ショーエイのアタックまんがーワン -3ページ目

ショーエイのアタックまんがーワン

タッグチームLiberteenの漫画キャラクター・ショーエイが届ける、笑えるブログ・ショーエイの小言です。宜しくお願いします。

どうも…ショーエイです。

世界中がいよいよ怪しい状態に成りつつあります。

まず歴史を紐解いて

戦争に関して一般人が理解している部分は、

まあ…一般人に限らずの話なのですが…

最終的な結果だけなんです。

 

いわば勝ったか負けたかの結果です。

戦争する前段階では、

誰もが勝った結果だけを追い求めて考えるわけです、

 

2025年の現代、

太平洋戦争終戦直後の世代の1945年生まれの人で

80歳です。

太平洋戦争中の経験をハッキリと理解している人は、

当時の15歳くらいからだと考えても、既に95歳です。

中々お目に掛れる方がたでは無いと言えます。

それでも戦時中の苦悩を伺い聞いても、

ほぼ現世代の人々は全くしっくりこない話で、

テレビすら存在しない時代の昔話に聞こえるのも

仕方ない話です。

 

実は日本に限らず、

世界中がこの平和ボケした状態にある事を

先ず理解して欲しいです。

平和ボケという言葉は、

多くの人が危機感の無い人に向けて言う感じに成ってますが、

実はむしろその危機感を勘違いした人が、

結局は戦争を始めてしまうのです。

 

戦争を知る人の危機感は

戦争に成る事を警戒する方に意識が向きます。

故に外交で解決する努力を惜しまない訳ですが、

戦争を知らない人の危機感は、

反対に戦争に成った場合を想定して意識が向くわけです。

「備えあれば患いなし」という言葉を、

彼らは自身の説得力として用います。

ところがその程度の言葉は

相手も同じ様に考えて備えてくる原理を知らないのです。

 

とは言え・・・

戦争する話をいわば戦争無知な人たちにどう伝えても、

恐らくは真面に伝わらないとは思います。

ただ、戦争が始まる前の状態は、

スポーツ…日本人やアメリカ人に例えて伝えるなら

シーズン開始前の野球の優勝予測と同じ、

またはサッカーのシーズン開始前であり、

ワールドカップ開催前の予測と同じなのです。

いわば結果が出てない状態では、

誰もが応援するチームが最高と思っても良い状態です。

 

サッカーの日本代表だって、

ワールドカップで優勝するつもりで挑む訳で、

日本代表を真に応援する人たちは、

その結果を信じて応援する訳です。

 

スポーツの世界ならそれも楽しむ要素なので

問題は有りません。

ところが平和ボケした人たちは、

戦争も同じ様に考えてしまうのです。

 

サッカーや野球の話でシーズンが始まると、

最近では野球の方が

一試合一試合の勝敗の行方が難しいのですが、

アーロン・ジャッジ筆頭のヤンキースであり、

大谷選手筆頭のドジャースでも、

全勝する状態は無く、

7割も勝率保てれば凄いと言う結果です。

サッカーでも最強チームが負けなしで優勝することは稀で、

日本がドイツとスペインを破った

ジャイアントキリングも発生する訳です。

 

勿論、スポーツでは負けた試合は悔しいだけで済みます。

ところが戦争の場合…ウクライナ戦争を例に考えるなら、

スポーツの1試合単位で、1日1日の勝敗で観察すると、

ロシアが負けた状態は、

モスクワにドローン攻撃を受けたりという状態で、

ウクライナが負けた状態は、

ロシアのミサイルが何発か命中したという話で、

双方ともに相応の被害を被るわけです。

 

「備えあれば憂いなし」という人たちは、

どれだけ備えても戦争に成れば被害を伴いことを伝えません。

自衛隊員ならその辺は把握できる部分なはずですが、

間抜けな政治家はスポーツで全勝して勝つかの様な響きで、

国民に伝えるわけです。

これは今のヨーロッパでも同じ状態にあり、

むしろ現状ではヨーロッパの方が酷すぎる話にも成ります。

 

ここまでが戦争前段階の話です。

 

そして戦争が始まれば、

スポーツなら苦闘するのは選手のみですが、

戦争では全ての国民がその選手同様に苦闘状態に成ります。

いわば戦争が始まったら負けられない意識が生じるのです。

それは自分の国のみならず、相手の国も同じという事で、

そうなったら軍事的な圧倒力が明確に成らない限り、

中々終われない流れに成ります。

 

ロシアとウクライナの状態が正にそれで、

ロシアが寧ろ軍事的な圧倒力を示せない故に、

ウクライナは現状でもロシアに屈しないで戦い続けているのです。

これは中国と日本が戦っても同じと考えますが、

日本は寧ろウクライナ状態で戦う事を覚悟しなければ成りません。

いわば日本国内に相当の被害が生じるという事です。

 

ところがウクライナの状況とは異なり、

恐らく日本が今戦争に走ったら、

100%後悔する流れに成ると言えます。

ウクライナはそれでもゼレンスキーがカリスマ性を維持して、

国土を守り抜く意味でウクライナ国民の士気を維持してますが、

日本の場合、そういう形に出来るのか…という疑問です。

 

【戦国時代に例えて考えて見て欲しい】

今の日本を率いるのは織田信長や上杉謙信、武田信玄といった

カリスマ性のある政治家のか?

石破茂という首相なわけで、

戦国時代の大名や武将に例えると…

どの程度に該当するのか…

 

あくまで歴史上のイメージが先行する話ですが…

 

確かに織田信長や上杉謙信といった感じの人間が

日本を率いて戦うのなら

多少の苦闘は覚悟できるのかも知れません。

寧ろロシアのプーチン大統領はそういうカリスマ性が有る故に、

ロシア国民も指示しているところはあると言えるわけで、

欧州との戦争に成った場合でも

そこはある程度の強さに成ると考えられます。

寧ろ…欧州の方にカリスマ性のある政治家が居ないわけです。

 

ここは個人的な感情や好き嫌い関係なく

分析しなくては成らない部分です。

なので個人的には嫌いなゼレンスキーも

ウクライナでのカリスマ性は考慮して見ています。

 

石破茂は首相として…どの程度なのか…

世界的な人材を

戦国時代の人物レベルで参照して考えると、

下手したら良くて六角義賢程度で、

殆ど誰も知らないが一応名家の大名だった人という所です。

彼は安土城の前身観音寺城を本拠とした人物で、

結局は上洛する信長にひき殺されるような形で

領地の殆どを失った人物です。

 

信長、謙信、信玄とはいかずとも、

毛利元就クラスには見せたい所ですが・・・

世界全体の著名人を参考に、

石破茂という名前を誰が知っているかと考えると、

日本人以外は殆ど誰も知ら無いレベルに成ります。

 

日本の首相としても支持率はさほど上がらなかったわけです。

まあ、サッカー日本代表監督の森保さん同様に、

結果が伴えば評価も上がると言うのが歴史の評価なので、

何とも言えませんが、

その六角義賢に率いられて圧倒するはずの戦いで

北近江の若侍、信長の妹婿で有名な

浅井長政相手に大敗を食らうなんて事、

日本の総理大臣としてやられても

困る話でしか無く成るわけです。

 

勿論、彼だって無能な訳では無く、

本拠地を奪われからも

暫くは信長相手に奮闘するのですが、

所詮は何の結果も出せずに

歴史に埋没した人物に成ってしまったのです。

 

物事を強気で語る政治家は多く存在します。

反対に歴史上の人物で見るなら、

その程度はむしろ稀ではなくザラに居た訳です。

信長、謙信、信玄に挑んだ人物も、

負け戦に成る結果の以前は

勝てると思ってたから戦争した訳です。

実は戦争というのはこういう事です。

 

米国大統領のトランプは信長では無く

寧ろ細川晴元という管領で力を持っていながら、

三好長慶の下克上で追いやられた人物な感じですが、

米軍自体は織田軍団に匹敵する所と見なし、

その織田軍団に従っている状態の日本なら、

そうそう負ける事は考えにくいかも知れません。

それでも武田軍が攻めてきた三方ヶ原の戦いの様なケースで、

同盟国の家康は壊滅こそしなかったものの、

相当な被害を受けたわけです。

歴史で見ると家康が生き残った分、

大した損害に感じれない内容ですが、

日本の戦争で考えれば

主要都市が破壊されるような出来事です。

普通の人は寧ろこういう想像すら出来ないと思います。

 

【現代と戦国時代の違い】

戦国時代の話を例えに述べてきましたが、

戦国時代の様に領地こそ国益の時代とは違い、

グローバル化された世界では

寧ろ交易こそ国益の時代なのです。

ある意味、ロシアがどれだけウクライナで領土を確保しても、

現状の制裁状態で交易を損なった形は、

領土が増えても補える規模では有りません。

正しロシアの場合、戦争を現状止めても

欧米との交易が回復する訳でもないので、

ロシアに偏見を抱く

欧米との戦争を止める理由も無いのが事実です。

 

中国も台湾を強引に併合するより、

現状の交易状態が損なわれる方が不利益に成るのですが、

その中国の交易を損なう事態が先行すれば、

むしろ不利益だけが拡大する流れに成っていきます。

 

こうした抑圧を以てグローバル交易に不利益を齎し、

中露の勢いに歯止めを掛けようと欧米が必死になれば成るほど、

その非生産的かつ理不尽な形に対抗する意味で、

結果戦争を以て対抗するという選択肢しか無くなるのです。

 

適正に計算すれば解る話です。

 

【領土問題は寧ろ民主的な問題】

日本で例えるなら、北方領土問題であり、

韓国との竹島問題。

これらの領有権を放棄する話は、政治的にNGです。

これは韓国でも同じで、北方領土のロシアでも同じです。

尖閣諸島の話も、中国が領有権を放棄する話は、

寧ろ中国の政治的にNGなのです。

インドとパキスタンの話も同じで、

イスラエルとパレスティナ問題も同様の政治問題で拗れてます。

特に民主国家では政権支持率に関わる話に成るので、

領土問題の放棄は禁句にも成ります。

 

こうした実態を理解すると、

領土問題が如何に平和な社会構築に弊害を理解できます。

実は世界中でこの平和構築の弊害をもっと勉強して、

国連の中で議論し

現状の境界線を維持する形で話し合うべきと言えます。

いわば最終的に戦争で以て解決する様な状態なら、

その領土問題は語らずに治めるしか無いのです。

そうなると北方領土も竹島も日本は語らずで、

ある意味放棄する形に成るのですが、

恐らく日本人の多くはそれに反対するでしょう。

 

では…竹島問題であえて韓国と戦争する方が良いのか?

ここで考えた場合、日本が強引に戦争して、

世界各国との交易で何らかの制裁を受けるリスクを考えると、

先ずそんなアホな発想は無いと考えるのが当然です。

これは現状中国であっても同じなのです。

しかし、日本が強引な戦争に踏み切らずとも、

強固な軍事力を増大させる動きで

世界中から警戒される形で

不当に制裁を掛けられた場合、

日本人の心境としてはどうなるでしょうか?

戦争に踏み切らなくても制裁を課せられ、

戦争に踏み切っても現状はさほど変わらない…

ならばという議論が生じてくる流れに成ります。

 

経済制裁を課すというのは

実は平和的な交易依存の状態から、

その国の意識を断ち切らせるという効果しか無いのです。

寧ろ経済制裁を一時的に課すことは、

何らかの戒めの効果が生じますが、

どこかで経済制裁を解除する為の交渉と条件で対処しなければ、

結果として殺伐とした流れにしか発展しないという事です。

これが現代の戦争を引き起こす要素なのです。

 

こうした事を優秀な大学を出ているはずの

欧米の政治家の殆どが理解できていない訳です。

 

ある意味・・・この惑星の教育レベル低すぎという話です。

 

とは言え…

この程度の教育レベルでしか無いのなら、

まだまだ殺戮の時代を繰り返して

勉強を重ねて行くしか無いのかなと思う所でも有ります。

核戦争で地獄を見るのも有りかなという話です。

それが嫌なら嫌でもこのブログの話を勉強して欲しいです。

と、上から目線で言わせてもらいます。

 

正直、現状トランプマンが

どの様に迷走しようが構わないと言った所で、

どの道、欧州の政治家の質も悪いわけだし、

日本の政治家なんてゴミ以下な訳で、

呆れて最近ブログの更新すら面倒に感じる状態です。

 

日本人ファーストの参政党?

まあ、所詮はセールス用の言葉でしか無いのですが、

いつも日本の政治は日本人ファーストでしか無いのだから、

本当はアピールするほどの価値は無いというの実態です。

 

因みに日本人ファーストでない政治って何?

と、いう程日本人だけの話しかしてませんよね。

いつどこでグローバル政治な話をしてたんですが?

アメリカ追従も

日本企業が円滑にアメリカでセールス出来るようにとい話で、

世界平和の為にアメリカに逆らう議論を

堂々としたことすら無いわけで、

自民党ですら常に日本人ファーストしか考えてないですよね。

参政党の言葉の新鮮味ってなんにも無いですよね。

その上で日本人ファースト故に

世界で評価された政治家は誰一人として存在しません。

いわば…歴史に埋没するような人材ばかりのこの国に、

国家の命運を賭ける軍事的な決断は

させない方が賢明という話なのです。

 

因みに織田信長なら・・・

軍事に関係ない所で軍を秘かに育てて、

いざという時に転用できる形を考えるだろうと言っておきます。

空母や戦闘機?

不要不要

宇宙開発と量子研究に集中集中。

AI?

不要不要

高度な自動運転技術を研究すれば、

実はより高度なAI技術は伴って来る。

オープンAIは所詮は学習塾程度のAIで、

思考演算のAIとは全然違う分野なのです。

 

オープンAIは情報収取で何でも知ってる秀才を生み出すAIで、

本当の人工知能は天才に匹敵する判断力を

身に着ける物で無ければ成らないのです。

 

秀才と天才の違いというのは、

秀才は自分の知らない所では全く機能しなくなるが、

天才は常に未知の世界を探求する。

万民は天才を求めるが、

結局は秀才に寄り添ってしまう。

何故なら秀才の知識は万民のそれと共有できるところにあるが、

天才の発見は常に理解の及ばないところにあるからだ。

 

世の中って不思議な構成で出来ているんですよね…結局。

 

イーロン・マスクが

トランプから離れる可能性は予測しては居たけど、

意外と早かった感じかな…

他の人はどう見てようとも、

結局この結末は、

トランプがイーロン・マスクを

使いこなせなかっただけの話なのです。

寧ろイーロン・マスクを使いこなせるようなトランプなら、

本当に偉大な結果を出して、

残念なほどに評価を受けただろうが、

やっぱり相変わらずの迷走ぶりを発揮している。

とは言え、それでもバイデンよりマジなのは事実です。

 

まあ、今後は多くは期待しないが

弾劾裁判されないように奮闘してくれとトランプに言うだけです。

トランプがロシアとウクライナの和平を取りまとめるのは、

現状ほぼ無理と考えてます。

どうも…ショーエイです。

まず最初に人間の心理の話。

人に対する印象は掛け算ではなく、

ごく単純な足し算だと言う話から。

 

人に対する印象を掛け算の様に誤解する人が多いです。

マイナスイメージを持つ者同士が-10(自分)×-10(相手)で,

+100に成る関係性は先ず有りません。

例えば日本人と韓国人の関係を例に考えるなら、

韓国の人が-10のイメージで日本を見て、

日本人が韓流の影響も有って若干プラスに成る意味で、

+1のイメージを韓国に持っていたとします。

しかし、結局は韓国側の-10が強すぎて、

日本と韓国の心理的な関係性は-10+1で、

-9の関係に成ってしまいます。

逆に韓国人がもっと日本に好感を持ってくれた場合で考えると、

数値でいうなら-10が-1まで下がると、

自然と日本人と韓国人の関係性は+-0に成ります。

これは個人個人の関係も同じで、

自分が悪い印象を持っていた相手が

逆に自分に好感を持ってくれていたと知ったら、

自然と嫌悪感は緩和されます。

勿論、イメージが-100の相手だとして、

相手が自分に+50の好感を抱いていても、

-50と嫌いなままですが・・・

逆に相手も自分を-50で嫌っていた場合は、

お互いの関係性は-150という

より険悪な状態に成ります。

 

