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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

 

萌え出ずる

  淡きみどりの

    青紅葉

 

   たずねてむかう

     永観堂

 

 

 

 新緑の繊細で淡い緑を楽しみたいと思い

  中でも美しいのは青紅葉

 

 その美しさをもとめて、昨秋来たばかりの禅林寺(永観堂)へ また伺いました。

 

 

青紅葉に白着物 清々しさが溢れています

 

 

 秋の紅葉も見事ですが、この繊細な美は新緑五月の青紅葉にまさるものはないですね。

 

あじさいの

  魅力のもとは

    五月雨の

 

     涙に濡れて

    洗ふなれこそ

 

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 五月雨(さみだれ)は和暦五月に降る雨で、梅雨のことです。毎日のように降り、野山を潤し、田に水を送り大河をつくり海に帰り、また空へ

 輪廻転生 人も然り

 この五月雨の長雨に一番映えるのは紫陽花ですね。

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 淡く咲き

  やがて濃く咲く

    紫陽花の

 

   思いも同じ

    我が恋の道

 

 戦国時代末期、角倉了以により開削された高瀬川源流庭苑に小堀遠州が茶庭を作庭し、その後明治時代の元勲・山縣有朋が手直しして別邸とした、すばらしい庭園と建物の見学をして、その奥にある鴨川を臨む川床を楽しみました。

 

今はもう梅雨。

梅雨の頃になると必ず食べたくなるものがあります。

 

 それは潤菜と鱧。 なぜか5月終わりから6月ごろになると食べたくなるのです。

 

潤菜は万葉集でも夏の季語で、5月上旬から8月に出回りますが、梅雨が近くと美味しくなり

独特のぬめりとつるりとしたのどごしは、ああ初夏だなっとおもわせるうれしい味覚です。

 

 私の子供の頃は高級食材で、並の日本料理屋さんでは使わず、潤菜が入っていたらこの店は高級店だと言われていました。

 

食通・谷崎潤一郎も愛した食材で、きせつになると、京都の浜作に行って鱧とともによく食べていたそうです。

 鱧(はも)は古くから京都の夏の風物詩であり、「祇園祭に鱧なしはありえない」と言われるほどでした。

谷崎潤一郎、魯山人、池波正太郎など食通も愛した食材であり、白洲正子も大すきだったそうです。

 鱧は骨が多くて骨があたり嫌いだという人がおられますが、それは機械で骨切りをしたものか下手な料理人の鱧です。

年々格好ばかりで、骨切りもまともにできない店が増えていますから、そういう店でたべるからそうなるのですが、

鱧は普通の魚と違い皮下埋没骨が多いため、きちんと骨切りしないと美味しくありません。

 名古屋では、上手な鱧の食べられる店がなくて、季節になると毎年京都に食べに行っていました。しかし年々、京都も腕の確かな料理人が減っていますね。

 数年前は、京都にまで行くのが億劫と、地元で腕が一番という日本料理店に行き、鱧を注文したら、口の中で骨が当たり、長さ1cm程の骨が数本出てきて唖然。素人でもここまで下手にはできないのにと笑ってしまったこともありました。

 鱧の骨切りは「一寸に25本」(1.2mm間隔)という言葉があり、本物の料理人は、皮一枚を残しつつ精緻に骨を断っていきますが、生魚ですからこれがなかなか難しく、一般的には2mm~3mm位で骨切りされています。

しかし、それでは骨が感じたり当たる感じでよくありません。

 私はさらに細かく1mm位の超細かさで骨切りしたものが好きで、その葛たたきや湯引きなどは、花のようで、口に入れるとホロホロととろけるような味わい。 ああ初夏が来たなと至福な思いになります。

 (この細かな切り方は、蕎麦でも、喉越しを大切にする江戸蕎麦には「切りべら23本」というの定法があり、1寸を23本(=1.3mm)に切るのが良いとされていますが、よく似た切り幅ですね。これも、現代の手打蕎麦屋でここまで細いそばを出す蕎麦屋は随分と減り、今や1割もないくらいです。)

 京都で何度か行っている拘りの日本料理屋の大将によれば

 ・鱧切りをして冷蔵庫に保存するから皮が硬くなり身と皮が離れてしまう

・客が来てから生きた鱧を買いに行くぐらいが最上

 ・客の目の前で骨切りをするぐらいが一番美味しい

  ということで何よりも鮮度が大切ということです。

潤菜と鱧はこの時期の京料理には外せない食材で、

  今回は京都ですから、多分料理に出されるでしょうから、楽しみです。

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 今まで数回行った川床は、こぢんまりとした貸切の所で、2~4人位でゆったりと過ごしましたが、今回は初めて、何組かの客がいる広い席での椅子席での経験です。

