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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

名古屋から勝川駅までJRで18分 勝川駅からシュバルブランまで徒歩2分という好立地にあるフレンチレストラン

 

 勝川は私が昔住んでいた街です。現在は開発されて駅前も都会の街の様になっていますが、当時はどこにでもある寂れたような田舎でした。

大昔、一宮市郊外に住み名古屋駅前で仕事していた頃、毎晩の様に名古屋の錦三丁目(中部地方最大の歓楽街)等で飲んでいました。時々終電に遅れそうになるのと自宅までちょっと不便なので、錦三丁目から自宅までタクシーで2000円くらいで帰れる場所は無いかと、地図にコンパスで引いてみた。名古屋市緑区、名東区、瑞穂区などあるが、地価が高く安サラリーマンにはちょっと無理。名古屋市で多少でも合いそうなところは通勤に地下鉄とバスを乗り継いだりと不便なところばかり、更に毎日空気の悪い地下鉄に乗るのは嫌だ。名古屋市以外含めてJRや名鉄の駅まで徒歩で行けて地価が高くないところは無いかと探したら、穴場があった。勝川だ。 守山区の隣、春日井市の中でも最も名古屋に近く、JR名古屋から勝川駅まで18分。古い駅舎と古い駅前商店街、畑のある忘れられた様な場所。更に私の見つけたのは勝川の中でも一番名古屋よりの場所で、準工業地区で畑の中に小さな工場が点在するような田舎だが、錦三丁目から11kmタクシーで20分 2000円で帰れる。勝川からは直通バスが名古屋空港(当時はセントレアがないので海外へ行く時もこの空港でした)へも出ていて、海外出張も時々あったので、どこにいくにも便利過ぎる場所だと購入して住む様になりました。

 

 

勝川駅を降りるともう別世界。 あの平屋の汚い駅舎も忘れられた様な勝川商店街も跡形なく無機質な都会の駅の様相です

しばらく歩いているとシャトーっぽい感じの柱を持つビル

 

シュバルブランの入っているところです。

 

 

 

通路を奥に

 

 

店内は結構ゆったりとして白に統一されている

 

 シュバルブランの山本シェフは6月に箱根で行った日本最初のオーベルジュを開いたオーベルジュ・オー・ミラドーの勝又氏のところで修行されている。そして、名古屋のグルメな友人おすすめの店なので、期待のもてそうなお店です。

 案内には『目にも鮮やかな正統派の味わいをフルコースでご堪能あれ 旬の素材をふんだんに使用し、手間暇かけて味わい深いフランス料理へと昇華』とある。ワインにも特にこだわりがありペアリングを特に押されている。

 ディナーは15000円と22000円のフルコースがあり、15000円のと10000円のペアリングをお願いしてある。

 

シャンパーニュ

 テルモン

シャルドネ43%、ムニエ37%、ピノ・ノワール20%

トロピカルフルーツを焼いた様な風味に酸がやや立つ感じで 夏の暑さにはいいね。

 

渥美半島 カリフラワー とうもろこし はまぐり バーニャカウダ アンチョビソース

 

バーニャカウダと聞くと いつもちょっと拒否反応が出る。というより 大丈夫かな?っと思う。

バーニャカウダはピエモンテ語で「バーニャ」は「ソース」、「カウダ」は「熱い」の意味で、オリーブ油、アンチョビ、にんにくで作った熱々のソースに野菜をつけて食べる料理です。

アンチョビはカタクチイワシの塩漬けですが、多くのアンチョビが古い魚の嫌な生臭みがするのです。海の近くで新鮮な魚しか食べないで育ったので、古い魚特有の匂いは全く苦手で、安いお店では怖いので絶対に注文しません。それ以外の店でもなかなかいいいものがすくないので、心配していましたが、このお店のものは特に臭くなく美味しくいただきました。

 

次のワインは

フランス ニースの近く小さなワイナリーのビオワイン

ル・クロ・サン・ヴァンサン  ル・クロ ロゼ 2015年

これも良い味のロゼでした

 

●タルタル

 

ニュージーランド

オーラキングサーモン

信州サーモン

信濃ユキマス

ビーツ

赤玉ねぎ乳酸発酵

 

赤玉ねぎ乳酸発酵が結構美味しいので聞いたら、

赤玉ねぎをヨーグルト漬けしただけと言われた

 

 

カダイフ

オマール海老

穴子

 

下の黒いのは黒舞茸

 

ドメーヌ

 

蝦夷鮑と白鮑のハイブリット

グリーンアスパラ

 

 

 

ブルゴーニュ

サン-ロマン2015 

シャブリ

 ブルゴーニュ地方でシャルドネ種から造られる白ワイン

柑橘系の辛口


 

料理の合間合間にシェフとお話ししつつ進んでいく

 

千葉金目鯛

上にパプリカ桜海老九条葱

下はズッキーニ

 

 

グレ・バイ・コス・デストゥルネル2015

ぶどう品種:メルロー60%/カベルネ・ソーヴィニヨン40%

ボルドーのフルボディ

ドライフルーツっぽい奥行きの深い味

 

メイン

渥美の和牛

上に名古屋コーチンのムース

エリンギを半日乾燥させ旨みを閉じ込めたもの

 

渥美の和牛 美味しい 柔らかく脂の旨みが十分ありすごく旨いが、一切れ、少なめで十分 お腹がいっぱい 

 

エリンギも美味しい

 

 

ここで、チーズはいかがっと 勧められ

ほんの一口づつくださいっと。

どれも美味しい

これらチーズに合うワインをお願いします。

 

持ってこられたのは やはり、ポートワインだった。

 

クローン コリェイタ・ポート2007

 

まったりと濃厚でチーズによく合う おかわりしたいぐらいだった

 

 

デセール

 

ヨーグルトその上パッションフルーツその上ブルーベリー

パッションフルーツ

 

コーヒーのメレンゲ

カヌレ

美味しいカヌレでした。

 

 

ご馳走様

まだ明るいうちに入店し 外に出ると満月が輝いていました

 

6時に入って10時に退店 4時間もの間 美味しい料理とお話し好きなシェフと会話しながらとても長い時間お邪魔してしまいました。

予想以上に良いお店 また日を改めてお邪魔したいと思います。

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シャブリとは、

フランス・ブルゴーニュ地方でシャルドネ種から造られる白ワインのことです。フランス・ブルゴーニュ地方といっても縦に長く広い地域ですが、シャブリ地区は一番北部ヨンヌ県という場所で造られています。シャブリ地区は、冷涼な気候と石灰質な土壌が特徴的。フレッシュな酸味とミネラル感を味わうことのできる、辛口の白ワインです。

シャブリワインの特徴

生産される産地は、「シャブリ地区」

シャブリが造られるシャブリ地区は、キメリッジアン土壌から出来ています。キメリッジアン土壌とは、石灰岩と泥灰岩で小さな牡蠣の化石をふくんでいる特殊な土地です。また、遅霧に悩まされるほど冷涼な地域であることも、ワインの味わいに大きく影響してきます。

格付けで大きく変わる値段

シャブリ地区では、畑それぞれに格付けが付いています。上のランクから、
・グラン・クリュ(特級)
・プルミエ・クリュ(一級)
・シャブリ
・プティ・シャブリ
計4つのランクに分けられ、グラン・クリュはシャブリの中でも最上級ワインです。

グラン・クリュには、7つの畑があり、プルミエ・クリュは40の畑があります。シャブリのグラン・クリュは、生産地域も合計で100㏊ほどと狭く、希少性も高く、ブルゴーニュ地方の中でも高級ワインのひとつ。

 

 

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春日井 レストラン シュバル ブラン

春日井市 (Japan・愛知県)春日井市柏井町1の75ポンプルムース1b
0568-37-2417

 

 

 

