いまのしゅんかん -30ページ目

デンマークの国際競争力

デンマークにくんだり来てまで日本人の講演を聞きにくることに鼻白んだ私だったが、、、

 

 
偶然SNSで繋がっている人経由である動画を知り、ついつい見入ってしまった。。。

 

 

なんでも、夫婦でデンマークに移住し、奥さんはMBAを取得した後、1年かけて就活した挙句にやっとの思いでデンマークで就職できたとのこと。

実は、旦那さんの方は、私の彼に直接コンタクトがあり、デンマークでの仕事について対面で話したことがある。

結局その後に旦那さんは、日系企業に就職されたようである。

夫婦で奥さんの母校に訪れ、デンマークでの就職や仕事について話をしに行ったのを動画にしていたのだが、その中で散々最近は日本のメディアでもデンマークの労働文化について取り上げられいることに触れていたので、ちょっと検索してみたところ、デンマークは国際競争力ランキングで、直近では3位になってるがそれまでしばらく1位で(日本は67カ国内で38位)、週37時間労働という緩い働き方でどう実現できているのか、その効率の高さが日本で注目されているとのこと。

 

国際競争力ランキング

 
動画で興味深いと思ったのは、奥さんは大学でデンマーク語専攻だったが、すんなりとIT企業の総合職として営業の仕事ができたが、デンマークでは外国人だからといって営業職でオファーをもらうのはほぼ不可能、だからと言って、営業以外の職歴がないため、営業職以外のポジションをもらうこともできず、最終的にはコマーシャルマネージャーというポジションで、営業とビジネスにrelevantだからと雇ってくれたとのことだった。
日本は必ずしも専門性が合致する必要はないが、デンマークは専門職の応募しかないので、かなり手こずったと。なんと370社に応募して落とされまくり、やっとオファーをもらえたそうである。(というか、デンマークに370社もあるのか、、いやあるだろうけど、、、私はそんなに多くの会社を知らない。。)
 
でもそうなのだ、、、
デンマークの効率性の高さは、まさにそこに起因するのも大きいと思う。
最初から即戦力になる人を雇うという。。。新卒の子でさえ、そこそこの戦力が求められる。
 
動画では、デンマークではコネで仕事が決まることが多いことにも触れているが、ただ知っているから雇われるチャンスが大きくなるのではなく、その人が即戦力になることを知っているから雇われる感じ。もちろん、親戚のコネ入社もないことはないが無視できるほど、普通のコネ入社よりは少ないと思う。
私とてコネで転職先に入社したけど、ガイダンスはほぼ皆無で、というか、4年間技術エンジニアが不在で私に教えられる人は皆無で、自ら開拓していくほかなかった。社長も、私だったら開拓するだろうと見込んで雇ってくれたのだろうし。
非デンマーク人はコネでの就職を勘違いして私にコンタクトしてきて仕事を紹介してほしいと言ってくるけど、いやいや、あなたのコンペタンスについて全然わからないから紹介しようもないんだが、、、と思ったが。
 
今日、初めて引き継ぎとして、イタリア人の新入社員の子に実験室であらかじめ作っておいたプロジェクトのガイダンスを見せながら説明をしつつデモンストレーションしたのだが、経歴について聞いたら、前職は会社の財政事情の悪化に伴うレイオフにあったと言われ、デンマークでありがちな、、と思った。
私は解雇されたわけではないけど、パイプラインが細ってて、これ以上居座っても私の携われるプロジェクトに乏しくなってキャリアを発展させることができないとやむをえない決断だった。
常に自分の能力を活かせる働き方を促されると思う。
しかし、転職先で化学工学のプロジェクトに参加しようと本まで買って勉強する気満々だったのに、社長にそれはしなくていいとストップをかけられた。私が勉強しようがしまいが、会社の利益は変わらず、時間の無駄と思ったのだろう。
 
あと彼と話して、競争力の高さは、高付加価値のある産業を持っているか否かが大きいと。
確かに、、、
彼は日本で最後に携わっていたプロジェクトは、デンマークにはすでにあったあるアプリ開発だったが、今は、世界中他の会社では作ってない商品の開発に携わっている。
世の中に既存のものを1から作っても利益は高が知れているが、他にないものを作れば価値は大きく高く売れることができる。彼の会社の社長は、散々値下げしてみてはと言われても、絶対そういう勝負はしないと言い張っているそうだ。値下げしなければならない=撤退くらいだと。
 
