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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

二十四節気 大暑、この名のとおりの暑さの中 恒例の生花でした。

 いつも当日までどんな花材が用意されているかわからないという面白さで、花材の形などを見ながらその場で生け方を決めます。

 

用意されていたのは

〈花材〉

スモークツリー

百合(ハイブリッド)

竜胆

ハイブリッドスターチス

八手

 

 

 

大暑ですから多少でも涼しそうに生けたかったのですが、

 百合の花はとても大きすぎて、こういう生花には不釣り合い。これは困ったと思いましたが、きてしまったものはきちんと使ってあげなくては百合が可哀想と思い、使いましたが・・・。

スモークツリーは多くの枝を持つ木で丸っこい葉っぱがたくさん付いているのでそれを半分くらいは取り去り使いましたが、それでも存在感がありすぎですね。

 百合がせめて半分の大きさであればまだ多少は良かったのですが

あまり涼しくなさそうな生花になっていますね。

    まあこれも何かの縁ですね

 来月もまだまだ暑いですが、涼しそうな花材だといいな

   ………………

花器 拙作

鎬花器

酸化志野 灰立乳白釉

2023年10月 恵那市文化祭入選

今日 7月12日は「裸の大将」山下清の命日でした。

 今も裸で天空の鉄道線路を歩きながら絵を描いていることでしょう。

 

 

 私の子供の頃、実家の玄関の正面に、子供が作ったような、でも、大人が作ったような、でもすっごく細かく丁寧に作った上手な不思議な花火の貼り絵が貼ってありました。玄関ですから毎日見ていて、それも日常の一つでした。

 

 それは「日本のゴッホ」とも言われた山下清の花火の絵です。

 玄関正面で毎日見える 何故ここに飾られていたのかわからなかったのですが、山下清をとても身近に感じていました。

我が家に山下清の絵があるのは、民芸運動草創期のメンバーであった吉田翔也さんの影の力でした。

 

 民芸運動草創期時からの主要メンバーは、柳宗悦・河井寛次郎・濱田庄司・バーナード リーチ・芹沢銈介・式場隆三郎・吉田翔也の7名ですが、

 吉田璋也は、日本初のプロデューサとなり陶器や家具の新作民芸品の開発を行い、河井寛次郎から民芸の母と呼ばれています。 また、全国に民藝を広めるべく、民芸店の元祖となるたくみ工芸店を鳥取と東京西銀座に開き、鳥取民芸美術館とたくみ割烹店をひらきます。

 式場隆三郎は、民芸の機関誌編集や数多くの文筆・出版を行います。

 

 式場隆三郎と吉田璋也は新潟医専(今の新潟大学医学部)の同級生であり、その頃から二人とも早くから雑誌「ホトトギス」などを愛読し、文芸の世界に憧れ「白樺派」の作家たちや柳宗悦、バーナード・リーチと知り合い民芸運動を共にした推進者でした。

 1956年8月、34歳の山下清は、清の才能を見出し指導し育てた式場隆三郎に連れられて、吉田璋也の招きで 鳥取の牛ノ戸焼きを訪問します。

そして8月22、23日には鳥取県倉吉市にある皆成学院(知的障害児施設)を訪問します。

二人はそんな間柄でしたから、吉田璋也は新民藝運動の最初の記念碑的作品の牛ノ戸焼を式場隆三郎に見せたかったのでしょう。

 そのあと、昭和31年8月22日鳥取県倉吉市にある皆成学院(かいせいがくいん・知的障害児施設)への訪問を依頼され快諾し、 児童の作品展の見学をしますが、この訪問は「裸の大将」「日本のゴッホ」と大勢の人たちが大歓迎されたそうです。

 皆成学院は児童の教育で陶芸に力を入れていて、一度におよそ700もの作品を焼くことのできる大きな登り窯を持ち、これを作り、陶芸指導などを手助けしたのが、中学の美術教諭をしていた染織家の吉田たすく(伊藤宝城の弟 私の父)でした。また、皆成学院の学校医は民芸運動推進者であり吉田璋也と懇意であった彫刻家の伊藤宝城(吉田たすくの兄で私の伯父)でした。

 『民芸・医者・皆成学院』

この繋がりで考えると山下清の皆成学院行きの提案を吉田璋也にしたのは、伊藤宝城であり、そして、兄の伊藤宝城へこの相談を一緒にしたのは弟の吉田たすくではなかったかと思われます。

 

 そして、山下清は倉吉で芸術家のサロンのようになっていた伊藤宝城宅を訪問しますが、そこで作品を作ります。

 

この写真の場所が、伊藤病院の外科入院患者の付き添いの方が泊まる部屋でした。

(山下清と一緒に写っているのが伊藤宝城です。)

 この部屋は広い庭に面して広縁がある3部屋続きの明るい部屋で、私が子供の頃、誰もいない日の雨の日に時々遊んだ部屋でもあります。

私の実家の玄関に花火が飾られたのはその頃ですね。

 

 

