体を動かしているのは、自分ではない。
非二元(ノンデュアリティ)のセッションで私がこのことを指摘すると、多くの人は「でも、私はこうやって自分の手を自由に動かせます」といいながら、手を動かし始める。(本当は、手が動いた直後に「私が動かした」という思考が現れていることにも気づかず)。
「体は、自分の意思によって動かせるもの。だから、体は私のもの」と多くの人は疑うことなく信じている。
体の中に、体を動かすことができる操縦士のような存在(=私)がいると信じ込んでいる。
でも、それは思考によるでっちあげに過ぎない。
体を動かせるような個人は存在していない。
私がこういうと、そんなバカなことがあるかと、思考は体の動きに合わせて、「これを動かしているのは私だ」と個人の存在を主張する。
でも、その主張も、一つの「思考」であり、体を動かしている「操縦士」は存在していない。
あるのは全体の動きだけで、単独の意志によって動いているものなど、何一つ存在していない。
このワンネスに気づくまで、人は、自分の行いを責めるか、相手の行いを責めながら、毎日を過ごす。
思い通りに行かない人生にイラダチ、苦悩し続ける。
それが目を開けながら見ている白昼夢だとも気づかず。
でも、その夢のトリックもいつしか薄れていく。
トリックがトリックである以上、それは暴かれてしまえば、あっけなく消えてしまうものだから。
お知らせ
コントロールできないものを、コントロールしようとしていた「私」がいなくなる、その解放こそ、あなたが本当に求めているものです。
興味のある方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。