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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

 二十四節気の七十二候 大暑

驚くような暑さが毎日続きますね

あまりの暑さに涼を求めていつものお店に ランチをいただきに出かけました

 

 真っ青な青空に青紅葉の緑が美しい

  でも その日差しの強さに

  早足でせせらぎの橋を渡ります

 

 

 

 酷暑でも

  屋根の流水

   あまだれに

  涼をさそいて

   至福の昼餉

 

 

 

 清流と緑に囲まれたレストラン

 屋根から水を流して軒から水滴が流れ

   涼をよび

  青紅葉が美しく

   心の涼もさらに増します

 

 

 

Antipasti

アオリイカとキャベツのムース

 

柔らかさ味わい共に素晴らしい

 

La minestra

トウモロコシのポタージュ

これも美味しいね ただ、盛夏になるとちょっと塩分多めですね

 (レストランの厨房は火を使うから通常より暑くて、真夏になると味付けの塩分濃度が高くなりますね)

 

Primi piatti

本日のパスタ

 カペッリーニこれも美味しいが塩味が勝る

 

カペッリーニは細いパスタのことですが、日本人の多くがカッペリーニと言いますが、「カペッリーニ(capellini)」が正しい名前です。語源は「髪の毛」を意味する「capelli(カペッリ)」から来ており、「細い髪の毛」や「天使の髪の毛」と言われています。
「カッペリーニ」でもいいんじゃないの?という意見も聞こえてきそうですが、イタリア語で「カッペリーニ(capperini)」はちいさいケイパーを指すので、全く別の意味になってしまうんです😆  日本だけでこそっと使うには大丈夫ですけど、インバウンドも増えていることですし、そろそろ直したほうが良いかもね。

 

Seconde piatti

旬魚のポワレ

 夏野菜のソテー添え

 今日はヒラメのポアレでした

 

Piccolo Dolce

ココナッツパンナコッタ

 

Dolce

紅茶のカタラーナ オレンジソルベと共に

 飲み物は珈琲または紅茶

  これはいつもの様に

   エスプレッソ ダブルで

 

 

晴れた陽光に軒からの雫が涼を呼び

 青紅葉も美しく

  とても気持ち良いランチでした

ラターナネル ボスコ

  岐阜県多治見市小名田町小滝 5-6

日米戦争を行う前に日本必敗と予想した「総力戦研究所」がようやくテレビ番組でも取り上げられました。

NHKスペシャル「シミュレーション ~昭和16年夏の敗戦~」

 

【放送予定】

8月16日(土) [総合] 午後9:00「前編」

8月17日(日) [総合] 午後9:00「後編」

 …………………………

総力戦研究所は、大日本帝国において1940年(昭和15年)9月30日付施行の勅令第648号(総力戦研究所官制)により開設された、内閣総理大臣直轄の研究所、教育機関である。

この機関は国家総力戦に関する基本的な調査研究と“研究生”として各官庁・陸海軍・民間などから選抜された若手エリートたちに対し、総力戦体制に向けた教育と訓練を目的としたものであった。

第一期生の入所から3か月余りが経過した1941年7月12日。2代目所長飯村穣(陸軍中将)は研究生に対し、演練として日米戦争を想定した第1回総力戦机上演習(シミュレーション)計画を発表。同日、研究生たちによる演練用の青国(日本)模擬内閣も組織された。

模擬内閣閣僚となった研究生たちは7月から8月にかけて研究所側から出される想定情況と課題に応じて軍事・外交・経済の各局面での具体的な事項(兵器増産の見通しや食糧・燃料の自給度や運送経路、同盟国との連携など)について各種データを基に分析し、日米戦争の展開を研究予測した。その結果は、「開戦後、緒戦の勝利だけは見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」という「日本必敗」の結論を導き出した。

これは、現実の日米戦争における戦局推移とほぼ合致するものであったが …………………………。

 それでも 日本政府は愚かにも戦争を始めます。

見逃した方はNHK+で

伊藤慶二 祈・これから

   岐阜県現代陶芸美術館

 2025年 6月28日(土)~ 9月28日(日)