これは外交上の関係性も同じで、

欧州側が-20でロシアを嫌っていた結果、

+10の好感を欧州に抱いていたロシアは、

結局-10のイメージで欧州を見てしまう。

言語化して説明すると、

ロシアの人々は

欧州の人は自分たちを嫌っているという認識で、

マイナスに働くという事です。

これが時間軸でドンドン悪化すると、

欧州が持つ-20のイメージに、

結果としてロシアが抱く-10のイメージが加算されていきます。

すると前は-10だったイメージが、

時間が過ぎれば-30にまで膨らんでしまう。

相手が自分が嫌悪するより強く嫌悪し始めると、

-20だった欧州側もロシア側の態度を意識し始めます。

いわば関係性が-20+-30で-50に成ると、

今度はその数値が欧州側の嫌悪を引き上げるのです。

逆に言えば米露の関係性は改善されたのも、

バイデン政権時代は-100だったロシアに対するイメージも、

トランプが極端に+75でロシアに接した分、

ロシアの米国のトランプ政権に対する

第一印象のイメージも-100から、

一気に-25に緩和されたわけです。

ところが

米国民全体の印象は-100から

一気にトランプに合わせる形で+印象に成るわけではなく、

平均的に-25程度に緩和されたところで止まります。

ここで相互の数値が-25+-25で-50の不信感を残し、

徐々にトランプの+75を+25まで押し下げます。

トランプのウクライナ停戦での苦戦状態を見ると、

何気にこの作用は理解できると思います。

-50の部分を+25のトランプが引っ張っても、

-25で停滞する状態です。

これでトランプ自身がそのマイナス作用に取り込まれると、

今度は+-0となって、

米国民の抱えるロシアに対する不信感は-25のまま残存し、

再び-50の米露関係へと戻っていきます。

 

人が持つ印象というのは、

よく他人に引っ張られてしまうもので、

噂話やゴシップなどで引っ張られてしまう関係だと、

マイナス作用に引き込まれるのが常です。

逆に信頼関係が強固であれば、

そうした外部の情報に引っ張られる事は無いわけですが、

ここはその人の信念次第という

数学的なX(エックス)要素に寄るところに成ってきます。

いわばトランプの信念のXが強ければ、

+75で引っ張っていくロシアに対する印象は、

+75から落ち込むこと無く、

徐々に印象的な関係性の改善を促していけた訳ですが、

Xが弱い…いわばX=50%だと、+

75も50%づつマイナスに引っ張られるという感じです。

 

さてこの印象的な作用ですが、

現状ヨーロッパ側にトランプの様な人物は居ません。

その為、欧州とロシアの関係性は

マイナスに引っ張られるだけです。

少し前まで欧州に好感を抱いていたロシア人も、

徐々にこの作用に引き込まれて、

寧ろロシアのナショナリズムの方へ

意識が向かう状態と成ってます。

嫌悪の数値が高まれば高まるほど、

相手の存在を許せなく成るわけで、

同じ嫌悪の作用は欧州側に与する日本人にも影響を与えます。

そしてそうなると外交的な解決は難しく、

結果は戦争と成るわけです。

 

【焦り始めた欧州が戦争を望んでいるのが真実】

欧州の焦りと言うんは、

時代が進めば中国やロシアの技術が

欧州の技術を凌駕してしまうという危機感。

そうなると欧州側の権威や影響力は落ち込み、

欧州の価値観は伝わらなくなる。

欧州の人々は人権問題などの分野で

自分たちが最先端であると意識している分、

欧州の権威低下はその民主的コントロールを

失ってしまう事態とまで錯覚している。

 

ハッキリ言ってこれh欧州の勝手な錯覚と言っておきます。

 

現代の欧州にはマイノリティの保護が理解されていない。

いわば多数派の大衆先導でしか無いのです。

マイノリティという言葉を日本人も錯覚してますが、

少数派の人々だけをマイノリティというのは違います。

少数派の「意見」として

マイノリティは保護されなければ成ら2のです。

実はこの調整はかなり難しいです。

 

LGBTの問題に於いても、

LGBT自体は少数派の人々ですが、

現状彼tらへの権利付与は多数派の意見です。

逆にLGBTに反対する意見の方が少数派ですが、

科学的な根拠として生物学上異質な関係性、

また男女の結婚という文化的、伝統的な意味での異質性、

これらの意見は寧ろ人権というカテゴリーで無視されつつあります。

難しいのは双方の主張を下に、

如何にLGBTの人たちの権利も尊重した上で調整するかで、

これは多数決という簡単な方法で決めれるものでは無いのです。

 

日本の政治は戦前から同じですが、

基本多数決で決めているだけです。

なので且つてマッカーサーが日本人の民主制の理解力は、

12歳の小学生と同じだと言った言葉は的を得ているのです。

いわば適正にマイノリティ意見を尊重した

議論すらしない多数決は学級会とおなじという話です。

では欧州はというと・・・

寧ろ議論する気力すら無くした老人状態です。

いわば成熟期を過ぎて退化した状態で、

ここも「面倒なので多数決で・・・」という

老人集会と同じという表現で伝えます。

もしくは老害と呼ばれる老人程、

権力と権威ゴリ押しで物事を決めようとするわけで、

寧ろ学級会の多数決より質が悪いとも言えます。

 

欧州の政治家、特に英国などは、

老衰で力を無くす前に、

力でねじ伏せておきたいという焦りすら生じているのです。

故に実際はロシアと戦争をしたいのは、

欧州側という話に成る状態と言っておきます。

そこに日本やアメリカなども巻き込んで

第三次世界大戦に仕向けて

ロシア、中国を今のうちに抑え込みたいという目論見なのです。

 

まあ、恐らく日本人の多くは欧州側と同じ見解で、

その方が世界平和に良いと考えるでしょうが・・・

 

【現状のNATOとロシアの戦力差では・・・】

先ず、ロシアとNATOが核兵器無しに戦争をした場合、

NATOの方が明らかに有利と言っておきます。

なので戦争になれば勝てるという安易な発想は、

地獄を見ます。

「窮鼠猫を噛む」

こういう形の状態でロシアが猫に噛みつくには、

核兵器は必需品と成るわけです。

また、NATOとロシア、

仮にロシア側に中国も巻き込んだ場合、

暗黙の了解で敷かれた戦争のルールは存在しなく成ります。

ほぼルールは欧米の都合で制定された様なもので、

ルールを無視したら制裁を課すという話も、

既に効果の無い状態という事に成ります。

 

仮に核兵器が用いられる前の段階で、

戦力的に勝てそうでも、

ウクライナと同じような現象が逆に発生します。

ロシアがウクライナ相手に苦戦する様に、

NATOもロシア相手に有利に進むようでも苦戦します。

そして欧州の都市部はミサイルの標的になり、

時間が進むにつれて迎撃確率が

徐々に低下して行く現象が発生します。

いわば戦時下で様々なデータが集積されることで、

実は防衛兵器より攻撃兵器の方が進化が早いからです。

更には宇宙の平和利用という話も既に存在を無くすわけで、

衛星の破壊、衛星からの攻撃など、

ドローン兵器よりも最新鋭の兵器がバンバン登場します。

 

仮に中国が太平洋戦争の日本と同じ

真珠湾攻撃の奇襲に挑む場合、

恐らくはGPS衛星の破壊から始める可能性を予想します。

そうなると米国の最新鋭の兵器

に多大な影響を及ぼすことは明白だからです。

またそれは米国を含めて

日本でも生活面で様々な影響を及ぼす事にも成ります。

 

一般人やそこそこの軍事専門家であっても、

こうした予測は出来ていないのが現状で、

むしろそうした混乱に対処できるかも不安と言っておきます。

 

中国にそんな技術がある事を予想するのが当然と言っておきます。

中国がどのような宇宙開発の実権を行っているか、

そうした情報を分析し、

米国などの兵器の機能性を理解すれば、

どういう戦術を用いてくるかはある意味見えてくる話で、

スペースシャトルを諦めて

宇宙開発をスペースXなどの民間に頼りだした今の米国では、

寧ろ宇宙戦略でロシアや中国の

遅れを取っている可能性すらあるため、

GPSの破壊工作が成功した場合、

制空権ならぬ制宙権を握られる可能性も有ります。

制宙権を握られると制空権すら危うく成り、

更にはイスラエルのアイアンドームの様な防衛システムですら

真面に機能しなくなる訳です。

 

勿論、今の時点でこうした警告を与えても、

自衛隊、防衛省、米国の国防省ですら、

中国がそんな技術を開発した形跡は無いと言うかも知れません。

中国も軍事機密がバレるような事はしないでしょうが、

実はハッキリとそれが出来る根拠は

情報として入って来ているのです。

 

何度も言いますが、

孫子の兵法の神髄、

「己を知り、敵を知らば」

自分が敵ならどうするかを考えて情報を精査できなければ、

百戦危うからずからは程遠い訳です。

中国を敵とした場合、

敵が米国などの諜報機関の能力を警戒して、

こうした開発を秘密裏に進める場合は、

直接的に結びつく研究を避ける形で進めます。

いわば開発中の計画がバレれば

米国もそれに対応する研究をするからです。

なので研究を分野で区切って分散して行います。

ミサイルのエンジン部分は表面上衛星開発などで行う訳ですが、

これは諜報員もミサイル開発の一環として警戒する所です。

ここに寧ろ標的を的確に捉える精度の分野を外すことで、

逆に技術的な警戒感は薄らぎます。

では…制度を上げるには・・・

AIと赤外線など様々な光線を探知するセンサーの研究です。

これらは寧ろ平和的な開発部門で知られる

自動運転の技術で行う訳です。

自動運転の技術の研究故に

それをあえてミサイルに組み込まない内は、

それが兵器に応用されるとは気づきにくいですが、

光のどういう光線がどういうセンサーに反応するか、

こうした研究で障害物を感知する、

そして追撃する為の軌道のベースが築かれます。

更にAIはオープンAIなどで有名ですが、

結局は軌道計算をする上では、

センサーとAIによって的確に判断できる形に成るのです。

技術的な細かい内容はさておき、

自動運転技術で開発されたAIの応用は、

ほぼ健康な人間が運転する、

またはプロのドライバーが運転する注意力と同等に成れば、

AIという人間より正確かつ高速な演算力が加わると、

超音速またはそれ以上の速度でも運転できる事に成るわけで、

瞬発的な対応や軌道修正も可能に成ります。

いわば計算ミスで生じる所が

微調整によってミスを打ち消して

より正確な軌道へといざなえるという事に成ります。

ただここまではまだ超極端な未来の技術ですが、

中国の分野別に研究されているAIや、

日本でもおなじみの自動運転技術の研究を総計すると、

ある程度の制度のミサイルは作れる状態にあると判断できます。

 

そこで数年前に中国は

衛星を破壊するミサイル実験に成功したというニュースも

飛び込んできた訳です。

宇宙の平和利用が確約されている状態なら、

違反したら国際批判を浴びて

制裁発動で効果は有るかも知れませんが、

先にも述べた様に三次大戦という舞台に成れば、

そんなものは何の意味も無く成ります。

意味が無くなる前にやってしまえば、

いわば警戒する前に奇襲できる話で、

その奇襲で被るダメージは

恐らくは計り知れないレベルで実行するのが当然です。

 

【安易に戦争を考えてはならない】

基本的に相当な賢人で無い限り、

勝敗は決着が着かなければ解からないようで、

明らかな戦力差が無い限り、

双方が勝てる気で挑むのが常です。

そこはスポーツの試合前と同じです。

 

ところが戦争では大きな被害が生じます。

最終的には勝てると思っても、

被害の事まではほぼ想定していない。

当方がゼレンスキーを嫌う理由はそこに有るのです。

ウクライナは負けないからと戦争に挑む姿勢を見せた訳だが、

これだけ多くの被害が生じる事を当初は全く想定していなかった。

 

現状のNATOや英国も同じ感じで、

ロシアと戦争しても勝つ部分では自信満々です。

でも、どれだけの被害が生じるかこの辺を全く想定してないです。

日本の防衛省や自衛隊も同じ傾向にあり、

その影響で間抜けな政治家は強気で居られる。

勝から良いで、犠牲は全く想定していない話なのです。

一方で米軍とこれは中国軍に関しては、

逆に被害状況は想定して考える所が有り、

故にこの2つの軍の衝突は中々起らない。

仮に勝てるだろうで中国軍が考えていたなら、

ペロシ元下院議長が台湾に到着する前に撃ち落としていたでしょう。

 

2つの軍隊には其々の事情が有って、

被害状況を優先して考えているのです。

米国の場合、世界全体に展開する軍ゆえに、

各地で大きな被害を被る事はそれだけ脆弱な所を生み出し、

また別に発生する事案に対処できなく成る為で、

極力被害が生じない戦い方で

常に余力を残す必要性が有るからなのです。

実はここが米軍の弱点でも有るのですが、

それ故に同盟国に負担を強いる形にして、

極力温存しながら展開できる事を求めています。

しかし、ロシア、中国、北朝鮮に加えて、

アラブ諸国がイスラエルに一斉に向かった場合、

ほぼ対応できなく成ります。

更には中南米で何かが起こればほぼ詰みです。

 

中国の場合は国内の事情で、

被害増大で政府への信頼が揺らぐと、

何かと革命を起こそうとする組織に対応できなくなるからです。

戦争で苦戦するも、

挙国一致の状態で挑む戦いならば、

寧ろそうした心配は緩和されるため、

逆に第三次世界大戦という部隊なら挑んでくる事も考えられます。

いわば台湾問題で米国と開戦するのは、

むしろ小事で挑む戦いに捉えられる可能性が高く、

仮に大きな被害が本土に発生すれば、

太平洋戦争時の日本軍と同じ轍を踏む形に見られるわけで。

中国人が最も嫌う政府に映るわけです。

ところが新興国と先進国で主導権を掛けた戦いに位置づけられると、

小事ではなく大事となり、

寧ろ勝てないかもしれないけど戦うべき戦いに位置づけられます。

故に中国としても挙国一致で挑みやすい。

また、日本の報道でも見られるレベルで、

欧州がトランプ手動ウクライナ停戦を妨害する形は、

寧ろ欧州の横暴さを大義としてプロパガンダしやすく成る為、

中国が参戦する意味としては成り立ちやすいのです。

 

多くの日本人には欧州では無く

ロシアが妨害している様に映るでしょうが、

ロシアが受け入れられない形で欧州が要求しているのと、

さらなる制裁をチラつかせ半ば脅す姿勢は、

反対側の勢力の視点で見ると、

横暴にうつるという話です。

 

ともあれ・・・

ロシアを敵視するのは、それだけ戦争に近づくだけの話で、

抑止には成らないという事です。

まだ起こってないから抑止出来ていると勘違いしても、

忍耐が切れたときには遅いというのが常です。

ウクライナの戦争の前も同じだった様に、

バイデンやブリンケンは抑止出来ていると勘違いしてた。

結局、戦争を起こしたというより、

心理学的には「プーチンがブチ切れた」という状態です。

多分、今の腑抜けた欧州の姿勢に当方がブチ切れている様に、

ロシアもブチ切れるだろうと予想します。

 

人は善悪の話をよく正義感ぶってしますけど・・・

ヤクザをブチ切れさせてボコボコにされて、

ヤクザが悪いと言った所で、

ヤクザは何の罪悪感も持ちません。

 

逆に言えばそういう一般的には質の悪い人相手に、

家族も含めてボロボロにされる覚悟で、

そのヤクザをブチ切れさせているのかという所です。

 

ヤクザ相手ならまだ法律で何とか出来るかも知れませんが、

国家同士ではヤクザ国家に裁きを与えるには、

戦争で勝たなければ成らないのです。

戦争で勝てばいい…

その戦争中、ミサイルが飛んできたり、

また逆に敵が攻め込んでくる可能性を考慮しないのは、

後先考えず覚悟も無くヤクザに挑んで後悔する人と

同じに成ります。

 

歴史的に偉大なリーダーは結構ヤクザが多いのです。

漢の高祖の劉邦なんて…ヤクザだし、

織田信長だってどう考えてもヤクザです。

三国志演義では好青年の劉備玄徳も、史実ではヤクザです。

因みに諸葛孔明と太公望呂尚はどう考えてもニートだよね。

坂本龍馬の生き様も

何気に任侠の世界な訳で、

あれもヤクザで良いんじゃないのかな…

 

アレクサンダーにしてもヤクザだよあの負けず嫌いなところ、

多分、チンギス・ハーンもガッツリヤクザ。

徳川家康だって狸芝居で大阪城落すところなんてヤクザで、

豊臣秀吉だって成り上がりのヤクザ。

 

結局、多くの人が憧れる人物はヤクザが多いんです。

気合いとか度胸の良さに憧れるけど、

逆に敵に回したら何されるか怖い存在なんだと思う。

 

ヤクザだから信用できないという人も多いけど、

結局は信用できない人間はヤクザで無くても同じです。

最終的には信念を持って生きているか、

そして他人の信念を尊重できるか、

ここが理解できないと結局は、

「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」

という事に成るだけなので、

程度の低い人とは会話にすらならないという事です。

 

ハッキリって戦争はリスクです。

好んでリスクを背負う人は居ません。

でもリスクを背負わざるを得ないほど、

誰かがその信念を侮辱したなら、

ヤクザであればあるほどリスクを負います。

 

平和という言葉を信念としたなら、

自分の存在を脅かそうとする相手に安心感を抱けるか?

