「高校受験をしない選択」のデメリット
中高一貫校に通う中学生の親が発する「特徴的なフレーズ」に,
うちの子は褒められると勉強するんですよ
(厳しく接すると,褒めないと勉強しない)
がある。だから「褒めて育ててください」なのか「厳しく接して大人に変身させてください」なのか・・・(笑)
こと中学生においては,「褒めないと勉強しない姿勢」を肯定するわけにはいかない。最近は個別指導塾で「先生を選べる」サービスがあるし,そもそも進学した中学だって「自分で選択する」わけだから,ご家庭のニーズや方針を否定することはできないけれど,中学生には
自分が頭で考える「限界」の枠を超える
体験が数多く必要で,それには「やればできる!頑張って!」だけでは通用しない場面が多くあるからだ。
誉められながら勉強すれば,生徒本人は気持ちが良いので,その瞬間においては自分の能力を最大限に発揮できるかもしれない。しかしながらそれは,今のレベルにおいて最大限というだけであって,自分のステージそのものをアップすることとは違う。上のステージにチャレンジし続ける限り,やはり厳しさは必要だ。
わかりやすく言えば,
高校球児が褒められて育てた結果,「自分のレベルにおいては最大限やるべきことをやれるようになった」としても,それが全国レベルで通用するとは限らないということ。
勉強でも生き様でも,「もうこのレベルで充分」と歩みを止めた瞬間に成長はストップするから,上のステージにチャレンジする姿勢は持ち続ける必要がある。この経験(限界の枠を超える)の量の差が,すなわち人間力の差につながるのではないかと考える。
高校受験があれば,少なくとも勉強面に関しては「自分で乗り越える」必要が出てくる。
しかし,中高一貫校にお子様を通わせているケースでは,その学校の特徴にもよるが「子どもにチャレンジをさせて自立させる」ことを,保護者が強く意識し続けないときっかけそのものを失ってしまう場合がある。
以下,自分の連載記事を蔵出しするので,興味のある方は読んでみてほしい。
(ぶんぶんどりむ2011年12月号より)
お子様の「健全な反抗」にイライラしないために
普段塾で中学生を指導しているため,「中学生の母」と話をする機会がよくあります。そのとき必ずといってよいほど話題に上がるのが,「最近子どもが言う事を聞かず反抗的な態度をとる」「こちらが何を尋ねてもまともに返事すらしない」といった,「素直でなくなってしまった子ども」への愚痴です。
私は心の中で「よしよし,(本人は)健全に成長しているな」とうなずきながら,「今後は何かあったら我々に伝えてください。直接言えば喧嘩のもとですから」といつも答えています。
今小学生のお子様をお持ちの皆様にも,近い将来同様の場面が登場することでしょう。今回は,そんな時にイライラしなくて済む方法として,私が保護者会で話している内容を紹介していきます。
●お子様の「健全な反抗」の背景
子どもは新しいことを身につけるにあたり,必ず身近な手本を真似することから始めます。家庭であれば「親の一挙手一投足」をよく観察することでしょう。学校や塾であれば,先生の話をよく聞いてその手法を真似しながら身につけようとします。ですから,小学校までの段階での「いい子」とは,この真似の過程で「指示を忠実に守り,手がかからない」子を指すことになるのです。
それに対して中学生以降になれば,その成長過程にあわせて本来は「いい子」の定義も変わらなければなりません。勉強面も部活においても,これまで通りの「指示を守り真似る」面に加えて,「自分で考えながら試行錯誤する習慣」を身につける時期にさしかかるからです。
ところが保護者の中には,子どもに接するときの「いい子」の基準が相変わらず切り替わらない方が少なくありません。「中学校=内申=先生たちの言う事をよく聞く子でなければ成績はよくならない」というご自身の経験も影響してか,(内申の影響が少ない)私立中にお子様を通わせている保護者でさえも,いつまでも幼稚園・小学校時代のままの感覚の「いい子」を要求する方が,かなり増えていると実感しています。
