△田村淳が憧れる青山学院大学

毎週土曜の午後1時から2時55分までの約2時間、文化放送で「ロンドンブーツ1号2号・田村淳のNewsCLUB」が放送されている。田村がメーンパーソナリティを務める情報番組で、山形放送、ラジオ福島、山口放送、高知放送の4局がネットしている。アディーレ法律事務所が番組スポンサー(文化放送限定)をしているため、同事務所の若手弁護士3人が週替わりで出演している。
昨年9月23日の放送では、田村が「今夜7時30分にAbemaTVで『重大発表』をします」と予告した。衆院の解散が確実な情勢になっていたことから、「衆院選に立候補するんですか」というメッセージが番組に相次いで寄せられた。

田村は社会や政治に対する関心が高く、ツイッターなどで持論を展開することも多い。この番組も発言の場を確保するためにやっているようなところがある。巷では「政治家になりそうなタレントNo.1」と見られている。「重大発表」と言っただけで「衆院選に立候補するんですか」というメッセージが来たのは、それが原因である。
しかし、田村は「立候補するつもりはありません」と明言した。では、重大発表とは何なのか。田村は「AbemaTVで発表することになっているので、ここでは言えません」と回答。その上で「僕にとっては重大なことですが、リスナーの皆さんにとってはどうでもいいことだと思います」と強調した。

田村は予告通り、23日の午後7時30分に重大発表の中身を明かした。来春に青山学院大学を受験するというのだ。43歳の売れっ子タレントがなぜ、今さら大学受験なのか。
「もうすぐ44歳になるんですが、勉強したいという欲が湧いてきたんです。それをスタッフに言ったところ、受験のお話をいただいたんです」
志望校を青学に絞ったことについては、次のように説明した。
「僕が(山口県下関市から)東京に来てすぐに住んだ場所が原宿だったんです。原宿から表参道をあがったところにツタヤがあって、僕はそこでバイトをしていました。すると、当時、同じ年齢ぐらいの人が青山学院の方からよく来てました。そのとき『この人たちは東京の大学生なんだ。なんてキラキラしてるんだろう。頭も良さそうだし、ファッションセンスも良いし…』と思いました。僕にとって、青山学院の人たちはそういう存在に見えました。なので、あのとき憧れだった青山学院を目指すことにしました」
田村の受験への取り組みは、「偏差値32の田村淳が100日で青学一直線~学歴リベンジ~」として、10月14日からAbemaSPECIALチャンネル(毎週土曜午後10時~)で放送されるという。番組の企画ではあるが、本人はヤル気満々。「お酒もやめて夜型人間から朝型人間になって朝8時に起きて勉強をスタートしています」と明かした。

△人々が行き交う原宿・表参道

田村は、9月30日放送の「NewsCLUB」でも青学受験の話をした。
「小学生時代は頭が良かったのですが、中学生になって異性に目覚めて、全く勉強しなくなりました」「中学2年生のときに英検4級の試験があり、学年400人ぐらいの中で落ちたのはたったの2人でした。そのうちの1人が僕だったんです。これ以降、全ての勉強を放棄しました」「(下関中央工業)高校はバスケットボール(の推薦で)で入りました。高校時代も全く勉強しなかったので、知識や学力にコンプレックスがあったと思います」
お笑いタレントが大学受験に挑戦するという企画は、昔からある。島田紳助は1982年に東京大学を受験すると宣言。しかし、共通一次試験の会場でマスコミの取材に激怒し、受験を取り止めた。山田雅人とオードリー春日俊彰も東京大学の受験に挑戦中。企画とは言えないが、そのまんま東は早稲田大学、萩本欽一は駒澤大学にそれぞれ合格。東は卒業し、萩本は在学中だ。
お笑いタレントの大学受験にもはや新鮮味はない。「偏差値32」を逆手にとるという手法も、「成績が学年最下位のギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した」というビリギャルの二番煎じに過ぎない。

