2012年度版「中学生でも解ける大学入試問題(数学)」その3
第3回 岡山大学(文系) 大問3
四角形ABCDは平行四辺形でないとし,辺AB,BC,CD,DAの中点をそれぞれP,Q,R,Sとする。
(1)線分PRの中点Kと線分QSの中点Lは一致することを示せ。
(2)線分ACの中点Mと線分BDの中点Nを結ぶ直線は点Kを通ることを示せ。
「中点連結定理」と「平行四辺形になるための条件」だけで証明できるので,まさに中2向けの問題です。
いま手元にある資料だけで類題を提示してみると・・・
78年お茶の水女子大附属高校
四角形ABCD(図があり,平行四辺形ではない)において,点P,Q,R,Sをそれぞれ辺AB,BC,CD,DAの中点とする。
(1)四角形PQRSが平行四辺形となることを証明せよ。
(2)ABCDが正方形のときはPQRSも正方形となる。ところが,PQRSが正方形でも,もとのABCDは正方形とは限らない。PQRSが正方形であって,ABCDがどんな直線を軸としても対称にならない四角形の一例を図示せよ。
90年洛星高校(岡山大学の問題と見比べてください)
四角形ABCD(図があり,平行四辺形ではない)において,点K,L,M,Nをそれぞれ辺AB,BC,CD,DAの中点とする。
(1)線分KM,NLの交点をOとすると,LO=NOであることを証明せよ。
(2)線分AC,BDの中点をそれぞれS,Tとすると,線分KM,NL,STは1点で交わることを証明せよ。
現在30代,40代の皆さんであれば,高校入試に向けた勉強の中で接していた(はずの)題材が,ついに大学入試で登場しているのです。この年代の方々であれば「これがゆとりの現実か・・・」と流していただければ結構。
「ゆとり世代」と呼ばれる皆さんは,この現実をどう感じますか?
「現在の子どもたちに『証明問題と向き合う力が不足している』という危機感の現れ」と読み取るのであれば,今日からでも「自分のための勉強」をすすめてください。
「だからゆとり世代は・・・」と一部の人が皆さんを揶揄する原因は,皆さんの知識や経験の無さではありません。「好きでゆとりに生まれたわけではない」などと言い訳が多く,「自分自身を向上させようとしない」その姿勢にあります。
言い訳が出てくるのは「勉強をやらされている」からではありませんか?仕事だって部活だって同じ。自分がやりたくないときには,あーだこーだと言い訳が出てくるものです。 勉強は誰のためにやるものでしょうか。少なくとも中学生以上であれば,勉強は「自分のため」にやるものです。親のため,先生のため,テストや成績のためにやるものではありませんね。
今回紹介した事例は,「20年前30年前に比べて中学生高校生が退化してるかも?」というほんの小さな一事例にすぎません。もちろん進化している部分も数多くあるので,世の中全体から見れば気にする必要すらないことでしょう。
でもね・・・,
何かの縁でこのブログまでたどり着いてくれた皆さんだけは,「このままだと日本がヤバいぞ→だから,他人はともかく自分はしっかり勉強したほうがよいのかな?」と,少しでも前向きに物事をとらえて,自分で考えてほしいと強く願っています。
「その場の雰囲気に流されたり」「多数の意見に安易に同調したり」して,「自分で考える」主体性を放棄し続けた人間には,強烈なシッペ返しがやってくる時代がすぐそこまで来ている
と私は思っているからです。
2012年度版「中学生でも解ける大学入試問題(数学)」その2
マークシートの問題は,マークシート表記にしていません。
第2回 東京慈恵会医科大学(医) 大問1(3)
袋Aには赤玉2個と白玉1個,袋Bには赤玉1個と白玉2個が入っている。袋Aから玉を2個取り出して袋Bに入れ,よくかき混ぜて,袋Bから玉を2個取り出して袋Aに入れる。このとき,袋Aに入っている白玉の個数をXとすると,
(ⅰ)X=0となる確率を求めよ。
(ⅱ)X=2となる確率を求めよ。
解答・解説
