最近、気になることがあったので、それについて書いてみます。
某TV局の不祥事関連で、会社が社長と元社長を訴えた話しです。
個人的に、違和感があります。
賛否両論はあると思いますが、あくまで個人的な感想です。
あなたの会社で不祥事があった場合、あなた自身はどのような態度をとりますか?
まったく不祥事に関係しておらず、内容もまったく知らなかったにせよ、継続してそこに勤めるのであれば、信頼回復に全力で取り組むのだと、私は思うのです。
それが、会社に一員としてやるべき事だと思うのです。
しかし、某TV局内の社員は、様々なところで「私達は関係なかった被害者です」的な発言が多く、例えば、あるSNSでインフルエンサーのH衛門氏に、「今後、どうしたら良いかアドバイスをお願いします」と、まだ一週間も経っていない内からそのような発言をしていました。
客観的にみると、「どうしたら良いかわからないので、教えてください。 自分達は、被害者なんです」的な見え方でした。
そういった所に、違和感があるのです。
被害に遭った元女子アナの近くの人達は、見て見ぬ振りをしていた人が居たでしょう。
それが当たり前だと思っていた人も居たでしょう。
その人数は、少なくないはずです。
知りながら、何ら対応をしなかった人達が大勢居るなかで、2~3名に責任を取らせ、あとは関係ありません的なパフォーマンスはいかがなものでしょうか。
会社の責任は、長である社長がとるべきだと思います。
今回は、社長が築き上げてきた文化であったとも言えるでしょう。
しかしながら、関係していた人達も大勢居ます。
しっかり反省して、体制を建て直さないとならないのです。
これは、中の人達皆んなの“自己責任”なのです。
社外に対しては、そうだと思うのです。
“他責”にしてしまうことで、建て直す気が無いように見受けます。
Y興行で闇営業問題がフォーカスされた時、社長は「従業員は家族だ」と言った際、中堅どころは、「家族ではない」と言いました。
家族のように思っている社員も居るし、ただ雇われているだけと思っている人も居ます。
私は、家族とまでならなくても良いとは思いますが、「雇われているだけ」と言うのは寂しいと思うのです。
昔の徒弟制度では、親方が居て、丁稚が居て、そこに居るのは家族のような存在でした。
年端も行かない子供が親に連れられて大工の棟梁に預けられる時、棟梁は両親に「立派に一人前に致します」と約束したものです。
大工の技術だけではなく、人間として一人前になるように育てるということです。
そこでは棟梁が親になるのです。 なので、親方と呼ばれます。
トヨタの現場にも、おやじと呼ばれる人が居ます。
親のように面倒をみます。
また、職場先輩という役目の人も居ます。 仕事以外の面倒もみます。
面倒をみる役目の人がたくさん居ます。
すべては、信頼関係なのです。
仕事だけしている間柄ではないのです。
そんな、古い昭和の人間関係が、今も続いています。
会社は英語でcompany(カンパニー)ですが、このcomは“一緒に”という意味があります。
その後のpanyは、panisの変形したもので、パンのことです。
一緒にパンを食べる仲間という意味です。
日本的に言うと、同じ釜の飯を喰う仲ということです。
私は、そういう意識が必要だと思っています。
そういう意識が無いと、助け合う仕事ができません。
令和になっても、AIが発達してきても、社員の間柄は変わらないと思うのです。
孔子の論語に中に、このようなことが書かれています。
「君子は諸(これ)を己に求む。小人は諸を人に求む」
君子は事の責任・原因を自分に求めるが、小人は他人に求め、責任を転嫁する。
会社とは何か? 実体のない人々の集まりです。
そこに暖かい血を流すのか、無味乾燥したスポンジのようにするのか。
すべては、中に居る人の考え方で決まります。
どんな会社にするのかは、一人一人が選択できます。
本当に良くしたいのならば、真剣に内側を向いて活動していく必要があるでしょう。