 

いいね、すごくいい

 

どの作品にも心の温かさがちょこんとのっている

 うまれながらの感性の良さだね

アフリカンアートや朝鮮美術、埴輪やプリミティブアートなどを自分流に飲み込みうまく消化して表現されている

まだ言葉になる前、心に生まれた思いが

 無意識のうちに現れているような作品

生まれながらもっていた感性が主に土で表現されたというか

陶芸家などという限られた世界ではなく、大地の一番近くにある土というあたたかいものをも使った表現

絵画、クラフト、造形、インスタレーション

使ってみて確かめて作る器とアートとが同じ位置で共存している。

 最近の多くの陶芸家が見せる目立つ造形に走って「手の収まりの良さや使いがって」等使用する心を忘れているが、伊藤慶二には使いたいと思わせるものが結構ある。

これだけ良いレベルだが大きな賞などは少ない。おそらくグループに属していないからだろう。

岐阜県現代陶芸美術館では、久しぶりに楽しめた素晴らしい展覧会でした。

 …………………………

伊藤 慶二(いとう けいじ、1935年〈昭和10年〉10月19日- )は、日本の陶芸家、現代美術家。岐阜県土岐市出身で、同地で創作活動を続ける。

受賞

1978 世界クラフト会議・日本イラストコンペ美術出版社賞

1979 '79日本クラフト展・優秀賞

1981 第39回ファエンツア国際陶芸展買上賞(イタリア)

1989 美濃陶芸作品永年保存

2006 岐阜県芸術文化顕彰

2007 第4回円空大賞展円空賞

2013 地域文化芸術功労表彰(文部科学省)

2017 薬師寺平成の至宝83選奉納

2017 平成28年度日本陶磁協会賞・金賞

日米戦争を行う前に日本必敗と予想した

総力戦研究所がようやくテレビ番組でも取り上げられました。

 

 

NHKスペシャル「シミュレーション ~昭和16年夏の敗戦~」

【放送予定】

8月16日(土) [総合] 午後9:00「前編」

8月17日(日) [総合] 午後9:00「後編」

 …………………………

総力戦研究所は、大日本帝国において1940年(昭和15年)9月30日付施行の勅令第648号(総力戦研究所官制)により開設された、内閣総理大臣直轄の研究所、教育機関である。

この機関は国家総力戦に関する基本的な調査研究と“研究生”として各官庁・陸海軍・民間などから選抜された若手エリートたちに対し、総力戦体制に向けた教育と訓練を目的としたものであった。

第一期生の入所から3か月余りが経過した1941年7月12日。2代目所長飯村穣(陸軍中将)は研究生に対し、演練として日米戦争を想定した第1回総力戦机上演習(シミュレーション)計画を発表。同日、研究生たちによる演練用の青国(日本)模擬内閣も組織された。

模擬内閣閣僚となった研究生たちは7月から8月にかけて研究所側から出される想定情況と課題に応じて軍事・外交・経済の各局面での具体的な事項(兵器増産の見通しや食糧・燃料の自給度や運送経路、同盟国との連携など)について各種データを基に分析し、日米戦争の展開を研究予測した。その結果は、「開戦後、緒戦の勝利だけは見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」という「日本必敗」の結論を導き出した。

これは、現実の日米戦争における戦局推移とほぼ合致するものであったが …………………………。

 それでも 日本政府は愚かにも戦争を始めます。

戦後80年 敗戦の8月 太平洋戦争や第二次世界大戦に関わる様々なテレビ番組や映画をたくさん観て、感じ、日頃より更に「人間」について考えさせられました。

 

 

  映画「日本のいちばん長い日」

    1967年版(岡本喜八監督)

  映画「雪風」を観た同日 同じ映画館で見ました。

 

 1965年(昭和40年)半藤一利による刊行の『日本のいちばん長い日 』は1967年岡本喜八監督による白黒映画と2015年(原田眞人監督)の2回映画化されていますが、その1967年版が映画館でまた上映され、観てきました。

