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自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

アンゼルム・キーファー展があるということで、このために京都へ。

 次いでに2泊3日で7つの大型美術展と京の新緑の青紅葉を楽しんできました。

 

 出発一週間前の天気予報では3日間とも降水確率70%~90%で雨。中止にしようと思いましたが、今まで遠くへ出かける時、降水確率が高くても実際出かけると、何故かいつも、雨になったことがない。雨の日でも歩く時間帯は上がっているので、今回も大丈夫かなと思ったら、降水確率が少しづつ下がり、前日40%。実際は3日間20~30%に下がり、結局全く降らず晴れ間もあり、とてもいい感じで回ることができました。

 

 アンゼルム・キーファー展

会場は世界遺産二条城の二の丸御殿内の重要文化財 台所・御清所

 

青空の出てきた

二条城の大きな門をくぐり、

 

 

二の丸御殿の門から中に入りさらにその奥

 

 庭園奥に、高さ約9mの巨大な彫刻《ラー》が来場者を出迎える。

 

 

ラーとはエジプトの太陽神の名前だ。見上げると、パレットが大きな翼を生やしている。

 

 このパレットで描く未来は

   明か  暗か

 

 

 重厚な建物の重要文化財 台所・御清所の前へ

 

 400年の歴史の重みの豪壮な建物の外からは一体化したキーファーの巨大な絵の鎮座が見える

 

 

 

 

 一般的に展覧会の照明は科学的な灯で観るものですが、今回は二条城の生きてきた何百年間と同じ様に自然光での鑑賞です。

 晴れ間が出ると明るくなり、曇ると薄暗く移り変わる室内に注ぎ込む間接光の有り様で刻々と変化する。

 

 

 キーファーは、戦争の記憶や神話、哲学、宗教といったテーマを扱い、人間の在り方と歴史に迫る、重厚かつ壮大なスケールの作品で知られますが、

 今回も二条城という戰の時代からの長い歴史の建物も感じてきただろう「人類は同じ悲劇的な歴史を繰り返すのか」という設問をキーファーと共に表現している。

 

 その作品は深い思想と色使い、テクニックとしては多色の絵具が5cm位も分厚く飛び出ていたり石が付いていたりと、絵というより彫刻に近く、

 実際目にすると写真等では想像できない深奥と凄さでした。

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 二条城で行われる展覧会はこれで2度目ですが、今回も二条城という何百年もの時を超えた豪壮な柱や梁の建物が作品と融合して、生き生きとした建築空間に変わり

 作品と建築が共鳴しさらに大きな世界へと引き込むような、没入するような体験でした。

(写真をたくさん撮りましたが、どんなに撮っても作品の深みも凄みも全く引き出せません。残念ですが、実物を見るしかこの作品の素晴らしさは分かりません)

 建築とアートの関係を気にかけている人、絵は三次元、四次元だと思っている人には、必見だと思います。

 展覧会オーディオガイドは田中泯で、彼の声表現がこれがまた素晴らしく、この展覧会にとても合致してとてもよかったです。

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キーファーは、現代で最も重要なアーティストの一人と言われています。

 第二次世界大戦が終戦した1945年生まれ。戦争の傷跡が生々しく残る戦後ドイツで廃墟や瓦礫を遊び場にして育った。 その作品はドイツの歴史や戦争の記憶を扱ったものも多く、本展には戦後ドイツと日本の置かれた状況の比較といった観点も含まれる。

 第二次世界大戦終結、広島・長崎への原爆投下から80年の節目の年。更に今 現代も戦争の風がすぐ近くまで来ている。 今回開催される本展を通じて、様々問いかけています。

 二の丸御殿と同じ敷地で展示することは、江戸時代初頭以降の日本と西洋における美学、哲学、政治の関係性と親和性を考察する出発点となります。  

「アンゼルム・キーファー:ソラリス」展は芸術家の責任、現代物理学、仏教の親和性 ジャポニスムがキーファーの美学に与えた影響の考察、19世紀から20世紀にかけての日本とドイツ並行する歴史的の比較など、5つのセクションで構成されています。

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アンゼルム・キーファー ソラリス展

世界遺産京都 二条城 二の丸御殿の重要文化財台所・御清所

会期:3月31日(月)~ 6月22日(日)

