いまのしゅんかん -32ページ目


 

茶杓の銘として苦し紛れに「関」にしたが、案外今の自分にピッタリの禅語かもしれない。

 

 

「唐物」も難しいけど、新居や転職で毎日のように学ばさせられている。

わかっていたから、家を買うことも仕事を変えることも躊躇し、なかなか関の扉を開くことができなかった。

いつかは開かなければ、とは思っていたけど。

 

開いてしまった今は、突き進むしかないが。

異なる賜物と尊敬

わたしに与えられた恵みによって、あなたがた一人一人に言います。自分を課題に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。というのは、わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです。わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい。また、教える人は教えに、勧める人は勧めに精を出しなさい。施しをする人は惜しまず施し、指導する人は熱心に指導し、事前を行う人は快く行いなさい。

愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。

(ローマ 12:3-12)

 

 

 

昨日は、6時過ぎに家を出てSjælland Oddeまで行き、8時過ぎのフェリーに乗ってオーフスに渡り、ある会社にいる知人とミーティングしたあと、30kmほど離れた転職先の別工場に行き、見学と新しく入った人と打ち合わせをし、私の実験に使う薬品をもらって帰ってきた。

ユランにいたのは6時間ほどだったけど、濃い滞在だった。

 

知人は、もともと大学でPhDをやってたことで知り合い、その後あるプロジェクトで再会し、かなり楽しいプロジェクトでド嵌っていたが、そのあと別の会社に転職し、解雇されて現職についたと聞いていたのだった。

社長に問い合わせがきたので営業してこいとのことで、会社の工場訪問と組み合わせて訪れることにしたのだが、残念ながら(頼みたくても資金源がないということで)営業は不調に終わったが、わたしの経験が生かせる面白そうな内容で、アドバイスをまぜながらわたしの博士論文も置いてきた。

お互いの転職話で、引き継いでくれる人がいないから0から情報をかき集めて、、という話で共感することしきり。

 

その後の工場見学では、新しく入ったひとが3つものグラントプロジェクトが入ったので、その打ち合わせをしたが、社長がわたしにも参加してほしい感じだったのでもっとわたしの専門に近いのと思ったら、化学の分野ではあるが全然門外漢で、話を聞いてもちんぷんかんぷん。ただ勉強してみると、一応大学で習ったことを少し思い出し、しかもかなり役に立ちそうな分野なので、やっぱり勉強しながらプロジェクトに参加してみようかな、と思った。

 

あと工場で、あることのインスピレーションをもらい、テストしてみようかな、、と。

帰り道は、その3つのトピックをぐるぐる考えながら運転した。

 

 

そして夜は、ビデオチャットで聖書の学びに参加した。

 

社会にいる人々を体にたとえるのは、なるほどな、と思った。

役割や働きが違っても、優劣がつけられず、どれも大切な部分でどれも欠けることはできない。

 

好き嫌いあるかもしれないが、わたしはわりと、デンマークでの日本人との交流は結構楽しんでいて、それは、普通に知り合うのだと日本でもデンマークでもある程度バッググラウンドの近しい人が多く、非日本人だと圧倒的に高学歴の知り合いばかりが多いけどなんだったらPhDもちの知り合いが多いけど、在デンマーク日本人となると、本当にバッググラウンドがバラバラで面白いのである。

そしてまさにそれぞれ異なる賜物を持っているなと思う。クリスチャン仲間は一人は女優、一人は保育士でバラバラだけど二人ともキャラがたってて必ず盛り上がるという。二人ともわたしにはないものをもっていて尊敬している。

 

自分の優れているものを誇りにする前に、人の優れているところを尊敬できるといいなと思う。

 

予定なくても週末は忙しい

一軒家に引っ越してからというもの、常になんかしらやることがあり忙しい。

 

先週の日曜日に、3月に欲しいと思ったお目当てのカップボードを買いに行ったのだが、、、

 