勝川 シュバルブラン ミシュラン⭐️1

先回、オーベルジュ・オー・ミラドー①で ボルドーのシャトーを思わせる荘厳な建物「パビヨン・ミラドー」とバリ島をテーマにした「コロニアル・ミラドー」をご覧にいれましたが、今回は、テラスダイニングへ案内されてのディナーについてお話しします。

 

その案内文

 『伝統的なフレンチと和の技法を融合させた、新たなフレンチの境地を開拓

オー・ミラドーの料理のテーマは 「西と東の融合」。40年以上フレンチの最先端を走り続けてきた技術と経験をベースに、伝統的かつ繊細な和食の技法をも取り入れた、日本における 地方でしか作ることができないフランス料理 を追求しています。一皿ごとに出会う、食材と調理法の組み合わせの妙、そして、繊細さと大胆さが融合したアートフルな一皿一皿は、「勝又流フレンチ」の集大成であり、ここ箱根の地でさらに進化を続けています。その料理は国内だけでなく世界の料理人や著名人のお客さまに高い評価を受け、数多くの食通の方々にも絶大な支持を受けています。』

 こう書かれており、期待感がふくらみますが、さあどういう料理が出されるのでしょう楽しみです。

 

 

 

 

 

★アペリティフは、まずシャンパーニュ

 パニエ・ブリュットセレクション

 シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ ヴィンテージ NV 

シャンパーニュらしい細かな気泡。綺麗なミネラル感のある香りに上品な酸。ちょっと強めの酸だがなかなかバランスの良い味わい。

 

 

 

Menu de Gala" HAKONE"

箱根ガラメニュー 

(Galaとは、特別な催し)

 

⚫︎アミューズ・ミラドー

左から

鯛のソーセージ

パン

キッシュ

マグロ入りミルフィーユ

この子供の世界のような不揃い感が なんとなく可愛いね

 

手前の両サイド

左は

紅鱒のスモークに茗荷の傘

茗荷がうまく生きていて おいしい

なかなか良い使い方ですね。

 

右の木の株は魚のムース

少し生臭

 

⚫︎魚卵のビスケット

甘味を抑えたビスケット

カップの中は鯛のアラのスープ

微かに生臭だが濃厚なスープ

美味しいが

 木の芽の味と微妙に喧嘩する感じ

 

 

次の飲み物

★白ワイン

 アラン・パレ コート・デュ・ローヌ ヴァルヴィニエール

ヴィオニエ100%

 ヴィオニエはフランス南部ローヌで生産される白ブドウ

シャルドネに似て香りは豊か、旨み酸味のバランスはまあまあの辛口 並の味

 

 

⚫︎フランスアスパラと ばしょういか

 アスパラに、干した芭蕉イカのスライスをまぶしたもの

 

バショウイカとは、静岡県の沼津地方で呼ばれるアオリイカのことで、体の形が芭蕉の葉に似ているからだそうです。

黒いソースはイカ墨ソース

香りは生臭いが食べてみるとそうでもない。

 

(生臭いと言ってもフレンチの魚の生臭さですから普通ですが、和食屋の新鮮な魚の匂いとは微妙に違う、普通の方は感じないレベル。偶々私が海に近い所で生まれ育ったので、魚の生臭さに敏感なだけで、味には関係ありませんが、個人的に気になるだけです。)

(魚の生臭というものはたくさんあるんです。言葉では「生臭い」としか表現しませんが、獲りたての生きている魚の生臭さと、死後数時間経った魚の生臭さ、数日後の生臭さ、 煮たものでも、極新鮮なものを煮た場合、内陸部で多いちょっと古い魚を煮た時の生臭さなどが、魚の種類により変化して様々な臭いがなんとなく感じます。)

 

クロワッサン仕立てパンがすこぶる美味い

キノコかカタツムリに見える

上は固く株は柔らかく味はバターが効いたクロワッサン

 

⚫︎天城黒豚、海の幸

 

木のプレート

 

ファグラ

 微かな苦味

 

天城黒豚

(黒豚のいろんな部位)

 

発酵レモンクリーム

日向夏、海老などどれも伊豆や地元のもの

 

次のワイン

★赤 ブルゴーニュ

フィサン ルージュ2018

 ジャン・ミッシェル・モラン

ピノ・ノワール 100%

花を思わせる香りに少しミネラル感、バランスよく、いい味わいの良いワイン

 

⚫︎契約農園野菜、 オランデーズ

(オランデーズとはバターとレモン果汁と卵黄を使用して乳化し、塩と少量の黒コショウまたはカイエンペッパーで風味付けしたもの。)

赤玉葱

泡の下は北海道じゃがいも

 

ひろかわのうえん新人参

塩茹で 甘味が無く 辛い

人参って甘いものなのになぜ?

 

⚫︎本日の磯魚

相模湾スズキのソテー

 トリュフ、シャンピニオン

パセリ その下マッシュルーム

鱸の塩麹漬け

 

鱸が塩辛い

 

水用のグラスの一部分が生臭い

 魚を触った手で1ヶ所触った様だ。

 こういうことは様々なレストランでよくあるんですよね。特に忙しいお店の方が発生しやすい。お店の方は厨房でそういう匂いの中にいるからわからないからよっぽど注意をしていてもグラスや茶碗に匂いが移ってしまう。

 ダイニングにいるとこんな弱い匂いも感じてしまう。客とは怖いものです。

 

日曜の夜は箱根あたりの客は帰った後か 客は2組 

でもホールサービス担当の方は3名も。

 ちょっと申し訳ないような感じ

 

パンがすこぶる美味しい

 

⚫︎天城黒豚、 ジューンベリー(6月実るベリー)

赤キャベツ

クレープ大根

 

天城黒豚の脂にジューンベリーの酸味が良く合い美味しい。

でも脂部分が特に多いので 脂部分を外して切って食べる、

油を外すとその部分は特に美味しい

もう少し脂肪層が少ないと満足度がとても上がっただろう。

 

 

 

 

メインディッシュを終えた所で

 

「お好みでチーズはいかが」とテーブルの横にズラリ。

こうくると チーズに目がないので頼んでしまう

お腹はいっぱいなのでほんの一口づつくださいと好きなものを注文

 

そして、おいしそうなチーズだと、それに合うワインも頼んでしまう

こういうときは甘いワインが常道、貴腐ワインだね。

ソーテルヌの貴腐ワイン

Ch. Lamothe Guignard

シャトー・ラモット ギニャール2018

 

フランス ボルドー ソーテルヌ

セミヨン 90%、 ソーヴィニヨン・ブラン 5%、ミュスカデル 5%

 

貴腐ブドウの甘さが生きた焼き林檎に近い味わいでなかなか美味しい

 

 

本当に一口づつ

  口はもっと欲しいのだが、腹一杯で、ちょうど良い量だ。

 

ウオッシュ2種類

ブリー

 

しっかり熟成し沢庵に近くなった香りのウオッシュ

 

イチジク等ドライフルーツ

 

どのチーズも良い味だがやはりウオッシュがいいね

 

貴腐ワインのまったりとした味がよく合いすぎる。

 

日本酒の貴醸酒のいいものの15年以上寝かせたものならよく合うだろうな。

 

 

⚫︎ピスターシュ(ピスタチオのこと)、りんご

 

クッキーの上にhピスタチオアイス

ココア味のスティック

リンゴドライ

 

 

 

⚫︎小田原の小梅を乗せた梅のタルトと花梨のチップスのアイス

 

タルト すごく美味しいが甘味をもっと抑えたら最高だろうね

 

抹茶のフラン ( +500yen)

 

プチフール

 

 最後のデセール 6種類

今箱根で満開の紫陽花をメインに

  箱根のお花畑のようなデセール

 

 

