ショーエイのアタックまんがーワン -9ページ目

ショーエイのアタックまんがーワン

タッグチームLiberteenの漫画キャラクター・ショーエイが届ける、笑えるブログ・ショーエイの小言です。宜しくお願いします。

 

 

【第三話 煙】桶狭間へのカウントダウン 残り16年

 

吉法師の城内での生活は

城外へ自由に出られない以外は何の不自由もなかった。

敷地は狭いわけではなく、400m×200mの8万㎡だと、

おおよそサッカーフィールドが8つは入る規模である。

その中にはサッカーフィールド一つ分の

庭園または広場は有ったと考えられ、

10歳の子供が外で遊ぶ分には十分な規模と言っても良い。

 

吉法師の実母は土田御前で、信秀の正妻である。

しかし信秀は土田御前を古渡に住まわせ、

那古野には置いていない。

織田弾正忠家の方針だったのか、

武家として良くある方針だったのかは解らないが、

実母に嫡男を育てさせない事は当時としてはよくある話で、

吉法師も実母から切り離されて育てられた。

 

無論、土田御前は自らの手で育てたい意向を信秀に示していたが、

当時の武家社会では「雌鶏歌えば国滅ぶ」という故事もあり、

いわば母親がその影響力で院政を敷くと、

国が亡ぶといった考え方も有った。

故に、その関係性を結びつけない為に

母子を切り離して育てることが妥当とされた。

日本の歴史で言えば、

今でこそ女性への評価は変化したものの、

当時としては女性蔑視が当たり前の世の中。

鎌倉幕府の源家が北条政子の専横によって、

北条家に執権を奪われた例も意識された話である。

 

先に述べた明応の政変に於いても、

義政の正妻、富子(日野富子)の影響で、

実子である9代将軍義尚が死ぬと、

一旦は10代将軍に自分の妹の子で敵側だった義視の息子、

足利義材を据える方向で富子は義政を説得するが、

その後、富子の影響力を義視、義材親子が警戒して、

両者の対立が発生すると、

富子は細川政元と結託してクーデターを起こした。

それで11代将軍足利義澄が登場した事で、

天下は再び分裂する事と成ったわけだ。

 

武家社会に於いてこうした話は尾ひれがついて、

各勢力に噂として伝えられるものだ。

その為に女性に影響力を持たせてはいけないという

意識が働くのは当然な話しであったと言える。

 

こうした考えもあって吉法師は実母と切り離されて

那古野で育った。

それゆえに信長の伝承では乳母の存在が登場する。

また信長と言う人物の気性から、

まるで鬼子の様な伝承も伝えられている。

乳母の乳首を噛み切ったとか…

しかし、現実的にこれは有り得ない伝承なのは、

現代人なら理解しうることである。

 

伝承に残る話は、必ずしも想像やイメージで

生まれた話とは限らず、

実際に何らかの記録や言い伝えが絡む場合もある。

 

吉法師(信長)の乳母で有名なのは、

養徳院という女性で、

信長の重臣となる池田恒興の実母である。

記録上、養徳院が乳母と成るのは、

吉法師が3歳の時で、恒興が生まれたころだとされる。

また、乳首を噛み切るという伝承の話では、

養徳院が乳母に成ってから治ったという伝えでる。

しかし、乳児では無くなった3歳の子供の話としては、

いまだ母乳を必要としていたのかと考えると、

ある意味、合点が合わなくなる。

 

これらを精査してこの伝承を一つの情報として

筋書きを組み立てると…

 

初産の実子を遠ざけられる事となった実母の土田御前は、

その弾正忠家のしきたりに心を痛めていた。

母親としては当然の感情である。

そんな土田御前を気遣ってか、

守役の平手正秀は彼女に吉法師の成長報告として謁見した際、

彼女に安心感を与える為、ちょっとした方便を使った。

 

「吉法師さまは母親のもので無いと察してか、

乳母たちの乳房を噛み切るもので困っております。」

 

無論、これが優秀な政秀の方便である。

すると土田御前は、

 

「それはまことに大変な話しじゃな…

わらわが見れれば良いのじゃが…」

 

と、少し気持ちが和らいだ感じで言うと、

 

「確かに、私もそれが適うならと思いますが、

何せ織田弾正忠家の習わしなので…」

 

と、政秀は土田御前のほのかな期待を断ち切って、

 

「そこで御前様(土田御前)と雰囲気の似た乳母を探し求めて、

ようやく見つかったところで、その御人を吉法師様に当てがったところ…」

 

さすがは政秀の外交術。

政秀の話に土田御前もかなり気が静まった。

政秀は続けて、

 

「何とか悪癖も最近では治まりました。」

 

無論、母親の心境としては複雑だ。

自分以外でも悪癖が治まったという事は・・・

しかし、かといって平手が言う様に

家の習わしで吉法師の側には行けない。

そういう事が噛み合わさって

彼女の表情は少し寂し気なものに変わった。

しかし、それでも武家の正妻として気丈に、

 

「それは何よりであったな…

政秀殿ご気苦労には痛み入る話じゃ。」

 

と、子を案じる母親として毅然とした振る舞いを見せた。

 

いわば、信長のこの伝承の話は、

政秀の土田御前に対する配慮から生じたモノと考えても良い。

そこから土田御前が周囲にこの話を小言の様に漏らすと、

周囲は噂話として更に広げ、次第に養徳院の話と結びついて、

可笑しな噂に変化しながら伝承として残ったというのが、

科学的に考えられる流れだろうと推測する。

 

その当の吉法師は…

ある意味普通の赤子として成長し、

乳母が誰であろうが普通に栄養を得ている。

3歳で物心ついた時には、

元々の世話役であった養徳院が恒興を出産した頃である。

吉法師に母乳を与えた御人かは定かでは無く、

恒興が池田家の嫡男であるなら、

出産前に母乳は出る事は無い。

ただ、それ以前に養徳院が吉法師の面倒を見ていた可能性はあり、

それを考慮してみると、

吉法師を寝かしつける子守歌役の乳母という存在で、

既に招かれていたと考えても良い。

そしてその流れもあり、

幼児が優しい保母さんに懐くのと同じで、

物心ついた吉法師のお気に入りの乳母が養徳院であったのだ。

 

その養徳院が恒興を生んだのちは、

その恒興を実弟の様に可愛がり、

後に恒興は信長の重臣として活躍するのだった。

因みにこの恒興の息子、池田輝政が、

かの姫路城を改修して、今見る形にしている。

 

養徳院の教養は子供の心を掴む部分で傑出していた。

教育者というよりも、寧ろ保母さんとしての才能である。

おとぎばなしや童話の語りが上手く、

美しい美声が放つ歌声は絶品である。

 

無論、信秀も政秀も、

そういう人物を探し求めて吉法師に宛がっている。

 

現実的な心理として

こんな保母さんを実母が意識したらどうであろう?

保育園の様な場所で、大勢の子供相手に

保母さんとして活動している人なら、

そこは保母さんという職業と割り切って、

問題なく受け入れる事が出来るだろう。

それが自分の子供の専属で、

その才脳で実子が自分より懐く相手と感じたら、

母親の本能として嫉妬するのは当然である。

 

こうした心理も考慮して母子が切り離される考えが、

ある意味男社会の都合で重宝されるのはやむを得ず、

戦国の世とはそういう時代であると、

女性には割り切ってもらうしかない。

 

無論、平手政秀の方便は、

その時は土田御前を安堵させるものであったかもしれない。

しかし女性はあえて口には出さずとも、

そういう矛盾を察する事には男性より長けている。

そしてその洞察が吉法師の成長と共に、

単なる政秀の方便(嘘)であったと見抜いていくのである。

それが信長と信行の関係に影響を及ぼすことに成るとは、

この時は誰も想像だにしていなかっただろう…

 

吉法師は養徳院の存在もさることながら、

その想像力、いわば創造力となる感性を磨く上では、

かなり贅沢な教育を与えられていた。

吉法師は3つ年下の弟分恒興、

幼名が伝わっていないので、

小政〔こまさ〕いわば小さな政秀と言う名にして物語を続ける。

その弟分小政と一緒に養徳院の語る物語を聞くのが好きだった。

最初はかぐや姫に金太郎など、

我々にも馴染みのある童話を

美しい声が奏でる語りと、

大女優としての見事なまでの演出。

養徳院が情景豊かに語るその話に、

二人は揃ってワクワクしながら聞き入っていた。

 

吉法師を子供として見て本当に可愛らしい時分である。

 

政秀はこうした吉法師の興味を上手く察して、

吉法師が6歳位に成ってくると、

養徳院に語るべき物語を学ばせた。

この時に明文学や日本文学に詳しかった、

沢彦宗恩を招き入れている。

もう少し吉法師と小政が成長すると、

この沢彦宗恩が家庭教師として

直接、指導に当たるが、

それ以前は沢彦が養徳院に

今日語るべき話を教え、

養徳院がそれを上手く演出して、

2人に聞かせるという形で幼少教育とした。

そこには日本書記は勿論、西遊記(唐代)や水滸伝(元代)

など物語に近いものを聞かせ始めて、

吉法師が10歳に成った時からは、

三国志演技(明代)か三国志(裴松之のなら中国南北朝時代)であり、

平家物語などより歴史に近い話を聞かせた。

 

その養徳院の語りは正に芸術そのものでり、

ある意味、天下一の大女優が、

芝居で名演技を披露している様なものだ。

故に、政秀も、そして信秀も次第に惹かれていき、

那古野ではしばし養徳院の舞台として楽しまれた。

主賓は勿論、吉法師と小政である。

那古野城の大広間で

二人は養徳院の前に着席して大人しく話を聞くのだった。

それを眺めるように信秀や政秀が座り、

酒の肴に子供が興奮したり怯えたりする様子を見ながら、

養徳院の講演を聞くという宴の様な形が連日繰り広げられた。

 

時に養徳院が怪談話をして、

その演技力のあまりに吉法師と小政が飛び跳ねて驚くと、

その大人たちはそれがが面白おかしく、

大いにその光景を楽しんだ。

 

記録上では養徳院は夫・池田恒利が早くに死去したとされ、

その後信秀の側室に成ったとある。

 

しかし、ここではそこは読者の想像力に任せるものとして、

信秀が養徳院の講演と吉法師のその様子を楽しむために

連日那古野に通い詰めたという事のみにする。

 

こうした環境を可能にしたのは、

織田弾正忠家の財力と、

この時押さえていた津島と熱田の交易の賜物である。

いわばほぼ国内の流通で手に入る物が

流れてきやすかったと言える。

書物は勿論、水墨画であり屏風など、

様々な品物がその2つの拠点にたどり着いたのである。

 

信秀は那古野に足を運ぶ毎に、

様々なお土産をおいていった。

子供のおもちゃ、木馬などは勿論のこと、

美しい水墨画や屏風など、

ほぼ那古野は弾正忠家の

宝物庫としての機能も備えていた。

 

幼い頃より、美しい掛け軸や屏風、

そして水墨画などに触れる事が出来た吉法師は、

その美的感性を英才教育で育まれたと言っても

過言ではない。

そして吉法師が10歳に成ると、

明などから入る風景画を好み始め、

現実では未だ見る事が叶わぬその光景を、

想像力で膨らませて、

頭の中で壮大な光景を思い浮かべるのだった。

それは養徳院の語りと合わさる事で、

より大きく華やかな世界に成ったと言える。

後の安土城はその頃思い描いた夢の世界だったのかも知れない。

 

時をもどして・・・

信秀が吉法師に城下を見に行くことを許した日のことである。

信秀が土産物を手に吉法師の部屋を訪れると、

吉法師は紙に筆で水墨画の真似事の絵を描いていた。

子供の落書き故に芸術性の部分は差し引いても、

何やら壮大な都を描いていた事は解る。

それを目撃した信秀は、

吉法師が見たいのは那古野の小さな村落では無く、

寧ろ、熱田や津島の様な大きく華やかな街であると悟った。

 

信秀はそう悟ると、一緒に付き従ってきた政秀に、

 

「政秀よ…那古野の城下を見た後は、古渡に連れて来い。」

 

政秀はその真意を伺う事無く、

 

「御意」

 

と返事をした。

信秀はそう命じたあとも暫くは黙って吉法師の様子を伺った。

 

この時信秀の脳裏には、そこから12年前、

吉法師が誕生する2年前の1532年の話。

いわばこの那古野城の城主が今川竹王丸の時代であった時の事を

思い出していた。

 

既に前述で那古野の歴史は簡単に述べているが、

当時の竹王丸は10歳であった。

丁度、今の吉法師と同い年である。

 

複雑な日の下の情勢から話すと、

今川家は10代将軍側の足利義材派で、

斯波家は細川京兆家との関係から11代将軍の足利義澄派であった。

しかし、1515年に遠江で斯波義達が捕虜に成ったのを機に、

斯波、今川両家では和睦が成立していた。

ところが今川家当主である氏親が1526年に死ぬと、

両家の関係は少しづつ微妙な空気を漂わせ始める。

 

そこで斯波家筆頭、いわば尾張守護代の織田大和守達勝は、

その関係が不穏なモノと成らない様に、

義澄派から義材派に切り替える方針を斯波義統に伝えた。

無論、この時の斯波家は権威を失っており、

その意向に逆らう事は無かった。

織田達勝の考え方は、今でいう保守である。

丁度、氏親がこの世から亡くなった頃、

隣国の三河では、徳川家康の祖父に当たる、

松平清康が勢力を伸ばしていた。

清康は斯波家と同じ11代義澄派の家系のはずだが、

戦国に入ったという時代で、

将軍家の権威を意識してなかったのか、

その勢いを尾張にも向けようとしていた。

織田達勝はこれを察して、

外交で清康を押さえ込もうと考えた。

 

先にも述べた今川家は、氏親が家督を継ぐ上で、

ある意味将軍家の意向を携えた北条早雲こと伊勢盛時に

助けられている。

その時分は、丁度、9代将軍義尚から10代将軍義材に変わる頃で、

その流れから義材派に与していたとされる。

その後、足利義材は、名を足利義稙と改め

1508年には将軍に帰り咲いている。

1513年には10代将軍と11代将軍の間で和睦が成立。

そして11代義澄の子、12代将軍となる義晴を

10代将軍義材の養子としその後継とすることで、

正式に将軍復帰が認められたはずだった。

 

ところがこの政争を寧ろ管領家細川京兆家が複雑にしており、

義澄の次男で、斯波家の息女を母親に持つ、

足利義維を立てて細川晴元らが堺を中心とした

政権(堺公方)を樹立している。

12代将軍となった義晴には細川高国が付いていたが、

1527年に高国は細川晴元らによって京及び山城、摂津を

奪われておりこの政争はより混迷を極めていた。

 

義澄派の継承が、この堺公方義維の側で、

斯波家は当初出生上の関係からそちら側に与していたとされる。

 

無論、こうした情勢に読者が混乱するように、

松平清康も、正当な将軍家を巡って混乱するのは当然で、

それが戦国時代化する背景とも言えよう。

 

とはいえ、そのような賊徒状態にある松平家より、

未だ将軍家の権威を重んじる今川家との和睦を維持した方が

安全と考えるのは当然で、

織田達勝は、松平清康率いる三河を挟んでの

今川との同盟関係を重視したと考える。

 

そうした尾張と駿河(斯波家と今川家)の関係を利用して、

織田信秀は幼い那古野城主今川竹王丸に近づいた。

吉法師に与えた様に、津島から得られる珍品を与え、

信秀は連歌の会を主催して竹王丸を招いたというより、

寧ろ竹王丸の守役を接待した。

竹王丸には逆に蹴鞠〔ケマリ〕を主催して楽しませるなどして、

まだ20代の信秀は優しいお兄さん役を演じた。

 

先の大和守家いわば清洲の方針で、

和睦関係は維持され、

寧ろ共通の敵を三河の松平清康としたことで、

今川那古野家も尾張勢に対して気を許しやすい状態であった。

 

記録上では那古野城主の今川氏豊(竹王丸)は

今川氏親の次男、今川彦五郎と同一であったとされる内容も有る。

その彦五郎は氏親と同年に死亡しているという内容もあり、

これらを採用して流れを精査すると、

1526年までは今川彦五郎が那古野家の当主として入っていたが、

死亡したため、1522年生まれの末っ子の竹王丸(氏豊)が

那古野家当主と成ったとするほうが辻褄はあってくる。

 

その彦五郎の死を、

信秀の手勢が暗殺したと安易に考えそうだが、

実際その彦五郎を暗殺した所で、

何かを得られる状態は考えにくく、

那古野に兵を出した形跡も無いので、

論理的には想定しにくい。

寧ろ彦五郎の後に誰が入るかは今川が考えるところで、

運よく竹王丸のような子供がは入るという

予測を立てるのも難しい話である。

この小説では未来視点のたらればの想像で構成する事は

極力避けたいと思っている。

とは言え、後継として入った竹王丸の守役で、

いわば今川那古野家の後見人に値する重臣を

誰かに定めねばならないが、

それらしき人物が見当たらない為、

架空で、飛騨守氏時という50代の人物を設けた。

氏時は連歌などの文化交流を好み、

戦よりむしろ教養に興味を示した人物であった。

 

信秀は情報を駆使して、飛騨守氏時が連歌に夢中である事を知り、

竹王丸の名代として信秀主宰の連歌会に参加させた。

現代で言うM&Aの様な工作である。

 

信秀はその財力を活用して、

当時の連歌界の著名な人物を誘い、

飛騨守氏時の連歌を絶賛するように工作した。

そして竹王丸自身には、蹴鞠の名人をその指導に宛がうなどして

竹王丸の機嫌も取っていた。

 

信秀自身も竹王丸のよき遊び相手となり、

さらに土産物を持参する事で、

竹王丸もすっかり信秀に懐いた。

無論、最初の計画では那古野の乗っ取りが目的だが、

竹王丸の懐きぶりは信秀にも情を感じさせるほどだった。

まるで今の吉法師を見ている様な感情が有ったのだろう。

 

そこで1532年のある日、

信秀は連歌ですっかり意気投合した

重臣の飛騨守氏時に話を持ち掛けた。

無論、嘘も交えて

 

「本来は、秘匿とすべきことなのですが、

竹王丸さまと氏時どのとのこれまでの関係を思うと、

心苦して…」

 

氏時は突然のことで少し不安がよぎった様子で、

 

「はて…いかがされ申した?」

 

「実は…主家の斯波義統様より、那古野を秘かに攻略せよと催促がありまして…」

 

氏時はそれを聞くや驚き、

 

「な…なんと!!」

 

そして信秀は

 

「実は既に兵を那古野の周りに置いております。

清州の手勢故に、私の生死に関係なく直ぐにもここに押しかけるでしょう」

 

無論、こういう交渉は命がけである。

ただ、飛騨守氏時を良く知る信秀は、

彼が迂闊に武力を頼らない事を知っていた。

寧ろ、連歌会での評判に気を良くした氏時は、

隠居してその道に進みたいとも漏らしていた程だ。

 

「私も竹王丸様や、友人である氏時どのを救いたいと思ってます。」

 

信秀はあえて情を用いて氏時の恐怖心を和らげ、

 

「どうでしょう…我が勝幡にひっそりと身を隠され、

余生を氏時どのは連歌で、竹王丸様は蹴鞠などを楽しんで

ゆるりとお過ごし為されるというのは・・・」

 

