「ちゃーチャン、ちゃーチャン。」
子供用のダイニングチェアーに腰掛けた2歳半の真理が、小さな手でスプーンを握ったまま真貴子のお腹を指差している。
「真理ちゃん。赤ちゃんっ、でしょ。赤ちゃんって言うんだよ。」
ハンバーグに食らいついていた和貴が、顔を上げて真理に言葉を教えた。
いつの間にか、すっかりお兄ちゃんが板に付いている。
「い~やっ。ちゃーチャン、じぇちょっ。」
真理は、手に持ったスプーンで食器を叩きながら少し怒っている。
その表情も、また可愛い。
焼いたお餅が、網の上でプーッと膨れるように頬っぺたを膨らませている。
「プスッ」っと割れて形が崩れても、香ばしい香りが辺り一面に広がって見るからに美味しそう。
そんな真理の頬っぺたを摘んでみたくなる。
どうやら真理は、和貴の教え方がご不満のようだ。
「はい、はい、はいっ。真理ちゃん、ご飯食べようね。」
真貴子は箸でちぎったハンバーグを、真理の小さな口へ運んだ。
家族揃っての、団欒のひと時。
少しずつでいい、俺は俺として進んでいけばいいのだ。
「来月には、真理ちゃんもお姉ちゃんになるねぇ。」
3回目の出産を控えた真貴子は、もう落ち着いたものだ。
お腹に宿した3人目の命は、真貴子にとっても一つの旅路となっていた。
目標としている祖母を意識した気持ちがあった。
「どんなことがあっても、自分の子を守らにゃいけない。家族は一緒に居なきゃいけない。」
あの時の祖母の言葉が、真貴子の心に響いているのだろう。
残虐な戦火の中を生き抜き、どんな逆境でも物事の本質を見失わない。
義母を含め、3人の子供を育て上げた祖母の境地に達することを、真貴子は目指しているのだ。
そして、真貴子とその弟という2人の子供を育てた、自分の母親を越えようとしている。
自分たちの家族を築きたいという切なる願いと共に、俺を励ましながらも自身の抱く母親像を目指し奮励しているのだった。
和貴と真理が産まれるとき、父親になることへの不安が俺を包んでいた。
3人目の命をお腹に宿した真貴子に、俺はその時の胸中も打ち明けていた。
悪阻も酷く、体調や精神状態も不安定なその時期であっても、真貴子は俺を励まし続けた。
「あなたは親を捨て、自分の家族を選んだ。息子であることから、父親として生きていくことを選んだ人。本来、あってはならない親との決別でも、あの時のあなたの選択は間違えじゃなかった筈よ。誰もが出来る決断じゃないっ。そんな決断をしたあなたなら大丈夫。DVなんて気にしなければいいの。もっと自分を信じて。・・・パパは、パパだから。」
そう言って、強い視線で見つめた。
真貴子の言葉を受け、3人の子供の父親となる日を目前に控え、俺は自分自身に言い聞かせている。
和貴へは焦らずに接していけばいい、真理に沸き起こる愛情は素直に表現すればいい。
俺が諦めない限り、何も失うことなど無いのだと。