 

 上映館は池袋の新文芸坐と名古屋のミッドランドスクエアシネマだけでした。

 

10代の頃見た映画ですが、記憶の遥彼方で、断片しか覚えていませんでした。

 ポツダム宣言受諾決定から、翌日正午の昭和天皇による玉音放送までの激動の24時間「日本のいちばん長い日」を、個人よりも「国家」「軍部」「官僚」という三つの視点からドキュメンタリー調にまるで息を呑むような緊張感と深い人間ドラマで描き出した傑作です。登場人物が非常に多く、

緊迫感を演出するためのスピーディな編集、岡本監督らしいテンポの良さ。

 雨の音、時計の針の音、兵士たちの足音――音ひとつひとつが、まるでサスペンス映画のような緊張感と躍動感に満ちていて、白黒映画であることで、余計にあの時代に確かに存在した「恐怖」や「絶望」「希望」をリアルに感じさせる。

 この映画は単なる「過去の記録」ではなく、戦争とは何か、平和とは何か、人間とは何か。観る者に深く問いかけ、静かに心を揺さぶってくる。

 そして観終わったあと、胸の奥に残るのは、言葉にできない静かな感動と、「戦争の愚かさ」「人はなぜ戦うのか」「生きるとは何か」「平和は当たり前ではない」という確かな実感。

 始めてしまった戦争を終わらせることが、どれほど困難でどれほどの覚悟を要したか。

 しかし、長引けば負ける戦争ということがわかっていたのに、逡巡している間に東京大空襲、日本各地にも空襲、更に広島、長崎に原爆が落とされて半年も掛からぬうちに数万数百万の人達が殺されても終戦を決断できない軍部及び政府の悲しさ。

 (余談だが、この意思決定にかける時間の冗長さは現代の日本の政治及び企業の大部分に連綿と続き、それ故混迷衰退化している。)

 戦後80年、今、世界中が、戦争のすぐそばまで近づいている。

 日本でも戦争近づこうとしている者が増えているが、安易に近づく前に、まず、その人たちには自分の身の一部を実際切ってみろ、親兄弟を殺される痛みをしっかり考え、それ以上の痛みを多くの人々に与えるということを感じてほしい。

『日本のいちばん長い日』は、まさに日本映画史に残る名作であり、未来に伝えるべき記憶ですね。

珍しく白黒映画でしたが、色がない分、心に訴えるものがあり、響きます。

 …………………………

ストーリー

1945年8月14日正午のポツダム宣言受諾決定から、翌日正午の昭和天皇による玉音放送までの激動の24時間を描いた名作ドラマ。大宅壮一名義で出版された半藤一利の同名ノンフィクションを原作に、橋本忍が脚色、岡本喜八がメガホンをとった。広島・長崎への原爆投下を経て日本の敗戦が決定的となった昭和20年8月14日、御前会議によりポツダム宣言の受諾が決定した。政府は天皇による玉音放送を閣議決定し準備を進めていくが、その一方で敗戦を認めようとしない陸軍将校たちがクーデターを画策。皇居を占拠し、玉音放送を阻止するべく動き出す。キャストには阿南陸軍大臣役の三船敏郎をはじめ、島田正吾、笠智衆、志村喬、小林桂樹、山村聰、加東大介、新珠三千代、加山雄三ら、当時の日本映画界を代表する俳優陣が集結。

 

 …………………………

1967年版の面白さ → ドキュメンタリー的群像劇、緊張感とスピード感、歴史の巨大なうねりを感じる。

2015年版の面白さ → 人間ドラマ、名優たちの演技、天皇と阿南の心理的葛藤を体感できる

「歴史好き」なら1967年版の群像劇に痺れるでしょうし、

「人物ドラマ好き」「俳優ファン」なら2015年版の方が胸に迫ると思います。

今年は戦後80年

 

