非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -34ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

昨日、街を歩いていたら、何人もの中学生たちが、ティッシュ配りをしていた。

ティッシュをもらってみると、フィットネスクラブのチラシが挟まれていた。

「みんなでアルバイトしてるの?」と聞くと、
「違います。フィットネスクラブの職場体験をしてるんです」と教えてくれた。

フィットネスクラブの仕事には、ティッシュ配りも含まれていることを、私はこの歳にして初めて知った。

と同時に、もし私が今、中学生でこのことを知ったなら、大人になってからフィットネスクラブで働きたいと思うだろうか?と考えてみた。

答えは、「働かない」だった。

その理由は、私が思い描いていたフィットネスクラブの仕事のイメージと、現実とのギャップが大きすぎて、「私はティッシュ配りをするためにここで働こうと思ったんじゃない」とブツブツ文句を言い出しそうに思えたからだ。

イメージと現実とは違う。

その違いを働きだしてから知ったのでは、後でブツブツ文句を言うことになり、転職したくもなる。

だから、そうならないためにも、仕事を決める時には、働く前に、職場体験しておくことが大切。

そう思うと、中学生の「職場体験」は、自分のイメージと現実とのキャップを知るうえで、かなり意義のある授業だと思えてきた。

そして、この時代に、もし私が中学生で、職場体験の場所を自由に選べるなら、どこに行ってみたいだろうかと考えてみた。

顧客満足度No.1の外食チェーン「リンガーハット」で、長崎ちゃんぽんができるまでの調理システムを見学しながら、中学生でもおいしいちゃんぽんをつくれるか、実際に体験してみたいと思った。

追伸
私は、20代から40代まで、広告文を書くコピーライターの仕事をしていました。
そして、50代の今は、話すことを仕事にしています。
同じことを話すにしても、どのように話せば、よりわかりやすく、話が面白くなるのかを、いろんなところで学んできました。
そして、今年から、これまでの自分の学びを活かして、「話し方教室」を始めることにしました。
この講座に参加すれば、人前に立つだけで緊張してしまう人でも、ゲーム感覚で話す練習をしているうちに、最終的に、人前に立って5分間のプレゼンテーションができるようになります。
人前で話せるようになると、「話す」ことがどんどん楽しくなって、それにつれて話もうまくなり、話すことで収入も得られるようになります。
面白そうだなと思った方は、8月20日(日)開催の話し方教室に参加してみてください。
7月10日(月)まで先行割引中です。
今日は、福岡の女性と電話で非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

問題を解決しなければいけない私がいる、という感覚があると、絶えず焦燥感を感じながら生きることになる。
でも、私がいなくなり、解放(リバレーション)が見えると、安らぎに満たされてしまうことを実感してもらった。

セッションの前半、彼女は「足が宙に浮いてるみたい」といいながら、徐々に自分がいないことに気づきだし、初めは「こわい」と言っていたのだが、後半になると、もう「こわい」と言っていた自分もいなくなり、あるものがありのままに見えるようになって、彼女は「こんな感覚は初めて」と語った。

幸福を探し求める自分がいるなら、ここにある、この天国は見えなくなる。
でも、幸福を探してさまよっている不完全な自分など初めからいなかったことが見抜かれたなら、天国にいたことに気づける。

そして、天国が見えたなら、あらゆるものがひとりでに現れ出てくる様が見えるようになる。

私の「不満」「退屈」が消え、驚きと感謝が溢れだす。

お知らせ
7月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスの残席が2席となりました。
興味のある方は、お早めにお申し込みください。
今日、Amazonのマーケットプレイスを通じて一冊の本の注文が入った。

一年ほど前に買って、一度だけ読んだ本なのだが、注文が入ってから、その本のタイトルが気になり、郵送する前に、もう一度、読み直してみた。

目標や計画を立てると、なぜ、仕事がつまらなくなるのか?
好きなことを仕事にしようとしても、うまくいかなかったり、なかなかそう思える仕事が見つからないのは、なぜなのか?
売上を上げようと考えても、売上を思うように伸ばせないのは、なぜなのか?