彼の会社だけでなく、デンマークは、ニッチ産業が多い。
ノボの肥満薬だったり、レゴだったり、補聴器だったり、コロプラスタのストーマだったり。
むしろ、競争が激しい産業はあまりない。自動車とか。家電も、昔はテレビを作る会社があったが、70年代に買収されてなくなっている。
 
競争力は、人材の流動性と産業構造によるところが大きいので、やはり働き方を学ぶというようなシンプルなものではなく一筋縄ではいかなそうである。

野点セッション

 

ずーっと天気悪かったが、幸いにして昨日は快晴となり、我が家で師匠の社中6人での野点セッションを行うことができた。

火曜日まで雨が降っていたけど、一昨日やっと庭仕事もでき、会場となる芝生も刈っておいたのだった。

ただ、彼がLofotenで始まった風邪が、今週もまだ治ってなく、昨日もかなりグロッキーだった上、ずっと無傷だった私も昨日から喉のイガイガと鼻詰まりが始まってしまった。。。しかも夜あまり寝られなくて寝不足。

 

とりあえず16時に家に帰ってきて、サンルームにブルーシート、毛氈、延長ケーブル、瓶掛け、鉄瓶などの物品を出し、ダイニングテーブルの上に茶箱と器据を出して待機、、、、

が、師匠が遅れるというので、観念してブルーシートと毛氈を敷き、延長ケーブルのコンセントを入れ、毛氈の近くに置くなど会場セッティングを始めた。

 

17時前に師匠到着、しかし師匠はみんなの夕飯のために五目巻きと稲荷寿司を作ってきたのでその準備に忙殺されていたので、茶箱の準備に着手。

しかも、お茶を忘れたというので冷凍庫にあった適当な抹茶を取り出し濾す作業。

その後、毛氈の向きが90度違うことがわかり、敷き直し。

 

しかし集合時間17時半に来たのはたった一人で、18時頃に準備が終わり、やっと3人くらい集まったので最初のセッション開始。

まず盆点前の予定だったが、人が少なかったので茶箱の卯の花点前からスタート。

私は寝不足だったので、その間リビングで仮眠させてもらったのだった。

 

19時15分頃、みんながサンルームで食事するようになり、そろそろ私の月点前のお稽古の時間だしと起き上がって聞いてみたところ、全員が拝見のお稽古をしたので、やっと卯の花点前が終わったという。

それから盆点前をやると遅くなってしまうので結局やらないことになり、みんなが食べている傍ら月点前の準備をし、お稽古を開始させてもらった。

 

 
さすが何度も自主練したので、順番は間違えなかったけど、一部エアで練習していたので、茶巾の扱い方に厳しい指摘をもらったのと、茶碗の袋の扱いが普通の長緒の扱いと思って練習していたのに、実はトンボ留だと言われてその場で練習し直し。
急遽うちのお茶を使うことになったので少なめにしていたけど、全員分ありそうだったので自服も含めて4杯お茶を点てた。拝見は無し。
 

師匠作の黄身しぐれ。おいしかった。。。

ちなみに急遽使ったお茶はこれ。

 
急遽出したお茶だから味は保証しないと強調していたが、実は不味くはなかった。それどころか意外にまろやかで美味しかった。
師匠は、水道水をフィルターにかけて使っているが、うちにはフィルターがないので、ミネラルウォーターを買ってきて使ったのが良くて、実は水がお茶以上にクリティカルなのでは、という話が。。。
デンマークは地下水のみで、特にシェラン島はかなり硬い水なので、フィルターにかけても取りきれない可能性がある。そう頻繁にフィルターを替えるわけでもないし。
 
20時過ぎに終了、みなさんにはお帰りになってもらい、私と師匠だけで片付けをし、荷物もあるのでフレデリクスベアの師匠のアパートまで車で送り、21時半頃家に帰ってきたがもうヘトヘト。。。
師匠の社中のほとんどが初級の方ばかりなので、すでに懸念はしていたけど、みんな完全お客さん気分なので師匠以外は私一人で準備と片付けをするほかなく、やっぱり大変だった。
それに、平日はかなり無謀。。。。休日にしないと準備から来てもらうこともできず。
 