小さな赤いものはパプリカのジェリー

クリームは人参 ブラック胡麻

包んだものにも胡麻

飴細工

抹茶ホワイトチョコ

胡桃のヌガー

キノコ風味のメレンゲ

コーヒーはいつものようにエスプレッソのダブルです。

 

美味しい

 

 

 どの料理もきちんと手が入り上品ですが場所柄少しカントリー風なアレンジメントがされ素晴らしいと思いました。

味もそれぞれの料理ごとに完成を目指してあり、そつのない味で、とても美味しく素晴らしいんですがまんまるに近い味で、尖ったところのない味。 というか、クセのない優等生の味というかグッとくる味というのとは違うおいしさでした。

 そういう丸く完結した料理がコースで出されていくのですが、例えば塩分濃度などは同じ様な感じで、一品づつ食材ごとに薄味でも、同じ様な濃度が満遍なく続くと少しづつ舌で感じる濃度が増してきますし、変化が欲しくなります。

 これはどんなコース料理のお店でも感じることですが、それぞれの料理は丁寧に作ってあり素晴らしいのに、交響曲のピアニッシモやフォルテッシモ、速さもラルゴ、アンダンテ、アレグロなどのようにコース料理の中に優しく 強く 流れる様になどという作り方があまりされていないんです。

 

 せっかくのコース料理です。

とても難しいことですが、

盛り付けも含めて、味の中にも、序章 アンダンテ ピアノからフォルテに入りピアノからピアニッシモ フォルテピアノ フォルテッシモなどが旋律と共に滔々とながれていく。 そんな素晴らしいコース料理が食べてみたいと思います。

 

また余談に入ってしまいましたが、

 

ゆったりと贅沢な美味しいディナーで 楽しいくいただきました。

 

夜9時をまわり もうすぐ10時 4時間ほどゆったりと贅沢な時間

 シャトーも 眠りにつく時間

闇夜に輝くボルドーのシャトーを思わせる荘厳な建物「パビヨン・ミラドー」、

バリ島をテーマにした「コロニアル・ミラドー」、一番歴史のある館で、もっともフランスらしいしつらえの「本館」3つの建物にそれぞれの世界観 素敵なところでした。

 

 さて、これから車で5分ほど

  今日とっておいたホテルへ戻ります。

このシャトーと比べると素泊まりでも5分の1以下で、今日のワイン代の半分位、素泊まり5500円でおそらく箱根でも一番安いホテルですが、おそらく売却されたホテルをリニューアルしてオープンしたけっこうゆったりとした温泉のあるいいホテルです。

   クロークにとてもキビキビと的確に動く日本語の上手すぎる可愛いインドの女性がいて安心感もあり

     ゆったりとした温泉のあるホテルでけっこう綺麗でとてもリーズナブル。

 

 まあどんなホテルも寝てしまえば一緒ですからね。

旅行では、建物と一体で楽しむ以外は、その地方の食を大切にするので、ほぼどこに行っても露天風呂か大きなお風呂のある安宿に素泊まりで、その分その地方で一番美味しそうなお店に行っています。

 

さて、明日はまた箱根の美術館巡りです。でも箱根の美術館はどこも広大なお庭や大きな建物で見るのに時間がかかり、1日に2~3館が限度で、全部見ようとすると数日間滞在する必要がありますね。 大学に入った頃彫刻の森美術館へ来て以来何度も来ていますが、湖、大涌谷等 景色の変化も大きく沢山の美術館があり、次回は箱根に数日滞在することにしてまたじっくりと来ることにしましょう。

 

 

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オーベルジュオーミラドー 勝又登

 

神奈川県足柄下郡箱根町元箱根159-15

0460-84-7229

https://mirador.co.jp

 

「自然の中に身を置いて、料理の原点をさぐる。それが、私がここにいる意味です」と勝又登さんは言う。

1973年、フランスでの修業を終えた勝又さんは、東京西麻布に「ビストロ・ド・ラ・シテ」をオープン。それは、フランスの街角で出合えるような気取らないフレンチの店として、日本在住の欧米人や時代の流れに敏感な都会の人々に支持され、ビストロブームを巻き起こした。

端から見れば、順調そのもの。しかし、勝又さんの頭に浮かぶのは、自然豊かな地方に店を構えるフランス人シェフたちの姿。彼らはマルシェで顔なじみの生産者から新鮮な食材を買って、料理の腕をふるっている。勝又さんにとっては、その姿こそが料理人にとって最高の幸せと映った。彼らが作るのは、地元の食材を生かした最高級の料理。その味に引き寄せられるように人々が集い、地方が活性化し、発展していく。その様子は、勝又さんの脳裏に深く刻まれていた。

「ヨーロッパのオーベルジュは、食通や文化人が滞在して食を満喫し、その地の幸や歴史風土を楽しむ空間。そこに知的なニュアンスが生まれ、地域振興にも貢献することになる。日本にもそんな場所を作って、私のフランス料理を食べてもらいたかった」

 

 日本列島は北から南まで素晴らしい食材がたくさんあり、大都会には全国から美味しい食材が集まってくるので美味しいレストランがいっぱいありますが、現地でしか食べられない食材もたくさんありますし、現地の山々や環境の中でその地方の旬の食べ物を食べるということほど素晴らしいものはありません。

 

 オーベルジュ(Auberge)とは直訳すると「旅籠」の事で、”郷土料理を提供するレストラン付きのホテル”を意味するフランス語。

フランスの田舎に多い、料理を楽しむことを滞在のメインの一つにしている宿泊施設のついたレストランのことで、小規模のホテルが多く、料理だけでなく家庭的なサービスも魅力のひとつです。

 日本でも、レストランが自慢のペンションなどにこの名称を使うところが増えています。

 オーベルジュは、何と言っても、その土地ならではの食材を使用した本格的な料理が最大の魅力。

 日本にも昔から、地方に郷土料理を提供する有名な料理旅館があり地物の美味しいものを提供しており、現代でも京都・花背のつみ草料理 美山荘や、長野県下諏訪のみなとや旅館その他多数ありますが、「オーベルジュ」として日本で最初に、1986年箱根にオープンしたのがオーベルジュ・オー・ミラドーです。

 

 日本オーベルジュ協会会長で、農林水産省の料理人顕彰制度『料理マスターズ』の称号を受賞したオーナーシェフ、勝俣登氏による「西と東の融合」をテーマとした「地方でしか作ることができない地元食材によるフランス料理」のオーベルジュで、今回はこちらへ訪問。今回は泊まらずに食事だけ予約をいたしました。 避暑地であり、ドレスコードはスマートカジュアルです。

 

小田原から向かいましたが、箱根湯本迄車で15分思ってたより随分近いですね。過去に箱根から小田原駅迄何度か電車でおりましたが。そんなに近かったというのは忘れていました。

 

木々の香りに包まれた広大な箱根の森の中 到着したのは、

ボルドーのシャトーを思わせる荘厳な建物がパヴィヨン・ミラドー。

前庭に大きな噴水があり、ギャルソンが外で待機されています。

 

 

3つの館があり、ボルドーのシャトーを思わせる荘厳な建物「パビヨン・ミラドー」、バリ島をテーマにした「コロニアル・ミラドー」、一番歴史のある館で、もっともフランスらしいしつらえの「本館」があります。それぞれにダイニングがあり箱根ならではの温泉浴場も数ヶ所。

 

食事時間の少し前におじゃまして、宿泊棟などを案内していただきました。

 

本館のバー

まだ見せられないがと言われた用意しつつあるパーティや披露宴会場でも天井画がいいのでパチリ。

 

外に出て、

別館のバリ島をテーマにした「コロニアル・ミラドー」も見せていただきました。

 

 

 

仏像やエスニックの高級品などが所々陳列されていて

かつて何度か仕事で行ったバリや、バンコクで泊まったスコータイホテルに似た雰囲気です。

 

