「真貴子は、何で俺みたいな奴と一緒にいるんだ?和貴にも父親らしいことは、何もしてやれてないし・・・。三崎みたいな、良い夫だとは思わないけど・・・。」
食卓には、和貴が大好物のハンバーグが並べられている。
リビングのファンヒーターが、部屋の中に暖かい空気を提供していた。
教科書の答えがないならば、自分で書いていくしかない。
俺は日々、貪るように何かを学ぼうとしていた。
「さぁ、食べよっか。」
失ってしまった販売台数トップの座と引き換えに、家の中には少しだけ和やかな空気が流れるようになり、夕食のテーブルには、家族が顔を揃えることが多くなっていた。
俺の教科書には、相変わらず”DV”の二文字が浮いたり沈んだりしているのだが、真貴子のアドバイスによって、上手く付き合うことが出来ているようだ。
「おいおいっ、俺の質問はどうなの?一緒にいる理由・・・。心の支えにしますので。」
和貴の前だということもあり、「真貴子が俺と・・・」という最初の言葉は控えて聞き直した。
「パパは、ジェイソンと同じことは・・・、って、ずっと言ってるよね。」
根負けした真貴子が話し出した。
さすがに和貴が横に座っている為、暗号を使ってもぎこちない。
「パパは自分のことだけで大変だと思うけど、それって何のため?ジェイソンみたいになら・・・、ってのは、何のためになると思う?」
「うぅ~ん、そりゃあ、俺も・・・、散々・・・、嫌だったから。まあ、いいやっ。また、今度話そう。」
言葉を選ぶというのは、何とも難しい。
自分で質問をしておきながら、話を切り上げようとした。
「ねぇ、何のためだと思う?」
逆に、真貴子が応じなくなった。
「ジェ・・・、ジェイソンと同じにならないためだよ。」
「それは当たり前でしょ。答えになってないじゃない。パパがいつも思っていることはねぇ、結果として私たちに繋がっているの。パパはいつも、ジェイソンと同じ事は・・・、ってとこだけ頭にこびり付いてるんだろうけど、それは結果として私たちが居るからでしょ?家族みんなが幸せに暮らしていくために、同じにならないようにしているのよ。」
「結果としては、そうかもしれないけど・・・。」
「私たちが居なければ、パパはそこまで考えるかしら?」
「ん~、わからないけど、俺は今まで中途半端が多かったからなぁ・・・。止めちゃってたかもしれない。」
中途半端という言葉を出してしまい、思わず和貴の方を見たが、大好きなハンバーグを前にしていたのが幸いした。
食らいついてる真っ最中だ。
「そうでしょ。ジェイソンと同じ事は・・・、っていう思いは、私たちが居るからこそ考える訳で、一緒に居ようと思うのは、それをパパがずっと思い続けてるからだよ。今までパパは、それだけは絶対に諦めなかったでしょ?時間が掛かってもいいの。パパが諦めない限り、私たちは家族だよ。何があっても、一緒に居なきゃっ!」
真貴子が敬愛する祖母の言葉だ。
日々の会話の中で、父から差し出された教科書には、真貴子によって家族という刻印が少しずつ刻まれていった。
俺はまるで、先生から検印をもらうことを楽しみに学ぶ子供のようだった。
幼い頃から挫折を繰り返していた俺が、唯一、今も諦めていないこと。
それが、父と同じにならないという思いなのだ。
「そうだっ!今日は、病院だったんだろ?先生には何か言われた?」
「ううん、順調だって。よく動くって先生もビックリしてたよ。」
答えを話し終えた真貴子に、俺は思いついたように別の質問をした。
真貴子のお腹が大きくなっているのだ。
桐生家には、3人目の新たな命が降り立っていた。
「私たちは家族だよ。何があっても、一緒に居なきゃっ!」という言葉は、お腹の中の新たな命も含んだ、真貴子の切なる願いなのだろう。