 

 よろづよに

  かはらぬものは

    五月雨の

   雫に薫る

    あやめなりけり

        源経信

  【現代訳】

 いつの時代にも変わらないものは、五月雨のしずくに薫る紫色の菖蒲(あやめ)の花のすばらしさであるなあ。

 

 

先日投稿した皐月の生花ですが、まだ主の花菖蒲が蕾で全体にワントーン地味で、数日後満開の花となれば全体もうまく収まるでしょう。と書きましたが、ようやく花菖蒲の花が咲いたので対比させてみました。

 収まりはいかがでしょう

〈花材〉

花菖蒲

千鳥草(ラークスパー)

スプレー菊

八手

 器は 拙作 両翼花器  「飛翔」

今日は晴れ

犬の散歩を兼ねて

山へ

 ワラビ取り

 

 

 

刃物は一切使わず

生えてる上から親指と人差し指中指の三本で蕨の茎を持ち、

上にスーッと引っ張ると上の方7cm~12cmくらいでプツッと切れる。

この写真の長さです。

その短く切れた柔らかい部分だけ 今夜食べる一握り3~40本だけ採る。

 

手折りの手摘みの極みだ これ以上の贅沢はない 

 

採りたての超新鮮な新緑ワラビは2時間以内に軽く湯掻く。

折れた場所が柔らかく良すぎるので

茹で上がったワラビはあおあおとした緑だ。

店で食べるもののような黒っぽい緑のようなものは存在しない。

 

 

これほどのご馳走があろうか

新鮮で柔らかく、丸くやさしい春の苦味の至極のワラビに

合わせる酒は

 数年か20年ほど熟成させ

  角が取れて旨みの乗ったたちょい辛日本酒がよく合うだろう

 

  さて、どんな小皿に盛ろうか

合わせるぐい呑みはどれにしようか

 これを考えるのもまた楽し

 他に何もなくても贅沢な晩酌である

  この時期の蕎麦懐石に来られるお客様だけにはこの贅沢わらびも喜んでいただいている。

 また後日 犬に導かれて採りに行こう

とし月を

  まつにひかれて

   ふる人に

 

  けふ鶯の

   初音きかせよ

 

   源氏物語』 第二十三帖「初音より

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徳川美術館開館90周年記念 特別展 

 国宝 初音の調度 2025.04.12 (土)~2025.06.08 (日)

 

 私が初めて初音の調度を観たのはいつだったろうか おそらく40年も前ではなかろうか、そのあまりにも豪華で繊細で緻密な工芸の数々に驚いた思い出があります。

 と、書いてから、その時に購入した初音の調度の図録を思い出して取り出してみました。

 やはりそれは40年前、徳川美術館開館50周年の1985年(昭和60年)に発行されていた初版でした。その後も数年に一度位徳川美術館には行っていて、初音の調度も数回拝見しています。 そして今回また、復習も兼ねて行ってきました。

 国宝「初音の調度」は寛永16年(1639)、三代将軍家光の長女・千代姫が、三歳で尾張徳川家ニ代光友に嫁ぐ際の婚礼調度として誂えられました。 その豪華さは一日中見ていても飽きることがないと称えられて「日暮らしの調度」とも異称された程でした。それは、徳川美術館の1万件あまりの所蔵品の中でも一際、輝きを放つ、世界に誇る不朽の名品です。逸失の危機を乗り越え、計70件が一括で伝わる、江戸時代を代表する蒔絵の名品であり全品が国宝で日本漆工史上の最高傑作の一つといわれ、婚礼調度の歴史や形式を知る上でも不可欠な資料である。

この黄金に輝く精緻で豪華な大名婚礼調度、国宝「初音の調度」を全点一挙に公開されています。

テキストの画像のようです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「初音」とは

その年、その季節の最初の鳴き声。特に、鶯 (うぐいす) の鳴き声をいいます。

初音の調度は、

『源氏物語』 第二十三帖「初音(はつね)」の下記の情景を題材としたものです。

 新装なった六条院は、初春の陽にはえて、たとえようもなく美しい。正月元旦の夕方、光源氏は紫の上の六条院に来て新年の賀を述べる。そして、明石の姫君を訪ねると、ちょうど子の日にあたるので、童たちは庭の築山で小松を引いて遊んでいる。

