女は案外、いくつになってもオンナでいたいものだ。なら男も、いくつになってもオトコでいたいものなのだろうか。


 行きつけの近所のカフェバー、「ベル」での出来事。


 その日私は、一人で飲んでいた。夫の帰りが遅くなるのが分かっていたので、ちょっと遊びに行ってみたのだ。ピーナッツをつまみながらビールを飲みつつ、ママと談笑していると、やはり近所に住む常連、木俣さん(61)が入って来た。


 木俣さんとは以前何度か一緒になったことがある。定年退職して、毎日家庭菜園に精を出す、気のいいおじさんだ。飲むとガラが悪くなってからみ出す人もいるが、この木俣さんはそんなことはないので、私はけっこう好きだった。


 カウンター席の隣同士になって、他愛も無い話をしながら飲む。木俣さんがこの間行った旅行の話とか、菜園で取れたアスパラの話とか・・・ママも加わって、和やかに時が流れて行った。


 しかし木俣さんがビールの中ビンを空け、2杯目のコップ酒にさしかかった頃から、様子がおかしくなってきた。「あ~女が欲しい!」と叫び出し、昔の「武勇伝」を語り始めたのだ。40代の男盛りの頃には随分遊んだとか、女も大分買ったとか・・・その内話はとんでもない方向に流れ始めた。


 なんと、タイへ買春ツアーに行った体験を、嬉々として語り始めたのだ。さすがにこれはシャレにならない。若くて可愛い子がいっぱいいただの、相場より大分高いお金を渡しただの、罪悪感のかけらもなく、単純に観光のついでの、楽しい思い出として喋り続けている。その無神経さに私は辟易した。


 「ストップ!その手の話は、おおっぴらに話すもんじゃないですよ。すみませんけど、かなり引きました。」私がこう言うと、木俣さんは困惑した様子だったが、私にもママにも顰蹙を買ったのが分かったのか、話題を変えた。


 恐らく木俣氏は、木俣氏にとっての「若い女」である私とママの関心を引きたかったのだろう。「俺だって昔はブイブイ言わせてたんだぜい」と、アピールしたかったのかも知れない。しかし、アピールの仕方を完全に間違えている。(苦笑)


 61歳ながら、まだまだオトコの部分が残っているのだろう。頭はすっかり禿げ上がり、老眼鏡をかけていても、心は現役のオトコなのだ。体は言うこと聞かないかも知れないが・・・。木俣氏の言動はいかにもイタイが、同時にちょっと哀れでもある。


 男も女も、「もうおじさん(おばさん)だよ~。全然ダメ」なんて自分から言ってるうちは、まだまだ余裕なのだ。老境に差し掛かり、「ホントにもう終わりかも」と思い始めたら、なりふり構わなくなるのだ、きっと。


 年を取るって辛いなぁ。








第6夜


 こんな夢を見た。


 昼寝から目を覚ますと、部屋の様子が何かおかしい。寝ぼけ眼で物音のする方を見ると、若い男が布団を担いで寝室を出て行こうとしていた。


 (賊だ!)とっさに判断し、飛び起き、布団泥棒を捕まえようと駆け寄った。


 「待ちな!」布団泥棒はあっさり私に組み伏せられた。男の肩と急所を押さえつつ、私は携帯で110番しようとした。しかし、何回かけても話中だ。何故か体に力が入らず、しっかりと男を押さえつけておくことができない。とうとう男は隙を見て、私の体の下から這い出してしまった。


 その時、私は急に怖くなり、ニューヨークのひとみさんに電話をかけた。



あ、もしもしひとみさん?今ウチに泥棒が入ってさ~・・・(´Д`;)


え~大丈夫?\(゜□゜)/


うん・・・布団取られて逃げられちゃったよ~(´Д`;)


怖かったやろ~ 今すぐタクシーでウチにおいで!(`・ω・´)