まぁ、私も、師匠がご主人の病気の事情で、友達と初釜を仕切ることになったり、我が家でお稽古するようになってから、ガチに準備に関わるようになってその大変さを知ることができたので、やはりそういう機会がないと学ぶのは難しいのかもしれない。
今回も、いい機会にはなったと思う。

座学に嵌る日本人たち

ほんの最近、こんな記事を上げてた私だが、、、 

 

 

今私は、明日の我が家での野点セッションのために記憶ものと戦っている。

 

 
ノート5ページにも及ぶ茶箱月点前、、、、順番を細かく覚えるの大変だし、難しい、、、
長緒の扱いも忘れてて、Youtubeを見ながら割稽古、、、
 
しかし、茶道というものはやり方が決まっていて、覚えることが本当に多く、いわば日本の文化らしいとも言える。
完全に模倣すればいいというものでもないし、道具のコーディネートや、茶花、お菓子のアレンジなど、それなりに創造性を問われるところもあるけど、ステップの踏み方やお辞儀の仕方まで全てきっちり決められているのはやはり日本らしい。
そしてそういう茶道に嵌っている私も矛盾しているのかもしれないが。
 
*************
 
今日、ちょっと緊張感のあるミーティングの後にふと見たXで、ある人がデンマークで100人の日本人を前に、デンマークの労働文化について講演をしたというポストを見て鼻白んだ。
デンマークでスーツを着た100人の日本人、、、、、
9000km離れたデンマークにはるばる来てこれか、、、、みたいな。(ウン10万円払う意味はあるのかな。)
 
また、講演された人は、デンマークに移住してからずっと日本人向けに情報を売ることを商売にしている人でいわばデンマークの職場で働いたことのない人である。
しかし、デンマークの高収入で短時間の働き方が日本人に興味もたれているせいか、割と頻繁に労働文化の記事を提供していて、それを見るたびに、どうせ聞き齧りの話でしかないんでしょう?と白けていたのだった。
でも、日本人は読むだけ聞くだけでも学んだ気になれるので、そういう記事は需要があるのだろうな、とも思ったり。
 
そして、そういう記事を見てデンマークの働き方に興味持った人がチラホラデンマークにやってきて、FBにある専門職の仕事に関する質問を書いていたので、LinkedinにJobアナウンスがあるので、それを見れば、どういう要件が必要なのかわかると思いますよ、とその専門職の募集要項のリンク付きでアドバイスすると、実際に要件を見てビビるという。。
デンマークのポジティブな情報だけで現実的なことは何も知らないから、実際にアプライしようとしてあまりにも細かい要件に戸惑うみたいな。。
 
また、デンマークではないけど、北欧で就職活動している人が、ワーホリビザがあと3ヶ月しか残っていないので、何ができるのかアドバイスをください、とポストしていたので、
「システムエンジニアなのなら、自分でプロジェクトを作ってみたらどうですか、私の夫はスキー関係のデータアナリシスのプロジェクトを勝手にやってましたよ、私もラボ仕事が好きで、自宅で染色プロジェクトやってました。あるいはボランティアかインターンをするか、いずれにしても何らかの経験をすることが今後のいい糧になるのではないでしょうか、、、」
と真面目にコメントしたら、、、、
 
「みなさん、アドバイスありがとうございます。結局残りは現地語を学ぶことにしました〜」
で、ズコーーーー
(システムエンジニアは現地語いらないと思うけど。。。弊社も公用語は英語だしー彼もデンマーク語使ってないし)
 
手を動かせる人の方が、特に外国人は有利だと思うのだが。。。
多分私がデンマークでサバイブできているのは、フットワークが軽くて手が動かせるからだと思っている。

新しく生まれる

さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。ある夜、イエスの元に来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれていなければ、神の国を見ることはできない。」ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。『あなたがたは新たに生まれなければならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

(ヨハネ 3:1-8)

 

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昨日は、初めて娘のBFが我が家に訪れに来る予定だったので、朝からチーズケーキを作り、たくさん食べるひとと聞き、唐揚げ、バラ肉ソテー、ウィンナー炒め、ポテトサラダを大量に作るなど忙しかった。

夕方に来て、家の中を案内した後、私のしーたんで学校や住んでいたところ(最初に住んだアパートと、3箇所目の一軒家と、直近に住んでいたアパートに行ったらしい)を順に見せに行き、帰ってきてからはアルバムを地下室からピックアップしてきて、娘がどのように生まれ育ってきたかを懐古していたのだった。(何気に、猿のぬいぐるみも登場。今はうちら夫婦が寵愛しまくってるが。)