コロニアルツインルーム

 

今回は「本館」はクローズされていたので、

外に出て近道をして「パビヨン・ミラドー」へもどります。

 

 

この窓の中のテラスダイニングで食事をします。

 

脇の入り口

 

 

 

ここでお茶をいただきちょっと休憩。

「本館」は拝見できませんでしたが、とても広い敷地、これなら、何日でも滞在できますね。

 

暖炉サイドのダイニングを通り

 

左に折れてテラスダイニングへ。

 

さて、ここでディナーですが、次回に続けて書きますね。

染めと織の万葉慕情66

  袖折りかえし

   1983/07/15 吉田たすく

 先週は七夕の二人だけの夜話の歌でした。年に一夜の袖のちぎりもすぎて、彦星は帰って行き、織女は一夜では飽き足らず雲隠るまで見送るのでした。

 

 汝(な)が恋ふる

   妹の命(みこと)は

    飽き足らに

   袖振る見えつ

     雲隠るまで

 

 二人で巻いた袖は袖振りの別れとなったのです。

 

 このほかに袖のしぐさにはこんなのがあります。七夕にかぎらず袖を交わした恋人と別れて、一人夜のわびしさにせめて夢だけでもあの方に会いたい、だきたい、と思

う時、自分の片袖を二つ折にして枕にすれば、夢に出てくれると信じていたのです。二つかさなる袖に似せて片袖を二重に折って枕にしたのでしょうか。

 

 白袴(しらたへ)の

  袖折り返し

    恋ふればか

  妹の姿の

   夢に見ゆる

 

 しらたえの袖を折り返して寝ていて、妹が私を恋しているからだろう、その姿が私の夢に見た事だよ。第十一巻の問答歌にも次の二首がのっています。

 

 吾妹子(わぎもこ)に

  恋ひて すべなみ

    白栲(しらたへ)の

  袖反(そでかえ)ししは

    夢に見えきや

 

 貴女が恋しくてたまらず、白たへの袖を折り返して寝たのは、夢に見えましたでしょうか、と問えば

 

 我が背子が

   袖返す夜の

   夢ならし

   まことも君に

    逢ひたるごとし

 

 あなたが袖を折り返し寝た夜の夢でしょう。 ほんとにあなたに逢っているようでした、と答えます。袖を折りかえして、あいての夢に見せる歌です。

 

又こんな歌もあります。

 筑紫(つくし) の国に防人(さきもり)として行っている主人を、郷でまつ妻の心を痛みて作長歌に

 

 ‥‥事し終はらば つつまわず 帰り来ませと 斎(いわいべ)を 床辺にすえて 白栲の 袖折り反し ぬばたまの 黒髪敷きて 長き日を 待ちかも恋ひむ 愛(かな)しき妻らは

 

 立派に任務をはたした上は、さわりなく帰っておいで下さいと、神においのりする壷を床辺にすえて、白たえの袖を折り反し夢にも見て、(ぬばたま)の墨髪を敷いて長い日を待ち恋ふことだろうか、いとしい妻たちはと。

 

 帰つくるあてのある人なれば、袖を折り返し夢に見てまつもよいのだが、死別の後の一人寝はどうしたものでしょう。

 

 古き挽歌(ばんか、死別の歌)

 

 夕方になるとあし辺にさわぎ 明ければ沖にただよう鴨ですら妻と一しょになって尾に霜よ置くなと羽をさしかわして寝るというのに 人である自分は妻と共寝してあたりまえなのに 流れる水のか

えらぬように 吹き渡る風の目に見えぬように死に別れてしまった妻 とまえおきして

 

 別れにし

  妹が着せてし

    なれ衣

   袖片敷(そでかたしき) て

    独りかも寝む

 

 死んだ妻が着せてくれたなれ衣の袖、妹が居たころは交して寝た袖を片方だけ敷いて一入寝る事よ。

 

 袖の歌がずい分つづきましたが、袖のしぐさで、人の心のおくそこまでもおもわせる歌い方でした。

        (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 7月12日は「裸の大将」山下清の命日でした。

 今もあちらの世界で、裸で鉄道線路を歩きながら絵を描かれていることでしょう。

 私の子供の頃、実家の玄関の正面に、子供が作ったような、でも、大人が作ったような、でもすっごく細かく丁寧に作った上手な不思議な花火の貼り絵が貼ってありました。

「日本のゴッホ」とも言われた山下清の絵。

 

玄関正面で毎日見える 何故ここに飾られていたのかわからなかったのですが、山下清をとても身近に感じていました。

 

 

 遡る1956年8月、34歳の山下清は、清を指導し、その才能を見出し育てた式場隆三郎に連れられて、吉田璋也の招きで 鳥取の牛ノ戸焼きを訪問します。

そして8月22、23日には鳥取県倉吉市にある皆成学院(知的障害児施設)を訪問しますが、

式場隆三郎と吉田璋也は新潟医専(今の新潟大学医学部)の同級生であり、その頃から二人とも早くから雑誌「ホトトギス」などを愛読し、文芸の世界に憧れ「白樺派」の作家たちや柳宗悦、バーナード・リーチや民芸運動にかかわる人たちなどと親交を持った民芸運動推進者でした。二人はそんな間柄でしたから、吉田璋也は新民藝運動の第一歩の記念碑である牛ノ戸焼を式場隆三郎に見せたかったのでしょう。

 そのあと、昭和31年8月22日鳥取県倉吉市にある皆成学院(知的障害児施設)への訪問を依頼され快諾し、 児童の作品展の見学をしますが、この訪問は「裸の大将」「日本のゴッホ」と大勢の人たちが大歓迎されたそうです。

 

皆成学院は児童の教育で陶芸に力を入れていて、一度におよそ700もの作品を焼くことのできる大きな登り窯を持ち、これを作り、陶芸指導などを手助けしたのが、中学の美術教諭をしていた染織家の吉田たすく(伊藤宝城の弟 私の父)でした。また、皆成学院の学校医は民芸運動推進者であり吉田璋也と懇意であった彫刻家の伊藤宝城(吉田たすくの兄で私の伯父)でした。

 

 『民芸・医者・皆成学院』

この繋がりで考えると山下清の皆成学院行きの提案を吉田璋也にしたのは、伊藤宝城であり、そして、兄の伊藤宝城へこの相談を一緒にしたのは弟の吉田たすくではなかったかと思われます。

 

 そして、山下清は倉吉で芸術家のサロンのようになっていた伊藤宝城宅を訪問しますが、そこで作品を作ります。その写真の場所が、伊藤病院の外科入院患者の付き添いの方が泊まる部屋でした。 

(山下清と一緒に写っているのが伊藤宝城です。)

 

 

 この部屋は広い庭に面した3部屋続きの明るい部屋で、私が子供の頃、誰もいない日の雨の日に時々遊んだ部屋でもあります。

 

 

 

私の実家の玄関に花火が飾られたのはそれ以降だと思います。

 

 

その後、山下清作品は、美術展や、長野県茅野市の山下清放浪美術館(170点程陳列)などに行っていますが、あの良さは、写真ではわかりませんね。

実物を見ると紙一枚の厚さがこんなにも絵に影響を与え、その緻密な貼り絵はまさに彫刻のようにも感じます。

 

どうぞ皆様も一度本物を見て正面、斜め前、横からごらんになってみてください。

 

 

遠い思い出をありがとうございました。

 

山下清 生きていれば101歳でした。

合掌

 

 

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⚫︎式場隆三郎(しきばりゅうざぶろう1898年7月2日 - 1965年11月21日)は新潟県出身の精神科医。