・芸大出身で帝展入選の天才画家だった伯父、彰は太平洋戦争で戦死。

・衛(まもる)伯父は帰還はしたが戦地での深い傷が癒えず14年後亡くなった。

・現代彫刻家の伯父、博は沖縄戦で悲惨な死をとげたひめゆり学徒隊の鎮魂のために女神像を造り、1952年ひめゆりの塔として飾られた。

・私の子供の頃、街や神社の祭りなどで手や足のない傷痍軍人の方達をよく見かけた。

 

 戦後80年と言っても人生100年時代にはほんのちょっと前のことだ。

 

 

映画 『雪風 YUKIKAZE』 

 実在した日本海軍の駆逐艦「雪風」の映画 『雪風 YUKIKAZE が封切られ、すぐ観てきました。

 

 

 

太平洋戦争中、幾多の戦場を生き抜き、戦場で投げ出された仲間を救い続け、“幸運艦”“不沈艦”と称され、戦後には13,000人以上を復員輸送するなど、人びとの命をつなぐ「雪風」の姿が感動的に描かれ、一般の戦争映画のような戦闘や派手な大衆的な娯楽作品ではなく、戦争の冷酷さと、命の尊さを一層大切にする重みと深みがある冷たい美しさ。

 

 

静かに、しかし確実に胸に沈殿していく感情。観る者に「戦争の愚かさ」「人はなぜ戦うのか」「生きるとは何か」という問いを突きつけます。

 

良い映画でした。

 

 観終えたとき、心に残るのは轟音や爆炎の残響ではなく、静寂。

 

そこには、戦争の華やかさや勝利の栄光は微塵もなく、ただ無機質な空の広がりと、人間の存在の儚さが漂っている。

 

 

皆さんもどうぞご覧ください。

 

 

 

映画 『雪風 YUKIKAZE』 は今年8月15日より全国で放映開始されました。

 

 

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雪風 YUKIKAZE 60秒特報

https://www.youtube.com/watch?v=DHgxpJhdGPs

 

 

解説・あらすじ

1942年6月、ミッドウェー島沖。沈没目前の巡洋艦「三隈」に駆逐艦「雪風」が近づき、先任伍長・早瀬幸平(玉木宏)の指揮のもと、二等水平の井上壮太(奥平大兼)ら、海に投げ出された三隈の乗員が救出される。翌年10月、雪風に水雷兵となった井上や新しい艦長・寺澤一利(竹野内豊)が配属されるが、寺澤がミッドウェー島沖の救助をとがめたことから、彼と早瀬の間に緊張が走る。

実在した大日本帝国海軍の駆逐艦「雪風」にフォーカスしたドラマ。ミッドウェー海戦、レイテ沖海戦など、太平洋戦争の激戦をくぐり抜けてきた、雪風の乗組員やその家族らの姿を描く。メガホンを取るのは、助監督として『空母いぶき』などに携わってきた山田敏久。『シン・ゴジラ』などの竹野内豊、『沈黙の艦隊』などの玉木宏、『か「」く「」し「」ご「」と「』などの奥平大兼のほか、田中麗奈、益岡徹、石丸幹二、中井貴一らが出演する。

 

TRATTORIA TOPE      

     2025/8/2

 

 閉館後のヤマザキマザック美術館4階で古楽器演奏会(フランス ルイ王朝マリーアントワネットお抱え画家でもあったエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン作の名画リラを弾く女性」を中心に観ながらリラやプサルテリウム 等の18世紀の古楽器演奏)でゆったり音色に酔い、予約しておいた同じビルB2のイタリア料理店で食事をしてきました。

 

 …………………………

 

 お腹が膨れ過ぎると味覚が鈍るので、最後まで美味しく食べれられる様にどの料理店でも少し軽めにお願いしていますが、(写真でお気づきのようにどの料理も少し少なめです。 おかげで最後のメインディッシュからデセール迄余分な満腹感もなくで食べ終わりました。

 

 

 …………………………

 TRATTORIA TOPEの案内より

 

