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急行越前のブログ

日々の生活で感じた事や趣味の事を書き綴っています。
不定期更新ですが、お時間があったらご笑覧ください。

ギターを弾き始めて1ヶ月が経った。


コードも幾つか覚えて、ぎこちないながらも徐々に弾ける様になって来た。こうなってくると、野望が頭をもたげて来る。どうせなら、数曲を弾ける様になって、グループホーム等に行ってお披露目し、少しでも皆様のお役に立ちたい。せっかく、弾ける様になったのならば・・・。

でも今の状態では、お役に立つどころか、下手なギターを聴かせて苦行を強いるだけである。楽しい音楽をお聞かせして、少しでも気分を向上させることが出来たなら良いが、ご迷惑をお掛けしに行くのでは意味が無い。


でも、折角練習して弾ける様になったら、少しは何かに役立てたい。

今、役に立つ事というと、余りにも下手なギターを聴かせて、ねずみを追い出すとか、眠くて仕方が無い人に聞かせて、覚醒してもらうとか。


どうやら、まだ余り役には立ちそうも無い。

今のままでは、ギター侍の何某と余り変わりはない。


もっと練習が必要だ。

もっと、もっと、頑張らなければ・・・。


全ての事象は、実は今しか見られない光景である。


私は、子どもの頃から鉄道が好きで、よく写真を撮りに行った。当時は、上野駅には東北・常磐や奥羽・羽越、上信越方面への特急が、ひっきりなしに発着し、とても魅力的な光景であった。当時は、まさか見られなくなるとは思いもせず、ただ、まだ見ぬ遥かなる地へ夢を馳せて、夢中でシャッターを切った。

しかし、気付けば今残っている列車は、寝台特急「あけぼの」ただ1つである。

当時は、殆どの列車に食堂車が付いていた。子どもにとって、食堂車はまさに羨望の的であった。白いテーブルクロス。花瓶に飾られた一輪挿しの花。赤い制服を着た、ウエイトレスのお姉さん達。
全てが、憧れで、輝いていた。583系や485系の特急列車も、輝いていた。

もう、二度と見られない光景。もう、二度と体験できない良き時代であった。


そう考えると、今の光景もまた、二度とは見られない貴重な物である。

だから、今を大切にして行きたい。

毎日を大切に生きていこうと、改めて思う。


特急「はつかり」 上野~青森間 583系


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特急「やまびこ」 上野~盛岡 485系200番台

(後ろには457系急行電車も見える。)

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NHKのEテレのクラシック音楽館でベートーベンの交響曲を聴いた。

私の大好きな、4番と5番もあった。


バイエルン放送交響楽団という、ドイツの名門オーケストラの演奏である。しかも、指揮はマリス・ヤンソンスである。文句のつけようが無い名演であった。

私がヤンソンスを初めて見たときは、まだ彼が40代だった頃だろう。イケメンで、スマートな、かっこいい指揮者であった。でも、外見だけでなく、彼の奏でる音楽も超一流で、私は直ぐに彼のファンになった。オスロフィルハーモニー管弦楽団というオーケストラを華麗に振る彼は、既にスーパースターであった。

彼の特徴はアップテンポで軽快な曲の運びである。でも決して軽くならず、重厚なドイツ音楽は、きちんと鳴らす。それがバイエルンなら尚更である。奥深く、広がりがあり、重く響く独特の音色が素晴らしい。だから、聴いた後の爽快感と充実感がたまらない。それが彼の音楽に病み付きになった理由である。

でも、驚いた事に彼は既に70歳になっていた。私の親父より、4歳若いだけだった。驚きの事実であった。若いと思っていた彼も、実は年を取る。当たり前の事だが、今更ながら驚いた。

でも、それより驚くのは、彼の演奏や指揮振りが、若々しさを失わない事だ。70歳の指揮者とは思えない、活発で軽やか、かつしなやかでリズミカルな動き。これがまた素晴らしい。


ナイスミドルとは、彼の為にあるような言葉である。

私はローカル線の旅が好きである。


以前、青春18切符で普通列車に乗って、旅に出たときのことである。

篠ノ井線という、単線でスイッチバックの駅のある、風光明媚な路線である。日本の三大美峠の一つでもある。列車はゆっくりと勾配を登りつつ、右に左に身をくねらせる。眼下には善光寺平が広がる絶景スポットであった。

孫らしき子どもをつれた60代半ば位の方が、ロングシートで子どもを窓の方に向けて載せていた。私は、何気なく見ていた。その時、若い車掌が巡回してきた。、一旦は通り過ぎたが、戻ってきて言った。

「お客さん、靴を脱がせてもらえませんか?」私もふと気付いてみると、なんと子どもに靴を履かせたまま、座席の上に載せて窓の外を見させていたのだ。私は、驚くというより、呆れた。これが、定年過ぎたおじさんのやる事か?御高齢の方の中には、「今の若い者は・・」と嘆く方もいらっしゃるが、最近は「今のお年寄りは・・・」と嘆く場面にしばしば遭遇するようになった。