そんなことが、論理的かつ認知科学の観点からも書かれていて、「で、結局どうすればいいわけよ?」という答えについても、それなりに具体的に書いてあって面白かった。

この本、できれば手元に残しておきたいな。

一瞬、そう思ったのだが、先ほど郵便局から本を送り出してきた。

手元に本を残しておけば、いつでもその本を読み返せる。
でも、それは理論上の話で、手元に本があるうちは、「いつでも読める」という意識が働き、読み返しは起こらない。

しかし、手元から本が離れていく状況になると、途端に、本の読み返しが起こる。

このように「いつでも」「いつか」という思いほど行動にならないものはない。

それでも多くの人は「思考」→「行動」の順序を信じて、行動を起こす前に考えてばかりいる。

完璧なる目標と計画こそが、成功への道標だという思い込みから、考えることに大量の時間が費やされる。

失敗を恐れて、頭の中でシミュレーションばかりが繰り返され、行動が起きない。

これでは、仕事が面白くなるはずもなく、日々、目の前に現れ出てきているチャンスさえ、見逃し続けることになる。

お知らせ
7月のノンデュアリティ・エクスペリエンスのテーマは、非二元から見たビジネスです。
残席が少なくなっていますので、興味のある方は、お早めにお申込みください。

昨日のノンデュアリティ・フォローアップ講座には、はるばる鹿児島から2名の方が参加してくださった。

二人は知り合いではなく、同じ鹿児島市内からやってきたことを会場に来てから知って、驚きあっていた。
 
内容としては、横浜から来ていた男性が、YouTubeで日本人女性が非二元について解説しているのを観て、「非二元」といいながら「二元性」の話が混在していることに違和感を感じたらしく、それについてどう思うかと質問された。
 
たまたま私も、そのビデオを観たことがあったので(といっても冒頭1分くらいでマインドが語っている非二元論だとわかり、観るのをやめたのだが)、語られている内容が、マインドの解釈によるものなのか、それとも非二元からのものなのかを見抜くためのヒントになると思い、先日、来日したヤン・ケルスショットさんから聞いた話を紹介した。
 
ヤンさんは、お医者さんなので、肉体や物質が存在しているという二元性(マインド)の話と、私たちの本質は肉体でもマインドでもなく、なんでもないものであるという非二元の話を、どちらも否定することなく話すことができる、とてもユニークな存在だ。
 
そのヤンさんの話を聞いていたおかげで、今回のフォローアップ講座は、いつもとはまた違った角度から非二元について語りあえる、とても面白い会になった。 
 
また、完全性というものが常に現れ見えているにもかかわらず、どのような思い込みから「不完全な自分」が存在していると思い始め、その自分を満たそうとするほど、人生が重苦しく感じられるようになっていくメカニズムをお伝えして、お開きとなった。

そして、その後、泡までうまい生ビールを飲みに出かけた。
 
下の写真は、毎月、鹿児島から私の講座に参加してくださっている福田さんからいただいたお土産です。
今回も、参加者の皆さんと一緒にいただきました。
福田さん、いつも、ありがとうございます。
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お知らせ
次回のノンデュアリティ・フォローアップ講座は、9月3日(日)に開催します。
昨日は、プラネタリウムで「ダークマター(暗黒物質)」のプログラムを観て、その後、映画館に行った。

非二元とは何かを説明するとき、「スクリーン」と「映像」の関係がメタファー(たとえ)としてよく使われる。

しかし、このメタファーは、スクリーン(気づき)と映像(現象)との一体性をうまく表現できてはいても、スクリーン(気づき)から隔たれた位置(観客席)に、映画を眺めている「私(観察者)」が別に存在している、という二元性を想像させてしまう点で、メタファーとしてあたりうまく機能しないことがある。

昨日も、実際に映画を観ながら感じたのだが、映画館のスクリーンは視界よりも小さくて、どうしても「こちら側からあちら側のスクリーンを観ている」という距離感を生んでしまいやすい。

その点、同じ映像のたとえを使って、非二元性を説明するなら、プラネタリウムの方が映画より適しているように思えた。

プラネタリウムのスクリーンは、ドーム型の天井全体に広がり、上映が始まるとあたりが真っ暗になって観ている自分の姿も完全に見えなくなる。

存在しているのは、今、現れている星空だけ。
そう感じられる点で、映画よりもプラネタリウムの方が非二元性を感じやすいのではないかと思えた。

そして、上映が終われば、時間とともに動いているように見えた星空の映像は消え、何もないスクリーンが現れる。

見えないスクリーン(気づき)に、見える星空が本当に存在しているかのように現象として現れていただけ、という「目覚め」の感覚まで疑似体験できる。

しかし、非二元性を説明するたとえとして、プラネタリウムの方がしっくりくるとわかっても、それがメタファーであるがゆえに欠点も露呈する。

それは、上映が終わって明かりがつくと、星空が消えてスクリーンだけが現れるのではなく、先ほどまで星空を観ていた人間の姿まで現れてしまうからだ。

「スクリーン(気づき)」と「人間(観察者)」が距離をおいて別々に存在している。
この二元性を露呈してしまう点で、結果的に「映画」のたとえと変わらなくなる。

このように、メタファーにはメタファーとしての限界があるが、それでもプラネタリウムは、気づきと現象の「一体性」、さらには「目覚め」が起きた時の感覚を現わすメタファーとして、有効に機能するように思えた。