部屋には母である明石の上より贈られた正月の祝物の、五葉の松枝にとまる鶯の作り物や鬚籠(ひげこ)・破子(わりご)が置かれ、それには

年月をまつにひかれてふる人に けふうぐひすの初音きかせよ

(現代訳= 長い年月、あなたにひかれて過ごして参りました。新年の今日、うぐいすの初音-初便りをお聞かせくださいまし)

という明石の上の詠んだ歌が添えられていた。

 源氏はわが子の便りをまちこがれる母の思いや、親子が離れ離れに暮す心情を不憫に思い、 硯をとり出して早速、姫君にお返事をしたためさせます。

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 使われているのは純度98%もの金粉や銀など高品質な素材が用いられていることや、質の高い木材が使われており、紅の綺麗な紅珊瑚も当時は良い色はアジアには無くて、ヨーロッパから取り寄せたそうです。

 この和歌の文字も蒔絵の中に一文字づつそっと入れてありますから、作品の中をよく探すと文字が見つかります。結構わかりにくいので探す楽しみもあります。

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 初音の調度の作者は、蒔絵を幸阿弥長重、書を梶井宮円融院(三千院門跡慈胤法親王)、金銀の彫金は後藤顕乗、 全体の意匠を岩佐又兵衛と、当時最高の芸術家達の名前が伝えられています。

 

昔から大曽根で蕎麦を食べようといえば八千代ですね

 

かつて大曽根オズモールに妻の店ラハールがある頃に時々行っていましたが、20年程前に大曽根駅すぐ近くに移転。

 こちらは普通の蕎麦屋と違い ゆずきりや茶きりなどの変わり蕎麦が特に良いです。変わり蕎麦を出す店は少ないですが、更に、ここまで味も香りも備わった変わり蕎麦は、よそではあまり食べられません。

 

さて、何をいただきましょう

 

今回は、天ぷらと

 

五色蕎麦を2120円を注文

 ゆずきり

 茶きり

 しらゆき

 並そば

 太打ち田舎そば

柚子きり

いい感じに柚子の香りと酸味が入っている 上手だね。

 茶きり

一般の店でよくあるお茶の香りもしないただ茶の色の蕎麦ではなく、きちんと茶のやさしい渋み味もいい感じに風味がでている

しらゆき

更科蕎麦のことでそばの中心の芯白(御膳粉・更科粉)で打った蕎麦。御前そばとも言います。

 真っ白で香りも味もおとなしいので、ゆずきり、茶きり等変わり蕎麦のベースとしても使います。

田舎そば

平打ちで3~4mmの超太打ち。

粒子は80メッシュくらいかな

腰もあり食感も良いが、粒子が細かい分旨みも飛ぶので勿体無いないが、鬼殻を入れても喉越しを少しでも生かすために粒子を細かくしてある。

 やはり変わり蕎麦が美味しいね、

   八千代さん良いお店です。

次回はゆっくり蕎麦前で一杯してから変わり蕎麦をいただきましょう。

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そばの切り方

江戸蕎麦では、蕎麦の並の太さは、定法として、切りべら23本と言って、一寸(3センチくらい)を23本に切るのがいいとされていました。

「切りべら」とは

 そば生地の「延した厚さ」と「切りの幅」が同じであれば切ったそばの断面はマッチ棒のように正方形になるが、 「切りべら」は「延した厚さ」よりも「切りの幅」が狭い(細い)、具体的には江戸のそば職人は、延した生地の幅一寸(3.03cm)を23本に切るのを基準にしていたので厚みを約1.5mmに延して23回で切ると一本の切り幅は約1.3mmになり多少縦長ぎみの長方形にはなるが麺自体を細くした勘定になる。このような例が「切りべら二十三本」である。「延しべら」は「切りべら」の反対の意味から出たそば用語で、延したそば生地の厚さよりも切り幅が広いことをいう。そばの断面は横長気味の平たい麺になる。形の上での例をあげると「きしめん」状になる。

手打ち蕎麦 八千代

住所

名古屋市北区大曽根3-5-22

JR、地下鉄共に大曽根駅から徒歩2分位です

 