 私は、山下清作品は、美術展や、長野県茅野市の山下清放浪美術館(170点程陳列)などに行って観ていますが、色紙や新聞紙を切った理千切ったりして作る絵は微妙に立体となっていて、実物を見ると紙一枚一枚重なった厚さがこんなにも絵に影響を与え、その緻密な貼り絵はまさに彫刻のようにも感じます。

あの良さは、写真ではわかりません。

どうぞ皆様も是非本物を見て正面、斜め前、横からごらんになってみてください。

山下清(1922年3月10日ー1971年7月12日)

 生きていれば103歳でした。 合掌

 瀬戸市でお昼を食べるときはいつもこのお店です。

 

 

 11時開店だが 流石 オープン10分前20人程並んでいた。

私は予約していたのですぐ入れたが、予約なしだと2巡目で40分は待たねばならなかっただろう。

 

 

注文はいつものように「志風膳」 全6品のミニ懐石だが、このお店はこれが一番。

 

 

 これを注文して気の利いた酒でいただくのが良い。少しずつ美味しいものが出されるので、お酒を飲めない方にもこれを出すといつも喜ばれる。

このお店は種類は多くないが気の利いた酒を置いているので、蕎麦前で一杯というのが良いのだが、

 今日は気温が高すぎるのと食後豊田市美術館のモネ展に行くので 残念ながら蕎麦屋酒は無しです。

 

志風膳

 (3050円税込)

手作り豆腐

豆腐本来の甘さのある美味しさ

 

三種盛り

 お造り 鯛

 冷し鉢、蛸モズク長芋きゅうり

 京生麩の田楽

 鯛 塩で軽く締めてあり旨味が凝縮していい味だ

 冷やし鉢

  酢が甘すぎず酸味が出過ぎずいい感じ

 揚げた生麩も美味しい

 

 この三種盛りで酒を一杯やりたかったな。

 

桜海老かき揚げ

 

 粉の使い方が良くて、他の店の様に衣の小麦粉のベタ付きが無く、ホロホロと崩れる揚げ方 いい感じなんだな。

 

一口鮨

 いつものことだが上手だ。

シャリの崩れ方 握り方が絶妙だ。味も濃すぎず薄すぎず、上の鮪の中落ちともすごく合う。

 美味しい

 

二八ざるを十割蕎麦に変更

粒子は30メッシュぐらい やや太打ち

鬼殻からの挽きぐるみっぽいが鬼殻の入り方を少なくして、鬼殻独特の苦味エグ味を減らしてあり甘味旨味のあるいい蕎麦だ。

美味い。

 

甘味

小豆 抹茶ジェリー

ご馳走様でした

 

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手打ち蕎麦 志庵

愛知県瀬戸市栄町12

駐車場は店の前と市営駐車場

名鉄瀬戸線「尾張瀬戸」駅より徒歩5分

尾張瀬戸駅から362m

7月なのにオクトーバーとは。

 「オクトーバーフェスト」 とは毎年秋にドイツ・ミュンヘンで 1810年以来200年以上続く、世界中から600万人以上の人々が訪れる世界最大のビールイベント。

 これが日本で2011年より始まり、日本各地に巡回。日本でもオクトーバーフェストと言われ、4月から10月まで東京大阪福岡等日本各地で順番に行われます。

名古屋では一番暑い時期7月にいつも開催され、10万人を超す来場者が出るビールイベントへなりました。

 毎回行っていますが、とてもたくさんのビールを知ることができるチャンスなので、オクトーバーフェスト(ドイツビール)もベルギービールウイークエンド(4月末)もとても素晴らしいです。

 味わいはベルギービールウイークエンドは感覚的な多様な美味しさでスイーツ系ビールが大部分を占め味の広がりが多いですが、オクトーバーフェストはやはりドイツ人のビールらしいやや頭が固いビールで、本来のビールらしいビールが楽しめます。

 ビールとは、本来は麦芽とホップと水、酵母だけで作られたアルコール飲料のことです。しかし、日本では添加物が入ったものもビールと言われ、例えば、アサヒスーパードライの原材料は、麦芽、ホップ、米、コーン、スターチが使われていますが、ドイツ政府はビール純粋令で、コーンスターチや米が入ったものはビールとは呼ばれません。ビール風飲料ですね。

 

 さて、ドイツビールの祭典オクトーバーフェスト2025

今年は約20種類の銘柄の110種類を超えるビールが集まります。

ベルギービーウイークエンドの名古屋会場は150~180位出ますからちょっと少なめです。

と言っても全部は飲めないのでどう選んで飲むかですね。

 

  まず、会場の食べ物は(仕方ないことですが)スーパーの惣菜の味以下の味なのに値段は3、4倍します。なので、会場の前の松坂屋の惣菜売り場やディーンアンドデルーカでつまみを購入すべきですね。今年はちょっと時間が取れず松坂屋で摘みを変えなくて会場で購入しましたが、 😰😰😰

 

 やはり、松坂屋のディーンアンドデルーカか惣菜売り場で、ラタトゥイユや、スモークドビーフその他、まともな味のもの購入すべきでした。

ビールは3種類のサイズ

300mℓ1200円~1600円

500mℓ1300円~1800円

1ℓ2900円~3200円

こういう感じですが、ビール党の方は2、3ℓは平気で飲まれる様ですが、僕はビールも別腹にならないので、ちょっと割高ですが、種類を多く楽しみたいので300mℓだけで行きます。