 
なんと5000krも値引きしてくれてラッキーだと思ったが、支払ったその場では、6月下旬に配送のアポを取ったのに、その後メールが来て、なんと9月下旬に延期されると、、、
マジか。。。
理由が書いてなかったけど、オーク材の家具なので、木材不足のせいかもしれない。
建材と違い、家具用の木材は乾燥処理などの前処理にものすごく時間がかかるので、慢性的な供給不足と聞いたことがある。
なのでしばらく食器などが片付かないままだが仕方がない。。。
 
そして今日は、畳を買いに、ショールームに行った。

 

デンマークとは思えん。。。
 
私が欲しかった軽いココナッツの畳は在庫があり、4畳半の畳を来週お店でピックアップできるということで支払いもしてきた。
楽しみ。
 
また、何気に深刻だったガレージ横に自生しているイタドリ問題。

 

先週の日曜日、ほとんど駆除して残った根っこがあまりにもみっともないので、

根っこも完全に駆除。

 
しかし調べたところ、根っこを取っても駆逐はできないので、根や土壌には行かず葉や茎だけにダメージを与えるラウンドアップという薬をかけ、時間をかけてイタドリの勢いを減退させるのがベストというアドバイスにいきつき、毎日のようにイタドリの若い芽を見つけてはせっせとラウンドアップをかけている。まぁ数年がかりの対応になるだろう。
 
また、庭を野点に使いたいということなので、前のオーナーに放置された亀さんのサンドケースをどかし、禿げてしまったところを耕し、芝の再生も試みた。

 

種を蒔いて、その上に土をふりかけ水をかけた。

 
一週間たって、多くはないが小さな芽が見え出してきた。
やっと雨が降るようになったが、乾燥注意報が出ているので頻繁に水やりしている。
それでもどこまで芝として育つかは未知数だが。。。
 

師匠にシソの種をもらったのでゴミ収集場に行ってコンポストをもらってきて、プランターに植えてみた。

 
今彼は、地下室の棚を作っている。
また本棚も買いに行きたいし、まだまだやることが多い。。。
 
おまけ




トヨトミの石油ファンヒーターと、Bauhausで見た薪ストーブ。同じポータブルの暖房でもなぜここまで見た目が違うのか、、、やはり北欧のインテリアのビジュアルの追求は目を見張るものがある。

ファミリーイベント14kmトレラン

 

2年ぶりにVejrhøjのファミリートレランイベントに参加してきた。

なぜ去年参加しなかったのか写真を見たら、連休だったのでJotunheimenに山スキーに行き、滑り納めしてたらしい。

 

 
祝日が3週間遅くなっているので去年とは予定の立て方が違いすぎる。。。
 
このイベントは2年前に初めて参加してとても良かったし、今回は6時間と10時間の耐久レースが加わったことで彼が興味を持ち、なら私もとサインアップしたのだが、今年は2月から家の購入と転職で走る気力がなかなか出ず、なんと今週も一度も走らなかったので、3ヶ月以上走らずに14kmも走れる気がせず、参加するのはとても気が重かった。
しかし、これがファミリーイベントのいいところなのだけど、ハイクのレースと、子供の短距離のレースが同じコースで行われており、老若男女どんな人でも参加できるというコンセプトだけあってかなり気楽に参加できるのである。
7kmの周回コースで、2週目はたまたま親子レースのスタートに重なり、それがものすごくヒュゲリだった。子供がはしゃいでいたり、かといえば怪我して泣き、お父さんに励まされながらなんとか走ってたり。最初は7kmにしておけばよかったと後悔していたのに、2週目のスタートがほっこりするものだったので、身体的にはキツかったけど、気持ち的にはそれほどキツくはなかった。
 
また、2年前とかなりコースが変わっていて、1週目の森に入ってしばらくしたところで旗の目印に気が付かずに間違ったコースを走ろうとしてしまったが、獲得標高が370mから490mに120mも増えたものの、砂浜を走るセクションが短くなり、その分森の中を走るセクションが長くなり、とてもいいコースだと思った。
 

それに、さすが初夏だけあって景色が素晴らしい。

 

最初の森に入ったところでRamsløg(ラムソン)の花の群集に圧巻

 

Vejrhøjからの菜の花畑の中を走るのが最高に気持ちよかった。

 

海岸を見下ろす景色はいつ見ても素晴らしい。

 