 

ものすごくいい子で、娘よりも4歳も年下とは思えない落ち着きぶりで、娘の初めてのBFとは思えないほど足が地についた関係で、見てて微笑ましいカップルだった。

先週はベルリンに旅行に行き、ゲシュタポ博物館やチャーリーポイントなどに行ったらしい。残念なことに、それを彷彿とさせるようなことがアメリカで起きているね、と言ったら、カルフォルニアの州兵動員は完全に違法だからと彼も憤慨しているようであった。

そして、ディストーションにも行き、娘の友達のグループに合流、そのまま友達の家で二次会に参加したと。奇しくもそこにいた一人がやはりアメリカ人だったが、ワシントンDC出身で、オバマの娘さんと同じ学校に通っていたという、超富裕層の女の子だったそうである。

 

お土産の一升瓶(笑)わざわざ私たちが好きな日本酒をネットで購入してくれたのである。

 
帰りは車で送ったのだが、娘が行き忘れたという保育園の前を通ったら、「最初はデンマーク語が全然わからなくて一人ぼっちだった」という言葉にズキン。本当にタフな人生を送らせてしまったな、と罪悪感。
でも、BFとの付き合いを見て、25歳の私よりもずっと成熟しているなと思った。
私が娘以外に本当の愛情を知ったのは、44歳の時に出会った彼なので。
 
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今日は、久しぶりに前に住んでいたアパートの近くにある教会での聖書の会に参加してきた。

「新たに生まれる」という言葉にみんなで思い思い語り合い盛り上がった。

そして、死についても。

 

実は最近、スレッズでフォローしたばかりの人の毎日のポストに心を打たれている。

私よりも1歳年下の女性で、長くシングルマザーをされていたが、去年の春に職場で幼馴染と35年ぶりに再会し、すぐに意気投合して付き合うようになり、一生共に生きていくことを約束し合ったのにお相手が急死してしまい、以来毎日パートナーとの思い出話を綴っているのだが、再会して4ヶ月ちょっとで亡くなったとは思えないほど内容が濃く、いろんなエピソードを綴るだけでなく、お相手のピアノの演奏の動画もたくさん投稿していて、それがまた個性的で心を揺さぶられる演奏で、切ないのだけど繰り返し見たくなってしまうポストなのである。

 

しばらくは勤務していたが、お相手を思い出してしまうからとメンタル的に働けなくなり、半年以上休職していたが、今日復職の打ち合わせで職場に行った時に、お相手の痕跡を失った悲しみではなく、共にいるつもりの力にしたいという心境の変化を感じ、やっと復帰しようと決意されたそうで、そのポストにとても感動してしまった。

失った苦しみは一生抱えなければならないが、それでもお相手の存在と共に生きていくことは可能なのか、、、と。

 

今日、教会で皆と話した、「新しく生まれる」序章にピッタリ当てはまるような気がした。

 

永遠の命を信じているはずのクリスチャンであっても、やっぱり肉としての人生には執着していて、彼との人生が終わることに心底怯えているし、今のうちにやりたいことをやらねばと焦るようにインテンシブに予定を入れている。

アルプスのロングハイクもしかり。

 

でも、それとは別の次元の「生」も確かにあるんだよな、、と、今日改めて認識させられた次第である。

Himmelbjerget Everesting 2025

結局昨日は、私が19時半頃に走り終えてバンに戻り、ウェットティッシュで体を拭いて着替え、マットレスを敷いてシュラフに入り、ブログを書いてしばらく仮眠しようとしたが、寒気がきて寝るのを諦め、Himmelbjergetに戻り、風邪をひいていて雨が降る前に終わらせたいと約束していた通り彼は21時頃に1/2エベレスティングに到達して終了、バンに戻って行水してお湯を沸かしてカップラーメンを食べ、22時過ぎに出て、夜中の2時に家に帰ってきた。
シャワーを浴びて、飲みたかったのに我慢していたビールを意地でも飲み、今朝は遅い起床だったが、昨日は気にならなかった大臀筋が今朝になって猛烈に痛い。
 