氏時の心配事は、主家今川家からの報復である。

しかし、今すぐという状況では援軍に頼る事は適わず、

頼ったとしてもその間に三河の松平清康がいる為、

どの道間に合う算段は整わない。

 

「今、私を殺して援軍を今川に乞うても、間には松平三河があるゆえに、

恐らくは持ちこたえることは無いでしょう…」

 

信秀はあえて現状を伝えた。

無論、氏時も理解している状況で、

ただ自身の身と竹王丸の身を

どう案じるかで困惑した。

 

「主家(今川)からの咎めが下れば、どの道わが身は滅びます。

ここは折角だが…」

 

そこまで言うと信秀は氏時の言葉を遮って、

 

「私に一計がございます。」

 

氏時はみなまで言わずに黙って信秀の言葉に耳を貸した。

 

「いわば…那古野を失う罪を私に着せるのです。」

 

命の掛かった緊迫した状態で混乱していた氏時には、

この言葉はある意味一縷の光に感じたのかもしれない。

 

「罪をそなたに?…とは…」

 

氏時は信秀の言葉に再び耳を傾けた。

 

「私に騙し討ちされた様に演じるのです。」

 

信秀はその一計の詳細を説明した。

いわば、自らが突然の病に掛かったとし、

家臣を城中に招き入れ、

その後に2人は裏口から逃げて、

信秀の手勢が城内に火を放つというものであった。

 

そして

「私が病を装いますので、我が家中の者を及び下さい。

城門の前に30名ほど待機させております。」

 

さらに、

「城門を開けたら、門番に直ぐに退出ができるよう、

門を開いたままにするようお伝え下さい。

さすれば城内の者をだれ一人殺さずに無事成し遂げっれます。」

 

と、あえて城兵への気遣いも与えた。

 

そして氏時は信秀の指示通りに事を進めて、

城中に信秀の家来を招き入れた。

城門前の30名とは別で、

実際に城外に伏せていた手勢は、

平手政秀ら擁する信秀の手勢で有り、

城内に30名が潜入する様子を確認するや…

 

「さすがは信秀さま…首尾よく行ったようですな…」

 

と、政秀は兵に継続して待機するよう命じた。

 

城内に潜入した家臣の一人は林秀貞である。

秀貞は予めの計画通りに上手く演じて…

 

「殿!!ご無事ですか!!」

 

と騒ぎながら信秀のいる場所へ駈け込んで見せた。

相手が不信に感じないよう、

抜かりの無い演出である。

秀貞が信秀の下に訪れるや、

信秀はケロッとした状態で

氏時そしてその場に呼び寄せた竹王丸と並んで座っていた。

秀貞はそこでも演じ続け、

 

「と…殿…これはいったい?」

 

すると信秀は、

 

「清州の手勢に気づかれぬよう、お二人を勝幡にお連れしろ!!」

 

そして秀貞は、手勢3、4人で竹王丸と氏時を誘導して、

裏門へと向かった。

信秀は氏時に城内の配置を予め変えさせたうえで

残りの手勢に城内に火をかけるように命じた。

城内に火が掛かると城内の兵士たちは混乱し、

開いたまま城門から次々と逃げ出し始めた。

そのタイミングで平手政秀の伏兵が現れたため、

那古野城はあっさりと陥落した。

 

信秀を完全に信じ込んでいた竹王丸と氏時は、

そのまま勝幡へと連れて行かれた。

信秀は勿論、約束通り2人を勝幡で優遇し、

大切な客人として迎えている。

それだけの財力が有った事と、

この計略で更に熱田も抑えた事の余裕でもある。

 

記録上では、この話の通り、

那古野陥落が1532年の出来事と成っており、

1533年に山科言継と飛鳥井雅綱が

信秀主宰の蹴鞠指導で招かれた際に、

今川竹王丸が参加したとして残されている。

それ故に、一部の史家の間では、

この那古野攻略の出来事は、

実は1538年だったのではという仮説にも繋がっている。

 

この蹴鞠大会の記述が残る意味として、

今川竹王丸の存在を隠さなかったのは信秀の落ち度なのか

それとも今川方に人質を押さえているというアピールで、

ワザと公に竹王丸を出していたのか、

この小説では寧ろ後者の策略として考えるものとする。

現に記録は山科言継の「言継卿記」に記されており、

各地を巡った人物故に、

秘かにその話は今川方にも伝わったと考えるのが普通である。

 

1532年に信秀は大和守家達勝と争いを始めており、

その切っ掛けが那古野騙し討ちの責が端を発したとも考えられる。

しかしこの争いは双方が和睦する形で治まっており、

信秀が主家の斯波義統の仲裁を取り付ける事で

治まったとも考えられる。

 

信秀は幼い吉法師を眺めながら、

ふと、その事を思い出した。

そして吉法師に新たな土産物「鉄砲」一丁を置いて、

政秀に

 

「吉法師をよろしく頼むぞ…政秀」

 

と言って、その場を去った…

 

どうも…ショーエイです。

最後の鉄砲を置いて行った話は、

作者の演出だそうです。

1543年に伝来した鉄砲が、

1544年の時点で、津島か熱田に入ってきた可能性はあるものの、

まだ入って来るほど普及してなかったのも事実です。

 

ただ、戦国の歴史を年代で追っていく上で、

「1543年鉄砲伝来」という歴史と繋げる意味で、

ここに鉄砲を土産に置くという演出にした感じです。

 

色々と調べながら辻褄合わせる作業は大変で、

何か洩れていそうなことも危惧されますが、

極力、記録=歴史上史実として扱われている内容を

分析してこの小説を組み立てて行くつもりです。

 

現状、織田家家中の騒動は、

既に見えているそうで、

今後の展開をお楽しみください。

 

大まかな流れはネタバレしていても、

今まで存在する話とは全く違う内容で、

誰も気付かなかった戦国に生きる人達の

心の変化を上手く構成していくという事です。

 

さて…本日の愚痴…

何の変化も感じない新政権、

そして野党。

本当にこの国は成長しないです。

本人たちは何かの想いが政治に有るのだろうが、

国民はそんな妄想どうでも良いという感じです。

 

PCやテレビのゲーマーである僕が言うのも何ですが、

寧ろゲームと現実のギャップを感じすぎて、

ゲームの構成に不足感を抱くほど故に、

逆に現実をゲームの様に考えません。

 

寧ろ政治家たちは権力ゲームであり、

忖度ゲームは勿論、

戦略ゲームで遊んでいる様な思考が感じられ、

逆に幼稚な感じに見えます。

 

政治は議論が大事で、

議論の無い多数決は、

常に「法の劣後性」を回避できません。

ハッキリ言って、「法の劣後性」は、

国政の仕組みを科学的に分析、理解していないから

発生するもので、

劣後として発生する「悪だくみ」

いわば法の抜け道なんてのは、

適正に議論する中で見えてくる話です。

 

これを見ようとしない政治は、

所詮腐敗政治で、

政治家個人の趣向を数のごり押しでやっている出kなのです。

 

まあ、いつの時代もこういう状態に成る訳ですが、

権力や力を意識するあまりにそれに溺れると、

お互いの力関係を意識して法案を商談のようにしてしまう為、

議論はやぶさかとなって、

政治理想だけの薄っぺらいものが施行されるという

愚かな状態です。

そういう思考に走っている故に、

反対意見を汲み取って何を修整するべきかを

素直に見れなく成り、

「法の劣後性」は当然と割り切って

施行後に修正すれば良いとしていまう。

 

結果、大失態を起こして修正する事無く政権を追われるか、

安部ちゃんの様に、やりたいこと多すぎて、

中途半端にそっちに追われて

一つも完成された法案に成らないどころか、

修正を考える話は後回しに成っていきます。

故に、一応やりましただけのパフォーマンス法案になる。

 

北方領土問題にしても、

現実的にロシアが手放す事は考えにくい状態で、

交渉だけしましたの結果で、

日本が何かその状態で得るものは何も無かった話です。

最低でも共同開発とビザなし観光で、

日ロ共同で自治政府の法案を交渉する位の進展は出来たはずです。

 

腐敗政治状態で、枝野君に期待はしたものの、

結局彼も権力闘争のゲームに没頭しだした。

自民との差別化で、

議論中心の野党という形をどうして生み出せないのかな?

既に現状立憲民主党はゴミに成ったと言っておきます。

 

と言う事で、日本に期待しない方がいいという話です。

 

【第二話 那古野】桶狭間へのカウントダウン 残り16年

 

吉法師が城の木に登っていつも眺めていた景色は、

那古野の城下であるわけだが、

当時の城下は農村の集落でしかなく、

実際に街と呼べる規模の場所は、

熱田か清洲または西尾張の津島くらいである。

 

御年10歳まで、

城の外へ出してもらえなかった吉法師…

現代社会で考えれば家に閉じ込められた様な状態を

想像してしまうだろう。

ところが現在の名古屋城の二の丸の大きさで見ると、

東西に約400m×南北に200mの広さがある。

この中に常駐武士の屋敷というか家があり、

小さいながらも集落としての形成はあったと思われる。

言うなれば外には出て遊べたが、

城の敷地外には出してもらえなかったという事である。

 

とは言え、何故それでも敷地外へ出られないのか?

 

それは治安の問題といえる。

筆者も実はこのエピソードを

5歳の時か、10歳の時のエピソードかで

悩んだわけだが、

歴史的な背景であり、当時の那古野の環境を考慮すると、

警護上の問題に行きつく。

 

馬に跨って操作もおぼつかない子供だと、

大人が前に抱えて馬に乗るのが現実的な姿となる。

勿論、馬を引いて歩く形は一般的に考えられそうだが、

仮にその状態で襲撃を受けた際、

馬上の子供を馬の背に預けて走らせるという、

ある意味危険な状況に成りうる。

 

無論、大人が子供を前に抱えた状態でも

機敏に馬を操縦できなくては成らず、

寧ろ弓矢などで狙われた場合、

その大人はターゲットにされてしまう。

子供を抱えたまま蛇行して弓矢をかわす芸当は

恐らく相当な芸達者でも、かなり難易度が高い。

大事な若君をと成れば迂闊に落とすわけには行かない。

さらに若君を預けたその大人が、

弓に撃たれて馬から転げ落ちたら、

その若君は無防備に成り、

恐らくその曲者たちの虜となってしまうだろう。

 

この後、実際に信秀は竹千代(後の家康)を、

三河から拉致している訳で、

どこで何者が不意に人質に成る吉法師を狙ってくるか…

寧ろ策士であった信秀なら警戒しそうな話でも有る。

 

そういう状況下の中でも、

信秀は吉法師の願いを聞き届けたわけだが…

はてさて…

 

平手は教育上の考えもさることながら、

城外での警備のことでも頭を悩ませていた。

一番大事なのは、

誰が吉法師を抱えて馬に乗るかである。

信頼が置けて、

いかなる状況でも決して若君を粗雑に扱わない。

ある意味命がけで守り通してくれる者で無くては成らない。

そんな御仁が織田家中に居るのか?

 

そんな中、那古野城の平手屋敷を、

佐久間大学允盛重が訪れてきた。

屋敷に入るやすぐさま政秀の部屋に

盛重は訪れ、

 

「いよいよ若君の外遊ですか。」

 

と親しげに言い放つと、

腰刀を置いて政秀の前に座った。

勿論、盛重は外遊のことで

何か頼まれごとが有るのだろうとは察していた。

 

史実の中ではさほど目立って登場しない盛重だが、

信長の家臣の中でも実は1、2を争う武芸者であったと考える。

伝承としては、柴田勝家や前田利家などが挙げられるだろうが、

彼らは部隊を指揮して武功を挙げた武将であって

武芸者という感じではない。

武芸者の代名詞でいえば、

柳生一門であり宮本武蔵の様な人物を差す。

寧ろ武将としての武功はあまり目立ったものは無い。

こういう括りで見た時に、

信長の配下で真の武芸者であったと考えるのは、

森可成とこの佐久間大学允盛重くらいである。

 

その評価は何処から来るのか…

それは2人の死にざまが、武芸者たる誇り高きものであったからだ。

 

佐久間大学允盛重の生年は不明とされているが、

恐らくこの当時で20歳前後、

1522年生まれとされる柴田勝家より少し若い位であったろう。

武骨ものであるが、ガタイは大きくない

寧ろ俊敏性を活かしたタイプの武芸者である。

史実資料上では信長の弟・信行側の家臣として扱われているが、

信行が末森城の城主と成るのが父・信秀が死んだ後で、

実は、林秀貞、柴田勝家、そしてこの佐久間大学允盛重らは、

信秀直属の武将として働いていたというのが、

恐らく正確なものであろう。

後に、林、柴田は信行側に付くが、

この盛重は信長側に付く

何故か…盛重はあえて信長を選んだのか?

 

それは忠義の士であった故に、

正当性の序列を重んじて嫡男に従った。

そういう人物と認められていた故に、

政秀の信頼も厚かったのだろう。

 

「して…平手殿、折り入ってのお話とは?」

 

盛重は何の前置きも無く本題を促した。

政秀は予め盛重に頼みごとがあると伝えて

屋敷に招いたのである。

政秀は執務中の机から、盛重の方へ向き直して、

 

「こたびの若の外遊に於いて、大学殿(盛重の事)に

若の馬上での守役を頼みたいと思ってのう」

 

その言葉を聞くや、

盛重は突然、感慨深い表情で、

 

「若を抱えて馬に乗れと!!」

 

と、聞き直した。

政秀はそのまま頷いた。

すると、盛重は更に興奮気味に

 

「何と言う光栄!!

是非に、是非にこちらからお願い申し上げます!!」

 

盛重の興奮は只ならぬものであったが、

政秀は冷静に

 

「これは家中に於いて、そなたにしか頼めぬ事ゆえに・・・」

 

すると盛重は政秀の前で平伏して

 

「有難き幸せ!!」

 

と、興奮冷めやまぬ状態で感謝した。

これは決して大役を受けた事に興奮した訳では無い。

 

この小説に於いては史実に存在しない

または史実として曖昧なエピソードは、

全て行動心理の逆分析で考えるものとしており、

当時の時代背景に存在したであろう

書物、絵画、文化などの影響から、

様々な人物像を描いていくこととする。

 

そういう分析から、

佐久間盛重は実は三国志に傾倒していたとしており、

特に彼は趙雲子龍に憧れていたのである。

それ故に若君吉法師を抱えて馬に乗るというのは、

正に願っても無い運命と感じたのだ。

 

実際に1522年ものの三国志演義の版本が

日本国内に現存しており、

1522年以前には、既に明より入って来ていた可能性がある。

しかし、この版本は和訳では無く、漢語としての原文である。

 

この原文の版本を盛重がそのまま読んだと考えるより、

寧ろ、吉法師のもう一人の教育係として登場する、

沢彦宗恩という僧侶から、

原文を和訳した言葉で話聞かされたと考える方が、

より現実的な話に成る。

明・清代には「三国志演技」は兵法書として読まれていたらしく、

沢彦宗恩が弾正忠家の武家教育係としてその家臣団に

読み聞かせた可能性は大いにある話だ。

 

では…何故、趙雲子龍がここに出てくるのか・・・

三国志、特に三国志演義に於いては、

趙雲は阿斗と呼ばれる後の劉禅を抱えて、

長坂で曹操軍の包囲網を潜り抜け、

見事に劉備の下に戻ってきた。

後に、この劉禅は無能な君主として描かれるわけだが、

劉備の死後も、この劉禅を支え、

諸葛孔明と共に趙雲が奮闘する姿が描かれている。

 

信秀の死後、織田弾正忠家が分裂しても、

うつけとされた方の信長に付いたのは、

寧ろ、この趙雲の話と結びつけた方が、

より話の筋が通ると考えた。

 

そしてこの時点で既に、

盛重は自身を趙雲に例え、

政秀を諸葛孔明の様に考えていたのかもしれない。

無論、吉法師を劉禅と決めつけるような無礼は考えは全くない。

だが、信秀を主君として劉備の様にあがめ、

その子息である吉法師は自分が生涯大事にするべき存在として、

意識する切っ掛けとなったやも知れない。

 

勿論、政秀自身には三国志のそういう意識は全くなかった。

寧ろ、盛重がそこまで喜んでこの大役を受けてくれた事に

一層の信頼を感じたのである。

 

「盛重殿がそこまでこの大役を喜んでくれるのなら、

私の肩の荷もすこしは下りたというものじゃ…」

 

大役というより運命を感じて興奮していた盛重は、

すぐさま大役を全うするべく士に変わって、

 

「して…経路は如何に?」

 

と、外遊するコースを確認した。

 

「信秀公は、那古野の城下を見た後で、

古渡に連れてくる様に申せられた。」

 

今でこそ名古屋城の城下として見られる場所は

名古屋駅から錦、栄といった繁華街が広がっているが、

当時の那古野はあくまで尾張の拠点に過ぎない。

拠点といっても敷地は広く、、

木造の藁葺屋根か木造屋根で造られた、

少し豪華なお屋敷を本邸に据え、

周囲に家臣たちの住居がある集落、

もしくは平屋の集合住宅だったと考えるべきだろう。

 

実際に所領を与えられた家臣は、

その所領付近に其々の本邸を持っていたと考え、

平手の様な重臣と成ると、

那古野城内に別宅を与えられていたと思われる。

 

吉法師の那古野城が有ったとされる場所は、

現在の名古屋城二の丸の場所だと推測され、

そこから仮に名古屋駅までの距離を見ると、

直線でおおよそ1キロである。

現在のJR線沿いが、昔の東海道に近いと考えた場合、

名古屋駅の場所に集落があったとも考えられる。

実際に名古屋駅を出て直ぐ北東に那古野という交差点が存在し、

ここに那古野の集落が有ったのではと推測する。

 

この時期の織田弾正忠家の本拠地は古渡城で

現在の名古屋城二の丸から南に3キロ位下った場所に位置する。

ここは今のJR金山駅の北側に当たる。

古渡城から更に南に2キロほど下った場所に

熱田神宮一帯の熱田が有り、

後の江戸時代に整備された東海道53次の宮宿がここに当たる。

その時代には東海道一の宿場町で有ったとされるほどで、

それから遡った戦国時代のこの当時でも、

その規模は大きかったと推測できる。

渡し舟で西にある桑名の渡し場と繋がっていた要衝で、

海運、陸運の拠点としても機能していた場所だ。

それ故に那古野城より古渡城の方が

拠点として重要だったと考えられる。

 

JR熱田駅からJR金山駅までは1駅で約2キロ、

金山駅から名古屋駅は2駅挟んで約5キロ、

更に名古屋駅から清洲駅は10キロ離れている。

外遊のコースは那古野の集落まで1キロ、

集落から下って古渡まで5キロ位の6キロほどの距離に成る。

以後、この小説では読み手が現代の感覚で解るように、

数字の単位を現代の単位で表現していくものとする。

 

この6キロという距離の感覚を

現代人の感覚で考えると

車やバスなどの交通機関を利用して動けば

さほど遠くは感じない。

 

ただ、それを徒歩や馬の常足〔なみあし〕でと考えると、

結構面倒な距離である。

ジョギングで10キロ走るといっても、

一般的に速く走れる人で40分、

普通だと1時間20分は掛かる距離に成る。

時速7キロ~12キロだが、

徒歩だと時速4キロ位。

単純に考えれば休息などを入れて、

2時間位のコースとなる。

遠いと考えるか、近いと考えるかは、

人それぞれだが、

電車で2時間と言う距離で考えると結構遠く感じる。

 