走り終わってもらったメダル

 

なんだかんだ、コースが変わって、しかもトレーニングをしてなかった割に、2年前とそれほどタイムも変わらなかったし充分満足。

思ったより走れたのは、先週と先々週のコペンヒルでの坂練のおかげもあるかもしれない。
 
去年は、昇天祭連休はクルマイユールへのハイク旅行、降臨祭連休はJotunheimenへの山スキー旅行だったが、
今年は、月末は彼の100マイルレース参加でLofotenに弾丸旅行、6月の降臨祭はHimmelbjergでのエベレスティングと、レースイベントに費やす予定である。
 
去年は、2月からずっと登山ばかりやってたのと、エベレスティングがアメリカ出張の前日にあったのと、降雨量が多すぎてトレイルが悪路で2周だけやって帰ってきてしまい、8月のVejrhøj15kmで全然走れず、9月から慌ててトレーニングを始めたくらいだったけど、今年はぼちぼち坂練も再開してきているし、今デンマークは晴天が多すぎて乾燥注意報が出ているほどなので、エベレスティングも去年よりはトレイルがマシな状態になっているかもしれず楽しみかも。。。

坂練だけでなく、ジョギングもまたやり始めよう。。。

ユーゴスラビアの崩壊

転職先での仕事は、常に違うことをやってて、例えば昨日は、

 

- 月曜日の出張のためのフェリーのチケット購入と、訪問先とのメールのやりとり、営業で訪れる客先に関係する、技術的なバッググラウンドのデータ集め

- 我が家の近所にあるクライアントが求める測定の方法の探索と、実際に測定できる場所の調査、代替えできる簡易な測定方法の模索→その結果、勤務後に彼とBauhausに行って使えそうな材料を購入

- 会社で間借りしているスタートアップの会社から聞かれた質問に関する調査

- 新しく納品された吸光光度計のセットアップの立ち会い

- 社長と、インターンを入れるかどうかの話

 

などなど、バラエティーに富んだ内容で、いつもなんかしら新しいことが入ってくるので本当楽しい。

 

しかし、先週一悶着あったラボの人には相変わらずエネルギーを吸い取られている。

彼女はいつも文句ばかり言っているのだ。

入社する前からそれはわかっていたので、ダメージを受けているわけではないけど、どうにかしたいと思っていて、社長に、どうすればいいですかねーと言ったら、

 

「彼女は難しい人ではあるけど、ユーゴスラビアで内戦を経験して難民としてきたことを思うと、感情をコントロールできなくなるのは仕方がないとも思えるよね。」

 

わかってる。。。

だから、私も彼女を嫌っているわけではないのだ。

確実に私の悪口も言っているとは思うけど、不思議と憎む気持ちはない。

なんだかんだ彼女は責任感が強くて、必要なことはきちんとこなしているわけだし。

 

で、昨日は、こんなのを見てしまった。。。

 

 

彼は、1992年に大学進学のためにアメリカ移住し、ニュースに触れる機会が多かったせいか、ライブで関心を持ったそうである。

私は結果しか知らなくて、wikiでは読んだことはあるけど、それでもこのドキュメンタリーでより詳細な背景を知り、興味深いと思った。

 

やっぱり、転換点は、ティトーが共和国や自治国の対等性を維持しユーゴスラビアという国を保とうとしていたのが、1980年代にミロシェヴィッチが数という権力を使ってセルビアの優位性を通そうとしたことが崩壊点の始まりになってしまったのだな、と。実はもっとロシアというかソ連が絡んでいると思っていたけど、意外とそれが問題の本質ではなく。

 

まぁEUだって、小国がリスペクトされなくなったら、連合として成り立たなくなるわけで。

あと、トランプがアメリカの巨大な軍事力をちらつかせてグリーンランドに対し圧力をかけたことで、アメリカに忠誠心を持っていたデンマークはあっさりとアメリカへの信用を失った。マクドナルドに行く人が激減するという徹底ぶりである。(あまり意味ないことだけど、精一杯の反抗心)

 

