非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -41ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

お金は人類が発明したものだと、多くの人は思い込んでいる。
このストーリーを信じている限り、お金の心配とやりくりの苦労は続く。

追伸
お金は、「現れ」です。
現れるものは、必ず消えます。
または姿を変えます。

お金は自然に現れ、そして消えるもの。
これをコントロールできる個人は、どこにも存在していません。

興味のある方は、非二元(ノンデュアリティ)のプライベートセッションをお受けください。

私は1日10時間くらい眠る。

 

翌日にセミナーの仕事がある日以外は、毎日、目覚まし時計をかけずに寝ている。

すると、たいてい10時間くらい経ってから目が覚める。

 

学生時代やサラリーマン時代に比べて、睡眠時間が増えたことで、私が一番変わったなと実感しているのは、英単語の記憶力が上がったことだ。

 

人は幼少時にたくさんの言葉を覚える。

そして、よく眠る。

 

言葉をたくさん覚える時期だから、よく眠るのか。

それとも、よく眠るから言葉をたくさん覚えられるのか。

どちらが先なのかは、よくわからないが、脳は眠っている間に、記憶に関わるシナプス結合の強化作業を行っている。

 

だから、私は、毎日、眠る前に、英単語集を見て、音読している。

 

英単語集を見て、たくさんの言葉にふれると、自然に眠りが訪れ、よく眠れるようになるからだ。

そして、眠っている間にシナプスの結合が起こるので、たくさんの単語を幼少期のように自然に覚えられるようになる。

 

学習において大事なのは、眠りであり、この両者は切っても切り離せない。

 

年をとると記憶力が劣えると、よく言われているけれど、それは全くの見当違いで、睡眠時間が減っているから、シナプスの結合が強化されにくいだけの話だ。

 

何歳になっても、新しいことを学べば、脳はその記憶を定着させるために、眠りに入る。

すると子供のようにスヤスヤ眠れるようになる。

 

お知らせ

「英語脳」と「ビジネス脳」をつくれる学習ストラテジー講座では、睡眠中に起こるシナプスの強化を最大限に生かせる、脳科学に基づく学習法をお教えしています。

詳細はこちらから

 

 

「非二元(ノンデュアリティ)に至るのに、瞑想は役に立つか?」というような質問を時々受けるので、今日はそれについて書いてみる。


まず、この質問は、瞑想をやるかやらないかを決めてそれを実行に移せる「自分」がいる、という前提になっている。


また、「非二元」というものが、何かをすることで至りつけるような到達目標のように考えられてしまっている。


瞑想をやるかやらないかを決められるような「私」はいない。

瞑想が起こったなら、それは単に瞑想が起こっているだけで、見かけ上、誰かが瞑想をしているように見えても、それをやっている誰かはいない。


くしゃみをしている人を見たら、その人がくしゃみをしているように見えるけど、個人の意思でくしゃみをしているわけではないのと同じで、瞑想も、くしゃみも、単に起こっていることに過ぎない。


瞑想であれ、ヨガであれ、くしゃみであれ、昼寝であれ、言い争いであれ、それが起こったなら、単にそれが起きているだけで、それを意図的にやっている個人はどこにもいない。


起こったことの全てがワンネスの表現であり、それをやるかやらないかを選択できるような個人の私も、他人も、存在していない。


この事実を、「非二元」という言葉は指し示している。

「瞑想をしたら(原因)、非二元に至れる(結果)だろうか」という問いは、「瞑想を実行できる個人の私がいたなら…」という夢物語から発せられた言葉であり、現実には、瞑想をできるような誰かもいなければ、非二元に至れるような誰かもいない。


そして至りつけるような「どこか」があるわけでもない。


今、起きていることが何であれ、これが全てであり、これ以外のものを探し求めている私は存在していない。


これが非二元。


お知らせ

非二元(ノンデュアリティ)をわかろう、学ぼうとしているなら、それは思考によるゲームが続いているだけです。

何かをコントロールできる個人の私がいない感覚を直接感じたい方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。


一昨日、下北沢の喫茶店で、高2の息子と「清水富美加の出家」の話から、宗教についていろいろ話した。

出家とは何なのかが、息子の最大の疑問だったらしく、在家と出家の違いについて話したら、出家した人たちは、生活費をどうやって稼いでいるんだと聞いてきた。

先日、息子は、彼女と鎌倉にデートに行ってきたばかりだったので、「お寺入るのにタダで入れたか?」と聞いたら、息子は、ああ、そうかと応えた。

でも、そんな金額以上に、数百万円単位のまとまったお金が入る仕組みが日本の宗教にはあり、私が知っている占い師も、同じものを信者に買わせて、広大な敷地に大豪邸を建てたことを話した。

新興宗教というものは、宗旨替えをさせなければ、信者を増やせない。
そのためには、存在しているのは「個人の魂」であり、個人の自由意思によって宗教も選べると思わせる布教を行わなければ、宗旨替えを起こせない。

