先入観で思考停止する
先入観が捨てられない人は、ナゼナゼが出来ません。人から聞いた噂やデマを信じてしまい、真実を知ろうとすることをしないのです。ナゼナゼが出来る人は、まずは疑います。「本当に、そうなんだろうか?」と、自分に問いかけているのです。これが出来ない人は、詐欺やデマに簡単にひっかかります。ナゼナゼが出来る人は、多くの仮説を立てることができます。その幅が広いほど、より真実に近づいたり、アイデアも出易いのです。そして、仮説の検証をするのです。先入観が激しい人は、それに加えて妄想をします。それは、先入観から物語を自分で作っているのです。そして、その自分で作り出した物語に腹を立て、正義感を奮い立たせて相手を攻撃したりします。そして、自分で作り出した妄想でさえ、真実と混同して錯覚を起こします。だから、その妄想でさえ事実であったかのように、更に多くの人に伝え始めるのです。それを聞いた人達もまた、自分の物語を付け加えているのです。これとは別に、直感というのもあります。直感は、正しい場合があります。直感と先入観の違いは何でしょうか?先入観の多くは、他人からの不確かな情報です。直感は、おそらく自分の中の過去の経験から出て来る根拠のない感覚です。何れにせよ、どちらも確かめる必要はあります。不確かな情報だけで、正義感を発揮してはいけません。確かめる方法は、現地現物です。人の場合は、本人に聞くしかありません。1次情報にこだわらないといけません。会社の人事に関して、特に1次情報は重要です。噂やデマを元に人事をしている会社も少なくないのです。社会では、ねたみ、そねみ、ひがみが渦巻いています。その想いが強くなると、相手を引きずり落そうという企みも出ます。人事は、その情報を真に受けてはならないのです。残念ながら、先入観から抜け出せない人も人事にいます。仏教の教えに、八正道というのがあります。正見、正思、正語、正行、正命、正精進、正念、正定正しいというのは、真理に合ったものの見方や考え方、行動のしかたで、調和のとれたものです。真理を見抜く努力をしなければならないのです。 だから、ナゼナゼをするのです。自分の思想や行動は、本当に正しいのだろうか? 聞いた噂を信じようとしているが、それで良いのか? と、自問してみましょう。「絶対無理だ」と思ったプロジェクトも、先入観によって「出来ない」と思い込もうとしていませんか?複雑に見える迷路も、先入観を捨てれば意外と簡単に抜けられるものです。「難しい」と思った瞬間に、努力する力が失われます。そうやって、自分で自分の力を奪っているのです。困難かどうかを見極めるよりも、単純に真理を見抜いて行く方がどれだけ楽か。すべては、自分の思考法によります。なかなか難しいことですので、私は手帳に八正道を書いています。それを見ながら、今 自分は真理にあったことをしているだろうか?と自問をしています。