トヨタの “人” への考え方
猛暑が去り、ようやく秋めいて来ました。涼しくなり、我々の心も幾分おだやかな気持ちになります。さて今回は、トヨタの考えている “人” についてです。先のブログでも書いていますが、人を信じて任せる(信頼する)だが、人のミスはあるものだから確認する(信用はしない)というのが基本のスタンスです。そして、しくみについては性善説で成り立っています。故意に悪い事をする人はいないということです。モノづくりにおいては、数々の失敗が日々発生しています。事故なども起きます。この“失敗”は、単なるデータとして扱います。 成功への糧となるデータなのです。そのデータを活用して、再発防止を図ります。 貴重なデータです。そういった失敗や事故には、かならず人も関連しています。多くの企業が人の責任を追及して処分することで対策したとしています。ですがトヨタでは、人1%、しくみ99%の割合と考えています。ヒューマン・エラー(人の失敗)の中は、大きく分けて2つの要因があります。過失か? 故意か?過失には、誤認識、不注意、スキル不足などがあります。故意(わざと)には、① こうやった方が上手くいく。 早い。② いつも手伝っていたが、その時手伝えなかった③ 手抜き④ 困らせようとしたなどがあります。過失については、しくみが悪かったとして見直します。では、故意(わざと)についてはどうでしょうか?普通に考えれば人の責任として処分するところでしょう。ですが、上の①、②については好意で行ったことなので、人は責められないのです。ここも、“しくみ”で対策をします。ですから、多くの場合が“しくみ”の問題として対応するのです。では、③,④についてはどうでしょうか?③は、指導で対応できると考えています。 あるいは、場合によってしくみで改善できるのです。ここでも、人の処分とまではなりません。ですが、④はどうでしょうか?悪意があったのです。これは、処分せざるを得ない状況が多々あると思います。その「困らせようとして悪意をもってわざと問題を起こした」という事案はどのくらいあるでしょうか?それは、多くはないはずです。 ですから、全体の約1%程度ではないかと考えているのです。ということで、大概の場合は“しくみの改善”で対策できると考えているのです。ところが、最近ではこの悪意が少し多くなっているように感じるのです。それは製造現場ではなく、世の中全体のことです。SNSでの誹謗中傷、マウントの取り合い、憎しみ合いに近いバトル映像、陥れるためのフェイク・ニュースなど、あちこちで悪意に満ちた言動、映像が飛び交っているのです。こういったものが拡大することによって、人々の心も荒(すさ)み、犯罪も増え、またSNSの誹謗中傷も雪だるま式に拡大していくのです。自分で善と考えていることに賛同しない人を悪と決めつけ、時には警察のようにネット上をサーチして取り締まりを行う。 それを正義の行動と勘違いしていたりします。元々、こういった善と悪、白か黒などの二元化は西洋の哲学であり、日本的ではなかったのです。日本では鎌倉以降、自然と一体となる哲学があり、それは禅や浄土系の仏教で広がり、無分別(むぶんべつ)と呼んでいます。真、善、美、達成、成功、勝利偽、悪、醜、挫折、失敗、敗北といった二分化せず、自然の偉大な浄化力に委ね、空、雲、月、海、山、森、草花、朝日、夕日、星などを愛で、石や虫にまで魂が宿っていると信じています。人をおとしいれたり、勝敗にこだわったりする文化は、元々なかったのです。明治以降の西洋化にともない、だんだんと心の中も西洋化していったのです。近年、キャンプが流行って、山や海、川へ行って自然の中ですさんだ心を治癒しようとするのは、日本人の本能かもしれません。トヨタの考える “人” という話しから、日本人のポテンシャルの話しになりましたが、会社内でも多いに、この日本人というポテンシャルをうまく利用すべきと考えるのです。