 よろづよに

  かはらぬものは

    五月雨の

   雫に薫る

    あやめなりけり

        源経信

 

【現代訳】

いつの時代にも変わらないものは、五月雨のしずくに薫る紫色の菖蒲(あやめ)の花のすばらしさであるなあ。

 

 

皐月の生花

 何れ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)

 昨日花菖蒲(ハナショウブ)と杜若(燕子花かきつばた)をいただいたので、1階玄関に燕子花、2階玄関に花菖蒲を活けました。

今回は2階玄関の花菖蒲を投稿しました。

〈花材〉

花菖蒲

千鳥草(ラークスパー)

スプレー菊

八手

 まだ花菖蒲は蕾で若干地味ですが、数日後満開の花となれば全体もうまく収まるでしょう。

 器は 両翼花器  「飛翔」

   2017年11月作

 黄瀬戸地に織部釉垂れ流し  サビ+朱赤を飛ばす 焼きは酸化

  横幅60cm もあります。

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 こどもの日に向けて生花店で花菖蒲が流通する4月末~5月5日のものは開花調整を施されたもので、その頃には自然には咲いていません。

自然本来の花菖蒲(ハナショウブ)や杜若(カキツバタ)は、5月下旬から6月下旬ごろまでが見頃となっています。

 皐月の生花

 

 何れ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)

 昨日花菖蒲(ハナショウブ)と杜若(燕子花かきつばた)をいただいたので、1階玄関に燕子花、2階玄関に花菖蒲を活けました。

 

 

今回は1階玄関の杜若(燕子花)を。

 

燕子花だけ適当に盛花です。

 器は 鎬(しのぎ)花器

  酸化志野 灰立乳白釉

   2023年10月 恵那市文化祭入選

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 こどもの日に向けて生花店で花菖蒲が流通する4月末~5月5日のものは開花調整を施されたもので、その頃には自然には咲いていません。

自然本来の花菖蒲(ハナショウブ)や杜若(カキツバタ)は、5月下旬から6月下旬ごろまでが見頃となっています。

 「いずれあやめかかきつばた」という慣用句、これは甲乙つけがたい二人の美女を表現するものですが、其の出典(初出)先が見つけられません。しかし「いずれかあやめ」については、『太平記』巻21と『源平盛衰記』巻16で、

 御所に毎夜のように現れ惑わせる鵺(ぬえ)を退治した源三位頼政に対して、鳥羽院は菖蒲御前とほか2人の美女に同じ着物を着せて、頼政に「この中から本物の菖蒲御前を選んでみよ」と命じられた時に困った頼政は、和歌を読みます。

 五月雨に

  沼の石垣

水こえて

何かあやめ

  引きぞわづらふ

(五月雨で沼の水が石垣を越えて溢れていますので(わたしの胸の思いが溢れていますので)どれがあやめなのか引き抜くのをためらって病んでしまいます)」

 「あやめ」と「かきつばた」はとてもよく似ていて二者の区別ないしは二者択一が難しい、「いずれ菖蒲」の形では複数から一つを選ぶのが難しいという意味合いが強くなります。

嬉しい悩みですね、

五月雨とは5月の雨ですが、旧の暦ですから、実際は6月。梅雨の雨のことで、

  五月雨を 集めて早し 最上川

 芭蕉の句にあるように 川や池に一年で一番水がたくさんあり、日本の豊富な水が実感できる時期ですね。

沖縄が梅雨に入りましたから、あと2週間もするとこの地方も梅雨入りかもしれません。

 

雨降れば

稲がどんどん大きくなりますね、

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何れ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)

さあどの花が そうでしょうか

 

 

 

 

杜若 燕子花(カキツバタ)

尾形光琳による金屏風の「燕子花図」がとても有名ですね。優美な花姿と、美しく広い葉が古くからから愛され、いけばなでも伝統花材として各流派で重宝されてきました。

 

 

菖蒲・文目(アヤメ)

 アヤメという名前は、花びらの根元の網目模様を「綾織り(あやおり)」の模様にたとえて名付けられたと言います。

「アヤメ属」と言うように名称の知名度は高いですが、杜若(カキツバタ)や花菖蒲(ハナショウブ)と比べると、伝統的にいけばなで使われることが少ないため、花材としての流通は少ない花です。