この2時間を更に何事も無くやり過ごすには、

警備にそれ相応の人員が要される事は言うまでもない。

 

さてここからは少し、

織田家というものがどういう家なのかを少し紹介しておこう。

 

織田信秀の元々の拠点は勝幡城で、

今の名古屋市の西側に位置する地域であった。

その地は長良川と木曽川が合流する場所で

尾張側では津島として知られ、

長島、桑名がその一帯に存在する商業の要衝だ。

 

吉法師の祖父、織田信定が生きていた頃までは、

この勝幡城には信定が居たと考え、

元々はこの信定の代に津島支配を目的で建てられた城である。

尾張の物流の拠点の一つ西の津島を押さえる事で、

織田弾正忠家の財力は尾張国内で群を抜いていた。

経済力という点では、

守護である斯波氏も、守護代の織田大和守家も

凌ぐほどの力を有していた。

 

この尾張の支配図式を現代の企業で置き換えて説明すると、

以下の様な形に成る。

 

代表取締役社長 斯波氏=斯波義統(よしむね) 守護代の傀儡

取締役副社長 織田大和守家(清州 尾張下〔南)四郡守護代)=織田達勝、後に織田信友が引き継ぐ

専務取締役 織田伊勢守家(岩倉 元守護代か尾張上〔北〕四郡守護代)=織田信安

 

取締役 (清州三奉行)副社長派

織田因幡守家 織田信友(後に守護代に昇進)

織田藤左衛門家 織田寛維(とおふさ)

織田弾正忠家 織田信秀

 

いわば、織田弾正忠家は、織田大和守家派の取締役に過ぎないが、

ある意味、経営母体の中枢を担う存在だったとすると、

企業での立場はものすごく強く、

独立されたらっその会社は潰れてしまう様な存在だったと理解してもいい。

 

その弾正忠家が信秀の代に成ると、

尾張の東の要衝、熱田を更に加えるわけで、

経済面のでの実質的な力は、

既に弾正忠家が支配していたことに成る。

 

とは言え、統治支配には

農村の人口=兵力とも成り、

また兵糧という部分でもそこは寄与するため、

ある意味生産性の部分では、

他が大きな地位を占めてバランスがとられていた。

金だけ持っていてもどうしようもないという図式になる。

 

これを企業として考えた場合、

弾正忠家がいくら営業先を有していても、

製品製造面で他の家が影響力を担っていたら、

弾正忠家が単独でどうこう出来る話では無く成る。

いわば製造がストップを掛けたら、

営業は結局営業先に商品を提供できないのだから、

そういう意味でのバランスが存在したと考える方が、

この支配構図を理解しやすくなると思う。

 

次にこの時代の歴史的背景を説明しておこう。

西暦1532年(以後も西暦で年号を記します)

那古野から熱田一帯は、今川家に支配されていた。

当時の領主は今川氏豊で、

今川氏親の末っ子、、後の義元の弟に当たる。

 

そこから遡る事22年前、西暦1510年

当時の尾張守護・斯波家は遠江も支配に治めていた大大名で、

その当主・斯波義達はその遠江支配を巡って

駿河の今川氏親と激戦を繰り広げた。

今川氏親は、今川義元の父親である。

 

約20年前という歳月を今現在で考えると、

同時多発テロの9・11と同じころ合いの話に成る。

物語の時点、吉法師10歳の頃1544年からでは、

34年前で、恐らく米ソ冷戦終結の象徴

ベルリンの壁崩壊の時期に重ねて考えると、

さほど遠い時代の話では無いと理解できるかもしれない。

 

それから5年、斯波家と今川は幾度も戦いを繰り広げ、

結局、斯波義達は1515年の大敗で自らも今川の捕虜となってしまう。

捕虜として氏親の情けを受けた義達は、

遠江を失い、更には尾張の熱田一帯を今川に割譲し、

自信は尾張の守護としての威信を失っていく。

遠江遠征は尾張の織田一族が反対していた事も有り、

以後、織田家が台頭する事となった。

 

那古野という地名は、更に昔、今川氏の一族である

今川那古野氏が由来であると記されており、

今川家からすれば先祖の地を奪還したことに成る。

記録上の話では、

今川が奪還して間もなく今川竹王丸(氏豊)が、

この那古野家の養子となり城主となったとある。

ただ同じ記録上の情報を見ると、

実は竹王丸の生年が一応1522年とされているため、

1515年前後から、1522年前後までは、

空白が生じてしまう。

それ故に竹王丸が養子に入る以前は、

那古野氏の誰かが城主か、

若しくは今川家臣の誰かが入城していたと推測する方がいい。

 

今川と斯波、寧ろ駿府と尾張の関係を見る上で、

現代の人が世界情勢を見るように、

当時の日本国内全体の情勢も知っておく必要がある。

 

ある意味、今の国連という枠の中で世界が繋がっているのと同様に、

当時の日本も足利幕府という存在が各国大名を繋げていた。

様相もよく似ていて、

絶対的な権限として機能していない国連、

そして将軍職としての権威を失った足利幕府である。

国連は国連憲章とそこにある条約を大義として利用され、

足利家もその地位をのみを大義として利用される。

 

それを利用して名目上の大義を抱える大勢力が、

大名の派閥を構成していく形で対立したのである。

 

有名な「応仁の乱」を現代の感覚で同じように見ると、

1467年に勃発し、1478年に東西で和睦が成立している。

1544年から見て、約77年~66年前の出来事として考えると、

丁度、現代人の感覚の第二次世界大戦の時期に相当する。

いわばその当時を体験談として語れる世代が、

まだギリギリ残っている感じの昔なのである。

 

その応仁の乱終息から15年後の西暦1493年、

明応の政変が起こる…

これはある意味、東西冷戦米ソの対立が始まった時期として

認識しても良いかもしれない。

 

明応の政変が実は戦国時代の始まりと見ても良い。

政変の勃発は、第九代将軍足利義尚〔よしひさ〕の死である。

※将軍の名前は同一人物でも色々変わる為、一般的な名前で統一します。

義尚は応仁の乱終息時、八代将軍足利義政から12歳で将軍職を引き継ぐ。

応仁の乱で西軍として、義政に反抗した義政の弟、義視〔よしみ〕は、

このとき美濃に身を引いていた。

 

九代将軍義尚は1489年に僅か23歳で亡くなっており、後継者が居なかった。

1490年までは先代の足利義政が生きており、その義政の死後、

その弟の義視が息子の義材〔よしき〕を第10代将軍として擁立した。

義尚の死後、様々な裏工作の末、勝ち取った話では有るが、

その後、10代将軍義材は1491年にその父義視が死ぬと、

独裁的な思考を強めたため、

義政の正妻である富子と管領・細川政元の反感を買う。

ある意味、細川政元の存在を恐れ、

その力に対抗するべくその前管領である畠山政長と結んで、

彼に細川政元に匹敵する勢力に押し上げようとした事が、

事の始まりである。

元々応仁の乱の怨恨もまだ燻っていた中での話ゆえに、

西軍側として存在した方が、東軍側の将軍職に付いている時点で、

東軍側であった政元らから好感を持たれていなかったわけで、

結局、富子と細川政元は足利義澄を擁立して、

その10代将軍義材を追放した上で

第11代将軍に足利義澄を立てる政変(クーデター)を起こした。

 

追放された足利義材は、自身が肩入れしていた畠山政長を頼って、

抵抗をつづけた。

畠山政長は東軍側の人間であり、

応仁の乱時は管領も務めた実力者だが、

河内の領土で同族の畠山基家と対立していた、

その助力として義材に親征を求め、

それに応じた義材の力によって、

一時は河内再統一目前まで迫っていた。

この親征には細川政元が反対している。

 

畠山政長の河内再統一での台頭を阻止する意味でも、

細川政元は義材を追放したと考えられ

その後の結果として、畠山政長は

細川政元の支援を受けた畠山基家に

形成を逆転され、政長は自害、

そして義材は投降する事となった。

しかし義材は瀬戸内海の小豆島に幽閉される直前、

京であっさりと脱出して越中へと逃げている。

越中では、畠山政長の家臣で

越中守護代の神保長誠〔じんぼう ながのぶ〕

を頼ってそこで再決起する準備を行った。

 

河内(大阪南)と越中(富山)では領土的に離れすぎていて、

どういう関係性か混乱する時代であります。

いわば畠山政長という会社の本社が大阪に有り、

支社が富山に有った状態と考える方が良いかも知れません。

富山支社の支社長が神保長誠で、

大阪本社が乗っ取られて、富山支社が前社長派を引き継いで、

独立した様な感じで考えれば理解しやすいかと思う。

 

そしてこの時期、もう一人のキーマンが、

応仁の乱で西軍の雄として、いわば義材の父、義視に与した

周防長門(山口県)の大内家であります。

西軍の雄としては山名宗全が有名だが

後半活躍するのは大内政弘の方であった。

 

実は、足利義材の河内での戦いの際、

政弘の子、大内義興が兵庫近辺に在陣していた。

しかし、応仁の乱後、義興の父、政弘と細川政元の間で、

政略結婚が結ばれており、

細川政元が政弘の娘を人質としていたため、

その息子の大内義興は足利義材に与する事が適わず、

兵庫で静観する事となった。

 

その後、1494年に大内義興は政弘から家督を譲られ、

1495年にはその父・政弘が死亡した。

元々義材に与するつもりでいた義興は、

これを期に態度を明確化し、細川政元と対立する道を選ぶ。

しかし、細川政元の勢力は更に勢いを増し、

丹波、山城(京)、摂津、河内、大和、讃岐、阿波、土佐と、

広範にその支配を広げていた。

 

大内義興は、足利義材を自領に招き入れるも、

細川政元が生きている間の上洛は避けた。

寧ろ、義興は九州への領土拡大を進めて、

自らの地盤を固め、義材を招き入れる事で、

より強固な大義を得る算段であったが、

寧ろ細川政元がそれを朝敵として大内討伐を命じた事で、

一時は窮地に立たされた。

 

1507年、細川政元が暗殺された。

これにより複雑な養子縁組が火種となって、

細川家(細川京兆家)が分裂する事となる

政元の養子には、澄之〔すみゆき〕、澄元〔すみもと〕、高国〔たかくに〕

の3人が居た。

後継者としては細川澄元で決まっていたが、

政元暗殺の首謀者、香西元長と薬師寺長忠らが

澄之を後継者として擁立したため、

お家騒動に発展したのである。

政元暗殺の同機は

澄之が細川家の血筋でない養子で有った事から、

嫡男として廃嫡された為、

その後見人と成っていた香西元長は家中での地位を落とした。

逆に、澄元の後見人で新参者の三好之長が台頭してきて、

寧ろその腹癒せが要因と言っても良い。

 

勿論、彼らは澄元の暗殺も企んだが、

これは三好之長〔みよし よしなが〕(長慶の曽祖父)に阻まれ、

澄元と之長は近江へ一時逃れてこれを避わした。

簒奪者澄之派に対抗する為、一時澄元と高国は連携した。

そして三好之長と澄元は近江から上洛を果たし、

戦の末、澄之を自害に追い込んだ。そののち香西らも敗死する。

 

ところが大内義興はこの動乱で、

もう一人の細川政元の養子、

高国を抱え込む工作に成功しており、

いわば足利義材(義稙に改名)の御内書で、

細川高国を政元の正当後継者・・・

いわば細川京兆家当主であるとしたのである。

 

これにより再び足利将軍家は、

細川澄元が京兆家当主とする第11代将軍足利義澄派と、

大内義興が後見と成って京兆家当主とする細川高国の

第10代将軍足利義材(義稙)派で分裂することとなった。

 

この時分に、

斯波義達と今川氏親の遠江争奪戦が勃発した。

 

この斯波と今川の因縁を見るのに、

再び遡る事、応仁の乱発生以前の状況を説明せねば成らない。

実は斯波家は一時的に分断されていた。

全ては足利義政の愚行によるもので、

血族として本流の斯波義敏とその子義寛は、

その所領の越前、遠江での内乱勃発を理由に、

義政の関東政策による関東救援要請に動けなかったため、

その守護の座を幕府の指示で追われた。

この裏では、斯波家家臣の甲斐常治や

義政より関東政策で派遣された渋川義鏡といった人物の陰謀が絡んでおり、

特に渋川義鏡は実子を斯波義廉として斯波本流筋の後釜に据えている。

この時分に、

尾張の織田伊勢守(岩倉)敏広が義廉方の守護代と成っており、

後に義敏が復権すると、織田大和守(清州)敏定が守護代となる。

 

この経緯を大まかな話で言えば、

実子が義政の計らいで斯波家当主と成った後、

渋川義鏡が関東で失態を犯して失脚し、

将軍義政の命によって斯波義敏、義寛親子が赦免(罪を許される)され、

その権限を復権する。

父・渋川義鏡の後ろ盾を失った斯波義廉は、

本流の義敏、義寛にその地位が奪われること察して、

西軍側に与する事になる山名宗全との関係を深めてその力を頼る。

義廉は山名宗全を義父とする婚姻を取り付け、

応仁の乱が勃発した際、西軍での地位を確立した。

 

西軍に付いた義廉側に従い織田伊勢守敏広も西軍に属する事と成り、

義政によって復権した義敏、義寛側には自然と織田大和守敏定が属した。

山名宗全の西軍側の勢いを借りて

当時の管領・畠山政長(例の明応の政変に出てくる人物)を追い落とすと、

武功を上げた斯波義廉は後任として管領に就任する。

ところが、東軍の細川勝元(政元の父)らが巻き返すと、

義廉の家臣であった朝倉(7代目当主)孝景が

将軍義政との取引で東軍に寝返り、

そのまま越前を手中に治める。

※当時の斯波家の本拠は越前であり、尾張ではなかった。

※孝景は7代目と10代目(義景の父)に同名が存在する。

 

越前を失った義廉は、尾張の守護代織田伊勢守敏広を頼って、

斯波義敏、義寛父子とそれに付いた織田大和守敏定らの勢力を

尾張で一時は押さえ込むも、

東軍幕府、いわば足利義政の政治工作で、

織田大和守敏定が尾張守護代に任命され、

凶徒退治と言う名目を携えて義廉と伊勢守敏広への反撃が行われた。

尾張国内で凶徒として扱われた義廉と伊勢守勢力は、

支持基盤を失い、義廉は失踪。

伊勢守は奮闘して大和守の本拠清州を囲むも、

再三の幕府の介入も有り、最終的には両家で和睦する事となった。

それ以後、織田伊勢守家は岩倉に居城を構えて尾張上四郡を支配、

大和守家は下四郡を支配する取り決めが定められた。

 

結果、斯波家は義廉を追放した形になったが、

越前の支配は朝倉家が牛耳っており、

越前に残った父・義敏は同じ東軍に寝返った朝倉(7代目)孝景の

傀儡守護として扱われていたという。

尾張で大和守に合流し、義廉を追いやった子の義寛(当時義良)は、

尾張で守護の地位に着くこととなる。

これが尾張斯波家の始まりである。

応仁の乱終息後、1479年斯波義寛は越前に出兵し、父義敏と合流して、

越前奪還を計るも失敗し、

以後、越前は朝倉家のものと決定づけた。

しかし、辛うじて斯波家は尾張と遠江は守り抜くことが出来た。

 

この応仁の乱の騒乱時分に、

今川家は東軍方として最初は遠江奪還を目指して

西軍に属した義廉の勢力と戦っていたが、

斯波家の複雑な事情から、

いつしか遠江は義敏、義寛側に与した方も出てきて、

次第に西軍なのか東軍なのか解らない状態で、

遠江での戦を行っていた。

結局、当主の今川義忠はその戦いで遠江を奪還する夢叶わずに、

戦死してしまう。

残された義忠の嫡男、龍王丸(後の氏親)はまだ幼く、

その隙を狙って関東の勢力が駿河を脅かす。

幕府の東軍側として協力していた扇谷上杉家が背後で

今川義忠の従弟小鹿範満に家督を継がせようと動いていたとされる。

この時に扇谷上杉から出てくる人物が、

江戸城を築いたとされる太田道灌である。

そして幕府の思惑だったのか…

それとも個人的な策を以て龍王丸保護を幕府から取り付けて

駿河の地にやってきたのか…

その人物が伊勢盛時こと、後の北条早雲だった。

実際に龍王丸の母とされる義忠の正室北川殿は

盛時の妹に当たり、盛時は龍王丸の叔父に成る。

 

結果、幕府の命という名目で、

龍王丸が跡目を継ぐことに成った今川家は、

扇谷上杉との話で、小鹿範満を元服までの後見人とした。

しかし、龍王丸が元服を迎えても

小鹿範満が家督を譲らないと伝え聞き、

盛時は再び駿河に訪れ、龍王丸を補佐する名目で兵を集めるや、

範満が占拠する駿河館を襲撃して、その親子を殺害した。

そして龍王丸はようやく元服する事が叶い、

今川氏親を名乗り今川家の正当な当主となった。

 

応仁の乱の因縁を得て、

1510年に勃発した遠江での斯波家と今川家の戦い。

今川家の当主はこの氏親であり、

斯波家の当主は義寛の子の義達である。

義達は細川家との関係から、

そのまま11代将軍足利義澄の側に立っており、

今川氏親は寧ろ10代将軍足利義種こと義材の側に与して、

戦いを繰り広げている。

 

そして、斯波氏は遠江を失い…

那古野まで今川に押さえられた。

 

更に信秀が今度は奪い取る事で、

斯波氏に代わって、那古野は

織田と今川の因縁の地と成った。

 

吉法師が居る場所はその那古野である。

 

無論、敵は今川だけにあらず、

同族の織田家同士にも因縁は存在し、

政秀が警戒してやまない苦悩とは、

こういう事情が絡み合った中でのモノだった。

 

いやー今回は長い文章に成ってしまってます。

今のご時世、WIKIを中心にネットで

色々調べものが出来る訳ですが…

冗談抜きで、この戦国時代の時代背景の情報を

精査するだけで大変です。

 

年代も資料によって全然違うし、

名前も似た様な名前出てくるしで、

頭が混乱しそうだったって。

 

それら情報を出来るだけ解りやすく纏めて見たけど…

どうだろう解りやすいのかな?

 

本来は応仁の乱の部分ななんて

要らないだろうと思ってたらしいけど、

調べていくうちに複雑化した因果関係を説明するのに

そこも大事と判断したみたい。

 

特に、尾張にある織田家という関係性を知る上であり、

尾張と駿河の関係性も含めて。

まさか太田道灌とか北条早雲が少し絡んでくるなんてね。

 

戦国時代の始まりは

足利将軍がアホでした。

で終われる話じゃ無く、

大人の事情がいろいろ絡んで、

ドス黒い思惑が張り巡らされた結果なんですね。

今現代の外交問題もこれに近いのかな?

 

歴史小説は先の見えない展開を予想しながら楽しむものでは無く、

ネタバレした状態で、

どれだけ詳細に辻褄を合わせて、

話の展開を楽しませるか…

だと考えているそうです。

 

織田家のお家騒動…

既にネタバレする展開な訳ですが、

要は何故このお家騒動が発展したのか?

 

単純に、信長たまがうつけだったからとは行かないのです。

寧ろ、何故うつけとされたのか?