元々コソボは複雑で、14世紀にオスマン帝国に征服され、セルビア人は追い出され、ムスリムに改宗したアルバニア人だけが残った結果、セルビア人がマイノリティになってしまったという歴史的背景があり、一方的にセルビア人だけが悪者にされたのはどうかと思っていたけど、ドキュメンタリーを見る限り、やはりセルビアが悪いだろう、、と思ってしまった。

いくらなんでも連邦国内で軍を動員するのはやりすぎだし、それで不信感を与えることにもなってしまう。スロベニアの離脱のきっかけにもなったし。

 

それにしても不思議な国というか、、

私はセルビア人とクロアチア人の違いって、関東人と関西人の違いくらいかなと思ったら、実はその違いよりも小さいという。民族としてはほぼ同じで、正教かカソリックかの違いだけだと。。あと正教だから言語は同じだけど文字がキリル文字と違うくらい。

まぁ、最初の結婚で相手が大阪人で、付き合ってからあからさまに東京に対抗心を持ってくることに驚かされたのだけど、それは私が東京出身ということに微塵にもアイデンティティを持ってなかったからだが、元夫と違って、私は結婚するまで八王子を出たことがなかったので自分の出自に無頓着だった。

さらにその後で、言ってしまえばデンマークに移住して初めて、東京の中でもヒエラルキーがあることを知ったわけなのだが。(ある意味、八王子出身の私と、足立区出身の夫でバランス取れているとも言える?)

「翔んで埼玉」を腹を抱えて笑えるだけ平和だとも思うが。

 

違いというのはいくらでも見つかるものなのかもしれない。

 

今日、元の職場での勤務だったので、同僚にその話をし、私も彼女にリスペクトを示さないと思って、と言ったら、

「でも、リスペクトというのは、片方だけじゃなく、双方からあって然るべきものでしょ?」

と言われた。

ごもっとも、、、、

引き渡したアパートの今

インスタがやっとポストされたので見たら、、、


 

引き渡す時に同じ角度から撮った写真

 

あまりにも違いすぎて、私のアパートだったことを認識できなかったほど。

 

こう見ると、やっぱり廊下は無駄なスペースだったかも。

リビングと寝室がうつらなかったが、これだけですでに広々としている印象。

 

出来上がるのが楽しみ。

 

(追加)


キッチン、インストールされたらしい。

やっぱり広いなー。それで一部屋増えてるし。

 

食洗機も洗濯機もあるという。

それはいいかも。共有の洗濯機を使うのが何気にストレスだったので。(特別なコインを不在がちな隣人だけからしか買えなかったこと、時々洗濯機が壊れることがあったこと、予約しなくてよかったけど時々順番待ちがあったこと。)

AIの過去、現在、不確かな未来

 

定期的に参加するサイエンスイベントに行ってきたのだが、お題はズバリ「人工知能=AI」。

 

まず今までのタイムラインについての話だったが、彼が移住する少し前あたりから人工知能という言葉をよく聞くようになり、まさに彼は機械学習エンジニアとしてデンマークで就職できたものの、2年前に生成AIが出現してさらに勢いづいた感はある。

 

でも、ChatGPTにトレーニングさせるのに、人間の子供が10歳までに獲得する言葉よりも5000倍も学習させる必要があるという。やはり人間の方がずっと効率的に学習できる。

 
彼に話を聞いていたせいが大きいけど、私は未だにAIという言葉を使うことにものすごく抵抗がある。
機械学習だけど、インテリジェンスではないよね、、と。
たとえ実態のない昔に出てきた言葉で、アカデミアの中でそういう分野として発展してきた便宜上の言葉であっても、だ。
なぜなら、携わっている人なら実情を知っているからいいけど、私のように一般人からすると、言葉に惑わされるリスクが大きいから。彼に話を聞かなければ、もっとインテリジェンスなものと誤解していたかもしれない。
 
娘はChatGPTをサブスクまでしているらしく複雑な気持ちにさせられたが、私は全く使ってない。
逆に、生成AIに頼るようだと、そもそも仕事としての需要なんてないのでは?とも思う。
生成AIで解決できないからこそ、仕事として存在しているようなもので。
娘は、教育が終わった後に、本当に就職できるのかな、、と思ってしまった。
 