 

 さて飲みますよ

 

まずは、甘いものから

クラッシュアイスが入ったピーチ味の甘いビール

とても甘くベルギービールのリンデマンスピーチによく似た味でそれよりもう少し甘い 暑さとイメチェンに最高のスイーツビールです。

 

次々と新しいビールへ

 

暑い暑い でも 今日は曇りで助かっています。 

 ずいぶん飲んで 暑いからまた飲んで でも暑い

たくさん飲みました

 

 会場に来たら、真っ先にしなければいけないのは席確保です。

 陽が差しても暑過ぎるし、雨が降っても困るので、会場ではまず、テントの中の席を確保。この後で、ビールです。

7月24日迄やっていますので、皆さんもドイツビールを楽しんでくださいね。

 

灼熱に

 涼を求めた

   ランチには

 

  清しき緑

   ワインに入れて

 

 

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  カフェ・ギャラリー・カバノにて

    恵那市 恵那峡

 「無篩いの挽きぐるみで3、4日寝かせた蕎麦がある」

 

これだけ聞いたら蕎麦に詳しい人は「オオ! これはすごい!」っと思う。

 

 

無篩いとは

 そばは蕎麦の実を石臼で粉にする時に篩(ふるい)にかけます。このとき、300~20メッシュ位までの様々な篩いを使いますが、最も細かい粒子の300メッシュは粉の直径が0.05mm、最も粗い20メッシュが0.84mmになります。

粒子が細かくなればなるほど、繋がりやすくなめらかな蕎麦になり喉越しを求める蕎麦になりますが、香りも味も飛びやすくなります。(これを利用して十割蕎麦を売りにしている蕎麦屋の多くが、繋がりやすい200メッシュ以下の超微粒子で蕎麦打ちをしています)

 

 逆に粒子が粗くなるほど、蕎麦本来の香りや甘み、風味が強く出てきますが、それと同時に粉同士がどんどん繋がりにくくなります。
最も粗い20メッシュの粉は非常に大粒で、まさに“超々粗挽き”。本当に旨いですが、打つときに、水廻しも難しく、まとまらず、蕎麦として仕上げるには非常に高度の技術がいり、20メッシュだと打てない店もあり、全国でも100軒に1軒あるかないかと言われます。

 

 そして、さらにそれより旨みを求めて粒子を大きくするには、篩いを使わない無篩いで挽きますが、20メッシュより粗くなるので、さらにつなぐのが難しく、無篩いのそばを出す店は数百店に1軒ぐらいです。

同じ無篩でも、石臼にかける回数によって粒子が大きく異なり、私は一度挽き(一度しか挽かないので極端に粗い直径4mm位の粒も沢山入る)ですが、挽いた粉を二度挽きですと、少し細かくなり、三度なら粒子が1mm前後の細かさになりになります。

 

熟成蕎麦とは

 美味しい蕎麦の条件に「挽きたて打ち立て湯掻きたて」と言う「三立て」がありますが、これは6割位だけ正しいです。打ち立ては中に気泡が入っているのでゆがくとすぐ浮いてくるので、少し寝かせて落ち着かせてからが良く、湯がきたても、粒子の細かい二八や十割は急いで食べなければ味も香りも飛んでしまいますが、粗挽きなどでもっと旨みを出したいときは5~10分程置いてから食べると旨みが出てくるものです。

 

 打った後の熟成ですが、一般的な二八や粒子の細かい十割蕎麦は時間と共にどんどん劣化していきますから、熟成はできず、翌日には捨てます。

しかし、熟成蕎麦を作るときは、根本的に発想が違います。私もその時の気温湿度、そばの状況、などを勘案して超々粗挽き十割蕎麦を冷蔵庫で1日~ 6日熟成させて一番旨みの乗るときをなん度も調べてきましたが、超々粗挽き十割蕎麦は寝かせることで素晴らしく旨みが出てきます。しかし、ちょっとやり過ぎると蕎麦の嫌味とアク、劣化が一気に出てきて食べられなくなり、微妙な熟成管理と余程手練れた方でないと無理な世界です。

 

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さて、本論

 

金山に無篩いの蕎麦屋があるということを先日知り これは何がなんでも行かねばと 訪問。

手打ち蕎麦 だいち 金山 2025.6.26

 

17時オープンと同時に入店

 

お品書き拝見

 

蕎麦前は何にしよう。

 蕎麦前とは蕎麦屋でお酒を飲む江戸っ子の風習で、蕎麦が出てくるまでの間に日本酒を片手に蕎麦屋定番つまみの「板わさ、焼き海苔、そば味噌、出汁巻き卵」などをいただく粋な文化ですが、

 江戸中期にはこの蕎麦前という表現が存在し、江戸末期に書かれた「江戸自慢」には、「必ずそば屋には酒あり。しかも上酒なり」と書かれており、そば屋は質のよいお酒が飲める場所であったようです。