 

「菖蒲(ショウブ)」という漢字を当てて、「アヤメ」と読ませることからも、かつてから日本人が菖蒲(アヤメ)と花菖蒲(ハナショウブ)の判別に困ってきた歴史がわかりますね。

 

 

その中でも一番特定しやすいのが菖蒲(アヤメ)です。見た目としては、花の根元の網目模様が特徴的な点で杜若(カキツバタ)や花菖蒲(ハナショウブ)と判別可能です。湿地ではなく山や草原に花を咲かせる点でも違いは一目瞭然で、菖蒲園などで水辺に植えられているものが菖蒲(アヤメ)であることはありません。

 

同じく水辺に生えている花菖蒲(ハナショウブ)と杜若(カキツバタ)は本当に見分けが難しいとは思いますが、開花した花で判別できるなら、花びらの根元が黄色い線なら花菖蒲(ハナショウブ)、白い線なら杜若(カキツバタ)です。花が咲いていない時には、葉のスジや太さで見分けることもできます。

 (青山花茂HPより参照)

 

写真の 上:花菖蒲(ハナショウブ)、中央:杜若(カキツバタ)、下:菖蒲(アヤメ)

流れゆく
  桜のゆらぎ
   青海波

  波の織りなす
   春の打ち掛け

 花にあそぶ 水の織物
   2025/04/19

      周之介
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風がささやくと 桜の花びらが粉雪となって舞い 水面に集まって来ます
 桜の錦を織り進めなさいと風がささやき
  粉雪桜が水面へ増えていきます

 流れの波で
  水面(みなも)は揺れゆれ
    桜が揺蕩う(たゆたう)
   まるで織り上げた着物の打ち掛けが歩くたびに揺れる様に
    

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 「青海波」は皆様ご存知の様に「せいがいは」と読み、
着物などの染物柄の一種で、穏やかな波がどこまでも続いている様子を表現した模様を意味します。「未来永劫に」「平穏な生活が続いていくように」という意味が込められた縁起のよい柄とされています。また、災厄を水に流して清める模様ともいわれ、厄除けの意味が込められることもあります。

岐阜県現代陶芸美術館

「卒寿記念 人間国宝 鈴木藏の志野展」

2025年 3月29日(土)~ 6月1日(日)

 

案内より

日本の、そして現代美濃陶芸を代表する陶芸家、鈴木藏(おさむ)氏(1934年生)は、荒川豊蔵(1894-1985)に続き、二人目の「志野」における重要無形文化財保持者(人間国宝)です。令和6年度、文化功労者に顕彰されました。  

 鈴木藏は岐阜県土岐市に生まれ、多治見市市之倉の丸幸陶苑に勤務する父の助手として働き1966年に31歳で独立。薪窯でしか焼けないとされていた「志野」にガス窯で挑戦し、自然への畏敬の念を重んじ、伝統を大切にした中から独自の作陶スタイルを確立していきます。 

 「志野には日本人の美意識の独特さと素晴らしさがある」と語る鈴木藏。作品を作るなら「新しくて、力強いもの」という姿勢を崩さず今日まで取り組んできました。 本展では2024 年12月に卒寿を迎えた鈴木藏の初期から最新作までを一堂に展示します。

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 日本一の陶磁器産地である東濃には幾多の人間国宝の方がおられますが、その中でも鈴木藏氏は荒川豊蔵に次いで私が好きな作家で、

今回は鈴木藏の様々な志野がじっくりとみられますし、志野がこれでもかという位陳列されていて、金剛これだけ沢山の志野をまとめて見る機会も無いと思いますので、好みのものからその他まで皆様もこの機会にどうぞお楽しみください。

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 美濃焼とは、

岐阜県の東濃地方=東美濃地方(多治見、土岐、可児、瑞浪、笠原など)で作られる陶器で、歴史的には、安土桃山時代に黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部などの基本の焼物がこの地で生まれ、茶道で使われる陶器「茶陶」としても素晴らしい品が多く生まれています。

 現代では陶器のみならず炻器、磁器まで含め、ピンからキリまでありとあらゆる焼物が作られて日本一の陶磁器生産量になっていますが、そのことにより、これだという特徴がないのが美濃焼の特徴ともなって美濃で焼かれたものはなんでも美濃焼という状況になっています。