この結果,ほとんどの子どもは2重のストレスを感じることになります。1つは自身の「試行錯誤」の過程で生じるストレスです。頭で考えることと実際の行動との間にズレが生じることは当然で(「できると思ったんだよ!」という言い訳が出るのがこの時期です),うまくいかない自分に対して一番苛立ちを感じているのは,もちろん彼ら自身だからです。そしてもう1つが前述の「(成長過程とずれた)親からの要求」でしょう。これらが「反抗的な態度」の原因だと私は思います。
よって私は,「健全な反抗」とこれを呼んでいます。最近は,親が求め続ける「いい子」を中学・高校と演じ続ける「反抗期のない子ども」も少なくないようですが,そのまま大人になった彼らが「社会的に魅力のある人間」に見えるかといえば,当然ながら疑問符をつけざるをえないからです。(以降次回に続く)
大学の秋入学案:単なる「打ち上げ花火」では無さそう
日本中のほぼ全員が,その理由を考えることもなく疑問視することもなく,「そういうものだ」と考えてきたシステムを変えようとするのだから,摩擦や抵抗の大きさは想像に難くない。
言えることはこれだけ。
・国が主導で動くことは考えられない以上,アテにせず大学側から動き出したところがミソ。現場は危機感を持っているということだろう。
・今から検討を始めて実施は5年後。「5年後あるいは10年後」の日本・世界の情勢をどこまで予測しているのか,各界のコメントや分析のほうに今は関心がある。それが背景にあってのシステム改革だろうから。
・意見交換に参加しない(声を掛けられていない)大学は,サッサと検討して意見表明すること。大学のプライドや存在意義が試されていると思う。
東大、秋入学案を正式発表 11大学や経済界と協議へ
東京大学は20日、秋入学へ全面移行するとした素案を正式に発表した。4月には、他大学との協議の場と、経済界との協議の場をそれぞれ立ち上げる方針だ。すでに意見調整を始めたという。
学内では各学部に素案を示し、課題の洗い出しを始めた。今後、学内の意見を集めた上で3月中に正式報告を公表。1~2年で大学として最終決定し、3年程度の告知期間を経て5年前後で秋入学を実現することを想定している。
意見交換を始める他大学は、北海道、東北、筑波、東京工業、一橋、名古屋、京都、大阪、九州、早稲田、慶応義塾の11大学。高校卒業から入学までの約半年間(ギャップターム)に、海外留学やボランティアなど、どのようなプログラムを用意できるかなどについて意見を出し合う。経済界とは、卒業も秋になった場合を想定し、就職・採用や公務員試験の時期の問題で協力をとりつけたいとしている。他大学や経済界からは、歓迎と不安、両方の声があがっている。
(asahi.com 2012年1月20日21時30分)
「高校受験」か「中高一貫」か
現在のところ,自分が実際に授業を行う相手は,塾でも学校でも「中高一貫生」に限定されている。
中高一貫生は「高校受験がない分,時間に余裕がある」と思われているかもしれないが,私が見る限りそれは全くの誤りで,通学の所要時間を抜きにしても,たいがいの公立中生(部活を熱心にやっているレベルの生徒)と対等,あるいはそれ以上に忙しそうにしている(授業時間数が多い,というだけでも充分な理由ですね)。
で,忙しいがゆえに,勉強においては「理解不充分のまま流してしまっている部分」を持つ生徒が非常に多い。
中学1・2年の間に,しっかり理解するまで演習を重ね「わかる→できる」になるまで妥協しない姿勢を作る
ことを,私は塾講師であるから重要視するわけだが,
現実に壊れてしまっている生徒たちの多さと,彼らから発信される「HELP!」の深刻さに触れると,真剣に
「高校受験しないという選択(中高一貫に通うこと)」のデメリット
について,声高に叫ぶことの重要性を意識せずにはいられなくなってくる。
今年,ブログにおいては,これをテーマとして見聞したこと感じたことを書き残そうと思っている。
明けましておめでとうございます