手間暇惜しまず仕上げた極上のイタリア料理

マザックアートプラザ(美術館)B2Fに店を構える【TRATTORIA TOPE】。イタリア料理の美味しさを余すことなく追求し、“粋なサービス”でお客様をおもてなしするTRATTORIA TOPEは、多くのグルメたちの支持を集める評判のレストランです。 是非、当店で至福なひとときをお過ごしください。

 

今夜のコース

 ディナーは8800円~25000円のコースがあり、初めてのお店なので、

【Speciale】(前菜、パスタ、お魚・お肉料理など全6品)¥15,000という中間のコースにしてみました。

これだとワインを入れると25000円~かな。

 …………………………

 

席に案内され

 

まずアペリティーヴォ

イタリア料理ですが、シャンパーニュを、そして

 今晩はロゼを注文

シャンパーニュ「パイパー・エドシック キュヴェ・ブリュット」

 1785年創業の歴史あるシャンパーニュメゾン「パイパー・エドシック」の代表的な銘柄で、王妃マリー・アントワネットやマリリン・モンローにも愛され、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞の公式シャンパーニュとしても知られています。

 洋ナシやリンゴのフルーティーなアロマに、アーモンドやヘーゼルナッツ、トーストのような香りが特徴で口当たりが良くバランスの取れた、フルーティーでエレガントな味わいです。 この様な説明。

 中々
 

⚫︎Sutzzichino

お口取り

  メジマグロと夏野菜のタルタル仕立てとトマトのジュレ

次のワイン 白

コローナ デル コッレ オッフィーダ パッセリーナ

品種:パッセリーナ 100%

 緑がかった麦わら色。エキゾチックな果実や白い花の香りがはっきりと感じられる新鮮さと軽やかさが特徴的。口に含むとフルーティーな香りが繰り返され

 

⚫︎Antipasto misto

TOPEの名物!!ワゴンサービスよりお好きな前菜4品セレクト

 

テーブル横にワゴン2台に沢山の料理が運ばれてきて、

 

料理それぞれの説明された。

 

どれも美味しそうなものばかり。このワゴンのものをたくさん選んでワインを楽しめたらいいな♪などと思いながら、ここから4品×2人分をセレクト。

 

 

 

次のワイン

マルケージ ディ バローロ ガヴィ

イタリアのピエモンテ州、ガヴィ地区で生産

ブドウ品種コルテーゼ種

緑がかった麦わら色で、リンゴやカモミール花の香りにリンゴや青いアーモンドなどのフルーティーでフローラルな香り

 

 

⚫︎Caruso&Minini Arancino Macerato カルーソエミニニアランチーノマチェラート

オレンジワイン

大きめの柑橘完熟した南国フルーツのアロマ。海のミネラル感。心地よい酸味と懐かしい甘味余韻は長く、複雑だがまとまりのある味わい。

 

 

⚫︎Pasta

本日のシェフおすすめのパスタ

 

Pesce

魚河岸より届いた新鮮な海の幸"のお料理

(その鮮魚にあわせた調理法で)

 今夜はヒラメのソテー ジロールダケ

 

ジロールダケはヤマドリタケ(ポルチーニ)やアミガサタケ(モリーユ)と並ぶヨーロッパ三大食用きのこのひとつで、別名あんず茸とも呼ばれ、あんずの様な甘酸っぱい香りがあり歯ごたえが良く、甘い香りとコショウのようなピリッとした食味。

 

良い味のソースになっている おいしい。

 

イタリア サレント地方の濃厚な赤ワイン

モンテメジャー 

 ダンザ デッレ スペード プリミティーヴォ

赤紫色でベリーやチェリー、チョコレート、スパイスのフレーバーで程よいタンニン

 

⚫︎Carne

 各地より届くこだわりのお肉料理

   (その時のおすすめのスタイルで)

 

今夜は、愛知県の蓬莱泉の酒粕を食べて育った源氏牛と蝦夷鹿

 

