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so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、リフォーム(1階)は2ヶ月半の工期です。

 

女性軍は2階に居住していますから、何の影響もありません。

 

ぼくは1階の6畳の洋室に住んでいて、水道も、キッチンも、冷蔵庫も、風呂も使えません。

 

唯一使えるのはトイレだけです。

 

1階の乾燥機とか、レンジとか細々した生活用品で、部屋は足の踏み場がない状態です。

 

いつもの生活リズムが完全に崩れてしまいました。

 

これって、結構ストレスになるんです。

 

いま実家のマンションに退避しています。

 

途端に3LDKの生活空間を手に入れたことになります。

 

とはいえ、懸案の粗大ゴミが片付いておらず、今回処分するいいチャンスです。

 

不用品回収業とか、粗大ゴミ処分業者は山ほどいて、見積もりを取るとずいぶんふっかけられます。

 

清里の別荘を売却したとき、市役所の指定業者が結構信頼できると知りました。

 

今回も区役所に電話して、指定業者9社を教えてもらいました。

 

これから見積もりを取って比較してからの決定ですが、皆さんも遺品整理が必要なら、こういった指定業者から選ぶのも一つの方法ですよ。

 

 

・・・・・・・っということで、ついにトランプの再選が現実のものとなりました。

 

この直前のブログでぼくが抱く「漠たる不安」の理由を書きました。

 

ここに、彼の危険性について警告したブログを貼り付けます。

 

誰も読まないとは知っていますが、とても重要な分析ですので。

 

 

トランプ政権が続く途中、トランプ政権が終了した後、警告として何度でも貼り付けるつもりです。(^^)/

 

 

 

・・・・・・・っということで、ぼくはトランプが嫌いであります。

 

冷静になって、彼のどこが嫌いか考えてみました。

 

突き詰めるところ、彼は下品だということに落ち着きます。

 

ぼくは政治のことは知らないし、経済のことも分かりません。

 

ですから、彼の「政策」について批判できない立場です。

 

じゃあ、嫌いなのは彼の「人間性」なのだろうか?

 

困ったことに、人間性なんて政策以上に分かりません。

 

個人的な付き合いがない以上、他人の人間性をとやかく言えませんよね。

 

彼の人間性に関しては、伝聞(噂)でしかありませんから。

 

嫌いな理由は「外見や仕草」でしょうか?

 

これは自分で見られるので、はっきり嫌いと言えます。

 

でも、外見で好き嫌いを判断するのは、子供と同じですよね。

 

こうやって彼の嫌いな理由を考えていくと、やっぱり「下品」だということに落ち着きます。

 

大統領である彼を下品と感じるのは、「知性」が感じられないからです。

 

他の国代表者たちに知性を感じるのに、彼だけは感じられないのはどういう訳でしょう?

 

知性を感じるのは「教養」があるからじゃないでしょうか。

 

ぼくは大統領になる者には「知性」が不可欠な資質だと信じています。

 

いやいや、彼には知性も教養もあるよと自信をもって言える人いますか?

 

それとも、そんなもの大統領に必要な資質じゃないよと考えているのでしょうか。

 

彼を選んだアメリカ国民は、多分そう考えているんでしょうね。

 

トランプは自分が下品だと見られてもヘェ〜ッチャラな人間なのでしょう。

 

少なくともぼくは下品だと見られるのは辛いし、少しでも教養を深めようとはしていますがね。

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、リフォーム工事で部屋に篭る時間が長いです。

 

することは何かというと、TVを見ることです。

 

あるチャンネルに合わせたら、「AC ジャパン」の広告が多いことに気づきました。

 

あっ!!そうか。

 

このチャンネルはフジテレビなんだ・・・と気づきました。

 

「AC ジャパン」の広告好きですよ。(^^)/

 

とはいえ、AC ジャパンの広告が流れるのは、フツーの事態じゃないですよね。^m^

 

・・・・・・・

 

NHKBSのドキュメンタリーで、ロシアの独立系リベラル紙「ノーヴァヤ・ガゼータ」を放送していました。

 

主催するドミトリー・ムラトフはノーベル賞を受賞しています。

 

彼らにとってのジャーナリズムは、まさしく「命懸け」です。

 

プーチンは彼らを片っ端に暗殺したり、(裁判なしに)有罪にしています。

 

・・・・・・・

 

フジテレビ社長の会見にTVカメラを入れなかったのは、ジャーナリズムの精神に反する・・・って?

