランスがとられている。

画用紙全体から、躍動感が伝わってきた。


 そして、描かれた俺の頭の上に、半円形に書かれた文字があった。


― パパへ、ありがとう。―


 俺は少し引きつった顔で笑った。

あまりに唐突に差し出された和貴の絵に、どう反応していいのかわからなかったのだ。


 いまにも流れ出しそうな涙を堪えた。


その嬉しさを、どう表現したら良いのだろう・・・。


普通の父親なら、こんな時、どんな顔をして何を言うのだろう・・・。


和貴に何て言おう・・・。


「ほらっ、和くんが描いてくれたんだって。」


 戸惑う様子に痺れを切らせた真貴子が促した。


「おっ、あっ、あ・・・ありがとなっ。和貴。」


 ようやく言葉が出た。





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「この子は、よく飲むね。」


 洋平に母乳を飲ませながら、真貴子が微笑んだ。


「和貴もすごかったけど、この子はそれ以上ね。」


「真理が飲まなかったんだろ?だから、特にそう感じるんじゃないか?」


「それも、そうかもね。」


 和貴と真理は既に眠っている。

俺と真貴子は寝巻姿で、勢いよく母乳を飲む洋平の様子を眺めていた。


 洋平は、そろそろ首も座りそうだ。

女の子の真理とは違い、母乳もよく飲み動きも激しい。

きっと、元気な子に成長していくのだろう。


 今まで和貴との接点を気にしていた俺は、可能なかぎり洋平の成長を感じていこうと思っていた。 

この先、自分の意識がこの子にどう向けられていくのかわからない。


 和貴と同じように接してしまうのだろうか・・・。


そんな少しばかりの不安を敢えて意識せず、淡々と洋平の成長を見ていこうとしているのだ。


 父と同じにならないこと・・・。


 DVに因われないこと・・・。


自身の旅路を着実に進んでいる真貴子と一緒に歩んでいこう。


娘・真理への愛情が追い風となり、俺を更に押し進めてくれた。


 この子を愛そう・・・。


 この子の父親になろう・・・。


 自分の父とは違う、本当の父親になろう・・・。


 そして、いつの日か和貴を心の底から愛しているという実感を掴むのだ。

真貴子の言う通り、焦らずにゆっくりやっていけばいい。

和貴、真理、そして洋平の父親は俺だけなのだと、そこだけを淡々と見つめるように心がけていた。


 もし不自然な苛立ちが、その姿を見せ始めても知らん振りして放って置けばいいのだ。

なにもわざわざDVに照らし合わせる事などない。

販売台数だってトップじゃなくても、それはそれでいいじゃないか。


 俺は、仕事に明け暮れていた父とは違うのだ。

我が子を蔑ろにしてつかむ栄誉など、何の価値もない。


 土曜日か日曜日、最低でも月に一度は必ず休みを取るようにもした。

俺を励ます真貴子の言葉、そして洋平の誕生を期に、心から息子を愛し、娘を愛する本当の父親になれそうな気がしている。


 和貴とは、あの時以来、二人だけで時々公園に行った。

4年生になった今は紙飛行機で遊ぶことも少なくなったが、散歩と称して和貴を誘った。

 

形からでも構わない。


諦めないことが大切なのだ。


 DVに囚われず、父と同じにならないと思い続けることが、結果として息子への愛情に繋がるのだ。




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 分娩室を出た俺は、電話を掛けるために産婦人科の外に出た。