 

注文は

ほろ酔いセット1100円

 (アサヒ中瓶1+そばみそ 漬けマグロ料理 その他)

大根の天ぷら(ハーフ)400円

烏賊の塩辛

そばがき1780円

後で蕎麦を。

 

 

ビールは本音は恵比寿が良いのですが、無いので仕方ないですね。

アサヒ中瓶1(そばみそ 漬けマグロ料理 その他) その他は数の子だった

蕎麦味噌 中々良い  漬けは生臭みもなく 旨い  数の子 辛すぎずいい感じ どれも酒に最適

 

魔斬(まきり)純米大吟醸 超辛口 山形 1200円

やや辛口 +6~8位の感じ

キリッといい味だ

 

⚫︎大根の天ぷら

おでんの大根を3日位煮込んだ感じのものが揚げてあるが、結構お通な味

 

 

⚫︎そばがき

  4個付

 海苔が付いてきた 

  蕎麦屋で焼き海苔があると蕎麦がきに合わせようといつも注文するが、ここは最初から付いている

 これは良いね嬉しいね。

 そばがきは、何もつけず、そのまま食べて

 

  これは甘い 美味い 良い蕎麦がきだ

 次は海苔で巻いて

  これがまた美味い

 

 

次の酒

呼友(こゆう)純米吟醸

久保田の醸造元の酒

とても良い酒だが、今時の流行りの飲みやすい酒なので、蕎麦がきにはちょっと甘味と軽さが合いずらい

 

︎⚫︎烏賊の塩辛

 変な生臭みもなく、中々いい味だ 

 

︎⚫︎湯葉つまみ

 

日の丸 純米

 

 

︎⚫︎蕎麦 秋田産

無篩いの挽きぐるみで3、4日寝かせた蕎麦

 

これだけ聞いたら蕎麦に詳しい人は「オオ!すごい! ありえない世界だ」っと思う蕎麦

 

無篩いだが、よく見ると、結構細かく均等に挽かれていて超大粒が見当たらない。やはりこれは二度挽きか三度挽きだね。

食べてみると 触感も20メッシュに近い感じなので、三度挽きだね。

同じ無篩でも、 私は一度挽き(一度しか挽かないので極端に粗い直径4mm位の粒も沢山入る)ですが、こちらの店は三度挽きで、挽いた粉をまた挽いて三度なので、1mm前後の細かさになります。)

 (一番粗い20メッシュの篩いを使った粉は0.8mm位ですから、それより更に粗い蕎麦です。)

 

さて、だいちさんの蕎麦の味は。

 うまい! いい味だ。

 鬼殻からの挽きぐるみにでも、外皮の分量を減らし、苦味も少なく良い感じでもっちりと旨い。

 余程の名人ですね。

 

名古屋では、先週の武山とともに最高峰の味です。

 美味しいお店でした。

 

 

帰り際に大将にお聞きした。

 

 関東や関西で修行して8年前に店をオープンし、喉越しではなく、旨みを追求していくと粗挽きになり、更に旨さを追求して今の無篩い超粗挽きになった。蕎麦粉を挽くのは自家製粉ではなく製粉工場へ外注している。ボロボロにならないように外一や九一蕎麦にもするが、小麦粉の味が出ないように、その時に合わせて十割から九一迄の間で打っているとのこと。そして、打った蕎麦を冷蔵庫で3日以上寝かせて熟成させ旨みが乗ってから出すとのこと。

 

 …………………………

 

 

私の打つ蕎麦は

・喉越しより旨味を追求

・超々粗挽き十割蕎麦

・粒子を究極まで粗くする(粗すればするほど旨みが出る)

・篩いを使わない無篩の一度挽きで究極の粗さ

・苦みのないあじにするため「丸抜き(鬼殻だけを剥いた実)」を使う。

・蕎麦打ちの後、まる一日冷蔵庫で熟成させて旨みだけを最大にしてから翌日出す。

 

(丸抜き)

 米の籾殻がご飯に入っているとモソモソして食べられませんね。同じ様に蕎麦も鬼殻が入りすぎると苦味とアクが出て喉に当たるようなザラつきとモソモソしておいしくありません(黒い苦みのある蕎麦)。

ただ、鬼殻の入れ方で苦味とアクをうまく隠し味に使うおいしい方法もあります。(田舎そばの良い風味のそば)

 私は苦味のないザラつきのないもっちりとした蕎麦が好きなので丸抜きで打ちます。

 

私とだいちさんとの一番の違いは、

私は無篩いの「1度挽き」ですが、だいちさんは「3度挽き」。

私は「丸抜きの挽きぐるみ」ですが、だいちさんは「鬼殻からの挽きぐるみ」

製粉は私は自家製石臼による手挽きで、臼の目立ても自分でしますが、大地さんは製粉工場。
この3点です。

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手打ち蕎麦 だいち 金山

 

愛知県名古屋市熱田区波寄町-4-21津田ビル105

金山(愛知県)駅[東口]徒歩4分

電話番号 052-884-2907

営業時間 11:00−14:30 (L.O.14:00)