最初に、AIが世界をよくするか、悪くするか手を挙げさせられたが、私はどちらも手を挙げなかった。
実際に、アドバンテージと、ディスアドバンテージがあるという。
アドバンテージは、機械的な仕事を減らし労力を減らすことに有効な手段になること、だけど、同時にAIがさまざまなリスクももたらしている。
 
来週、ある会社がAIに関する新しいルールに関してウェビナーをやるので、できたら聞きたいなと思っている。

リスペクト2

SNSでバズった漫画家さんのインタビュー記事が読めたので読んだが、不倫をされた彼女側の話だったにもかかわらず、申し訳ないが私は彼女の旦那さんに同情した。

なんと彼女は土日も仕事をし、食事くらいしか一緒に出かけなかったらしく、不倫相手とはよく一日過ごし、釣りに付き合ってもらったりお出かけしたり楽しかったと言われたそうだ。しかも彼女は、知らなかったとはいえ、旦那さんがよく不在にすることでさえ、これで仕事に集中できると内心ラッキーと思ってたという。

10年間もよく不倫に気がつかなかったな、、と思ってたけど、そういうことか、、、と思った。

自分にとっても都合のいい「不在」だったのなら、そりゃ気が付かないかもしれないな、、と。

 

デンマークでは、不倫があったとしても慰謝料はないのだが、それは、夫婦のことは、あまりにもプライベートすぎて、第三者がどちらが悪いとジャッジできないからというのもあるような気がする。仮に99%不倫した側が悪かったとしても、だからと言って夫婦のことは二人しかわからない背景があるので、片方に責任が全くないと言い切れないからだろう。

 

ある人が、旦那さんと別れる別れないという状況になった時に、最初は彼女に同情し、なんてひどい旦那さんだと思ったのだが、いよいよ別れるとなった時に、実は旦那さんの方が車や家のメンテ系のことをお金も労力もかなり負担していることがわかり、6年間シングルで全て自力でやり、家の照明の設置、バスルームの故障やキッチンの電気系の故障、水回り系に関して全て対応し、車に関しては前の夫が運転できない人で結婚していた時から私一人で全て負担し、車検やタイヤ交換だけでなく、ラジエーターやマフラー、ブレーキ、クラッチが不調になるたびにワークショップに行った私からすれば、旦那さんがやってくれることに敬意を示さない彼女に複雑な気持ちになったことを覚えている。

 

まぁ、旦那さんに対応を依存しておいて、それに感謝しない人は他にもたくさんみてきたけど。

というか、家事の負担が重すぎると訴える人が、本当に全て家のことをやってるのかな、と心の中で疑問に思ったりもする。私にとっては、ルーチンの家事よりも、家のトラブルの対応の方が100倍重く、それは実は夫の方が担う可能性が高いと思うからである。

屋根のトラブルで、業者がなかなか捕まらなかった時は、長期で悩み、いろんな同僚に相談したけど、デンマークでもそういう対応は夫が担うことの方が多い印象だった。

 

今の結婚では、アパートの時は私だけが所有者だったので私がまず対応することが多かったが、結果的に彼の助けを得て解決したことも多く、一軒家に引っ越してからは、インターネットの契約、照明の設置、ラジエーターのガス抜き、IHコンロのインストール、ボイラー故障と、彼が全て率先して対応してくれて感謝しかない。

私の方が腰が重く、アパートでもトイレとコンロを新しくしようとずっと思っていたのに、結局やらずじまいだった。冷蔵庫は、あまりにも問題を放置して、結局冷凍庫が完全に壊れるまで使い続けたが、新しい冷蔵庫に替えたことで電気代は40%も削減できたという。。

 

今の結婚生活が割とうまくいっているのは、お互いに離婚を経験し、互いにリスペクトしなければならないことを学んできているのも大きいと思う。

前の結婚で私だけが家事をやっていることに不満があったけど、今はやはりご飯を作るのは私だけだけど全くストレスがない。私が苦手とすることを彼がやってくれていることに感謝しているから。