待合室にコートを置いたままだった事もあり、外は凍えるほど寒い。

近くの家には、昨日までのクリスマスを演出した装飾電球の光が、チカチカと幸せな光を灯していた。


 狛江のマンションでは、真貴子の出産に合わせて上京した義母が待っていた。


「もしもし。あっ、お義母さんですか?いま、無事に産まれました。男の子です。」


 あの日以来、義母の方から桐生家の様子を訊いてくる事はない。

恐らく、真貴子とは何らかの話をしているのだろうが、義母とて真貴子の敬愛する祖母の実娘だ。

過去ではなく、父親として生きようとする俺の今に期待しているのだろう。


「そうかいっ。真貴子も赤ちゃんも元気かい?」


「えぇ、二人とも元気ですよ。大丈夫です。」


「こっちは、和貴も真理もいい子にしてるから。そうかい、そうかい。無事に産まれて良かった。本当に良かったよ。」


 安心した義母の喜ぶ声が嬉しかった。


 野口氏が口癖のように言っていた、親孝行をした気分を味わった気がした。


 6日後、洋平と名づけられた我が子を胸に抱き、真貴子は退院した。

義母は、和貴と真理に別れを惜しまれながら柏崎に戻って行った。


 9歳になって間もない長男・和貴、2歳7ヶ月の長女・真理、大役を終えた真貴子、そして俺という家族に、新たに次男・洋平が加わった。


 沈もうとしている”DV”の2文字。


俺はこの5人が、いつまでも家族でいられると思った。


俺が、諦めなければ・・・。




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 冷たく乾いた風がコートの襟元から入り込み、外はじっと立っていられない程に冷え込んでいる。