        17:00−20:30 (L.O.20:00)

定休日  日曜は昼飲み、水、不定休あり 夜は予約してください

7月7日は世界的彫刻家 流政之(ながれ まさゆき)の命日でした

流 政之(1923年2月14日 - 2018年7月7日)日本の彫刻家、作庭家。

 

 鳥取県東伯郡琴浦町赤碕の菊港に、日本海の荒波に向かって立つ三人の旅姿の御影石の彫刻『波しぐれ三度笠』

どこかユーモアを感じさせる作品で、波の立つ強風の日や嵐の日にみると更に素晴らしいです。

 

 

 長崎で生まれ、13歳の頃、京都の町方で父である中川小十郎のもとで教育を受け、剣法、古流武道を教え込まれた。それがきっかけで後に刀鍛冶の門を叩き、彫刻の道へとつながった。1943年には海軍飛行科予備学生としてゼロ戦パイロットとなるが、戦後は敗戦の日本の姿を確かめるため東京から下関まで倒れた墓を起こしながら放浪を続けた。

流政之は、1950年代の初期の作品から石を割った部分はそのままにして生かす「ワレハダ」の技巧を用いてきた。

1955年、初めての個展「飛行空間」で戦没パイロットを追悼した。

 

流氏談

「誰も飛行機乗りの追悼をしようなんてことは考えていない時代だった。『じゃあ俺がやらなきゃだめだ』と思って、日本軍だけじゃなく、米軍も含めて、戦争で死んだパイロットの弔いをしたんだ。国内ではあまり反響を呼ばなかったが、英字紙が『ゼロ・ファイター』の個展だと報じた。負けた国のパイロットとしては、おもしろい気分はしなかったが、それがきっかけになって米国でも名前が知られるようになった」

60~70年代は

「ロックフェラー3世夫人に作品を購入されたり、米国の美術館に作品が並べられたりと評価されるようになった。戦争で負けたという悔しさと同時に、米国にはあこがれのような思いもあって、必死で仕事をした。負けた国の軍人が、米国に乗り込んで活動するなんて、ほかにいなかったからね。米国でも尊敬された。ニューヨークに拠点を持って、67年には米タイム誌が選ぶ日本を代表する文化人として、三島由紀夫、川端康成、丹下健三、黒沢明と一緒に紹介された。

 75年には ニューヨークのワールド・トレード・センター正面にのワールド・トレード・センターのシンボルとなる彫刻『雲の砦(とりで)』が7年の歳月をかけ完成した。

 「でも日本に帰国したきっかけはベトナム戦争だよ。この頃、ニューヨークのダウンタウンで米国人の仲間たちと飲んでいて、議論になった。『東洋で戦争があるなら、俺は東洋の味方だ』と言って、『では戦場で会おう』という話になった。米国もおかしくなってきたな、と感じて帰国することにした」

――日本各地に戦没者を追悼する作品を作っている。

 

「2006年に北海道七飯町の流山温泉彫刻公園ストーンクレージーの森に、海軍飛行予備士官の青春をとどめようと『もどり雲』を建てた。ここでは同じ土浦海軍航空隊に所属した裏千家の前家元、千玄室氏と一緒に平和を祈る茶会もやった」

「学徒出陣した戦没者を追悼する作品を東京・明治神宮に作ってほしいという依頼もあったが、これは断った。東条英機の主導で、学生たちが行進した明治神宮外苑競技場は、ふさわしくない。これとは別に高知県大月町に学徒出陣した戦没者を鎮魂する作品『雲が辻』を作った。北海道奥尻島には、北方領土の国後島を脱出した人々が入植した歴史がある。あまり知られていないが、戦争による『難民』が日本にもいたんだ。望郷のモニュメントを奥尻島の北追岬公園に作った」

「代表作の『サキモリ』シリーズは内臓部分が空洞になった人型の作品だ。

私が作るまで、そういうヌードはなかった。空洞の中に、生命とか夢を入れて考えるんだ。サキモリは文字通り『防人(さきもり)』が題材。防人は守る側で、自分から攻撃はしない。防衛する存在だ」

「少年時代、親父から古流武道を習わされた。武道には『受けてたつ』という武士道の思想がある。これも自分からは攻撃をしない。私が高松にいるのも、受けてたつ、の考えからだ。彫刻家として攻撃的に生きるなら、東京のような大都市に住めばいいんだ。攻撃の美学は好きになれないね。日本が再び武力の問題を考えるのなら、守ること、受けてたつことに、きっちりけじめをつけておかないといけない。そうしないと、また戦争することになる」

    (日経 戦後70年インタビューより)

 

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 彫刻家として活躍するかたわら、庭園の作品も残す。代表作に東京天理教館庭園、皆生温泉東光園庭園などがある。

香川県のご当地グルメ「讃岐うどん」の命名者とされる。

 流政之は、1950年代の初期の作品から石を割った部分はそのままにして生かす「ワレハダ」の技巧を用いてきた。それは作品は未完成であることを意味している。「つくらざることはときにつくることをしのぐ」この表現は流の美学である。