でも、彼は先週末のLofoten 100milesで風邪を引いて1週間ずっと調子が悪く、私は水曜日に思い出せないほど久しぶりに生理がきて木曜日金曜日は重い頭痛に悩まされ、お互い不調での参加だったのに一応マイルストーンは達成できて満足である。
(しかし、彼は今また体調悪そうにしている。やっぱり無理してしまったか。。。)
 
 
3年前のエベレスティングの違いも含めて、今回のレースについて振り返りたいと思う。
 
このイベントの主催者は、発展途上国から奨学金をもらって富士山100マイルに参加したことに罪悪感を持ったことから、寄付金を集めることを目的に始めたのがこのエベレスティングで(ちなみに私たちは今回も2000DKK=4,4万円を寄付)、3年前に参加して楽しかったので、以来あれば参加するようにしている。
 
しかし去年は、大雨でトレイルはかなりの悪路になっており、滑って転倒しまくり、翌日にアメリカに発つことになっていたこともありたった2周で断念した。彼は翌日の昼までかけてエベレスティングまで到達。数少ない完走者の一人となったのだった。

 

今年は、なぜか集合場所が変わり、コースが大幅に変更されることに。

デンマークで「山」として認知されているHimmelbjerget(天空山という意味)が集合地だという。

ブリーフィングで、Himmelbjergetに建てられている塔が建設150周年記念で前日にフレデリック10世が来る式典もあり、特別な年にあるとして、今回はHimmelbjergetでやることにしたという。

  

 
私も知らなかったのだが、実はHimmelbjergetの塔は歴史的に重要な意味があり、なんと、1849年に無血革命で絶対王政を廃止し、フレデリック7世が主権を国民に譲渡したことを思い出させるために建てられた塔らしい。憲法が成立したとはいえ、当時は王も完全に国民主権を受け入れていたわけではなかったという。
うーん、、、、なんで22年も訪れていていなかったのか、、、山としては大したことはないと言っても、デンマークにとっては国民主権国家を象徴する場所だった。。

 

コースは、二通りあったのだが、私たちは不調だったこともあって、より簡単そうな、遊覧船の発着場から塔までの0,9km高低差121mをひたすら登り下りするコースを選択した。

塔から遊覧船の発着場を見ろした斜面。一部トレイルも見える。

 
コースはトレイルというより遊歩道で、ほぼグラベルで平ら、根っこなど妨げるものは何もなく、なんだったらベビーカーを押す家族連れも多くいるところで、ただでさえガチめの参加者ばかりなので、皆さん最初から飛ばし、ありえない速度で駆け降りているのだった。砂利道で乾いていたのも高速になってしまう理由かもしれない。
 
その勢いに釣られて私も下りでは走っていたのだが、8周目くらいから腰が猛烈に痛くなってきて、上りはともかく下りで大ブレーキがかかるように。特に階段下りで重力で背中にインパクトがかかるのが地獄だった。
しかも、今回は、テントの設営ポイントがコースの中になく、しかもお互い不調で雨が降る前に撤収することにしていたので、テントを張らないことに決め、また頂上は大テントもなくて休むところがなく、3年前のようにテントの中で横になって大休憩する、ということもできなかった。
 
時々頂上の柵のところで座って背中を休ませながら騙し騙し続けたけど、3年前よりも4時間も短くレースを終えたのに背中が痛くてしょうがないというのは、つくづく高速下山に求められる体幹と背筋の弱さが露呈したなと思う。
腿の筋肉は鍛えられて、上りに関しては最後まで全然大丈夫だっただけに、ものすごく悔しい。まぁ元々下りが苦手で、Galdhøpiggenも下山で毎回struggleするのだが。
 
とはいえ、イベント自体は楽しく、来年のコースはまだ未定らしいが、来年もあったらまた参加したいと思う。
 
追記
デンマークの憲法について、改めて調べたら嵌ってしまい別記事にあげようと思ったが、思ったよりも複雑でうまくまとめられる自信がなかったので追記としてだけ。
1849年にフレデリック7世がサインした憲法は、絶対王政から立憲君主制にする、という単純なものではなく、まだ第一次Slesvig戦争の最中にあったこともあり、一応Slesvig、Holsten、Lauenborgの3侯国も構成国として含んでいたが、効力はペンディング、結局1864年の第二次Slesvig戦争でプロイセンに負けたため、1866年にデンマーク王国単独での憲法に改正され、Slesvig出身のChristian9世は納得いってなかったようで、そもそもデンマークの国とは、が問われていたという。。しかも彼が調べたところ、当時はその3侯国がデンマーク全体の経済活動の半分を占めていたそうで、喪失の代償は大きかったようである。
だから、デンマークはノルウェーほど憲法記念日を祝う雰囲気にないのか、とも思ったり。。。
しかしまぁ、改めて学ぶいいきっかけになったと思う。

