△ケンメリGT-R(レプリカ)
北九州市八幡西区で4月14日午後6時ごろ、暴走した軽自動車が駐車場のフェンスを突き破り、約5㍍下の別の駐車場に転落する事故があった。下の駐車場には3台の車が並んでおり、軽自動車はその中の1台を押し潰す形になった。
運転していた女性(81)は頭を打つ軽傷、後部座席にいた女性(同)は手首を骨折するなどの重傷を負った。命に別状がなかったのは、下敷きになった車がクッションの役目を果たしたからだ。
上は飲食店(リンガーハット八幡折尾店)、下は書店(積文館書店本城店)の駐車場だった。下敷きになった車は、後ろの部分が大きく潰れた。その隣に止めてあった別の車も一部が壊れたが、いずれの車にも人は乗っていなかった。 警察は、軽自動車を運転していた女性から話を聞くなどして、事故の詳しい原因を調べている。
この事故が報道されると、カーマニアたちが素早く反応し、ネットの掲示板は書き込みで溢れた。高齢者の運転する軽自動車が暴走したからではない。勢いよく転落したのに、運転手と同乗者が重軽傷で済んだからでもない。押し潰された車が、幻の名車と言われる「ケンメリGT-R」だったからだ。
ケンメリとは、1972年から1977年までの4年11カ月間に販売された4代目・日産スカイラインの愛称だ。広告キャンペーンが「ケンとメリーのスカイライン」だったので、短縮されて、そう呼ばれるようになった。
コマーシャルではバズ(BUZZ)=小出博志と東郷昌和2人によるフォークグループ=が歌う『ケンとメリー~愛と風のように~』がBGMとして使われた。「いつだって どこにだって 果てしない空を風は 歌って行くさ~♪」という歌詞である。
△グリルにバーが入るケンメリGT-X
ネットにあげられた画像を見ると、事故に遭った車は明らかにケンメリである。量産型のケンメリGT-Xはフロントグリルの中央に縦のバーが入っているので、どことなくBMWに似ている。GT-Rはバーがないのでグリルが大きく、GT-Xよりシンプルなデザインになっている。
事故に遭った車は中央のバーがないので、外観上はGT-Rと判断せざるを得ない。これを受けて、ネットでは「貴重なケンメリGT-Rがこんなことになるとは…」という書き込が続出。「トヨタ2000GTに続き、ケンメリGT-Rまで事故に巻き込まれるとは…」という書き込みも散見された。
△トヨタ2000GT(レプリカ)
トヨタ2000GTは、1967年から1970年までの3年3カ月間に計337台が生産された。希少価値が高いうえ、1967年6月に公開された007シリーズ第5作となる映画『007は二度死ぬ』のボンドカーになったため、「名車中の名車」と呼ばれるようになった。
国内で販売されたのは218台で、そのうちの1台が2014年6月、富山県南砺市を走行中に大破した。道路脇にあったブナの巨木が倒れ、トヨタ2000GTのボンネットを直撃したのだ。奈良県在住のオーナーは3カ月前に3500万円で購入したばかりだった。原状回復には億単位の費用がかかるため、オーナーは修理を断念。自宅ガレージに車を搬入し、大破したままの状態で保管している。
一方で、オーナーは道路の管理責任を怠ったとして富山県に約3925万円の賠償を求める訴訟を起こした。富山県が「適切に管理しており、責任はない」として争ったため、裁判は長期化。最終的に富山県が請求額のほぼ半分の約1787万円を支払うことで和解が成立した。
△レースでも活躍したハコスカGT-R
ケンメリは前述したように1972年に販売が開始され、翌1973年にGT-Rというグレードが追加された。4カ月間に197台が生産され、うち195台が販売された。あとの2台はレース用の試作車となった。
ケンメリは歴代スカイラインで最もヒットし、4年11カ月間で計約67万台が販売された。GT-Rはそのうちの197台なので、中古車市場では異常とも言える高値がついている。発売から45年たった現在は数千万円で取引されている。
GT-Rというグレードは、先代のハコスカ(3代目スカイライン)で初めて設定された。直列6気筒DOHC2000ccのS20型エンジンを搭載。レースでも活躍したことから、「GT-R」というグレード名は1つのブランドになった。S20型エンジンはフェアレディZにも搭載され、フェアレディZ432のネーミングで販売された。4バルブ(気筒あたり)、3キャブ、2カムという意味である。
△スカイラインGT-R(R32型)
ケンメリGT-Rもレースに出場することを意識して開発された。ハコスカGT-Rと同じS20型エンジンを搭載。外観は専用のフロントグリル(前述したように中央に縦のバーがない)が与えられ、オーバーフェンダーとリアスポイラーが標準装備された。レース用のケンメリGT-Rの脇でヘルメットを手にした高橋国光(日産契約ドライバー)がたたずむという構図のポスターも制作された。
しかし、排気ガス規制が強化されたため、ケンメリGT-Rは短命に終わった。S20型エンジンが規制基準をクリアできなかったのだ。排気ガス規制対策に追われた日産は、レース活動の大幅縮小を決断。これにより、ケンメリGT-Rがレースに出場する計画は取り止めになった。
△スカイラインGT-R(R33型)
ケンメリGT-Rは生産台数そのものが少ない。中古車市場では前述したように数千万円で取引されているので、一般人が入手するのはほぼ不可能。このため、量産モデルのGT-XをGT-R風の外観に改造して乗り回しているオーナーもいる。ロッキーオート(愛知県岡崎市)は、R32型のスカイラインをベースにして、ケンメリGT-Rのレプリカを製作・販売している。
本物のケンメリGT-Rは、オーナーがコレクションとして所有しているケースが多い。街中を乗り回して事故に遭ったら取り返しがつかないので、ガレージに保管されているのが一般的だ。本物のケンメリGT-Rが書店の駐車場に止まっている姿は想像しにくいので、ネットでは「事故に遭った車はGT-R風に改造したGT-Xではないか」という見方が出ている。
△ニッサンGT-R(R35型)
ただ、ケンメリ自体が40年以上も前の車なので、仮に元がGT-Xだったとしても、今となっては希少価値が高い。ガレージに保管したままでは車の劣化が加速するので、本物のGT-Rであっても、たまには外を走らなければならない。そのときオーナーが気分転換のために書店に立ち寄ったとしたら…。事故に遭ったケンメリがどんな車だったのか、今後、いろいろな情報が出てくるだろう。
【文と写真】角田保弘