 今後は、削ぎとるもの、発展させるもの新しく生まれるもので、「美濃焼とはこういうものだ」と誰にでもわかり誇れる世界を確立してほしいと望んでいます。)

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志野

安土桃山時代に日本人が作った初めての白い焼き物といわれています。

室町時代の茶人・志野宗信が美濃の陶工に命じて作らせたのが始まりとされ、可児市久々利から土岐市泉町久尻にかけて産出する五斗蒔粘土やもぐさ土という鉄分の少ないやや紫色やピンク色がかった白土を使った素地に、志野釉(長石釉)と呼ばれる長石を砕いて精製した白釉を厚めにかけ焼かれる。通常、釉肌には肌理(きめ)の細かい貫入や柚肌(ゆずはだ)、また小さな孔が多くあり、釉のかかりの少ない釉際や口縁には、緋色の火色と呼ばれる赤みのある景色が出て優しい白色にうっすらとした緋色が入っています。

 絵などの柄が付けられていない「無地志野」を基本に、絵志野、鼠志野、紅志野、練込志野などの種類があり、国産の茶碗では2つしかない国宝に志野茶碗「卯花墻(うのはながき)」が指定されています。(他の一つは本阿弥光悦の楽焼白片身変茶碗で銘不二山)

志野は安土桃山時代はずいぶんもてはやされたようですが、江戸時代になり、徐々に技術が失われていき幻となっていましたが、荒川豊蔵が魯山人の星ヶ丘茶寮にいた頃、岐阜県可児市大萱の山の中の古窯跡を調査して破片を発見し、志野を再現しました。

(荒川豊蔵はその後志野と瀬戸黒の人間国宝になっています)

黄瀬戸

「瀬戸」の名が付きますが、瀬戸黒と同様に美濃で焼かれたもので、中国華南で生産された三彩陶器の交趾(こうち)焼の影響を受けて安土桃山時代生まれたとされ、食器が中心です。

あたたかみのある柔らかな黄色に、所々緑色の織部釉で植物の文様が描かれているのが特徴の焼き物です。

瀬戸黒

安土桃山時代にうまれたもので鉄釉を施し、釉薬が溶けている途中で窯内から引き出し、急冷させて黒色釉としたもので高台が低い半筒の形で作られる独特の黒色の茶碗が特徴です。

黒茶碗も結構好きで、長次郎の黒楽茶碗は好きですが、瀬戸黒は肌の黒がマットで深みがないものが多くて、今までで良いと思ったのは1、2点しかなくて、あまり好みのものに出会っていません。

織部

安土桃山時代に、茶人の古田織部が、自分の好みに合わせてつくらせた焼き物で、千利休は渋みのあるシンプルな「詫び寂び」な器を好んでいましたが、その弟子である古田織部は利休の好みとは正反対といえる「織部好み」で作られた織部焼は、ゆがみも味わいとみるだいたんなフォルム、鮮やかな緑、鉄を含んだ顔料で描かれる文様や絵は、ほかの焼物にはない自由で豪快なフォルムや奇抜な文様が特徴となっています。 織部黒、青織部、志野織部など形や模様もたくさんのものがあります。

 

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 今回の展覧会とは関係ありませんが、現代の志野茶碗を見てきましたので、最後に江戸時代の志野も1点。

江戸時代 絵志野 檜垣 山文 茶碗

数百年の時代の乗った私のお気に入りで、自宅でたっぷりとお茶を点てて飲んでいる志野茶碗です。

 

余談ですが、

 鈴木藏氏の「力強いもの」という言葉からも想定するように、日本各地の現代作家のお抹茶茶碗はどっしりとした大ぶりのものが増えていて、使うより飾ることに主眼が置かれているように感じてしまいます。 立派に見えて陳列映えには良いのですが、実際にお抹茶を点てて飲む時には、ちょっと大きく重く、大きすぎて掌に収まりにくく、口縁も分厚いものが多く飲みづらく、大きな男性には良いですが、女性や非力な方にはちょっとね。っと思うものが増えています。もっと繊細で使い易き飲みやすい美しい碗もほしいですね。