 やはりこれではカジュアル感が出過ぎて古都京都の納涼をゆったり楽しむという感じはとても弱くなりますね。

 

 本日31日の天候は、1週間前に見た天気予報は降水確率90%雨、これでは床は無理だなっと思いましたが、私は晴れ男、またなんとかなるんじゃないかなっと気楽に構えていました。3日前の予想では降水確率が60%へ減り。 そして、前日にみた予想は30%となり、やはり今日はなんとか雨は降りませんでした。やはりいつも雨が避けてくれます。 ただ、5月末というのに夕方の気温18℃くらい。半袖では少し寒い。これは予想もしていませんでした。

 

夕方、まだ明るく他の客はまだ少ない頃お邪魔して 席に案内され、

 

さて、お料理をいただきましょう

 

まず最初は冷酒を頼み

潤菜と鱧はあるかな?

 

 

⚫︎前菜

早速

 潤菜があった。

  嬉しいな

 甘鯛の粕漬け

 牛肉時雨煮

 菜の花お浸し

 串は蕪ワインビネガー漬け

 海月とくこの実の寒天寄せ

 

冷酒はよいが 寒い

日が暮れてきて気温15℃くらい。京都は暑いからと半袖Tシャツに薄い長袖を着ましたが、風が強くてとても寒くブランケットを借りて肩に掛けましたが、それでも寒く、日本酒の熱燗を注文。

 

⚫︎鱧の湯引き梅肉

この季節の京は

   当然 鱧ですね

 

寒いから、先程の熱燗は直ぐ飲んでしまい、また日本酒の熱燗、これはとても熱くしてと注文した。

寒くて更にブランケットを1枚お願いした。

本当に川床は暑かったり寒かったりちょうど良い気温に当たるのは難しいですね。

 

 

⚫︎お造り

 

⚫︎豆乳鱧鍋

鱧 野菜 榎茸 生湯葉を入れ沸騰したら鱧を入れていただく。

温かくてうれしい

 

⚫︎冬瓜にジャガイモ冷製スープ

ということはビシソワーズだね

海老 冬瓜 ミニ玉葱 人参が入っている

冬瓜の横には季節ものの紫陽花添えて

 鴨川の

  床(ゆか)で食する

     ビシソワーズ

結構美味しかったが、寒いのでちょっとこまる

 

少し暗くなり客が増えてきた。半分以上がインバウンド

 

⚫︎鮎の塩焼き

 

⚫︎寿司

  穴子

  海老

  鯛

 

味噌汁は京の赤味噌

三河の赤味噌と違ってアクがなく上品

 

デザート

ご馳走様でした。

食事の後 再度、建物とお庭を見学させていただきました。

 

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 川床は晴れても暑すぎず微風があり湿度が低くい日があると最高なのですが、

今回も5月31日だから寒くはないだろうと思ったら、気温が低く風も出て寒すぎでした。7月に入ってくると京は風雨が良くても床は暑くて納涼どころではなくなりエアコンの効いた部屋に入りたくなりますし、梅雨の晴れ間の日が良いですね。

いつものことですが、川床は天気と気温が難しいです。

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和食がんこ 高瀬川二条苑  納涼川床(かわゆか)料理 2025/5/31日

 山縣有朋の別邸だった『高瀬川源流庭園』(無鄰菴)が 見学できます

京都市中京区木屋町通二条下ル東生洲町484-6

• 京阪電鉄本線 三条駅 徒歩7分

地下鉄東西線 京都市役所前駅 徒歩4分

昨年末に 山縣有朋の別荘の無鄰菴のお庭と屋敷を拝見して、とてもよかったので、今回京都に来るので食事をする所を探したら、第二無鄰菴というのが見つかり、ここの建物と庭も観てみたいと思ったら日本料理と鴨川の床(ゆか)もやっているということで、これは丁度良いなっと思ったら、お店は

「がんこ」という名。

 ずいぶん昔ですが、以前会社勤めをしていた頃、若手主催でチェーンの安い焼肉屋に行ったのが「がんこ亭」という店だった。牛肉もとても安いので、大丈夫か?と思ったら、案の定、その牛肉は薬臭くて食べられなかった。

これが脳裏にあり

 「がんこ」が経営?  無鄰菴で鴨川の床(ゆか)なのに?