新潟医専(今の新潟大学医学部)で鳥取県吉田璋也と同級生であり、二人とも早くから雑誌「ホトトギス」などを愛読し、文芸の世界に憧れ「白樺派」の作家たちや柳宗悦民藝運動にかかわる人たち、バーナード・リーチなどと親交を持った民芸運動推進者です。精神科医としてはゴッホに関心を寄せその方面での著作も多く、山下清の才能に注目し、その生活、活動を物心両面から支え、彼を世間に広く紹介したことは障害児教育に多大な影響を及ぼしました。

「日本のゴッホ」とも言われた山下清は、式場隆三郎のおかげだと思われます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/式場隆三郎

 

⚫︎吉田 璋也(よしだ しょうや、1898年1月17日 - 1972年9月13日)は、民藝運動家。医師鳥取県鳥取市出身。

柳宗悦民藝運動に共感して活動。柳宗悦の見出した民藝の美を、実生活の中に取り入れる新たな民藝品を生み出す「新作民藝運動」をはじめます。民藝の美を現代の日常の衣食住の生活に取り入れるためのデザインや企画提案を生産者におこない、「民藝のプロデューサー」を自認し、それを売る場として「たくみ工芸店」(鳥取・東京)を開き、その作品を生かした料理店(たくみ割烹店)までつくり、民藝の普及に大きな業績を残しました。 

河井寛次郎に民藝を育て生んでいく「民藝の母」と呼ばれました。

 医師、デザイナー、教育者、著述家、プロモーターなどいくつもの顔を持ち、陶芸、木工、染織、和紙など幅広いジャンルの職人を指導することで、新作民芸運動を展開。日本初のインダストリアルデザイナーとも言える方。

http://shoyayoshida.jp/history/

 

⚫︎伊藤 宝城(いとう ほうじょう、本名:伊藤 博、1909年6月28日- 1961年12月27日)は、日本医師詩人版画家彫刻家号は鉄庵。別名:ジョージ・ウーラン。戦後日本の抽象彫刻の先駆者の一人である。二科会展やその他で受賞する傍、1951年には沖縄戦跡公園のひめゆりの塔の彫刻を寄贈しています。

伊藤家は地方の文化人の集まるサロンの様になっており、地元はもとより日本各地から有名芸術家多く訪れていました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤宝城

 

⚫︎吉田たすく(大正11年(1922年4月9日 - 昭和62年(1987年7月3日)は染織家・絣紬研究家。

廃れていた「組織織」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい『紬と絣の技法入門』として刊行する。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士。

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく

 

⚫︎山下 清(やました きよし、1922年大正11年)3月10日 - 1971年昭和46年)7月12日)は、日本画家。代表作に、「花火」、「桜島」、「東海道五十三次」など「日本のゴッホ」とも言われますが、彼を指導した式場隆三郎がゴッホの研究者であり、このおかげだと思われます。

https://ja.wikipedia.org/wiki/山下清

                 (資料の一部はウイキペディア等より拝借)

 

鳥取県立皆成学園は、児童福祉法に基づく福祉型障害児入所施設。

住所 〒682-0854 鳥取県倉吉市みどり町3564-1 

主に知的障がいのある児童を入所させて保護するとともに、独立自活に必要な知識技能を与えることを目的とする施設です。

吉田璋也は、この施設の子供たちの陶芸の仕事に民藝と共通の美を見い出し、頒布会を斡旋するなど積極的な支援活動をしています。

 

 登窯のある周辺の山は実家の吉田家が、皆成学園に寄付したもので、登り窯は終戦直後に皆成学園で始まった焼き物で、一心に土と向かい合ってつくりあげる焼き物「一心焼」と名付けられました。一度におよそ700もの作品を焼くことのできる大きな登り窯で、入所する児童・生徒たちが地元で取れた土をこねて、思い思いに作陶し、その一方で地元住民たちが窯に使う大量の薪を提供してくれたり、窯の火入れや火力の管理などの重労働を手伝うようになって、共に焼き物も作り、交流が生まれました。 2000年まで約50年続き一度廃れましたが、また再起しているようです。

 

私も一心焼の皿を一枚持っていますが、民芸調のなかなか味のある良い作品です。

兄が持っていたものですが、誰が焼いたか聞いてはいないのですが、作品の雰囲気的に、おそらく父が皆成学院で指導している時に作ったものだと思います。

 

 「江之浦測候所」と聞くと気象観測の施設?と思われる方もいるかと思いますが、一言で言えば、ここはかつて蜜柑畑だった小田原市江之浦の地に、現代美術作家・杉本博司が設計した壮大な屋外型美術館です。

 

測候所という名前について、杉本博司氏は、「悠久の昔、古代人が意識を持ってまずした事は、天空のうちにある自身の場を確認する作業であった。そしてそれがアートの起源でもあった。新たなる命が再生される冬至、重要な折り返し点の夏至、通過点である春分と秋分。天空を測候する事にもう一度立ち戻ってみる、そこにこそかすかな未来へと通ずる糸口が開いているように私は思う。」と書かれています。

 

 敷地はとても広大で、明月門エリアと竹林エリアに分かれており、山の斜面などを歩いて廻るまさに体感する美術館です。全体の施設は、ギャラリー棟、石舞台、光学硝子舞台、茶室、庭園、門、待合棟などがあり、いたるところに歴史的な建物や石材、木材などが展示されていますが、施設のコンセプトを壊さないようにするためか展示物には説明書きなどが一切ありません。

夏至の朝、陽が差し込む「夏至光遥拝100メートルギャラリー」と冬至の朝、相模湾から昇る陽光が70メートルの隧道を貫き、対面して置かれた巨石を照らし出す「冬至光遥拝隧道」とが、その象徴的な施設。 広大な敷地で、全てを見て回るのに半日を要しました

 

駐車場の前 甘橘山

ここは蜜柑畑を使った壮大な美術館

面白い木々

 駐車場から森のような小道を通り、右手の明月門で入場手続きを済ませます。

 

明月門は室町時代に建てられた鎌倉にある臨済宗建長寺派の明月院の正門で、その後関東大震災で半壊し、根津美術館の正門として使用され、平成18年の根津美術館の建て替えの際にこちらに寄贈されました。

 

左側のガラス張り待合棟の中に巨大な一枚板のテーブル。

 いい味がありますね、

なんと、樹齢1000年の屋久杉テーブルでした。

 

次は「夏至光遥拝100メートルギャラリー」

海抜100メートルの地点に夏至の日の出に向かって真っ直ぐ張り出して延びる100メートルの長さの片面硝子、右面大谷石の壁のギャラリー。

大谷石がいい味を出しています

 景観を取り入れた素晴らしいの一言

外に出て

 

円形劇場への入口

円形劇場への入口にはイタリアの大理石のレリーフが飾られている。12~13世紀頃に作られた、旧約聖書のエデンの園にあった生命の樹を表現したもの。足元の茶色のものは冬至の日に昇る陽光を見る70メートルのトンネルの屋根です。

 

 

 

茶色のものは冬至の朝、相模湾から昇る陽光を見る70メートルのトンネルの屋根。右側は冬至の軸線に沿って、檜の懸造りの上に光学硝子が敷詰められた舞台が設置されています。

 

古代ローマ円形劇場写し観客席からの眺め。 イタリアのラツィオ州にあるフェレント古代ローマ円形劇場遺跡を再現しているそうです。

トンネルの上を止め石が置かれている場所まで進むことが出来るようになっています。

 

空と海と漁船と光学硝子舞台

相模湾の景色は圧巻でした。

 

 

飛鳥時代の法隆寺の若草伽藍の礎石や、天平時代の元興寺の礎石、そして室町時代の渡月橋の礎石などがすばらしい配置で演出されている

空と間かんじさせ見事

 

冬至の朝、相模湾から昇る陽光を見る70メートルのトンネル

 

トンネルの中 この中を朝日が通ります

 

