日本人というのは、非常に特殊だと私は思っています。

独特の宗教観があって、それが普段の生活や仕事の随所で垣間見ることが出来るのです。

例えば、綺麗好きです。 綺麗好きと言うよりも、整理、整頓、清潔、清掃をよくします。

これは、単に綺麗にする動作が好きな人が多いというのではありません。

宗教なのです。

宗教といっても、神道です。

以前にも書きましたが、日本人は全ての物・場所に神が宿ると考えており、鳥・犬・猫・馬・牛などのほか、虫、石、川、山などにも神が宿っていると思っています。 八百万(やおよろず)の神様が居るということです。

ですから、日頃使う物、道具、場所に感謝をし、使い終わると整理、整頓、清潔、清掃をするのです。

そして、その行為そのものが神事なのです。

ですから、単に「掃除が好き」なのではないのです。

仏教でも、そういう考えがあります。

ということで、大昔の過去からそういった習慣的に身に付いた行動があるのです。

こういった考えは、海外にはあまりないそうです。

唯一、ミクロネシア人は、同じような考えを持っているようです。

そして、そういった神事は、皆で協力してやります。 率先してやるのです。

 

海外では、掃除をする行為を作業と考えています。

作業と考えれば、誰かに任せてやってもらうのもいいし、それこそロボットにやらせていいのです。

そういう割り切りも有りだと思います。

作業と考えれば、学校での掃除も業者へ頼めば良いのです。 先生も楽です。

作業は、楽になることを考えれば良いのです。

しかし、神事と考えた場合は違います。 使った人が感謝の気持ちでやらないとならないのです。

そして、それはそこに居る大人が教えるのです。 昔からそうです。

学校の場合は、先生になります。

 

会社ではどうでしょうか?

会社では、作業がメインになります。 99%が作業と言っても過言ではないでしょう。

では、“改善”という行為は、作業でしょうか?

トヨタは、作業と考えていません。

これは、作業とは異なる哲学です。 製造哲学

宗教と哲学は似ています。

先ほどの神事とまでは言いませんが、改善は現場の哲学なのです。

「ものづくりをもっともっと良くしていかなければならない」というのが根底にあるのです。

誰かにお願いできるものではありません。 ロボットにやらせることもできません。

そういった日本人独特の哲学は、海外でKAIZENと呼ばれ、Improvement(改善)とは種を別にして精神的な要素を含んで呼ばれています。

しかしながら、依然として海外では改善を「作業」と思っています。

元々、精神的な改善の文化が無い国で、形だけの改善を取り入れても続かないのです。

また、人の入れ替わりの激しい欧米では、少人数での改善活動は向きません。

メンバーが入れ替わり過ぎて、成立しないのです。

 

こういったことから、海外でトヨタ生産方式を真似しても、上手くいかなずに止めてしまう事例が多いのです。

良いと分かっていても、根付かないのです。

カリフォルニアでGMとトヨタが共同出資で設立したNUMMI工場も、長くは続きませんでした。

結局、トヨタ生産方式はGMに取り入れられることは無かったのです。

その他にも、日本人特有の考え方があります。

作業の動作についても、ムダの無い、あわてない、盆踊りのように優雅に動くのです。

盆踊りもまた、先祖供養の儀式ですし、全国の神事でも歌い、踊っています。

その優雅な動きは、所作であり、身のこなしの美しさにこだわっています。

日本人は、動きの美しさにもこだわるのです。

 

人を信じるという点についても、日本人は特殊だそうです。

現代においては、何が真実か、何を信じて良いのか分からない状態にありますが、日本人のそもそもの特質は、他人を信じて任せたり、頼ったりします。

ですから、現場を信じて権限を委譲しています。

アメリカの研究者によると、テスラ自動車は、イーロン・マスクが現場で細かな指示をするため、現場は指示だらけで本来の作業もままならない状態にあるそうです。

優秀なハーバード大学を卒業した社員も、イーロンの細かな指示で能力を発揮する間もなく、命令通りに動いているだけだそうです。

日本人は、神様がいつも見ていると思っています。

「お天道様が見ている」などと言います。 悪い事をしないように、自制(自分で制御)できるのです。

勿論、例外も多いのですが。

神を信じている人は、信じられると思っています。

ですから、信頼して任せます。 信頼はしますが、信用はしません。

人間ですから、ミスもします。 ミスしていると疑って確認(監査)はします。

 

江戸時代に日本を訪れた海外の人の「日本人とは」という手記を見ると、

「日本人は、皆にこにこ笑っていた。 貧しいが、皆で助け合って暮らしていて、幸せそうだった」と記述があります。

お腹の空いた子供が居たら、家に上げて一緒にご飯を食べていた。

自分の子供と同じ扱いをした。

鍋がなければ、借りた。

貧しい生活ではあるが、皆にこにこして、助け合っていた。

そういう別の記述もあります。

 

製造現場や職場でも、そういう文化があるとどうですか?

皆で助け合っていく文化は、日本人は元々持っているのです。

そういったところは、西洋化しなくても良いのではないでしょうか?

 

トヨタは、創業家が社長になることが度々あります。

良くないと言われる人も居ますが、逆にそれが良かったのではないかと思います。

しっかりした信念が続いているからこそ、現場主体で任せ、改善を率先して行い、道具を大切にして、他の誰かのために考えて、それを部下にも継続させている稀有な会社だと思うのです。

勿論、100%が良い人とは言えません。

ですが、社長のためでもなく、上司のためでもなく、「幸せを量産するんだ」という合言葉で日々働いているのは、神様と自分を信じて、神様のお手伝いをしているのだと感じています。

 

トヨタは、そういった日本人の特性を活かし、昔ながらの宗教観でものづくりをしています。

トヨタ生産方式は、昭和の時代に考えられたものですが、日々改善しながら昭和のやり方のまま続いています。

古い考え方のままなのです。

それを大事にしています。

 

日本で100年以上続いている会社が多いのは、そういうところがあるからではないでしょうか?

長くなりましたが、私の主観です。

改善はするけど、古いまま。

日本は、大丈夫です。