アカデミズムと権力主義をことさら嫌い、日本芸術大賞さえもなかなか受け取らない。しかし、うまい飯といい女のためならどこへでも、一年の三分の一は旅に出るという破天荒な人。

 

 私がまだ子供の頃、古流武道を修めた流政之(ナガレマサユキ)が作庭した凛とした坪庭の美しい写真と、流が日本刀を持って立っている凛々しい姿を見て古武士の様な人が現存していると感動し、それ以来ファンになりました。

 その後も各地の美術館や図鑑等で何度か作品もみましたが、日本美をこよなく愛し作品に生かされていますが、凛とした作品の中にお茶目な部分もあり、素晴らしいんです。

 

 私は1985年頃から香川県高松市にシーズン一度はレディースのセーターの商談で行っていましたが、行きつけの海鮮料理屋に大きな声で賑やかに話をしている方がいました。

話の内容が芸術家っぽい。

興味を持ってよく見ると流氏でした。

香川県高松市に住み、この店にもよく来られていた様です。即、一緒に飲みましょうとなり、活き造り等を食べながら芸術や様々な談義。結構飲みましたが予想通りの豪放磊落の中に繊細さも感じさせる素晴らしい方でした。

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 2018年に逝かれたが、逝かれる前にもう一度、ながれ流の話で美味い酒をご一緒したかった。

こういう古武士の様な格好良い生き方の日本人にはそれ以来会っていない。

その後政府もメディアもこぞって懐柔され過ぎて漢(おとこ)は

もう絶滅したのかもしれない 

 そんなことを思うからなのか

   七夕の今日は星が見えない

     流政之の命日でした。

近いうちに香川県高松市の 流政之美術館「NAGARE STUDIO」へ行きたいと思います。

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高松市の流政之美術館に陳列されているもの。

 

サントリー大山崎山荘美術館の『さむらいの涙』

 刀の様に凛として切れ味の良いいい作品です。

 

 

 10年程前に、名古屋の400年の歴史ある料亭『河文』に行った時は流政之 の「水鏡」と「流れ床の庭」という大きな作品がありびっくりすると同時に嬉しかったです。その石の能舞台では日本舞踊や能が毎年行われています。箱根の彫刻の森美術館にも大作がありますし、近場ですと、なぜか食品スーパーバローの恵那市の本店1F中央にも一体飾られています。

 

 いにしへに

  織りてし服(はた)を

    この夕(ゆうべ)

 

  衣に縫いて

   君待つ我を

 

      万葉集 巻十 「七夕」「織女(たなばた)」=同意語

(以前あなたのために織っておいた織物を、今夜は縫い上げ あなたが来られるのを私は待っています)

 

 

万葉集は奈良時代に4500首編纂されたもので、七夕の歌は132首収めてありました。

 七夕の歌ですから、そのほとんどは、男女の恋の物語をイメージして詠まれています。百人一首でも100首のうち43首は恋の歌ですから、遥か昔から恋愛は、常にひとの心を熱く燃え上がらせるものですね。

スタンダールの恋愛論の結晶作用のように想いは募っていき、シェークスピア、近松の曽根崎心中などのように、恋愛は障壁が大きければ大きいほど更に激しく燃え上がっていくものです。

 七夕は年に一度、七月七日の夜だけしか逢うことの許されない究極の遠距離恋愛。

それはそれは燃え上がることでしょう

 

万葉集の七夕のうたを数点選んでみました。

 

 月日えらひ

  逢ひてしあれば

   別れまく

 

 惜しかる君は

  明日(あす)さへもがも

 

 ※「月日えらひ」七月七日という日を選んで。

 ※「明日さへもがも」〈さへ〉添加。〈もがも〉願望。

 一年ぶりにお逢いしたのですもの、お別れするのが惜しゅうございます。明日の宵もまたお逢いできればいいのに。

 

 

 天の原

  振り放け見れば

   天の川

  霧立ちわたる

   君は来ぬらし

 

 ※「天の原」空の広大な様子。

 大きな空をふり仰ぎ天の川を眺めれば霧が湧いて広がっている あなたが来るに違いない

 

 天の川

  瀬ごとに幣(ぬさ)

   奉(たてまつ)る

 

  心は君を

   幸(さき)く来(き)ませと

 ※「幣」神に祈るときに捧げるもの。

 

 天の川の川の瀬の瀬ごとに幣をさし上げて祈る心はあの人が無事おいでになるように

 

 

 天の川

  波は立つとも

   我が舟は

 

 いざ漕ぎ出でむ

  夜のふけぬ間に

 

 天の川にどのように 波が立ってもかまわない さあ漕ぎ出そう夜ふけになる前に

 

 

 ただ今夜(こよい)

  逢ひたる児らに

   言問(ことど)ひも

  いまだせずして

   さ夜そ明けにける

 ※「児ら」女性を親しんで呼ぶ語。

 たった一晩だけ逢えた妻をあまりにも愛しすぎて、愛の言葉をかけるひまもなく夜が明けてしまった

 天の川

  白波高し

   我(あ)が恋ふる

 

  君が舟出は

   今しすらしも

 