街では昨日までのクリスマスムードは一変し、お正月の飾り付けが目につき始めたていた。


 12月26日、元気な男の子が誕生した。


2人目の息子・・・。


 産婦人科の廊下に置かれた、やたらクッションのあるベンチに座った俺を、白衣を纏った助産婦が呼んでいる。

その後に続き、掃除のいき届いた廊下を歩き、俺は分娩室の前に案内された。


 そのドアの前で、大きく深呼吸をする。


 硬く目を閉じ、ドアの向こうで産声をあげる2人目の我が息子を、頭の中に思い描いた。


 父親、夫婦、息子、そしてDV・・・、自分の心の中にある不安を全て消し去る。


 あの日を知らない新しい命との初めての対面を、真貴子と同じ気持ちで迎えよう。

そう、心に刻み込んだ。


「お父さん、どうしました?」


 先に分娩室に入ってしまった助産婦が、ドアを半分だけ開けて顔を出した。

ニコやかに笑いながら、俺に問いかけている。

この助産婦も、色々な父親を見てきたのだろう。

その落ち着いた笑顔が、俺に安堵を与えてくれた。


「あっ、いえっ。いま、行きます。」


「奥さんと、赤ちゃんが待ってますよ。」


「はいっ!」


 少し大きめの声で返事をした為、助産婦は笑顔のまま大げさに仰け反ってみせた。


 重厚なドアをゆっくりと開けた俺の目に、真貴子の横顔が飛び込む。

分娩台に横たわったまま、ドアの音に気づくと、俺の方に顔を向けた。


 化粧っけのないその表情は、少しやつれて見えるが、心の底から込み上げたような優しい笑顔を浮かべている。

作られたものではなく、女性がその一生で見せる最も美しく自然な笑顔なのだろう。


母親としての大役を終えた真貴子は、安堵な表情を向け微笑み続ける。

俺は自分が父親であることの重みを、その微笑の中に改めて感じていた。


「男の子だよ。」


 目じりを下げ、か細い声で真貴子が話す。


「うんっ、男の子だな。・・・お疲れさま。」


 俺は静かに応え、真貴子を労った。


 目の前で笑うこの女性に、今まで何度救われたのだろうか。

和貴と真理、そして新たな命をこの世に産み落とした目の前の女性が、俺の妻であること。

それは紛れもなく、俺が夫であり、そして父親であることの証なのだ。


 分娩室のドアの前で消し去った不安は、今この場に姿を見せる事など出来ない。

俺は確信した。


 助産婦に促され、隣の部屋に通された。


「は~い、お父さんですよぅ~。」


 小さな体に産衣を纏った我が息子を、別の助産婦がゆっくりと抱き上げようとしている。

真っ赤な顔で産声をあげながら、細く折れてしまいそうな足をピクッピクッっと小刻みに動かしている。


力強く握られた小さな手の中には、母親のお腹の中で掴んだ、たくさんの夢や希望が握られているのだと聞いたことがある。

そして、その小さな手が開かれた時、それは世に羽ばたいて行くのだ。

その夢や希望を再び我が手に掴むため、人は立ち上がり、自らの足で歩むのだという。


 たった今、その生を成した我が息子は、どんな夢や希望を握っているのだろう。

両腕を上げ、その体を力いっぱい大きく見せようと、まるでガッツポーズをしているみたいだ。


 その姿が、俺に勇気を与えようとしている。


 俺に父親としての自信を持てと言っている。


 お前は、僕の父親だ。


 僕の父親は、お前だけだと必死に訴えているかのように、俺の目に映し出されていた。


”DV”という二文字は、今ゆっくりと沈もうとしている。




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「ちゃーチャン、ちゃーチャン。」


 子供用のダイニングチェアーに腰掛けた2歳半の真理が、小さな手でスプーンを握ったまま真貴子のお腹を指差している。


「真理ちゃん。赤ちゃんっ、でしょ。赤ちゃんって言うんだよ。」


 ハンバーグに食らいついていた和貴が、顔を上げて真理に言葉を教えた。

いつの間にか、すっかりお兄ちゃんが板に付いている。


「い~やっ。ちゃーチャン、じぇちょっ。」


 真理は、手に持ったスプーンで食器を叩きながら少し怒っている。


その表情も、また可愛い。


 焼いたお餅が、網の上でプーッと膨れるように頬っぺたを膨らませている。

「プスッ」っと割れて形が崩れても、香ばしい香りが辺り一面に広がって見るからに美味しそう。


そんな真理の頬っぺたを摘んでみたくなる。


 どうやら真理は、和貴の教え方がご不満のようだ。


「はい、はい、はいっ。真理ちゃん、ご飯食べようね。」


 真貴子は箸でちぎったハンバーグを、真理の小さな口へ運んだ。


 家族揃っての、団欒のひと時。


少しずつでいい、俺は俺として進んでいけばいいのだ。


「来月には、真理ちゃんもお姉ちゃんになるねぇ。」


 3回目の出産を控えた真貴子は、もう落ち着いたものだ。


 お腹に宿した3人目の命は、真貴子にとっても一つの旅路となっていた。

目標としている祖母を意識した気持ちがあった。

「どんなことがあっても、自分の子を守らにゃいけない。家族は一緒に居なきゃいけない。」

あの時の祖母の言葉が、真貴子の心に響いているのだろう。

 残虐な戦火の中を生き抜き、どんな逆境でも物事の本質を見失わない。

義母を含め、3人の子供を育て上げた祖母の境地に達することを、真貴子は目指しているのだ。

 そして、真貴子とその弟という2人の子供を育てた、自分の母親を越えようとしている。

自分たちの家族を築きたいという切なる願いと共に、俺を励ましながらも自身の抱く母親像を目指し奮励しているのだった。


 和貴と真理が産まれるとき、父親になることへの不安が俺を包んでいた。

3人目の命をお腹に宿した真貴子に、俺はその時の胸中も打ち明けていた。

悪阻も酷く、体調や精神状態も不安定なその時期であっても、真貴子は俺を励まし続けた。


「あなたは親を捨て、自分の家族を選んだ。息子であることから、父親として生きていくことを選んだ人。本来、あってはならない親との決別でも、あの時のあなたの選択は間違えじゃなかった筈よ。誰もが出来る決断じゃないっ。そんな決断をしたあなたなら大丈夫。DVなんて気にしなければいいの。もっと自分を信じて。・・・パパは、パパだから。」


 そう言って、強い視線で見つめた。


 真貴子の言葉を受け、3人の子供の父親となる日を目前に控え、俺は自分自身に言い聞かせている。

 和貴へは焦らずに接していけばいい、真理に沸き起こる愛情は素直に表現すればいい。


俺が諦めない限り、何も失うことなど無いのだと。




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「真貴子は、何で俺みたいな奴と一緒にいるんだ?和貴にも父親らしいことは、何もしてやれてないし・・・。三崎みたいな、良い夫だとは思わないけど・・・。」