よく調べたら「がんこ亭」と「がんこ」とは全く別物で やれやれ 一安心。

 

 

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 がんこの案内より

 ここは戦国時代末期1611年頃に、豪商・角倉了以により開削された高瀬川の源流庭苑に、その後明治の元勲・山縣有朋がその別邸として建築した。そして、第三代日本銀行総裁・川田小一郎など、名だたる資産家に受け継がれてきた。

 街中ながら広大な日本庭園があり、東を流れる鴨川の分流・みそそぎ川の水が庭園の池に流れ高瀬川へと注ぐため、「高瀬川源流庭苑」と呼ばれている。江戸時代に小堀遠州が茶庭を作庭し明治時代に 七代目小川治兵衛が手を加えるなど、家主の嗜好に合わせて少しずつ変化をしてきたものの、角倉了以の時代に造られた原形を留めており、在りし日の姿を偲ぶことができる。

明治時代などの名残を感じられる建物にも注目を。名士の別邸として活躍した誇りが宿る空間で料理長自慢の季節を感じる和食を味わいましょう。

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 到着して、まず、小堀遠州が茶庭を作庭し明治時代に 七代目小川治兵衛が手を加えたお庭を拝見。

 

 

高瀬川は角倉了以によって、開削された運河で、先斗町など京都の中心部を通り伏見へと流れますが、その最上流は角倉了以の別邸跡(がんこ高瀬川二条苑)のお庭の真ん中を流れていて、とても見事。

 (余談ですが、邸宅の中に川が流れるというので思い出すのは、フランク・ロイド・ライトの 落水荘。これは建物の中を谷川が流れていて、コンクリート建築では世界一番好きな建物です)

 大きな池がある庭園はよくありますが、ここ山縣有朋の別荘は庭の中央におおきな川が流れ、それを中心に作庭してある。

そしてこの川は、戦国時代末期にこのお庭を作った豪商・角倉了以が作り、この下流から運河の高瀬川へとながれる素晴らしいところです。これだけ豊富な水量が流れる庭 なんて素敵でしょう。

 もうすこし後日には、蛍がくるそうです。

 次回は蛍の頃に来ましょう。

青紅葉がとてもうまく植栽してあるから、紅葉の頃はみごとでしょうから、紅葉の頃もいいでしょうね。

 山縣有朋のお庭を拝見した後は鴨川を臨む鴨川納涼床ですが、それは次回に。

 

 

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和食がんこ 高瀬川二条苑  納涼川床(かわゆか)料理

 山縣有朋の別邸だった『高瀬川源流庭園』(無鄰菴)が 見学できます

京都市中京区木屋町通二条下ル東生洲町484-6

• 京阪電鉄本線 三条駅 徒歩7分

地下鉄東西線 京都市役所前駅 徒歩4分

 京都の川床と川床

  かわどこと かわゆか

 

京都の夏の風物詩のひとつに、川風にあたり清流を見ながら涼をとり飲食する「鴨川納涼床」「貴船の川床」などの「床」があり、

 鴨川沿いを夕方から夜にかけて歩くと川沿いに灯りが点り納涼床は涼しげですね。

 

 

 

 

 

貴船に行くと谷川の上に作られた床は、いかにも涼しそうで、それぞれ違った風情をたたえています。

 

 昔々学生の頃、神戸と東京の遠距離恋愛をしていた頃、京都で待ち合わせのときは、貧乏学生なので、休憩やお昼は、お店に行くのではなく、鴨川の土手に座りおにぎりやお弁当などをよく食べていました。

 社会人となったバブルの頃。ファッションのバイヤーで京都筋の生地屋さんやアパレルとの商談で度々京都に来ていて、商談が終わると夕刻から鴨川床の先斗町エリアのお店の部屋を貸切で行っていましたが、雨降りも風の強い日も暑すぎる日もダメで、天気や気温との兼ね合いがなかなか難しいのも床の特徴です。

7.8月に行くと川風があっても京都は暑すぎて、床に長くは居れません。しばらくするとエアコンの効いた座敷へ戻りますし、 5回のうち2回位は途中で雨が降ったり風が強くて座敷に引き上げるなど、なかなか最高の状態で床を楽しむのも大変です。京都の夏は暑すぎるので、鴨川納涼床に行かれるのでしたら、梅雨に入る前と9月中旬以降が最適ですね。

 

 かつては床に座布団で胡座や正座をして納涼床を楽しんでいましたが、現代は様変わり、座敷はずいぶん減り、カジュアルで椅子式になり、朝から営業のモーニング床やカフェ床、焼き肉床、フレンチ床まであるそうです。

 

 ところで、「川床」の「床」の呼び方は「かわどこ」と 「かわゆか」の2つがあり、鴨川と貴船で違うのですが、私も時々迷うことがあります。

  さて、どっちがどっち?