△渋谷にそびえるセルリアンタワー

一方で、田村の真剣さは認めざるを得ない。勉強しなかった中学高校時代を反省し、知識不足という穴を埋めたいという気持ちが伝わってくるのだ。
朝日新聞(1月1日付)の「挑戦のすすめ」というインタビューではこんな話をしている。
《――それでも淳さんは、青山学院大学の受験とか挑戦を続けられていますね。
「おれは学歴コンプレックスはほんと、まるでないんですよ。だけど、知識コンプレックスはあるんですよね。だから、勉強、今の段階でしたい。
――学ぶことによって物の見方や行動が変わることはありますか。
「知らないことを知って、自分の中に新たな感情が沸き立つって、すごく生きてるなっていう感じがするんですよ。新しい刺激って年齢を重ねれば重ねるほどなくなるってみんな思い込んでいるんですけど、世の中には知らないことの方が山ほどあるんだから、知らないことを知るっていう作業をすれば人生はもっと満ちて、楽しくなる」》
インタビューアーが口にした「それでも」は説明が必要だ。田村はその前段で「世の中があまりにもみんながみんなを縛りつけ合ってて、息苦しいなと思って」と語っている。そういう世の中にあっても、賛否両論が噴出する大学受験をやろうとしているので、「それでも」という言葉を使ったのだ。

田村は仕事の合間に1日6~7時間ほど勉強を続け、年明けの1月13日に大学入試センター試験を受けた。翌14日にツイッターで「自己採点なので、詳しい結果じゃないけど…現国と日本史は6割そこそこに7割行きたかったな…英語は5割切り…うーん 今まで文法問題が全く解けなかったのに6割ほど正解できたのは本番への自信に!」などとつぶやいた。
本番の受験は2月7日の「全学部入試」でスタートしたが、不合格に終わった。続いて「個別入試」に臨み、14日に社会情報学部A方式、15日に経営学部A方式、19日に経済学部A方式、21日に法学部B方式の4つを受験した。しかし、いずれも結果は不合格で、青学に入るという夢を叶えることはできなかった。100日のにわか勉強で合格できるほど青学受験は甘くなかったようだ。

△朝日新聞に載ったインタビュー

田村は3月10日放送の「NewsCLUB」で青学受験を振り返り、「本命は法学部でした」と語った。今後の対応については「来年も青学を受験するのか、それ以外の方法で法律を勉強するのか…については、現時点では何とも言えません」と言葉を濁した。
法律を学びたいと思ったのは、「NewsCLUB」出演がきっかけだったという。
「この番組で弁護士の方と共演し、テレビのコンプライアンスなどについて相談しているうちに自分も学びたいと思ったんです。青学を受験したのは、住吉教授の授業を受けたかったからです。いろいろな学部を受験したのは、本命の法学部受験に向けて、受験に慣れておこうと思ったんです」
「住吉教授」とは、青山学院大学法学部教授で法学博士の住吉雅美のことである。田村によれば、住吉はタブーに挑戦する法学者なのだという。

この話を聞いて、「あれ?」と思った。田村は青学受験について、前述したように「原宿のツタヤに来る東京の大学生がキラキラしているように見えたから」(要約)と語った。東京の大学生イコール青学の学生ではないが、青学の青山キャンパスがバイト先に近いのは事実。加えて青学はオシャレなイメージがあるので、上京直後の田村が憧れたのは理解できる。
ところが、受験後は一転して「住吉教授の授業を受けたかったから」などと言い出した。法律を学びたいのであれば、本命は青学だとしても、偏差値の低い別の大学を掛け持ちで受験するという手もあったはずだ。しかし、田村は目標を青学一本に絞り、法学部以外も受験した。この状況で「法律を学びたかった」と言っても、説得力に欠ける。
腑に落ちないので、番組にこんなメッセージを送ってみた。
「田村さんは『バイト先で青学の学生を見て、憧れた。だから、青学を受験することにした』と言ってましたよね? ところが、今回は『住吉教授の授業を受けたかったから』と言いました。受験の理由が変わったように感じますが、どちらが本当なのでしょうか」
このメッセージは番組で読まれず、したがって回答を聞くこともできなかった。印象としては「青学に憧れた」が本音で、「住吉教授の授業を受けたかった」が後付けという感じもするが、読者の皆さんはどう判断するだろうか。

【文と写真】角田保弘