子供が成長するにつれて、表情が豊かになってきた。

ぷくぷくした頬や手はとても可愛い。

夫とは違う形の目を見ると、ドナーさん似なのだろうと想像する。

彼女の写真を見たことが無いのでどういう容姿なのか全く分からないが、その面影を見た思いになる。

 

私の親戚は、おばあちゃん似だ、おじいちゃん似だ、と直感的で根拠のない感想を色々言っている。

それで良いのだと思う。

 

子供がハイハイを始め、段々アクティブになってきた。

長い距離を動きたがり、家でのサークルだけでは物足りなさそうだ。

公園で砂場や遊具で遊ぶことはまだ出来ないので、そうなると児童館、子育て支援センターデビューを検討せざるえない。

そこには保護者、ママさんたちが当然いる。

 

ママ友、それは高いハードルだ。

健康診断などで見かけるお母さんたちは、当然のことながら20-30代中心である。

年齢が10歳単位で違うのだ。肌もハリがあり、ほうれい線がくっきりしている20代などいない。

会社で例えれば、新卒のグループの中に40代の中途採用組の社員が1人混じるようなものだ。

中途採用で入社した40代新人が、女性ばかり集まった会社の会議室で、新卒女子たちと一緒にランチをするイメージだ。

共通点など何もなく、先輩後輩ではなく全員同じ立場。

子供の話だけで、児童館で1時間2時間会話が続くのだろうか。

考えただけで疲労困憊、全く無理。

いまだに足を踏み入れていない。

 

高齢出産した母親はどこに行けばいいのだろうか、と友人に聞いたところ、港区を勧められた。

高齢出産した人が多いイメージという、全く裏付けのないお勧め話だ。

そもそも港区に行くのも大変だし、子供たちは児童館ではなくインターナショナルプレスクールに集まっているのではないか。

そんな予算は勿論なし。

 

40代のママさんとして思い浮かぶのが、東尾理子さん、ジャガー横田さん、水野美紀さん、江角マキコさん、そしてこれから出産する予定の華原朋美さん。

個性豊かすぎる。

年齢が近くても、何を話していいか分からず探り探り微妙な笑みを浮かべている自分を容易に想像できる。

 

子供と2人でファミレスかショッピングセンターにいる方が気楽という結論に至ってしまう。

ぐうたらすぎて子供に申し訳ない。

もう少ししたら保育園に入園し、子供には自力で友達を作ってもらうことにする。

一人で喫茶店で余計な会話などせずぼーっとしたい。

 

 

大変ご無沙汰しています。

ブログは読むだけになり、書くほうからはすっかり遠ざかっていました。

 

子供は1歳になり、すくすく育っています。

ここまで病気もなく、検診も健康児と言われてきました。

ハイハイから、伝い歩き、そして現在がに股でヨチヨチ歩き始めたところです。

言葉も1語を話し始めました。

 

40代のお腹で育ってきたので発達面等色々不安でしたが、若いドナーの卵子のお陰で健康に恵まれました。

自己卵では十分な分裂が出来ず、子宮に移植しても育つことはありませんでしたが、

その老いた我が子宮でも、妊娠期間中保育器の役目を十分果たせたようです。

母乳パッドをしないと漏れるほど、母乳も出ました。

しっかり断乳をしなかったので、未だにチョロチョロでています。

 

ちなみに母乳至上主義の病院で出産し、さんざん指導されましたが、母乳は早々に止めました。

それは、知り合いの方が幼少時に母乳を介し母親から感染した病気を、成人になって発症した事がきっかけでした(白血病)。

この感染経路を知り、出産までの40数年間に無意識の中取り込んだウィルスや化学物質を、自分の母乳を介して赤ちゃんに移す恐怖を感じました。

何といっても、20代の倍を生きている40代です。

 

ドナーさんのお陰で、私は母親になることが出来ました。感謝しかありません。

一方、自分のDNAを残すことは出来ませんでした。

その事実を自分の両親に伝えていませんが、もし孫は血族ではないことを知ったらどう反応するのか不安です。

落胆し、溺愛するのを止めるかもしれませんが、それを非難することなど私にはできません。

できるだけ隠し通し、墓場までもっていくのでしょう。

なかなかの重荷ですが、余計な波風を立てたくありません。

 

何を選び、何を捨てるのか、人それぞれです。

 