一方は自分だけの安心感を得るために、

他人を気にせず価値観やルールを押し付けようとする。

 

ブログの序盤にマイノリティの保護の話をしました。

人には様々な権利や意見がそれぞれ存在します。

誰が正しいという事は明確には言えない。

そういう中で他人の権利は尊重し合う事で、

マジョリティもマイノリティも関係なく、

本当の自由が齎されるのです。

多数派だから正しいという姿勢なら、

少数派で権利を奪われた人たちはどうすれば良いのか…

人が命がけでリスクに向かう時は、

必ず信念に触れた理不尽が有るという事です。

 

ヤクザはリスクで人を殺せるように、

核兵器用いる時も同じという事で、

リスクで人を殺せない人には、

その怒りの根源すら理解できないという事。

その場合、本当に怖がった方が、

無難に終わるという事です。

どうも…ショーエイです。

最近米の話題が多いようで、

日本人がどういう風にするか眺めていましたが…

 

根本的に何か間違ってないかな…

 

米の値段が高騰して

確かに以前の倍に成っている訳ですが、

先ずその米のインフレで一番困ている層は誰なのかを

誰も伝えてません。

 

正直言うと、海外生活していた影響もあってか、

当方は米食わなくても平気なので、

日本の高級米を偶に楽しむ分には、

今の金額でもと思います。

それはあくまで自分がという観点での話ですが、

では、この金額で誰が困るのかと考えた場合、

恐らく家計のやりくりを

必死で生活している層だろうと感じました。

 

安い備蓄米とか輸入米の話も出てますが、

試しに食べるひとの手に渡っても本当は意味が無いのです。

ある程度、生活に余裕のある層が安い米を求めても…

 

先ずもって優先して提供されるべきは、

貧困層でもひとり親で子供の居る家庭が優先、

そして養育する子供の人数に応じて、

子供が多い家庭には優先して

備蓄米が手に渡るようにするべきなのです。

 

単身の人たちはある意味我慢しても、

外食やコンビニ弁当で何とか我慢する事は可能だが、

子育てを考える際はそういう形では負担が大きいと思えます。

 

小泉進次郎が備蓄米を放出すると言って、

周囲の一部も称賛してますが、

そもそも「誰に渡すべきか」が

結局ないので評価に値する政治では無いです。

備蓄米の数にも限界があるのなら、

貧困層の子育て支援の意味で

備蓄米放出をするべきが優先と誰も気づいていない所も、

この国が如何に残念な国であるかを物語ってます。

インフレ状態にある現状、生活がある程度出来る家庭に、

インフレ前の価格の米は

経済的に寧ろ不釣り合いと言いたいです。

逆に輸入米の関税を大幅に下げて、

そこで米離れでは無く、

日本米の価値感に変化を与えた方が良いのです。

いわば良い米食べたいなら

相応の価値で購入するで良いのです。

以下に色々伝えますが、

日本人にとってそれだけ日本米は

別物としての価値が意識される商品だという事です。

 

米に関しても色々言いたい事は多々あります。

用途によって米の相性は変わります。

米単体、いわばご飯をメインに考える場合、

おにぎりなどもそうですが、

確かに日本人には日本米が一番おいしいです。

ところが丼物の場合、

汁で米の美味しさが誤魔化される為、

日本の米である必要性は有りません。

おかずをメインにする弁当の場合は微妙ですが、

丼物や弁当系は実はカリフォルニア米(カルローズ米)でも

十分と言えます。

実際に米国の吉野家はそういう感じで違和感なかった。

カレーライスにした場合も、正直カレーの味が主体に成るので、

日本の米の味を感じるとかはほぼ意味不明です。

インドカレーの場合はタイ米でも問題無いですが、

日本風や欧風カレーだとタイ米では違和感が出ますが、

カルローズ米なら全然問題ありません。

 

中華料理で米を炒めるチャーハンなどの場合は、

既に日本米である必要性すら無いと言っておきます。

人生で一番美味しいと思ったチャーハンは、

寧ろタイ米で炒めたチャーハンで、

日本では無く米国に居たときに食べたのが最高と

個人的には感じてます。

中華圏は行く事が無かったので本場の味はまだ知りませんが…

ただチャーハンと言って実は調理法に種類が有って、

中華風に言うと日式チャーハン…

いわば日本のラーメン屋で出てくるチャーハンですが、

その場合はタイ米だと美味しさは半減します。

ただしここでもカルローズ米なら全く問題ないと言うより、

寧ろカルローズ米くらいの糖度が最適です。

 

特殊なのはインディカ米です。

個人的にはメキシコ料理のタコスに入れる

サルサライスを作る場合、

必ずインディカ米を使います。

他の米では味が悪くなるので…

また、日本人には馴染みの薄いバターライス。

いわば米にバターを載せて塩コショウで食べる感じですが、

こういう場合はインディカ米がベストです。

寧ろ日本の米だと甘すぎて気持ち悪く成ります。

ステーキと合わせて食べるガーリックライスも、

実はインディカ米で食べる方が遥かに美味しいです。

個人的には日本米のガーリックライスを食べるなら、

寧ろポテトにする方が良いと感じるくらいです。

 

僕からすると日本人は日本米に拘り過ぎて、

実は米オンチと思ってます。

何でも日本米じゃないと考える風潮があって、

寧ろ日本の米の美味さを逆に知らなさすぎる。

日本米の素晴らしさは、

米=ごはんそのものが美味しいわけで、

料理は寧ろ味気の薄いものと合わせて食べる方が、

米本来の美味しさは理解できると言えます。

 

正直、おかずと混ぜてしまうと、

米の味はどうでも良く成りますが、

それでもまだ米の味を堪能する所は出てきます。

なので定食に関しては日本米は有効です。

しかし、弁当のレベルに落ちると…

さすがに米の味はその時点で落ちるので、

日本米である必要性は有りませんが、

冷めた際の品質面で多少の差は感じるのかもというレベルです。

 

日本米はある程度高くても、

日本の食事には最適化された品種なので、

結局は多くの人が求めてしまうもの。

故に価格は5kg=5000円でも妥当とします。

寧ろ高級米扱いにするべきです。

その分、他の輸入米の価格を下げて、

カルローズ米5kg=2000円~3000円

タイ米=2000円前後、

インディカ米=1500円~2000円にして、

備蓄米は貧困扶養家族帯が2000円以下で仕入れられる

クーポン制にするのが最適と言っておきます。

 

ここでカルローズ米の問題です。

カルローズ米が出回ると

日本米が売れなくなるという意見ですが、

日本米を高級ブランド化するとまた異なります。

コンビニの弁当や巷の定食屋で食べているご飯・・・

おかずが基本メインなので

ご飯を美味しいと感じる事はほぼ有りません。

大量生産用の炊飯器で調理されている事もあって、

現代の家庭用の炊飯器に比べて味は常に落ちます。

多くの人が感じているだろう所ですが、

米を味わう意味で食べる場合、

基本的には最新の炊飯器で自炊する形で食べるのがベストです。

寧ろ大量生産炊飯器で調理した米に拘りを感じる人は、

本当の美味い米を食べたことが無いのだと言っておきます。

実態を知っている側からすれば、

炊飯器に拘ってない店の米は

カルローズ米でも同じと断言します。

店舗が日本米を売りにしても、

結局は炊飯器に拘りが無いのなら、

実は美味しいごはんには成らないと言う事です。

 

そういう意味で普通にお腹を満たす意味での米と、

本当に米の味を堪能したい意味での米とを、

一般人にも理解できるように市場を調整する方が、

日本米の価値を日本人に痛感させるきっかけに成ると言えます。

 

ここは政策として断言しても良い話ですが、

恐らく間抜けな老害政治家や、ビビりの官僚どもは、

まだ統計上で成果の見れない理論に着手する度胸は無く、

無難と言う見識で現状維持にしがみ付くことしか出来ない為、

輸入米の関税調整を怖がることは目に見えて解ります。

 

ただ…小泉進次郎の発想程度以上のアイデアや議論、

そして本当の意味での日本米の価値が

メディアやネット上で一切語られなかった事を考えると、

どの道、学級会レベルの議論しか出来ないだろうと感じてます。

 

正直、個人的にはインディカ米が安く手に入ると

有難いのですが…

日本ではインディカ米はほぼ高級米だったんです。

たしか日本米が5kg=2000円前後の時、

インディカ米を5kg=4000円位でネット通販で仕入れてたんです。

 

それでも拘りの料理はインディカ米が欲しかったのです、

塩コショウベースの肉料理やステーキと合わせて食べる際の、

ガーリックライスには絶対にインディカ米だったのです。

タコスというよりブリトーんんですが、

タコスで有名なタコベルやデルタコというファーストフード店では、

インディカ米のサルサライスで提供されてました。

ハワイに行った際に女の子らに教えたら評判も良かったです。

親戚の叔母さんたち…かなり年配だったんですが、

インディカ米で作ったサルサライスのタコスに

滅茶滅茶嵌った感じで炊飯器に残ったサルサライスを

炊き込みご飯としても食べれると喜んでくれてた。

逆にタコベルは日本にも店が有るけど…

日本のタコベルは本場と全く違い過ぎて

食えたもんじゃ無いです。

 

更に昔ロスのサンタモニカにある

サンタモニカ・モールのフードコートで食べたイラン料理。

物凄く嵌った味だったのでそれを思い起こしての流れですが、

簡単そうに思えるけど

何気に未だあそこまでの味が自分では出せていない。

当時アラブ系の人から食べ方教わって、

米にバターと塩コショウ掛けて食べたけど・・・

同じ米でもカルローズ米と日本米で試したら、

寧ろ気持ち悪い味に成った。

それだけインディカ米で食べたその食べ方と料理が、

すごくマッチングした話なのです。

 

インディカ米を日本の料理と食べると、

全く美味しさは感じません。

醤油ベースの日本の料理にバターライスは合わない訳です。

だからインディカ米は食べれたもんじゃないと決めつけてますが、

日本人は調理法を知らないだけと言っておきます。

 

逆にこうして多国籍な料理を知る機会を得ると、

寧ろ日本の料理にどれだけ日本米が合うのか、

それを理解することにも成るわけです。

寿司、天ぷら、などの和食と言われるもの、

それに家庭では肉じゃがや野菜炒めにしても、

日本の米に合わせた調理法には、

日本の米が一番に成るのは間違いない事で、

結局は最高の組み合わせを求める心理が成立する為、

日本の米が高級米であっても、

誰もがそれを求めます。

寧ろ高級米である事で、

その価格とその有難さをより痛感できるわけです。

それが安いから寧ろ有難味も薄れる訳で、

逆に安さの方に目がくらみ、

代用という形の味にしがみ付くのです。

 

心理的な作用で伝えるなら、

高くても日本の米を食べたときに、

やっぱり日本の米は最高と思わせる方が、

日本の米を求める心理はより強まるわけで、

今まで中途半端に価格を抑えて考えてきたため、

高いからという意味で米離れが加速して

危機感を煽るのです。

 

外国の米を安く提供することで、

日本の米の価値を高め、

農家に適正な価格で販売する形で問題ないと言っておきます。

 

昔はコシヒカリは高級米でした。

今でこそ当たり前の品種になり、

当たり前に口にし過ぎて、

むしろコシヒカリの良さすら解からない人が多く居ます。

故にコシヒカリと同等かでないと、

何となく味に不安を抱える人も多いと言えますが、

先ず…コシヒカリの上手さを引き出せる調理方法で無ければ、

コシヒカリ本来の上手さは提供できません。

ファーストフードや巷の定食店では、

昔コシヒカリと同等扱いのアキタコマチなどを使用して、

ご飯を提供している訳ですが、

コシヒカリなどベストな調理で食べるご飯とでは、

全く別物とハッキリ言っておきます。

あれで米の品種に拘るとかは寧ろ意味不明です。

勿論タイ米では無理が生じますが、

カルローズ米ならほぼ同等の味に成ります。

逆にベストな調理法で炊いた場合は、

カルローズ米ではコシヒカリに太刀打ちできません。

米の弾力が全然異なります。

 

日本の米は本来ここで勝負する所で、

大衆食堂で腹を満たす場で

勝負する所ではないとも言っておきます。

現状の米問題を期に、

そうした米意識改革に取り組んで、

日本の米の価値を先ず再認識するべきと言っておきます。

どうも…ショーエイです。

世界は馬鹿が蔓延るどうしようもない状態に成っている。

トランプが真面に見えるほど、他が酷すぎる。

 

【ウクライナの停戦は現状無理】

先ず、停戦、休戦、終戦の交渉を進める中で、

交渉相手に敵意を剥き出しにして挑んでも、

相手は安心感を得られないですね。

 

トランプはその辺、ロシアを敵視していないから、

ロシアも話を聞ける状態にあるわけだが、

一方の欧州の政治家はロシアに敵意を抱き続けてます。

 

日本人の視点も同じような形で、

ロシアを信用しないと言う見識が大多数な状態です。

 

信用しないという状態は、

常時敵対する意識を示しているのと同じです。

ロシアを信用するのが怖いなら、

このまま戦争状態を続けましょうという話なだけです。

経済制裁をチラつかせたりして交渉している時点で、

戦争継続のまま雌雄を決するまでやり合う方が

まだマジという形になるのは当然です。

 

和平を進めようとしているトランプを

誑かしているのはどちらか?

明らかに欧州側だと断定します。

 

またゼレンスキーでは、

ロシアと真面な交渉は出来ません。

何故ならゼレンスキーが失地を放棄することは、

彼あの求心力を低下させる話で、

こんな条件でロシアと停戦したら、

彼は本当の間抜けな大統領で終わるからです。

ウクライナが自力で失地を奪い返すか、

ロシアがゼレンスキーを捕まえるか、

何れかの結果でしか

決着が着かない状態でもあると言っておきます。

 

人間社会は十人十色で様々な意見が錯綜する。

我々の中でも、極端に「ロシアを潰そう」と考える側と、

ロシアと仲良くやろうと考える側との間で意見が散見します。

それはロシアも同じで、

「欧米を潰そう」と「欧米と仲良くやろう」

の間の意見が存在します。

こうした社会構成で双方が敵視し信用しない状態では、

自然と双方で相手に不信感を抱く意見が

説得力を帯びて行きます。

相互に不信作用が働く状態で相手を見ると、

当然の様に不信感抱く形が的を得て見える状態に成ります。

当たり前な状態で相手もこちらに不信感を抱いているので、

最終的に双方が戦う準備をする方が良く成ってきます。

 

最初に馬鹿だと揶揄したのは、

結局の根本的な部分がこういう社会作用に有るからです。

そして誰もこの問題に気付いてすらいない。

そしてこの無知で馬鹿な意見では、

戦争に成って「言った通り」と予想が的中した事を

強調する流れで終始する事です。

先ず、馬鹿が馬鹿な流れで考えて馬鹿な結末に陥る事は、

予測の以前に必然で考えられるレベルで、

結局はそれを回避できなかった馬鹿な失態でしか無いのです。

 

まあ、相手も馬鹿だからそういう結末が起ると主張するでしょうが、

それを言うのはもっと馬鹿です。

馬鹿だから相手も馬鹿で終わらせている話なだけで、

本当に馬鹿で無いなら適切に情報を精査して、

相手を上手く交渉のテーブルに着かせる事は出来るはずです。

いわばいくら馬鹿でも一定レベルの知識人なら、

馬鹿な結末は避けたいと考える訳で、

お互いに大馬鹿に成らないレベルで調整しようとします。

 

また、一方が馬鹿だと、

もう一方も社会作用による警戒心に合わせざるを得なく成り、

結局は馬鹿に合わせて馬鹿な方向に舵を取らざるを得なくなる。

そして双方が不信を抱く状態から、、

お互いに馬鹿にしあう形に陥り、

話が噛み合わなくなる。

それに合わせて社会全体も同じ形で同調する為、

このお馬鹿スパイラルから抜け出せなくなる。

現状がこの状態と言っておきます。

 

