どうしても気になっている事が一つだけあった。
散々考えた挙句、真貴子に尋ねてみることにしたのだ。
「あのさぁ、別にDVに依存していつもりはないんだけど・・・、一つだけ気になってることがあるんだよ。」
「なぁに?」
「真貴子の意見で構わないんだけど、・・・ジェイソンのことなんだけど・・・。」
ジェイソンとは、父のことだ。
あの一件で、斧を持って暴れまわった父の話をする時は、和貴に聞こえても影響がないように”ジェイソン”と呼ぶことにしたのだ。
夫婦の間での暗号だ。
「ジェイソンは、ドンマイ・バケーションなのかな?」
DVという言葉も、不用意に和貴の耳に入らぬよう、片岡のネタを拝借していた。
少々滑稽な会話になるが、この方が暗い会話にならずに済むと、真貴子も同意したのだ。
「ん~、私が調べてたのはジェイソンのことじゃなく、和くんへの影響だからね。よくわからないけど、パパに影響が及んでるって考えると加害者だろうね。それに、そう思った方がいいんじゃない?和くんや、パパの為にもね。」
「どうして?真貴子は、それに囚われすぎない方がいいって言ったよな?」
「まだ、良くわかってないみたいだね。自分の事と混同しちゃ駄目よ。上手く付き合っていけばいいのよ。あの紙に書いてある文章とね。」
「上手く・・・、付き合う?ドンマイ・バケーションと?」
「そうよ。もしジェイソンが正常な人間だとしたら、その正常な人間があんな事したら、和くんやパパは報われないでしょ?もちろん、私もだけどね。だって、パパの親だよ。だからこそ、加害者だと考えた方がいいと思うのよ。ドンマイ・バケーションの加害者だから暴れた。都合が良いように思うかもしれないけど、そうやって考えれば、仕方のないことだったと思えるじゃない。だからって、許される事じゃないけどね。」
「なるほどな。上手く付き合うのか・・・。」
「パパがどうしても苦しいなら、時には依存させたっていいんだよ。無理に避けることはないの。加害者だとか、そうじゃないとか意識しなくてもいい。普通にしてればいいのよ。」
真貴子は俺の質問に応えながら、優しく教え諭し導いていく。
あれから10ヵ月、あの書類を放置したことへの気兼ねもあるのだろう。
たまたまだったとはいえ、書類を発見してしまったことを残念に思う気持ちは俺にもある。
しかし、真貴子の日々の話は、俺にとってはありがたかった。
遅かれ早かれ、DVという言葉に辿り着くことは、避けては通れなかったのかもしれない。
ただ、元を辿れば、真貴子があの書類を請求するに至る原因をつくったのは父だ。
父の破壊行為が、俺だけでなく真貴子の心まで破壊しようとしたのだ。
そして、そんな父を選んだ母は、今もあれこれ取り繕っているのだろう。
夕食の支度をしている真貴子に、別の質問を投げかけてみた。