真貴子に問う ー 6 ― | 父像~ふぞう~

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著者 立華夢取(たちばな・むしゅ)

「あなたは、加害者じゃないよ。」


「なにぃ?どっちなんだよっ!!」


 俺は思わず、声を荒げてしまった。

すかさず真貴子は、わざとらしい仕草で、あの上目遣いをした。


さっき話したばかりだ。


 それを見せられれば、自分を無理やりにでも抑えるしかない。


「やっぱりねぇ。否定すればそうやって怒るんだね。だからこの紙はいらないって言ったのよ。・・・無意味なの。特にあなたにとってはね。あなたの心理状態を整理してあげるよ。書類を片付けてくれたお礼にね。」


「なっ、何だよそれ・・・。」


「あたながこの紙を見つけた時、怒って暴れそうになったって言ったけど、それは何故だと思う?」


「真貴子が俺のことを、DV加害者だと思ってたって知ったからだよ。」


「それじゃあ、私があなたのことを加害者じゃないよって否定した時に、どうして怒ったの?」


「それは・・・、加害者だって言ったり、そうじゃないって言ったりするからだよ。」


「違うと思うよ。あなたは自分がDV加害者だって事を、心のどこかで望んでいるの。だから私がそれを否定した時に怒ったのよ。この紙を見た時に、あなたが暴れそうになったのは、私にDVだって思われたからじゃなくて、私があなたに内緒で、この紙をコソコソ見てたという事に対して怒りが起こったんだよ。あなたに隠れて相談会に行ったと思ったから怒ったの。別にそれがDVの事じゃなくても、あなたは怒ったと思うよ。もちろん、私はコソコソやってたつもりはないけどねっ。」


「だったら、それが正にDVの症状だろ?真貴子が俺に隠れてこの紙を見てた事に苛立ってるなら、それはDVの症状だろ。妻の行動をチェックしたり、妨害したりって書いてあるじゃねぇか。」


 俺は苛立ち始めてはいたものの、上目遣いの話が特効薬のように効き、自分自身を制している。


「ほらっ、やっぱり。自分がDVだって言いたいんでしょ?2ヶ月もの間、私に言えなかったのも、自分がDV加害者だって事を否定されるのが怖かったのよ。きっと。」


「なんでそんなこと・・・、だって、DVだぜ。これっ、この紙・・・、見たんだろ?凄いぜ、かなりっ・・・。自分からDVを望む必要なんてある訳ないだろっ。何でわざわざ自分のことをDVだって言う必要があるんだよ。」


 「楽だからだよ。私の上目遣いが、この紙と連動してると考えたのは、言ってみればこじつけよ。自分が加害者だと認めたい気持ちがあったにも関わらず、あなたのことをDV加害者だと決めたのは、妻である私だって事にしたかったのよ。決して良いとは思えないDVを自ら認めるのではなく、人のせいにしたかっただけなのよ。DVだと認めざるを得ない状況を作りたかっただけなんじゃないかな!?あなたは、悲劇のヒーローになってるだけ。楽なのよ、その方がっ。あなたはまた、楽な道を選ぼうとしているの。だからこの紙は、あなたにとって無意味なの。」


 確かに、この書類を発見した時、真貴子の上目遣いを強引に結びつけたところはあったかもしれない。


そして、自分がDVだということを、書類を見た俺はあっさりと認めた。


「何で、自分の事をDVだと思うと楽なんだよっ?暴力だの、暴言だのっていっぱい書いてあるんだぜ。楽って何なんだよ?」


「あなた、お義父さんと同じになりたくないって、いつも口癖のように言ってるよね?それは良いと思うよ。私だって、あなたがお義父さんと同じ事したら嫌だし、あなたが苦しんでるのもわかってる。でも、親子だからどうしても似てるところがあったりするよね?自分が徐々にお義父さんと同じになってきている事に、不安になってたんじゃない?和くんや真理が産まれて、あなたの周りで色々な事が起きて、お義父さんと同じになりたくないという思いだけでは間に合わなくなってきたのよ。だからこの紙を見つけた時に、自分をそこに当て込んだの。自分はDVだからイライラしても仕方ないと考えれば、その方が楽でしょ?あなたは、自分の気持ちの依存先をこの紙に移しただけ。苛立つ原因をDVの影響だということにしたいだけなのよ。」


 真貴子の話によって、複雑に入り乱れていた心の中が、徐々に整理されてきたのは確かだった。


「でも俺は、片岡が日本中の男はみんなDVだって言った時には反論しようと思ったぜ。DVを認めたくないから、そう思ったんじゃねぇのか?」


「認めたくなかったのは、あなた以外のDV加害者だよ。日本中の男性が、みんなDVだったら、あなたは悲劇のヒーローになれないもん。DVを自分の特権にしたかっただけだよ。」


 心の何処かで、俺は自分をDV加害者だと認めたがっている。


俺は片岡の言葉にも、綺麗事を並べていただけなのだ。


自分の特権としたいが為に、日本中の男の殆どがDVだと容認した片岡に反発した。


真貴子の話は、俺の心理状態を的確に捉えているかもしれない。


DVという行為が良くない事だとわかっていたが、俺は悔しさのあまり開き直った。


「だったら認めちまえばいいじゃねぇかっ!悲劇のヒーローだろうが、特権だろうが、DVを認めて楽になるなら、その方がいいじゃねぇかっ!俺はこの紙を見てから、苛立つこともなかった。この紙を見たお陰で優しくなろうと思ったし、今日だって和貴を誘って公園にも行ったんだ。和貴、ちゃんと喜んでたんだぞっ!」


真貴子へ向かって、声を荒げた。




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