 食卓には、和貴が大好物のハンバーグが並べられている。

リビングのファンヒーターが、部屋の中に暖かい空気を提供していた。


 教科書の答えがないならば、自分で書いていくしかない。

俺は日々、貪るように何かを学ぼうとしていた。


「さぁ、食べよっか。」


 失ってしまった販売台数トップの座と引き換えに、家の中には少しだけ和やかな空気が流れるようになり、夕食のテーブルには、家族が顔を揃えることが多くなっていた。


 俺の教科書には、相変わらず”DV”の二文字が浮いたり沈んだりしているのだが、真貴子のアドバイスによって、上手く付き合うことが出来ているようだ。


「おいおいっ、俺の質問はどうなの?一緒にいる理由・・・。心の支えにしますので。」


 和貴の前だということもあり、「真貴子が俺と・・・」という最初の言葉は控えて聞き直した。


「パパは、ジェイソンと同じことは・・・、って、ずっと言ってるよね。」


 根負けした真貴子が話し出した。


さすがに和貴が横に座っている為、暗号を使ってもぎこちない。


「パパは自分のことだけで大変だと思うけど、それって何のため?ジェイソンみたいになら・・・、ってのは、何のためになると思う?」


「うぅ~ん、そりゃあ、俺も・・・、散々・・・、嫌だったから。まあ、いいやっ。また、今度話そう。」


 言葉を選ぶというのは、何とも難しい。

自分で質問をしておきながら、話を切り上げようとした。


「ねぇ、何のためだと思う?」


 逆に、真貴子が応じなくなった。


「ジェ・・・、ジェイソンと同じにならないためだよ。」


「それは当たり前でしょ。答えになってないじゃない。パパがいつも思っていることはねぇ、結果として私たちに繋がっているの。パパはいつも、ジェイソンと同じ事は・・・、ってとこだけ頭にこびり付いてるんだろうけど、それは結果として私たちが居るからでしょ?家族みんなが幸せに暮らしていくために、同じにならないようにしているのよ。」


「結果としては、そうかもしれないけど・・・。」


「私たちが居なければ、パパはそこまで考えるかしら?」


「ん~、わからないけど、俺は今まで中途半端が多かったからなぁ・・・。止めちゃってたかもしれない。」


 中途半端という言葉を出してしまい、思わず和貴の方を見たが、大好きなハンバーグを前にしていたのが幸いした。


 食らいついてる真っ最中だ。


「そうでしょ。ジェイソンと同じ事は・・・、っていう思いは、私たちが居るからこそ考える訳で、一緒に居ようと思うのは、それをパパがずっと思い続けてるからだよ。今までパパは、それだけは絶対に諦めなかったでしょ?時間が掛かってもいいの。パパが諦めない限り、私たちは家族だよ。何があっても、一緒に居なきゃっ!」


 真貴子が敬愛する祖母の言葉だ。


 日々の会話の中で、父から差し出された教科書には、真貴子によって家族という刻印が少しずつ刻まれていった。


 俺はまるで、先生から検印をもらうことを楽しみに学ぶ子供のようだった。


 幼い頃から挫折を繰り返していた俺が、唯一、今も諦めていないこと。


それが、父と同じにならないという思いなのだ。


「そうだっ!今日は、病院だったんだろ?先生には何か言われた?」


「ううん、順調だって。よく動くって先生もビックリしてたよ。」


 答えを話し終えた真貴子に、俺は思いついたように別の質問をした。

真貴子のお腹が大きくなっているのだ。


 桐生家には、3人目の新たな命が降り立っていた。


「私たちは家族だよ。何があっても、一緒に居なきゃっ!」という言葉は、お腹の中の新たな命も含んだ、真貴子の切なる願いなのだろう。




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 どうしても気になっている事が一つだけあった。

散々考えた挙句、真貴子に尋ねてみることにしたのだ。


「あのさぁ、別にDVに依存していつもりはないんだけど・・・、一つだけ気になってることがあるんだよ。」


「なぁに?」


「真貴子の意見で構わないんだけど、・・・ジェイソンのことなんだけど・・・。」


 ジェイソンとは、父のことだ。

あの一件で、斧を持って暴れまわった父の話をする時は、和貴に聞こえても影響がないように”ジェイソン”と呼ぶことにしたのだ。

夫婦の間での暗号だ。


「ジェイソンは、ドンマイ・バケーションなのかな?」


 DVという言葉も、不用意に和貴の耳に入らぬよう、片岡のネタを拝借していた。

少々滑稽な会話になるが、この方が暗い会話にならずに済むと、真貴子も同意したのだ。


「ん~、私が調べてたのはジェイソンのことじゃなく、和くんへの影響だからね。よくわからないけど、パパに影響が及んでるって考えると加害者だろうね。それに、そう思った方がいいんじゃない?和くんや、パパの為にもね。」