そしてリスペクトが足りないと感情も萎むことも分かっている。

私が彼の自分の作業場が欲しいという気持ちを軽視した時に、彼の私に対する信用度も地に落ちそうなこともあった。

それでも私が自分の都合を優先したければ、最悪別れるというオプションしかなかっただろうとも思う。

難しい決断ではあるが。

 

夫婦のことは夫婦のことしかわからない。

なぜなら、そういう目に見えないものクリティカルな結果につながることが多いからだと思う。

娘の初お泊まり

私はあまり動画を見たりし、推しのYoutuberなんているはずもなかったのだが、あるYoutuberに嵌ってしまい、サブスク買っちゃおうかな、、とまで思ってしまっている。

 

 

キャブヘイという、いろんな企画でキャンプをする人なのだが、とにかく面白い。

そして基本自力で薪を集め、どんな状況でも(たとえアルミホイルやラップだけを使った自作テントという設定でも)美味しそうなご飯を用意するのも面白い。なんだったら、ドライイーストも使ってパンやピザまで焼いてしまうのがすごい。

私もパンを焼いてみたくなった、、、でもデンマークは生イーストしかないような、、いや、とりあえず自宅でBBQセットで焼いてみるか?

 

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今日、初めて娘が泊まりに来た。
 
初めて地下の客室の新調したベッドに、寝れるように布団を用意し、寒かったのでラジエーターもいれた。
 
BBQをするつもりだったのだが、寒かったので、外で焼いて、家の中で食べることに。
先週も同じことをやったような、、、
なぜ5月なのにこんなに寒いのか。。。

 

とはいえ、ビールを飲みながら焼くのもヒュゲリ。(ウールの帽子、ダウンジャケット、ジーンズの下にはレギンスとフル装備)

焼き鳥、椎茸、バラ肉、ソーセージ、全てマジウマだった。。

 

食後は、寒かったので、なんと暖炉に火も入れた。

 

これはこれでヒュゲリだけど、、、
 
娘は今、試験期間で、アプリを作る課題をやっていたが、なんとゴミ分別のアプリを作ってて面白そうだった。
写真を撮って、どこに入れられるか分別してくれるアプリで、時々ごみ収集場でスタッフに聞いている私、そのアプリ欲しい、、、と思った。
彼も仕事でウェブアプリを作っているそうで、娘と話していたが、私にはよくわからない話だった。。
しかしこのコースは楽しいようで何よりである。
 
明日は近所のパン屋に散歩がてら行くつもりである。

リスペクト

師匠が次々と我が家でのお茶イベントの提案をしてくることに正直引いている。

来年の桜祭りのための花月の稽古(忙しいと断ったけど)、来月の野点の会場提供のお願いにも驚いたが、来年の初釜は畳ではなく立礼でやりたいという。

え、せっかく畳を買うのに?というか、初釜のために買いたいと思ったくらいなのに、、、

それで、立礼のための机はどうするんですか?と聞くと、師匠が持っているものを使うが、ゆくゆくは譲りたいと。

このままだと、無限に道具保管と会場提供をさせられるなと思い、

「住居スペースは70m2しかなく、地下室も客室に使いたいし娘が引っ越してくる可能性もあるので物は増やしたくありません、持ち込まれた物は全て保管はせずに逐一返します。でも初釜はやはり畳でやりたいです。」

と返事したら、畳で初釜をするということに落ち着いた。

ふーーーー、我が家に関することは私に権限があるのだから、はっきり言わないとダメだな、と思った。

 

********

 

とはいえ、はっきり言ったつもりでも、伝わらないこともあるのだが。

 

迷ったけど、ムカついたので、書こうと思う。私のブログを読んでいる人で、誰のことかわかる人もいるだろうけど、ま、いいや。多分読んでないと思うけど本人が仮に読むことがあっても、ま、いいや。(意地でもアメ限にしないという、私の矜持でもある)

直接本人にメッセージすることも考えたけど、私のエゴをぶつけることでもあるので、ブログに、私のエゴを含む観点から書きたいと思う。正当性を示したいというわけではなく、私の気持ちを綴るだけなので、私に同情する必要はありません。なんだったら、彼女を責める内容なので、私を批判してもいいと思います。

 

********

 