 ひとみさんの親切に甘えることにし、ニューヨークまでのタクシーをつかまえるべく、駅へと向かった・・・・・・・・



 というところで目が覚めた。



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 しかし、まだ続きがあったのだ。


 目覚めた私は、夢だったのか、夢で良かったと安堵し、ベッドから出た。若干人の気配がするような気がしたが、まぁ気のせいだと思い、居間へと向かった。


 そこで、私はなんと、賊と鉢合わせをしてしまったのだ。今度は外国人風の窃盗団で、居間を荒らし、金目の物を物色していた。彼らは私に気づき、こっちを見た。私は賊の一人と目が合ってしまい、、腰を抜かしそうになりながら、ほうほうのていで家から脱出した。今度は、取り押さえる勇気などなかった。


 家を飛び出した私は、ひとまず近所の柴咲コウの家でかくまってもらうことにした。柴咲コウは箒で庭を掃いていた。 パジャマ姿のまま走ってきた私を見て、ただ事ではないと思ったのだろう。中へ入るよう、目で合図してくれた。


ありがとうございます。トイレお借りしていいですか。


 柴咲コウの義侠心に感謝しながら、私は広い家の中へ入った。


 中へ入ると、何故か大竹しのぶと国分太一が、英会話のレッスンを受けていた。講師は森山良子である。しかも私と面識があるらしく、私と目が合うとにっこりと微笑んだ。


あっ先生、お久し振りです。


 そういえば私も以前、森山良子から英会話のレッスンを受けていたことを思い出したのだった。


 柴咲コウ宅のトイレは、一般民家のそれとは思えないほど広かった。私は、こんなに広いトイレを何故作ったのかと、ぼんやり考えながら用を足していたが、いくら考えてもさっぱり分からなかった。


 

 

 兼良陸の母が守りたかったものは何なのか。


 多分、淡々と過ぎて行く日常。警視庁キャリアの妻としてのステイタス。人から羨ましがられるセレブな生活。息子の「優等生的」イメージ。そのために息子を法廷に引っ張り出し、虚偽の証言をさせた・・・。



 万死に値する罪だ。



 雨木副校長の守りたかったものは何なのか。


 生徒たちの「心」?学校のイメージ?罪を犯した自分の息子?今の時点ではまだはっきりしていないが、そのために雨木が取り続けている行動は、欺瞞に満ちている。



 やはり、万死に値する罪だ。



 兼良母と雨木の共通点・・・それは現実を直視しないこと。自分の都合の良いように事実を歪めてはばからず、そのせいで誰かが傷ついても一向に気にしない。臆病で情けない、大人。いつからこの国にはこんな大人が増えてしまったのだろう?


 一方、大人以上に大人な子供もいる。


 転校を決意したポー。彼女は、学校に一切、何も、期待しなかった。自分と家族だけで、問題を解決しようとした。今更のように助けてやれなかったことを詫びる加地に対しても、思いやりを見せる。


妄想はまだ続いてるんだよ・・・20年後、あたしはお店をやってて、そこに加地先生が来るの。あたしは、「アンタまだ教師やってたの」って言うの。「向いてないのに、よく頑張ったね・・・って」


 教師をやめようか、などど寝言を言う加地に向かって、「やめなくていいよ」と慰め、励ます。ポー様、大人の女だ・・・。去り際もかっこよく、加地など完全に位負けしている。14や15なんて、実際もう大人なのかも知れない。変に子供扱いして「守ったり」せず、大人に対するように誠実に接するべきだと思う。嘘やごまかしなど一切無く。



思い浮かべてみて・・・彼女がいつか着るはずだったセーターの形を。いつか食べるはずだったセーターの甘さを。いつか知るはずだった恋を、いつか見るはずだった夢を。それらは永遠に失われてしまったのよ・・・だから、誰かが覚えてなきゃいけないの。あなたは彼女の分まで生きなきゃならないのよ!あなたがそうするって言うなら・・・そこに私もいるわ。



 次のいじめのターゲットに決定したことが分かり、「僕はもうおしまいだ」と泣き言を言う兼良陸への、厳しくも優しい珠子の言葉。子供たちはこういう言葉を待っているのだと思う。(兼良はやはり、いじめられるようになった。最近の子供ってなんて残酷なんだろう。しかし兼良には戦ってもらいたい)