元気に生まれた我が子は、冷凍卵子だった。

ヒヨコ流れ
採卵→冷凍→解凍→顕微受精→胚盤胞→冷凍→解凍→胚移植 子宮へ


自己卵の顕微受精だったら1回の冷凍解凍で済むが、この子は卵子提供なので2回冷凍解凍されている。

結構な負荷をかけてしまって申し訳ない気持ちと、将来大丈夫かな、という心配は拭えない。
もはやSFの世界だ。

昭和の祖父母には理解に苦しむ話しだと思うが、孫はその架空話のような治療をして、実際にひ孫を生んでしまった。
事実は小説より奇なり。


お地蔵さんのようにじっとしていた赤ちゃんが、少しずつ動くようになってきた。

 

視線を合わせたかと思うと空を見つめ、手をぎこちなく動かしている姿を見て

何か知っているこの雰囲気、誰かに似ている、と思ったら岡本太郎だった。

 

平成生まれの人は知らないと思うが、

「芸術は爆発だ!ポーンポーンポーン

とテレビで叫んでいた、昭和の芸術家。

どこの赤ちゃんも皆岡本太郎を彷彿とさせるのだろうか。我が家だけだろうか。

 

懐かしい人を思い出した。

不妊治療をすると、耳慣れない単語に一喜一憂することになる。

例えばhCG (ヒト絨毛性ゴナドトロピン)だ。

大文字と小文字が混じっている理由は未だに分からないが、胚移植をした後はこの値が重要になる。

 

新宿のKLCでは、hCGの値が伸びていると一番右側の加藤先生が鎮座している部屋に通されることが多かった。

数値が伸びていないと左側の部屋だった。

 

吉祥寺のIレディースクリニックでは、胚移植の前にhCGを注射した。

着床促進のためだと説明を受けた。

 

この数字がゼロやLowと出ると、微妙な着床でかすったくらいなので妊娠には至らないと判断される。

胚移植前にhCG10000打っても、結果がLowだと一体どこに流れてしまったのかと悲しくなった。

 

不妊治療は基本的に自己負担100%。

続けるならまた生理が始まったら3日目に来てください、と言われるだけだ。

 

ずっとhCGで躓いて前に進めなかったとき、病院から

「夫婦で相談し、しばらく休んだらどうですか」

と言われたことがある。

婉曲的な表現の卒業の引導だと思った。

 

続けたかったらどうぞ、でもお金も更に飛んでいきますよ。

紙切れ1枚のhCGの値に振り回される。

受験で言えば合否判断。

ダメだったときは空虚感しかない。病院で静かに泣いている患者さんも目にした。

 

東京都の不妊治療費助成金は、43歳までとなっています。

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kodomo/kosodate/josei/funin/top.html

 

43歳過ぎたら、助成金も打ち切りとなります。

 

妊娠を希望する40代女性にとって、不妊治療は夢見るものであって実際は幻想なのでしょうか。

 

夢と希望を持ち続けることは大切ですが、その一方で冷静に客観的に現実を受け止める必要もあります。

できれば病院にカウンセラーの配置が必要だと思います。

 

・年齢別出産率の提示。厚生省や医学学会のデータ(病院で提示されるのはその病院のやんわりとしたデータです。営利企業なのであまり言いたくないと思いますが汗汗

・今後の方向性を検討。継続か、ステップダウンか、養子縁組など(卵子提供・代理出産は提案しないと思いますショボーン

 

親に虐待され心身傷を負い、切実に育ての親を求めている子供もいます。親に殺されている子供もいます。

一方不妊治療をしている患者は、親になることを希望している人たちです。

 

また、台湾には60代で卵子提供で出産になっている人もいますし、インドには70代で出産した人もいます。

 

勿論自己卵を希望し、納得いくまで不妊治療を進める選択もあります。

 

55-60才で定年を迎える40代にとって、お金時間は有効に使う必要があります。

また、少子高齢化が進む日本にとっても、親になることを希望する人々は重要です。

子供は親を必要としています、

 

親になる希望に沿って、各自が納得する方向に進むよう説明し、整理するカウンセラーの整備が必要だと思います。

 

 

 

 