今回、息子には詳しく話さなかったが、日本に伝えられている「自己啓発」も、もともとアメリカの新興宗教の布教のためのものだ。
しかし、アメリカの歴史を知らない日本人の多くは、それが布教のためのものだとも気づいていない。

今回の騒動が起きるまで、息子は「幸福の科学」の名前させ知らなかった。
そして、それがどのような宗教とも知らず、清水富美加のツイッターをフォローし始めていた。

気づくべきは、このメディアを巻き込んでの布教活動の巧妙さだ。

とはいうものの、今回の騒動のおかげで、新興宗教の歴史に始まり、日本の葬式仏教のカラクリ、安倍内閣(政治)と神道の関わりなど、宗教についていろいろと息子に伝えられる、いいきっかけをもらえた。

お知らせ
宗教、スピリチュアル、自己啓発は、こうすれば人生がうまくいくと、個人を誘います。 
非二元は、そのような「教え」でも「信仰」でもありません。
実際に存在しているのは、個人の私ではなく、生そのものであること。
これがわかると、信じる必要、知る必要のあることは何もなくなります。
あるのは、生との分離がないこの愛、自由。

就労時間を減らせと、政府は企業に迫る。
 
どうすれば、収益を落とすことなく、労働時間を短縮できるかの戦略を示さないまま、とにかく時間を削れと政府は企業に迫る。
 
1日数十分程度の時間削減なら、個人の努力で何とかやりくりのしようもある。
 
でも、組織の収益を維持したまま、大幅に労働時間を短縮するには、戦略を組み立てる必要がある。
 
ここでいう「戦略」とは、戦うための策略ではなく、無駄な戦いを省略するための方策。
仕事でいうなら、無駄な仕事を省略するための方策のことだ。
 
そして、戦略は、何かを学習するときにも極めて重要な機能を果たす。
 
たとえば、英語を習得するには、数千時間の学習が必要だとよく言われるが、これは戦略のない学習者についての話だ。
 
日本人の多くが、中高大を通じて英語を学んでも、英語を使えるよにならない理由は、まだまだ学習時間が足りていないからではなく、戦略のない学習を続けてきたからに過ぎない。
 
だから、この先、小3から英語の授業を始めたところで、日本人が英語を使いこなせるようにはならない。
むしろ、第一言語の日本語の運用能力が落ちることの方がデメリットだ。
 
学習において重要なのは、学習戦略であり、これまでの日本の英語教育には、第二言語としての英語を短期間に速やかに習得できるように組み立てられてた学習戦略がなかった。
だから、多くの日本人が、英語を学んだにもかかわらず、使いこなせるようにならない。
 
これは個人の努力の問題ではなく、学習戦略のない教育方針の問題だ。
 
しかし、今や脳科学や認知言語学の研究が進み、日本人に適した学習戦略と、そのための学習教材も出回り始めている。
 
その戦略や教材を活かすことなく、小3から英語教育を始めても、日本語さえロクに使いこなせない日本人を増やすだけだ。
 
お知らせ
3月開催の「英語脳」と「ビジネス脳」をつくれる学習ストラテジー講座の残席が、あと2席になりました。
 
体を動かしているのは、自分ではない。

非二元(ノンデュアリティ)のセッションで私がこのことを指摘すると、多くの人は「でも、私はこうやって自分の手を自由に動かせます」といいながら、手を動かし始める。(本当は、手が動いた直後に「私が動かした」という思考が現れていることにも気づかず)。

「体は、自分の意思によって動かせるもの。だから、体は私のもの」と多くの人は疑うことなく信じている。
体の中に、体を動かすことができる操縦士のような存在(=私)がいると信じ込んでいる。

でも、それは思考によるでっちあげに過ぎない。

体を動かせるような個人は存在していない。

私がこういうと、そんなバカなことがあるかと、思考は体の動きに合わせて、「これを動かしているのは私だ」と個人の存在を主張する。
でも、その主張も、一つの「思考」であり、体を動かしている「操縦士」は存在していない。

あるのは全体の動きだけで、単独の意志によって動いているものなど、何一つ存在していない。

このワンネスに気づくまで、人は、自分の行いを責めるか、相手の行いを責めながら、毎日を過ごす。
思い通りに行かない人生にイラダチ、苦悩し続ける。

それが目を開けながら見ている白昼夢だとも気づかず。

でも、その夢のトリックもいつしか薄れていく。

トリックがトリックである以上、それは暴かれてしまえば、あっけなく消えてしまうものだから。

お知らせ
コントロールできないものを、コントロールしようとしていた「私」がいなくなる、その解放こそ、あなたが本当に求めているものです。
興味のある方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。
私は父から、「おまえは呑気でええなあ」と時々言われる。