この状態を克服するには、

誰かが賢く調整して

お馬鹿スパイラルの緩和を図らなければ成らないが、

お馬鹿スパイラルに気づかない馬鹿相手だろ、

そうした調整すら無駄に成る。

 

さて…ロシアがそのお馬鹿なのか、

それとも欧州やウクライナがお馬鹿なのか、

現状敵視する側にその責任を押し付ける為、

結局は馬鹿な見識でしか考えられなくなるのです。

その為、最終的には戦争に負けた方が馬鹿という事に陥り、

馬鹿馬鹿しいほど馬鹿な結末に走っていくだけなのです。

 

賢いと考えるなら、

先ずはこの馬鹿な結末引き起こす要因を知り、

馬鹿な結末を避ける為、

双方が抱く不信感の緩和を少しづつ調整して行くはずなのです。

ある意味馬鹿であれば馬鹿なほど、

不信感を理由に相手にも不信感を増幅させる決断で、

より事態を馬鹿な方向へ向かわせてしまうのです。

 

さて…ロシアがその馬鹿だからと、

そういう事を言う人も多いと思います。

馬鹿に何を説いても無駄な訳で、

馬に念仏なので、

じゃあ、戦争継続という話に成らなくなるだけです。

 

その上で戦争の拡大は求めてないとか、

戦争を終結させるべきと言っている時点で、

相当重症な馬鹿だというしか有りません。

いわば彼らの程度では、

事態を悪化させるだけの事しか考えないからです。

 

欧米や日本も含めて、

学歴ある優秀であるはずの人間が、

社会の中枢を仕切っている訳ですが、

彼らの頭脳はAIと一緒で、

知識に無い事は理解すら出来ない様です。

 

このお馬鹿スパイラルの話も、

学術的には教わらない話なので、

自らの過ちにすら気付かないでしょう。

AI同様に過ちを経験して学習させるしか無いのなら、

人類は、第3次大戦、

そして第4次大戦を

経験するしか無いのかなという話に成ります。

 

誰もが馬鹿にするトランプでは

この調整は難しいかも知れませんが、

それでも何とか調整しようとしているトランプの方が、

ゼレンスキーやフォンデアライエンよりも

遥かにマシという感じに見えます。

 

どうも…ショーエイです。

まあ、正直な所、相互関税なんてものは

庶民にとっては何の特典も利益も齎さないものなので、

全く必要ないと言っておきます。

 

しかし、国庫という部分に焦点を当てると、

消費税同様にこれほど美味しいものは無いのです。

 

トランプは国庫を増やす目的で、

世界中が同率で相互に関税を掛ければ、

貿易が成立する限り、

そこから国庫に収益が齎されるという仕組みを

提唱しているのです。

 

まあ、国政を担う人にとっては

美味しい感じに映るでしょうが、

大きな計算ミス、

見落としが有る事を伝えておきます。

 

それは相互関税の副作用としてインフレが発生する点です。

 

このインフレは国庫で支出する

解かりやすい所で・・・公務員人件費の高騰などにも影響し、

更には公共事業等でも材料費やらと、

支出面を大きく高騰させます。

結局のところ数字的には国庫が増えても、

最終的には支出も更に増える為、

むしろ現状よりも

財政を圧迫しかねない状態に陥る可能性の方が

実は高いのです。

 

逆に 貿易を無視して内国産業拡大を図る場合、

それは可能だという点は言えます。

実はロシアが現状それである意味

成り立っている感じでも有りますが、

それでもBRICSとの交易で補填している部分は補えません。

寧ろ冷戦状態を想起して考えるなら、

文明鎖国を生じさせる可能性も有り、

今度は米国の技術が

いつまで世界一で居られるかという課題が付きまとう話に成り、

反対に知らない内に

中国に差を付けられてしまう危険性も

はらむ展開が予想されます。

 

ただトランプは自身のこの相互関税理論に

執着している感じで、

結果を見ないと納得しない心理状態にあります。

まあ、短期的な結果は国庫が増えたという形に成りますが、

その分、経済は危機的状態に陥る。

これをトランプは必要な犠牲と訴えるわけですが、

長期的にはこれが米国の投資力の低下を招き、

更にはその低下により技術力を鈍化させ、

他国に人材の流出を招き、

国が衰退する流れと成っていく訳ですが、

その長期的な結果が見え始めるころには、

当のトランプはこの世に居ないという皮肉で幕を閉じます。

 

ただしトランプの歴史的な評価は、

偉大な大統領とは程遠い、

米国を衰退させた最悪な大統領が

ほぼ確定する話になると言っておきます。

 

まあ、相互関税の理論を捨てて、

関税を用いた自由貿易のディールの為に、

ここまでの自身の行動を使うのなら、

まだ偉大な大統領になるチャンスは残されると

言っておきますが、

トランプが頭を素早く切り返せるかどうか、

ここ数か月が勝負と言っておきます。

 

【現状を冷静に見極めると】

トランプが米国の大統領で有る事実は変わらず、

2年後の中間選挙で逆転を許し、

弾劾をされるか

暗殺でもされない限り

彼の治世はまだ4年近く続きます。

どれだけ彼の事を批難しても、

彼自身が考えを改めない限り意味を為さないのです。

逆にこの現状で彼を批難する人は、

自己の主張の正当化をアピールするだけの人で、

実際には何の才能も無い人ばかりとも言っておきます。

それでも2年後の

中間選挙に向けた活動で理解できますが、

今度は大きな戦争をはらむ未来が危惧されます。

 

トランプの精神不安定は誰もが知るところとして、

見て取れると思います。

ある意味、これ凡庸な人間なら当然の症状です。

株価が下がり、

経済危機を招く可能性が現状生じる中、

まあ自己を完全に否定される可能性を意識すれば、

当然悪い症状を引き起こすわけですが、

それ故により独裁的な行動に走るわけです。

こうなると周りの意見を冷静に受け止められなく成り、

政権運営も悪い形に走ります。

 

まあ、それで「ざまあみろ」という感じで眺めるのも有りですが、

それが理由で世界情勢が悪化を辿るのも、

何の利益にならない話と言えます。

それ故に万事が円満にと考えるなら、

先ずはトランプの精神状態を

良い状態にと願う所なのですが、

今現状ではトランプ自身で

そこを取り戻さなければ成らないのも事実です。

 

当ブログでは科学的な政治の話を何度もしていますが、

実は人間が政治を科学的に行うのはかなり難しいです。

実際の科学では成功と失敗を繰り返して、

その結果を参考により深みを探求するのですが、

政治での失敗は多くの犠牲を生じさせます。

その為、早い段階での見極めが必要と成り、

時には自己の見識を改める引き際も求められます。

実は人間にとってはこれが一番難しい。

結果が出る前に自己の間違いを認める訳なので、

常人では到底無理難題と言っておきます。

 

常人、悪く言えば凡庸な人間ですが、

90%の人間がここに該当するわけで、

結果を知る前に

自分の間違いに気づく人はほぼ居ないです。

それでも誰もが奇想天外な英雄に憧れるのも事実で、

常人の多くがこれを自己に求めるのも事実です。

故に人間は知らずと独裁的な状態に陥るのです。

 

科学者の殆どもこれと同じな訳すが、

科学の世界では失敗は許される分、

結果が違ってもその失敗は無駄には成らないのです。

政治で言うなれば「歴史的な結果」がそれで、

政治的な失敗を歴史に刻むことで、

人間は学んでいくとも言えます。

ただし、「歴史的な結果」に於いての失敗は、

多大な犠牲を生じさせるため、

英雄に成るどころか、

悪名を残して終わる結末で、

その評価は凡庸以下の扱いに成るのです。

実際には凡庸以下という訳では無いはずなのに…

 

トランプが関税に拘って、

多くの失業者を産む様な失敗を齎す分には、

それはトランプの失態であって、

科学的に政治を分析する人間にとっては、

トランプが実験材料に成ったで終われる話です。

勿論自己の資産を目減りさせる、

または苦境に陥る可能性もあって、

無傷でその結果を受け止められる保証はありません。

 

【科学的な政治の話】

科学的な政治は常人では無理と伝えました。

科学的な政治を語る上では、

現状を正確に理解し、分析し、

良い形に導かなければ成りません。

 

正確な分析では、

相互関税が

直近2年間の経済を蝕む作用しか無いと言う事。

既にその兆候が表れ出したこともあり、

一度崩壊した経済を1年で立て直すのは

ほぼ無理という事です。

 

現状を理解すると言うのは既に述べた様に、

トランプに主導権のある2年間であるという事。

なのでトランプが軌道修正しない限り、

この危機は現実に成る可能性を秘めている点です。

そのトランプを分析するのに、

トランプが自分の発案に対しての間違いを

普通に認めるだけの器量は無いという事。

ただし勝負事…

いわば次の中間選挙を見据えた上での戦略であれば、

恐らくは耳を貸すだろうという事。

現時点でのトランプの発言からでは、

そこを考慮した思考に至っては居ないと分析します。

「犠牲を伴う」という表現は、

4年後を見据えての視点であり、

2年後の自分を全く計算していない根拠にも成ります。

トランプは虚勢を張って他人を従えたい性格上、

自分の無知をひけらかす行動は避ける傾向に有る為、

戦略上の撤退もそこに関わるならしないタイプ。

まあ、敵の扱いなら潰すのは簡単な相手なのですが、

この2年間、そして次の2年後の生活を考えるなら、

あえて望まないという観点で進めます。

そうなると前述したように、

トランプの関税を用いた発想は、

寧ろ自由貿易を促進する為の

ディールのカードだったという点で進める話に成ります。

 

※現状トランプのコメントからはこの思考は消えてしまうが、

あえてディールをする上で

相手にハッタリでは無く

本気である演技を見せる上での事だったとすれば、

寧ろトランプの評価は上がります。

 

実際には本当にトランプの演技である可能性も有るのですが、

どちらであれ、この軌道修正を齎すには、

誰かがいわばどこかの国がこの関税をネタに、

関税撤廃のディールを持ち掛ける事が求められます。

ある意味、献上外交の様な形なので、

各国でトランプに調子づかせたくない思惑が働き、

そのまま関税が維持される

チキンレースにも成りかねない話なのも事実です。

寧ろトランプを潰す気なら、

そのままチキンレースに挑んで、

2年後の墜落を待つのも手と言っておきます。

その際に、世界大不況に陥る可能性は否定しませんが…

 

どの道トランプは相互関税の発想を

速やかに改めない限り、

彼は自滅の道へ進むシナリオに成るとも言っておきます。

 

このまま不況に陥れば、

米国民の怒りはトランプの弾劾裁判へと向かうのは必須です。

いわば中間選挙で民主党が圧勝する流れに成るわけで、

様々な問題を起こしている状態で、

この弾劾の議席を与えたら、

2年後には地獄行きになるのが確定します。

 

その反面、ロシアに対する感情も

更に悪い形で強まる為、

大きな大戦に進む可能性はより高まると言えます。

 

実は科学的な意味で政治を考えると、

トランプに踏ん張ってもらう方がまだ安全なのですが、

そのトランプの命綱は自らの短所を晒して、

自らの絶望の未来に足を踏み入れている状態にあるのです。

 

もう一つのトランプ関税の論理を話すなら、

風情のある自家栽培の料理と、

世界中から厳選された素材で作られる料理と、

どちらが美味しいかという話で、

結局は料理する人間次第とも言える。

では同じ料理人が高いポテンシャル発揮するには、

どちらに拘って作る方が良いかとなれば、

実は結論は明らかである。

自分で自分にあった素材を生み出す方が

という反論も構わないが、

それは品質面では妄想に過ぎない。

更に言うなれば、

自家製に拘って全て自家栽培に努めても、

その技術が未熟なままであれば、

その品質は最良とは言えない。

寧ろ自家栽培の品質が良質であるなら、

自家製で賄う以外に、他に提供できる。

 

結局、関税で貿易をコントロールしても、

品質が伴わなければ最良の製品には程遠く、

商品としての価値もその程度に陥るのです。

寧ろ貿易をコントロールせずとも、

良質な製品さえ生み出せれば、

商品としての価値は評価される。

 

そして投資の話にしても、

価値あるところに投資するから利益を生む訳で、

価値のない投資にいくら払っても利益は出ないわけで、

投資の先が幅広く厳選されれば、

利益を生む投資に繋がりやすく、

制約を設けた状態はその可能性をより狭めるのです。

 

米国には最高の料理人が多く存在する中で、

そのオーナーが自家製に拘って、

料理人たちの質を落とそうとしているのと同じです。

質を落とせば評判も下がり、客足は遠のくばかりです。

元々その素材に価値が有るのなら、

料理人たちはそれを厳選していただろうが、

オーナーには寧ろその違いが解からず、

利益率のみを考えて推し進めるわけです。

 

これってそのお店がダメになる典型的なパターンなんです。

顧客は味の違いなんて解からないと

よくこういうオーナーは口にします。

実は意外とバレるんです。

それが精密機械の話に成ると、

数値でスペックの更新を正直にアピールしなければ成りません。

より明確な数値を更新するには、

それだけ新しい技術が更新される必要性が生じます。

世界中から厳選された技術を結集して、

品質を競い合う中で、

米国の企業が選別して組み立てた製品が、

現状上位を独占する中で、

寧ろ関税を掛ける事はその競争力を阻害する行為にも成ります。

 

ある意味、

一般的には当たり前の話ですらある

こうした現代のビジネスモデルを

全く理解できていない人が、

風情という表面上の売りで、

利益率を求めた料理に拘って、

お店の評判を低下させる行為に走っている様な物です。

 

まあ、どの道、

トランプがこうした話を理解できず、

経済を沈めて2年後の中間選挙に挑めば、

その悪政となったツケは弾劾と言う形で

払わされる運命に成るという事だけは警告しておくとします。

 

偉大なリーダーは、

目標を明確に示し

英知を結集させその目標を達成させる者です。

ここまでは誰もが知っているだろう部分です。

それに加えて言うなれば、

自分の考えに固執する者は、

その考えによって英知の議論を捻じ曲げてしまい、

英断を下すに至らないという事と、

偉大なリーダーが拘って良いのは、

良識的な信念であり、

英知はその信念を尊重して知恵を出し合う。

 

トランプは偉大な大統領に成りたいという目標はあるが、

結局、良識的な信念は有っても、

利害を優先する傾向に有り、

信念にブレを生じさせるのです。

利害を優先する故に、

そこに自己の考えを固執させてしまうゆえ、

英断を下せずにいるというのが実態。

 

所詮は凡庸な人物でしかないという話なのかな…

 

ウクライナとロシアの話にしても、

ゼレンスキーの存在が邪魔なのは理解するが、

良識的な信念に基づくなら、

ウクライナの総選挙の為の停戦で交渉を進めるべき。

いわばウクライナ国民の意識を明確に知る為とする意味です。

今、選挙を実施すればゼレンスキーが勝つ可能性がある。

そこを打算で考えてしまえば、

選挙の実施と言う切り札を使えずに時間だけを無駄にするのです。

 

選挙の実施という話での停戦ならばロシアも理解を示すし、

ウクライナも前向きに応じざるを得ない。

さらに戦争の継続を望まない米国の姿勢を明確に示すうえでは、

戦争継続の際は米国は支援しないという姿勢を示す。

これなら良識的な信念の中での流れで成立するのです。

 

その条件で誰を選ぶかはウクライナ国民次第。

それでゼレンスキーが再選して戦争を継続させるなら、

そのまま米国は支援せずに継続させてみればいいという事。

大事なのはその条件で

ウクライナの国民が選択したという事なのです。

どの道、選挙の割合にも依りますが、

戦争が再び泥沼化してその選択を後悔するなら、

ウクライナに於いて再び革命がおこる可能性も有るわけです。

 

と、は言え、

トランプをどうこう出来る状態に無いのだから、

ケツに火が付いた状態を維持するのなら、

不況に陥る状態を想定して準備するのが賢明という話で、

更には大きな戦争に備えて

覚悟を決めた方が良いとだけ言えるのかな…

 

 

 

 

 

 

どうも…ショーエイです。

多くの人が誰かの洗脳を受けているなんて、

絶対に信じたくないと考えるでしょうが、

そもそもそれが間違いなのです。

 

人間は思考する限り、

必ず何らかの洗脳を受るのだと、

寧ろ理解した方が合理的に思考できると言っておきます。

 

戦争と平和を思考する際に、

必ず飛び出すのが、

「安全」か「信用」かの議論です。

 