Himmelbjergエベレスティング


 

デンマークの誇る山Himmelbjerget(天空山という意味、標高147m)の頂上に立つ塔が建設150周年で、昨日は王様を迎えての式典もあり、特別な年とあってこの地域でのエベレスティングの主催者はここの遊歩道をコースにすることに決め、わたしたちも参加することにしたのだった。

 

在デンマーク22年でHimmelbjergetに来るのは初めて。頂上付近まで道路が舗装されていると聞き興味がなかったが、実際来るといいところだった。

 

展望台からの眺めは美しく、観光客が多いのも納得。

 

ボロボロだったけど、目標にしていた1/4エベレスティングは達成。高低差120mのコースをひたすらループし18周して達成した。

楽しかったし、去年は2周でリタイヤだったので一応満足。


後日詳細について記事を書きたい。

”なんで東アジアの子供は机に座ってガツガツやらされるのだろう〔1〕”

 

常に興味深いポストをしてくれるサラマさん。

バウンダリーについてもリブログしようと思ってたのだけど、とりあえず私の記事について触れてくれたのでそれについて。

 

 
「勉強」=課題に取り組むくらいのしかしたことのない娘にとって、ただ教科書の内容を書き写す甥っ子の「勉強」が不思議に見えたことを綴った記事だが、最近になって、ますます日本の教育の弊害を強く感じるようになってきた。
一応日本でもだいぶ机に齧り付くだけの勉強ではなくなってきたという話だけど、昨今の危機の取り組み方や考え方を見るにつけ、やはり基本的には変わってないな、、、、と思うこと、それは、
 
日本人って、非定型の問題には弱いよね
 
ということ、、、
少子化の問題に対しても、
「政府が悪い」
米問題に対しても、
「政府が悪い」
おしまい
自分で何ができるかを考える前に、とりあえず責任転嫁誰かにしとけ、みたいな。
 
解のある問題を繰り返す教育法のせいか、解のない問題にはとことん弱く、日本人には「どうすればいいんですか?」とよく言われる。どうすればいいか自分でわからないから人に聞こうとする。
デンマーク人が一緒に問題に取り組む姿勢とは全然違う。
というか、デンマークでは、問題に対して、自分の考えやアイデアを提示しなければ仕事干されるしね。
 
サラマさん、続きを楽しみにしています。

野点セッションの準備

引き続き庭仕事に精を出している。

 

以前の前庭。

影で見えにくいけど、亀さんサンドボックスがあり、前のオーナーに撤去をお願いしてたのにそのままで、さすがに野点には風情を台無しにするからと撤去することに。

当然、撤去直後は禿げた状態。種と土を被せた。

順調に芽をだし、、

今は、種を蒔いたところにだいぶ新しい芝が生えてきて撤去した跡が目立たなくなってきた。新しい芝は濃い緑色で多少色の違いはあるけど。
 

そして今日は初めての茶箱月点前のお稽古。

 

やっぱり難しくて覚えられず、、、

道具はすべて借りてきたので、来週の野点セッションまでに復習しないと、、

Lofoten Ultra Trail 100miles 完走

昨日は散歩のあと、ホテルでずっと待機していたのだが、少しずつ予想到着時間が遅くなっていき、21時だったのが22時になり、23時になり、0時になり、、

 

 

彼から22時半に、時間がかかるようになったものの最後のエイドステーションに着いたと連絡があり、23時過ぎに最後のテント山登山をしているのを見ながらとりあえず会場に向かってみることに。

 

 

散歩にいい場所だったが喉が渇いたのでホテルまで水を取りにいったら、ちょうど彼から電話がかかってきて下山したというので、ホテルに近いゴール手前500mくらいにあるラウンドバウンドで待機することに。

 

48kmと50 milesの参加者も続々とゴールに向かっていて、何人ものランナーを見送ったあと、、、

 

0時過ぎにやっと彼の姿が!