 

 

 鴨川は「かわゆか」貴船は「かわどこ」です。

 

鴨川の床(ゆか)

鴨川沿いの納涼床は「江戸時代には、すでに床(ゆか)と呼ばれていたようですが、鴨川の川面からは3メートル近く上の「高床(たかゆか)」だったからかもしれないとか、はっきりとした答えはない様です。

 貴船で納涼床が始まったのは大正時代頃と言われており、「貴船は京都からみて地理的に奥まった所にあるため、『床の間』の『床(とこ)』にちなんだとも、鴨川の床(ゆか)に遠慮したともいわれているそうです。

 鴨川の納涼床は、歴史も古く、桃山時代に始まると伝えられています。鴨川西岸、二条から五条の間の、上木屋町、先斗町、西石垣、下木屋町のエリアの料亭・旅館など100軒あまりが5月1日から10月15日迄、毎年河原に櫓で「床」を組み立てて営業して、終われば解体されて、また翌年組み立てるそうです。

 

「鴨川納涼床には

 ・席は鴨川に背を見せない

 ・鴨川の自然と調和を考えて

 ・音楽は流さない

 ・床の足元は板敷

 ・天井は葦簀(よしず)

・隣り合う店ごとの床と天井の高さはそろえる。

などの暗黙の了解事項があり、江戸時代から守られているそうです。

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 今まで京の川床は、貴船では、右源太やその他で3度ほど、鴨川の川床は5、6回行きましたが、今回また久しぶりに鴨川へ。

 今まではこぢんまりとした部屋を貸切で、床に座布団で座り静かにのんびり酒肴でしたけど、今回初めて椅子席で、更に鴨川でも1、2の広いスペースでの経験です。今までとは随分違い、ちょっと風情はシラけますが、 新しい体験。とても楽しみです。

 

 7つの美術展を観る京都2泊3日の旅は

初日、二条城でとても素晴らしいアンゼルム・キーファー展を拝見したので、今日も期待。

 

2日目の予定 京セラ美術館 次に京都国立近代美術館

 京セラ美術館   朝、会館と同時に入館

  1モネ  睡蓮のとき

  2、草間彌生 版画の世界―反復と増殖―

  3、特集「染織をめぐる冒険―京都の作家を中⼼に」

京都国立近代美術館

  4,、〈若きポーランド〉-色彩と魂の詩うた  1890-1918

京セラ美術館では草間彌生とモネという両極のような作家と、現代染織「染織をめぐる冒険―京都の作家を中⼼に」の全く違う3つの世界が同時開催で、京都国立近代美術館は日本初のポーランドの展覧会。これもまた他とはちがい、全てが別の世界で楽しい一日でしたが、ちょっと見過ぎ。美術展は頭の中で様々なものがぐるぐると錯綜しとてもグロッキーです。

 

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モネ  睡蓮のとき

2025年3月7日-2025年6月8日

会場[ 本館 北回廊1階 | 本館 南回廊1階 ]

上野の国立西洋美術館(2024年10月~2025/2/11)→京都市京セラ美術館→愛知の豊田市美術館と巡回

案内より

 日本初公開作品7点を含む およそ50点が春の京都に集う、究極のモネ展。

大画面の〈睡蓮〉に包まれた、風景の中へ。

 世界最大のモネ・コレクションを所蔵するパリのマルモッタン・モネ美術館より、日本初公開作品を含むおよそ50点が来日。さらに日本各地に所蔵される作品も加え、モネ晩年の芸術の極致を紹介します。日本では過去最大規模の〈睡蓮〉が集う貴重な機会となります。

本展の中心となるのは、この試行錯誤の過程で生み出された、2mを超える大画面の〈睡蓮〉の数々です。

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  この様に書かれていました。

  「究極のモネ展」とはすごい言葉 期待大ですね。

 私は子供の頃から美術が大好きで、展覧会があると遠方でも本当によく観に行っていました。遠い京都でも展覧会があると、小学6年生の頃から、故郷の鳥取県倉吉を夜10時発の普通夜行列車(京都夜行)で朝5時京都着で、何度も展覧会に行き、その日の京都夜行で倉吉へ帰っていました。そうやって何十年も沢山の展覧会や、モネの作品も見てきましたが、また、今回も復習を兼ねて書いてみます。

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 クロード・モネ(1840−1926)は“印象、日の出”をはじめ、多くの名画を残しており、生涯で2000点近い油彩画を描き世界中の美術館で鑑賞できます。モネは家族などの人物画も描いてはいますが、彼が主に描いたのは風景です。

 モネと言えば「睡蓮」という位有名ですが、睡蓮の絵を描くようになったのは、40歳代後半。1890年浮世絵やジャポネスクに触発されてパリ郊外のジヴェルニーに睡蓮の咲く大きな庭を作ってからです。

 ジヴェルニーに屋敷と土地を購入し、 創作以外のほとんどの時間を庭仕事に充て、数人の庭師を雇いながら、家の前に理想の 「花の庭」を造園しはじめます。

 一見無造作に植物が生い茂っているように見えるものの、緻密に設計された庭。 外国から輸入した珍しい植物をはじめ数百種類にもおよぶ花々が春から秋まで色とりどりに咲き誇りました。3年後には近隣の土地を買い足し 「水の庭」を造り始めます。 柳や楓など背の高い木々や、菖蒲や燕子花を、 そして池には睡蓮を植えています。日本の浮世絵の影響を受け、池には 「ル・ポン・ジャポネ (日本橋)」と呼ばれた太鼓橋を設置、 藤棚まで作りました。