お知らせ
・今週末25日(日)は、ノンデュアリティ・フォローアップ講座を開催します。
・7月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスのテーマは、「非二元から見たビジネス」です。
仕事もお金も自然に現れ出てくることを話します。
残席、わずかとなっていますので、興味のある方はお早めにお申込みください。
昨夜は、フィリピンのセブ島在住の男性とSkypeで非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

彼は、私のブログの経歴などを見て、40代で自己啓発にハマり、自己改善のために大金を散財してしまった私のことを知り、共通性を感じてセッションに申し込んでくれた。

テーマとしては、お金のことについて話したんだけど、「こうすれば金銭的にもっと豊かになれるよ」と自己改善を促すペテン師たちが世界のいたるところにいて、それに引っかかると、豊かになるどころか、逆に自己卑下のドツボにハマってしまう滑稽劇のおかしさを、二人でゲラゲラ笑いあった。

自分や他人を変えられる誰かが存在しているなら、確かに収入のことに関しても、自由意思で調整可能なように思える。

しかし、非二元のセッションをやって、自分がいなかったことに目覚めると、自己啓発や成功哲学で語られている内容が、小説と同じフィクションであると見抜かれ、それを真実だと思い込んでいた信念(プログラミング)がたちどころに崩壊する。

はじめから存在してもいない不完全な自分を、存在していると思い込み、数十年に渡ってその自分を完全なものに改良しようと努力をしてきた苦労の数々が、すべて勘違いからはじまった茶番劇だったとわかると、もう笑いしか出なくなる。

それは、これまでに経験したどんなユーモアやジョークよりもおかしくて、この一笑によって、これまで深刻に受け止めていたお金の問題も何もかもが、一瞬にして吹き飛ぶ。

そして、この目覚めの笑いが起きたなら、今、現れ出ている生の豊かさ、完全性にたちまち圧倒されてしまう。

もう、ここには、お金の不足を感じていた「不完全な私」は見当たらない。

見えるのは、言葉では到底言い表せないほど色鮮やかな現実の美しさ。

ここはパラダイス。エデンの園。

お知らせ
7月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスのテーマは、「非二元から見たビジネス」です。
仕事もお金も自然に現れ出てくることを話します。
残席、わずかとなっていますので、興味のある方はお早めにお申込みください。
目覚めれば、私はいなくなる。

何かを手に入れなければ、ハッピーになれないと思い込んでいた「不完全な私」など、はじめからいなかったことが見抜かれる。

覚醒、成功、幸福を求めて、何かをつかまなくてはいけないと探しまわっていた努力や焦燥感から解放される。

唯一存在しているのは、目覚めている意識だけで、この知の光によって見抜かれたなら、「私や他人が存在している」というマインドによる二元性の思い込みは、たちどころに消える。

見かけの上では、たくさんの人が存在しているように見えるけれど、全てが一なる意識の現れであり、それはまるで劇を演じているかのように展開し続ける。

しかし、ここには、劇の展開を変えられるような主体者は存在しない。

誰もいなくても、この演劇は自動的に展開し続ける。

ここで語っている「目覚め」もまた、それが劇中で起こることになっているなら、ひとりでに起こる。

「目覚め」を求めて、何かをやれるような誰か(個人)は存在していない。

一なる意識が、あらゆる色となり、音となって自らを表現し、壮大なる演劇を繰り広げている。

これが全て。既に完全。


お知らせ
一なる意識が、あらゆるものになって現れている。
目覚めれば、この認識が起こり、人生から深刻さが消えて、安らぎを感じながら劇の展開を眺めていられるようになります。
非二元の目覚めに、興味のある方は、プライベートセッションか7月のノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。
高3の次男は、今でこそ英語を話せるが、中学生までは杉並区立の中学校に通っていたので、たとえ英語の成績が良くても、英語で会話することはできなかった。

でも、高校から都立のバカロレアコースに進学して、状況が変わった。
バカロレアコースでは、すべての授業が英語で行われる。
各教科のテストも、すべて英語で出題される。

次男は、先生が授業で話していることもまともに聞き取れず、テストでも、答えを考える以前に、テストの問題の意味を読み取れず、10点以下の点数を取っていた。

このままではマズイ!ということで、高1の夏休みに、急遽、フィリピンに語学留学をさせることになった。

次男は、それまで一度も、海外に行ったことがなく、15歳の子供が一人で飛行機に乗って、まったく知らない国に行き、3週間、現地で無事に過ごして帰って来れるだろうかと、当時はかなり心配したものだった。