 

 

 

 

冬至光遥拝隧道の光井戸の部分は天井に穴が開いていて雨や雪の日は上から雨粒や雪片が落ちてくる様子が見られます。

またこの上にも井戸があり、そこからこの光井戸を覗き込むこともできます

 

 

けっこう神々しさもありますね
 

 

 

 冬至の日 陽光はここへ出てきます

 

円形石舞台

陽光は

 

写真の正面の巨石は江戸城の石垣のために切り出された石で、ここに冬至の要項が当たります。

 

 

 

 

 

 

 

茶室「雨聴天」

この茶室は千利休の「待庵」の本歌取りとして構想されました。(本歌取りとは古典を引用しつつ現代に蘇る手法)

茶室の名前の由来は、この地にあったミカン小屋のトタン屋根を外して屋根として、雨が降るとその音が響く、響くその音を聴くという意味で「雨聴天(うちょうてん)」と命名されたそうです。

このガラスの沓脱ぎ石を見て、直島の護王神社の地下の石室から本殿へ続くガラスの階段が蘇り、あああれも杉本博司だったと、思い出しました。 暗い胎内から地上へ行くガラス の階段。あれは印象的でした。

 

「夏至光遥拝100メートルギャラリー」が見えた。

カッコイイ!

蜜柑畑や竹林の方へ少しづつ降っていきます

 

化石窟

かつての農家の道具小屋を改装したもの

オルドビス紀(5億500万年~4億3800万年前)の三葉虫の化石の本物。

なんでもないように置かれているが、すごいものだと思う。

 

すごいものが多い。

 

エイやアンモナイト、海サソリなどの、数億年前~数千万年前の化石がいくつも展示されていました。

まるで、化石博物館です。

 

 

数理模型0010 

 

竹林

 

 

春日社社殿

竹林エリアの見晴らしのよい高台に設置されたのが「春日社社殿」。

奈良円成寺(えんじょうじ)の国宝「春日堂」を採寸して忠実に模したものだそうです

 

 

はるか遠くに 冬至の日に陽光の差し込む70mのトンネル

 

これからまた山頂まで登っていき、ようやく全部見終わりました。

 

しかし、まだこのとても広い空間は完成していませんこれからも成長していくのです。

 

見るのはほぼ屋外ですから、雨の降らない日を選ばないと大変です。

そして、事前予約制です。

…………………………………………

江之浦測候所

 神奈川県小田原市江之浦362-1

0465-42-9170

 

 

 

ドイツビールの祭典

 オクトーバーフェスト名古屋2023

 

毎年恒例のドイツビールの祭典で、2011年より始まり、コロナで4年ぶりの開催で10回目。

「オクトーバーフェスト」 とは毎年秋にドイツ・ミュンヘンで 1810年以来200年以上続く、世界中から600万人以上の人々が訪れる世界最大のビールイベント。

 日本でもオクトーバーフェストと言われ、10月でもないのに、4月から10月まで日本各地で順番に行われます。

名古屋では前回10万人を超す来場者が出るビールイベントへとなりました。

 

 趣味として毎回行っていますが、とてもたくさんのビールを知ることができるチャンスなので、オクトーバーフェスト(ドイツビール)もベルギービールウイークエンドもとても素晴らしいです。

 味わいはベルギービールウイークエンドは感覚的な多様な美味しさでスイーツ系ビールが大部分を占め、オクトーバーフェストはやはりドイツ人の計算された様なビールらしいビールが楽しめます。

 ビールとは、麦芽とホップと水、酵母だけで作られたアルコール飲料のことです。しかし、日本では添加物が入ったものもビールと言われ、例えば、アサヒスーパードライの原材料は、麦芽、ホップ、米、コーン、スターチが使われていますが、ドイツ政府はビール純粋令で、コーンスターチや米が入ったものはビールとは呼ばれません。ビール風飲料ですね。

 

 さて、ドイツビールの祭典オクトーバーフェスト

今年は約20種類の銘柄の110種類を超えるビールが集まります。

ベルギービーウイークエンドの名古屋会場は150~180位出ますからちょっと少なめです。

と言っても全部は飲めないのでどう選んで飲むかですね。

 

  まず、会場の食べ物は高い割に…なので(仕方ないことですが)、今回も会場に行く前に松坂屋のディーンアンドデルーカでつまみを購入

・豚肩ロースとアボガドのメキシカンフリット

・ローストビーフとゴーヤのサラダ 山葵味噌ソース和え

・とうもろこしとパクチーのアジアンサラダ

・ラタトゥイユ

・ミックナッツ

 

その後 すぐ道を隔てた目の前の会場へ。

 

まずチケットを買う前に最初にしなければいけないのは席確保。

 太陽が出ても雨が降っても困るので、会場ではまず、テントの中の席を確保。

それからチケットを買いに行きます。

各ブースは現金決済なので、チケット売り場に行きます。チケット売り場だけはカードOKなので、500円のチケットを必要枚数購入します。

私はまず16枚 8000円分購入しました。(チケットはお釣りが出ないのと、換金できないので要注意

)足りなくなって後で再購入しましたけれど。

 

ビールは3種類のサイズ

300mℓ1100円~1300円

500mℓ1300円~1600円

1ℓ2900円~3200円

こういう感じですが、ビール党の方は2、3ℓは平気で飲まれる様ですが、僕はビールも別腹にならないので、ちょっと割高ですが、種類を多く楽しみたいので300mℓだけで行きます。

 

その時におつまみも全く購入しないのは失礼なので、少し購入します。

 

 

 

暑い暑い でも 今日は曇りで助かっています。 ようやく微風も出てきて、ほんの少し助かったと思ったら、風が止んだ。

 

購入した各ビールの説明より

⚫︎リーゲレ ヴァイスビア

マイニンガーインターナショナルクラフトビアアワードにてベストヴァイツェン受賞! 白濁したフルーティーで華やぐ香り、スムーズで繊細な口当たりの世界No.1に輝いた白ビール。

⚫︎リーゲレ プリヴァート

ヨーロピアンビアスター金賞三連覇! 世界ビアジャーナル誌歴代最高得点獲得! ドイツ10年間で最高のビール等、 数多のタイトルを獲得したドイツビール史に名を刻む傑作ラガービア! モルトとホップの最高のバランスで大変飲みやすい味わい。

この二種類からスタート

 

 

次は

⚫︎ヴェルテンブルガースペツィアルフェストビア

日本初上陸!特別な祝祭のために作られる限定ビア!ヘレススタイルですが、 フェストビアに相応しい重厚な仕上がりとなっており、 スパイシーで爽やかなモルトの香りとコクのあるバランスの取れた味わい。

⚫︎ヴェルテンブルガー ヘフェヴァイスビア

世界最古の修道院醸造所が醸すヴァイスビア!見た目は、黄金色で無濾過由来の酵母で薄く濁っておりバナナやピーチを思わせる華やかな香りと、小麦麦芽由来の優しい苦みが特徴。

次は味を変えてスイーツビール

⚫︎クラッシュアイスビールピーチ味

クラッシュアイスが入ったピーチ味の甘いビール

とても甘くベルギービールのリンデマンスピーチによく似た味でそれよりもう少し甘い 暑さとイメチェンに最高のスイーツビールです。

 

⚫︎アルコブロイ ヴァイスビア

人気No.1 ヴァイスビア。 口当たりはまさにリンゴ風味でフルーティー、後にピーナッツの様な味わい、飲み応えのあるヴァイスビア。苦味が少なく女性から一番人気

 

お腹がビールでいっぱいになってきたけど喉の渇きは半分

 

次は

⚫︎ラドラー(Radler)