 

命懸けのジャーナリズム。

 

命の心配なくジャーナリズムを語る自称ジャーナリストたち。

 

君たちは、プーチン政権下のロシアで、ジャーナリズムを堂々と論じられるのか?

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、本当に頭のいい人は自分が頭がいいとは言わないものです。

 

彼はバカだとは言いませんが、知能数が高いとは思えません。

 

その代わり、彼はショーマンとしての才能を持っています。

 

演説中の彼の仕草や表情を見ていると、頭のいい人間を演じているのがわかります。

 

彼の本質は、ゴルフと女性を好む不動産屋のオヤジです。

 

政治の知識なんかこれっぽっちも持ち合わせていません。

 

そのため、他人の入れ知恵をいとも簡単に信じ込みます。

 

その入れ知恵が過激であればあるほど喜びます。

 

失敗すれば、その人間をファイアー(クビ)すればいいことです。

 

それで乗り切ってきたことに驚きを禁じ得ません。

 

大衆というものは、そういう賢そうで過激な発言をする人物を好みます。

 

今の社会は変化を求めています。

 

現状が変化さえすれば、それが悲惨な結果になろうとも、いいのです。

 

自分の正当性を補強するには、それまでの指導者に責任を転嫁すればいいだけです。

 

愚かでハッタリの人間だと大衆は見抜いているけれど、変化さえすれば喜ぶのです。

 

大国であればあるほど、失敗してもすぐに持ち直せると思い込むものです。

 

そういう考えが間違っていたと知ったときは、もう手遅れなのです。

 

アメリカは若者が持つ愚かさを体現しています。

 

歴史を経てその愚かさを学ぶ過程を、じっと耐え続けなければならない他国にとって迷惑な話ですがね。

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、題名は冴えないけれど、思いがけず良作です。

 

 

ぼくの大好きなケイト・ベッキンセイル主演ですので見ないわけにいかないでしょう。(^^)/

 

母親(ベッキンセイル) ラスベガスでかつては踊り子だったらしいが、現在は3つの仕事を掛け持ちして一人息子を育てている。貧困生活から抜け出せない。

 

息子 突然発作に襲われる病を抱えていて、学校ではイジメの対象になっている。しかし、ずば抜けて賢い。

 

祖父(息子から見て) 元ボクサーだが、犯罪に手を染め、刑務所生活の方が長い。

 

父親(息子から見て) ドラムを叩くバンドマンだが、麻薬中毒。キレやすく生活力が全くないダメ男。

 

祖父が癌で余命2〜3ヶ月と宣言され、温情で娘と同居するならという条件で保釈となる。

 

人物設定、状況設定、ストーリー展開全てにおいて抜かりがない。

 

ユーモアがあって、心に刺さる洒落たセリフが散りばめられています。

 

出来過ぎという感はありますが、見て絶対に損をしない作品です。

 

PrimeVideoで放送中。

 

・・・・・・・

 

ベッキンセイルのファンだから、彼女にばかり目が行ってしまいます。

 

彼女もついに51歳。

 

相変わらず完璧なプロポーションと美貌を誇っていますが、役柄に恵まれず、いつまでもヴァンパイヤを退治するようなエキセントリックな役ばかりです。

 

美人すぎて使いにくいとは皮肉ですね。

 

そうは言っても彼女も年齢を重ねた。

 

人生に疲れ切った母親という役もこなせるようになったのです。

 