2ヶ月くらい前だったか、去年一緒にスウェーデンでキャンプした子から、いきなり7月14日しかもう空いている週末しかないから、そこでキャンプに行きたいというメッセージが来た。

私は、8月に日本から来る共通の友達とも一緒にスウェーデンにキャンプに行きたいと、そのキャンプの時にすでに話していたので、その友達抜きで、しかも7月の特定の週末にキャンプに行くという提案に驚き、

「7月は登山のハイシーズンで基本デンマークにいないから難しい。そもそも、その友達と8月に行こうと考えていたんだけど、ダメなの?」

と返事すると、

「その子とは、旅行に行くからキャンプに一緒に行けない。」

と来たので、その共通の友達に連絡すると、確かに、彼女が北欧に来る全ての週末が潰れていることを知り、ショックを受けた。8月の平日は勤務でゆっくりできないので。

 

そのことを彼に話したら、

「人がそうしたいという希望や意思に対して、そこまで○○ちゃん(私)が気に病む必要はあるの?」

と言われ、確かにその通りだな、と思い、そのことを気にすることはやめ、

 

「友達とのキャンプはまぁいいとして、7月は約束できないから、6月か8月でキャンプに行かない?」

と最初の子に言ったら、6月も8月も難しいという。

「じゃあしょうがないね、また来年機会があったら。」

と返すと、

「7月には自宅にいるので、都合がついたら一緒に行かない?」

と来てたので、

7月は夏休みまるまるアルプスで過ごすことを決めた時に、スウェーデンにキャンプに行かないことを強調するため私の予定を伝えると、

「だったら、7月5日か12日はキャンプにいけるんじゃない?」

と食いついてくるので、

「ごめん、ハイシーズンの7月に、水場のないスウェーデンにキャンプに行きたいと思ってないから、私たち抜きで行ってね。」

というと、

「○○さん(私)がキャンプに行きたそうにしていると思ったから声かけただけ、気にしないで。」

と言われ、カチーンときた。

 

なぜなら、そもそも何故、去年一緒に彼女と子連れでキャンプに行くことになったかというと、彼女がプライベートで色々あって、精神的に疲労困憊しているように見えたので、気晴らしになるかと、しかも負担にならない彼女にとっての近場でキャンプに行かない?と私が提案したのである。

でも、デンマークもそうだけど、基本的にこの辺りは山がないので、キャンプ場以外は水場がなく、湖も汚くて水浴びしたいと思えるような水質ではなく、野営を張っても決して楽しいところではない。

それでも、彼女や子供たちをcheerupするために、高い橋代を払ってデンマークからスウェーデンにわざわざ出向いていったつもりだったのに、そういう解釈なんだ、、、、とがっくり来たのである。

 

以前も、彼女に善意で出向いたりした時も、

「私には、こんなに良くしてくれる友達がたくさんいる。」

と言われ、カチンときたことがあるが、人の善意にアプリシエートする前に、善意をもらえる自分の「人徳」にperspectiveを転換してしまうこともあるんだな、と。

 

このケースだけではなく、

私の愛情が、「こんなに愛されている俺」と捉えられるのも「私は」大嫌いである。

(なので、巷に溢れる「愛される私を目指そう」というフレーズも「私は」大嫌い。「私は」、と強調しておく。)

 

それも、私は、どこかで私の善意をアプリシエートして欲しいというエゴがあることも認める。

だから、ムカつくのである。

 

同時に、私の悪い癖なんだけど、私は人徳者でもないのに、困っている人に対して何かをしたくなってしまう。

でも、人というのは基本的に自己本位なので、捉え方もセルフフォーカスするのは当然といえば当然だから、そこを期待せずに善意をかければいいのに、かけてしまって後で嫌な気持ちになるという。。。

 

ただ、やっぱりだからこそ人というのは、互いのリスペクトを欠き、相手へのアプリエートを欠くようになると、関係もうまくいかなくなっていくのは、一般化してもいい原則ではないだろうか。(と、ちょっと自分の観点を正当化してみたくなったり)

 

仕事の一件でも思ったけど、私自身も人へのリスペクトを心がけなくてはならないと思っている。