「どうして?真貴子は、それに囚われすぎない方がいいって言ったよな?」


「まだ、良くわかってないみたいだね。自分の事と混同しちゃ駄目よ。上手く付き合っていけばいいのよ。あの紙に書いてある文章とね。」


「上手く・・・、付き合う?ドンマイ・バケーションと?」


「そうよ。もしジェイソンが正常な人間だとしたら、その正常な人間があんな事したら、和くんやパパは報われないでしょ?もちろん、私もだけどね。だって、パパの親だよ。だからこそ、加害者だと考えた方がいいと思うのよ。ドンマイ・バケーションの加害者だから暴れた。都合が良いように思うかもしれないけど、そうやって考えれば、仕方のないことだったと思えるじゃない。だからって、許される事じゃないけどね。」


「なるほどな。上手く付き合うのか・・・。」


「パパがどうしても苦しいなら、時には依存させたっていいんだよ。無理に避けることはないの。加害者だとか、そうじゃないとか意識しなくてもいい。普通にしてればいいのよ。」


 真貴子は俺の質問に応えながら、優しく教え諭し導いていく。

あれから10ヵ月、あの書類を放置したことへの気兼ねもあるのだろう。

 

 たまたまだったとはいえ、書類を発見してしまったことを残念に思う気持ちは俺にもある。

しかし、真貴子の日々の話は、俺にとってはありがたかった。

遅かれ早かれ、DVという言葉に辿り着くことは、避けては通れなかったのかもしれない。

 ただ、元を辿れば、真貴子があの書類を請求するに至る原因をつくったのは父だ。

父の破壊行為が、俺だけでなく真貴子の心まで破壊しようとしたのだ。

そして、そんな父を選んだ母は、今もあれこれ取り繕っているのだろう。


 夕食の支度をしている真貴子に、別の質問を投げかけてみた。




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「それであなたが落ち着くなら、それでも構わないよ。実際に、お義父さんと同じにならないと思い続けてここまでやって来たんだし、他に心の依存先が見つかったんだからね。」


 真貴子に反論しようと開き直ったのだが、それでも構わないと肯定され、反論の切っ掛けを見失った。


 なにが自分への挑戦だ・・・。


俺も勝手なものだ。


「何だよ、それっ。夫がDV加害者になろうとしてんだぞっ!いいのか、それでっ!」


「それは私に聞くことじゃないよ。あなた自身がそれでいいのかって事でしょ?私は、さっき言ったよ。お義父さんと同じになったら嫌だって。もしそうなったら、私は私として考えます。同じになりたくないって思ってるのは、あなた本人でしょ?あなたの心の問題は、あなたしか変えることが出来ないのよ。DVを依存先にして落ち着くのならそれでも良いっていうのは、そういう意味よ。あなたがそれで良いなら構わないってこと。ただね、私は同じ事の繰り返しになると思うよ。お義父さんが暴れてた様子が、映像のように頭から離れないって言ってたよね?自分も同じ事をやってしまいそうで怖いって。その紙だって同じだよ。はっきり文章が書いてあるんだよ。自分がやった事を一つ一つ確認して、その都度DVに当て込んで気を静めても、いつかは限界が来ると思うよ。自分がお義父さんに近づいてしまうように、その紙に書いてある通りの本当のDV加害者に、近づいていっちゃうだけじゃないの?」


 真貴子の話を聞いて、恐ろしくなった。


心の何処かで望んでいた特権を否定され、抑えきれない苛立ちが起こってしまった。

真貴子の言う通りだったようだ。


「それならこんな紙、あんなとこに入れとくなっ!こんな紙見なけりゃ、俺は余計なことを考えないで済んだんだっ!何でこんなもん請求したんだっ!」


「また、人のせいにするんだね。確かに私は、書類の整理が苦手だからね。放置しておいた事は謝ります。でもね、私だって被害者だってこと、忘れてない?お義父さんが暴れた時に、あの家に居たのは誰よ?私だけじゃなく、和くんだって居たんだよ。和くんは、鉄鎚持って暴れるお義父さんに睨まれたんだよ。お爺ちゃんのこと、あんなに大好きだったのに・・・。どんな影響が出るかは、あなたが一番良く知ってるんじゃないの?私は私なりに調べたの。だから資料請求したの。アンダーラインを引いたのも、お義父さんの言葉や行動から、和くんへの影響がどの程度あるかを調べようと思っただけ。」