 あと2週ほどで最終回だと思う。物語はいよいよ佳境に入って来た。次回、喜里丘中の教師が副校長に反旗を翻す。そして、雨木の息子がどうやらキーパーソンになりそうだ。



 次回も見逃せない!о(ж>▽<)y ☆






Episode 1


 先日、何ともいえない気持ちになってやや凹んだ。(_ _。)


K嫁とランチに行ったイタリアンレストランでの話。(ちなみにK嫁は順調に妊娠を継続し、再来月出産予定(^_^)v )


 その店の従業員は若いイケメン揃いだった。(〃∇〃)


 3人いたのだが、モデル系、ジャニーズ系、メガネ君3タイプが揃っており、清潔感があるが適度にくだけていて、接客態度も上々。白い歯を見せて笑う笑顔が眩しくて、見ているだけで女性ホルモンが活性化しそう。( ´艸`)眼福とは正にこのことだった。


 しかし・・・私は内心のトキメキをひた隠し、何ら関心がないような顔してクールに振舞っていた。イケメン兄ちゃんたちの関心はどう見ても、若いK嫁に集中しているのが分かったからだ。妊婦とはいえ、シミ一つない張り切った肌、無邪気な笑顔。イケメンの軽口にも素直に反応し、コロコロと笑う。私、やや疎外感。


 店を出てから・・・


楽しかったですね~♪


ほんと、カッコ良かったよね~お店の男の子たち。


夏ばこさん、あんまり喋ってなかったですよね。もっと喋ればよかったのに♪


そうだね・・・



 Kちゃん、アンタに私の気持ちは分かるまい・・・




Episode 2


 もう一つ。凹みネタ。


 最近、整体に通っている。私は骨盤と、背骨がゆがんでいるらしいのだ。そのせいで足の長さと、肩の高さが違う。何とかしなければと思いつつ、放置していた。そんな時、近所の無痛整体を紹介され、通うことにした。紹介してくれたのは行きつけのカフェバーのママである。


 整体師さんは30代半ばのバツイチ男性。笑顔が柔和な、物言いの優しい人だった。この業種の人にありがちなのだが、若い頃格闘技をやっていたらしく、やたらガタイがいい。何回か施術してもらった後、随分具合が良くなった。


 ある時、紹介してくれたカフェバーのママへのお礼も込めて、今度一緒に行きませんかと半分社交辞令で誘って見た。そうしたら意外にも、「ええ、是非ご一緒に」という答えが返って来た。その時はその話だけで終わったのだが、後日、向こうの方から「あのバーには時々行かれるんですか?」と、探りを入れるようなことを言って来た。そんなことが2、3度あり、何だかけっこう乗り気かも知れないと思い、「いつなら開いてますか?」と具体的な予定を聞いてみた。「いついつと、いついつなら空いてます」と言われたので、じゃぁまた予定があったら一緒に行きましょうと言った。その内一緒に行くことになるんだろうな、と思った。


 しかし・・・彼はどうやら勘違いをしていたらしいことが、昨日分かった。初診時のカルテに生年月日は書いたが、結婚しているかどうかは書かなかった。おまけに、私は普段結婚指輪をしていない。彼はどうやら私を、独身だと思っていたらしい。私が誘いをかけている、と解釈していたようなのだ。私は全然そんなつもりはなく、ただ仲良くしているママの所で一緒に飲みながら話でもしたいなぁ、と思っただけだったのだが。深い意図など、全く無かった。向こうがバツイチだと予め知っていたので、そういうことにはさばけているだろうと勝手に解釈していたのだ。


 施術中に、話の流れで私が結婚していると分かった時、向こうのテンションが明らかに下がったのを感じた。そして、「○○日、あのバーに私行きますけど、先生のご予定はいかがですか?」と聞いた時、「ああ、その日、夜は忙しいんです、ごめんなさい」と、間髪入れずに断って来た。私が独身でないと知って、行く気が失せたのか?