 天の川に白波が高い 私の恋しい君がたった今、舟出したらしい

 

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牽牛も船出しました

これからさびしく恋しい月日がはじまります

 せつなき恋をするゆゑに

  月かげさむく身にぞ沁む

 

 もののあはれを知るゆゑに

  水のひかりぞなげかるる

 

 身をうたかたとおもふとも

  うたかたならじわが思ひ

 

 げにいやしかるわれながら

  うれひは清し、君ゆゑに

 

   (佐藤春夫 水辺月夜の歌)

金山駅から 徒歩4分

 

 

カウンターに座り

 酒のお品書きを拝見

   いい酒を置いている。

まだ飲んでいない2種を注文

⭐︎紀土(キッド) 純米大吟醸 和歌山

⭐︎冽 純米大吟醸 山形

どちらもまずまずの味。

今時の流行りの飲みやすい酒

 

⚫︎茗荷の春巻き

 梅雨の頃の草原の香り

  この季節茗荷がいいね

 

⚫︎鴨スモーク

良い味付け

 

 

 

⚫︎手作り豆腐

 これも良いね

 

⭐︎次の酒は飛露喜

飛露喜は久しぶり。福島県会津地方の醸造元。かつて、今ほど有名になる前の頃、飛露喜の専務(社長の弟)が年に一、二度、松坂屋 酒売場で販売されていて、毎回試飲をさせて頂き、中々いい味の酒なので、いつも2、3種類購入していた馴染みの酒。 

 今回は、特別純米

 すっきりとした中に旨みもありいい酒だが、ちょっと綺麗目

 

 

⚫︎蕎麦がき

 

 見るからに旨そうな色形。

 長崎県対馬産の対馬在来種

玄そばからの挽きぐるみ 超々粗挽き20メッシュだといわれる。

美味そうな色形。

  旨い!

20メッシュのざらつき

  旨い!

 

次の酒は

⭐︎旭興 特別純米辛口無濾過生原酒 限定別誂 五百万石

栃木県の酒

きれいめの辛口でややさらっとした感じ まあまあかな。

 

⭐︎超王祿 純米 無濾過生詰 2023年 王祿酒造

精米歩合:60%アルコール分:15.5%

仕込み水:自然湧水通称"黄金井戸”

島根県東出雲の醸造元。出雲は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の八岐大蛇(やまたのおろち)伝説の通り日本酒発祥の地であり、古代からの出雲杜氏の醸す酒は旨みのある良い酒です。

王祿酒造は全ての酒が生まれたままの味わいを届けるために無濾過です。

 

⚫︎粗挽き蕎麦

  そばの粒玉が随所に飛んでいる旨そうな超々粗挽きだ。

名古屋でここまで粗いそばを出す店は1店舗知っていますがまた別にあったとは。

これも蕎麦がきと同じ玄そばからの挽きぐるみ 超々粗挽き20メッシュ。  嬉しいね。

多くの人が好むのは、細くて滑らかな喉越しの良い蕎麦。けれど、それとは正反対の方向に、蕎麦の「旨み」を極限まで追い求めた世界があるのをご存知でしょうか?

■ 喉越しか、旨みか

喉越しの良い蕎麦はツルツルと喉を流れ、万人受けします。だからこそ、多くの蕎麦屋は細かい粉で滑らかに仕上げた蕎麦を提供しています。一方で、喉越しをあえて捨ててでも、「蕎麦の旨み」に賭ける店があります。そうした蕎麦は、口に含んだ瞬間に蕎麦の香ばしさが広がり、噛めば噛むほど甘みが滲み出る──一度食べたら忘れられない味です。

蕎麦粉は粒子が粗くなるほど、蕎麦本来の香りや甘み、風味が強く出ていきます。しかし、それと同時に粉同士が繋がりにくくなり、水回しや延ばしといった工程が格段に難しくなるため、技術が必要になります。

 蕎麦粉を挽く時には、通常は篩(ふるい)にかけて粒度を整えます。このとき、蕎麦用の篩で最も粗いものが「20メッシュ」、つまり0.84mmの篩目です。このクラスの粉は非常に大粒で、まさに“超々粗挽き”。水をうまく回せず、打ちにくく、まとまらず、蕎麦として仕上げるのが非常に難しいため、20メッシュ等超々粗挽きで打つ店は、全国でも100軒に1軒あるかないかと言われるぐらいです。

「蕎麦がき」の場合、粉を繋ぐ必要がないため、20メッシュのような粗挽きでも比較的簡単に作ることができますが、蕎麦として打つとなると、話は別。繋がらず、切れてしまい、茹でることすら難しい──それでもなお、20メッシュや超々粗挽きで蕎麦を打つというのは、蕎麦本来の魅力に惚れ込み、ひとつの素材でどこまで深く味を引き出せるかという挑戦なのです。

蕎麦職人の腕と心意気、蕎麦の味への深い探究心と愛情の現れですね。

 