 30年以上理想の庭を作り続け、 80歳代の晩年まで睡蓮を描き続け、なんと 300点近く描いております。

 日本人は印象派、中でもモネが本当に大好きで、モネ展はいつも混んでおり、2、3年に一度は必ずどこかで印象派展でモネやモネ展があるというくらい何度も何度も開催されていますから、私も「睡蓮」は数えきれないほど観てきて、おそらく画家の中で一番たくさん観たのがモネだと思います。

 今まで、数々のモネの展覧会があり、その展覧会の中のコーナーで「睡蓮」をまとめたものはいくつかありましたが、今回のように「睡蓮」だけに特化した展覧会は初めてだと思います。

 この「睡蓮」に特化した展覧会は、どれだけ素晴らしい大作が出品されているかすごく期待して行きました。

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独りよがり感想ですが、

まず、来館者ですが、やはり予想通り、モネは他と比べると特に多いですね。

 「睡蓮」だけに特化しただけあって、過去最大といってもよいくらい作品数は多く、大きな作品が多数ありました。

池に浮かぶ葉、水中に漂う水草、水面に反射する空や池の周りの木々など描き、夥しい数の睡蓮を描いた絵などすばらしいですが、

  ただ、過去私が観てきた あの素晴らしいモネの最高の壮大な睡蓮の池の絵べると、何か少し物足りなさが残りました。

 素晴らしい作品が多いのに、何かが足りない。

 今回はモネ晩年の作品中心であり、白内障を患ってからの作品も多く、ぼやけすぎていたり、異常に赤かったり暗かったりしている作品も多く、「あれ?ドガ?他の作家?」などと一瞬思うような絵も出品されていて、モネらしい光によって生み出される複雑な色彩の水面(みなも)の美しさや、「静寂の奥にある透明感」を感じさせるような作品はあるにはありましたが、

 なんとなく少なく、

  習作のような  そう 習作や二番目作品のような感じの作品が多くある感じで、感動がやや少ない展覧会でした。

 モネは自らの美術館構想で、オランジュリー美術館で楕円の大きな壁を飾り尽くす大装飾画の構想を考えており、モネの池の部分をアップしたような絵やアバカンサスや藤の絵、睡蓮数本をクローズアップしたものなど大装飾画のための大型の習作をとてもたくさん描いていますが、その絵もたくさん展示されており、これも影響ですね。

 ただ、見方を変えると、今回は部分的に大きく描かれた作品も多いので、縦方向や横方法、光の描き方、線の美しさなどモネを再度じっくり勉強するにはとてもすばらしい良い展覧会だとおもいました。 次回の豊田市美術館に再度行き、もう一度勉強しようと思います。

 今回は、パリのマルモッタン・モネ美術館所蔵品中心の展覧会なのですが、マルモッタン美術館にどんなにたくさんの睡蓮があっても、最高傑作を皆持ってくるわけにはいかないでしょうから仕方ないとおもいますが、欲を言えば、何年後かには、世界中の美術館からモネの超一級品を集めて「究極のモネ展」を開催して欲しいと思いました。 

 「モネ  睡蓮のとき」展は、次回は豊田市美術館で開催されますが、せめて豊田では、他の美術館の超一級品も数展加えて行って欲しいと思います。

 (今回は写真撮影禁止。写真があると多少は説明できたのですが、残念です。一部ポスターとネットで得たものを載せます)

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マルモッタン・モネ美術館

パリにあり、1934年からマルモッタン美術館として公開され、印象派、新古典主義等の作品を蔵していた。

特に"印象派"という流派名の由来となったモネの代表作『印象・日の出』を所蔵することで特に名高く、この縁で1966年モネの次男ミシェル・モネより、父親モネの作品多数が寄贈され、その時からモネの名を冠して「マルモッタン・モネ美術館」となった。

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モネ 睡蓮のとき

京都京セラ美術館

2025年3月7日-2025年6月8日

会場[ 本館 北回廊1階 | 本館 南回廊1階 ]

豊田市美術館

2025年6月21日(土曜日)〜2025年9月15日(月曜日)

 近代建築の巨匠・武田五一が1927年に設計した「フォーチュンガーデン京都(島津製作所旧本社)」を全館案内していただき武田五一を堪能したあと、このクラシックな建物1Fでフレンチをいただきましたが、岐路、ここからすぐ近くにある京都市市役所本庁舎を観に行きました。夜ですから市役所は閉まっているので、外観だけ。

 

 