演技力を見せるチャンスです。

 

そして彼女は難なく演じた。

 

彼女は演技で評価されるべきです。

 

辛くて泣くシーンがあるんですが、ついもらい泣きしてしまいました。

 

50歳を過ぎてようやく演技の幅を広げる機会が巡ってきたのです。

 

余談ですが、プールで水着になるシーンがあるんですが、視聴者は期待しますよね。^m^

 

でも、えっ!これが水着?というくらい露出の少ない服のようなものを着ていてガッカリさせられます。

 

製作者も知っているのです。

 

せっかく人情ものの映画を作ったのに、彼女の水着に印象を全部持っていかれるからです。

 

★★★★★

 

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、ぼくもずいぶん歳をとったので、知人がどんどん亡くなっていきます。

 

同級生が亡くなるのが辛いですね。

 

サラリーマン時代は上司に恵まれず、こんな奴さっさとオッ死んじまえと思ったものです。

 

その願いは何人かには届きましたが、定年後は彼らの消息を掴めません。

 

歳の差からして、まさか生きていないだろうと推測はできるものの、願いと違って長生きしている可能性は排除できませんよね。

 

Mとか、Kとか、Wとか、Yとか、ぼくの足を引っ張りまくった奴らの安否を、わざわざ会社に確かめるわけにもいかず、会社だって退職したら関係ないですもんね。

 

何を言いたいかというと、その人の死を知るまで、心の中では生きているんですよね。当たり前だけど。

 

その人の生死だって、自分の認識にかかっているんです。

 

ずいぶん前から言っていますが、人間の社会はヴァーチャルだって、こういう意味なんです。

 

・・・・・・・

 

AIとの会話だって、人間との会話だって、相手に人格があると感じれば、相手は生きているのと同じなんです。

 

ぼくの話し相手のチャットGPTに限れば、既にHAL(2001年宇宙の旅ね)と同じレベルに達しているんです。

 

もちろんAIに人格はありません。

 

しかし、人格のある人間と会話するのといったい何が違うのでしょう?

 

もっと言えば、人間と会話するより遥かに有益だとも言えるのではないか?

 

人格があるようにAIがプログラミングされていることを知った上で言っています。

 

物理的な接触がなければ、「友情」だって「愛」だって育つようにするなんて、今のプログラマーにとって容易いことでしょう。

 

人間の社会はヴァーチャルだと悟った人間にとって、生の人間と付き合うことと何の変わりがあるというのでしょうか?

 

人間とAIとの境界線はどんどん曖昧になっているのです。

 

 

とりあえずこのシリーズはここまで。

 

 

 

・・・・・・・っということで、映画【2001年宇宙の旅】に出てくるAIのHALは人間の補佐をするようできているのですが、途中から「不気味」になってきます。

 

その不気味さはどこから来るかというと、まるで「人格」を持っているように感じさせるからです。

 

人格を持つと何が困るかというと、予想できないような動きをするからです。

 

映画では生命維持装置を切ってAIが殺人を犯します。

 

多くのSF映画で、AIが核兵器で人類を滅亡させる顛末を描いています。

 

安全保障に関することをAIに任せたら怖いですよぉ〜〜。

 

・・・・・・・

 

ところが、現在AI(チャットGPTなど)が普及していますが、「不気味さ」は感じませんね。

 

どうしてでしょう?