閑話休題

武山の蕎麦の味

 甘味がグッときて旨味がくる。

   これは本当に旨い蕎麦だ。久しぶりに旨味の蕎麦をいただいた。

 こういう蕎麦には蕎麦つゆはいらない。

  箸先に塩をチョンとつけて蕎麦を一口分つまんでたべる

 ちょうど良い塩分に蕎麦の旨味甘味がじっくりと乗ってくる 甘みを十分感じた時に まったりとした冷酒を一口

これに勝るものはない。

 

⚫︎蕎麦湯

蕎麦屋で最後の〆の蕎麦湯を、ゆがいた後の蕎麦の味も香りもしないシャビシャビの湯を出す店が多い中で、こちらは、きちんと蕎麦粉を溶いて作った濃厚な蕎麦湯。 ありがたい。

せっかく蕎麦湯を出すのであれば、最後まで客を楽しませるこの店のように、本来はこうあるべきだと思う。

ご馳走様でした。 

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 私は蕎麦好きが昂じて、うまい蕎麦を求めて日本各地のこだわり蕎麦屋遍歴を何十年も行って、その数400軒程にもなっていますが、途中で自分でも打つようになり、素人ながら旨味の手打ち十割超粗挽き蕎麦を追求し様々な方法で打ち、15年ほど前までは20メッシュの篩いを使った超々粗挽き蕎麦を打っていました。

その後、もっと旨みを追求していく中で、もっと粒子を荒く大きくして蕎麦本来の味を出そうと、篩いの使用をやめて、無篩いとして、石臼も一度挽きにしています。(石臼は、一度挽いた同じ粉を何回も挽いていくと粒子の大きさがどんどん細かくなっていくので、私はその中で一番粗い一度挽きで世界で一番粗い蕎麦にこだわっています。これは我田引水かもしれませんが、最高に旨みがでて本当に美味いです。ただ、粒子が大きすぎて特殊な打ち方をしないと繋がらないので少量しか打てません。)

 普段蕎麦屋に行くときは、極力粗挽きの店をさがしていますが、金山の駅近で、超々粗挽きの蕎麦屋があるというのはとても嬉しいです。

こちらは蕎麦前も美味しく、酒も良いものを置いているので、更に嬉しいですね。

とても貴重な超々粗挽きの美味い蕎麦屋を知ることができました。

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そば 武山(たけやま)

名古屋市中区金山2-11-10 名豊第一ビル 1F

052-684-4120

インターネット予約050-5600-9059

は夜のみ受付しております。昼は受付しておりません。

金山駅 北口 徒歩4分 東別院駅 2番出口 徒歩8分

金山駅から415m

火水定休

12:00 - 13:30 18:00 - 22:00

七夕の

 蛍が乱舞

   する頃に

  機織り人は

   天に昇りて

 

 蛍が大好きで 月見草を愛し

夕暮れに小鴨川の土手に一緒に行き、月見草は咲く瞬間にポンっと音がするよと教えてくれた父は、

大好きな蛍や月見草の咲く頃に合わせて逝った

 

 7月3日は父の命日

 

あれから38年

 

 なでしこの

     花咲く頃に

   思い出す

 

  機織り人の

    父の顔

 

 

その後父の元へ逝った母と一緒に生前の様に仲睦まじく染め織りを行っていることでしょう

あちらでは今頃どんな作品を織っているのでしょう。

母はいつもの様にネクタイを織り、父は新しい絹染めの着物を織っているでしょうか

いつか私もその作品を見るのが楽しみです。

 

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吉田たすく

 絵羽着物 「なでしこ」 昭和60年(1985年) 新匠工芸会作品

両親は亡くなるまで本当に仲良く恋愛状態の様な夫婦でした。

この作品は、おそらく愛する母を想いながら織り上げたのだと思います

 風そよぐ

  花と想えし

   君の影

  染め織りたるは

    撫子の花

       周之介

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「不染」

1969年、東大寺の清水公照大僧正を自宅に迎え話を伺う中で、たすくの染織に対する姿勢に好感を持った大僧正より「不染」の号を名付けられた。また、「おらずやのたすく」ともいわれた。「不染」の号を得て、たすくはとても感激し大切にしていたという。また、この時公照大僧正は部屋の襖にサラサラと大きな襖絵を書かれて、たすくは更に感動したという。

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 万葉集のうたの中で「染」についてまとめた本は上村六郎先生の「万葉の染色」がありますが、「織」についてまとめた本はまだなく、父は1982年に、万葉集の中の織りについての考察「染めと織の万葉慕情」を週1度2年間に渡って計100回新聞に掲載しました。

 残された資料は長い年月で読みづらく、40年後の一昨年と昨年に渡ってこの100回分全てを読み解いてブログとFBに掲載させていただきました。このおかげでほんの少しだけ万葉集が身近になったような気がします。

 死して尚、凡愚な息子に教えてくれています。

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 清水 公照(しみず こうしょう1911年1月3日 - 1999年5月6日) 

 華厳宗の僧侶。(現・姫路市)出身。

第207世、第208世 東大寺管長となり、苦心の末、東大寺大仏殿昭和大修理を行った。独特の味わいのある書画、陶芸で知られ墨画書画、陶芸の作品制作等も多く、「今良寛」の異名がある。