 

本編の小説部分はまだ殆ど進んでいないけど、

これから徐々にその謎が解明されていくそうです。

 

出来れば多くの人に楽しんでもらいたい。

大人の思惑で誰かバズらせてぇー

【第一話 天命】

 

 

「形あるものは何れは滅ぶ…」

 

それを定めとして刻み、

そしてそれを受け入れるのである…

 

少年吉法師は城下を見渡す大木の上から、

それを眺めていた…

 

少年の頭でそれを理解していた訳ではない、

その言葉が頭を過った訳でもない、

ただ、そののどかな那古野の城下を木の上から眺めて、

ただ感じるのである。

 

「死んだらどうなるんだろう・・・」

 

茶筅に城主として衣装を身にまとった

少年吉法師。

女の子の様に美しく愛らしい顔立ちの

まだ10歳にも満たない子供は、

ふと単純に考えた。

 

少年が考えた「死」とは、

決して宗教的な世界では無い。

ただふと…

自分の定めを純粋に感じ取っただけだ…

 

いわば…今が亡び、

死した後に

自分は同じ城主としての定めを受けられるのか?

 

定めを受けたものは…

決して自らの運を誇らない。

むしろ危ぶむのである。

 

織田弾正忠家の嫡男として生まれ、

生まれて間もなく父信秀より那古野城を与えられ、

守役の平手政秀を筆頭に、

多くの家臣を宛がわれて、

何の不自由もない生活を送ってきた。

 

それを「定め」として当たり前の様に受け取ってしまえば、

全ては周りが教えてくれる。

期待された定めの通りに教育を受け、

そして周りが認める定めと成れば良い。

 

大人として処世術を身に着けたものなら、

それが一番無難な生き方と説くであろう。

 

しかし、少年として「死」という将来を認めてしまった子供には、

寧ろ…

「今を楽しむ」思考が過るのである。

これが少年吉法師が「うつけ」となる切っ掛けだった。

死への答えなど見出す事も無い…

すでに少年の興味は「死」から「楽」へと移り変わっていた。

 

吉法師が何を感じ取り、

何を求めて城下に興味を持ったかなど知る由もない。

ただ好奇心に駆られて城下を見たいという話だろう。

無論、少年に何かの考えがある訳でも無い。

ある意味、その通りなのだ。

ただ、天命という感性を除いては・・・

 

吉法師は守役の平手に、

「爺!!城下を見たい!!」

と、せがむのであった。

爺と言っても、平手はまだ50台に差し掛かったばかり、

現代ではまだ働き世代の中心である。

爺と言って、執事長という身分に近く思われがちだが、

ある意味嫡男の教育係という立場は、

次世代の参謀候補として認められた者であり、

家中ではある意味一番の重責ある者と言える。

 

執事長の様な存在で平手を想像すれば、

とても優しい容姿を思いうかべてしまう。

しかし、弾正忠家の重臣としての彼は、

寧ろ威厳があり、厳格で厳しい人だった。

無論、それは吉法師に対しても同じである。

 

それ故に…平手は吉法師に問う。

「何故、城下へ」

平手は厳格な教育意識から、

行動に伴う明確な理由を考えさせる為に、

あえて吉法師に意地悪な言葉で問うのである。

 

そんな質問は少年吉法師には理解できるはずもない。

吉法師からすれば単なる好奇心なのだから…

そういう意味では

平手が意地悪で城下に行かせてくれないと感じるのであった。

 

そんなある時、

父信秀が那古野に足を運んだ際、

吉法師は謁見した父親に、

「父上!!城下を見てみとうございます」

と直談判した。

この当時の吉法師はまだ礼儀正しく、

父親との謁見の際も、臣下の礼をとり、

臣下としてそう申し出たるのであった。

無論、こうした行儀は平手の教育の賜物で有り、

当時の吉法師は何の違和感も感じずに、

その作法を受け入れていた。

父親からしても奇抜で賢い少年に見えた事だろう。

 

故に、信秀は生涯、信長を愛したのである。

年を重ねて吉法師が信長として成長しても、

信秀の心には幼い頃のこの従順で可愛らしい姿が、

愛おしく残りつづけたのである。

 

信秀は吉法師の申し出を受けて平手に問いた。

「政秀…どう思う?」

その言葉に、吉法師は少し不貞腐れた。

(どうして爺に聞く…爺はダメという)

しかし、作法に従順な吉法師は顔には出しても、

父親に我がままをあえて言わない。

そういう弁えも身に着けていたのだ。

すると平手は、

「若は何故城下を見たいのですか?」

と、平手は吉法師に問い返した。

 

(いつもの意地悪だ!!)

吉法師はそう心で感じた。

無論、教えられた作法を身に着けているのとは異なり、

吉法師にはまだ明確に理由を説明するだけの知恵は無い。

また、「好奇心」で見たいという事に理由を問われても、

その「好奇心」が理由になるという摂理すら理解していない。

故に平手の「何故?」という質問は

吉法師にとっては意味不明なのだ。

しかし、やりきれなくなった吉法師は

ただ我武者羅に子供らしい我がままを

敢えて父信秀にぶちまけて見た。

 

「父上、見たいから見たいのです!!」

 

すると信秀はその言葉に笑みを浮かべて

微笑ましく黙って頷いて見せた。

礼儀正しく振舞う子供が、

子供らしく我がままを言った様に見えて、

信秀は寧ろ愛らしく感じたのであろう。

平手は信秀のその仕草を悟ってか、

それともそれが「答え」という意味か、

「若…それならば…城下へお連れしましょう。」

と、吉法師の申し出を認めたのである。

 

吉法師は寧ろ、

何故それで城下に行くことが許されたのか…

ある意味解せない。

しかし、父親なら自分の気持ちを解ってくれる…

子供ながらにそう感じたのは間違いない。

 

そして信秀は

「吉法師よ…見たいという気持も、何故という問いの答えだ!!」

と父親らしく吉法師に教えた。

平手はその言葉を聞いて敬意の表しの一礼を

信秀に捧げた。

ただ実際は平手自身、吉法師にもっと厳格な理由を求めていたのである。

 

「城下の民の暮らしを見てみたい」

 

もっと崇高な意味で理由を語れるまで、

学問を学ばせる中で答えを引き出そうとしていた。

平手としては

ただ好奇心で見たいというのでは、

城下を見る事の意義を感じさせられないのではと思っていた。

それは平手自身の経験から感じたのか、

それとも平手が考えた教育方針なのか…

寧ろ、吉法師の好奇心を煽り、

城下を見て回る意義が、頭の中で成立するまで

君主として帝王学として

その行動の意味を教えようと考えていた。

 

教育理念は人それぞれに異なる。

実際にどちらが正解であるかは、

教える本人ですら解らない。

その教え子がどう育つかで見えてくるモノの、

それが正解か不正解かはないのである。

 

平手がこの時信秀の言葉に、敬意を記したのは、

自分の思惑の中で起こる葛藤に

一つの区切りを付けてくれた事へのモノなのか、

臣下の礼として、または処世術として、

主に対して示しておくべき作法だったと考えたのか、

実際、政秀の心の内は解らない。

ある意味優秀な人物故に、

自分の引き際もわきまえていたと言える。

 

ただ、何れにせよ主君の命として、

吉法師の申し出を受け入れた事には変わりなく、

吉法師を城下へ連れて行く事となったのである。

 

しかし、この好奇心がいわば「うつけ」の始まりとなる事は、

後にも先にも、神のみぞ知る摂理なのであった。

 

どうも…ショーエイです。

暫くはこの形でグジグジ言わせてもらいます。

 

《香港と中国政府》

一般的には民主主義が

絶対の正義という認識だと思われてます。

実際に僕も、民主主義を大事に考え、

このブログでも語っていますが…

 

もっと大きな意味で、

自由と正義を見つめ直す上では、

中国の試みは実際は大事なのです。

 

いわば、我々の民主主義は完全ではない!!

 

選挙で選ばれた議員が

常に国民が安心できる様な

真面な政治を出来る訳では無い。

議員に成れる人間の資質は、

政治家としての資質ではなく、

権力いわば政治的に力を持った人間に

忖度できる人間が主流です。

 

また、日本の国会議員に限らず、

最近では米共和党であり民主党も

党の意向が優先され、

法案可決の個人的な見識は無視されます。

 

故に今の民主主義では、

力による意向に従う形が当たり前で、

科学的と最近言われる

いわばロジックに基づいた議論の下で

個々が法案の是非を考えて投票する事は許されません。

(日本では特に)

 

更には国民が投票する際に、

議員候補者の主張で選ぶわけでは無く、

むしろ野球の試合の様に、

どの党に勝たせたいかで選ぶ感じに成っています。

 

中国の共産党と日本の自民党…

大きな違いは日本は辛うじて選挙を介して

国民が国会議員に投票できるだけです。

実際に米国も同様に、

国民が国会議員を選んでいる訳では無く、

党が立候補者を選んで、

国民に選ばせているのが事実です。

 

逆に中国の方式は、

国民に選ばせる権限を与えていないだけで、

選別している過程はほぼ一緒なのです。

 

民主主義では、

国家運営に不満が有れば、

アメリカなら共和党が気にいらないなら、

民主党にという選択肢が有ります。

ただし、それは共和党に任せるか、

民主党に任せるかの選択肢でしか無く、

議員の資質を吟味して選ぶ形とは程遠いと言えます。

 

中国では逆に

国家運営に不満が生じたら

革命が起きます。

とても安全とは言えないシステムで有る事は

間違いありません。

しかし、国家運営に不満が生じない状態だと、

逆に民主主義より盤石です。

今の中国は疲弊していた30年前と比べ、

格段に生活レベルは向上し、

国家運営としては盤石です。

これを幾ら諸外国が非難しても、

ハッキリいて無意味なのです。

 

日本ですら腐敗している自民党政権、

いわば安倍政権を長期的に維持させていた訳で、

中国の人も今の習政権を覆す考えは、

民主的な選挙を以てしても覆らない。

寧ろ選挙で、

ドナルド・トランプvs習近平で行ったら、

中国では圧倒的に習近平が勝つでしょう。

たとえそれがジョー・バイデンでも、

間違いなく習近平が勝ちます。

ポンペオ国務長官はそういう現実を理解せずに、

中国批判して何の意味が有るのか?

ハッキリ言ってこの人アホです。

無論、民主党のナンシー・ペロシ下院議長も、

同じ間抜けです。

 

己を知り、敵を知る。

 

こういう程度の低い人たちに

権力を与えている民主主義。

未だ不完全なシステムで有る事を理解するべきで、

安定化した社会情勢では、

人民共和制(中国は実は共産制では無い)と、

民主制どちらが政治システムとして優れているかは、

判別出来ない話です。

 

ただ社会を安全に維持できるシステムとしては、

民主制では選挙による変革は可能で、

人民共和制では、暴力的な革命が

その変革を意味するモノの違いで、

中国政府が現状のシステムのまま、

政権を保持しようとするのは

諸刃の剣に成るのです。

 

実際に中国政府もこのことは理解しているため、

人民共和制の修正を考慮しているのですが、

香港の様な状態が発生すると、

温和な対応では通じないという認識を与えるだけで、

より強固な圧力に転じていくだけです。

 

今の中国批判は実は、

中国の温和な変革思考を阻害して、

中国の思考を旧体制に逆行させているだけの話です。

中国の意識が、

いわば政権では無く、

共産党員のマジョリティとなる数が、

共産党の権力保持に傾けば傾くほど、

昔の中国を呼び起こす作用を働かせるだけで、

強大な技術力と人口を抱えた国として、

より驚異的な存在となるだけです。

 

無知でも見える脅威は同じで、

無知はその見える脅威に怯えて、

自らを警戒することで

その脅威を結局は実現化してしまう。

 

あえてその脅威を相手と共有して、

理解し考える事で、

実際の脅威を遠ざける事は叶うわけです。

 

無知は失敗する事を前提で、

何の対策せず、対応に備えるだけ。

 

対応に備える事は常に心掛けた上で、

対策を講じて脅威を回避する事が、

科学的かつ論理的な思考なのです。

 

結局、ダメな時はダメで同じなのだから、

最善を尽くさなくてどうするの?

って話です。

 

孫子曰く

外交を以て敵を制するは上策、

戦争は最終手段であるべき

 

正にこういう思考の話です。

 

《人の構造は複雑》

 

「うつけの兵法」でも上記の様な外交の話は出てきます。

武田信玄、上杉謙信を外交で押さえ込もうとした

織田信長…

足利義昭の無能さがそれを阻害した。

多くの歴史家はそれを知らないで、

信長たまを誤解しているが、

暴れ狂った信長たまは、

全てが無茶苦茶にされたからの結果です。

 

室町幕府成立の南北朝時代、

連合に分かれた南北朝勢力が、

正当な天皇を掛けて戦い、

正当な天皇を立てる事で最終的には、

足利幕府成立で終息した。

 

応仁の乱

これも東西に分断して行われた状態で、

ここでは足利家をめぐって争われた様なモノ。

諸大名はその旗本で連合し、

最終的には和睦で終息。

 

こうした歴史の経緯から、

信長たまも義昭を有して、

上杉、武田、朝倉、浅井、

などと連合して戦国時代を終息させようと考えていた。

まあ、一番てっとり早い話です。

でも…義昭は将軍としての地位に驕り、

自らの無能な主張で信長たまと対立したのです。

 

「うつけの兵法」では

一応、創作上の逸話になりますが、

信長たまは「三国志演義」を語り聞かされた際に、

自らの憧れを「曹操」でも「劉備」でもなく、

「諸葛孔明」としたことにします。

そして信長たまは自らの主君として

足利将軍に「劉備」を求めていたのです。

これは心理分析上、

義昭と信長たまが対立する大きなポイントに成る点で、

劉備を失った諸葛孔明=乱世の織田信長で見れば、

奇想天外な天才戦略家の構図がマッチングしていきます。

信長たまは諸葛孔明同様に、

天下を平定した人物で有る事より、

天下を治める貢献を望んでいた。

いわば名声よりその実績を望んでいた訳で、

現世における「地位」=「将軍職」などには

全く興味が無かったという事です。

 

出世欲に駆られたイメージで見ると、

信長たまの奇行は理解しにくいでしょうが、

こうして見れば歴史資料に存在する話と

辻褄は合ってくるのです。

 

諸葛孔明に憧れていたであろう武将は、

明智光秀しかり、竹中半兵衛、黒田官兵衛など、

後世のイメージで多くが存在しますが、

何れも実は諸葛孔明からは程遠い。

竹中半兵衛はまだ近いかも。

でも、イメージは寧ろ「郭嘉」

 

歴史家の多くは諸葛孔明を知らなさすぎ!!

 

孔明先生はかなりの偏屈ものですよ!!

曹操嫌い、曹操ムカつく!!

絶対に曹操の下では働かない!!

 

実は徐州での騒乱時、この騒乱の地域で

諸葛孔明は思春期を過ごしたようです。

それ故に、曹操の噂も、劉備の噂も耳にしていたでしょう。

 

荊州=劉表の所領に移った際、

孔明は仕官したかしなかったは実は記述が無い分

不明です。

ただ、劉表の下では

出世できない=自分が何かを動かす力を持てない

と感じて、出奔してニートに成ったか、

それとも元々ニート暮らしでノホホンと過ごそうとしていたのか…

 

まあ、予想ではニート万歳な人だったんでしょうね。

ある意味、叔父諸葛玄の遺産が幾らか有り、

隆中の一角で小作農を雇い、多分特産物の栽培を行って、

行商に出る事で財を成していた可能性はあります。

故に三顧の礼で言われるように、

孔明を見つけにくかった。

貧乏なだけのニートが

劉備の耳に入る様な人物としての評価は得られないという

現実視点です。

 

また、例の奥様月英の逸話でもある通り、

工作品も扱っていた可能性も有ります。

一輪車=木牛流馬はこの当時から持っていたとも考えられ、

こうした奇抜な発明家であり、行商のセンス、

そして行商で回って得た見識など

周囲の著名人が一目を置く存在となっていたと考えられます。

 

これだけの功績の下で、

劉備にその噂が届いたのなら、

そりゃ貧乏ニートという話より、

明らかに興味を惹く人物という扱いには成ります。

 

ただし!!

孔明は元々人の下で働ける人物では無かった!!

 

偏屈モノで才能ある故に、

人が上に居ると、決断面で邪魔に成る。

自分の判断でしか動けない人だったのです。

 

そこは劉備に推挙したとされる司馬徽も見抜いていた事で、

故に「孔明(臥龍)を得たなら天下を取れる」

と、話したともいわれます。

いわば、

「この偏屈モノを参謀に招き入れるには、

それ相応の器の持ち主で無ければ使いこなせない」

という意味で、

司馬徽は劉備の人柄を見て相性が良いと察したとも言われます。

徐庶君は、寧ろ司馬徽が孔明を推薦する位の器ならと、

興味本位で劉備に近づいたと考えた方が

実は偶然としても辻褄が合ってきます。

 

実は、これが諸葛孔明の実態で、

信長たまの歴史上の軌跡を参考に

精神鑑定するとかなりマッチングするのです。

 

まあ、戦国の世に信長たまを

下に於ける人物がいたとするなら

斎藤道三と北条早雲くらいなもので、

何れも信長たまより先に死んでいる訳です。

 

因みに精神鑑定は簡単に考えてはダメなのです。

一般的には実績=人物で鑑定されますが、

それは成長過程の「天命」が及ぼす要素を無視しているから、

全く当てはまらないケースが多く存在します。

 

今回の第一話「天命」でも語っている意味は、

その個人が何に「宿命」を求めるのか…

そこには「欲」の分類も作用し、

出世欲、財欲、名声欲などが発生します。

 

この話では

「死」を悟るとある訳で、

実は信長たまが好んだ敦盛の句

「人間50年、下天の内をくらぶれば夢幻のごときなり」

が意味するところです。

人間はいずれ死ぬもので、

財も名声も全ては一時のものでしかない。

ここからが信長たまの信念で

天命を信ずるならば、

万民の為に世を平らにすることを目指すべきで、

自ら死した後に、

運を伴わずに平民として生を受けたとしても

その世を平穏に享受できるならなお望むべし。

 

人間の精神は基本的には利己主義です。

いわば自分本位です。

これは精神学上それが本質として

認められているモノです。

 

利己主義的に分析すると、

必ず「個人の欲」に結びつきます。

幸せを感じたいという欲

これがどこに存在するかも判定基準です。

いい意味でこの欲が現れると、

「家族愛」「交友愛」とか「動物愛」など、

心優しい作用として機能します。

そしてそれを守るために、

「財産欲」「出世欲」「名声欲」と、

複雑な作用を引き起こしてきます。

性善説も性悪説も関係ないです。

性善性の欲と、

性悪性の欲、

いわば味方を作る為の欲を性善性の欲、

敵を生み出す欲=

競争原理で誰かを犠牲にする行動が生じる

性悪性の欲、

人間には必ず生じてくるもので、

生まれた時はこれ全て無なのです。

子供が感じる性善性の欲は、

すべて孤独からの回避で、

甘えたりする行為に結びつき、

性悪性のモノは

好奇心からの悪戯から生じてきます。

性善性の欲は、愛情をはぐくみ、

性悪性の欲は、知恵をはぐくむ。

 

まあ、キリスト教の哲学で

堕天使ルシフェル(ルシファー)は

人間に知恵を授けたという一説は、

ある意味興味深い例えです。

 

これが人間の基礎精神の構造です。

この中で生まれた環境で様々な感性が構成されていき、

人間像に変化を齎していきます。

 

天命を一つの「魂」の要素として「仮説」すると

関羽が生まれ変わっても、

必ずしも関羽に成る事は無い。

 

武の達人として名声を得たものでも、

転生してその武を教わる事が無ければ、

その武が達人レベルに達する事は難しい。

武に対する興味が他に向けば、

その集中力と興味はその他へ向く。

 

遺伝子という複雑な機能が、

その興味を同じ方向に向かせない作用として考えられ、

体力の無い遺伝子を得たものが、

体力のある遺伝に体力で対抗する事は難しい。

遺伝子は魂が得るクジ引きの様なモノで、

「天命」が必ずしも絶対でない

公平な作用なのかも知れない。

 

これらの作用に加えて、

人生の誓約もその教育課程において

加わってきます。

「人を騙してはいけない」

「嘘をついてはいけない」

道徳過程で教わる話ですが、

ここでいう教育課程は…

人を騙さなくても有利になる実感。

嘘をつかなくても許してもらえる実感。

これらが無いと、人は言葉で教わる道徳を、

まったく身に付けません。

逆に人を騙した方が得をする実感や、

嘘をつけばバレない実感を経験すると、

人はそれを処世術として身に着けていきます。

 

この分野に成るとかなり複雑に成ってくるのですが…

簡単に説明すると…

遺伝子的に痛覚に耐性のある子供なら、

悪戯をして母親からクレヨンしんちゃんの様に

ゲンコツを食らっても平気で、

ある意味無理に嘘をついて身を守ることは

必要ないとうい成長に結びつくかも知れません。

逆に、遺伝子的に痛覚に敏感な子供は、

ゲンコツに対する恐怖心を覚え、

それから嘘をついてでも身を守らなければならない

という成長に結びつく。

 

こうした人間が遺伝子的に持つ耐性の作用で、

同じ教育でも全く異なる人格形成が生じるのです。

マニュアル教育が上手く行くはずないのはこういう事です。

 

人間の構造は本当に難しく、

マムシの斎藤道三=劉備玄徳なんて、

本当に成立するのかな?