そうして

もう一杯  サンジョベーゼを

ラ・セルヴァネッラ キャンティ クラッシコ リゼルヴァ 2020 メリーニ

イタリアで初めてクリュ(単一畑)のコンセプトで造られたキャンティ・クラッシコのリゼルヴァワイン

深みのあるルビー色、ラズベリージャムやバニラ、シナモンなどの複雑な香りドライで濃厚な味わいです。

 

⚫︎Dolce

本日のデザート

ワゴンより3品をお選び下さい ということで

 

⚫︎Café

コーヒー又は紅茶

 

 …………………………

 

どの料理もほどほどのおいしさ。

 「これは特に美味しい!」 という目立った料理はなく、全体がうまくまとめられたお値段通りの味でした。

 ワインは卒のない女性ソムリエが上手に説明されながらいくので、ちょっと沢山飲んでしまった。

 

夕方ヤマザキマザック美術館で展覧会を見た時や、地下鉄 新栄駅から地下のまま徒歩1分でとても便利なので、ワインを楽しみながらいただくにはちょうど良いお店です。

 

 

 

TRATTORIA TOPE

愛知県名古屋市東区葵1-19-30 マザックアートプラザ B2F

052-932-8001

ヤマザキマザック美術館

 ナイトミュージアム 「中世ハープ&プサルテリウムコンサート」

    2025/08/02

 

ヤマザキマザック美術館は私の大好きな美術館で、ヴァトー、ブーシェ、フラゴナール等のロココ、新古典主義のアングル、ロマン主義を代表するドラクロワ、写実主義、印象派、そしてエコール・ド・パリ等、18世紀から20世紀にわたるフランス美術の名品が一望できるコレクションで構成されています。また、アール・ヌーヴォーのガラス工芸品、家具も展示しています。

その建物の内装はこれら18世紀からのフランス絵画を陳列するのに遜色ない、古きよき時代18世紀を彷彿とさせるすばらしい造りで、床も高級なフローリング。この豪華な作りは国内でも一二じゃないでしょうか。重厚なフローリングを歩くといい足音を奏で、音響効果の良さもあらわれています。

 

 

 美術館閉館後、展示ルーム内で、名画、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン作「リラを弾く女性」を中心に見ながら18世紀の古楽器演奏。

 

リュートやビオラ・ダ・ガンバ、チェンバロなど古楽器が大好きなので、逃せない演奏会でした。

とても素晴らしい会場と繊細で美しすぎる古楽器演奏、とても素晴らしい時間でした。

 

(残念ながら、演奏中の写真も曲の録音も禁止でしたから、その前後の写真と美術館のHPおよびイメージビデオを載せますね)

 

下記はSally Lunnさんによるイメージ演奏「プサルテリの響」です

https://www.youtube.com/watch?v=o5TDKRTboUI...

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 エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン1755年4月16日 - 1842年3月30日)は、フランスの画家で、18世紀で最も有名な女性画家であり、マリーアントワネットお抱えの画家であった。その後もローマやオーストリア、ロシアなどでも作品を描いている。

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演奏家

 Sally Lunn

   プサルテリウム(木箱に24本のピアノ線を張った楽器)

   シトール ギターのような楽器

   リラ(絵画リラを弾く女性に描かれているものを元に今回復元された楽器です)

 小坂理江

   中世ハープ

演奏内容

 

作者不詳・モンセラート写本より(14世紀)/悦びの都の女王

Wizlaw von Rügen/Der unghelarte

ウイツラウ・フォン・リューゲン (1255-1325年頃)/ 無学の吟遊詩人は

Jaufré Rudel/Lanquan li jorn

ジャクフレ・リュデル(12世紀)/遠を愛のうた

Alfonso Xel Sabio / Cantigas de Santa Maria 41

*AVirgen, Madre de Nóstro Sennor"