 うーん・・・。私、言わなかったっけか?結婚してるって。(-。-;)私が結婚してるの、知ってて乗って来てるのかと思ってたんだが。なんだかなぁ・・・そんなに深い意味があって誘ったわけじゃなかったんだが。大人の男女が二人で飲みに行くぐらい、どうってことないじゃないかと思うのだが。(おかしいか?この考え)彼は私の後ろに旦那の影を見て、警戒したのかも知れないなぁ・・・。だとしたら、案外めんどくさい男だったのかも。もっとフランクに楽しめばいいのに。そうあからさまに警戒されると、なんだか凹むよなぁ・・・。


 逆に言えば、独身だと思われてた時は、私って案外モテてたと言うことか?既婚者とばらすことなかったのかな?( ̄ー ̄;



 

 夜中、洗い物をしにキッチンに立つ。ふとベランダに続くドアに目をやると・・・ガラス戸の向こうで、何かが蠢いている。ここは8階・・・。何もいるはずが無いのだが・・・。


 意を決して、ドアを開けた。キッチンのベランダに、ペリカンほどの大きさの、真っ黒な鳥が何羽かいた。ぎょろりとした真っ赤な目、灰色の大きなくちばし。「ゲゲゲゲゲ」と不気味な声で鳴きながら、羽を震わせている・・・。


 ・・・というような夢を見た。イヤ、現実にあんな鳥いたら怖いって。


 多分、近頃ベランダに飛来する鳩が原因だろう。うちのマンションには3箇所、ベランダが付いている。北側の、寝室についているベランダの方に以前鳩が来て困っていたのだが、いつのまにかいなくなった。代わりに、最近はキッチンのベランダに来るようになったのだ。


 鳩たちは主に、朝に来る。「グググ・・・」というくぐもった声がベランダから聞こえると、たいていそこには鳩がいる。時には2羽以上いることもある。手すりに止まって、私が声を出すと逃げる。ベランダの手すりは鳩フンだらけになった。


 前にも書いたが、私は鳩が大嫌いだ。遠くで見るぶんにはいいが、近づいて来ると逃げたくなる。あんまりうちのベランダに居ついて欲しくないなぁ・・・。高層階の宿命だろうか。真剣に鳩対策、やらなきゃだなぁ。

 昨日「ダリ展」を見に行ってきた。


 とんでもなくミーハーな理由から、私はダリの絵が案外好きだ。それは「何だかよく分からないがシュールなのがかっこいい」という、底の浅いものだ(笑)同様の理由でキリコ、マグリットも好きだ。


 その「シュールな世界」を楽しもうと赴いたダリ展だったのだが・・・甘かった。ダリの構築する世界は、私の想像を遥かに超えていた。


 ダリが変わった絵を描くのは、20世紀初頭にブームになっていた「シュールレアリズム」という概念に興味を持ったからで、実はダリという存在自体、そういった概念を遥かに凌駕した、とてつもなくシュールで過激な、スケールの大きな芸術家だと言うことが分かった。絵を描くだけでなく、家具や服のデザイン、空間プロデュースもやり、映画の脚本も書く。マルチな人だったのだ。しかもその作品の全てが「ダリの世界」で、ダリでしか創り得ないものばかりなのだ。どれもこれも奇抜で毒々しく、それでいて優雅で不思議な美しさがあり、見る者を引き込まずにはいられない。


 私は美術評論などはできないので、ダリの作品を言葉にして評することは難しいのだが、一つ言えるのは狂気・不安といったマイナス感情の極みを表現し、それをある種の美しさを持った作品として、その価値を世に問うなんてことは、余程の才能が無いとできない、ということだ。人は優しさとか温かさとか、分かりやすいものに惹きつけられる。マイナスの感情ならせいぜい怒りとか悲しみだろうか。それらのものを鑑賞すれば、出て来るのは大概「きれいだなぁ」とか「素敵だなぁ」とか「可哀想」と言った言葉だろう。 しかしダリの作品に向かい合った時、人々は言葉を失うのではないか。人から言うべき言葉を奪うほどの圧倒的な存在、それがダリの作品であり、ダリ自身だと思う。正直、見終わってから疲れを感じた。


