染めと織の万葉慕情61
涙に濡れる袖の歌⑵
1983/06/10 吉田たすく
大伴家持に恋をしても、結ばれなかった人、山口女王(やまぐちのおおきみ)が、家持に贈った恋歌が五首あります。
その中の一首
相思はぬ
人をやもとな
白栲(しらたへ)の
袖ひつまでに
音(ね)のみし 泣くも
私はあなたを思っていても、私を思って下さらないあなた。ただわけもなく、白栲の袖がぐっしょり濡れてしまうまで、こえを立てて泣きながら恋しく思っていますよ。
涙にぬれる袖を詠って恋泣く女心を、しっとりと深い気持ちに表現して
いるところがうまいものです。
この歌につづいて、その思いを袖だけでなく彼氏の寝枕まで歌の中にとりあげ、この片思いの切なさを詠います。
わが背子は
相思わずとも
敷栲(しきたへ)の
君が枕は
夢に見えこそ
わが思う背の君は、私を思って下さらなくとも、せめてあなたの枕だけでもよいから、夢に見えて来て欲しい。 いやいや、あなたの寝姿の夢を見たい、と詠っています。
また別の一首に
妹(いも)に恋ひ
わが泣く涙
敷栲(しきたへ)の
木枕通り
袖さえ濡れぬ
あなたと恋して一人寝の床。わたしの泣く涙で、木枕を通り、相交さない片袖が濡れてしまったという歌もあります。
敷栲は枕にかかる枕詠です。ただ恋しくて泣くだけでなく「敷栲の木枕通り」とくるので、一人寝の床というステージの設定までして詠っているところに、この歌の心にくさがあるのです。
次の歌は大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ=家持のおばにあたる人)が跡見の庄という所に行っているそこで、宅(いへ)にとどまれる女子の大嬢 (むすめおほいらつめ) に送った歌で、むすめ恋しさの歌です。
常世にと わが行かなくに 小金門(をかなと)に もの悲しらに おもへり しわが児の刀首(とじ)を ぬばたまの 夜昼といはず 思ふにし わが身はやせぬ 嘆くにし 袖さえ濡れぬ かくばかり もとなし恋ひば 古郷(ふるさと) に この月ごろも ありかつましじ
あの世に行くでもないのに、門口でもの悲しげにうれい顔をしていたわが子大嬢を夜昼となく心にかけて思っているうちに、この身はやせてしまった。嘆いているうち、涙で袖までも濡れてしまった。こんなにむやみに恋しがっていたら、跡見の庄にこの一月もいられそうもない。
わが娘恋しさに袖を濡らすとは、今でおもえば少々オーバーな表し方のようですが、当時の歌の常識的な歌い方であったのかもしれません。
(新匠工芸会会員、織物作家)