アルフォンソ10世編纂 (13世紀)/聖母マリアの讃歌集41番

「罪人に天国を与えた主の母マリア」

Seikilos epitaph / Hóson zs, phainou

セイキロスの基礎(紀元前21世紀株)/生きている限りば

Dom Dinis/Senhor fremosa

ディニス1世(1261-1325年)/しき貴婦人さえ

Hildegard von Bingen/O Viridissima Virga

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179年)/おお縁輝くよ

Toscana manuscript/Lamento di Tristano

作者不詳・トスカーナ写本より (14-15世紀)/ トリスタンの悲しみ

Laudario di Cortona / Fa mi cantar l' amor di la beata

作者不詳・コルトナ・ラウダ写本より (13世紀)/祝福されし御方の愛を

歌わせてください

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ヤマザキマザック美術館について

概要

当美術館のコレクションは、ヴァトー、ブーシェ、フラゴナール、シャルダンといった18世紀フランスを代表する巨匠たちが活躍したロココの時代から、新古典主義のアングル、ロマン主義を代表するドラクロワ、写実主義、印象派、そしてエコール・ド・パリ等、18世紀から20世紀に至るフランス美術300年の流れが一望できる内容で構成されています。加えて、19世紀末にフランスを中心に花開いたアール・ヌーヴォーを代表する工芸作家エミール・ガレをはじめとする作家達によるガラス工芸と家具調度品のコレクションも常設展示しています。

展示室の特徴

5階絵画作品の展示室の内装は、作品の特徴や時代様式にふさわしい素材を選び、設えています。フランソワ・ブーシェ作《アウロラとケファロス》は、ヤマザキマザック美術館が誇るロココ絵画の名品の一つです。縦約2.4メートル、横約2.6メートルの本作品も、天井高が5メートルを超す当館の展示室ではゆとりをもってご覧いただけます。 さらに、筆跡や色彩などを作者と同じ視線で鑑賞できるように、ガラス板、アクリル板を作品の額装から取り外しています。また、キャプション(説明パネル)の記載は最小限の情報にとどめ、制作当時の雰囲気を保つようにしています。古きよき時代を彷彿とさせる典雅な室内で、珠玉の作品との対話の時を過ごしていただけます。4階工芸作品の展示室では、ヨーロッパの専門メーカーに特注したケースに、ガレやドームなどが手掛けたガラス作品を展示しています。アール・ヌーヴォーが隆盛していた当時、フランスの邸宅に構えられた食堂を移築再現した部屋もあり、絵画の展示室とはまた異なる距離感で作品と向き合うことができます。

二十四節気 大暑、この名のとおりの暑さの中 恒例の生花でした。

 いつも当日までどんな花材が用意されているかわからないという面白さで、花材の形などを見ながらその場で生け方を決めます。

 

用意されていたのは

〈花材〉

スモークツリー

百合(ハイブリッド)

竜胆

ハイブリッドスターチス

八手

 

 

 

大暑ですから多少でも涼しそうに生けたかったのですが、

 百合の花はとても大きすぎて、こういう生花には不釣り合い。これは困ったと思いましたが、きてしまったものはきちんと使ってあげなくては百合が可哀想と思い、使いましたが・・・。

スモークツリーは多くの枝を持つ木で丸っこい葉っぱがたくさん付いているのでそれを半分くらいは取り去り使いましたが、それでも存在感がありすぎですね。

 百合がせめて半分の大きさであればまだ多少は良かったのですが

あまり涼しくなさそうな生花になっていますね。

    まあこれも何かの縁ですね

 来月もまだまだ暑いですが、涼しそうな花材だといいな

   ………………

花器 拙作

鎬花器

酸化志野 灰立乳白釉

2023年10月 恵那市文化祭入選

今日 7月12日は「裸の大将」山下清の命日でした。

 今も裸で天空の鉄道線路を歩きながら絵を描いていることでしょう。

 

 

 私の子供の頃、実家の玄関の正面に、子供が作ったような、でも、大人が作ったような、でもすっごく細かく丁寧に作った上手な不思議な花火の貼り絵が貼ってありました。玄関ですから毎日見ていて、それも日常の一つでした。

 