75歳の父は、釣船業を営んでいるので、毎日、明日の天気予報を見ては、一喜一憂している。

自分が天気を動かしてるわけではないのだから、天気の変化に一喜一憂してもしょうがないだろうと思うのだが、父は来る日も来る日も、天気予報に一喜一憂する生活を繰り返している。

そんな父から見て、私が呑気に見えるのは、私には「自分の気がない」からだと思う。

のんきは漢字で「呑気」と書くけど、私の感覚では「Non-Ki」の方がしっくりくる。

私はある時期、合気道を学んでいたのだが、自分の気を相手の気と合わせようとばかり考えていた。
だから、まったく気が合わず、相手の気と自分の気がぶつかってばかりいた。

その後、非二元を知り、自分がいないことがわかるようになってから、気を合わせようとしていた「自分の気(思い)」が強かったから、いつまでも全体と調和できず、ぶつかってばかりいたことに気づけるようになった。

合わせようと努力するほど、「私の気」が強くなり、全体と合わなくなる。
初めから、全ての気が調和しているのに、わざわざ気を合わせにいこうとするから、我が強くなり、不調和が起こる。

それがわかるようになったのは、合気道を学んだからではなく、非二元(ノンデュアリティ)を知ってからだった。

「合気」というのは、行うものではなく、「連なり合った一つの気」の存在を指している。
私の気がNon-Kiになると、「Ai-Ki(愛気)」のみになる。

お知らせ
個人の私が消えると、愛、平和、自由があるだけになります。
興味のある方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。
昨夜、私のメルマガに登録いただいていたメールアドレスのリストを整理していた際、誤って多くのアドレスを一括削除してしまいました。

これまでに、私の講座やセッションを受けてくださった方のアドレスは無事だったのですが、メルマガ登録をいただいた方の大半のリストが失われてしまいました。

昨夜、これまでの記録を辿って復元できるアドレスをなんとか登録し直したのですが、それでも約400件のアドレスが消えたままとなり、せっかくメルマガの登録いただいたにも関わらず、私のミスで、今後、お手元にメルマガを配信できない事態を招いてしまいました。

そこで、恐れ入りますが、今後もメルマガの配信を希望される方は、ご自分の登録が消えていないかどうかを、以下のページより再度、メルマガ登録し直し、ご確認いただけますようお願いいたします。

私は現在、テーマ別に3つのメルマガを配信しています。

複数のメルマガを登録されていた方は、一部の登録が消えている場合もありますので、念のためメルマガ別に登録の有無をご確認ください。
この度は、たいへんご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。

メルマガ登録の画面は、こちらです。
非二元(ノンデュアリティ)のセッションで、私がこれまでに一番多く扱ってきたテーマは、仕事とお金についてだ。

なぜ、多くの人がこのテーマで悩んでいるかというと、仕事を選べる「個人」、収入の増減をコントロールできる「個人」が存在していると思い込んでいるからだ。

「個人の私」は、こう思いこんでいる。
今の仕事を選んだのは「私」。
「私」が仕事をしている。
「私」が稼いだお金。
何にどれだけのお金を使うかを決められるのは「私」。

でも、これらの考えは全て、起こっていることに対する「描写」「説明」に過ぎない。
そして、この描写、説明さえ、自然に現れ出てきている。

でも、お金を稼げる個人が存在したことは一度もない。
仕事もお金も、現れる時に自然に現れ出てくる。
そして、「私がお金を稼いだ」という考えも、自然に出てくる。

仕事に対して、お金に対して、常に適切なアクションを起こさなければと思っている「私」なんて、そもそもどこにも存在していない。

これがわかるまで、お金に縛られる「私」の白昼夢は続く。

お知らせ
非二元のプライベートセッションでは、仕事やお金のことに限らず、あなたが今、感じている不安や心配事を聞きながら、悩んでいた自分が存在していなかったことを確認できるように進めていきます。
興味のある方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。
今日は、10年以上NLP(神経言語プログラミング)を学んできた女性と、非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

私も彼女と同じくNLPを学んでいたので、今日はあえてVAKというNLP用語を使いながら、セッションをやってみた。

面白かったのは、彼女は長年、コーラスをやっていて、「自分がいなくなるこの感覚はコーラスを歌っている時に感じていたものと同じだ」と、聞こえる音だけでなく、見えていることに対しても、自分がいなくなって一体性(ワンネス)を感じられるようになったことだった。

存在しているのは、この存在(Being)の一体性であり、別々に存在している個人の私など、どこにもいない。

これに気づいたとき、彼女は気持ちよさそうに「自分の内側と外側の境界線がなくなってきている感覚を、今、ありありと感じている」と語ってくれた。

彼女はこれからどんな仕事を始めようかと考えていたのだが、「この存在の完全性に気づけば、これから何をしようかと考えなくても、自然に仕事が起こるようになる」ことを伝え、セッションを終えた。

お知らせ
存在の一体性=ワンネスをダイレクトに感じてみたい方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。