高齢者マークの車が、駐車場で駐車枠を全く無視して斜めに停まっていたり、一時停止など無視した運転をしたり、一方通行を逆行したり、交差点内や急カーブなど常識では考えられないところに駐車してしまっていたり・・・。

かつて「年寄り」とは、色々な経験をつんだ、知識の豊富な、役職的に上の、尊敬される存在だった筈である。それが、いつから年をとった人を指す様になってしまったのだろうか。


私は、今でも「お年寄り」とは、かつての「大老」の様に、みんなが尊敬する、知識や経験の豊富な、酸いも甘いも噛み分けた人を指す言葉だと思っているし、そうであると信じたい。

私は、昔の「年寄り」になれるよう、努力しよう。



これほど、鉄の血を騒がす言葉はあまり無いと思う。


かつて、SLブームだった頃、「D51の重連」と言った言葉に誘われて、冬の北海道で撮影を敢行した方も少なくないと思う。それほど、魅力的な言葉であり、素晴らしい光景である。

私は、蒸気機関車は重連できるほど持っていない。しかし、ディーゼル機関車や電気機関車なら、重連運用が可能である。もちろん、模型の話であるが。

そもそも、蒸気機関車の頃は力が無かったので、重連や三重連の運用がしばしばあったようだ。しかし、ディーゼル機関車になって、随分減ったようだ。更に、電気機関車になって、重連は更に減った。

電気機関車のパワーがアップした現在では尚更の事だし、そのうち死語になってしまうかもしれない。EH500やEH200の様に、従来の機関車の重連分を1両で出せる力持ち機関車も随分増えてきた。

ますます、重連は死語になりつつある。


昔は良かった。

そんな言葉で解決したくは無いが、昔は不便だったかもしれないが、趣があったと思う。

重連総括制御が出来なかった蒸気機関車こそ、重連の運用が多く、機関士の苦労もたくさんあったと思う。


函館~札幌間を高速運転する為にDD51の重連仕様とした「北斗星」。

やはり重連の魅力は、力強さだと思う。



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ニッポニアニッポン。


その学術名は、非常に有名で誰でも知っている。かつて日本のどこにでもいて、普通に飛んでいた鳥が、既に絶滅してしまった。人間の愚行は、恐るべき事態を招くことがある。

生態数が少なくなってから、研究者や保護機関が必死になって保護に努めた。しかし、残念ながらその種を守ることはできなかった。

その列車が走っていた頃は、まだ日本にこの鳥がいた頃である。毎年、あと○羽になったと報じられ、そのたびに国民が、がっかりしていた時代である。その列車の名は特急「とき」。

漢字でしっかりと「朱鷺」と書かれていた。その後、絵入りのヘッドマークに変えられ、それを機に漢字の表記は無くなった。そして、今は新幹線の名前となり、ヘッドマーク自体が無い。これもまた、絶滅してしまったようである。


特急「とき」に使われた車両は、特急「こだま」や「はと」で、華々しくデビューした花形特急車両であった。東海道新幹線が開通した後、西へと移動させられ、更に山陽新幹線が開通した時、東海道・山陽本線から姿を消した。

このとき、上越線に配転させられてきたのが181系である。現在では、大宮の鉄道博物館くらいしか、本物を見ることが出来ない貴重な車種だが、当時は直流区間のいろいろなところで見られた車両であった。


でも、気付けば非常に貴重な存在となってしまった。


いま、貴重ではなくても、将来的に貴重になる物はたくさんある。しかし、なかなかそれを予想するのは難しい。先を見る目は必要だと、つくづく思う今日この頃である。


信越本線新津駅にて 1979年2月
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妻が新しいギターを買った。


そこで、私にお下がりのギターがやって来た。

さだファンの私としては、ギターを貰った以上は弾ける様になりたい。さださんの歌を弾き語りたい。そんなわけで、最近練習を始めた。

しかし、まず指が痛い。コードを正しく押さえ、綺麗な音を出すためには、しっかりと弦を抑えなければならない。しかも、隣の弦は基本的に触れてはいけない。それが結構アクロバット的な指配置で、つりそうになったりする。みんなこんなアクロバットを平然とこなしているとは、すごい事だと思う。

でも、練習は楽しい。飽きる前に終わりにして、無理をしないようにしている。嫌になってしまったら、元も子もないからだ。

まずは、さださんの歌を、1曲きちんと弾きこなしたい。それを第一の目標にしている。


ピアノやキーボードは、以前から弾いていた。しかし、これらの楽器は、キーを押すと確実に正しい音が出る。これは偉大な楽器であった事に最近気づいた。どんなに絶対音感が無い人でも、正しい音を奏でることが出来る。ピアノやキーボードのような鍵盤楽器は、基本的にそういう構造になっている。

しかし、ギターは違う。まず、自分でチューニングしなければならない。これは、チューナーを使えば、正確に合わせる事ができる。しかし、コードを押さえる場合、性格に抑えないと正しい音が出ない。これが結構大変である。さださんや石川鷹彦さんは偉大であるとつくづく思った。


その時思った。私が、ギターをもって立ったら、昔のさださんの様ではないか。若い頃のさださんは、痩せていて、ちょっと不健康そうな感じだった。実は、とても丈夫な体だったのだが。私も、痩せているがとても丈夫である。


私は、これから毎日少しづつ練習にして行こうと思う。

でも、練習のために外に出る機会が減り、その結果太ってしまったら、ギター河豚のようになってしまうではないか。それはいかん!