 和貴の話が出た以上、苛立ちを抑えるしかなかった。

いつもと同じように、俺は黙った。


「結局、わからなかったわ。和くんにはね、この先、私たちが親としてちゃんと接してあげるしかないと思ったの。今のところ影響が出たのは、あれから少しの間だけだったから、今は安心しているけどね。」


 再び、父親としての重責が圧し掛かった。


 俺がこの紙に気持ちを依存させていたことは、逃げ道を塞がれた今の気持ちが証明している。

言われてみれば、確かに真貴子の言う通りなのだ。

この2ヶ月強の間、飛ばない紙飛行機が作られることはなかった。

恐らくそれも、この紙に気持ちを依存させていた証拠だろう。

優しくなれていたのは、新しい依存先を見つけたばかりだったからだ。

 

 和貴を公園に連れて行った時も、他の父子に会わないようにしていた。

自分が元に戻ってしまいそうで自信がなかった為に、他の父子を避けたのだ。

 和貴を誘い出した気持ちを、丁寧に、丁寧に扱おうとしていたのも、その気持ちが壊れてしまうことがわかっていたから。


 DVの恐ろしさを感じた。


唯一、俺に当てはまる事はないと思っていた項目が、頭を過ぎった。


ー 性的な暴力 ー


「真貴子・・・、俺・・・、やっぱり加害者なのかな?」


 気持ちを依存させてしまった自分が怖くなり、改めて真貴子に問いた。


「加害者かもしれないし、そうじゃないかもしれない。私はどっちでもないと思うよ。だってあなたは、・・・あなただもん。パパは、パパなのよ。DVかどうかって、誰が決めるの?あなた自身が決めなきゃいけないことじゃない気がするよ。確かに、この紙を見て当てはまることがあったのかもしれないけど、自らその枠の中に入って行くことはないと思うよ。あなたがいつもお義父さんを意識してしまうのは、親子だから仕方のないことよ。でも、わざわざ新しい苦しみを増やすことは無いんじゃないの?DVに囚われ過ぎちゃ駄目だよ。ずっとDVを意識して生きていくつもりなの?あなたの気持ちの居場所は、別のところにちゃんと存在しているのよ。お義父さんでもない、この紙に書いてあるDVでもない・・・、家族なのよ。」


 旅の目的地までの道中、障害を避け、脇道にそれてしまいそうだった俺を、真貴子がまた正しい道に引き戻した。

ただ俺の中に、”DV”という二文字のアルファベットが刻まれてしまった事は確かだった。


 答えのページに、父と”同じ事をしない”とだけ書かれた教科書に、”DV”という文字が、浮かんでは沈み、沈んでは浮かぶ。


 そんな日々が、繰り返されるのだろう・・・。




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「あなたは、加害者じゃないよ。」


「なにぃ?どっちなんだよっ!!」


 俺は思わず、声を荒げてしまった。

すかさず真貴子は、わざとらしい仕草で、あの上目遣いをした。


さっき話したばかりだ。


 それを見せられれば、自分を無理やりにでも抑えるしかない。


「やっぱりねぇ。否定すればそうやって怒るんだね。だからこの紙はいらないって言ったのよ。・・・無意味なの。特にあなたにとってはね。あなたの心理状態を整理してあげるよ。書類を片付けてくれたお礼にね。」


「なっ、何だよそれ・・・。」


「あたながこの紙を見つけた時、怒って暴れそうになったって言ったけど、それは何故だと思う?」


「真貴子が俺のことを、DV加害者だと思ってたって知ったからだよ。」


「それじゃあ、私があなたのことを加害者じゃないよって否定した時に、どうして怒ったの?」


「それは・・・、加害者だって言ったり、そうじゃないって言ったりするからだよ。」


「違うと思うよ。あなたは自分がDV加害者だって事を、心のどこかで望んでいるの。だから私がそれを否定した時に怒ったのよ。この紙を見た時に、あなたが暴れそうになったのは、私にDVだって思われたからじゃなくて、私があなたに内緒で、この紙をコソコソ見てたという事に対して怒りが起こったんだよ。あなたに隠れて相談会に行ったと思ったから怒ったの。別にそれがDVの事じゃなくても、あなたは怒ったと思うよ。もちろん、私はコソコソやってたつもりはないけどねっ。」