 それは「日本のゴッホ」とも言われた山下清の花火の絵です。

 玄関正面で毎日見える 何故ここに飾られていたのかわからなかったのですが、山下清をとても身近に感じていました。

我が家に山下清の絵があるのは、民芸運動草創期のメンバーであった吉田翔也さんの影の力でした。

 

 民芸運動草創期時からの主要メンバーは、柳宗悦・河井寛次郎・濱田庄司・バーナード リーチ・芹沢銈介・式場隆三郎・吉田翔也の7名ですが、

 吉田璋也は、日本初のプロデューサとなり陶器や家具の新作民芸品の開発を行い、河井寛次郎から民芸の母と呼ばれています。 また、全国に民藝を広めるべく、民芸店の元祖となるたくみ工芸店を鳥取と東京西銀座に開き、鳥取民芸美術館とたくみ割烹店をひらきます。

 式場隆三郎は、民芸の機関誌編集や数多くの文筆・出版を行います。

 

 式場隆三郎と吉田璋也は新潟医専(今の新潟大学医学部)の同級生であり、その頃から二人とも早くから雑誌「ホトトギス」などを愛読し、文芸の世界に憧れ「白樺派」の作家たちや柳宗悦、バーナード・リーチと知り合い民芸運動を共にした推進者でした。

 1956年8月、34歳の山下清は、清の才能を見出し指導し育てた式場隆三郎に連れられて、吉田璋也の招きで 鳥取の牛ノ戸焼きを訪問します。

そして8月22、23日には鳥取県倉吉市にある皆成学院(知的障害児施設)を訪問します。

二人はそんな間柄でしたから、吉田璋也は新民藝運動の最初の記念碑的作品の牛ノ戸焼を式場隆三郎に見せたかったのでしょう。

 そのあと、昭和31年8月22日鳥取県倉吉市にある皆成学院(かいせいがくいん・知的障害児施設)への訪問を依頼され快諾し、 児童の作品展の見学をしますが、この訪問は「裸の大将」「日本のゴッホ」と大勢の人たちが大歓迎されたそうです。

 皆成学院は児童の教育で陶芸に力を入れていて、一度におよそ700もの作品を焼くことのできる大きな登り窯を持ち、これを作り、陶芸指導などを手助けしたのが、中学の美術教諭をしていた染織家の吉田たすく(伊藤宝城の弟 私の父)でした。また、皆成学院の学校医は民芸運動推進者であり吉田璋也と懇意であった彫刻家の伊藤宝城(吉田たすくの兄で私の伯父)でした。

 『民芸・医者・皆成学院』

この繋がりで考えると山下清の皆成学院行きの提案を吉田璋也にしたのは、伊藤宝城であり、そして、兄の伊藤宝城へこの相談を一緒にしたのは弟の吉田たすくではなかったかと思われます。

 

 そして、山下清は倉吉で芸術家のサロンのようになっていた伊藤宝城宅を訪問しますが、そこで作品を作ります。

 

この写真の場所が、伊藤病院の外科入院患者の付き添いの方が泊まる部屋でした。

(山下清と一緒に写っているのが伊藤宝城です。)

 この部屋は広い庭に面して広縁がある3部屋続きの明るい部屋で、私が子供の頃、誰もいない日の雨の日に時々遊んだ部屋でもあります。

私の実家の玄関に花火が飾られたのはその頃ですね。

 

 

 私は、山下清作品は、美術展や、長野県茅野市の山下清放浪美術館(170点程陳列)などに行って観ていますが、色紙や新聞紙を切った理千切ったりして作る絵は微妙に立体となっていて、実物を見ると紙一枚一枚重なった厚さがこんなにも絵に影響を与え、その緻密な貼り絵はまさに彫刻のようにも感じます。

あの良さは、写真ではわかりません。

どうぞ皆様も是非本物を見て正面、斜め前、横からごらんになってみてください。

山下清(1922年3月10日ー1971年7月12日)

 生きていれば103歳でした。 合掌