次世代を担う子供たちの現在そして未来 -60ページ目

プロの仕事とは

 私は食べ物の好き嫌いが多い。


 漬物×,マヨネーズ×,豆類× といった具合なので,定食屋さんで出される「小鉢の付け合せ」の類は食べられるものの方が少なく,「申し訳ないな」と思いながらも箸をつけないことが多い。


 大方の調理人の方は,このような客のことはウザいと思うことだろう。自分だったら「手もつけないなんて失礼な奴だ」と思うだろうし。


 * * * * *


先日ある同業者(若手)と話をしたとき,「プロの仕事とは」という話題になった。


若手「大局観とか観察眼とか,目配り気配りとか,必要な要素のことはわかりますが,具体的に何をどうすれば磨けるんすかね?」


気楽な会話でのことなので,私もこんな感じで返した。




 昔,仕事場の近くに「おいしいトンカツ屋」があって,本当によく通ったものだった。カツはおいしくていつも完食,キャベツもおかわりして,いつも気持ちよくお金を払っていたが,一つだけ心に残るものがあった。


それが小鉢


 毎回違う付け合せを用意してくれているのだが,自分の好き嫌いのせいで手をつけないことが多い。ご主人が全く気にするそぶりをみせず笑顔で応対してくれることが,心に残ってね。


 そんなある日,「本当においしいから」ということで5人くらい誘ってでかけたことがある。1人じゃなければ小鉢は他人にあげられるし・・・と思っていたところ,びっくりすることがおこった。


5人の小鉢のうち,自分の中身だけが違う


んだよ。


ちゃんと自分が食べられるものになっているw



「どうしてだろう?」と思った1人が,ご主人に軽く聞いた。私も興味があったので一緒に聞いていると,


この人はいつも小鉢に手をつけないので,「何だったら食べるのだろう」といつも思いながら毎回違う小鉢を出していた。すでに「これならOK」というものは見抜いてあるんですよ。


と。現代であればこの後に「どうだい,ワイルドだろ~」とドヤ顔で言う感じ。



もう脱帽。人の好き嫌いを批判するどころか,観察して武器に変えてしまう。見抜いたものをカミングアウトするタイミングも絶妙。


 もう,全員がご主人のファンになったことはいうまでもないね・・・。



こんな感じで話をした。


 ご主人と客の関係を,「講師と生徒」「スタッフと生徒」におきかえればすぐにわかる話。普段の何気ない会話や生徒の所作から何を見抜けばよいのか,それを「いつ・どのタイミングで」生徒に伝えるのが効果的なのか,そこにどのような演出やサプライズを加えることが印象や評判をアップさせることにつながるのか,を24時間365日考え続ければよいだけではないだろうか。


 ただし,ここには「センス」はもちろんのこと「ユーモア」あるいは「遊び心」といったものを持ち合わせていることが前提となる。これを持っていなければ,どんなに優秀でも高学歴でも「小中学生を相手にして」金を稼ぐことはできないよ。知識を持っているだけでは通用しない世界なんだよね。

衝撃の正答率!

 エデュケーショナルネットワークさんが発行している「ENジャーナル」誌の分析記事より。


2011年度公立入試 計算問題の正答率


青森県 大問1(3) x^2+4x-1=0  47.8%


高知県 大問2(2) x^2+2x-4=0  23.6%


※「二次方程式の解の公式」が,移行措置で高校から中学に戻っているため出題された。



 「書類上は中学範囲に戻った」単なる計算問題の正答率がこれでは,他の単元でも同様の事態が起こっていることは想像に難くない。


 入学後「これは中学でやったよね。じゃあ簡単でいいね」と言われてしまう場面が,しょっちゅうあるわけで。



 この受験生たちが現高2。現高1も含めて,高校側がこの状況を想定してカリキュラムを作成しているとは思えないよね・・・。頑張れ高校生。

熱海!?

【GW突入ですが旅行記じゃないですよ。】


私の授業では,必ず最後に「お帰りテスト」が行われる。


 すべて正解しないと帰れないルールのテスト。現在指導している中学生は高校受験準備ではない(私立生)ので,そこまで厳しさを求めることもなく,「授業終了時間を過ぎたらヒントタイム有,終了した友達にヒントを求めるのも有」という,それなりにゆるやかな枠の中で行っている。


 テスト開始からしばらくはノーヒントで,私は生徒たちの間を丸つけしながらトコトコと歩き回るだけ。


 普段は元気のよい生徒たちも,この時間だけは早く帰りたい一心で真剣そのものである。


 そんな中,ノーヒントといいながらも,×がついた問題では「どこまで合ってますか」とか「計算は合ってますか」などと聞いてくる者は多い。そしてその心境は理解できるので,いつも


 地名でニュアンスを伝える


 ことにしている。四谷校舎で授業をするときには,


「今,市ヶ谷まで来てるよ」「今秋葉原だよ」「吉祥寺だね」


など。


四谷に一本で来れる駅名だと「計算間違い」とか「方向性は合っている」ということ,つまり「近い」ことを伝えている。それに対して,



「四谷集合なのに,今なぜか六本木にいる。数字つながりっていうだけだね」


とか


「四谷集合なのに,今羽田。このままだと飛行機乗るよ」


なんてことになると,生徒たちも「うわ,遠い」「微妙だ」などと言いながら再検討を始めることになる。



そんな中,先日の金曜日。


 授業で扱った内容にも関わらず,ある生徒が「学習内容の本質を無視で自己流+計算間違い連発」の状態。しかも自信満々に「絶対合ってます,楽勝です」くらいの勢いで丸つけを求めてきたので,