 20世紀初頭に生まれ、1989年まで生きていたダリは、写真がたくさん残っている。一見美男子、だがいつも「自分の世界に没頭した」どこか思いつめた表情をしている。彼にとって現実の世界は大して重要ではなく、自分の頭で考える、芸術世界が本当に生きるべき場所だったのだろうか。ダリの生涯のパートナーとなったのは、ガラというかなり年上の既婚女性だ。この、桂米朝似の女性が、ダリにとっての心の支えであり、最高の理解者だったことは、ダリの作品や写真に彼女が何度も登場することからも窺える。


 ダリのような人は一歩間違えば狂人だろう。天才と狂人は紙一重だと言うが、正に紙一枚で天才の側にいる人だと思う。もし、彼の芸術を理解する人が周りにいなかったら・・・彼の人生はまったく違ったものになっていたかも知れない。才能に恵まれ、理解者に恵まれ、「時代」に恵まれ、初めてダリはダリたり得た。平凡な人生など似合わない人間が、その非凡さを十分に発揮できたのは、持って生まれた強運もあったのかも知れない。


 考えてみれば「危うい」人生かも知れない。普通に結婚し、家族を守って働き、老いて行く人生とは対極にあると言える。ダリのように風に生きられる人はいくらもいないだろう。でも、そういう人生もあるのだ。

 怒涛である。


 怒涛の大逆転劇である。胸のすく展開に、テレビの前で号泣した。(ノ◇≦。)


 カッコいいぜ、珠子! カッコいいぜ、戸板先生! そして、よく頑張ったね熊沢センセ・・・(´_`。)


 あ、加地、カッコ悪過ぎ。今更だが、何にも分かってなかったってことが判明した。



 ポー様は、いじめられっ子だった。しかも、明日香が自殺してから1年もの間、一人でいじめに耐えていた。しかし、いじめる側にも心の傷が・・・。親に育児放棄されていたり、心を病んでいたり・・・。


 「誰かをいじめてないと、普通でいられないのかな」


 このセリフはひたすら痛い。子供たちは自分より弱いものをいじめることによってしか、平静を保っていられない。親や教師の前で「いい子」を演じるには、自分の中のどす黒い部分をどこかで吐き出さないと、いられない。加害者にも、辛い事情がある。だからと言っていじめが正当化されるわけでは決してないが・・・。一つ言えることは、子供たちをここまで追い詰めたのは大人だということだ。大人がひたすらずるく、弱く、幼稚になったことから、子供たちは「自分を守ってくれる存在」を失った。「色々な怖いもの」から自分たちの魂を守るために彼らが取った行動は、大人と同じく、ずるく、弱く、幼稚になることだった・・・。



 「黒いものを黒いと言えない。それが大人だ。それが俺だ。」



 熊沢先生のこのセリフは、全ての大人が胸を衝かれなければならない言葉だと思う。特に加地、よっく聞いとけ!


 今回の大殊勲は熊沢先生、そして戸板先生。「コースターに書かれた暗証番号」の存在をつきとめ珠子に知らせ、吉越先生を裁判所まで引っ張って来たのみならず、土壇場で「ジョーカー」が熊沢先生と分かり、裁判中の珠子に自ら知らせに行った。副校長もげそこにいたと言うのに。そして熊沢先生・・・今回の主役だ。当初は被告側の証人として、毒にも薬にもならない証言をしていたのに・・・土壇場で珠子の情熱に打たれ・・・彼は勇気を振り絞った。自分と明日香の関わり。いじめを認識していたこと。知っていながら、自分は何もできなかったこと、副校長の脅しに怯え、正しい行動が取れなかったことを、切々と述べた・・・。



 「当校には・・・いじめが・・・ございます・・・今までそれを・・・見過ごして参りました・・・心からお詫び申し上げます・・・」



 涙ながらに告白する熊沢先生。今まで保身一筋に生きて来た、ふがいない自分との決別の瞬間だった・・・。


 戸板先生と熊沢先生の共通点。今まで教師を続けて来て、様々な矛盾にぶつかり、闘い、牙を折られ、仕方なく「長いものに巻かれ」て来たこと。しかし学校で何が起こっているかには気づいていた。そして、これではいけない、と心のどこかで思い続けてきたこと。そう、二人とも大人だったのだ。この辺が加地と違う所ね。加地は大人の皮を被った子供だから。


 熊沢先生の告白の瞬間、「負けた・・・」というように目を閉じる瀬里。「あ~あ」とでも言うように天を仰ぐ副校長。そしてその二人を睨みつける珠子。


 イヤカッコいい!カッコよすぎるぅ~~!!