袋Aからの玉の取り出し方は
イ)赤2個(取り出す確率は2C2/3C2=1/3)
ロ)赤1個白1個(取り出す確率は2C1/3C2=2/3)
が考えられる。
イ)の場合(袋Aには白1個,袋Bには赤3個白2個が入っている)
X=0とはならない。
X=2となるのは,赤1個白1個が戻ってきた場合
【赤1個白1個を選ぶ確率は(3C1×2C1)/5C2=3/5】
よって,X=2となる確率は,1/3×3/5=1/5・・・①
ロ)の場合(袋Aには赤1個,袋Bには赤2個白3個が入っている)
X=0となるのは,赤2個が戻ってきた場合
【赤2個を選ぶ確率は2C2/5C2=1/10】
よって,X=0となる確率は,2/3×1/10=1/15・・・②
X=2となるのは,白2個が戻ってきた場合
【白2個を選ぶ確率は3C2/5C2=3/10】
よって,X=2となる確率は,2/3×3/10=1/5・・・③
したがって,
(ⅰ)の解は②より,1/15
(ⅱ)の解は①+③より,2/5
2012年開成中学大問3
文章題(つるかめ算)ですが,昨年のニュートン算に続いて設定に???があったようです。
ツル,カメ,トンボの数を数えました。かりにツルの数をカメの数とし,カメの数をトンボの数とし,トンボの数をツルの数とすると,足の本数の合計は200本になります。一方,実際の足の本数の合計も200本になります。実際のツルの数として考えられるものをすべて答えなさい。ただし,ツル,カメ,トンボの数はすべて1以上とします。なお,ツル,カメ,トンボの足の本数はそれぞれ2本,4本,6本です。
わかりやすくいきます。
ツルの数をx,カメの数をy,トンボの数をzとおくと,
赤字の条件より,2x+4y+6z=200 となります。
では,青字の条件です。
「ツルをy,カメをz,トンボをxとおく」と読みましたか?
それとも
「カメをx,トンボをy,ツルをzとおく」と読みましたか?
あれれ,解釈が2通りありますね。合格発表の際に掲示板で「どちらの考え方も公平に採点しています」との連絡があったと聞いていますので,心配する必要はないみたいですが。
2年分をあわせて「一本!」 開成中学,しっかり頼みます。
2012年度版「中学生でも解ける大学入試問題(数学)」その1
備忘録代わりに,問題と解説を残しておきます。
マークシート問題は,マークシート表記をしていません。
第1回 順天堂大学医学部 大問1(1)
さいころを3回投げたとき,出た目の積にについて確率を考える。
(1)3の倍数になる確率を求めよ。
(2)奇数でかつ3の倍数にならない確率を求めよ。
(3)6の倍数になる確率を求めよ。
解答・解説
「積が偶数」と「積が奇数」の場合,レアケースである「積が奇数」を考えるのが定石。
(1)余事象の考え方が早い。
1-(3回とも3or6が出なかった・つまり積が3の倍数ではない)
1-(2/3)^3=1-8/27=19/27
(2)3回とも1or5が出た場合。(1/3)^3=1/27
(3)「3の倍数かつ偶数」が6の倍数であるから,
(3の倍数)-(奇数の3の倍数)=(6の倍数)と考えればよい。
3つの数の積が「奇数の3の倍数」となるのは
積が3→「1が2回,3が1回」だから,3回の目の出方は3C1=3通り
積が9→「1が1回,3が2回」だから3回の目の出方は3C2=3通り
積が15→「1が1回,3が1回,5が1回」だから3回の目の出方は3P3=6通り
積が27→「3が3回」だから1通り
積が45→「3が2回,5が1回」だから3回の目の出方は3C2=3通り
積が75→「3が1回,5が2回」だから3回の目の出方は3C2=3通り
よって,合計19通り
もちろん
3が3回・・・1通り
3が2回(1or5が1回)・・・3C2×2=6通り
3が1回(1or5が2回)・・・3C1×2^2=12通り の合計19通りも可
求める確率は,19/27-19/216=133/216