双方バランスよく考えればという話なのですが、

「安全」を確保するには、

セキュリティを強化する上で、

資金が必要に成ります。

「信用」むしろ誰かを信用するという意味ですが、

「信用」は反対に損失を被るリスクが伴います。

ある意味「裏切られたら大損」という事です。

 

一般社会の仕組みでは、

法律下の契約を用いることで、

双方の取引のバランスが担保されるわけです。

まあ、契約までの交渉で、

その駆け引きは生じるのですが…

それでも裁判で争うケースも多々あるので、

絶対は存在しないと理解してください。

 

一方が信用を示しても、

もう一方がその信用を悪用するだろうことは、

必ず頭に過る事です。

親、兄弟、子供の関係でも、

実はこの問題は生じるのですが、

寧ろ友人などにも用いられる「絆」というものが

これらを結び付けている訳です。

ところが合理的な思考では、

この「絆」が実は相互依存関係の成立に基づいて、

結びついているものだと理解するべきものなのです。

まあ、そこに「愛情」や「友情」といった、

「情」の概念も存在するゆえに、

人間の思考を複雑化させるのですが、

この「情」の概念が双方で成立して初めて

「絆」が存在するのだと理解した上で、

この「情」は自分からの一方的な気持ちと

割り切って考える方が、

合理的な思考に成るのです。

 

猫や犬などのペットに愛情を注ぐ人も多いと思います。

ペットの思考を色々と想像する人は多いでしょうが、

人間に対して期待するほど、

その自分が注ぐ愛情への見返りは期待しません。

いわば自分が一方的に注ぐ愛情の中で、

ペットたちが自分の愛情を享受して、

幸せそうに暮らしてくれれば、

それで十分と感じれば、

「相互依存」の関係が成立するのです。

 

あえて厳しい言葉で、

この「相互依存」関係性を伝えるなら、

「親は子供を信じるな」と伝えておきます。

まるで子供を信用してはいけないような言葉に

伝わるでしょう。

上記にしるしたペットとの関係性同様に、

愛情の概念で子供を見るのなら、

むしろ信用なんて期待では無く、

逆に不安を抱いて見守るのがその情に値するのです。

むしろ子供からの見返りを期待して、

それに「投資」している感覚なら、

実は愛情の相互依存の成立は

成り立たないという事にも成るのです。

 

見返りを求めず、

子供で言うなれば学校の成績などの成果を求めず、

一方的な愛情を注ぐ形は、

ペットたちにも伝わる関係で、

自然ともう一方から

何らかの形で「愛情」が返ってくるのです。

それを「恩」だとかいう概念に変換するのが、

儒教などの学問に有るのですが、

科学的にはそもそもが違う訳で、

一方的な愛情に対して

その愛情がもう一方の生活に

必要不可欠な存在として成立することで、

愛情を注いでくれる存在への

「依存関係」が成り立つという現象です。

そこで自然と「情の絆」が成立するのです。

「情の絆」の成立によって、

その情を相互で依存している関係が、

相互に「愛情」を示す形と成って、

心地よい関係性が生じるのです。

勿論、難しいのは「子供の自立」という

自然現象との併用です。

過保護すぎれば、子供は自立できなくなり、

自然界という中では淘汰されてしまいます。

ここがペットとの違いでも有るわけで、

親はどこかで子供を突き放さなければ成らないという事も、

愛情に成るのです。

 

反対に子離れしない親は、

子供がいつまでも自分のペットのように

付き従うものと期待する時点で、

見返りを求める関係が成立し、

「絆」では無く、寧ろ「隷属」という関係を構築します。

この場合、

ペットに「お手」などの躾や芸を強要する状態と同じで、

「相互依存関係」では無く「偏向依存関係」と成り、

ペットや子供はいわば条件を満たしてくれる相手なら、

誰でも良い存在に成るのです。

一番解かりやすく伝えるなら、

基本的な会社と社員の関係で、

給料さえ満足に出してくれれば、

会社は何処でも良いと言うのと同じです。

一方の会社は、

あれだけ良い待遇をしたのに裏切るのか

といった感情に成るわけですが、

これがそもそもの「偏向依存」状態だから当然と言えます。

会社が給与の見返りとして

社員に働きを期待しない方が不自然ですよね。

なのでこの関係性で「相互依存」という情で結ばれる事は、

よっぽどそれに代わる「愛情」の関係が成立しない限り、

全ては表面上で口にしている「偽の情」でしか無いのです。

 

人間界では学校という社会教育の中で、

子供が自立していく為の必要性を

本来学んでいくべきなのですが、

その場も今では成績や学歴という概念が先行して、

寧ろ「親の恩返しを示す場」でしか無くなっているのは、

人間的な意味では残念な話と伝えるにとどめておきます。

「絆」で結びつく「相互依存関係」を、

むしろ教育では、

「相互利用関係」で推奨してる状態になるのです。

 

科学的に難しい話に成りますが、

一方的な愛情から自然と「相互依存関係」に結びついて、

「絆」が生まれる現象には、

社会構造上、何の保証も有りません。

その為、儒教であり様々な宗教では、

「道徳」という概念で、

寧ろ人間に社会構造上の恩返しの様な形をを定義して、

自然な関係性で生じる「相互依存」の関係性を、

寧ろ人間社会の機能として「相互利用」で結びつけたのです。

 

勿論、この「相互利用」は必ずしも悪い話では無く、

現代の社会保障制度であり、

ボランティア精神などと、

「絆」の範囲を超えた「博愛」の精神をも育みました。

では何故その素晴らしく見える活動も含めて、

「相互利用」という表現になるのか…

それは「道徳的」または「宗教的」に、

自然とその対価が垣間見えてしまうからです。

いわば活動する本人は意識すらしない場合も多々あるが、

道徳的には「徳を示して人心を得る」、

宗教的には「徳を以て天に認められる」

という打算的な効果が成立して見えるという点です。

SNSなどで陰口で叩かれる様な話ですが、

「そう見える」「そう感じる」は

本人以外知る由もないことであり、

実際にそれを利用する場合も、

そうで無い場合も有るからです。

ところが…こんな正直どうでも良い評価が付きまとうのは、

「相互利用」という社会を、

「情と絆」で成り立つ

「相互依存」の社会に結び付けて考えてしまうからで、

これを貧富が双方が利用し合う

「相互利用」の関係だと割り切れば、

打算的であれ、心からの行動であれ、

「社会貢献」を当然の義務の様に考えるのです。

むしろ社会貢献できるにも関わらず、

社会貢献しない人間を問題視する方が、

道徳や宗教で広まる

「相互利用」に反する行動に成るのです。

 

さて…合理的な表現で

「社会」と「情」の違いを説明した訳ですが、

これに納得した時点で、

貴方はこの理論に「洗脳」されたことに成ります。

実は人間誰しも

思考する限り「洗脳」されていると伝えましたが、

宗教や道徳に限らず、政治や科学であっても、

自分が納得を得た時点で、

必ずその理論に洗脳された状態だと

割り切って考えた方が良いのです。

その上で更なる探求をする意思が有る限り、

人間の思考は向上していくという事を念頭に、

目的と合理的な思考を維持し続ける事で始めて

より真理に近づけるのだと意識するべきなのです。

 

実はこの意識が無い人ほど、

一方的な論理の中の洗脳に留まって、

別な見識に対して拒絶反応を示す行動に出てしまうのです。

一般的に洗脳された状態とは、

こうした症状の事を言います。

 

さて…現代社会は悪い形の洗脳に

留まっていると言っておきます。

先ず、社会の目的が「平和」なのか、「安全」なのかで、

寧ろ「安全」を目的に洗脳しているのです。

多くの人が「平和」と「安全」の狭間で

奮闘するのも理解できます。

先にも述べた様に、

「信用して裏切られるリスク」が、

「安全」考慮する上で最大の焦点と成ります。

ところが「平和」という概念で考えるなら、

信用して裏切られる可能性を相手に意識すれば、

その相手が自分に対しても

同じ警戒心を抱く効果しかない点に気付きます。

交渉の場では、果たしてそこを信じて良いかどうかで、

普通は大きく迷う部分に成るのです。

交渉の場なら、信用できない状態は

交渉不成立で終われます。

 

ところが外交上の場、

ある意味敵対意識を持つ関係上では、

そこで信用できない判断に陥ると、

お互いに安全保障だけを意識する状態と成り、

自然とお互いが警戒して安全意識を高め、

より高度な抑止力という形を模索し、

いわば戦争になる想定の準備に努めるだけなのです。

これが「平和」に反する論理に成る点を、

本来は理解して欲しい。

 

ところが「平和」を考える論理は、

もっと複雑で、

最低でも「相互利用」の関係性が成立しなければ成りません。

ここで言う「相互利用」は、双方の利害の一致です。

利害の一致が上手く見極められたとしても、

「信用して裏切られるリスク」を持ち出されれば、

そこに100%確証できる未来は保証できないからです。

ロシアと欧州の関係性で言えば、

天然資源の交易と不可侵の関係で

利害の一致が成立します。

ところが欧州からすればグルジア(現・ジョージア)が

NATOの加盟を民意的に決めようとしただけにも拘らず、

ロシアが軍事的な圧力を用いたという話も、

ロシアからすれば欧州がNATOを用いて

不可侵を破ろうとしたという論理に成ります。

更にウクライナで同様の事件を発生させ、

双方の利害の一致は完全に崩れた訳です。

誰が裏切ったかは双方の主張で食い違う部分に成りますが、

ロシアのNATO対する敵対意識が薄れていない事を、

欧州側が全く理解していなかった事が、

相互利用の信頼関係を崩したと言っておきます。

 

欧州からすれば

ロシアが欧州を未だ軍事的に敵視しているという点が

明確になったわけで、

ロシアからすれば欧州が逆に平和的な姿勢で

ロシアを誑かして軍事的な拠点を

広げようとしたと成るわけです。

 

どの道、平和という概念で考えるなら、

ロシアが欧州に敵意を持ち続けている方が

間違いにも伝わるわけです。

※本来グルジア(南オセチア問題)の話は複雑で、

欧米とNATOの陰謀と暗躍が明確に見られる事件です。

戦争の勃発もグルジア政府側から仕掛けた形であったが、

欧米側はロシアからと批難を続けていた。

 

隠された事実とプロパガンダに流されたとしても、

安全を念頭においた議論の方が、

洗脳という意味で優位に働く状態と成りやすいのです。

それは西側が敵意を示す、

ロシアや中国でも同じ様に意識される議論と成って行きます。

 

西側、欧米などは信用問題を提起して

安全保障の必要性を議論する訳ですが、

ロシアや中国では、

自分たちのグローバルな影響力を阻害する為、

欧米が現状では抑制を仕掛け、

何れは社会破壊を目論む…

いわば良くて政権転覆、悪くて戦争、

という形で自国の安全を脅かしている

と、言う議論になるのです。

 

実際に欧米が社会転覆であり、

テロ行為の危険性を支持する行動にも着手する為、

ロシアや中国の中の議論も、

その国民にとっては正論に成る為、

寧ろ安全を考えれば考えるほど、

雌雄を決する最終戦争に備える状態に進むことは、

目に見えて解る未来と言っておきます。

 

台湾独立問題を支持したり、

ウイグル問題でテロ行為の危険性を無視して支持したり、

香港のデモを過激的な形で支持したり、

更にはグルジア、ウクライナの世論をNATO加盟に導いたり、

実はロシア、中国に

「信用して裏切られるリスク」を

欧米側が与えている状態なのを

理解しなければ成らないのも事実です。

 

とは言え…自国の安全、安全と

洗脳された状態に留まる政治家を含めた庶民が、

今更ロシアや中国を信用する議論に耳を貸すとも思えません。

 

多少は理性的に見える日本人のヒロユキですら、

非合理的な洗脳された状態に留まって、

戦争する方向の議論に偏っているのだから、

現状は戦争する方向で進むのを

止められないだけと言っておきます。

 

いわば、「相互利用」社会の政治的な悪い面で、

「解かりやすい正義を示して自分の徳(支持)を得る」

で、洗脳に留まる大衆の理解力に合わせて、

自分が大衆の味方で有る事をアピールした上で、

大衆からの賛同を取り付けるという、

典型的な「洗脳スパイラル」が成立するのです。

※まあ、こうした流れで

一番儲かるのは軍事産業という仕組みで、

国民の税金を充てにしてガッポリ稼ぐとなれば、

投機としても魅力的なのかな…

ボーイングとかの株上がったりして…

 

では、彼らに問いたいと思います。

欧米の社会を含む、彼らは知っているはず。

人種、国籍、信条に差別のない社会こそ、

平和を齎す世界で、そこに表現の自由も含まれる。

それを知りえながら、

ロシアや中国といった国家やその人々を

信用しないという議論は、

国籍や信条にたいする差別ではないのか、

という事を考えてもらいたい。

社会に於いて、

我々の民主制の中でも様々な不満や不遇は今だ存在する、

それは別な社会システムに於いても同じである。

勿論、その逆も然り、

民主制を尊重し享受するものいる様に、

別な社会システムにおいても同じ信条にある人も居る。

 

平和を考える上で、人々が信条を対立させれば、

その信条の違いで人は争いを起こす。

その争いを正当化するなら、

それを否定する大衆はもはや存在することなく、

それが「正義」という言葉で彩られるだろうが、

それを以て「平和」を語る事は許されない。

 

人の語る信条が、

衣食住の安定を脅かす社会なら、

それは強いられた虚偽と断定するのは構わない。

ただし真理を見極める上で、

そこを満たす、

またはそこへ向かう途上であるかを見極めねば、

同じ争いも、同じ平和を求める者と争うだけだと、

理解せねば成らない。

何れにしても、

戦うか否かの選択に於いて、

同じ信条に有る者を敵に回すことは、

犠牲を多く強いる戦いにしか成らない事も理解し、

安全と平和は考えられる方が、

大きな間違いを避けられる

 

と、いう事です。

無駄に道徳的に、

人が人を殺してはいけない

と語るつもりは有りません。

寧ろ、戦争というものを前提に、

確実たる勝利に導くのなら、

確実たる味方を得ることが得策で、

その確実たる味方を得られない戦いは愚作であるという事。

孫子の兵法的に言うなれば、

犠牲多き戦いは避けるが上策で、

外交で以て敵を取り込めれば、

それが何よりの最良となるのです。

 

最終的に、どちらが「安全」かつ「平和」なのか、

戦争ありきで平和を最良と説く方なのか、

戦争を全く意識せず、安全を考える方なのか、

合理的に考えてもらいたいものです。

 

どの道、戦争に成って多くの兵器が使われ、

その損失が多ければ多いほど、

実は軍事産業は儲かるという話で、

戦争を意識すればするほど、

自分の税金がそっちに使われるという事は

理解した方が良いです。

 

まあ、平和を語らず

軍事産業への株式投資という話なら、

その手は有かなといった所ですが…

平和な世の中が、

一切の差別を無くした社会で有る事は、

現代なら誰もが理解する所。

 

完全に差別を無くした社会を理想とし、

それに取り組むのは、

欧米が頑張って証明すれば良いのです。

 

しかし、もう一つの表現の自由とも言うべき、

信条の話になると、

どうしても多くの対立が生じ、

差別は勿論、争いの火種に成るわけです。

 

国の社会構成は、

その国を表現する場です。

イスラム教の国が、その信条の下で、

今だいくつかの差別が存在する形で見えるのも事実ですが、

それはその国が国の有り方を信条に基づいて

表現している姿なのだと見るべきです。

これは共産国の中国も同じです。

 

人権問題を提起して、

その国の信条に該当する部分に触れてしまうと、

それはそれで表現の自由を否定する意味に繋がります。

その信条を尊重するか否かは、

最終的にその国民が決める事なのですが、

民主制でないからと言って、

その国民が本当に否定しているとは限らないのです。

 

我々の社会でも、未だ男尊女卑な家庭が存在します。

米国でも存在します。

結局は、家庭内の力関係で自然と生じる事も有ります。

逆にイスラム圏だからと言って、

必ずしもその家庭が男尊女卑という事も有りません。

全ては個々の人、家庭に依存する部分です。

 

我々の社会では、未だ多くのハラスメントが存在します。

これらが公に成るのはごく一部です。

力関係によっては暴かれないままの場合も有ります。

 

