3つ目の命 ー 4 ― | 父像~ふぞう~

父像~ふぞう~

著者 立華夢取(たちばな・むしゅ)

 冷たく乾いた風がコートの襟元から入り込み、外はじっと立っていられない程に冷え込んでいる。

街では昨日までのクリスマスムードは一変し、お正月の飾り付けが目につき始めたていた。


 12月26日、元気な男の子が誕生した。


2人目の息子・・・。


 産婦人科の廊下に置かれた、やたらクッションのあるベンチに座った俺を、白衣を纏った助産婦が呼んでいる。

その後に続き、掃除のいき届いた廊下を歩き、俺は分娩室の前に案内された。


 そのドアの前で、大きく深呼吸をする。


 硬く目を閉じ、ドアの向こうで産声をあげる2人目の我が息子を、頭の中に思い描いた。


 父親、夫婦、息子、そしてDV・・・、自分の心の中にある不安を全て消し去る。


 あの日を知らない新しい命との初めての対面を、真貴子と同じ気持ちで迎えよう。

そう、心に刻み込んだ。


「お父さん、どうしました?」


 先に分娩室に入ってしまった助産婦が、ドアを半分だけ開けて顔を出した。

ニコやかに笑いながら、俺に問いかけている。

この助産婦も、色々な父親を見てきたのだろう。

その落ち着いた笑顔が、俺に安堵を与えてくれた。


「あっ、いえっ。いま、行きます。」


「奥さんと、赤ちゃんが待ってますよ。」


「はいっ!」


 少し大きめの声で返事をした為、助産婦は笑顔のまま大げさに仰け反ってみせた。


 重厚なドアをゆっくりと開けた俺の目に、真貴子の横顔が飛び込む。

分娩台に横たわったまま、ドアの音に気づくと、俺の方に顔を向けた。


 化粧っけのないその表情は、少しやつれて見えるが、心の底から込み上げたような優しい笑顔を浮かべている。

作られたものではなく、女性がその一生で見せる最も美しく自然な笑顔なのだろう。


母親としての大役を終えた真貴子は、安堵な表情を向け微笑み続ける。

俺は自分が父親であることの重みを、その微笑の中に改めて感じていた。


「男の子だよ。」


 目じりを下げ、か細い声で真貴子が話す。


「うんっ、男の子だな。・・・お疲れさま。」


 俺は静かに応え、真貴子を労った。


 目の前で笑うこの女性に、今まで何度救われたのだろうか。

和貴と真理、そして新たな命をこの世に産み落とした目の前の女性が、俺の妻であること。

それは紛れもなく、俺が夫であり、そして父親であることの証なのだ。


 分娩室のドアの前で消し去った不安は、今この場に姿を見せる事など出来ない。

俺は確信した。


 助産婦に促され、隣の部屋に通された。


「は~い、お父さんですよぅ~。」


 小さな体に産衣を纏った我が息子を、別の助産婦がゆっくりと抱き上げようとしている。

真っ赤な顔で産声をあげながら、細く折れてしまいそうな足をピクッピクッっと小刻みに動かしている。


力強く握られた小さな手の中には、母親のお腹の中で掴んだ、たくさんの夢や希望が握られているのだと聞いたことがある。

そして、その小さな手が開かれた時、それは世に羽ばたいて行くのだ。

その夢や希望を再び我が手に掴むため、人は立ち上がり、自らの足で歩むのだという。


 たった今、その生を成した我が息子は、どんな夢や希望を握っているのだろう。

両腕を上げ、その体を力いっぱい大きく見せようと、まるでガッツポーズをしているみたいだ。


 その姿が、俺に勇気を与えようとしている。


 俺に父親としての自信を持てと言っている。


 お前は、僕の父親だ。


 僕の父親は、お前だけだと必死に訴えているかのように、俺の目に映し出されていた。


”DV”という二文字は、今ゆっくりと沈もうとしている。




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