ビールとレモンジュースまたはシトラスフルーツジュースを混ぜた爽やかな飲み物です。一般的にはドイツのビール文化に由来しており、特に夏の暑い日に人気があります。

飲んだのはシトラス十分の夏最高の飲み物 お腹いっぱいなのに喉と口は欲しがります。

飲みやす過ぎ。

 

 今日は例年と違い来場者に浴衣姿がまだ3名と少なすぎ。また、欧米系や中国人は少ない。逆に若い女性の一人はいつもより目立つ。

  60歳以上のシニア層はいつもよりやや少なめ。コロナでまだこもっているのかな? 飲んじゃえばいいのに。

 

 ワッフルのポロを着て短パンを履いた30歳くらいの女性が横のテーブルにいました。 下半身は腿まで露出し、上着のワッフル編みはパイル編み(タオル地)のように一見涼しそうに見えるコーディネートですがW編みなので風を通さず厚みもありとても暑いです。素材がわかるからこちらの方が暑く感じる。

 店舗で試着をするときはエアコンの効いた場所だからわからないことが多いですが、僕なら女性にこんな着方は絶対勧めないのにと 昔を思い出した。

 

そろそろ終盤

 

⚫︎スパークリングアップルワインを飲んで

 

最後は正統派黒ビール

⚫︎アルコブロイ シュロスドゥンケル

結構綺麗な味 いい味だ。

 

ビールは不思議だね

水はこんなに飲めないのにビールは飲めるんですね。

水は胃では吸収されないが、アルコールは胃でも吸収されるからなんですけど。

そしてビールを飲んでも水分補給にならないから熱中症要注意です。

 

 18時を回って人の出も増えてきたが、以前と比べるとまだ少なめ。浴衣姿も10人以下とすくない。

一応名古屋の中心地の更にド真ん中の公園で行われているのに、来場者は全体的にファッショナブルと言える人が少ないね。どうしてだろう。4年ぶりだが、先回までは多少でもいたが、コロナでファッションも自粛? というか、以前よりダサい格好の人が増えている。

30年前のベトナムの街から来られた様なくたびれた格好の人もいる。

シンプルでいいからもう少しTPOを考え(ちょっと古い用語だが)、着るものくらい、名古屋の中心地の更にド真ん中だから ちょっと気を使う人が多くても良いのにと思う。

 せっかく名古屋栄のどまんなかなのに、もっとファッションチェックを楽しみたかった。

また、体が緩んだ人が増えたね。 家にこもって食べてばかりだからね。

 

 ファッションチェックは昔は仕事柄無意識にいつでも行っていたから癖が出てしまう。

暑さとビールで脳が沸騰している

 

今 サッと涼風

 

アー気持ちいい 今は19時17分

 

さて、デセールにしよう。

アフォガード リキュール

暑さですぐ溶ける

 

 ようやく陽が暮れてきた 

 

 

15時過ぎにきて19時過ぎまで4時間

曇り空で雨も降らず済んだので、ゆっくりと沢山のビールをいただきました。

ご馳走様

 普段はコップ一杯350mℓ位しか飲まないのに、こんなにビールを飲むのは年に二回、五月のベルギービールウイークエンドと7月のオクトーバーフェストだけ。たくさんの種類のおかげで様々楽しめました、また来年楽しみましょう。

…………………………………………

オクトーバーフェスト名古屋2023

  7 月7日(金)~7月23日(日)

久屋広場・エンゼル広場

〈土日祝〉11:00~21:00 〈平日〉15:00~21:00

23日までありますから皆さんもどうぞ。

 

…………………………………………

関西・中国四国は4月に終わっていますが、これからまだ5箇所で開催されます。

 

日比谷オクトーバーフェスト~SUMMER~2023

2023年7月7日(金)~2023年7月17日(月・祝

芝公園オクトーバーフェストin御成門駅2023

2023年9月15日(金)~2023年9月24日(日)

仙台オクトーバーフェスト 2023

2023年9月8日(金)~2023年9月24日(日)

九州オクトーバーフェストin門司港2023

2023年10月6日(金)~2023年10月9日(月)(予)

みどり野に

 野点をせんと

  おもへども

 窓をたたくは

  悲しき雨音 

 

 外は雨ですが、大空を流れる薄雲の元、草原で緩やかに野点をする想いで作陶した四方平鉢「浮雲」にお茶道具を載せて、草や野菊の蒔絵を施した野の花棗と茶杓ををあしらい 心の野点を致しました。

 

 

 

 

浮雲に

 野の花棗

    草茶杓

  初夏の野点の

    爽やかな夢

 …………………………

今回用意した抹茶碗は 2018年に、もう少しで満月になる慶びを想い作陶した「十三夜」です。

 

 眠る野に

  月が静かに

    昇るころ

  お茶は水出し

    涼しき月見

 

こういう時に点てるお抹茶の服加減は

 

 泡は細かく

  無きが如く

    漣の

  軽くやわらか

   きめ細かくて

 

  喉を流れるように

   スーッと点てました

 

 お菓子は昨日名古屋のむらさき屋さんで美味しい水羊羹を購入してきましたので、これも同じく手捻りした拙作の「さざなみ」の小皿に乗せて頂きました。

 

 

とてもきめ細かく上品な味に、外の雨も

 軽やかな歌に感じます。

 

 

 七月七日は流政之の命日でした

 

 もう50年以上前、まだ子供の頃、古流武道を修めた流政之(ナガレマサユキ)が日本刀を持って立っている凛々しい姿と、ナガレの作庭した凛とした坪庭の写真を見て古武士の様な人が現存していると感動し、それ以来ファンになりました。

 その後も各地の美術館や図鑑等で作品も何度かみましたが、日本美をこよなく愛し作品に生かされていますが、凛とした作品の中にお茶目な部分もあったり中々 素晴らしいんです。

 私は1985年頃から香川県高松市にレディースのセーターの商談でシーズン一度は行っていましたが、行きつけの海鮮料理屋にいると、大きな声で賑やかに話をしている方がいました。

話の内容が芸術家っぽい。

興味を持ってよく見ると流氏でした。

香川県が地元で、この店にもよく来られていた様です。一緒にいいですかと申しましたら、即一緒に飲みましょうとなり、芸術や様々な談義。活き造り等で結構飲みましたが予想通りの豪放磊落の中に繊細さも感じさせる素晴らしい方でした。

 

 鳥取県東伯郡琴浦町赤碕の菊港に、日本海の荒波に向かって立つ三人の旅姿の御影石の彫刻、

『波しぐれ三度笠』は、

どこかユーモアを感じさせる作品で、波の立つ強風の日や嵐の日にみると更に素晴らしいです。

 

 また、サントリー大山崎山荘美術館の『さむらいの涙』

刀の様に凛としていい味です

 

 

名古屋最古の400年の歴史の料亭『河文』に行った時は流 の「水鏡」と「流れ床の庭」という作品がありびっくりすると同時に嬉しかったです。その石の能舞台では日本舞踊や能が毎年行われています。。近場ですと、なぜか食品スーパーバローの恵那市の本店1F中央にも一体飾られています。

 (写真は私が撮ってきた『波しぐれ三度笠』、『さむらいの涙』と後は流政之美術館「NAGARE STUDIO」等の案内から)

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流 政之(ながれ まさゆき、1923年2月14日 - 2018年7月7日は、日本の彫刻家、作庭家。

長崎で生まれ、13歳の頃、京都の町方で父である中川小十郎のもとで教育を受け、剣法、古流武道を教え込まれた。それがきっかけで後に刀鍛冶の門を叩き、彫刻の道へとつながった。1943年には海軍飛行科予備学生としてゼロ戦パイロットとなるが、戦後は敗戦の日本の姿を確かめるため東京から下関まで倒れた墓を起こしながら放浪を続けた。

