学歴と人間の質
企業は、優秀な人財を求めていますが、一体どうやって見抜いているのでしょうか? 一番簡単なのは、学歴です。 有名国立大学卒業=優秀という定義が、今現在も成り立っていますが、それに異を唱える人がいます。 エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd, 1951年5月16日 - )氏です。 彼は、フランスの人口統計学者、歴史学者、人類学者です。 彼は、近世の高等教育の弊害として、大学および大学院への進学率が高くなるに従い、人間の質が低下したと言っています。 ナルシストが育成され、知性の劣化が始まったのです。 勝ち組を見せびらかし、利己的で欲深く、嫉妬深い、つまらない人間が増えたと言っています。 自分より恵まれない人を見下す人が増加し、人間の質が低下したと言っているのです。 誰でも彼でも大学に進学するようになり、大衆化したエリートが、大学のレベルをさらに下げていると言うのです。 専門化したが、幅広い教養がなく、文化もない。 「世の中は不平等が当たり前」とし、自称エリートを名乗っていると。 一般の民衆と強調せず、民衆を軽視している。 深い思考を持たない。 そういった人たちが、分裂を深めていると。 「自分達よりも低い教育を受けている人達が貧しいのは、当たり前」と思っている。 人間が堕落したというのです。 人間の質が低下したのです。 そして、約束を守らないのがクールだと思っている。 約束を守って損をする人達をバカにし、ニヒリズム(虚無主義)が横行しているのです。 彼いわく、これは宗教が衰退したからだと言うのです。 宗教というと、拒否反応が出るかもしれませんが、人間は神の規範、価値観に服従するために存在し、常に自分の行動規範、価値観と比べながら生きてきたのです。 宗教心を失うことによって、そういった倫理、道徳規範というものが崩れたということです。 自分のことばかり考え、自分の利益になることであればウソもつく。 学歴の高さに優越し、人間らしい深い思慮が薄れているのです。 いかがでしょうか? 高学歴社会が人間の質を落としているというのです。 実際、そうかもしれません。 もちろん、智と人間の質が伴っていれば、問題はないのです。 両方が備わっている人もいると思いますが、ごく僅かでしょう。 同じように、よく対比されるのが愛と力です。 愛だけでは、無力です。 愛する人が襲われているときに、愛ある言葉で暴漢たちを追い払うことはできません。 逆に、力だけあって愛のない人は、それは暴力です。 両方備わっていなければならないのです。 頭が良くて人間の質が低い人は、悪い事を考えます。 そういう人は、人生の終わりに行き着く場所は同じです。 我々日本人は無宗教だと言われますが、実際はそうではありません。 八百万の神を信じ、万物に神が宿ると教えられています。 物にも魂がこもり、物を大事にする。 場所にも崇敬の念を持ち、入るときに一礼、出るときも一礼をするのです。 自分の使った物や場所には感謝し、掃除をします。 そういった事を当たり前のようにしてきました。(しない人もいますが) 学力が高くなると、そういった心が薄れ、何でも自分の力で上がってきたと思いがちなのです。 謙虚な気持ちを失うのです。 謙虚さとは、神に対する畏敬の気持ちなのです。 宗教的なことを言いましたが、大切なのは学歴ではなく、人間の質です。 幼い頃から優秀な学校に入ることを目標にされ、人を蹴落としてでも上に上がれば良いというように教育されてきました。 その結果が、今の世界を作り出しているのです。 日本だけでなく、世界中の現象です。 しかしながら、その異変に気付き始めた人が徐々に増えてきました。 大事なのは、人間の質です。 人間力です。 総合力なのです。 世界中でその事に気付き、今は変換点だと思います。 2025年の変換点。 あなたも変換できるでしょうか?