真貴子に問う ー 7 ― | 父像~ふぞう~

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著者 立華夢取(たちばな・むしゅ)

「それであなたが落ち着くなら、それでも構わないよ。実際に、お義父さんと同じにならないと思い続けてここまでやって来たんだし、他に心の依存先が見つかったんだからね。」


 真貴子に反論しようと開き直ったのだが、それでも構わないと肯定され、反論の切っ掛けを見失った。


 なにが自分への挑戦だ・・・。


俺も勝手なものだ。


「何だよ、それっ。夫がDV加害者になろうとしてんだぞっ!いいのか、それでっ!」


「それは私に聞くことじゃないよ。あなた自身がそれでいいのかって事でしょ?私は、さっき言ったよ。お義父さんと同じになったら嫌だって。もしそうなったら、私は私として考えます。同じになりたくないって思ってるのは、あなた本人でしょ?あなたの心の問題は、あなたしか変えることが出来ないのよ。DVを依存先にして落ち着くのならそれでも良いっていうのは、そういう意味よ。あなたがそれで良いなら構わないってこと。ただね、私は同じ事の繰り返しになると思うよ。お義父さんが暴れてた様子が、映像のように頭から離れないって言ってたよね?自分も同じ事をやってしまいそうで怖いって。その紙だって同じだよ。はっきり文章が書いてあるんだよ。自分がやった事を一つ一つ確認して、その都度DVに当て込んで気を静めても、いつかは限界が来ると思うよ。自分がお義父さんに近づいてしまうように、その紙に書いてある通りの本当のDV加害者に、近づいていっちゃうだけじゃないの?」


 真貴子の話を聞いて、恐ろしくなった。


心の何処かで望んでいた特権を否定され、抑えきれない苛立ちが起こってしまった。

真貴子の言う通りだったようだ。


「それならこんな紙、あんなとこに入れとくなっ!こんな紙見なけりゃ、俺は余計なことを考えないで済んだんだっ!何でこんなもん請求したんだっ!」


「また、人のせいにするんだね。確かに私は、書類の整理が苦手だからね。放置しておいた事は謝ります。でもね、私だって被害者だってこと、忘れてない?お義父さんが暴れた時に、あの家に居たのは誰よ?私だけじゃなく、和くんだって居たんだよ。和くんは、鉄鎚持って暴れるお義父さんに睨まれたんだよ。お爺ちゃんのこと、あんなに大好きだったのに・・・。どんな影響が出るかは、あなたが一番良く知ってるんじゃないの?私は私なりに調べたの。だから資料請求したの。アンダーラインを引いたのも、お義父さんの言葉や行動から、和くんへの影響がどの程度あるかを調べようと思っただけ。」


 和貴の話が出た以上、苛立ちを抑えるしかなかった。

いつもと同じように、俺は黙った。


「結局、わからなかったわ。和くんにはね、この先、私たちが親としてちゃんと接してあげるしかないと思ったの。今のところ影響が出たのは、あれから少しの間だけだったから、今は安心しているけどね。」


 再び、父親としての重責が圧し掛かった。


 俺がこの紙に気持ちを依存させていたことは、逃げ道を塞がれた今の気持ちが証明している。

言われてみれば、確かに真貴子の言う通りなのだ。

この2ヶ月強の間、飛ばない紙飛行機が作られることはなかった。

恐らくそれも、この紙に気持ちを依存させていた証拠だろう。

優しくなれていたのは、新しい依存先を見つけたばかりだったからだ。

 

 和貴を公園に連れて行った時も、他の父子に会わないようにしていた。

自分が元に戻ってしまいそうで自信がなかった為に、他の父子を避けたのだ。

 和貴を誘い出した気持ちを、丁寧に、丁寧に扱おうとしていたのも、その気持ちが壊れてしまうことがわかっていたから。


 DVの恐ろしさを感じた。


唯一、俺に当てはまる事はないと思っていた項目が、頭を過ぎった。


ー 性的な暴力 ー


「真貴子・・・、俺・・・、やっぱり加害者なのかな?」


 気持ちを依存させてしまった自分が怖くなり、改めて真貴子に問いた。


「加害者かもしれないし、そうじゃないかもしれない。私はどっちでもないと思うよ。だってあなたは、・・・あなただもん。パパは、パパなのよ。DVかどうかって、誰が決めるの?あなた自身が決めなきゃいけないことじゃない気がするよ。確かに、この紙を見て当てはまることがあったのかもしれないけど、自らその枠の中に入って行くことはないと思うよ。あなたがいつもお義父さんを意識してしまうのは、親子だから仕方のないことよ。でも、わざわざ新しい苦しみを増やすことは無いんじゃないの?DVに囚われ過ぎちゃ駄目だよ。ずっとDVを意識して生きていくつもりなの?あなたの気持ちの居場所は、別のところにちゃんと存在しているのよ。お義父さんでもない、この紙に書いてあるDVでもない・・・、家族なのよ。」


 旅の目的地までの道中、障害を避け、脇道にそれてしまいそうだった俺を、真貴子がまた正しい道に引き戻した。

ただ俺の中に、”DV”という二文字のアルファベットが刻まれてしまった事は確かだった。


 答えのページに、父と”同じ事をしない”とだけ書かれた教科書に、”DV”という文字が、浮かんでは沈み、沈んでは浮かぶ。


 そんな日々が、繰り返されるのだろう・・・。




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