 次回もゼッタイ見逃せない!

 昨日、用事があって長久手に行った。少し前に立てこもり事件で話題になった場所である。2年前には愛・地球博も開催された。(覚えてる?)


 名古屋市内から「リニモ」に乗って長久手に入る。リニモとは、万博のために作られた自動運転のモノレールだ。今や利用客もほとんど無い、車体や内装が、ムダに豪華で近代的な乗り物である。ちなみにリニアモーターカーとは何の関係も無い。語感が似ているし、万博で超伝導リニアの試乗をやっていたから、関係あるかもと勘違いしていた人もいるだろうが。(私もその一人)


 元万博会場の側を通る。確か万博記念公園としてオープンし、再整備されたはずなのだが・・・とてもそんな風には見えない。むき出しの土の地面が広大に広がり、パビリオンの跡らしい建物の骨組みだけがあちこち点在している。たった2年前にあれほどの人でごったがえした華やかな場所だとはとても思えないほど、荒涼としている。


 公園は、どうやら駅から遠い所に作られたらしい。万博会場が広すぎて、見えないのだ。サツキとメイの家が一般公開されたはずだから、そこそこ人は集まっていると思うのだが・・・万博開催期間中は一番人気で、なかなかチケットが取れなかったサツキとメイの家が今では無料で見られるのだから、みんな行きたいはず・・・だ。(と思う)


 入場するのに3時間待ちとか、徹夜組が出たりとか、総入場者が2000万人越えたとか、あれだけ景気のいい話題を振りまいた万博だが、終わってしまえば何のこともない。名古屋の郊外の片田舎に逆戻りだ。人気のパビリオンは4時間待ちになるくらい、人が集まって来たことが嘘のように、今では閑散としている。



 夏草や つわものどもが夢の跡

 


 この句がこれほどぴったりはまる情景に出くわしたのは初めてだ。


 祭りが終わってしまえば、全てが虚しい。

 

 あれから1年後。珠子対西多摩市の裁判が始まっていた。



 加地と大城、サクっと入籍(笑)



 ま、そんなことはどーでもいい。


 やっぱりいじめはあったんじゃないか!生徒たちが自ら認めていたぞ。「なんでウチラ訴えられないの?」って。兼良はいじめの首謀者だった。(思ったとーり!)知らぬは教師ばかりなり。ほんと、バカじゃないの?見て見ぬふりしてたとしか思えないんだが。


 加地、いつのまにか学年主任ぽくなってる。今やものすごい体制側の教師。人間、変われば変わるものだ・・・。大城までが、時々ドン引きしてるし。(余談だが、加地と大城、結婚しても同じ職場で働いてるのは不自然。普通はどちらかが異動になるもんだが)


 予想に反して、戸板が未だ珠子の協力者。三澤亜紀子もちゃんと法廷にひっぱり出して来てたし。戸板ってけっこう筋の通った、いい人じゃん。(今のところ)ちゃんと信念持ってるんだなと。


 三澤の裁判でのグズグズぶりには爆笑。ほんとにダメダメな人だったんだね・・・教育委員会の、まるで妖怪のような老婆が傍聴席にいるのを見て、すっかりビビッて支離滅裂に。こんなんじゃ先が思いやられるよ・・・珠子側の切り札だと言うのに。


 今回、谷原章介大活躍。今まで出番が少なかった分、かなり存在感を発揮してた。やっぱかっこえーわ♪


 ポー様こと、山田カズ子・・・いじめられていたんだね・・・この子も自殺しちゃうんだろうか。だとしたら、つくづく救いの無い展開だなァ。


 来週も見逃せない!