其々の信条で実施される社会システムでも、

今だ解決できない問題が生じている訳です。

日本の女性でも

結婚したら家庭に入りたいと願う人も居れば、

自立してバリバリ働きたいという人も居る。

場合によっては共稼ぎで無ければ

生活が成り立たないなどの事情も有ります。

これは欧米でも同じです。

社会でも、女性同士の方が考えが纏まりやすい場合、

その反面、男性同士の方が考えが纏まりやすい場合、

男女の関係でも色々有ります。

 

各国がそれぞれの信条に基づいて、

国を運営して、

国民の生活がそれで衣食住が満たされているなら、

信条の違いで他国が干渉して、

それを崩すことは望ましくない。

仮に、衣食住が満たされず、

その国民の生活が困窮した状態にあるのなら、

その解放は彼らにとって利益と成る。

 

逆に欧米の正義感によって、

多くの人々に自由を与えたいのなら、

移民を開放して受け入れる形を取ればよい。

ところが欧米は移民で問題が生じる為、

寧ろ自分たちへの自由の門を閉ざしているのです。

 

基本的には、

その人がその国の制度に不満を抱き、

別な社会に転身したいと望むなら、

その人間をその国が受け入れる事が

望ましい社会であり望ましい世界に成るのです。

それに対して雇用問題やら犯罪等の生活問題などで

頭を抱える話で移民に対して否定的に成るのなら、

他国への干渉は、

戦争やら社会混乱を引き起こすだけで、

何の役にも立たないのです。

 

ここ10~20年の間の話で、

実は明確な統計ともいうべき実態が証明できます。

他国への干渉で戦争によって政権が転覆した国。

イラク、アフガニスタン、リビアに加えエジプトも含めて、

未だ経済的な効果は出ていません。

逆に欧米との関係性の影響も有りますが、

ドバイで有名なUAE,サウジアラビアなどは、

目まぐるしい発展を遂げています。

また、東南アジア諸国も目まぐるしい発展を遂げました。

東南アジアの多くは民主制でも有りますが、

ベトナムに至っては中国同様に一党独裁国家です。

まあ、中国は言うまでも無く、

米国の脅威と成るほどの発展ぶりです。

 

強引な政権転覆は寧ろ国力を減退化する形でしか無く、

政治信条の話は別として、

大きな混乱を避けてグローバル化の流れに乗った国々は、

大きな発展を為しえた訳です。

そうして考えた上で、

その国民にとっては、

寧ろどちらの方が幸せか、

想像して考えて欲しいです。

 

これでイラクやアフガニスタン、リビアの人の方が

寧ろ共産国の中国の人より幸せと考えるなら、

それこそ今回の本題の

洗脳されて留まった思考と言っておきます。

 

まあ、過去の記事を含めて、

何度も言いますが、

最終的に世界の覇者となるのは、

文化的な影響力を支配した国で、

数十年、または百年先に

世代交代が進み、各国の交流がより通常化する事で、

民衆にとって魅力的な社会であり、

より自由な社会が、

自然と浸透して行くのは目に見えて予測できます。

 

日本が明治維新から第二次大戦後も含めて、

欧米化の洗脳を受けた状態で、

国は発展し、自由も享受できる社会に成ったわけです。

独裁的な軍事国家の大日本帝国時代より、

今のどうしようもない政治家が運営する社会の方が、

全然マシと多くの人が感じるでしょう。

それは欧米の文化による洗脳が、

より豊かな生活へと導いた結果であり、

このいい意味での洗脳が

日本をより自由な形へと独自に導いた結果でも有ります。

 

同じ様に、世界は世代を変えるごとに、

文化的に洗脳され、

徐々に同じ価値観を共有していくのだという話です。

洗脳という言葉を用いて、

気持ち悪い感じに成るとは思いますが、

このブログの序盤で伝えた様に、

人間は思考する限り必ず洗脳を受けるわけで、

それが良い形を齎す洗脳ならば、

それが真理に近づく理論なのだと受け入れる方が、

幸せになれると言う話です。

 

 

 

 

 

どうも・・・ショーエイです。

ICCこと国際刑事裁判所えすが、

所長は日本人で赤根智子と言う人ですが…

この人たち犯罪ほう助している事に気づいていない人たちで、

更には戦争ほう助まで行う始末と、

あきれた組織に成り下がった。

 

最近ではカーン検事の名前が目立つのですが、

先ずウクライナのケースで

ロシアのプーチン大統領に逮捕状出したのは、

明らかに中立性を欠く行為で、

ウクライナと欧州の

プロパガンダを補助しただけの行為にしか成らないです。

しかも罪状が証拠不十分でしかない内容で、

戦争孤児の保護なのか、拉致なのか、

適正に判別できる状況も無く、

むyしろロシアの保護活動を拉致と決めつける内容です。

では、これら戦争孤児となった子供たちを見捨てて、

ロシア政府は見殺しにすれば良かったという話なのですかね?

 

さて中立という部分で考えて見てください。

日本も含まれる西側の陣営にあって、

西側の主張を支持するのは、

これって中立だと思いますか?

まず100億パーセント中立を主張できません。

逆に西側の陣営にあって、

ロシアの主張に理解を示す方が明らかに中立に近いです。

 

では中立的な意味で、

ICCのプーチン大統領に対する逮捕状の意味を考えて見ましょう。

逮捕状の内容は占領地域でウクライナの子供たちを

ロシア領に拉致するように指示したという内容です。

 

ロシアよりの主張であれば、それは保護した訳で拉致では無い。

という主張です。

中立的な立場で見る場合、

欧州側の主張に対しても、ロシア側の弁明に対しても、

決定的な根拠になる証拠はないという事です。

いわば西側の主張が大げさな話でもあるように、

ロシア側の弁明はあくまで言葉上の弁でしかない。

いわばそういう指示が存在した事を否定は出来ないです。

ただし…双方ともに証拠不十分という事で、

この罪状は本来成立しません。

いわばICCの調査権限が及ばないケースにも関わらず、

証拠不十分である状態で、

不当に逮捕状を決定したという話に成るのです。

 

更には人道的な意味での根拠で考えると。

戦闘地域で孤立した子供たち、

いわば孤児ですが、

彼らをそのまま戦闘地域に放置して、

見殺しにしておくほうが人道的なのか?

それとも自国ここではロシア領に成りますが、

自国の安全な場所に保護する方が人道的なのか?

西側の見方では拉致に成るわけですが、

拉致するなら見殺しにして放置しておけという事ですよね。

食事も与えられず、

ただ戦場で爆死するのを見ていろという意味に成ります。

人道的な意味で中立の立場で考えると、

その西側の主張する被害者の孤児たちにとって、

どちらの対応の方が安全なのかという事です。

本人たちの意思を尊重して、

見殺しにするのが良いと主張しているのが、

ICCの逮捕状の意味に成るわけです。

 

これは国連憲章に反する行為で、

人道的な取り組みを無視して、

逮捕状と言う戦争行為へのほう助を行ったという事に成ります。

まあ提携関係であるから

国連憲章を無視してもいいという考えなのかも知れませんが、

現状このICCという機関は

信用に値しない組織と言う位置づけに成ります。

 

国際的に中立でないのなら国際の冠を取り外して、

欧州刑事裁判所にして下さい。

ICCではなくECCで…何か英会話の塾みたいだけど…

 

次にフィリピンのドゥテルテ前大統領の逮捕です。

これも全く調査不十分です。

ここは寧ろ所長が日本人だから、

平和ぼけした判断に成ったと言っておきます。

 

日本人の感覚では、

犯罪組織を捕獲するのに射殺までは考慮せず、

逮捕優先で作戦を実行します。

それでも無抵抗逮捕に応じない場合は、

武力行使という形で突入します。

それでも逮捕優先の為、射殺を避けた作戦を心がけます。

何故…こういうステップが踏めるのか?

日本人の多くは

日本の警察やSATが優秀だからと主張したいのでしょうが、

実際の所、ただ日本が安全だから

それでも成り立つというだけの事です。

寧ろ、日本の安全性は十分に誇っても良いのですが、

その理由は、日本では

銃などの武器を所持できない社会だからと言っておきます。

例え拳銃を持った犯人が引きこもっても、

所詮は一人か二人で、大概は単独犯です。

海外でギャングに該当する指定暴力団に関しては、

警察とあえてドンパチやるより、

寧ろ逮捕に応じて裁判所で争うといった感じなので、

証拠の隠滅はしても、

あえて警察相手に殺傷には及ばないです。

 

ところが海外では…ある意味アメリカでも、

無抵抗を示さない相手には、

容赦なく銃を撃ちます。

そうしないと逆に撃たれるから当然です。

また、組織犯罪の場合、

構成員、準構成員、またその下に位置するチンピラに至るまで、

組織に家族の命を握られているケースが多々あり、

簡単に逮捕に応じない場合も当然と見なします。

警察にっとって一人を逮捕すれば、

そこから様々な情報が手に入るわけですが、

組織にとっては致命的です。

麻薬組織という事も有って、

顧客の情報などは資金源の話に成るわけです。

著名人や政治、経済界の大物など、

当時のフィリピンの状況なら

引っかかる人間は多々居たと思われますが、

チンピラが噂程度も知り得た話から、

そうした情報が流れる事は警戒する所と思われます。

なので・・・家族を人質に、

捕まるなら死ねという形で犯罪組織が統制していても、

不思議では無いのです。

独身者の場合は親、兄弟が対象に成るのですが、

それら射殺された人間の遺族が、

その人物が組織犯罪に関わっていたかどうかを知る可能性は無く、

そうした認識の錯綜から問題化する場合も

想定しなければ成らないのです。

 

更にフィリピンで思い浮かべるのは、

「ルフィー」と名乗った日本の広域強盗事件の首謀者。

彼らはフィリピンの刑務所に収監された状態で、

犯罪の指示を出していた事を思い出してほしい、

いわば刑務所ですらそうした人間が

ワイロなどで優遇を受けて生活できたような社会です。

どれだけフィリピンの社会状態が腐敗していたか、

この事件の例を見ても解かる話と言えます。

 

この様な腐敗した環境の社会は、

さすがの現代ヨーロッパ社会では考えられないとも言えます。

日本では寧ろ「ルフィー」の事件を思い浮かべれば、

フィリピンの腐敗ぶりは納得が行くと思えます。

ところがICC所長の赤根氏は日本から離れていたせいか、

そうした認識は甘いようで、

ドゥテルテ氏の活動を単なる野蛮な行為と認識したのでしょう。

 

その国の政治的な実態を知らない欧州の人間が、

身勝手な正義感で犯罪を決定することは、

機能的ではないのです。

無抵抗投降の有無や、

そうした状況では無い乱戦必須の捜査環境だった可能性など、

更には警察や公共組織の腐敗状況など、

これらを健全化する上での

必要な強硬政策であったか否か。

腐敗化した中での、刑務所での優遇状態や、

そこからの犯罪指揮など・・・

単に捕まえれば良いだけの環境では無いのも事実です。

健全化する上で犯罪に関わる人間を

強硬手段で一掃しなければ、

腐敗状態を改革する術が無かったとも言えます。

安易に逮捕するだけで留めておけば、

まあ犯罪者の考える事は、

腐敗した刑務所から指示を出して、

逮捕した警察機関の人間やその家族を

見せしめで殺せばいい。

恐らくはこれが実態であると言えます。

映画や漫画の世界のようだが、

この実態を「ルフィー」と名乗る強盗集団が

寧ろ証明した訳です。

ならば逮捕では無く射殺しなければ、

寧ろ一掃作戦に従事した警察官や

その家族の命が危ぶまれる。

いわば人道的な方法で逮捕し投獄してきた状態で、

腐敗した社会が形成され、

司法手続きの機能も麻痺する有様を、

ICCが望む人道的な手段でどう解決できるのかという話で、

明確にこの問題の解決法をICCが示せないなら、

この逮捕状は不当逮捕であり

犯罪側へのほう助にしか成らないのです。

 

ドゥテルテ氏の強硬な政策によって

フィリピンの治安は改善したというデータも存在する中で、

ICCが犯罪組織をほう助した形に成って、

再び犯罪組織が暗躍できる環境を齎すのなら、

これほど皮肉な話はないと嘲笑うしかないような話でもあります。

「ルフィー」と名乗るグループの話の様に、

腐敗した社会に戻れば、刑務所に限らず、

警察も買収され犯罪組織が人質リストを下に、

市民を脅えさせることが容易に成るだけなのだから。

彼らはICCの間抜けなほう助によって、

再び警察権力が強制的に排除できない存在と成って、

息を吹き返せる状態になるでしょう。

 

現状、ICCは信用にあたいする組織では無いと判断し、

この様な組織に加盟する利点は一切ないと言っておきます。

国際機関としては、国からの要請に従って、

国際犯罪を取り扱う機関で有るべきで、

これは法治国家の被害届に該当する箇所に成ります。

ウクライナからの要請で

ロシア大統領の犯罪を捜査したという形も

成立しそうですが、

こういうケースの場合、戦争を誘発させ,

逮捕に踏み切ると言った非平和的な解決も含むため、

国際紛争を誘発させるような行為でしか無いのです。

イスラエルのネタニヤフに関しても、

個人的にはパレスティナ人の迫害者という事で

犯罪者認定してますが、

ICCの権限上、逮捕出来ない事案であり、

イスラエル政府からの要望無くして

ICC程度が犯罪認定するのも単なる主張でしか無いのです。

機能的に活動範囲を超えた事案を主張するだけの組織なら、

寧ろ各国が加盟したり協力する意味がない。

逆に欧州の都合で紛争を引き起こすためだけの組織なら、

こんなもの何の価値も有りません。

 

現状の様にICCの身勝手な価値観で犯罪を取り扱う状態は、

分不相応な活動でしか無く、寧ろ加盟国が増えるより、

脱退する国の方が賢明と成ってきます。

ICCが機能的に活動するには、

加盟国を増やして協力関係の下で行わなければ成らないのに、

南アフリカとロシアの外交上の問題に触れたりと、

各国の外交上の自主性に干渉する機関と成っている。

加盟するより

寧ろ脱退した方が国としての自主性を担保できると言えます。

 

国際機関として国の自主性や、

内政不干渉の原理を遵守しないのなら、

この様な機関は機能しない組織として、

無視してよいものと言っておきます。

ICCの活動条件は、

各国からの要請によって紛争に至らない案件に限り

関与が認められるとするべきで、

現状の身勝手な価値観での活動を是正しないのなら、

加盟国はICCの要求に一切に従う必要は無い、

または従っては成らないとまで言っておきます。

 

国際機関としてICCの様な組織に期待したのが間違いだった。

越権行為すら理解もしてない

愚か者の集団とまで言っておlきます。

サダム・フセインのケースの様に、

イラク戦争の末、米国が捕獲した状態を以て、

そのサダム・フセインの罪状を裁くのであれば、

その機関としての機能は十分に果たせます。

 

逆に太平洋戦争または第二次世界大戦を例に言えば、

戦争中にヒトラーであり東條を

戦争犯罪者と断定する事は意味が無いです。

又は戦争に至る前に断定しても、

戦争して相手を捕獲しなければ成らない為、

その判断は各国の政治的かつ民意的な判断井委ねられる。

政治や民意がヒトラーや東條を脅威と見なせば、

戦争に至る決断は自然と成り立つ流れに成るわけで、

司法機関がその戦争行為という大事な決断に

予め善悪を決めつける事は、

政治関与と成る為、

基本的には民主的な機能では有りません。

いわば司法機関としての機能を全うするのなら、

戦争終結後に勝利が確定した後、

戦勝国の大義の説明の一環として、

敗戦国の罪状を調査し判決するだけなのです。

 

逆に全ての戦争犯罪を公平に裁くとするなら、

トルーマンの原爆投下は大量虐殺の判決が妥当と成るわけで、

それ以外にも多々問題は生じてくることに成る。

寧ろ裁判所の立ち位置の都合で、

これらは裁けないとするのなら、

その時点で司法本来の中立、

公平性は守られないのだから、

寧ろ三権分立の機能だけは全うするべきと言っておきます。

 

まあ、最近人間の矛盾に呆れるばかりなのですが…

人を殺すのは良くないと言いながら、

自分たちの為に人が犠牲になるのは問題ないと言っている。

どこかに敵を生み出せば、

その敵とは必ず殺し合いになる原則を知らない事が不思議です。

 

結局は自分の安全だけを都合の良い言葉で語っているだけで、

誰かを怒らせて問題を悪化させ、

最終的には殺意を向けられて殺し合いに成る。

今の世の中こういう価値観ばかりなのは・・・

人間が動物としての知能から脱却できないと考えるべきなのか…

 

ガンダムの話じゃ無いけど、

ニュータイプに成るのは難しいのかな・・・

 