劉備玄徳=イエス・キリストなら成立しそうだけど…

と、有り得ない事、有り得る事を

単純にしか見比べられないのも事実です。

 

ただ、斎藤道三=劉備玄徳は、

織田信長が唯一信頼した相手で、

斎藤道三も伝記上の話か、史実かまでは定かでないが、

織田信長を自分の夢を託す後継者として認めた事です。

斎藤道三は美濃一国でその勢力が留まり、

信長は天下統一まであと一歩のところまで進んだ…

玄徳が孔明無くして蜀を得る事が叶わなった

そんな関係でもある様に見えます。

こうした因果関係からも有りうる「仮説」なのです。

 

おお!!本編より愚痴の方が長くなって、

オッサン先生にクレーム言われたぞ…

では、失礼。

 

どうも…ショーエイです。

ナチスがユダヤ人を迫害し、ジェノサイドを行ったのと同じで、

リクード党がパレスティナ人を迫害してジェノサイドを行っている。

 

ただこう言えば良いだけの問題です。

 

ナチスをドイツ人、ゲルマン民族の総称と

見なしていないのと同じで、

現行のイスラエル政府をリクード党として非難するなら、

それは反ユダヤではない。

実際にそのリクード党が中心と成って、

パレスティナ人の迫害を続けているのが現状です。

そしてその迫害の事実の下で、

ガザ侵攻に於いて多くのガザ市民が殺害されている状態は、

明らかにジェノサイドの定義に当てはまります。

 

ナチスがユダヤ人を迫害している際に、

ユダヤ人がナチスに抵抗する行動を取るのは、

これはテロなのか?

勿論、無差別にドイツ市民を殺せばテロです。

しかしナチスという強者が

ユダヤ人という弱者を迫害する状況下において

その抵抗手段としては仕方のない手段にも感じます。

※ユダヤ人がその際にどういう抵抗をしたのかは知りませんが、

多くは逃げて捕まり殺されたと伝えられます。

 

同じ形でイスラエルに於いてリクード党が強者で、

パレスティナ人が弱者であった場合、

ヨルダン川西岸地区のパレスティナ人は、

抵抗することもできずに土地を奪われ、

時には一方的に攻撃されるなどの迫害を受けています。

ガザで起きたハマスの抵抗は寧ろそれに対する反撃です。

それでも無差別にユダヤ人を大量に殺害したのはテロです。

しかしこの問題の中枢には、

強者であるリクード党のパレスティナ人迫害政策が

大きな要因を占めている事は明白です。

 

南アフリカの国際刑事裁判所への提訴は認められるべきで、

イスラエルという国の括りより、

リクード党及び首相のネタニヤフを

犯罪者として認定することは、

反ユダヤの姿勢でも何でもない事なのです。

寧ろ反ナチスと同じ意味で考えるべき事と言っておきます。

 

欧米諸国がこれを認めないのなら、

世界は2分され、先のブログでも伝えた、

第三次世界大戦が現実味を帯びます。

この2分の意味は、

旧植民支配国対旧植民国に成るわけで、

今の先進国VS発展途上国の戦争に成ります。

 

欧米が植民支配意識で世界を見て、

理不尽な形で旧植民国を蔑むのなら、

その怒りはこれを期に絶頂へ達するとも言えます。

 

現実味がありそうで、

現実味無さそう・・・

しかし火種は既にあちこちに飛び散っていて、

あとは大きな切っ掛け次第という感じです。

 

近い未来なのか、遠い未来なのか…

解からないのはそこだけです。

 

多くの人が欧米の理不尽さを感じているとは思います。

日本人が感じるように、

世界中の人が同じ理不尽を感じる事態で、

この理不尽な状況を解決できるかで、

今後の情勢は大きく変わると言う話です。

どうも…ショーエイです。

気に成る世界情勢です。

中国が近々台湾を攻撃するかどうかの話ですが…

中東問題次第です。

ただしそれでも確率は50%前後。

 

なぜ50%前後と言うかと言うと、

習近平国家主席が迷っているからと言っておきます。

何を迷っているか…

恐らく日本人の殆どが理解していない部分ですが、

中国が国際社会での立ち位置で発言力を高める意味では、

寧ろ武力行使はマイナスイメージに

成る事を理解しているからです。

グローバルサウスなどの国々を含め、

BRICSとの連携を強めるには、

武力行使に踏み込まずに

台湾の独立だけを阻止する形が、

イメージ的に一番良いからです。

米国のダブルスタンダートとNATOの拡大などで、

戦争というより平和管理が崩壊した状態にあって、

その逆のスタンスでアピールする方が、

信頼を得やすいという目算です。

中国がそんなことで

信頼できる国になれるかどうかと

疑問を持つのは、日本人の感覚でしか有りません。

ただ言えるのは上記の事情で

現状踏みとどまっている状態と言っておきます。

 

ただ50%としているもう一方の確率は、

現状なら第三次世界大戦見込んでの

台湾攻略が可能という状態だからです。

 

米国としては

イスラエルのガザ侵攻を早く終わらせたい…

現状イエメンのフーシ派との戦闘で、

イランに対する抑止としています。

イランも微妙な態度でこの状況を見守っていますが、

全ては中国の動き次第という状態でもあります。

米軍も無理にイランと戦争をする状態になれば、

寧ろ中国が台湾侵攻に動く可能性を考慮しています。

 

仮に米国が中東で本格的に戦争に加担したら、

中国の台湾進攻は放置するしか無く成ります。

仮にその状況で台湾問題も同時に対処しようとすると、

芋づる式に北朝鮮と韓国が戦争を始めて、

極東地域の安全保障は危うくなるからです。

かといって中東から引き揚げれば、

こんどはイスラエルが危うく成ります。

なのでこの状況では台湾問題は批難だけして、

中国の内政問題または内乱という形で

放置する可能性が高いです。

そういう形で

寧ろ朝鮮戦争が再発しないようにすると思われます。

 

【日本人はバカすぎる話になる点】

仮にこの状況下で台湾問題が勃発した場合、

日本の自衛隊が動くことを米国は望みます。

むしろこれは米軍の思考と言うより、

間抜けな米国政治家の都合の話に成りますが、

中東での戦争に注視したい米国は、

日本と韓国、そしてオーストラリアに

極東問題を任せたい腹です。

一見イイ感じの戦略に見えるでしょうが…

台湾問題で日本が介入すれば、

自然と沖縄は戦場と化します。

そしてこれに加えて朝鮮戦争が起こると、

日本本土にもミサイルが飛んできます。

ミサイルは潜水艦などからも発射されるわけで、

実際に中国の艦隊が沖縄を越えて

太平洋に進める状態に成ると、

東京を含めて艦隊からのミサイル攻撃が可能と成り、

現状日本の防空システムでは防ぎきれない状態に陥ります。

 

【第三次大戦は占領目的の戦争ではない】

日本の政治家も自衛隊も勘違いしているところですが…

現時点で占領統治が上手く機能しない事は、

どの国も承知している事です。

なので他国を侵略する戦争には成りません。

むしろ戦争と言う恐怖を植え付けるための戦争で、

その目的は破壊する事だけです。

勿論、中国は台湾は占領可能性はあります。

何故なら自国の領地だから。

北朝鮮も韓国の占領は目指します。

ただ日本を占領するかと言うと…

寧ろ日本は破壊するだけに留まると言えます。

仮にこの状況に応じてロシアが参戦する場合は、

戦略拠点として北海道の占拠は目論むとも言えます。

中国も沖縄本島は拠点確保の意味で、

占拠を目指す可能性は高いです。

戦略拠点を確保する意味での占拠なので、

沖縄の人が中国化されるような形は無く、

逆に占拠民として絶対の服従を求められると思われます。

いわば反乱を起こさないように

監視下に置かれるという状態です。

 

ただし中国軍が本当に賢い場合は、

台湾の台北などを破壊するだけ破壊して

終わる可能性も有ります。

いわば経済機能を麻痺させて放置する形です。

戦略拠点としては、

尖閣諸島を占拠して基地化する形を取り、

日本が参戦した場合は、

そこを拠点に沖縄を先ず破壊します。

沖縄本島から離れた沖縄の離島は拠点確保の意味で

占拠する可能性は有ります。

それによって台湾の孤立化を図る。

いわば無理な人送はしない形で進めると思われます。

沖縄本島からの米軍の攻撃に備えて、

こうした島々を拠点化して対空防備を固める戦略で、

挑まれる形が一番厄介な形に成る事は想定できます。

 

米軍がこの地域で足止めを食らう状態で、

朝鮮戦争が勃発すると、

韓国への援軍は難しくなる。

 

ウクライナ、中東、極東の状況がどういう形で動くか次第で、

中国は沖縄本島の攻略までは考えると思えます。

ただし南シナ海へオーストラリアが向かう状況も考えられ、

中国が東南アジア地域でどれだけ味方を付けられるか、

それ次第で戦況は変わる点は否めません。

 

故に習近平国家主席や中国政府首脳部は、

現状迷っている。

 

【現状では主だった国々は戦禍に巻き込まれるも…】

中国と米国どちらに従う方が得か?

この部分では現状まだ

米国のほうが圧倒的信頼度が高いです。

世界が揺らいではいるものの、

それでもいざ戦争となれば米国と戦う方が、

国家の自由が尊重されるような気がする。

中国が台湾へ侵攻するという事は、

中国の強引なイメージをここで植え付けてしまう事なのです。

ロシアとイラン、北朝鮮は

間違いなく中国と共に戦うでしょうが、

東南アジア諸国のベトナムでありフィリピン、マレーシア、

タイにインドネシアといった国々は、

いざと成ったら米国側に付くと思われます。

またインドも台湾進攻を見れば、

米国側にシフトする姿勢に変わると言えます。

実際に中国は極東方面では戦えても

南方面は些か弱いのが現状です。

 

中国もその点は理解していると思える点で、

むしろ現状の揺らぐ状態で、

外交上で米国にNOを突き付ける勢力を

拡大したいと狙っている。

その為の信頼を得る意味で、

台湾問題を武力行使で解決する訳には

行かない事情があるのです。

 

【より狡猾な中国の戦略としては・・・】

米国がイスラエルのガザ侵攻問題で

ダブルスタンダードな状態をアピールしてしまった。

現状のバイデン政権では右往左往してるだけの状態です。

この結果米国に対する信頼は失墜というより失速している。

中国は寧ろ信頼性のある国際社会をアピールして、

中国との経済関係が

米国との経済関係をも凌ぐ点を目指したい。

そこにインドも加えることで、

より強力な経済市場の構築を目論んでいる訳です。

中国は東南アジア方面の脆弱さを

解決しなければ成らない課題を理解している訳で、

この方面が米国より中国、インドとの関係を重視する状態なって、

軍事的にも米国と対等に成れると気づいていると言えます。

 

現状のバイデン政権のように右往左往する状態であり、

中国の動きを警戒して、

寧ろ国際社会に強引な政策を押し付けて

中国経済を封鎖するような姿勢は、

逆に米国離れを意識する議論を活発化させるだけに成ります。

また、2024年に起こる大統領選挙で、

バイデンかトランプの選択肢に成ると、

2025年以降の4年間は米国の信頼は回復すらしません。

なので中国はインドとの関係を強化して、

中国インド市場経済圏を確立し、

この市場が欧米経済圏より魅力的なものに成る点を

強調する時期にしたいとも考えるわけです。

 

以前のブログでインドを落とした方が勝ち

という話をしましたが、

これが正にそういう事でもあるわけです。

 

【当ブログは平和主義者というわけでは有りません】

当ブログとしては

第三次世界大戦が寧ろ起こってほしいと願う感じでも有ります。

平和ボケし過ぎた現状に、

もっと強烈な戦争で人類に意識改革を促した方がいい。

そういう考えでもあります。

なので中国が台湾進攻を今やってくれる方が、

状況は面白く展開するのと、

最終的には米国側が勝つ状態に終わる点は見えています。

勿論当方はその状況下で

ミサイルに巻き込まれて

死ぬこともありうる流れで考えてますが、

一瞬で死ねるならそれも楽かなという感覚です。

 

ただそういう思考で眺めてはいるものの、

中国が動く気配が全くない。

日本の姿勢が戦争抑止に成るなんて話、

正直全く関係ありません。

寧ろ台湾有事には関わらないというより、

日本の憲法上関われないとして表明した方が良いのです。

その方が中国も戦略上の計算がしにくく成る。

いわば迂闊に尖閣諸島などを攻撃すれば、

中国への信頼は失墜する事態の成り、

グローバルサウスの国々を含め、

東南アジア諸国の中国に対する姿勢も

非協力的になるのです。

いわば非参戦国に侵攻した行為に成るからです。

仮に日本が迂闊に台湾有事に加担すると、

中国に戦う意義を与えてしまうだけなのです。

これで尖閣諸島を攻撃されても、

中国の行為は戦略上の行為でしか無くなる為、

国際的な非難は反米感情次第でさほど大きく広がりません。

むしろ日本が迂闊に参戦したのが悪いと見られます。

 

中国が台湾攻略で一番欲しい拠点は、

1番目が尖閣諸島、2番目が与那国島で、

実は日本領にあるのです。

これらを基地化することで、

沖縄本島からの米軍の援軍に備えたいのです。

海戦が主体になる場合でも、

これらの島にミサイル防衛拠点を組めれば、

米国の艦隊も無傷では済まなくなります。

また尖閣諸島を得ることで、

中国は台北市へのルートが確保しやすくなる。

解からない人は地図を見て考えてください。

 

【中東問題でイランと米国が戦争を始めたら…】

50%の確率で勃発する台湾侵攻。

米国がイスラエルのガザ侵攻を残したまま、

イランとの戦争が始まったら、

世界は大きく揺らぐ可能性も有ります。

ここで米国の横暴な姿勢が強調されると、

米国の信頼は失速では無く、失墜に至ります。

イスラエルへ不信を感じる国々多い中で、

米国とイランの戦争を機に、

中国が台湾侵攻を行った場合、

中国のこの行動を国際社会がどう捉えるかという点です。

台湾侵攻が目的では無く、

米国との雌雄を決するいみでの口実という意味ならば、

揺らいだ世界は大きく解れます。

米国の大統領選がバイデンvsトランプの構図に成れば、

米国から離れて行く国々も

生じる事態になる可能性は高まります。

 

中国の現状は南方面、

いわば東南アジア方面が弱点と言ってますが、

ベトナムが中国側に呼応し、

その他国々が中立という形で静観する場合、

状況次第では中立国が中国側に寝返る可能性も見積もれます。

オーストラリアの軍が南シナの防衛に参戦するには、

最低でもフィリピンが

米国側で戦わなければ成立しないのも事実です。

仮に東南アジアの諸国が反米側に付いた場合、

オーストラリア軍は南シナ海孤立するからです。

因みにインドネシアはイスラム教が多い国なので、

中東問題で反米に転じる可能性もあります。

無論経済成長の点では参戦しない方が賢明では有りますが、

世論がどういう方向に向かうかは危うく成ります。

 

そういう事を踏まえて、決定打に成るのは、

米国とイランが戦争状態に成った際、

国連の決議でどの国が米国側に、どの国が中立に、

どの国が中国側を支持するかで流れは決定すると言えます。

 

50%なので絶対では有りませんが、

中国が台湾侵攻に踏み出す可能性は十分にあると言えます。

 

【日本は参戦しない姿勢で貫くことが米国への利益】

中国が参戦表明していない日本に攻撃を仕掛ける事は、

東南アジア諸国に対する中国への信頼に影響します。

また日本が参戦しなければ

尖閣諸島を攻撃する正当な理由が存在しなく成ります。

この状況で米国が台湾へ沖縄から援軍を送っても、

中国が日本を攻撃することに正当性は有りません。

寧ろ米国が援軍をおくる事で、

中東問題での不信感に対して、

米国の同盟国を守る姿勢は評価されます。

なので中国が攻撃を仕掛けるまで、

台湾有事に日本は関わらない方が良いのです。

 

【戦争を考える場合、勝てる事を考えるのではない】

勝つためには少しでも有利な状況を

生み出す努力をしなければ成らない事と、

被害なく戦争が終わるなんて事を考えるべきではない。

 

日本にとって有利な事は、

日本が憲法を盾に、平和を希求し

対外戦争に参戦しない姿勢を貫くこと。

その上で専守防衛の事態に遭遇したのなら、

その時、全てのオプションは解放されても仕方ない。

日本に対して敵対攻撃してきた相手に対しては、

容赦する必要は無く、やれることは何でもやって構わない。

 

いわば憲法を盾にするという意味は、

日本は戦争に関わる気が無いという姿勢を表明する意味で、

その反面、

日本に戦争を仕掛けてきたら

容赦しないという意味でいいという事です。

ただ…現状の戦力で容赦しない戦いが出来るかと言うと、

些か不安でも有りますが…

その中には米国との連携も含めての話で十分ありという事です。

 

ただ日本の工業生産力を軍事に転用すると、

かなりの速度で軍備は整えられる。

寧ろ現実的な戦略としては、

日本の自動車産業、そして造船、

その他の工業生産物を

軍備としてどう活用できるかの研究をした方が良い。

 

優秀な性能の戦闘機やらは直ぐに出来る訳では無いが、

軍事ドローンであり、

機動車両などは上手く転用できるといえます。

 

戦闘機用の空母を作る必要性は無く、

寧ろドローンの発射用の小型空母を保有して、

無人機とドローンによる

海上戦略を考えるべきとも言っておきます。

 

広い海上戦では、マッハで飛ぶ戦闘機も

最終的には帰る場所を沈めてしまえば

無力と化する化するわけです。

ドローンや無人機を大量に使って敵空母を狙う戦術が、

新たな海上戦術と成る。

その上で領空に飛び込んだ敵戦闘機は、

現存自衛隊機と米軍機で対処していく形で考える。

 

実際にウクライナでの戦争で

ドローンや無人機の攻撃で

ロシアの艦船が破壊された状況は甫0鵜国されている訳だから、

こうした攻撃用の小型空母は戦術性としては機能すると言えます。

 

勿論、これで勝てるという話でもなく、

相手も同じ手を講じて対処してくるわけで、

日本国内も無傷ではいられないだろうし、

潜水艦からの攻撃などがどうこまで対処できるかも解からない。

ただ、占領するというよりも、

相手を破壊する戦争故に、

日本国民が銃を持って抵抗するという様な

戦争ではないと言っておきます。

 

ロシアはウクライナを占領するがゆえに

人的被害が大きくなった。

破壊だけを目的に長期化する戦術に成ると…

台北を占領しようとすれば、

市民の抵抗にあって占領統治で失敗する訳だが、

台北を破壊するだけの目的で攻撃すると、

むしろ台湾は被害だけを被る事態となる。

 

被害を被り続けて、豊かな生活を失って、

その市民は何年耐えられるか?