 雑誌「アエラ」に、こんな記事が載っていた。「産みたがる今時の女子 ~早婚・早出産に憧れる20代女性~」みたいな内容。記事を要約すると、バブル世代以降、女性は男と肩を並べてキャリアを築くことに躍起になってきたが、最近、仕事よりも家庭・子供という若い女性が増えてきた。彼女らは早い結婚・出産に憧れ、20代前半でママになりたがる・・・という感じ。最近の若い女性は、保守的になっているらしい。ここ10年、晩婚・晩産化の一途をたどってきた日本女性だが、ここへ来てその反動からか、早く子供を産みたがる女性が増えてきた。できちゃった結婚の増加も手伝って、出生率がわずかながら増加に転じた。若い女性がキャリアよりも家庭・子供を選ぶ傾向にある理由は、一世代前の女性たちが、男女平等の思想を体現すべく、仕事に賭け、男性並みの頑張りを要求され、その結果心身ともにボロボロになっているのを目の当たりにし、自分たちはそんな余裕の無い生き方はイヤだと思い始めた。そんなしんどい思いをして仕事を続けるくらいなら、さっさと家庭に入って母親になり、育児に専念した方が楽しそうだし、より深い人生経験になる・・・と考えるようになったというのがその記事の分析だった。


 似たような記述を「anan」で読んだような気がする。今時の若い女の子は専業主婦志向だと。結婚したら家庭に入って子育てに専念したい。そして育児を通じて輝きたい・・・という内容だったぞ、確か。家事や育児で輝けるかどうかはその人の資質や、環境など様々な条件が必要だと思うのだが・・・彼女たちは家庭にこそ幸せがあると、信じて疑わない。何だか、安易な考えだと思う。 当たり前のことだが、楽しいだけのことなど世の中にあるはずもないのだ。家事や育児だって、時には仕事より大変なことがある。


 しかも皮肉なことに、妻を専業主婦にさせておくだけの経済力を持った男が、どんどん少なくなってきている。今や男性でも非正規雇用で働いている人などごまんといる。そして非正規雇用のままで結婚したり、父親になったりしているのだ。当然のことながら非正社員は正社員に比べて年収は少ない。共働きをしなければ食べていけない夫婦もきっと少なくないだろう。実際、前述のananによれば、女性が専業主婦志向なのに対し、同世代の大半の男性は妻に働いてもらいたいと考えていると言う。


 なんでこう上手く行かないのか。私たちが20代の頃は、女は結婚しても仕事を続けたいと躍起になっていた。一方で男性の頭はまだまだ古く、女は家にいるべきだと考える男性も多かった。妻が働く、働かないでよく夫婦喧嘩のタネになったりしたし、女たちはまなじりを上げて仕事と家庭の両立に頑張っていた。社会から、仕事から完全に降りてしまうという事は「負け」を意味していた。当時も今も、男と女の思惑は食い違う。


 昨今の少子化により、今時の若い女性のこうした保守性は、案外世の中に受け入れられている。(長く続いた不況のせいかも知れないが)女が仕事をさっさとやめて家庭に入って子供を産めば、出生率は上がるのだから。一番手っ取り早い、少子化の解決法だ。だからきっとこのような考えは、近い将来「常識」になるのではないかと私は思う。何だか、針が端から端に思い切り触れた感じ。10年前とはほぼ正反対の考えだ。


  女の生き方にまつわる、これからの世間の常識は、きっとますます保守的な方向に流れるだろう。つまり、女は家にいて育児に専念すべきだという常識が、幅を利かせるようになるだろう。女の生き方の雛型は、本当に時代とか社会状況に左右される。素朴な疑問なのだが・・・女にだけ「~あらねばならない」というプレッシャーがいつまでものしかかるのは何故だろう。


 「仕事仕事」で頑張って、子供を産まなかった女性も、一生懸命生きて来た。時代の潮流と違ってしまったからと言って、その人の生き方を否定するのは間違っている。そういう生き方を貫いてきた女性たちに少子化の責任を押し付け、A級戦犯呼ばわりするなどもってのほかだ。


 ~すれば幸せになれるという確実な道など、誰にとってもあるはずがない。人間である限り、試行錯誤しながら人生を歩いて行くしかしょうがない。それは男も女も関係ないはずなのだが。