 今まで京都市役所本庁舎をじっくりと観たことはありませんが、やはり武田五一らしい素晴らしい建物です。

 (意匠は主として嘱託職員であった中野進一が当たり,中野氏の師匠であり,「関西建築界の父」と言われた顧問の武田五一の監修で、1927年(昭和2年)竣工)

 

 ほぼ完全に左右対称で,中央と両翼を突き出させて協調し,さらに塔を建てる形態をもつなど,ネオ・バロック的骨格を有しています。また、細部には東洋的な建築様式を採用しています。

 日本においてネオ・バロック様式は,官庁建築の正統的様式として多くの建築に採用されましたが,現存するものは少なく,関西では京都府庁舎,兵庫県庁舎とともに,本庁舎が挙げられるのみです。

さっきまでいた島津製作所旧本社ととても似ており、同じ1927年(昭和2年)竣工であり、どちらも4階建てで、まるで双子の兄弟のようです。

 

 

 ちょっと違うのは島津製作所旧本社はウイットに富んだ武田五一らしく、部分的にちょっと非対称にした楽しみがありますが、市役所は完全対称。

 次回、市役所は昼間に館内へ入って内装等拝見してみたいと思います。

 

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 武田五一は、初期からレンガ構造に比べると薄くでき、形態の自由度が上がる鉄筋コンクリート構造に着目して活用しており、特に「三連アーチ」「バルコニー」「左右非対称」の三大特徴がありますが、ここでも十分生かされていました。

 いい建物ですね。

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 武田 五一(1872-1938)は、日本の建築家・建築学者。京都帝国大学建築学科創設者で、主に京都大阪等関西で活躍し関西建築界の父といわれる。

ヨーロッパ留学で影響を受けたアール・ヌーボー、セセッション(注)など、新しいデザインを日本に紹介した建築家であり。建築以外にも工芸や図案・テキスタイルデザインなども手掛けた。自身の作品のみならず、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科や京都帝国大学(現・京都大学)に工学部建築学科を創立し向井寛三郎・瀧本義一など多くの後進を育成した。また、神戸高等工業学校(現・神戸大学工学部)の設立にも関与。この他「新建築」創刊も指導した。アメリカの著名建築家フランク・ロイド・ライトを日本に紹介した人物でもある。�武田は生涯166件の作品・デザインを遺しており、京都市役所本庁舎、京都大学時計台、五龍閣(京都市東山区)、 白河院(京都市左京区)、藤井斉成会有鄰館(京都市左京区)、関西美術院、名和昆虫博物館(岐阜市)、国会議事堂プロジェクトなど現存建物も多く残っている。

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 セセッション(ウィーン分離派)」とは、19世紀の歴史絵画や伝統芸術など過去の芸術からの分離をめざし、ウイーンで画家グスタフ・クリムトを中心に結成され、絵画・建築・工芸で、生活や機能と結びついた新しい造形芸術の創造をめざした新進芸術家のグループをいう。

 1890年代末期に始まり、1910年代にかけて行われた新芸術運動で、当時のヨーロッパを席巻したアール・ヌーヴォーの一環です。

 建築では、 平面性を強調すること、直線を多用することで、平面や直線による単純な抽象的構成と、建物のあちこちに幾何学的な、かなり思い切った形の装飾があり、特にエントランス周辺は手が込んでいます。

近代建築の巨匠・武田五一が1927年に設計した「フォーチュンガーデン京都」の島津製作所旧本社全館案内していただき武田五一を堪能したあとは1Fレストランへ案内していただきました。

 

  クラシックな建物のカジュアルなフレンチ・ビストロです。

 

★まずスパークリングワイン

 イタリア アストリア カーサ・ヴィットリーノ スプマンテ・ブリュット

青リンゴ、少しマスカットの爽やかな香りで今日の様にちょっと汗をかいた時にはちょうど良いね

 

⚫︎真鯛のカルパッチョ レモンヴィネグレット

  レモンが生きて魚臭さも消え、サラッと美味しい

 

★白ワイン

スペイン ムーチョ マス

ヴェルデフォ ソービニオンブラン シャルドネ

緑がかった、明るいイエロー

少し熟す前のパイナップルとピーチの感じ

 

⚫︎オニオングラタンスープ

 淡路島の玉葱

 チーズの蓋に玉葱の甘さが溢れる甘い甘いスープ

  美味しい

ただ、器のサイズにスプーンが大きすぎだね

 

★ここでオレンジワインを注文

これがヒトミワイナリーだった。

 EMODELA エモデラ 2023

 ヒトミワイナリーは滋賀県東近江にある無濾過で酸化防止剤も無添加の自然派ワイン ナチュラルワインの醸造所。

他のワイナリーとは違った独特の味わいワインです。

ヒトミワイナリーの横にバーナード・リーチ作品を世界一多く所持し展示しているヒトミ美術館があり、数年に一度位、リーチを観に行くと必ず試飲しているので、ヒトミワインは多少はわかるが、