でも、フィリピンから帰ってきてから、次男は徐々に学校の授業にもついていけるようになり、同級生(その多くが帰国子女)とも、英語で日常会話ができるようになっていった。

そして、息子のペースには追いつかないものの、私自身もこの1年の学習で、洋書を読みこなせるようになった。
英語の学校にも通わず、ひたすら「認知言語学」の観点から英語脳をつくるのに有効だと思える教材を買い漁り、独学で英語の読解力を伸ばしてきた。

また、その経験を踏まえて、どんな教材を使って、日々どのような学習を繰り返すと、学習時間をあまりつくれない社会人でも、英語脳をつくれるようになるのかを人に教えるようにもなった。

そして、今年の3月、私がやっている講座を初めて見学した次男は、母親に感想をこう告げたらしい。

スゴイ!

2年前まで、私は、息子が英語の学習に困っても、何も教えられず、ただフィリピンに送り出すしかなかった。
しかし、あれから2年経って、こういう学習を日々、積み重ねれば、海外に行かなくても英語脳をつくりこめることを、私は息子にだけでなく、講師として多くの人に教えられるようになった。

振り返ってみると、次男が英語でつまずかなければ、私自身も、英語をもう一度学び直そうとは思わなかったかもしれない。
そう思うと、人生というものは何が功をそうするか、本当にわからないものだ。

お知らせ

自分のことを一人の人間だと思い込むと(これが自意識)、意識が肉体の内側に収縮して存在しているように思え、とても窮屈で重苦しい人生になる。

 
でも、本当のあなたの意識は、収縮などしていない。
それは、宇宙全体を包み込むほど広がっている。
 
このオープンスペースに気づいたなら、見えるもの、聞こえるもの、感じるものの全てが、意識の現れであることがわかりだす。
 
そして、この意識の大きさは、自分のことを一人の人間だと思い込んでいるマインドの範疇をはるかに超えている。
 
だから、自分のことを人間だと思い込んで生きているなら、人生で起こる出来事が自分に対しての試練のように思え、逆風の中を耐えながら歩いているような感覚になる。
 
しかし、ひとたび、意識の大きさに気づいたなら、人生そのものが恩寵の連続であることがわかるようになる。
 
お知らせ
ここで語った「意識」とは、個人の私が存在していると思い込んでいる自意識のことではありません。
あらゆるものに浸透している意識の広がりを感じてみたい方は、非二元のプライベートセッションか、7月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。

昨日の「話し方教室」は、10時開始、18時半終了だったのだが、ゲーム感覚で「話術」を磨けるワークを取り入れたことで、みんな盛り上がってくれて、あっという間に時間が過ぎた。

 
通常、話すための原稿を準備して、それを記憶してしゃべろうとすると、型にはまり過ぎて、文字通り堅苦しいスピーチになってしまう。
 
話し手は、準備してきた通り、本番でもうまく話せるだろうかと思うと緊張してしまう。
 
その緊張は、聞き手にも伝わり、聞いてる側も硬くなってしまう。
この話、早く終わらないかなとなってしまう。
 
こんなスピーチやプレゼンを続けていたんじゃ、相手との関係性が深まるどころか、疎遠になってしまう。
 
では、どうすればいいのか?
ということで、昨日の講座では、即興演劇のトレーニングを取り入れ、原稿がなくても、十分に聞き手の関心を惹きつけられる話ができる能力が、私たち人間にもともと備わっていることを体験してもらった。
 
すると、はじめ人前に立つと、目が伏し目がちになり、聴衆とのアイコンタクトができなかった女性も、最後には、ちゃんと聴衆の様子を目でとらえながら、ハツラツとした声で、身振り手振りを交えながらプレゼンできるようになり、みんなを驚かせてくれた。
 
また、話し始める前に、何を確認すると、緊張が解けて、落ち着いた状態で話せるようになるのか?
私が合気道や非二元で学んだことをお伝えしたのだが、それを実践した途端、全員が突然、流暢にスピーチできるように変わった。
 
話す内容以上に大事なのは、「意識(気づき)」。
その意識の向きによって、聞き手との関係性が大きく変わる可能性を秘めていることを、全員の方に感じてもらえた一日になって、本当に良かったと感じている。
 
次回の話し方教室は、8月に開催する予定ですので、興味のある方は、メルマガに登録しておいてください。
日程が決まり次第、メルマガでお知らせします。