「だったら、それが正にDVの症状だろ?真貴子が俺に隠れてこの紙を見てた事に苛立ってるなら、それはDVの症状だろ。妻の行動をチェックしたり、妨害したりって書いてあるじゃねぇか。」


 俺は苛立ち始めてはいたものの、上目遣いの話が特効薬のように効き、自分自身を制している。


「ほらっ、やっぱり。自分がDVだって言いたいんでしょ?2ヶ月もの間、私に言えなかったのも、自分がDV加害者だって事を否定されるのが怖かったのよ。きっと。」


「なんでそんなこと・・・、だって、DVだぜ。これっ、この紙・・・、見たんだろ?凄いぜ、かなりっ・・・。自分からDVを望む必要なんてある訳ないだろっ。何でわざわざ自分のことをDVだって言う必要があるんだよ。」


 「楽だからだよ。私の上目遣いが、この紙と連動してると考えたのは、言ってみればこじつけよ。自分が加害者だと認めたい気持ちがあったにも関わらず、あなたのことをDV加害者だと決めたのは、妻である私だって事にしたかったのよ。決して良いとは思えないDVを自ら認めるのではなく、人のせいにしたかっただけなのよ。DVだと認めざるを得ない状況を作りたかっただけなんじゃないかな!?あなたは、悲劇のヒーローになってるだけ。楽なのよ、その方がっ。あなたはまた、楽な道を選ぼうとしているの。だからこの紙は、あなたにとって無意味なの。」


 確かに、この書類を発見した時、真貴子の上目遣いを強引に結びつけたところはあったかもしれない。


そして、自分がDVだということを、書類を見た俺はあっさりと認めた。


「何で、自分の事をDVだと思うと楽なんだよっ?暴力だの、暴言だのっていっぱい書いてあるんだぜ。楽って何なんだよ?」


「あなた、お義父さんと同じになりたくないって、いつも口癖のように言ってるよね?それは良いと思うよ。私だって、あなたがお義父さんと同じ事したら嫌だし、あなたが苦しんでるのもわかってる。でも、親子だからどうしても似てるところがあったりするよね?自分が徐々にお義父さんと同じになってきている事に、不安になってたんじゃない?和くんや真理が産まれて、あなたの周りで色々な事が起きて、お義父さんと同じになりたくないという思いだけでは間に合わなくなってきたのよ。だからこの紙を見つけた時に、自分をそこに当て込んだの。自分はDVだからイライラしても仕方ないと考えれば、その方が楽でしょ?あなたは、自分の気持ちの依存先をこの紙に移しただけ。苛立つ原因をDVの影響だということにしたいだけなのよ。」


 真貴子の話によって、複雑に入り乱れていた心の中が、徐々に整理されてきたのは確かだった。


「でも俺は、片岡が日本中の男はみんなDVだって言った時には反論しようと思ったぜ。DVを認めたくないから、そう思ったんじゃねぇのか?」


「認めたくなかったのは、あなた以外のDV加害者だよ。日本中の男性が、みんなDVだったら、あなたは悲劇のヒーローになれないもん。DVを自分の特権にしたかっただけだよ。」


 心の何処かで、俺は自分をDV加害者だと認めたがっている。


俺は片岡の言葉にも、綺麗事を並べていただけなのだ。


自分の特権としたいが為に、日本中の男の殆どがDVだと容認した片岡に反発した。


真貴子の話は、俺の心理状態を的確に捉えているかもしれない。


DVという行為が良くない事だとわかっていたが、俺は悔しさのあまり開き直った。


「だったら認めちまえばいいじゃねぇかっ!悲劇のヒーローだろうが、特権だろうが、DVを認めて楽になるなら、その方がいいじゃねぇかっ!俺はこの紙を見てから、苛立つこともなかった。この紙を見たお陰で優しくなろうと思ったし、今日だって和貴を誘って公園にも行ったんだ。和貴、ちゃんと喜んでたんだぞっ!」