「高校受験しない選択」のデメリット2
前回の続き
(ぶんぶんどりむ2011年12月号からの蔵出し)
●親が唱える呪文は「守・破・離」
この「健全な反抗」は「親離れ」の始まりでもあります。最近では,子どもの「親離れ」のほうが親の「子離れ」よりも早く来てしまうケースがほとんどだと感じていて,我々の立場から見ると「子離れ」のほうに正直手がかかります(笑)。中には「親離れ」「子離れ」がどちらもないまま大学生まで成長してしまうのだろうな,と思われる事例も存在します。
だからこそ,皆様には来るべき「子離れ」のタイミングを慎重に図っていただきたいのです。そのためには「守・破・離」の考え方を理解し実践していただくのが最適だと考えています。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが,「守・破・離」とは、不白流茶道開祖の川上不白(江戸時代中期・後期の茶匠)が記した『不白筆記』(1794年)にも見られる言葉であるそうなのですが,「修行の段階を説明する言葉」として現代でもよく使われています。さらに細かく見ていくことにしましょう。
『守』・・・当然ながら最初の段階では,指導者の教えを守り真似することから始まります。まずは言われたとおり,見たとおりの形から入り一から百まで型通りに行いますが,形だけ整えたところで「型にはまった融通のきかない」になってしまうことはおわかりだと思います。ここでは作法・技法といったものだけではなく,指導者の「価値観」も同時にしっかり教えなければなりません。
『破』・・・試行錯誤する段階です。更なる飛躍のためには「言われたことを忠実にこなす」だけでは不充分です。そして自身がそのことに気づき独自に工夫して,指導者の教えになかった方法を試してみることが必要になります。
『離』・・・文字通り「指導者から離れる」段階です。自らの新しい独自の道を確立させる最終段階のことをいいます。
お子様の成長と照らし合わせてみると,保護者の皆様にとって「守」と「離」はイメージしやすいのではないでしょうか。「守」は幼児期のしつけや学校の勉強を,「離」は文字通り一人前として独立する姿を思い浮かべることでしょう。
それに対して「破」の部分に関しては,具体的な時期や出来事をイメージすることができるでしょうか。私が保護者会などで問いかける限りにおいては,これを明確にイメージしておられる保護者の方はけっして多いとは思えません。「それは今ですよ!」と申し上げると,どよめきがおこるほどです。
お子様が普段取り組んでおられる作文においても同様で,「守」はあくまでも「作文の書き方」の把握でしかありません。お子様の作文力の向上は,単にテクニックを身につけたかどうかではなく,「破」の部分で試行錯誤した経験にしか比例しないこと,そして独創性や論理的思考力といった「21世紀に求められる力」につながっていることがおわかりいただけると思います。
残念ながら,最近では学校に限らず社会全体で「破」を意識しない傾向が強まっていると思います。
「守」の世界しか経験していない子どもが,大学生や社会人となった後に「破」の感覚を身につけることは非常に困難で,「正解なきグローバル時代」をタフに生き抜けるとは思えません。最近多い「健全な反抗」がない子どもたちは,けっして日本の未来にとって「いい子」ではないのです。
勉強に限らず何の世界でも,挫折や葛藤,摩擦が生じるのは「破」の段階です。これを子ども自身が乗り越えない限り「離」が来ない,と考えておくことが,即ち「子離れ」なのだろうと私は考えます。これを認識できていれば,たとえお子様が反抗的な態度をとろうとも「一過性の通過儀礼だから仕方ないわね」とやり過ごすことができるのではないでしょうか。お子様と同じ土俵で喧嘩するのではなく,「お釈迦様の手の上で・・・」という感覚で,是非お子様に接してあげてください。(終わり)
興味のある方は,PDFファイルで過去の記事を読むことができます。