藤沢浮世絵館には 江戸時代に藤沢の漁業と農業で使われていた民具や浮世絵が展示されていました。
漁の道具では 江戸時代に盛んに江の島や藤沢で行われていた地引網や鮑(あわび)漁の様子が浮世絵に残されていました。
二代喜多川歌麿 諸国名所風景 相州江ノ島漁船 文化年間(1804年~1818年)
江の島近くの沖で 船に乗り女性や 鮑を採る海女の姿が描かれています。
実際には 漁は男性の仕事であったと考えられていて この作品は 浮世絵ならではのアレンジがなされている物と考えられているそうです。
右側の鮑を採っている女性が使用している道具は どう見ても大工が使うノミ(←部分)。
実際には《鮑おこし》という独特な道具があり この女性が持っている道具は 考証的に間違いがあり この手の間違いは 他の絵師にも多く見受けられたとのこと。
こちらはレプリカですが 展示されていた《鮑おこし》です。
現在も様々な形の《鮑おこし》が売られていました。
北尾政美(きたおまさよし)
相州江嶌風景由井濱地引網之図 天明年間(1781年~1789年)
由比ケ浜ノ地引網の様子を描いた浮世絵で 遠景には江の島と富士山が見えますが その描法には誇張があり 網にかかったタコや鯛 エイなどが大きくユーモラスに描かれています。
下記の参考図《地引網の構図》の通り 網の片端をおもりで水底に沈ませ もう一方を浮きで水面に浮かし 岸まで両側引き込む量の手法を《地引網》または《地曳網》と呼びました。
こちらが実際に 江の島周辺地域の地引網で使われていた《おもり》です。
《浮き》も展示されていましたが うっかり写真を撮り損ねてきてしました。
近年 行われているかはわかりませんんが 私が子供の頃(昭和40年代前半)は 大磯の海岸でも地引網が行われていて 毎年夏休みには 夜明けの頃海水浴場の東側の海岸に集合し 子供会のイベントとして地引網が開催されました。
小魚が沢山捕れて 皆で分けて持ち帰ったのを覚えています。
藤沢周辺では 農業も盛んでした。
農耕や農作業は 通年行われる行事がたくさんあります。
江戸時代には 《農書》というジャンルの版元が多く出版され 農作業内の手順や道具の紹介 農作業の起源を紹介する物もありました。
大倉永常著 一名豊稼録云(いちめいほうかろくうん) 農家調宝記続録
文政9年(1862年)再版
養蚕や農作業の起源にまつわる記述や歴史 手順 道具などの例が記されていますが 民族史の研究で 必ずしも正確な情報を記しているかは個体差があり ものによっては農具の描き方が簡略化されているため 実際の仕組みとは異なる書き方がされている場合もあったそうです。
左側のNo.56の本には稲作の風景が描かれ 稲刈り鎌や鍬も見ることができます。
浮世絵にも 農村風景の中で人々が農作業をいている光景が数多く出回りました。
その中には 今に時代にも使われている道具の前身や 農耕機械の発展で 途絶えてしまった農具も描かれています。
作者不詳 農耕の図 江戸時代
この作品は 《四季耕作図》というジャンルの絵で 1枚の作品に春夏秋冬が表されており 1年を通しての農民の生活が描かれています。
暗い展示室でフラッシュ無しで ガラス越しに撮った写真なのでわかりにくいですが 掛け軸の上の方には冬の空と雪に覆われた山
山の麓には 秋枯れの木々や赤く色づく紅葉の中で 稲刈りや田打ち 脱穀 精米など秋の農作業の姿をする人々の姿を描き 脱穀の道具である千歯こきや 2本の線で簡略化して描いた唐竿も見られます。
参考までに こちらが脱穀用農具の《千歯こき》と《唐竿》です。
《唐竿》は《くるり棒》とも言われ 柄の部分に木の棒がくくられていて 腕を回すように棒を振り下ろし 穀類を脱穀する道具です。
(画像はネットからお借りしました)
秋の絵の下には 春の相撲大会が開催されている風景
一番下には田植えをする夏の風景が描かれています
楊洲周延(ようしゅうちかのぶ) 農民耕作之図 明治14年(1881年)
画面左が 春の田植えと桜の風景
画面下には稲刈りをする人々
右側には 脱穀作業をする人々
一つ前でご紹介した掛け軸に 簡略化されて描かれていた《唐竿》が解りやすく描かれ(→部分) 左側の→部分の農具は 風力で実と籾殻を選別する農具の《唐箕(とうみ)》です。
唐竿は 展示されている農具の中(中央の一番長いもの)に実物がありました。
唐箕は 上の漏斗型の入り口から実と籾殻が混ざったものを入れ 横から風を送り込むと 実は足元に落ち 軽い籾殻は遠くに飛ばされる仕組みになっていて 今年の春に愛川町の山十邸に行った後期に 展示されていた実物を見てきました
歌川広重 六十余州名所図会 伯耆大野(ほうきおおの) 大山遠望
嘉永6年~安政3年(1853年~1856年)
題名の《大山》は相模の大山ではなく 伯耆(現在の島根県)にある大山で ここは牛馬の加護を願う馬信仰が有名ですが 豊穣を祈願する風習等 農業に関連する信仰も集めました。
この絵には 雨の中 藁で作られた蓑をはおり 菅笠で雨から顔を守りながら田植えをする農民の様子が描かれています。
そしてこちらは 展示室出口近くにあった番外編
歌川国貞(三大豊国) 籠細工 関羽(かんう)と周蒼(しゅうそう)
文化12年~天保13年(1815年~1842年)
江戸時代 都市では見世物興行が盛んに行われ 見世物を描いた浮世絵もたくさん作られました。
この作品は《細工見世物》のひとつ 籠細工を描いています。
籠細工は竹で編んだ籠目を素材にして よく知られた物語や歴史の場面 伝説の人物や名所風景などを題材に人物や動物などを作りました。
人形の顔や衣服を見ると 籠目になっているのが よくわかります。
画面左下に見世物の口上(説明や紹介)を述べる人が描かれていますが この人物と比較すると 巨大な籠細工だったことが わかりますね。
ここに描かれた籠細工の人物は 三国志の英雄の一人 関羽と侍従の周蒼です。
関羽は 古くから武神・財神として崇拝されてきた関帝です。
竹の籠細工というと 思い浮かぶのが伝統工芸になっている千筋細工
(画像は手持ちのものです)
そして 箕や背負いかごなどの農具としてのかご。
わが家の周辺は かつての農村地域。
自宅の近くには 1軒の竹細工屋さんがあり 何時もおじいさんが土間に座り 熊手や箕 籠などの農作業に使う道具を作っていました。
寒い地方だと農閑期に内職として 農作業に使うかごなどを自分たちで作っていたお宅もあると思いますが 我が家のある地域では この竹細工屋さんで購入する方も多かったと思います。
バス通りの交差点の角にあるお店のため 信号待ちの間 車の中からちらっと見るだけで いつかゆっくりお店に行ってみようと思っていたのですが ご高齢のため 去年廃業され ご自宅を建て替えてしまわれました。
こんなことになる前に お店に伺えばよかったと 今になって後悔しきりです
浮世絵というと役者絵や美人画のような華やかな世界や 東海道五十三次などを思い浮かべがちですが 庶民の日常を描いたものも多く かつての庶民の暮らしを垣間見ることができる面白いものですね。