昔のさださんに見えるよう、これからも頑張って行こう。

春爛漫である。



しかし、暑い。夏並みの暑さである。5月はこんなに暑かっただろうか。

唐突だが、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」という曲がある。

私は、この曲は夏のイメージが強い。この曲は、非常に生き生きとした明るい旋律で、メンデルスゾーンらしい軽やかな曲である。イタリアというと太陽の国というイメージを持つが、まさにそんな感じの素晴らしい曲である。だからだろうか、私は真夏のイメージが強い。しかしながら、今年に関しては既に私の頭の中にメンデルスゾーンの交響曲第4番が流れている。

一方、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」という曲がある。この曲は、私にとっては冬のイメージがある。冬の飄々としたスコットランドの風土が表現されている感じがする。この曲もとても素晴らしい。

なぜ、3番と4番でこうもイメージが違うのか。でも、その好対照こそが、私にとって非常に心地よいギャップである。

だから、夏は4番、冬は3番を聴く。心地よい空間が広がる。行った事も見た事もない、美しい自然のイメージが、頭の中いっぱいに広がる。

いつもの春なら、シューマンの「春」や「ライン」を聴いているのに・・・。

でも、今年は「イタリア」。



でも、いずれにしても、春爛漫である。

小学生以来の親友がいる。


子どもの頃、いつも一緒に遊んでいた。鉄道が好きで、近くの駅まで、よく一緒に写真を撮りに行った。お互いの家に遊びに行って、時間がたつのを忘れて遊んでいた。同じ部活に入り、毎日暗くなるまで、玉拾いをしたり練習をしたりした。

小学生の頃は、真面目に掃除をした事は殆ど無かった。いわゆる、悪ガキであった。掃除の時間は、いつも掃除道具を使って、野球やら、ホッケーやら、ゴルフやら、色々な遊びを発明して遊んでいた。

他の男子たちは、掃除をサボって遊んでいると、女子に告げ口されて、よく先生に怒られていた。しかし、私達は知能犯であった。自分達だけで遊んでいるから、先生に告げ口されるのだ。女子も一緒に遊んでいれば、告げ口できまい。私と親友は、掃除時間に女子も誘って、一緒に野球をした。誰も告げ口する物はいなかった。だから、先生にはばれなかった。

しかし、悪事は必ず暴かれる。ある時、親友の振ったバット代わりの箒の先が取れて、そのまま窓硝子に飛んで行き、見事に玉砕した。我々は仕方なく、正直に先生に謝りに行こうと決めた。私と親友は、これは我々の責任だから、女子は謝りに来なくて良いと言った。でも、女子はそうは行かないと言って、一緒に付いて来た。先生は言った。

「お前達は、女子に掃除させて、男子だけで遊んでいたのか?けしからんやつらだ!」すると女子が言った。

「先生。私達も一緒に野球をして遊んでいました。」

「なに?女子も一緒に遊んでいたのか?・・・・そうか。じゃあ、いいだろう。」

なぜ女子が参加していると、掃除をサボっている事が許されるのか、非常に理解に苦しむが、我々は無罪放免となった。

それからも、掃除の時間は女子と一緒に、かくれんぼやら、隠した物を探すゲームやら、色々な遊びを考えて、全く掃除はせずに遊び続けた。それでも、殆ど先生に怒られる事はなかった。

私と親友は、多分非常にこましゃくれた、大人に取っては扱いにくい悪ガキであったと思う。


そんな親友も、今では優秀な外科医である。

久しぶりに演奏会に行った。


高原の小さなコンサートホールで、フルオーケストラの響きを楽しむ贅沢なコンサートであった。プログラムはシベリウスとベートーヴェン。有名な曲ばかりを集めた、フレンチバイキングのような贅沢なプログラムである。高原のさわやかな風の中、木の暖かさを生かした美しいホールで、至福の音楽を充分に戴いた。

ホールが小さい上に、オーケストラを囲む形で客席が配置されているので、一番後ろの席でも楽員の顔が見えるほどの近さである。ただ、私達の席は舞台より一段低いところで、階段状ではなく平面であるため、メンバーの顔は残念ながらよく見えない。指揮者と、最前列の楽員の横顔が見えるだけである。

フルオーケストラの響きは重厚で、ホール全体を満たして充分に余る。しかし、残響はあくまで少なく、惜しみなく切り捨てられる。なんと贅沢なホールだろうと思う。

また、自然の採光を重視したホールで、休憩時間には外の明かりを取り込む。夕陽に染まる舞台はとても美しい。

ゴールデンウィークの至福の時間は、あっという間に過ぎ去った。


久しぶりの贅沢な音楽の御馳走に、お腹いっぱいである。