 

いつもは火事場の馬鹿力で疲れてない私が置いてかれるペースで走っていくのに、ものすごく調子が悪いそうで、歩いてもついていけるペース。

 

 

0時18分に無事ゴールした。

 

一応去年よりも20分タイムを縮めて35時間38分で160kmを完走した。

 

最後から二番目のエイドステーションまで去年よりも1時間も速いペースだったのに、そのあとの山登りでエネルギーのほとんどが足に行き、上半身の内臓がうまく機能してないような不快な感覚にさいなまされ、なかなか進まなくなったようだ。

2日目は特に気温が低かったので余計にエネルギーを奪われたのかもしれない。

確かに、金曜日は快適な気候でハイキングも楽しかったが、昨日は下界でも寒くウールの帽子をずっとかぶっていたが、特に湖畔を歩いている時は風が冷たすぎてレインジャケットの下にフリースを足したほど。

彼はずっとTシャツとレインジャケットのみで走っていたそうで、しかも手袋を全部ダメにしたので軽い低体温症っぽくなったのかもしれない。

 

ホテルに戻って、シャワーを浴びてからバタンキューだった。

 

今日、お昼にあった閉会式みたいなもののあとにデンマーク人に話しかけられ、なんとコペンヒルのエベレスティングで私たちが出ていたのを覚えていたらしい。

その人も100マイルに参加したが最初の5kmで転んで腕を骨折し、ヘリコプターでBodøの病院まで行き治療してもらったという。

顔も傷があったので全身で倒れたのだろうと思われる。

 

テント山のような低山でも滑落したら死ぬかな、と思うほどなのでノルウェーのトレイルは難易度が高く怪我をするリスクは高いと思う。

そのようなレースに無傷で二度目の完走を遂げた彼はやっぱりすごいなと改めて尊敬した。

エンジニアの苦悩

今、彼がゴールに来るのを待っているところで、落ち着かないので書きたいと思ってたことについて書こうと思う。

 

実は、彼は先週、トップミーティングで彼が名指しで槍玉に上がってしまい、先週末は月曜日のミーティングの準備で結構大変だった。

お客さんが来ているのに、地下のゲストルームで作業しようとしてたり。

日曜日から月曜日にかけてほとんど徹夜になってしまい二時間だけ寝て戦々恐々としながら出勤したのだった。

結果、いろんなことがクリアになり、改善策もあがってよかったのだけど、私にとっては結構モヤモヤしている。

 

彼は、今までもマネージメントなしのプレーヤー専門エンジニアにしては給料が高いことをチクチク指摘されてきたようだが、先週、あるマネージャーが、彼が具体的に何のタスクをやっているのかわからないと暗に時間がかかり過ぎていることをトップミーティングで言っちゃったばかりに、同席していた彼のグループのリーダーがフェアじゃないと憤慨してくれ、ミーティングをアレンジしてくれたそうだ。

そもそもなんでそんなことがあり得るわけ?と思ったが、そのリーダーはとてもスィートだが機械学習については疎いので彼のタスクの技術的なことはノータッチになってしまい、かといってそのcontroversial なことを言ったマネージャーも強いのはビジネスだけで、技術的に管理できるマネージャーに欠いているっぽいのである。

 

それで先週末は、ミーティングで、なぜ目的としていることがなかなか解決できないのか可視化できるようなデータを揃えたり、新しいモデルを作ったり、プレゼンの準備をせっせとやってたらしい。

 

そしたら、3人のマネージャーのビジョンがバラバラであることも露呈し、優先順位を決められたのと、そのビジネス担当マネージャーにも進捗がわかりやすくすると。そしてオブザーバーだった同僚エンジニアには技術的なアイデアを提案してもらえたそうだ。

 

私は、何しているかわからないとマネージャーが言うのはおかしいと思ったけど、彼は彼で自分の報酬に見合う価値を提供しなければと緊張させられている。

先週末ストレスだったのは、プレゼンの準備で忙しいというよりは、まさに自分の価値を認識してもらわなければというプレッシャーが大きかったからだと思う。

まぁ私も、転職先で4年不在だったポジションについたので分かりみがすぎるけど。

水曜日に、いろんなひとに相談されて嬉しかったけど、逆に誰にも声かけられないと「俺の価値とは、、」と悶々とする。

 

皮肉にも給料が上がれば上がるほどその苦悩は大きくなるのである。