淡々と×をつけた上で


「お前,今熱海だぞ」


と伝えた。本人はポカンとしていたが周りは大爆笑。


男A「熱海って,温泉にでも入ってるのか?」

女A「もう都内じゃないし。四谷に帰ってこれないよ!?」

男B「いや,新幹線で東京までくれば」

女B「でも間違えて下りに乗って,名古屋とか行ったらどうするの?ハハハ」



なんてやりとりでテストが一時中断してしまった。まぁ,面白いからいいや。

「毀れた数学治します」2年目が終わって

生徒から手紙をもらった。




 これまで,こうした「お礼の手紙」を他者(嫁を含む)に見せたことはないのだが,色々と思うところがあってブログにアップしておこうと思った次第である。




早稲田塾中学生プライム館において

「毀れた数学治します」のキャッチフレーズで,中高一貫校に通う中学生(主に中3から)を指導し始めて2年。




 1期生(新高2)は最終回の授業が地震で中止になってしまい,「これからは自力で頑張れよ」と告げることもできずに終わってしまった。




 そして地震と停電の不安の中で授業を始めた2期生(新高1)。


前にブログにも記したが,正直この1年は自分の無力さを痛感するとともに,このコンセプトが「生徒たちの将来にとって有益なものなのかどうか」すら自問自答する日々が続いたことも事実である。




 自分の指導に対する「目に見える成果」がはっきりしないから。




 彼らの受験そして合否に直接関わらないということは,ある意味「自分は無責任なのでは?」と考える余地を残すということ・・・。




 そんな中もらった手紙は,感慨深いものがあった・・・。


 

次世代を担う子供たちの現在そして未来


              (生徒名は消してます)




  これからは,自分の足で立って歩いてくれ。 



中高一貫の6年間は長いようで短い

かつて自分が教務コンサルとして関わっていた学校から,初の東大合格者がでた(らしい)。


学校のHPで確認しただけで,現役or浪人,文系or理系もわかっていないので,(らしい)としておく。



 東大合格だけがすべてではないことは充分にわかっているけれど,「なんとかして東大合格者を輩出したい」というミッションにしたがって,プレッシャーの中で結果を残した先生方・・・,お疲れ様でした。


 どうやら全体的に合格実績が向上しているから,ある一部の優秀生だけが実績を稼ぎまくったわけでもなさそうで,中高一貫で6年間育てた生徒たちに結果が出たのだろう。

 この学年と次の学年については中学3年間ずっと関わっていてきたので,よって,当時こだわった「中学生時代の土台作り」についてもある程度の効果はあったのだろうと,ここは極めて楽観的に総括しておく。


そして,6年間って短いね。



 さて,ここで言う「効果」とは何か。


もちろん,直接的にはカリキュラムを構築したり,時には授業をしたりということもあったけれど,生徒たちに対する私の影響力なんてたいしたことはない。頑張ったのは先生方。


手前味噌ながら,効果があったと感じるのは間接的な部分。


それは,私のような外部の人間が関わったことによって「先生方が緊張感を持った」ことではないだろうか。


 当時,特に数学科の若手に対しては「その場しのぎや惰性で授業を消化する姿勢」には厳しく注意をしていた。授業の質・量も軽視することはできないが,とにかく指導者が「妥協せず,自分なりの全力を尽くす」ことの積み重ねこそが,将来の結果につながるということを伝え続けた(つもり)。


 もちろん他教科の先生方にもお願いし続けたことであるから,生徒たちに対してこの姿勢を持ち続けてくれたとしたら,これほど嬉しいことはない。


  

 学校の先生も塾講師も,私の知る限りほぼ全員が,口では「日々全力投球」とは言う。

しかし雑務に忙殺される日常の中で,この姿勢を本当に実践し続けることは大変難しい。ましてや非受験学年,特に中高一貫校の中学生であれば,直接次年度の合格実績に結びつくわけではないから「今日一日くらい手を抜いても平気さ」と考える指導者の存在は,決して無視できない(自身のスキルが低く,結果として手抜きと同じレベルの授業しか提供できないケースもあるが)。


 その積み重ねが生徒たちの可能性を潰していくのだ。


 

 入学時の学力が決して高くはない生徒たちを預かって地道に育て,初期の可能性から何倍もの利回りをつけて卒業させる


 中学受験者数が頭打ちになり,学校選びの目がシビアになっている昨今では,特に首都圏で集客に苦労し始めている中高一貫校は,ここに強い意識を持たなければならない。

 

 しかしながら現状は,このサイクルを確立させることが出来ていないわけで,改善の第一歩は「緊張感の持続」だと強く思う。これを続ければ少なくとも,


 集客には苦労していないが中身が伴っておらず,生徒の大半が塾・予備校の方を信頼している


 レベルの学校には負けることはないでしょ。




最後に。今年だけなら世間は「まぐれ」としかとってくれない。本当の勝負は来年ですよ。<先生方