マッカーサーは以前、

日本の民主制は12歳程度の理解力しか無いと言ったが、

今のヨーロッパの民主制は、

老化が進み過ぎて

適正な判断が出来ない状態に成っていると言っても良いかも…

どうも…ショーエイです。

ハッキリ言って、一期目のトランプは酷かった。

ところが現状、二期目のトランプは全く別物に見えます。

 

一期目のトランプは、

政敵である民主党の政策を

全て否定することに翻弄していた感じです。

その為、ある意味ビジネス的な表現で言うならば、

良い商品と悪い商品を分別することなく、

全てを廃棄しようとした。

前職がオバマくんだった事も有って、

良いものまで捨て去ろうとうる一期目のトランプの姿勢は、

米国民の反感を大きく買った感じに成ったのです。

 

二期目のトランプは寧ろ

政敵である民主党を意識せずに、

極力冷静に見極めて対応しようとしている。

と、言うのも、

バイデンのやってきた事が酷すぎた為、

自然とそれを是正するだけで十分なのだからです。

 

現状、二期目発足してのトランプは、

寧ろトランプの人柄の良さが表に出ている感じとも言えます。

表面上は生真面目で、

実際は臆病な政治家が多い中、

トランプは雑な感じがにじみ出るが、

人を見極める度胸が見て取れる感じです。

 

ヨーロッパの政治家に限らず、

日本、アメリカを含めた多くの人は、

自分たちの安全の事ばかりに気を取られて、

ただ単に安全を脅かす存在に恐怖するだけで、

それに備えて戦う事しか思いつきません。

これがどういう事かと言えば、

結局は平和的に解決する思考では無く、

戦争を前提とした結束を

強化する発想しかしない訳です。

これが抑止力に成ると強弁を張る訳ですが、

愚かにもその抑止力を越えて、

寧ろ圧力として用いる為、

敵になる側を刺激し、

戦争と言う形を現実化しているだけなのです。

 

臆病な人たちは、

この結束を緩めれば相手に隙を与えてしまう。

なんて事が過るでしょう。

結果として敵と定めた相手は、

敵でしかない為、戦争の脅威を永続させるだけなのです。

 

もし敵を信用して騙されたら…

油断して敵に隙を見せたら…

 

まあ、臆病な人ほどこういう考えに先走るのです。

 

一方で度胸のある人は「お人好し」では有りません。

一見、敵と友好的な関係を築こうとしたり、

敵との交渉で譲歩したりしているように見えますが、

それは敵と見なしている相手が、

お互いに敵では無いと認識するための必要な作業で、

仮に敵が裏切った場合、

「全力で戦争しますよ」

という姿勢でも有るのです。

 

臆病な人間は、

いざという時に全力で戦争する決断は中々出来ないのです。

バイデン政権やNATO諸国の政治家がその典型で、

第三次世界大戦を恐れて、

ウクライナへの支援で留まったわけです。

一方のロシアは戦略的な問題は別としても、

多大な犠牲を伴っても

全力でウクライナに戦争を仕掛けてきた訳です。

仮に欧米が核戦争も覚悟で、

ウクライナ防衛に動き出していたら、

戦況はロシア不利な状況で終わっていた可能性も有り、

彼ら欧州の政治家や、日本の石破君がいう意味での、

国際社会の結束による抑止力というメッセージは、

明確に響いたかもしれません。

そういう意味では、

全てが臆病者たちの失態を、

今更臆病風に吹かれた状態で吠えても、

何の効果も無く、

ただ単に普通の人たちが、

臆病な論理で一般社会では当然とも言える

法的な抑止力(逮捕)が外交上で通用すると勘違いしたまま、

社会を危険な状態へと誘っているだけなのです。

 

勿論、ロシアの本気に本気で立ち向かった戦争は、

確実に核戦争へ発展するとも言えるわけで、

本気で立ち向かう決断は容易では有りませんが、

臆病者はこの決断を出来ない相手と

見透かされてしまっているのも事実です。

 

さて・・・ここで…

ロシアのプーチン大統領を

怖いと感じてる人は多いと思います。

本気で戦争をしてくる相手だから当然ですが、

それは皆さんが無法状態で

マフィアに脅えているだけと同じです。

警察も機能しない国際社会で、

マフィアに脅えて反マフィアを唱えて、

市民団体で対抗するという論理で議論してるだけなのですが、

結局はマフィアと戦争する流れに向かっているだけです。

まあ、相手がマフィアならば、

それも有りですが、

相手は核兵器を持つ大国です。

全力で戦うという事は、

核兵器に核兵器で対抗する覚悟も求められます。

その決断を出来ますか?

相手は核の報復が有る事を想定した上で、

状況に応じて平気で核を用いる訳です。

 

無法状態な社会では、

マフィアにはマフィア同士で秩序を話し合う。

一般の人がマフィア相手に話し合いをするのは、

大変な度胸が要ります。

言葉一つ間違えば殺されます。

政治権力に胡坐を掻いているだけの政治家は、

内弁慶が殆どで、

自分の権力の及ばない相手と対等に話すことは出来ないです。

相手が同じタイプの普通の人同士なら、

まあそこは普通の人同士のレベルで対等には成れるでしょうが、

威圧の強い相手だったり、大国の当主だったりした場合、

当然の如く脅え切ってしまいます。

普通の人は道徳なんてものが通用すると思って、

キレイごと並べて話をしようとします。

「戦争なんて何の利益にも成らない」

と、言った具合に…

道徳を共有できる普通の人同士なら、

何も考えずに当然として理解できるかも知れませんが、

ところが…別の視点でものを見る

マフィアのような人を相手に

普通の人は道徳でものを語って、

結局はその「敵」の位置づけを

そのまま相手に突き付けてしまうのです。

いわば…マフィア相手に道徳心を説いて語る事は、

「あなたは悪い人で善良な心を理解していない。」

そういう会話をしているに過ぎないのです。

普通の人は人道を説いて説得しているつもりでしょうが、

その行為そのものが、

先ず相手を馬鹿にした姿勢であり、

人道に反するから

あなたは社会の敵だと伝えていることに成るのです。

相手は自分が社会の敵であることを認識している訳だから、

寧ろその警告はマフィア側にとって

「宣戦布告」という捉え方にしか成らないのです。

 

日本のメディアに限らず、欧米のメディアも、

論調は「ロシアは悪い国」という表現で伝えてます。

先ず、この時点で話は一切噛み合いません。

「暴力反対!!」と唱えて、

マフィアの暴力が止まる訳も無く、

無法地帯なら寧ろその市民とマフィアで泥沼の戦争に成ります。

 

マフィア同士ならお互いの利益を理解し、

お互いが「利害」を説くことで、

道徳の言葉と同じ意味の

「戦争なんて何の利益にも成らない」

を伝えられる訳です。

まあ、マフィアと表現してますが、

ビジネスの話では寧ろこれは基本中の基本です。

ビジネス上では法律上の契約が担保されえますが、

無法地帯ではマフィア同士の力関係が物を言います。

いわば約束を違えた場合は全面戦争という事です。

外交上では無法地帯と同じ条件故に、

大国同士がマフィア的な話し合いで事を収める方が、

話が通じやすいという事です。

 

バイデンはロシアを悪者呼ばわりして、

ウクライナのNATO加盟に肯定的な立場で挑んだ。

ここを理解して、

ロシア側がこの表現をどう感じるか…

道徳という概念を語るのなら、

適切な形でロシア側に立って物を考えて見てください。

ロシアを悪者=敵視した上で、

中立で緩衝地帯であるはずのウクライナを、

NATO側に取り込もうとした…

そういう流れに成るわけです。

戦争、軍事の観点でこれを伝えると、

NATOが「調略」によってウクライナを取り込んだという事で、

日本の戦国時代の表現で言えば、

城が一つ奪われた事にも成るわけです。

中立であってもウクライナにはロシアの軍港が存在した為、

ロシアの安全保障上の拠点に成ります。

武力で無くとも、城が敵方に寝返ったという事態は、

敵がそこまで侵攻してきたという形に成る為、

自国の安全保障であり防衛ラインを堅持する意味では、

あらゆる手段で奪還しなければ成らない事態に成るのです。

 

戦国時代では無いのだから・・・

そう考えるのも間抜けな話で・・・

バイデン政権のブリンケンも同じ程度で甘く考え、

結果としてウクライナの戦争を引き起こしたのです。

バイデン政権が「敵」という姿勢で

ロシアと対峙したなら尚更で、

寧ろ拠点を奪われて何も出来ないというロシアを見たら、

西側諸国の人々は

プーチン大統領を「お人好し」、「間抜け」と

嘲笑って喜んだ事でしょう。

道徳を理解するなら、

こういう行為を人道的と言うのでしょうか?

悪者=敵だから当然とするなら、

その時点で意識は戦争している状態と気付くべきです。

 

トランプはゼレンスキーとの対談で、

「自分は中立だ!!」と表現した。

多くの人はロシアよりと考えるだろうが、

寧ろ中立的な見解では、

NATOがこの戦争をウクライナ調略によって、

またもっと遡れば、グルジアに政治的な調略を仕掛けたことで、

ロシアとの関係性を悪化させ、

ウクライナの調略によって戦争行為を決定づけたと成るわけです。

なのでトランプが「中立」と言ったのは、

自国の責任も認めた意味での「中立」に成る為、

その言葉通りの立場であると言えます。

 

ここでトランプの良い所は…

バイデン政権の失策として、

自分が担うアメリカの責任では無いと、

適切な形で切り替えられるところで、

米国の政治責任として考えないところと言っておきます。

これは日本人が

太平洋戦争の戦争責任をいまだ引きずって

当時の東條政権の失政だと割り切って考えられないのと、

逆の現象でも有るのです。

 

合理的な意味で考えるなら、

昔の失政を断罪できない姿勢は、

そのまま断罪を肯定した姿勢に見られるわけで、

何故、自分の政治はそことは違う点をアピールしないのか、

その辺も不思議な話ですが…

頭の悪い人は日本の過去の過ちを認める事は

日本人そのものの資質が疑われるなんて考えて、

寧ろその非合理的な思考の方が馬鹿にされることを、

考慮していないのだと感じるだけなのですが…

 

いわば、トランプは他人は他人、

自分は自分で割り切って、

まだ正直あやうい部分は多々あるが、

自分が正しいと思う事を

スピード感以て動ける部分は、

冷戦時代の錯覚を老害として引きずったバイデンより、

遥かに優秀に見えるのです。

 

また、二期目のトランプは

自分の思い込みの頑固さより、

状況を見極めて修正する姿勢が見られる分、

バイデンより遥かに科学的と言っても良いでしょう。

寧ろ科学的な感じが強すぎて、

色々な実験と検証を優先させるところも有り、

そこに危うさを感じる部分が有りますが、

今の所、修正や調整も

柔軟にやろうとする姿勢が見受けられる分、

良くも悪くも一つ一つの結果は、

今後の参考でありサンプルとして、

活用できる形で残っていくと思われます。

 

正直、ここからの4年間、

トランプの運営が成功するか否かの話で期待するより、

トランプの政治上の実験がどのような反応を示すか、

眺める時間として考えると、

結構、面白い時代と考えれるのですが・・・

経済的な打撃はおおくの人の生活に直結する為、

そこだけは何とか耐え抜ければという所です。

 

カナダとメキシコに掛けた関税も、

以前に締結したFTAの範疇で

調整するという話し合いで纏めたところなど、

ある意味柔軟な姿勢が見受けられ、

ただ単に無謀な事をやっている感じには

今の所見えません。

 

寧ろ・・・

トランプの頭の中は適当な知識で、

感情的に先行して手を打つという部分を

理解した方が良いです。

その上で交渉する側が

条約などの材料を揃えて、

トランプに教えるというより伝える形で、

理解を促す様にすれば、

トランプも納得する形に成ると考えます。

 

1期政権の時は、トランプに「媚を売れ」と伝えました。

結果はその通りの政権でした。

信じない人は昔の記事を読んでみてください。

1期目発足した頃の記事に記してます。

まあ、何故そういう解析をしたかと言うと、

当時のトランプは大統領に成れた事を

寧ろ浮かれている状態にあったため、

王様気取りなのが鮮明だったからです。

 

2期目は1期目終了で多くの味方に裏切られた事も有って、

人材も全く異なる感じで発足してます。

今回の目的は

歴史に名を残す大統領になる

という事なので、目的が崇高です。

トランプは役者でも有るので、

演じる目的が定まればそれらしく演じる力が有ると感じます。

なのでその崇高な目的を崩さずに

演じきってくれれば安心なのですがと今は伝えておきます。

また、周りにはイーロン・マスクは勿論、

科学的な思考で動くタイプの人間が多いようで、

ここは以外にも合理的な議論が活発化してる感じも有ります。

寧ろ、以前の様に「媚を売る」人間は、

トランプでは無く、

寧ろトランプの周囲が敬遠する感じに成っており、

そうした懐柔策は通用しにくく成ったと言えます。

 

先ずトランプ本人ですが、

彼には元々、合理的な議論の中から、

最良を判断できる能力は高いのだと見受けられます。

逆に1期目の様に周りがポンコツばかりだと、

議論の質も悪く、何が最適か感じ取る題材すらない状態に成る。

トランプに対して何を基準に考えるか、

そいう所も含めて議論しないと、

支配なのか、調和なのか、

どういう手段を決断の優先順位にするかで迷走するのです。

ここは殆どの人が見失う部分でもあり、

圧力が効果的なのか、調和が有効的なのか、

そして手段を間違えればどうなるのか…

科学的な議論なくただ単に選択を迫られれば、

直感でしか考えられなくなるという事です。

 

その上で科学的な議論の元、

トランプが計算できるように情報が提供されれば、

トランプはその中で最良を導き出せる能力はあるという話です。

 

歴史的な例で言うなれば、

漢の高祖、劉邦の様な存在。

何となく雰囲気も似ているかな…

史記を記した司馬遷は「頭が悪い」と評したが、

まあ、実際の劉邦はその評価とは違うだろうと言っておきます。

 

劉邦には

蕭何、張良、韓信という優秀な参謀が居たという様に、

現状、トランプ政権にも優秀な参謀が多く居るのだと思います。

偉大な大統領に成るには、

必ずしもその大統領の英知を証明する必要はない。

劉邦を例に挙げるなら、

優秀な参謀と共に英知ある形を作り出せば、

その英知はその主君の功績として結集されるのです。

多くの愚者は、

自らの存在感に固執するため、

英知をまとめ上げることに失敗する。

一期目のトランプは自分が偉大なのだと証明しようとして、

英知を纏める役割の重要性を知らなかったと言えます。

しかし、現状の様に、

多くの英知を他から取り込んで、

英知ある形で纏め上げられるのなら、

その裁量に寧ろ評価が集まる。

 

企業の様に製品を生み出して

利益を上げる事を目的とするなら、

自らにアイデアと発想を持つ人間が望ましいが、

 

複雑な利潤や人間関係が交錯する政治の世界では、

様々な意見から最良を導き出す能力の方が、

重宝されるのです。

 

そういう意味では、

織田信長や諸葛孔明より劉邦や劉備玄徳の方が、

人の上に立つ人間として優秀と言っても良いのです。

 

トランプがどういう失言をしようが、

いい加減な事を言おうが、

全く一向に気にもしないですが、

崇高な目的だけは失わずに居てくれればと願うだけです。

仮に邪な目的を望んで、

米国合衆国憲法にあだなす様な事をすれば、

彼が結集した英知は、全て個々の英知として評され、

彼の名声は地の果てに追いやれることだけは、

知っておいた方が良いと警告だけはしておきます。

 

凡夫として終わるのか、

英雄として終わるのかは、

目先の地位に拘るか、

歴史的な価値を残して終わるかの決断で

変わるという事です。

 

 

 

 

 

 

 

さて…マフィアと表現して、

多くの人は小物のギャングやチンピラを想像するでしょう。

相手が小物の無法者だったなら、

寧ろ簡単に内部崩壊という手段が使えます。

マフィアと表現するのは、

寧ろカリスマ性のある義侠者という意味で、

単なる無法者とは違う意味で伝えてます。

単なる無法者は自己の利益のみ優先して、

力で胡坐を掻いているだけ故に、

その存在に反感を持つ人間が

その側近を含めて多数存在します。

なので内部の人間を懐柔して崩壊に導くことも可能です。

ところがプーチン大統領の

どうも・・・ショーエイです。

以前トランプがフェイクニュースという言葉をよく連呼していたが、

今現在、欧米のメディアはフェイクニュースをたれ流している、

又はある意味プロパガンダ報道によって、

都合の悪い部分を語らない事をご存知ですか?

