今回は、二極化の進む時代に、循環意識の大切さについて語ります。

コロナ以後、SNSや政治の局面で、様々な二極化が進んでいますね。

何でもかんでも、白黒はっきりさせなければ気が済まない人が増えているようです。

会議などの席でも、勝つか負けるかというゲームのようなつもりで、論破することに終始してしまう人が多いと思います。

なんでもかんでも批判し、正義はどちらか?にこだわる人達。

もっと、冷静に本質を考えたいものです。

 

どちらかに決めるということではなく、50対50ということでもなく、白と黒を行ったり来たりするという考え方について説明いたします。

 

我々、人間の脳は右脳と左脳があります。

それぞれ、役割があって、左脳は判断、計算、効率など、思考を使う事を得意とします。

右脳は、生きていく上で大切な、呼吸、感情、感覚などを司ります。

完全に、どちらかの脳で判断しているのではありませんが、大雑把に機能を分けてみました。

言い換えると、左脳は「あるべき」について思考しており、右脳は「あるがまま」の状態です。

拡大解釈をして言いますと、左脳は、日頃会社で考えている「あるべき姿」を設定して、効率化、ノルマ、規則、成果について働いており、右脳は、理念や精神、五感などの領域にあります。

 

これらは、どちらが必要か?ということではなく、また半分ずつ混ぜるということでもありません。

右をやったり、左をやったりと、行ったり来たりするものです。

仕事でいうと、

ある時は効率化をして成果を得ることを大切にし、ある時は理念に立ち戻り修正をするといったようなことです。

右と左をぐるぐる回すということです。

 

教育についても二論あると思います。

あるべき姿にするための教育と、あるがままでいいという教育です。

現在の教育は、あるべきを目指しており、あるがままの教育というのは、ドイツの哲学者 ドルフ・シュタイナーが提唱した教育理念のようなものです。

 

べきを教える時と、ままでいい時を回すのです。

両方、大切なのです。

 

ちょっと話しが飛びますが、日本では縄文時代、右脳中心の生活が行われていたと言われています。

その日に必要な食糧だけ確保し、自然を大切にしてきました。

今という時を大切にし、「まま」を実践していました。

その期間は長く、1万年続いたといわれています。

ところが、西洋文化が日本に入ってきてから約100年の間で、急激に左脳思考型の生活に変わっていったのです。

KPIは何か? 効率的か? ムダはないか? なぜなぜをしたか?と、私も普段からその領域について教えておりますが、それは左脳側の思考法なのです。

左脳型が悪くて、右脳型にしなさいということではないんです。

日本人は、元来 右脳と左脳をくるくる回して考えることが得意だったのです。

この「べき」と「まま」をぐるぐる循環させるのです。

以前にも書きましたが、日本には大和言葉という古くから使っていた日本独自の言葉があり、その中に「和える(あえる)」というのがあります。

今でも、料理に使われる言葉で、混ぜるとは言いません。

混ぜるは、元の物が分からなくなるほど融合させることで、和えるは、完全に混ぜた状態ではなく、元の物がわかる程度に合わせたものです。

白黒を混ぜて、灰色にするのではなく、白の部分もあり、黒の部分もあるということです。

こう言うと、コウモリのように、あっちに行ったり、こっちに来たりと、自分の意見を持たないヤツと同じように思うかもしれませんが、そうではありません。

これは、なかなか説明が難しいのですが、日本人独特の感性なのです。

 

今こそ、このような考えが必要だと私は思います。

利益ばかり重視して、理念を忘れてしまうようなことが起こっていますよね?

近年は、そういった企業の不祥事が明るみに出ています。

かと言って、理念ばかりで利益が出ず、倒産した会社もあるでしょう。

どちらかでは無いということです。

 

現代ではとかく左脳型に偏っているところがありますので、あえて右脳を意識した生活が必要です。

それに気づいている人も増えており、瞑想を取り入れている人がいますね。

また、より自然に近いところで生活をしてみるキャンプも流行っていますよね。

山に登る人も増えています。

まるで、縄文時代に戻ろうとしているかのようです。

その日の食料を手に入れたら、やる事がなくなってボーッとしていたのです。

野生の動物のようです。

勿論、食料が手に入らない日もあるでしょう。 それでも、不安にならないのです。

不安になって色々と考えてしまうのは、人間だけです。

ライオンは、自信があるので、何日間か食べなくても不安にはならないそうです。

将来の事なんか考えていません。 過去の失敗した狩りの事も悔やみません。

「今」「ここ」だけで生きているのです。

こう言うと、もう仏教の世界にも通じるのです。

 

今こそ、日本人の持っていたDNAを発揮し、陰陽を和えた考え方をしてみてはいかがでしょうか?

クリスマスを祝い、大晦日にお寺に行って除夜の鐘を聴き、正月に神社に詣でる。

既に皆さんがしていることかも知れません。