1年や2年なら気丈に耐える人が多いかも知れない。

しかし、5年も続き更に10年も続くかもという事態に成ると…

 

ロシアも恐らくそういう戦いかたにシフトした可能性もある。

 

残酷な手法にはなるが、

占領して相手が抵抗できる要素を与えれば、

相手は抵抗することで気丈に挑む事が心の支えとなる。

しかし、占領せず抵抗する機会もない状態で、

ただ殺戮と破壊だけが続くなら、

そこは単なる無力な地獄でしか無くなるのだ。

ウクライナはロシアと陸続きな分、

逆にロシア側への反撃という形が生じるが、

台湾の場合、島であって大陸へ反撃するには、

かなり難しい状態に成る。

故に破壊だけの地獄化戦略が可能なのです。

 

【すべては米国次第】

とにかく米国が解決を急ぐべき事態は、

イスラエルのガザ侵攻問題。

簡単な話…反ユダヤの姿勢でもない形で対応するのなら、

現・イスラエル政権と縁を切る形で進めるべき。

いわばネタニヤフが首相で政権を維持するなら、

イスラエルへの援助は一切しないという姿勢を見せれれば、

世界は米国に敬意を表するでしょう。

ある意味、

 

「この様な残酷な事態はユダヤ人の総意では無く、

寧ろ現・イスラエル政権の横暴でしかない。

その様な政府を支援する気は無く、

ユダヤ人社会が平和的にどうするか決断するべきだ。」

 

まあ、こういう事が言えないのは

所詮はユダヤ系の力が影響しているからなのか?

そういう意味で反ユダヤの感情が芽生えるのは

ある種理解できる。

ただ人種差別的な話でユダヤ人の全てが

そういう横暴な思想であるという訳では無いので、

反ユダヤという感情は正しくはない。

しかし、黒幕のユダヤ系が平和を破壊しているのなら、

寧ろその中枢のみを排除出来れば要は足りるのだが…

 

ロシア系の凍結資産を没収することが可能なら、

こうしたユダヤ系の資産を凍結し、

没収する位の姿勢を見せる米国大統領が登場すれば、

世界は全く違う形で進むのだろうか…

 

薄々世界はこうした理不尽に

うんざりしている状況でもあるがゆえに、

アラブ諸国が反乱し中国が大義を得て台湾進攻を口実に

米国との戦争に踏み切る可能性はあるという話です。

現状で50%ですが…

今年でこの確率は如何様にも変動するという事は言っておきます。

 

戦争を否定する人を

平和ボケとかお花畑思考とかいう人が居ますが…

実はそういう事言う人が平和ボケでありお花畑なのです。

僕自身、もう第三次世界大戦に成ってほしいと

願うくらいの気持ちなのですが、

戦争を否定する人を馬鹿にはしません。

むしろそちらが当然だと思う訳です。

 

臆病で死ぬのが怖い人ほど、

自己保身の考えで防衛を下手に正当化しようとする。

そしてこちらが不信感で身構えれば、

相手も不信感を抱いて

どちらかが先端を切る事態に発展することを知らない。

 

まず…世界中の思考が

自分の思考と違うと勘違いしている人も多い。

これだけ世界と情報で繋がって、

経済でも繋がっている状態で、

ある程度衣食住が充実した豊かな生活が浸透した時代に、

戦争して他国を侵略する発想は、

先ず有りません。

 

へ?ロシアは?

 

ロシアの戦争は、ウクライナを占領する意味では無く、

NATOの横暴に対する見せ締めです。

どう見てもロシアがウクライナの一部を占拠して、

何か得た状況には見えないですよね。

 

いわば上記で説明した

「不信感を以て身構えれば、相手も不信感を抱いて

どちらかが先端を切る事態に発展する」

この典型です。

NATOの拡大はロシアに対する不信感で身構える行動です。

フィンランドやスウェーデンがNATOに加盟した事も、

結局はロシアに対して身構えた行動でしかないのです。

その身構えた相手を見てではロシア側は?

ただ単に仕方ないね…

それで終わらせると考える方がお花畑です。

むしろロシア側はNATOがロシアを潰そうと企んでいる。

そう感じるは当然の成行です。

それがウクライナの問題で顕著に表れ、

その一線は越えないで欲しいと伝えてきたのに、

NATOは無視した。

そりゃ戦争になるわな…

そういう話なのです。

だからロシアのプライドとしては

絶対に勝たなければ成らない訳です。

 

一部は戦争は良くないだけで見ているから、

ロシアが負ける事を望んでいるだろうが…

 

こんな時代にいつまで戦争の話をしているのか?

戦争に成る要素が必要なのか?

ある意味、NATOの拡大は必要ないという考えです。

双方が信頼しきってない事態は理解しているが、

双方が信頼できる関係を維持できなかったのも知ってます。

現状、全ての問題はNATO側にあると言っておきます。

 

日本が北方領土問題で

ロシアとの平和条約の話をしてましたが、

結局はウクライナの問題で

アメリカ側に従う姿勢を見せたわけで、

ロシアとの平和条約なんて上辺だけの話という部分で、

ロシアからすると信用できないという流れでしかない訳です。

現状日本は敵対意識を表明している様なものです。

なので…こんな状態では北方領土が返ってくる話は、

無理という事です。

返ってきたら後は知らないという姿勢なのが

見透かされる状態で、

結局はそういう姿勢だったわけだから、

今後もロシアとの信頼を構築するのは難しいのも事実です。

 

NATOのやってることも同じです。

ロシアを口だけで敵国と見なしていないと言っても、

ロシアの影響力を少しづつ削って、

国際社会でのその発言力を奪っていく目論見。

 

この目論見を知ってロシアが黙っていると考える方が

寧ろお花畑なのです。

なのでウクライナでの戦争を止められなかったという話です。

 

平和ボケしている人達は、

今現状でも戦争がいつでも始まる状態であること知らない。

戦争を無くす過程の中間段階でしかない状態で、

こうした平和ボケが崩してしまう。

 

当ブログが第三次大戦を目論んでいると

考えて読んでもらっても構わないです。

その上でトラストゲーム(信頼ゲーム)です。

当ブログでは戦争に成らない形を一応は伝えてます。

トラストゲームとしては…

ロシアや中国に力を持たせて

大きな戦争を目論むようにも映ります。

大きな戦争になって負けないためには、

力を持ちだしたそういう勢力を排除せねば成らない。

 

当ブログではそれをやってはダメと伝えてます。

トラストゲームで反対の事を行うのは想定内ですが…

逆にそういう反対の行動を取れば、

私の勝ちにも成ります。

いわば第三次世界大戦に近づくという話です。

怖いですね。

現状近づいてる感じで実に面白いです。

 

何度も言ってますが…

これって歴史の繰り返しなんです。

逆に経済的な結びつきを大事にして、

その状況で何世代かを得て繰り返せば、

その時こそ戦争を意識する状態は無く成ります。

日本の場合戦国時代から江戸時代を経て、

国内各地が経済的な結びつきで纏まったら、

日本は戦国の様な分断は生じなかった。

幕末は革命の時代で、

革命が成功して明治維新誕生で

直ぐに国は一つに纏まったわけです。

単純な原理はこういう事です。

 

世界も一つに纏まって経済的な繋がりで享受すれば、

無駄に戦争してそれを破壊することは考えない。

寧ろ幕末の様な革命の意識は芽生え、

世界全体に平等な世界政府構築は求められるでしょうが。

当然、今のアメリカファーストや欧米絶対の世界は、

そうした不満を生じさせるものです。

 

なので戦争も無くこの状態を乗り切るには、

さっさと国連を中心に世界政府構築を模索するべきと言う話です。

そしてその形は

米国憲法に書かれた形と同じであって、

それを以てアメリカで世界を統合したとするのが

理想と伝えてます。

 

この程度の話も理解できない程度が、

トラストゲームでドツボに嵌って、

世界を破滅させていくのは、

実に情けの無い話ですが…

自己を含めた意味での破壊衝動が、

寧ろこの状況を楽しみ始めたのも事実です。

 

まあ、放っておいても滅茶苦茶になるのかなと…

果てさてどうなるのやら…

そして日本はどうするつもりなのか…

所詮は無知無能な人間が考える事なので…

と、いう言い方をしておきます。

 

どうも…ショーエイです。

ネットを開くたびに出てくる話題なので、

正直うんざりでも有りますが…

日本の司法って弱いなという感じで愚痴らせていただきます。

 

日本の司法が弱いというのは、

人権問題に疎いという意味です。

 

年初にこの件に触れましたが、

ゴシップ記事を出すだけなら言論の自由の範疇で処理できます。

ただし!!

悪意を以て相手を辱める意図が成立する場合は、

名誉棄損が成立します。

この悪意を以てという部分で、

文春砲第二弾、三弾という形で報じた場合、

過剰に対象者を辱める意図で報じている点が強調されます。

 

【人権問題で考えると】

先ず、事件性の有無に関わらず、

暴露話を記事にすること自体は

社会への告知として問題視されるべきでは有りません。

ただし基本的には1回の記事で集約されるべきと言っておきます。

人権問題で考える場合、

事件性(基本刑事事件に該当する案件)の無い記事で

過剰に対象者の精神を攻撃した場合、

その記事で対象者を自殺に追い込む問題が発生します。

 

過去のベッキーの記事などは

寧ろ罰せられるべき内容であったと伝えておきます。

不倫問題は民事上の問題で

最終的には当事者同士の間で解決するべき話で、

社会的倫理観を以て必要以上に中傷するべきものではない。

更に、ラインでのやり取りを報じて

個人のプライバシーを侵害した行為などは、

対象者に大きな苦痛を与えるもので、

幸いにもベッキーが強く生き抜いたため問題に成らなかったが、

こうした内容で社会的なイジメが発生した状態では、

自殺を考えても可笑しくはない状況であった。

 

文春の記事を見るに、

時として人を追い込んで殺す(自殺に追い込む)様な

表現がある為、

本来の人権問題を重視して考える場合は、

刑事罰の名誉棄損として

その記者及び編集者を逮捕するべきと言っておきます。

ただし、日本人はこうした人権問題に疎いため、

社会的に全く理解されていない事でもあります。

なので警察も動かない有様です。

 

【裁判所が人権問題を理解できていない点】

一般的に裁判官は優秀だと認識しているのが

当然の見識ですが、

日本の裁判官は知能が低すぎます。

低すぎると言ってもIQは平均以上あるわけですが、

普通一般の人と変わらない程度と言っておきます。

 

例えるなら、

言論の自由と名誉棄損。

今回の文春の報道を例に挙げると、

相反する内容に感じると思います。

暴露などの報道は知る権利

(言論の自由が保証する権利として理解される部分)

として社会に重要な役割を担っている事と、

その暴露で名誉を棄損されるに至った社会現象は、

どちらを優先するべきかで悩むところと思います。

裁判官であっても弁護士であっても、

同じ様に悩んでいる状態です。

 

では、ダブルスタンダード無くこの問題を整理すると…

名誉棄損の法解釈として、

暴露記事であり、噂話の報道に対して、

対象者に名誉を回復する機会が成立するなら、

あとは聞き手の見識に委ねられるものと出来ます。

いわば記者会見などがその機会に当たります。

著名人であればこうした注目を集める場を設けて、

名誉を回復する機会が得られます。

なのでタブロイド紙などの記事に対して

社会的な対応が可能だから

記事にされること自体は名誉棄損に成りません。

また、名誉棄損は

事実であるか事実でないかは関係ありません。

刑事罰の場合、故意、

民事の場合は過失でも成立します。

 

基本一回の報道に対して、一回の記者会見で終わるなら、

報道した側には悪意は成立しません。

単に社会に著名人の実態を報道したものとして、

言論の自由の範疇として扱えます。

しかし、2回、3回と続けて対象者の記事を出した場合、

報道の範疇を越えた対象者の名誉を

著しく低下させる意図が成立します。

ただし、仮に記者会見当での内容に

虚偽があると証明できる場合は、

その反論を記事に記すことは報道として扱われます。

 

【人権問題を考慮するとすでに文春の敗訴が確定】

あくまで人権問題を適正に考えた場合の見解です。

日本の司法がどう考えるかは別として伝えます。

また、あくまでネット上の内容だけでの見識なので、

裁判上で出てくる事実はまた別であり、

実際の記事も見る気ない状態で伝える者です。

 

その後の記事の概要から、

松本人志側の名誉棄損主張部分として、

強制わいせつ罪または性強要したという点を

否定したものにたいして、

文春側は「性の献上システム」の存在を続けて報道した訳です。

この時点で名誉回復機会の

性強要が有ったか無かったかに対する反論は

寧ろ成立していません。

記事の要約を確認するに、

女性側には逃げ口が成立していた内容に成ります。

確かに松本人志のやり口は

セコイとか、ダサいという印象を持ちましたが、

一般的な飲み会という観点で見ると、

学生の飲み会でも同じような問題は出ると言える話です。

それでもその概要を読んだけでも、

筆者の彼へのイメージは失望する印象を持ったのは事実です。

ただし重要な点は

そこに逃げられない威圧や

泥酔状態にするなど暴力的な要素が有ったかどうかです。

これらは裁判上の証言でのみ見受けられますが、

文春がこれら内容を報道することは、

名誉棄損、

いわば相手の信頼を損ねる目的の

故意による行為が成立します。

裁判上の印象操作としても作用します。

 

また、2次、3次と続けざまに

対象者を社会悪として扱う記事に対しては、

過剰に社会的な地位低下を狙った行為として成立するもので、

故意によって名誉を棄損したことにも成ります。

 

人権問題として整理して考えてみましょう。

一回だけの暴露記事であり、

それに対して記者会見で反論機会が成立したのなら、

社会的な名誉はフェア=公平な意味で、

社会判断に委ねられます。

文春が報じたかった「性の献上システム」という

芸能界の闇という表現と、

松本人志が主張する

「性強要はなっかた一般的な普通の飲み会」という点で

どう考えるかは社会が勝手に議論する所で終われば、

名誉回復機会を得た松本人志側の表現次第という点で、

この人権問題は終始します。

仮に性強要の実態に対して、

性強要は実際にはあったという報道ならば、

松本人志が得た名誉回復機会は

寧ろ本人の虚偽によって失われたという形で成立します。

無論、裁判によって

事実確認が為されなければ成らない事態ですが、

ここで仮に文春側の

「性強要があった」という証明が不成立な場合、

これはこれで名誉棄損が成立するべき話と成ります。

 

【現状、日本で議論されている話は焦点ボケ】

恐らく裁判では、

松本人志側の「性強要は無かった」という点での

名誉棄損に対して、

文春側は「性強要の有無の報道では無く、性の献上システムに対する報道」で虚偽による報道ではないとし

名誉棄損に成らないと主張するでしょう。

普通の頭脳しかない裁判官や弁護士では、

この論点で混乱します。

恐らく普通一般の人もこの争点で論じられると、

名誉棄損は成立しないのではという感じに陥るでしょう。

 

ところが人権問題としてこの裁判に焦点を当てると、

不要な2次、3次と記事にして、

著しく故意に松本人志を社会悪に貶めようとした行為が、

名誉棄損に成るのです。

正直裁判自体は瞬殺で終わります。

 

【松本人志が社会的に淘汰されるかはまた別】

一次記事のみで社会判断が成立する要件としては

十分であった。

島田紳助氏の時同様に、

記事の内容から最終的にはその周囲が判断するところに成る。

松本人志がどのように周囲と接して来たかで

大きくここの部分が変わるという事で、

スタッフであり彼に関わった人たちが、

もうこの人と仕事をしたくない、

この人の仕事は終わらせたい、

そういう印象を与える態度だったら、

自然と芸能界から淘汰されます。

逆に、彼に支えられてきた、恩があるという部分が大きければ、

今後も松本人志は芸能界で生き残れるという事です。

 

王様気分で実際にやってきたのか、

そうではなく周囲を大切にやってきたのか、

そういう部分が判断の分かれ目になるのも事実です。

 

文春が報じるように

本当に社会悪な姿勢で活動してきたのなら、

周りはこの件で生じた人気の陰りを活かして、

芸能界から締め出すのは考えられる流れで、

寧ろ本当に違うのなら、

彼を良く知る周囲が彼を支えて生き残らせるという事です。

 

これは裁判に関係なく、

寧ろ裁判の期間2年位かな…

そこで生じてくる流れと成る話です。

 

日本人は人が死なないと理解しない。

文春砲なんてものを喜んで読んでいる人が

多々居ると思います。

木村花さんの件のように、

自殺者が出てからネット上の問題を考える前に、

そうした行為が精神的暴力として

人を追い込む事である点を理解するべきなのです。

 

今回の松本人志さんの件で、

松本人志さんが自殺を考えるまで

追い込まれるとは思いませんが、

ベッキーの時はある意味際どい話だったと思います。

 

悪い事を暴露してくれるのは大事な社会行為ですが、

その度を越えた形になると寧ろ社会的なイジメです。

悪い事をしたという認識で

罰を与える意味で考えるのか、

本当に悪い事なのかと疑問を以て理解できるのか、

それは読み手の良識次第では有ります。

 

読み手の良識に多様性が生じる社会では、

ある程度の節度が必要で、

本来の法律ではそうした節度に対する線引きが、

実は明確に記されているのです。

 

ところがそれを判断する人間の質が悪く、

合理的な解釈がされない状態で、

雑に文脈を知っているだけのも事実です。

 

全ての法律には保護法益というものが有ります。

いわばその法律が

どういう問題を解決するために制定されたものなのか

があるわけです。

ある意味、保護するべき法律の益=

その法律が何を保護するためにあるのか、

という真理です。

法学者の研究の対象の様な物ですが、

この保護法益を理解していない

司法関係者が多すぎるのも事実です。

法学者が研究するものだからという認識なのか、

頭の悪い人が法の混線状態を勝手に感じて、

単純に優先順位で判断しているのか…

 

いわば言論の自由=報道の自由と

名誉棄損の相反する権利の話と同じなのです。

政治のダブルスタンダードも一緒で、

最終的には敵か味方でルールが変わるわけです。

 