辻ちゃんの第4子妊娠がニュースになった。

31才で第4子、今後も更に子宝に恵まれそうだ。

19才でできちゃった婚をしたときは色々批判されていたが、今では子沢山の幸せな家庭を築いている。

高齢出産の私から見れば、自然に胚盤胞になり内膜が厚くなるホルモンに満ちていることが羨ましい。

 

私が19才の時は大学生だったので、「社会人としての責任」「自立するためにお金を稼ぐ」ことは経験していなかった。

大学に行って、余暇にアルバイトやサークル活動をして、のほほんと楽しく過ごしていた。

 

一方辻ちゃんは10代からアイドルとして十分キャリアを築き、19才で結婚出産し、超高速ペースでサクサク次のステージに移っている。

成功した芸能人なので子供が沢山いても貧困に陥らず、素敵なお家に住み一人一人の子供に十分お金をかけている。

 

目黒区児虐待死の被害者(5才)は、母親(25才)が19-20才の時に生んだ子だ。

辻ちゃん同様の若い母親だった。

その後、母親の再婚相手に殺されてしまうという悲劇はニュースになった。

若い結婚出産がいつも幸せにつながるとは限らない。

 

辻ちゃんを見ていると、自分の人生のハンドルを自分でしっかり握っていて、他人に任せていないと思う。

早すぎる人生の展開に周りは忠告・批判するが、自分の意思で動き、結果幸せをつかんでいる。

中学生アイドルとして働くのは良くない、結婚妊娠が早すぎる、子供4人育てるのは大変だ、などと周りは言うだろう。

ブログが炎上しようが、テレビ番組で学力最下位となりおバカと呼ばれようが、彼女は確実に幸せだ。

 

昔SAMが「お父さんも育児をしよう」育メンキャンペーンをしていたが、辻ちゃんが日本の少子高齢化打開キャンペーン・子宝大使に抜擢される日も近いかもしれないニヤリ

 

 

私が卵子提供を受けた理由は、自己卵に限界を感じた為です。

 

病院・治療法を変えても良い結果が出なく、hCG値に一喜一憂して同じところを足踏みしている状態が続きました。

妊娠できる元気な卵はこれまでの生理ですっかり流れてしまい、40代の私の子宮には残っていない、すっからかんだと痛感し、卵子提供を選択しました。

それは自分自身で心底納得して決めました。

 

自分のDNAを受け継がない子供を、産み育てるということはどういうことなのか。

自分で産んだ継子とも言えるのです。

出産後、心境に変化が表れるか不安でした。

 

実際産んでみると、無垢な赤ちゃんを無条件に可愛いと感じました。

客観的に見れば子役タレントになれるような可愛い子供ではなく、十人並みの容姿です。

母親ホルモンが出ている為に盲目的に赤ちゃんを愛しているのだ、と言えばそうかもしれません。

 

生まれてから今日まで愛情は日々深まり、この子は私たち夫婦にとってかけがえのない子供、家族となりました。

もちろん他人という意識は全くありません。

 

 

 

圧倒的マイノリティーの卵子提供治療者にとって、インターネットの情報はとても重要です。

ブログ・掲示板は、出産後も読んでいます。

 

先日、卵子提供で第一子を設けた後、残っていた2つの胚移植して2つとも着床しました爆笑

という書き込みを読みました。

 

顔も名前も知らない方ですが、同じように自己卵で苦労されてきた流れを掲示板でずっと読んできたので、これから子だくさんのお母さんになると知り嬉しかったです。

力強い行動力と素晴らしい決断力です。

 

 

東尾理子さんが、保存していた受精卵を子宮に戻したところ無事妊娠、先日出産していました。

 

卵子提供でも、移植しなかった残りの受精卵は病院に保管されています。

我が家の受精卵も、コウノトリ病院にあります。

 

提供できると判断された元気な卵子なので、残りの受精卵でも出産に至る可能性もかなり高いと思います。

卵の保存期間は1年などと限定されており、更新しなければ折角の卵も廃棄されますえーん

 

○赤ちゃんをもう一人産むために、保管期限内に台湾に行ってコウノトリ病院で胚移植するか

(実際、第2子第3子生んでいる方もいます)

 

○40代という年齢を考えて、第1子を得られたことを感謝し残りの受精卵は廃棄するか。

(私は母親として60代まで子供たちきょうだいを育児できるかな?)

 

シンガポール在住の日記さんが5人の年子びっくりびっくりびっくりを育てていますが、彼女のパワーが羨ましいところです。