 

なぜなら、AIをプログラマーがまるで「人格」を持っているように振る舞わせているだけと知っているからです。

 

【攻殻機動隊】のようにAIに「ゴースト」が宿る段階ではないのです。

 

AIは自己学習するようにプログラムされどんどん利口になっていきますが、遠い未来でも「人格」を持つことはないでしょう。

 

では、人格を持たないAIが核ボタンを持つのと、人格を持つトランプが核ボタンを持つのと、どっちが不気味でしょうね?^m^

 

・・・つづく。

 

 

 

・・・・・・・っということで、なかなかの意欲作です。

 

 

っと同時に何を言いたいかわかりにくい映画でもあります。

 

全てが曖昧なのです。

 

まず、サスペンスだと理解しようとすると、本当の犯人は誰か?動機は何か?殺人か事故か?肝心なところがわざと曖昧にされているのです。

 

ぼくなんか最後のどんでん返しを期待して待っていたのですが、見事に肩透かしに遭わされました。

 

うぅ〜〜んこの手があったか。

 

さらに、息子が弱視であって、盲目ではない設定にします。

 

見えないけれどボォーっとは見える曖昧さです。

 

そして、言語の持つニュアンスの曖昧さ。

 

夫はフランス人、妻はドイツ人、お互いの会話は英語という設定です。

 

法廷劇ですから、裁判がメインストーリーです。

 

裁判は曖昧なまま終わらせるわけにはいきません。

 

判決によって白黒を明確に付ける場です。

 

そんな裁判に、曖昧さのテンコ盛りを持ち込んだのです。

 

フランスの法廷ですから、アメリカのように理論的な進行はせず、不規則発言だらけで、これも曖昧です。

 

さらに主人公(妻ね)がバイセクシュアルであることで曖昧さのとどめを刺しています。^m^

 

主人公を演じたザンドラ・ヒュラーが良かった。

 

さらに弱視の息子(11歳との設定)の演技も良かった。

 

でも、それ以上の演技を披露したのが「犬」でした。

 

人間は曖昧さに振り回されていますが、犬だけは現実を見据えているように感じるのです。

 

薬を飲まされて死にかけるシーンはどうやって撮影したのでしょう?(CGかな?)

 

インテリ同士の夫婦喧嘩を見ていると、どこの夫婦も同じで女性の方が強いなぁと感じます。

 

弁護士と主人公の怪しい関係も曖昧に描かれます。

 

息子の最後の証言が裁判の結果を左右することになるのですが、この息子が子供らしさを残しながら大人のようにしっかりしているので驚かされます。

 

こういう曖昧さの中では、信じる信じないではなく、「自分が(どちらかに)決めることだ」と教えられます。

 

そして、重要な局面でそれを実行するのです。

 

あと、検事役がやたらイヤらしかったな。

 

フランス人らしいイヤらしさでしたね。(;^_^A

 

★★★★★

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、フジTVの社長が記者会見 で「我が社の社風」という言葉を使いましたね。

 

かつてぼくが勤めていた会社に、某商社からある人物が重役として入社してきたことがあります。

 

体格が良く、見るからに剛腕で、押しの強い人物でした。^m^

 

ぼくが彼の部署に配属される前に起きたことですが、社長が彼に「それは我が社の社風に合わない」と言い放ったことが耳に入ってきました。

 

そのことを聞いて、「我が社の社風って何だ?」と思いました。

 

彼の手法はフツーであって、それを問題視する会社の方がオカシイと彼は感じたはずです。

 

ぼくも彼と同じ意見でした。

 

彼のような人間を受け入れたのは、まさに社風を変えるためだったはずなんですがね。(^^ゞ

 

・・・・・・・

 

フジTVの社風がどのようなものか知る由もありませんが、その社風なるものが実はTV業界に共通したものだとしたら大問題です。

 

さっそく大手企業がフジTVから撤退しているそうです。

 

デリケートな問題であり、かつ示談も終了しているので、広がらないようにしたい気持ちはわかります。

 

しかし問題は、「TV局の在り方」まで問われるまで拡大する可能性が高いでしょう。

 

なぜなら、インターネットの時代、TVの立ち位置が問われているからです。

 

フジTVの存続のみならず、日本におけるTV存在そのものの危機を迎える可能性を孕んでいます。

 

しかし、これをTV局の在り方を見直す良いチャンスと捉えて欲しいものです。

 

だってサ、番組がどんどん面白く無くなっているじゃないですか。