保護するべき要点を整理して考えれば

その境界線は見えるわけですが、

知識がカバーしきれない難題に直面して

思考が停止してしまうのが一般的な社会では、

真面な判断を仰ぐ方が愚かしいという事です。

 

なので…本来瞬殺の案件も、泥沼化して、

最終的には

報道の自由を優先する判決に成るのではと予想できます。

どうも…ショーエイです。

先ずは、芸能から…

 

【松本人志さんの件】

週刊文春に卑猥な会合みたいな形で

書かれたというニュースで盛り上がってますが…

まあ、芸能界の事情を知る側としては、

合コンみたいなのは当たり前に行われます。

と、言うより一般人だって機会あれば合コンはするわけで、

酒の席で男女が意気投合すれば

そういう流れも当然発生します。

先に言っておきますが、名誉棄損で訴えるなら、

週刊文春ではなくその告発者であると言っておきます。

 

松本人志さんの件で良く解らないのが、

そこに違法性があったかどうかという話なのですが、

立場上の権威を用いての強制力という意味で

どう成立するのかは微妙な所です。

 

ポイントはその告発者(多分女性)がどういう流れで

その会合または合コンに参加したかが焦点に成ります。

ニュース記事だけではその辺が良く解らないのですが、

自発性の参加であった場合、違法性はなくなります。

地位であり仕事上の都合で無理やりな要素があった…

と、いうよりその辺の選択の自由度が

どれほどの尺度で成立するかで変わると言えます。

 

会合の内容に関しては正直、

お酒が入る場であった前提での参加の場合、

むしろその後に発生する流れに強制力があったか否かは、

事実を明白にすることは困難です。

仮に告発者が強引性を訴えたとしても、

時間経過で証拠は不十分と成ります。

いわば性的被害にあった場合、

時間を掛けずに警察に相談するのが賢明で、

その相談をした記録があるか無いかで、

告発者の真意を考えるべき内容でもあると言えます。

日本の警察がどの程度

被害相談の記録を管理しているかは不明ですが、

被害届に至らずとも、

相談記録は各所轄署で一定期間保管されます。

被害届にするか否かは被害者の判断にゆだねられる所で、

警察に相談した記録は公にはされません。

日本の警察機構はこうした相談記録の管理を

もっと慎重に扱うべきで

刑事告発という業務に成るか否かで取り扱いを考える

今のシステムは改善されるべきです。

(要法改正)

 

勿論、告発者の立場上の問題で時間経過、

いわば仕事上の都合もあって悩む時間は考慮されます。

仕事上の都合で時間が経過してしまうケースは、

ジャニーズ事務所のケースなどが参考に考えられます。

しかし、その悩む要素が成立するのかどうかも

検証されなけらばなりません。

こうした告発には金銭目的である場合や、

売名目的の場合もあります。

無論、告発者が嘘の話を言っているという訳では有りません。

 

さて、週刊文春の内容が

名誉棄損に当たるかどうかという意味で考えた場合、

とても難しいと言えます。

週刊文春側としては、

告発者の内容が虚偽であったか

話を膨らませた内容であったかは

立証する必要はないと言えます。

内容を記事として掲載しただけの行為に成ります。

今回のケースの場合は、

その内容を読んだ側の社会が

勝手に盛り上がって行った流れで、

その真偽を確かめずに社会が勝手に判断したという事に成ります。

仮に刑事事件にもなっていないのに

犯罪者だとした記事ならば名誉棄損は成立しますが、

事件性の記述なくゴシップとして掲載した場合、

その内容は著名人の噂話を流しただけという

言論の自由の範疇のものと見なされます。

 

最終的には社会認識の問題です。

フェイクニュース同様に

社会が適切に取り扱わなければ成らない事件として

考える内容です。

週刊文春の記事で松本人志さん、小沢一敬さんらを

不法者扱いするのは正直意味不明です。

上記の通り、どの程度の強制力が存在したかにもよりますが、

基本的にはその様な合コンに参加する告発者の意識は、

流れは予見できた状態にあると言っておきます。

著名人と少しでも親密な関係性を求めた可能性も有る故に、

一概に事件性の部分での強制力は成立しないと言えます。

親密な関係性が構築できなかったことへの

報復という行為も想定できる話です。

強引な誘いという部分も、

迷惑な相手ならメール等でブロックすることも可能で、

仕事上の都合での関係であったとしても、

対応の責任は当事者の裁量で処理されるべきです。

仮にそういう流れで強制力が発生し

性的な被害が生じたのなら、

最低でも警察に相談または被害届を出すべき話で、

事実を早い段階で記録として残すことは大事に成ります。

 

なので名誉棄損で訴える場合は、

寧ろ告発者を特定し、

その告発者が告発行為によって

何らかの利益を得ていた場合、

裁判の内容次第では成立する案件と言っておきます。

いわば週刊文春側は相手の名誉を棄損するという目的が薄く、

言論の自由として情報を公開したに過ぎないのです。

むしろ名誉を棄損する、

いわば相手に損害を与える意図は告発者の方にあるわけです。

それが正当な被害を告発したものなら告発に成りますが、

正当な被害では無く何らかの報復目的で終わる場合、

これは明らかな名誉棄損になるという事です。

 

まあ、正直な話、

松本人志さんや小沢一敬さんが

どうなろうが知った事じゃないんだけど、

彼らに違法行為、不法行為に該当するレベルの

悪質性はあまり見られない内容なため、

芸能界と言う立場で飲み会をセッティングして、

倫理的な話は別として、

普通に快楽を享受すしたレベルで良いのではと思う話です。

倫理的な話を持ち出して批難すると…

正直殆どの人がダブルスタンダードに成るだけです。

いわば自分は良くて他人はダメと言う。

羨ましいと思う気持ちをダブルスタンダードにしてまで

悪人を作るという行為が寧ろ情けない話に見えてきます。

 

【能登半島の震災に関して】

災害復興の進捗情報より、

震災への視察とうの話で盛り上がっている感じです。

正直な所、震災の当事者でない分、

どうしても無力な当方は他人事に成ってしまいます。

政治家が視察へ行くに限らず、

被災地に支援を送る話も、

一応は何らかの

善意の行動を起こそうとする意識だと思います。

その手段であり方法を無力な人たちであり、

支援する事もできない人たちが何か言うのは、

寧ろ筋違いだとも思うのです。

 

確かに菅直人のように原発に視察に行って

作業の支障きたすような視察は

避けるべきとは言っておきます。

また、政治家が視察に行くだけの話だと、

確かに政治パフォーマンスに映るのも事実です。

 

先ず普通に考えると、

被災地の方がたが何を求めているのか、

ハッキリと把握することは難しいです。

漁業を営む人たちにはその人たちの問題があるわけだし、

家が倒壊した人たちは生活の問題が有ります。

比較的被害が少なかった方々も、

其々にまた別の問題が生じている訳で、

全員の事を直ぐにカバーするのも難しい話です。

 

見た目だけの話をすると、

家が倒壊して住む場所を失った人達が

一番大変な状態に考えられます。

避難所生活であり、今後仮設住宅の生活など、

そこへの支援は徐々にとは言っておきますが、

生活できるレベルで行われていきます。

 

ただ、当事者の本当の問題は…

寧ろ家の倒壊で大事な物を失ったという事だとも思うのです。

生きる意味での支援は十分でも、

未来への支援はほぼ皆無と言っても良いです。

いわば家を建て直すにしても、

震災保険に加入してたひとなら何とかなるが、

震災保険に加入していなかった人は、

かなり困難な課題と成るわけです。

生活面でも未来を据えて考えると、

不安は寧ろ以前の生活に戻れるかという部分が

大きいと言えます。

 

避難物資を送るとか、

避難者や被災者に手を差し伸べる活動は、

其々の善意がそれぞれで頑張ってくれることを

称賛こそすれ皮肉や非難を加えることは言語道断です。

今現状を少しでも生き易くするための善意なのです。

 

では、被災者への未来に関する支援で何が出来るのか?

 

むしろ直近だと東北や九州で経験した被災者が、

どん底状態から改善した過程を

アドヴァイスとして伝えてくれることだと思うのです。

 

震災保険に加入しておらずに、

震災後どの様な形で生活を立て直したのか・・・

 

勿論、現状の被災者が安心できるような内容では

無いかも知れません。

そうした情報の中で何が足りないのか、

その環境で何が出来るのか、

議論をしていく事も大事なのです。

 

まあ、当ブログが政治家として活動できたなら、

国として被災者専用のクラウドファンディングを立ち上げて、

被災者個別に募金を募れる形を考えるかも知れません。

それらを世界各国の人が支援してくれる形で広めて、

少しでも未来に向けた支援が成立するように考えるかな。

国家予算で出来る事には限界があるが、

国家の信頼を用いて支援する形は

色々と出来ると思います。

企業のクラウドファンディングだと、

些か別の案件と混とんして解かりにくく成る事情であり、

その認知度などを考慮すると、

国がそういうクラウドファンドを立ち上げる方が良い。

単純に募金を募るだけの話では、

その募金の配分は寧ろ被災者に平等すぎて、

個別の被害に比例した支援とは成らない訳です。

最低でも個々の努力で集めるという形の支援を

国のプロジェクトとして補助する形が、

一番望ましいと言えます。

勿論、色々な調整も含んでの話ですが…

 

どれだけ集まるか、

勿論ここでも個別に差異が生じる事も当然発生しますが、

少なくとも何もないより被災者の未来は開けるという

意味での支援に成ります。

上手く成功すればこれは

日本初の世界的な支援の手法として成立するのでは。

勿論、ウクライナ戦争の被害のように甚大な規模だと、

中々難しい話でもありますが…

 

【バイデンのロシア系凍結資産の取り扱い】

現状、ロシア側の凍結した資産を

ウクライナへの復興支援に充てるために

没収という形の話が登場してます。

一見、当然のように感じられる話ですが、

これは決して手を付けてはいけない話なのです。

結論から言うと、世界秩序の崩壊を齎すからです。

 

個人の権利や個人の資産を、

国が勝手に徴収できる状態を許すと、

国家の意向で個人資産が

無秩序に脅かされる事態が成立することに成る。

ちょっと難しい話ですが、

国連憲章の人権保護に反する状態に成るという事です。

 

国の法律では、資産の差し押さえなどが可能です。

しかし資産の差し押さえは強制徴収とは違います。

「公正な裁判」に於いて、

ある一定額の支払いが命じられた場合で、

相手方が資産を保持しているにもかかわらず、

その命令に応じない場合、

資産差し押さえを以て賠償に宛てる事できるという物です。

そしてこれらは基本、

内国の事情に関してのみ適応が許されます。

韓国で発生した徴用工問題などを考えれば、

条約等の外交上の問題が適応される案件に関して、

韓国政府が勝手に資産差し押さえを行いう事は、

日韓関係に於ける外交上の問題に発展する訳です。

日本政府が強硬に対応できなかっただけの

話でもあるのですが、

良くて国交断絶、

最悪は戦争という事態を引き起こす話でもあります。

これが戦争、または敵対状態にある国同士の場合、

お互いが報復処置としてやりあう状態に発展します。

 

その様な状態に成ると、

各国の企業は海外投資など

怖くて出来ない状態と成ります。

 

現状でも、日本人は中国への投資は

怖いと感じていると思います。

これがより鮮明化すると、

日本には寧ろチャイナマネーが流入しなく成ります。

無知な人は別に問題ないと言うが…

新築工事や不動産などの投資として

日本経済に大打撃を与える事態にも成りかねないのです。

 

また難しい話ですが…

日本の法律に底触する形で

海外企業が賠償を払う場合は、内国問題で処理できます。

しかし、戦争など外交問題を含めた中での対応は、

米国がロシア系資産を凍結している処理などは、

外交上の理由に成りますが、

外交上の交渉を以て処理する形が求められます。

 

戦争状態、敵対状態にある当事国同士が、

勝手に処理し始めると、

報復の連鎖が生じる点は前述しましたが、

戦争であり敵対状態は永続する訳ではないのも事実です。

何れ終戦または和平が成立する訳で、

そういう形の未来を想定して

国際秩序は維持されるべきなのです。

 

現状、国連憲章で

人権保護は国際秩序のルールとして成立しており、

これは米国憲法を模範とした意味でも有ります。

なので如何なる理由を以てしても、

国の意向で個人資産を脅かす行為は許されません。

凍結という処置はグレーゾーンギリギリの物で、

あくまでその資産の処理は、

終戦または和平交渉の中で

戦争責任追及という形を以て、

外交上での公正かつ平和的な意味で

扱われるべきなのです。

 

特に米国が憲法で保障している事態、

何人も個人の財産を脅かされない(要約)

というものに反する意味もあり、

敵対勢力の資産だから没収出来るとするなら、

その個人資産家は米国への投資で

詐欺にあった事になります。

いわば米国への投資への信頼を

失墜させる事にも成るわけです。

 

日本人の感覚で、

米国政府がそれで良いと決めたなら

それで良いのではと感じるのなら、

ドンドン世界を崩壊させていきましょうというしか有りません。

現状良い状態に成ったでは有りませんか…

台湾総統選も与党が勝ったわけですし…

 

平和を望みながら、

戦争を呼び起こす流れしか考えられない。

それで地獄を見てから助けてと言ってもね。

 

さて、アメリカも日本もウカウカしている間に、

中国ではとんでもない代物が市場に出たようです。

 

1日前位の記事だったかな…

マイクロソフトと協力研究所が、

リチウムイオンに変わる蓄電素材を

量子コンピュータを通じて

発見したというニュースが入ってきました。

 

その翌日辺りに、

中国が原子力電池を搭載した携帯電話を

市販化するという内容が出てきた訳です。

 

この時点で…どっちが技術的にヤバいか…

解かる人は明白です。

原子力電池はその名前から

放射能を発しそうなイメージが有りますが、

原発の様なイメージで放射能発するものを、

市販化する訳がないですよね。

元々はNASAなどが宇宙開発様に考えた代物なのですが、

それを中国が市販化にできるまでに発展させた。

通常のリチウムイオン電池と違って、

50年近く発電し続けられる代物らしく、

携帯電話ならコイン一枚程度の大きさで賄えるそうです。

 

ここで未来を見据えると…

大きな産業革命が起きます。

いわば…電気自動車であり、

発電などにも応用可能な技術な訳で、

ガソリンもハイブリット車も既に敗北です。

 

日本人の思考はどうやら愚かしい話が好きなようで、

劣勢状態にある展開で、

まだ頑張れる、まだ打開できる…

自分たちに日本刀がある…

日本刀は他の剣より優れているから…

みたいな意味不明な見識で戦い抜こうとします。

いわば自分たちには力があると信じて

士気を上げるだけの戦い方です。

 

劣勢を打開するには、劣勢状態にある問題点と、

相手との優劣を見極めて、

その中で勝てる見込みのある手段を

模索せねば成りません。

原子力電池の市販化は

その優劣を見極める意味での大事なポイントです。

この原子力電池を取り入れて行く方向に素早く切り替え、

自動車産業もハイブリットを捨てて、

電気自動車へ速やかにシフトする事態でも有るのです。

 

量子コンピュータやら

メタヴァースに固執している話どころではないのです。

 

量子コンピュータは量子コンピュータで研究するのは、

まだ大事なのですが…

 

メタヴァースに関しては・・・

VR映像の話より、

イーロン・マスクが実験している

チップ埋め込み式、

そして更には中国で研究が進んでいるとされる、

脳へ脳波信号を送る技術の順で、

市場価値が変化します。

いわば日本は速やかに脳波の研究を優先して、

外部の波形から脳波で5感が伝わる技術開発を進めたうえで、

メタヴァースの世界を構築するべきなのです。

VRでメタヴァースを生み出せても、

脳波技術が伴わなければ、

その技術に簡単に取って代わられるだけの話なので。

 

防衛に関しても…ミサイルやらは古いのです。

基本技術は宇宙開発に有ります。

戦争で情報戦必須な現代で、

まずは人工衛星と通信技術。

衛星信号を妨害する技術を構築しなければ、

ドローンなどの無人機への対策は遅れを取ります。

レールガンの技術開発は有効性が高いが、

中国も同じ研究は行っている訳で、

電源供給の問題で前述の原子力電池などの存在で、

色々と出遅れる危険性も生じている。

 

幸いなことに原子力電池は米国発の技術故に、

日本も研究するなら十分に研究できるため、

この分野の研究に注力していくべき。

これらは宇宙開発技術にも併用できるものです。

 

脳波の研究は、医療分野にも応用が利き、

自己治癒力が脳からの信号で左右されるのなら、

免疫力向上であり、耐性構築など

脳がコントロールする役割から

新たな治療法へと結びつけられる。

 

量子コンピュータは謎が多く、

寧ろ世界各国が必死に成って研究している分野です。

ある意味、その競争に注視するより、

脳波の研究に注視する方が

日本の技術革新に繋がると言えます。

 

とにかく日本人は追う側の思考で世界を見る必要性がある。

世界に誇れる日本のものを意識するのではなく、

世界に先駆けて何を生み出すか…

それを虎視眈々と見つめるべきなのです。

この意識改革が出来なければ話に成らないという事です。

どうも…ショーエイです。

明けましておめでとうございます。

 

2023年はAIがいろいろと紹介された年ですが、

本格的にAIによるフェイクが深刻化して行くのは、

2024年からです。

 

実はAIの能力自体は現状でも、来年もさほど進化しません。

そしてそれほど高いものでもありません。

しかし、AIと称して人間がプログラムしたもので、

人が騙されやすくなる時代の始まりと言っておきます。

 

勘違いしやすい人はAIの種別すら知らない人です。

 

AIが自分の力で思考して何かを行うプログラムは、

現状ほぼ存在しません。

今存在するのはAIが統計を下に計算して、

一番妥当な回答を選択する程度です。

生成AIなどは主にこのレベルです。

 

いわば様々な統計データを下に、

例えばネット上での会話などから分析して、

設定を統計上一番多い回答でソートして、

最上位の回答から

答えを選ぶというプログラムが一般的と言えます。

勿論の事、生成AIの凄さは

寧ろ言語を理解できるプログラミングに有ります。

ベースに有るのはスペルチェックの機能の応用で、

文章構成のチェックの進化から、

適正文章を判別する機能へと進んで、

現段階の文章理解機能になったという流れです。

 

なのである程度適正な文章なら、

そこに存在する単語を把握して

文脈から何を求めているのかを理解して、

その回答を導き出す流れに成ります。

しかし…実は質問者の意図までは

理解できないのも事実なのです。

 

実は昨年ChatGPTを用いて実験的に質問して見ました。

内容は

「天然ガスの相場の動向は?」

という質問です。

質問者の意図は、

「天然ガスの動向を、ニュースを下に分析しろ」

という意図です。

これで出てきた回答は、

WIKIなどに記載されている

天然ガスの動向がどういう情報を元に動くのかの説明でした。

そして、詳細を変えて、

「天然ガスの動向を、ニュースを下に分析しろ」

で行った結果も同じ回答に成りました。

 

この時点でAIが正確にニュースの情報を把握して、

現状に適した回答を出せる様なAIには

成っていない事が解ります。

 

正確な分析か否かは別として、

ある程度ネット上の情報とリンクして回答が出せるレベルならば、

現時点の天然ガスのニュース情報をピックアップして、

現状の相場の流れから、

季節的な要素、気温、そして地政学的な要素を分析して、

暫くは上昇傾向にある見込みです位は

回答できると期待していたのですが、

全くまだそのレベルには至っていなかった様です。

 