皆様,明けましておめでとうございます。
2012年が始まったのを機に,ひっそりと少しずつ,ブログを再開していくつもりでいます。
2011年は,私がこの仕事を始めて以来,もっとも「自分の力の無さ」を感じずにはいられない1年となりました。
電車が止まり,電気が止まってしまえば,自分の仕事なんて成立しないこと
学歴も得点も,自然の猛威の前には何の効力も持たないこと
そして,
「必死で勉強できる環境」が,実はどれほど幸せなことであるのかを,授業を通して生徒たちに伝えきれたという自信が持てなかったこと
これが一番きつかった・・・
「毀れた数学治します」というキャッチフレーズを語る資格について,自問自答する日が続いたことは事実です。
もう1年,もう1回,足元から作り直してやってみよう
と思うようになったのは,正直言ってこの1ヶ月のこと。
春先には呆れるほど数学ができなかった生徒たちが,なんだかんだと言いながらも自発的に勉強し始めたからでした。この冬休みも,相変わらず悪口を言われながら,確かに頑張って勉強しています。
それは,親のためでもなく,私のためでもなく,学校の先生のためでもなく,
自分のため
ということが理解できたからなのだろうと,勝手に自分で結論付けてニンマリしています。
今年も宜しくお願いいたします。前向きに進んでいきましょう。
高校への数学に記した自分の想い
「高校への数学(東京出版)」という雑誌で,毎月6ページ「数式編の講義」を担当しています。
GWということもあって,5月4日発売予定の「2011年6月号」の見本が昨日手元に届きました。この号の原稿を書いたのは,3月27日。ちょうど1ヶ月前で,計画停電がまだ行われていた頃のことでした。まだ先行きが見えない状態でしたから,こんな書き出しで講義を始めました。
こんにちは。この度の東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。東北・北関東の読者の皆さんが,一日も早く勉強に集中できる環境を取り戻せるよう,心から願っています。
この高数を手にできる環境にある皆さんは,こんな時期だからこそ地に足をつけて着実に,そして志高く勉強してください。本気で数学に取り組んでください。皆さんが今後数学の学習を通して蓄える実力は,きっと日本の未来にとって大きな力となるはずです。
あの震災から50日が経過して,自分の周辺は平静さを取り戻してきましたが,特に東北や北関東の学生の皆さんの中には,報道を見る限り「まだまだ勉強どころではない」という方も多くいらっしゃるであろうと推測しています。つらいことですが,「日々自分ができること」に全力を注いでください。その積み重ねは,数学の公式やテクニックよりも深く深く自分に刻み込まれ,一生忘れることのない財産となるはずです。
日本が復興するまで何年かかるかわかりませんが,私は「日本復興の主役」が読者の皆さんの世代であると信じています。だから・・・,頑張ろう。
そして,もう震災の騒動を忘れてしまった中学生諸君。今回君たちは,様々な場面で「机上の空論」とは何かを身をもって感じたはずだ。君たちの生活に置き換えると,公式や知識を身につけ,テストで正解し得点を積み重ねる「だけ」の勉強では何の意味もないことを,感じ取れたはずだ。
数学の勉強の目的は,「テストでよい点をとるため」「入試で合格するため」ではないぞ。
今回の原発事故に代表されるような「誰も正解がわからない」事象にブチあたったときに,「最後まであきらめず考え抜き,最善策を生み出す」ためのトレーニングのためだ。
自分の人生だって,これから君たちは「誰かの指示通り動けば済む」なんてことはなくなる。進学先だって就職先だって,そして生涯の伴侶だって,最後は自分の責任で選択し,自分の足で歩いていくんだ。
だからこそ「泣き言をいわず自分自身でトコトン考え抜く」習慣を,数学をとおしてしっかり身につけてほしい。
この期に及んでも「何も考えようとせず」,思考停止に陥って身動きがとれなくなっているような大人たちの真似だけはしないように・・・。