流政之は、1950年代の初期の作品から石を割った部分はそのままにして生かす「ワレハダ」の技巧を用いてきた。

1955年、初めての個展「飛行空間」で戦没パイロットを追悼した。

流氏談

「誰も飛行機乗りの追悼をしようなんてことは考えていない時代だった。『じゃあ俺がやらなきゃだめだ』と思って、日本軍だけじゃなく、米軍も含めて、戦争で死んだパイロットの弔いをしたんだ。国内ではあまり反響を呼ばなかったが、英字紙が『ゼロ・ファイター』の個展だと報じた。負けた国のパイロットとしては、おもしろい気分はしなかったが、それがきっかけになって米国でも名前が知られるようになった」

60~70年代は

「ロックフェラー3世夫人に作品を購入してもらったり、米国の美術館に作品が並べられたりと評価されるようになった。戦争で負けたという悔しさと同時に、米国にはあこがれのような思いもあって、必死で仕事をした。負けた国の軍人が、米国に乗り込んで活動するなんて、ほかにいなかったからね。米国でも尊敬された。ニューヨークに拠点を持って、67年には米タイム誌が選ぶ日本を代表する文化人として、三島由紀夫、川端康成、丹下健三、黒沢明と一緒に紹介された。75年には世界貿易センターに7年の歳月をかけた作品『雲の砦(とりで)』が完成した。米国でお金もだいぶ稼いだ」

「でも日本に帰国したきっかけはベトナム戦争だよ。この頃、ニューヨークのダウンタウンで米国人の仲間たちと飲んでいて、議論になった。『東洋で戦争があるなら、俺は東洋の味方だ』と言って、『では戦場で会おう』という話になった。米国もおかしくなってきたな、と感じて帰国することにした」

――日本各地に戦没者を追悼する作品を作っている。

「2006年に北海道七飯町の流山温泉彫刻公園ストーンクレージーの森に、海軍飛行予備士官の青春をとどめようと『もどり雲』を建てた。ここでは同じ土浦海軍航空隊に所属した裏千家の前家元、千玄室氏と一緒に平和を祈る茶会もやった」

「学徒出陣した戦没者を追悼する作品を東京・明治神宮に作ってほしいという依頼もあったが、これは断った。東条英機の主導で、学生たちが行進した明治神宮外苑競技場は、ふさわしくない。これとは別に高知県大月町に学徒出陣した戦没者を鎮魂する作品『雲が辻』を作った。北海道奥尻島には、北方領土の国後島を脱出した人々が入植した歴史がある。あまり知られていないが、戦争による『難民』が日本にもいたんだ。望郷のモニュメントを奥尻島の北追岬公園に作った」

「代表作の『サキモリ』シリーズは内臓部分が空洞になった人型の作品だ。

私が作るまで、そういうヌードはなかった。空洞の中に、生命とか夢を入れて考えるんだ。サキモリは文字通り『防人(さきもり)』が題材。防人は守る側で、自分から攻撃はしない。防衛する存在だ」

「少年時代、親父から古流武道を習わされた。武道には『受けてたつ』という武士道の思想がある。これも自分からは攻撃をしない。私が高松にいるのも、受けてたつ、の考えからだ。彫刻家として攻撃的に生きるなら、東京のような大都市に住めばいいんだ。攻撃の美学は好きになれないね。日本が再び武力の問題を考えるのなら、守ること、受けてたつことに、きっちりけじめをつけておかないといけない。そうしないと、また戦争することになる」(日経 戦後70年インタビューより)

…………………………………………

彫刻家として活躍するかたわら、庭園の作品も残す。代表作に東京天理教館庭園、皆生温泉東光園庭園などがある。

香川県のご当地グルメ「讃岐うどん」の命名者とされる。

 流政之は、1950年代の初期の作品から石を割った部分はそのままにして生かす「ワレハダ」の技巧を用いてきた。それは作品は未完成であることを意味している。「つくらざることはときにつくることをしのぐ」この表現は流の美学である。

アカデミズムと権力主義をことさら嫌い、日本芸術大賞さえもなかなか受け取らない。しかし、うまい飯といい女のためならどこへでも、一年の三分の一は旅に出るという破天荒な人。

 2018年に逝かれたが、もう一度逝かれる前に流流の話で美味い酒をご一緒したかった。

 

こういう古武士の様な日本人にはそれ以来会っていない。

その後政府もメディアもこぞって懐柔され過ぎて漢(おとこ)は

もう絶滅したのかもしれない 

 

 そんなことを思うからなのか

   七夕の今日は星一つ見えない

     流政之の命日でした。

 

 

近いうちに香川県高松市の 流政之美術館「NAGARE STUDIO」へ行きたいと思います。

明日は七夕

 一年に一度の逢瀬

  晴れるといいですね

 

 

 万葉集は奈良時代の7世紀中旬から8世紀後半(西暦650年頃から780年頃の130年間)にわたって詠まれた和歌を780年頃に4500首を選び編纂されたもので、七夕(たなばた)に関連する歌は132首も収めてあります。

 そのほとんどは、男女の恋の物語をイメージして詠まれています。七夕だからとうぜんということもありますが、 百人一首でも100首のうち43首は恋の歌ですから、遥か昔から恋愛は、何はさておき 片想いでも両思いでも、常に心を熱く惑わす悩みの種ですね。

 そして 人は恋すると 皆、アーティストになります。

 七夕は年に一度、七月七日の夜だけしか逢うことの許されない究極の遠距離恋愛。

それはそれは燃え上がることでしょう

万葉集の中から数点選んでみました。

 月日えらひ

  逢ひてしあれば

   別れまく

 惜しかる君は

  明日(あす)さへもがも

 ※「月日えらひ」七月七日という日を選んで。

 ※「明日さへもがも」〈さへ〉添加。〈もがも〉願望。

   一年ぶりにお逢いしたのですもの、お別れするのが惜しゅうございます。明日の宵もまたお逢いできればいいのに。

 天の川

  渡り瀬深み

   船浮けて

  漕ぎ来る君が

   楫(かじ)の音聞こゆ

    天の川の渡し場は瀬が深いので 船浮かべ漕いで近づくあの方の楫の音が聞こえます

 天の原

  振り放け見れば

   天の川

  霧立ちわたる

   君は来ぬらし

 ※「天の原」空の広大な様子。

    大きな空をふり仰ぎ天の川を眺めれば霧が湧いて広がっている あなたが来るに違いない

 天の川

  瀬ごとに幣(ぬさ)

   奉(たてまつ)る

  心は君を

   幸(さき)く来(き)ませと

 ※「幣」神に祈るときに捧げるもの。

    天の川の川の瀬の瀬ごとに幣をさし上げて祈る心はあの人が無事おいでになるように

 天の川

  波は立つとも

   我が舟は

 いざ漕ぎ出でむ

  夜のふけぬ間に

    天の川にどのように 波が立ってもかまわない さあ漕ぎ出そう夜ふけになる前に

 ただ今夜(こよい)

  逢ひたる児らに

   言問(ことど)ひも

  いまだせずして

   さ夜そ明けにける

 ※「児ら」女性を親しんで呼ぶ語。

  たった一晩今夜だけ逢った妻にまだ愛の言葉をかけるひまもなく夜が明けてしまったよ

 天の川

  白波高し

   我(あ)が恋ふる

  君が舟出は

   今しすらしも

 天の川に白波が高い 私が恋しの君がたった今、舟を漕ぎ出したらしい

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牽牛も船出しました

これからさびしく恋しい月日がはじまります

 せつなき恋をするゆゑに

  月かげさむく身にぞ沁む。

 もののあはれを知るゆゑに

  水のひかりぞなげかるる。

 身をうたかたとおもふとも

  うたかたならじわが思ひ。

 げにいやしかるわれながら

  うれひは清し、君ゆゑに。

   (佐藤春夫 水辺月夜の歌)