今日飲んだのは、山形県産デラウェアを全房醸しで仕込んだオレンジワイン。ヒトミワイナリーらしい無濾過白麹のような味をやや控えめのベースにラズベリーなどフルーティな感じを含んだ綺麗め味でこれも結構よかった。

 今度ヒトミ美術館へ行ったら購入しよう。

 

⚫︎スズキのグリル  マントヴァソース

結構いい感じ

 

★今度は赤を注文

ボルドー

モンペラ スペシャル・セレクション ルージュ

メルロ60%、カベルネ・ソーヴィニヨン20%、カベルネ・フラン10%

 

⚫︎メイン

牛ハラミの炭火焼き

赤身に似ているが、ハラミは脂少なめであっさり系。 脂が少ないので肉本来の味を楽しめる。

 

ここでワインでチーズが食べたくなり、メニューにはなかったがチーズ盛り合わせを注文

一般的にチーズ盛り合わせだとフレッシュやカビ、ウォッシュ等が出てくるが、

ミモレット マスカルポーネ ゴーダチーズなど四種類

料理に使われるチーズだね オリーブオイルをかけて出てきた

これはこれで美味しい

 

⚫︎デセール

静岡メロン ライムグラニテ

コーヒー/紅茶

 

 

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今回は館内見学を一番楽しみに伺いましたが、島津製作所旧本社の特別見学で普段見られない全フロア丁寧に説明していただき、歴史ある空間でのディナー+1ドリンク付きで1人 9350円(税込)で、別にワインを3種類飲みましたが、料理も美味しく、超お値打ちでした。  便利な場所にあり、クラシックな建物で食事を安価に楽しみたい時や、バーカウンターもありますから、とても使い勝手がいいレストランです

フォーチュンガーデン京都」

   (旧 島津製作所本社)

京都市中京区一之船入町386-2

・京都市営地下鉄 東西線 京都市役所前駅より徒歩約4分

地下鉄烏丸御池 京都駅

・京阪本線 三条駅より徒歩約7分

・阪急電鉄 京都河原町駅より徒歩約13分

素晴らしい文化財の料亭やレストラン等に食事に行っても他に客がいたり、部外者立ち入り禁止とかで、建物内各場所を見て廻ることはできませんが、時々、館内特別見学付の企画が名古屋で数箇所、京都ではオトナミの企画で時々行っています。

今まで伺ったところは、

 1、任天堂旧本社の「丸福樓」

 2、美術館のような邸宅「AIC秋津洲」ここは特に素晴らしい装飾や調度品でした。

 3、ハーブと草花の香りを五感で学び楽しむ食体験「Synager」

 4、日本三大遊郭・島原の「乙文」若主人と共に巡る旧花街歴史さんぽ

4箇所行きました。

京都は神社仏閣と町家など見るものが多いですが、それだけじゃなく洋館や大学、美術館、一般住宅などで至る所に味のあるモダンな西洋建築が沢山

 

オトナミでの5回目の今回は、

明治末期から昭和初期に大活躍したあの有名建築家、武田五一が設計した建物が見られるということで絶対行かなくてはと。

「フォーチュンガーデン京都」の

島津製作所旧本社の特別見学&歴史ある空間でのディナータイム」 へ行きました。

 

ここ島津製作所旧本社ビルは、近代建築の巨匠・武田五一が1927年に設計した建物で、2012年に「フォーチュンガーデン京都」としてレストラン、ウェディング、パーティースペースとして営業されています。

 天井の高い3階建ての建物ですが、1F~3Fまで各階を説明して頂きながら廻りました。

 

 島津製作所という会社の建物なので、島津製作所の従業員フロアはおとなしく、接待用やお客様用のスペースは天井や床も装飾が入れて変化してあります。邸宅や御殿や招待場の様に天井周りの飾りやガラス窓などシックに抑えられていますが、ロマネスク風の柱頭、アーチ型の正面玄関や丸い窓ガラスなど、そして丸窓はフロアごとに丸窓、オーバル、長方形に変えてあり、当時のまま現存する建築美で残されており、中々見事です。

 

 

 中庭は現代のものですが、建物の雰囲気に合わせてうまく作ってあります。

 

エレベーターも昔ながらのスチール網蛇腹式型。

 

 

3人定員 こういうエレベーターは京都府に3台残っていて、乗れるのはここだけの様です。それに乗って3Fへ。

 

全館丁寧に説明を受けながら案内していただき、武田五一建築を堪能しました。

武田五一は、初期からレンガ構造に比べると薄くでき形態の自由度が上がる鉄筋コンクリート構造に着目して活用しており、特に「三連アーチ」「バルコニー」「左右非対称」の三大特徴がありますが、ここでも十分生かされていました。

