ニッポニアニッポン。
その学術名は、非常に有名で誰でも知っている。かつて日本のどこにでもいて、普通に飛んでいた鳥が、既に絶滅してしまった。人間の愚行は、恐るべき事態を招くことがある。
生態数が少なくなってから、研究者や保護機関が必死になって保護に努めた。しかし、残念ながらその種を守ることはできなかった。
その列車が走っていた頃は、まだ日本にこの鳥がいた頃である。毎年、あと○羽になったと報じられ、そのたびに国民が、がっかりしていた時代である。その列車の名は特急「とき」。
漢字でしっかりと「朱鷺」と書かれていた。その後、絵入りのヘッドマークに変えられ、それを機に漢字の表記は無くなった。そして、今は新幹線の名前となり、ヘッドマーク自体が無い。これもまた、絶滅してしまったようである。
特急「とき」に使われた車両は、特急「こだま」や「はと」で、華々しくデビューした花形特急車両であった。東海道新幹線が開通した後、西へと移動させられ、更に山陽新幹線が開通した時、東海道・山陽本線から姿を消した。
このとき、上越線に配転させられてきたのが181系である。現在では、大宮の鉄道博物館くらいしか、本物を見ることが出来ない貴重な車種だが、当時は直流区間のいろいろなところで見られた車両であった。
でも、気付けば非常に貴重な存在となってしまった。
いま、貴重ではなくても、将来的に貴重になる物はたくさんある。しかし、なかなかそれを予想するのは難しい。先を見る目は必要だと、つくづく思う今日この頃である。
信越本線新津駅にて 1979年2月