2023年までのAIのレベルはこんな感じです。

2024年もさほどの進化は無いと思われます。

ただ、上に記した質問に対して

私が期待したレベルの回答は出来るようになればと思う所です。

勿論、その回答で相場をどうこうできる話でもありません。

相場は分単位の情報でも変化するし、

上下する変動にはまた別な要素もあるわけで、

そこまで正確に把握できるとなれば、

人間誰も働かなくて済む時代が来ます。

ただ、ネット上に溢れるニュースくらいは

精査できる機能は欲しいという話なだけです。

 

【統計分析のAIでフェイクな世界が横行する】

簡単に言えば、

取得した情報からソート機能で反応するプログラミングの事です。

これはスポーツの世界では当たり前の手法です。

ゲームAIでも使えます。

いわば人の癖を取得して、

その行動予測を確率で導き出して、

反応するというAIです。

自分の必殺技をパターンとして持っている人には

通用してしまう代物です。

いわば無意識のうちに

ルーティーン化している対象の癖までは見抜かれます。

これらのプログラミングを用いると、

個人の癖をマネする事も可能になります。

 

例えるなら、

道端に財布が落ちていたとします。

①その財布を拾う。

②拾わずに放っておく。

 

これだけで人には癖が出ます。

勿論、時と場合にも依りますが、

そういう何度か行われる機会の中で、

その人の確率が分析されます。

更にはその時の状況まで分析の対象とした場合、

人気が多い時は拾わないが、

人気が少ない時は拾う。

という状況で一貫した行動が見受けられると、

その性格的な癖も把握できます。

これらはある意味CIAやらと言ったスパイ組織が、

他国の要人たちの性格などを

分析する際に用いる手法でもあるのですが、

これらの情報をプログラミング化して

仮想の想定人物を生み出すレベルの技術は、

既に市場にも出てきたと思われます。

 

ただし、あくまで仮想であり、

推察と癖を統計化したものでしかないので、

その人物が確実に

その回答通りの行動をする保証はありません。

実際は駆け引きなどや警戒心といった作用も生じる話で、

アメリカがプーチン大統領が

ウクライナでの戦争に踏み切ると予測できなかった流れでも、

人間の行動は単純ではないという事は言っておきます。

 

しかし…当人の行動は別として、

その人物に見えるようにするという意味では、

騙す対象がその本人でないため、

寧ろ簡単に機能するという事でも有るのです。

 

また人間には表と裏があるものだと

疑う人も多いと思います。

例えば実際には考えられないと先ず言っておきますが、

実直なイメージの池上彰氏が、

実は裏で金勘定して情報を取り扱っていたなんてのを見たら、

一気に信用を無くしてしまう流れになると思います。

これがフェイクの動画として流れたら、

信用してしまう人も多々でると思われます。

それがフェイク動画である証明できれば別ですが、

証明が難しい状態であったら、

本人が否定しても中々疑いが晴れない状態に陥ります。

 

勿論、池上彰氏の言動であり伝える姿勢を

正確に分析できるレベルにある人は、

フェイクニュースの様な事は99%有りえないと思います。

ただ、それでも1%程度の可能性は否定できないのも事実です。

 

ここまでが第一段階のフェイクの時代です。

 

第二段階になるとフェイク被害が横行して、

フェイク動画を警戒する動きがより活発化します。

今でもそういうムーブメント起っているのは事実ですが、

現状はまだフェイクと本物の区別がつく上での話と言っておきます。

本物とフェイクの区別が難しい状態に成ると、

場合によってはニュースでも誤って扱う事態が発生します。

恐らくBBCなどの報道はこの時点で

外部からの情報提供の扱いに

更なる慎重な姿勢で取り組む形にシフトすると期待します。

 

今でも、ウクライナとロシアの紛争に関して、

ウクライナよりの報道は緩く、ロシアよりの報道は厳しくという、

情報への曖昧な姿勢が生じています。

いわば第二段階では

政府のプロパガンダ性が強まりやすい状況が

生じるという事に成ります。

いわば一般人の知識や情報精査能力では判別できない状態で、

それを利用して政府のお墨付きが

その信ぴょう性に必要に成ってくる訳です。

X(旧ツイッター)に於ける情報の取り扱いで、

イーロン・マスクが分別するのを拒否した理由は、

こうした関係を警戒しての事なのかとも理解できます。

 

また政府の不正疑惑などの情報も

逆に曖昧にすることも出来る流れが生じる可能性も有ります。

 

そして第三段階では最悪、

人間の情報不信が横行し、

無秩序な時代の到来が考えられます。

またはもう一つの最悪は、

政府による完全監視体制の時代で、

人々は自由とプライバシーを奪われてしまう時代の到来です

 

AIの進歩はいい意味で人々は期待を寄せていますが、

現状悪い意味での進歩の方が早く進む可能性が高いわけです。

また、今の流れから、

昔の冷戦時代のように大国同士の対立が鮮明化されると、

フェイク情報を利用した攪乱工作が横行する時代が考えられ、

今のアメリカで起こりつつある二極化対立を煽ったり、

政治不信を煽ったりといった形で、

国が分断され秩序崩壊の危険性も生じてきます。

 

世界が一つに上手く纏まり、

そのフェイクの利用が犯罪グループに限定される方が、

まだ世界人類の希望は保たれるのでは思うのです。

 

戦争が何故起こるのかという話を年末にしました。

なぜ戦争が起こるのか… | ショーエイのアタックまんがーワン (ameblo.jp)

 

戦争で起こるゲーム性の意味で、

人は自分が支配者になる為にあらゆる手段を模索します。

その手段が平和的に進むものであるのなら望ましいが、

人を騙し、人の不幸を利用して成し遂げようとするものなら、

それに決して加担するべきではないと言っておきます。

彼らは「最終的には」

と、キレイごとを述べるでしょう。

「戦争に成っても最終的には勝てば理想の世界が実現する。」

こんな感じで自分たちを肯定します。

 

ハッキリと言っておきます。

彼らには平和的に解決する発想が無いゆえに、

対立を煽って戦争へ引き込み、

敵を根絶やしにするしか考えられないのです。

 

犯罪に成る事も手段を選ばずが彼らの手法なら、

犯罪に成った時点で彼らを根絶やしにする方が、

寧ろ平和的とも言えます。

 

言葉の違いはあれど、

一方は無秩序を煽り、

もう一方は秩序の中での話をしているだけなのです。

 

こうした違いを人の行動を見て判断できる力が無いと、

人々は決して平和を維持することが出来なくなると言っておきます。

 

難しい部分でも有りますが、

基本、戦争や対立を煽る人を信じてはいけません。

ミサイルが飛んで来たらどうするという話の前に、

ミサイルが飛んでこない状態をどう構築するかです。

ミサイルを飛ばす方としては、

自分たちが弱気になると

相手が戦争を仕掛けてくるという

ある意味低俗な警戒感を抱いている事も理解した方が良い。

それに対して同じ低俗な発想で、

敵は戦争を望んでいるという発想は、

同じ程度の知能しかないレベルと言っておきます。

 

ミサイル防衛の議論に対して、

必要ないという話でもないのです。

それはそれで言えばいいのです。

相手が煽るから、

念のために防衛力を高めておく必要性が出るだけ、と…

別に相手が戦争を仕掛けてきたらどうするという議論は要りません。

 

寧ろ、相手には無駄な国費で

防衛に備えなければ成らなくなるから、

平和的にやりましょうと伝えて、

その方向性が見えないなら、

「戦争をする気はないが、

防衛は強化して備えるという議論は当然の状況だ!!」

という話で留めておけばいい。

これを

中国が台湾有事を発生させたらどうする?

とか、

北朝鮮が再び朝鮮戦争に踏み切ったらどうする?

という話は必要ないわけです。

 

こうした低俗な議論が出れば、

相手は「日本が理由を付けて戦争をしようとしている。」

とも感じる事態に成るわけです。

 

AIの話で言葉の認識を説明しましたが、

言葉は本来、

自分が意図したい意味では伝わらない事が有ります。

また人間同士だと言葉から相手の真意を読み取ろうともします。

そこに推測や憶測も含めて多重に解釈もします。

なので…あえて名前を出しますが、

朝まで生テレビに出ていた片山さつきの様な言動は、

無知無能に聞こえるのです。

本人は中国が怖いから防衛するべきと言いたいだけですが、

頭が悪いのか、

その言葉には、

中国との戦争を想定して軍備を備えるという意味に成ります。

中国からすれば、この片山さつきを代表に、

日本の政治家は中国と戦争をするために

軍備を増強しようとしているとも聞こえるわけです。

これは寧ろ米国の政策、

そしてその同盟国にある日本の立場を考えなければ成りません。

台湾の問題も台湾を反中政策に向けさせている状況では、

日本の政治家の警戒心からの言葉は、

警戒心を通り越した意味で、

中国の主権を脅かすための軍備と考えられても

可笑しくはないのです。

 

これを平和ボケした人たちは、

「中国が勝手に勘違いして草」

みたいに言うけれど…

それで戦争に成ってミサイル飛んできて、

仮に日本が劣勢になる事態にまで発展したらどうするの?

という話です。

 

田原総一朗が最後に言った言葉、

日本は米国に協力するが戦争はしない。

この姿勢を貫いたうえで防衛の話をしないとダメという事です。

まあ、当ブログの持論でもある事はご存知だと思いますが…

恐らくこの意味を理解できる人も

少ないのは残念な話でもあります。

 

AIのフェイクに脅かされる以前に、

人間のフェイク(偽物)に翻弄されるようでは、

この先が心配に成るだけです。

 

 

 

 

どうも…ショーエイです。

2023年はCGを勉強したり、

動画の編集を勉強したりと、

修練の年と成りました。

 

うつけの兵法を含むブログの更新も、

その分疎かに成っていて申し訳ないです。

 

ある意味、創作活動というのはモチベーションで

全然やる気が変わってくるもので、

うつけの兵法の更新にしても、

皆さんが楽しんで読んでくれているのか不安になって、

気持ち的に筆をとるのを後回しにしてしまっている感じです。

 

動画にしてもブログにしても、

特に、Youtubeなどでは、

「登録お願いします。」

「いいねを下さい。」

と視聴者に催促する感じで

印象悪い感じに思われますが、

自分でやってみると

嘘でもいいから、そういう評価が無いと

中々モチベーションに繋げにくいのは実感します。

 

でも、「登録する」のも「いいね」を押すのも、

見る側としては、ちょっとした労力になるので、

ついついやらずに去ってしまう点も多いのも理解できます。

 

そういう意味では難しい世界だなと痛感しております。

 

YoutubeやTwitchに関しては、

色々と迷走中でも有りますが、

ここ最近は品質向上を目指して、

黒い砂漠というゲームの中で撮影した映像を、

プロモーションヴィデオ風に編集して作る感じで活動してます。

 

 

これは最新の力作です。

出来ればYoutubeの方で見て頂いて、

登録やいいねを協力して頂けると有難いです。

他には

 

こうしたアーティスティックなものを作ったりとしてます。

 

来年は少しでも登録者や閲覧数、

そしていいねの数を増やせたらと思って頑張ってみます。

CGでコントを作っていくのは、

もう少しその辺が伸びてからかなと思ってます。

CGのコントは色々と大変なので、

時間的にもきついのも事実です。

 

ブログをご覧に成って下さる方々のご協力お願いします。

出来るだけ面白いコンテンツを目指して

頑張りたいと思ってますので宜しくお願いします。

 

 

 

どうも…ショーエイです。

「なぜ戦争が起こるのか…」

多くの人が疑問に感じる部分だと思います。

実は犯罪が起きる点と類似していて、

戦争も犯罪も決して無く成らないで

普通の人は諦めてしまいます。

 

【犯罪が起きる理由は基本的には2つの要素】

①生き抜くためにやむを得ず。

②ゲーム感覚で刺激を求めて。

 

犯罪が無くならないのは②の要素が存在するからです。

実はこれ戦争も同じなんです。

 

①の要素では、今何か食べなければ死ぬという状態で発生するもので、物を盗んででも生き抜きたいという感じで発生します。

これは今直ぐ死ぬというより、犯罪を犯した人は、

人間の貯蓄心理が働き、明日の食料、明後日の食料と、

犯罪によって生計を維持する状態に陥るわけです。

 

②の要素は、ほぼ興味本位です。

スリルであり刺激を求めてと言っておきますが、

それ以外にも「バレなければ」という

犯罪行為をバレないようにするというゲーム感覚です。

いわば自分が賢いという証明の様な感覚です。

 

これは戦争でも相手を策略や謀略に嵌めるという感じも

同じ要素に該当する訳ですが、

これが実は戦争や犯罪が無くならないポイントでも有るのです。

 

【戦争に於いて半分の要素は社会の努力で解決できる】

②の要素に関しては、現状の様に主権国家が独自の采配を許される環境にあっては中々難しいです。

どこかに敵を作ってしまう状態は、相手も同じ様に敵と見なします。

 

犯罪に於いては証拠を残さない賢さを

スリルや刺激と共に求める感じで成立してくる部分ですが、

敵国と定めた相手に対しては、

この刺激が寧ろ国家の命によって行われるのです。

一般的に言われる工作行為などがこれに該当します。

 

更に権力者の心理ではこうした組織の頂点に立つことで、

相手に対して威圧を与える要素が付与されます。

組織犯罪で言うなれば「何をされるか解らない」という

恐怖感を植え付ける行為が社会に対する威圧として

機能するわけです。

いわば強さの象徴という意味で、

人間が求めてしまうものでも有るのです。

 

この心理は国家同士でも働くわけで、

誰が世界のルールを支配するのかで働いてきます。

ただし…実は深層心理という奥深いところで根付くもので、

表面心理の「自分が正しく導く」という部分で覆い隠されるため、

本人すら真面に気付かないのも事実です。

ある意味、心理的な病気という感じに成ります。

そしてこの病は大きな力を得ると

殆どの人が掛ってしまう病でもあるわけで、

一般的には誰がそうなるかは見えません。

人物判定は当人と直接会話したり、

その人間の行動パターンで見極める事は出来ますが、

選挙で選ぶことと成る一般人には、

選ばれてから判断するしかないのも事実です。

 

①に関しては寧ろ社会が安定すれば自然と減っていくものです。

パレスティナ問題の今回行ったハマスの行為は、テロです。

いわば犯罪と言う認識で間違いありません。

しかし、その犯罪を行った理由が、②の要素では無く、

苦境にあえぐガザ地区の問題が前提に

発生したものだという点は理解されます。

本来ならガザ地区の生活面を向上させることで

これらが緩和される話でもあるのですが、

ハマスの中にもイスラエルを敵視している部分が生じる為、

②の要素で抱くケースも否定は出来ない部分です。

 

ただしイスラエルが①の部分を緩和させる意味で

努力をしていれば、

②で発生した要素に

パレスティナの為という大義は寧ろ薄らぐため、

現状、イスラエルが求める様な

ハマス=テロ組織という定義は成立します。

結局のところ①の要素を封鎖という形で

イスラエル政府が抑圧してきたため、

人道的見地からこの問題は

イスラエルの非が大きくなると言えてしまうわけです。

 

中国のウイグル政策に関して、多くの人が批難を与えてますが、

ウイグルの再教育、中国政府への順応化という点で、

寧ろウイグルの人たちの生活面が向上するなら、

①を緩和する政策として評価されるべき話と成るわけです。

本来、調査をするならばこういう部分を主体に調査しなければ成らないのですが…

調査の対象が束縛を意味する部分に集約されるため、

調査結果では実態が曖昧にしか見えないのも事実です。

 

②の意味で米国も日本も、中国を敵視する状態にあります。

この敵視する姿勢は、相手の中国も自然と感じる部分です。

中国の共産主義を崩壊に導くための策略を、

日本の一般人ですら好んで受け入れてます。

この時点で、最終的には戦争に発展する流れでしかない事を、

殆どの人が気付いてない訳です。

②の感覚、いわば策略を用いる楽しみで、

中国政府を陥れた場合、

中国政府は①の意味で生存の危機に直面する訳です。

これはロシアのケースも同じです。

②の策略を用いる楽しみに関しては、

寧ろ用いなくても用いる側の危機的状況はほぼ発生しません。

逆に用いることで戦争と言うスリルが発生するだけです。

 

反対に①に陥った場合、相手は必至に成ります。

生存の危機を感じさせる状態なため、

相手は生きるための犯罪を選択しやすくなるのです。

 

単純にここに陥れる策略を

賢いと見る人が多いのも問題ですが、

正直子供苛めと同じ効果で、

馬鹿でも解かる原理なので寧ろ間抜けな話でしかないのです。

 

【人類の目的が何なのか…平和維持?殺戮の世界?】

平和を維持する意味では、犯罪要素の一方、

①の生きるための犯罪を緩和することです。

②の策略を許してしまえば、

国家間の意識としては

①の要素は緩和されるどころか、より一層強まってきます。

結果としてウクライナの状態に成るわけで、

NATOという組織が②の意識で

ロシアを追い詰める形に成ったがため、

ロシアは①の意識で戦わざるを得なくなったのです。

 

そういう意味もあって、平和を理解させる意味では、

筆者はロシアに負けてもらう訳には

行かないという考えに成るのです。

いわば②の策略を以て支配できることが証明されれば、

②の深層心理で根付く、

圧倒的な支配への欲望が

より過激に意識されるようになるからです。

これでは平和ではなく、殺戮の世界に導く流れに成ります。

 

特に国家間同士の付き合いとしては、

先ずお互いが共存共栄の形で

①が発生しない点を重視して

外交によって上手く解決することが大事です。

皆さんもこの言葉は理解できると思います。

しかし…②の策略を用いる思考は、

ゲーム性があって面白いと感じるもので、

多くの人がどうしてもこの部分を捨てられないという感じです。

 

「そんな話は分かっている」

 

全然解ってないいないほどに、

自己の深層心理に気づかない人が多いのも事実です。

それを表面心理で、

「相手が信用できるなら」=「相手が信用できない」

という部分で覆い隠してしまい、

結果として殺戮の世界への思考が優先されるのです。

 

信用を維持する境界線を模索するという思考は、

寧ろそういう知能では働かないのも事実で、

信用できないから信用しないというだけで、

戦争や喧嘩の思考に進むのです。

だから犯罪も戦争も無くならないというレベルです。

 

と、ある作家は…名前忘れたけど…

平和が何時おとづれるのか?

と、いう質問に対して彼は、

「いずれ最強のマフィアが登場して、彼のもと平和が齎される」

なんてこと言ったらしいのですが…

実は正にその通りです。

②で平和を乱す連中を、圧倒的な力で抑え込んで、

①の状態を緩和させるしかないのも事実なのです。

 

寧ろ戦争で無実の人が大多数死んでいくのなら、

②の平和を乱す権力者少数を始末した方が良いという話。

そういう中で権力者を慰撫させて従わせる。

ノストラダムスの恐怖の大魔王とは

こういう人物の事を言っているのかも…

 

ある意味、そうなると

信長たまの存在みたいな感じに成るのかな…

 

バイデン政権のような程度は、

②の思考でしか動いておらず、

トランプも結局は同じ。

果てさて…誰がこいつらを締め上げるのか…

そういう話で平和か殺戮かが決まるのですが、

まあ、権力者を殺戮する話で結果としては平和では無いのですが、

一般的な平和を求めるか、それともという選択肢でも有ります。