真貴子へ向かって、声を荒げた。




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「んっ、なぁに?」


「あっ・・・、洗い物、大変だな・・・。」


 違うことを言ってしまった。


「なぁにぃ、ホントに今日はどうしたの?手伝ってくれるの?何かあるんでしょ?このところ遅かったし、いい女性でもできたのかしら。」


 真貴子は直球のつもりだろうが、俺には変化球に思えた。


「そんな訳ないだろっ。違うよ・・・。あのさぁ・・・、これなんだけど・・・。」


「何それ?何の紙?」


 俺が差し出したあの書類を見た真貴子は、表情を変えなかった。


「それが、どうかしたの?」


「どうかしたのって・・・。この前、和貴の”お知らせ”を片付けてたら出てきたんだけどさ。これは・・・、何?・・・行ったのか?」


 洗い物の手を休め、タオルで濡れた手を拭いた真貴子は、その書類を受け取って眺めた。


「あぁ、これねぇ。これはね。お義父さんの事があったあと、インターネットで調べた時に資料請求したの。でも、もういらないよこれっ。意味がないの。行く意味がね。だからパパにも言う必要はないと思ってたのよ。」


 真貴子は、相談会には行っていなかったようだ。

俺は少しばかり、肩を撫でおろした。

そして、あっさりと話す真貴子に、この書類を発見してからの事を全て話した。


 強烈な怒りを覚え、そのまま暴れてしまいそうになったこと。

それを止めたのは、この書類に書かれた文章だったこと。

仕事が終わっても営業所に残っていたことは、実際に忙しかったということにしたが、帰宅することが憂鬱だったという部分は話した。


 真貴子に聞いてみようと思った経緯を話す中では、片岡が言ったことに対して反論したい気持ちが芽生えたことも話した。

この書類にアンダーラインを引いたのは、やはり真貴子だったようだ。

 ただ、そのアンダーラインは、真貴子や、和貴や、滝口親子の前で悪鬼と化した父に当てはめたものだと真貴子は話した。


 確かに身体的な暴力や、性的な暴力について書かれた項目にはアンダーラインがない。

特に、性的な暴力などは、真貴子が判断できる項目ではないだろう。

 

 父の事だというアンダーラインについては、自分自身に当てはまる気がしているという事も話した。


 そんな俺の話にも、「それで?」と言って首を傾げるだけで、真貴子が表情を変えることはなかった。


「真貴子はさぁ、俺が大きな声を出した時に、よく上目遣いになるよなぁ?あれは、この書類の文章を思い出してるんじゃないのか?」


「えぇ・・・!?そんな訳ないでしょ。全ての文章を暗記した訳じゃないし。だいたい、私がそんなにこの紙に執着してるなら、いくら整理が苦手でも、もっとちゃんと管理するよ。パパにだって話すよ。お義父さんの事だもの。言っておくけど、別に私、コソコソやってたつもりはないからね。」


「じゃあ、あの上目遣いはなに?」


「アハハッ。一応、気づいてたんだぁ。あれはねぇ、パパの真似をしてるんだよ。」


「えっ?」


「パパがイライラして大きな声を出したあと、必ず上目遣いになるの。私だって大声出されれば頭にくるのよ。言われるだけじゃ悔しいから、パパの癖を真似してやったのよ。それが普通の人間の感情でしょ?怒ってるのよ、私だって。」


 それを聞いて拍子抜け、足元にあった梯子を外された気分になった。


「真貴子は・・・、俺がDV加害者だと思うか?」


 真貴子の表情が、初めて変化をみせた。


 呆れ顔になったのだ・・・。


 やはり俺を加害者だと見ているのだろうか。

呆れ顔の口元が、少し笑っているようにも見える。


「言って欲しい?」


 ここまで冷静に話しをしていたが、徐々に鼓動が激しくなってきた。

俺は何も言わずに頷いた。


「あなたは、DV加害者だよ。」


 真貴子の言葉を聞いて、大きく息を呑んだのは確かだ。

ただ、不思議と苛立ちが沸き起こらない。


 何故だろう・・・。


 俺はこの二ヶ月の間に、優しくなれたのだろうか・・・。


「やっぱり、俺もそうなのかぁ・・・。」


「どぉ?安心した?」


「えっ?」


 真貴子の顔が、思わせぶりな表情になった。




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