すぐ近くの京都市役所の外観ともよく似ていますね。

建物見学のあとは1Fレストランへ案内していただきディナーへ。

  とても多くの写真を載せたので、ディナーについては次回掲載しますね。

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 武田 五一(1872-1938)は、日本の建築家・建築学者。京都帝国大学建築学科創設者で、主に京都大阪等関西で活躍し関西建築界の父といわれる。

ヨーロッパ留学で影響を受けたアール・ヌーボー、セセッションなど、新しいデザインを日本に紹介した建築家であり。建築以外にも工芸や図案・テキスタイルデザインなども手掛けた。自身の作品のみならず、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科や京都帝国大学(現・京都大学)に工学部建築学科を創立し向井寛三郎・瀧本義一など多くの後進を育成した。また、神戸高等工業学校(現・神戸大学工学部)の設立にも関与。この他「新建築」創刊も指導した。アメリカの著名建築家フランク・ロイド・ライトを日本に紹介した人物でもある。

 武田は生涯166件の作品・デザインを遺しており、京都市役所本庁舎、京都大学時計台、五龍閣(京都市東山区)、 白河院(京都市左京区)、藤井斉成会有鄰館(京都市左京区)、関西美術院、名和昆虫博物館(岐阜市)、国会議事堂プロジェクトなど現存建物も多く残っている。

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フォーチュンガーデン京都」

島津製作所旧本社の特別見学&歴史ある空間でのディナータイム

京都市中京区一之船入町386-2

・京都市営地下鉄 東西線 京都市役所前駅より徒歩約4分

地下鉄烏丸御池 京都駅

・京阪本線 三条駅より徒歩約7分

・阪急電鉄 京都河原町駅より徒歩約13分

 旅行などで出かけると、昼食はいつもその地方のこだわりの旨い蕎麦屋を探して食べにいきます。

 京都では美味しいと昔から有名な蕎麦店「もうやん」。

地下鉄烏丸御池から徒歩3分

 (営業は11時から14時迄の3時間のみ。)

10:45到着、まだ先客は待っていなかった よかった。

 

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案内より

 1996年から18年間、京都北山で「蕎麦工房もうやん」営業し、 2016年烏丸御池にカウンター8席の 「蕎麦もうやん」として移転。

 店内に流れるジャズ、 蕎麦は、国内産の玄蕎麦を喉ごしが良いようにより細かく製粉したものと、 粗挽きした少し黒い田舎を2台の石自で自家製粉しそれぞれ手打ちしております。

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注文は

蕎麦前

蕎麦どうふ500円

蕎麦味噌500円

十割蕎麦 1000円

辛味大根もり1000円

 

 

酒のメニューを見て、結構良い酒をおいている。

  どんな醸造元かわからないが、良い酒ばかり置いているので、

 「もうやんオリジナル純米吟醸生原酒」 ぐいのみ800円を注文

 

蕎麦どうふ

やや暖かく、大粒蕎麦の実が入って周りはトロッとして酒の肴にちょうど良い美味しさ

 

 

 

蕎麦味噌

味が金山寺味噌の様に発酵感がありこれも肴に良いね。

 

 

注文した、もうやんオリジナル純米吟醸生原酒

 味は旨み十分まったりとしてふくよかないい味だ。 この味は上原酒造だなっと思った。

後でこの酒の醸造元は高島市ですか?と聞いたら、そうだと言われた。やはり「不老泉」の上原酒造だったね。

 上原酒造は、琵琶湖の西岸 高島市で、昔ながらの木桶で造る木桶仕込みと酒を絞る槽も昔ながらの木で、酵母も添加を一切せず、自社の蔵に自然についている蔵付酵母で、手のかかる山廃造りで造る、日本の本来の酒造りにこだわる醸造元。

 それゆえ、その日本酒の味は、ふくよかな米の旨味をもったまったりとした良い酒で、もう40年近く私の冷蔵庫にどれか一種類は常備していて、特に備前雄町米の純米無濾過生原酒を、家で3~5年寝かせて飲んでいます。

 

 

 

十割蕎麦

鬼殻が1割くらい入った太さ15本切り(2mm)位のやや太打ち

やさしいが甘さあり良い蕎麦だ、旨い。

 

辛味大根もり

 

大根おろしは鬼おろしだった

蕎麦は九一蕎麦位で腰十分 良い蕎麦

 

蕎麦湯も特別に蕎麦粉を溶いた濃厚品、これが良いんだな。

 

良い店ですね また、ゆっくりと来て蕎麦屋酒をやりましょう。

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もうやん

京都市中京区押小路通東洞院通西入ル南側(西押小路町110-3)

075-251-0777

 11:00am~2:00pm(LO)  土日祝日定休日