今から全部ひっくり返して情報を証明しますね!!

 

色々とご主張されている方々も居ますが、

彼らの記憶力は鳥以下なのですか?

 

欧米の政治家もその程度なのか、

それとも民衆の記憶力が鳥以下であることを利用して、

根拠のない主張で聞きごこちの良い言葉を並べて、

自己正当化に努めているだけなのか?

 

まあ、日本の政治家やメディアに限って言えば、

民衆と同じレベルでしかないようだけど…

 

 

ミンスク2 - Wikipedia

 

ウクライナ問題を戦争に進めたのは、

このミンスク2の崩壊が原因です。

 

ウォロディミル・ゼレンスキー - Wikipedia

 

色々な話がWIKIの中に残っています。

彼の政治問題の項目には、

ネオナチとの関係などの記載も盛り込まれており、

独裁者だという表現が

あながち間違っていない部分も見受けられます。

上記に記載がない部分では、

ウクライナに於いて親ロ派の人々は弾圧をうけたという事、

議員資格をはく奪されたり、

選挙資格を認められなかったりという事も発生してます。

正し中立的な立場で検証した場合、

大国との戦争に備える意味で、

挙国一致を唱えるのは戦略的に有りなので、

当方はここは問題視しません。

 

問題視する所は、ウクライナでの戦争は、

十分な配慮があれば避けられたという話です。

 

北大西洋条約機構 - Wikipedia

 

NATOの新米露冷戦という項目に、

ロシアがNATOの東欧勧誘を止めるように求める部分が

書かれてます。

NATOがロシアの前身である

ソビエト連邦に対抗する軍事同盟であった事は、

誰もが知るところと思います。

その崩壊後は自然と、

軍事的に継承したロシアが対象に成っている事は、

その後の動向から誰が見ても明白です。

ウクライナ問題以前のグルジア問題も

ココが起因する部分です。

 

実は今回再就任したトランプの話は、

あながち勘違いではないという事を先ず伝えておきます。

寧ろ今回の反トランプの主張が、

こうした背景を全て隠した上で、

都合の良い形で報道しているに過ぎない点を

伝えておきます。

 

さてこれらの情報を総括して、

何が根本的な問題なのかで考えるなら、

全てはNATOが引き起こした問題なのです。

先ずNATOがいくら言葉上で否定しても、

その行動が対ロシアに向けたものと見なされる以上、

ロシアが軍事的な警戒感を抱くのは否定できません。

言葉で平和を主張する以上、

軍事的な警戒感を払拭する努力は必要です。

その証明が旧ソヴィエト連邦国のNATO加盟を

認めない事なのです。

 

一般庶民は政府が裏でどのような戦争工作をしているか、

全く見えません。

ジャーナリストも表面上に出てきた問題は

報道に繋げられるが、

表面上に出てこない工作は全く手が付けられない。

ウクライナの反ロシア派を工作して、

反ロシア政権を生み出すのも、

ウクライナのメディアを掌握するなどで、

民意の流れをコントロールすることは、

さほど難しくは無い話でもあります。

寧ろ欧米の文化的な優位性を担保に、

自由だの平和だのと表面上で導けば、

若い世代は簡単にそれに感化されてしまいます。

 

これが本当に平和的な形で進むのなら、

それはそれで問題視はしませんが、

ロシアがその手法を対ロシアであり、

ロシアとウクライナの関係性を悪化させる意図で

感じ取ったなら、

それは平和的ではなく敵対行為に成るわけです。

 

欧米の政府は白を切るように、

そうした敵対意思は無いと主張するだろうが、

「言葉では無く態度で示せ」

が、軍事的な基本なので、

態度で示せないなら戦争に成る、と言うのは、

軍事的な見識で考えれば当然なのです。

「兵は詭道成り」

という孫子の文言を何度も口にしますが、

戦は騙し合いなのだから、

騙し合いの姿勢が改善されない限り、

平和からは程遠くなるという事を、

一般人は知っておくべきなのです。

 

この態度で示せが、

NATOが旧ソヴィエト連邦国に対する勧誘を

断念することで、

これらの国々を一切勧誘しない、

又はロシアのNATO加盟が条件という表現で、

将来的な平和を示すべきなのです。

それが無いと、

民意レベルの決断に対して、

常時ロシアが敵視される不安が付きまとうため、

寧ろロシア側の安全保障が担保されない形が続くため、

ウクライナでの行動の様に、

戦争と言う手段を用いて

これに対抗するしか無くなるのです。

 

【欧米のロシア脅威論は見当違い】

現状、欧米というより欧州だけに成るのですが、

ロシアがヒトラーの時の様に、

侵略戦争に味をしめると言うのは、

根本的に見当違いであり、検証違いです。

100%それは有りませんと断言します。

 

寧ろゼレンスキーでは無く、

ウクライナの人々の奮闘が

それに寄与したという形で伝えます。

 

この戦争でロシアは多大な犠牲を被ったわけで、

その実、ロシア国民も

こんな戦争を再び起こしたいという気には成らないと言えます。

これが簡単にウクライナを占領できた話なら、

大国の侵略戦争は簡単だという形で残ったと言えます。

寧ろそういう意味ではイスラエルの方が問題で、

ガザ制圧をかなり速いペースで進められた点が危惧され、

今後も他国との戦争に積極的な姿勢で挑む事が、

危惧されると言っておきます。

 

ロシアの今後の軍事行動が100%無いと言う条件は、

NATOが旧ソヴィエト連邦国への拡大を断念する事で、

それ無くしては再び国の威信を賭けて

戦争に踏み切る可能性はかなり高く残ります。

中途半端な形で終わらせて、

ロシアが再び軍事行動を起こした場合、

それをネタに欧州側が正当化する可能性も有りますが、

その時は地獄の始まり、

第三次大戦に発展すると思った方が良いです。

 

【米露の接近で中露関係に変化】

頭の悪い人は、トランプの思い付きの様な行動が、

どういう効果を齎すか計算すら出来ないのでしょう。

米露の関係強化は、

台湾問題で国際的に中国が孤立する可能性を意味する為、

台湾の安全保障としても効果を与えます。

ただし、これも中国側に配慮する姿勢が大事で、

寧ろ台湾問題で中国政府を刺激せずに、

沈黙を以て問題の鎮静化に繋げるのが得策なのです。

仮に中国が問題を起こせば孤立化すると考えて、

そこを刺激してしまうと、

ロシアが今度は中国に味方する動きに成ります。

その上で台湾進攻が現実味を帯びるかも知れません。

 

現状、孤立する可能性を高めるから、

台湾侵攻を躊躇する心理が強く過るという話なだけで、

国の威信にふれる形に成れば、

ウクライナ問題同様に行動するのは目に見えてます。

また、中国経済が低迷する状態に入ると、

より一層、自暴自棄になる危険性も有るのです。

中国が現状理性的に対応しているのは、

国際社会に於ける中国経済の信用を担保するためです。

中国が経済的に豊かである状態は、

中国政府が極力理性的な態度の必要性を感じて

行動する原動力と成っている訳で、

寧ろこれを壊すことは危い方向に舵を取らせる可能性を

高める事だと理解した方が良いでしょう。

 

とにかく…

世の中情報弱者が多すぎる事と、

情報を知っていても忘れてしまっている人が多いのが問題で、

IQ100前後がマジョリティの人間社会では、

どうしようもない話なのかも知れません。

 

ましてや上記の様な情勢を考慮して、

計算すら出来ないレベルが

政治の世界に蔓延っているのも問題です。

 

民主制というけれど…

情報を限定して、

情報弱者で固めて頭の悪い議論に誘導している民主制は、

本当に真面と言えるのでしょうか?

頭が悪いと言っても、

適切な情報の下で適切に考えさせれば、

庶民レベルでもある程度真面な議論は出来ると思うのですが、

情報が乏しい故に、

単純な好き嫌いか、

身勝手な倫理観で正義感振りかざすだけの話に成って、

平和とは異なる対立へ、そして戦争へと誘っていくのです。

 

IQは上昇します。

適切な情報を与えて、

常に適切な思考で議論する社会であれば、

人は真摯に考えて行くように成り、

IQの平均ももっと向上します。

人は考えるという努力から逃げるから、

知識に頼るって考えずに行動するのです。

 

さて…ガンダムの話には成りますが…

貴方はオールドタイプのままで居たいですか?

それともニュータイプに進化したいですか?

ニュータイプに進化したいなら、

色々と考える事を楽しんで下さい。

 

 

トランプとイーロンが色々と

やらかしている感じで報道されてます。

 

多様性の排除という形で報道されていますが、

それで差別が促進されるという話は、

寧ろ今までの多様性の扱いが、

人間的なものでは無く、精度に従っていただけの物に成ります。

 

寧ろ多様性を理解し、人間的に受け入れているのなら、

そうした制度が無くても変化は生じないはずです。

とは言え、人間である以上、好き嫌いは付きまとうので、

差別意識が無く成るかと言えば違うのですが、

寧ろ多様性と言う括りで区別して考える方が、

不自然なのではという合理的な視点で見ることもできます。

 

現状、法律上で不当な扱いに関しては、

裁判などで争う事が出来ます。

これは多様性の受け入れ関係なく、

基本的には公正な形で判断されます。

寧ろ不当なケースも多様性の中ですら発生すると言えます。

 

では…多様性という意味で、白人の割合、黒人の割合、女性の割合などを考慮してバランスを設けるという仕組み・・・

確かに多様性の理解が乏しい社会では、

制度として強制的に採用させる必要性が有りますが、

米国の社会はそこまで理解力が乏しいのか?

と、考えると…

寧ろこの制度は人間を

区別、分類している制度に成るのではという感じでも有ります。

 

先ず個人的な見解では有りますが、

差別意識を持つ人間なら、

人種、性別に限らず一切採用はしません。

白人の黒人などに対する差別意識は良く知られてますが、

逆の自分が差別される意識を持つ人も、

差別意識を持っている人間と判断します。

 

人種、性別関係なく上手く機能させるには、

全て同じ人間で、

一切能力的に異なる特性は無い事を知った上で、

それを意識していない人間同士の関係が望ましいのです。

下手したら…

「私が女だから…」

「自分はXX人だから…」

と、弱音を吐いたらクビにするかもです。

 

法律上でそこがポイントだと問題視されるかも知れませんが、

私は、

自己的に差別意識を提示した為、

差別の無い形に反すると判断して解雇したとハッキリ言います。

 

同じ人間同士で会社として同僚同士として、

ある意味競い合う部分が存在するなら、

実力を示すことが大事であり、

人間同士として同じ人間である意識が無ければ、

どこかで人間関係に亀裂を与えるのは当然だからです。

 

例えば日本という日本語の社会で、

真面に日本語が話せない人と、

上手くコミュニケーションは取れません。

勿論、日本語が真面に話せない相手は、

大方が外国人に成るでしょう。

だからと言って外国人として差別したという話は

おかしい事にも成ります。

寧ろ日本人の多くは、

一生懸命日本語を勉強しようとする姿勢が有れば、

そういう外国人を大いに受け入れます。

寧ろ日本人でもコミュニケーションを上手く取れない人は、

自然と嫌われます。

 

そういうケースで、

自分は中国人だから日本人は自分を嫌っている、

日本人は中国人を差別している。

そういう気持ちで日本社会に入っていれば、

自然とどこかで亀裂が生じて

良い関係が築けないのは目に見えてます。

また、日本人に馬鹿にされないようにと

強気な態度取る場合も、

何か勘違いした人として扱われます。

 

僕個人の姿勢ですが、

多様性の中に、違和感を感じる異質性は存在する事を知る為、

ゲームなどで英語でコミュニケーションを取る際に、

何か指示を与える場面だったりする場合、

あえてPls(Please)を多用します。

自分がネイティヴから離れていることも理解してるし、

現代のフランクな言い回しや、

ネット用語を違和感なく使いまわせてるとは考えてないからです。

なので出来るだけ丁寧な言い回しで、

私は日本人ですと伝えた上で会話するようにしてます。

 

まあ、その上で失礼な相手にはちょっとマフィア用語入った、

キツイ言い回しで喧嘩しますが…

 

それで何かあっても差別が原因でとは考えないです。

寧ろ人間好き嫌い有るから、そのレベルでしか考えません。

 

相手が自分を嫌いなら、こっちも相手を好きに成らない。

相手がこっちを大事にするなら、こっちも大事に考える。

お金を落としてくれるなら、多少の事は我慢するし、

そうでない横柄な相手なら、相手にすらしない。

 

これって相手がなに人だろうが、男性女性に関係なく、

当然なものとして発生する人間関係です。

多様性社会やそうしたシステムが存在すると、

寧ろそういう人間関係の基礎的な部分が

欠落してしまうとも言えます。

 

外国出身者で日本人と対等な関係を求める人が居ます。

別に求めるのは構わないが、態度がムカついたら、

彼を対等な相手としては見ないです。

これは日本人が外国へ行った場合も同じです。

 

以前、ロスのホンダの社員の方ですが、

現地採用の人で、とても綺麗な日本語で話してくれる人が居ました。

あまり人種に触れたくは無いですが、

白人の男性です。

日本語は丁寧な口調で紳士的だったので、

僕も丁寧な日本語で対応してたのですが、

別な同僚はその人相手に上から目線の物言いをしてました。

この時、この同僚の事が凄く恥ずかしい存在に見えたのは、

言うまでも有りません。

 

多様性の話をする前に、

人間関係の勉強をすることが

現代社会では大事なのではという事です。

なのでトランプがこの政策を排除するっ事事態は

問題視してません。

寧ろその政策が無くなってから、

米国社会がどう反応するのかです。

社会が多様性を理解しているのなら、

法的な管理は公正な形で継続されるだろうし、

区別なき人間関係という形で、

多様性という枠組み無く機能するはずと思われます。

逆に再び多様性の制度が必要と成る社会ならば、

寧ろその社会性の実態をアメリカ人は

恥じるべきとも言っておきます。

 

なのでトランプがその制度を撤廃した事を問題視するなら、

アメリカ国民はそれ無くして多様性社会を

区別なき人間社会いわばNon-Colored、

色無き社会の維持を意識するべきと言っておきます。

 

ただ…トランプのやる事をある程度理解はしますが、

まあ、トランプが本当にノーベル平和賞を望むなら、

ウクライナ問題とセットで

イスラエルとパレスティナ問題を

平和的に解決しなければ成らないのですが、

イスラエルのネタニヤフがその足を引っ張る存在に成る事を、

トランプはそろそろ気付くべきなんじゃないかと言っておきます。

それに気付けなければ、ウクライナ問題を解決しても、

パレスティナ人迫害に手を貸した存在として、

寧ろマイナスに成るだけなんですよね…

どうも…ショーエイです。

今。世界中では可笑しな正義感が蔓延している様に見えます。

 

ところで正義って何ですか?

法律上の正義であったり、倫理上の正義、

社会的正義やらと色々ありますが、

殆どの人が実はどれもごちゃ混ぜで、

矛盾した主張を理解できてません。

 

LGBTに関して言えば、

倫理上の正義の話なら、

LGBTの権利は当然認められるべきと考えますが、

生物学上の正義では異質な行為を

社会的に認めて寛容化するべきではないという事にも成ります。

そういう意味で社会的正義の立場で考えた場合、

法律上では自然学的な意味から

婚姻というのは、

基本的には種族保存を意味する

家族構成の成立で設けられた制度であり、

人類がそれを伝統的な制度として受け継いできた経緯も含めて、

これを変異させては成らないという事に成ります。

その上で倫理上の権利として

LGBTのパートナーシップに関しては、

婚姻と言う人類の伝統に触れることは許さずとも、

婚姻と同等の社会的権利は付与されるべきという形が

適切という事になるのではないでしょうか…

その上で

「ソーシャル・パートナーシップ」

というものを設けるのです。

 

これは夫婦別姓にも対応したもので、

LGBTに限らず男女でも選択可能な制度として

新設するのです。

特に日本では夫婦同姓が伝統的な制度な訳で、

外圧によってこれを覆す必要性はありません。

むしろ国のアイデンティとして、

これらを保持するべきと言っておきます。

そうした選択の幅を広げる意味で、

現状は婚姻という伝統的な制度と、

ソーシャル・パートナーシップという新しい精度で、

分けた形で法制化するべきと言っておきます。

 

いわば夫婦別姓で夫婦関係に移行したい場合、

または同性同士で夫婦関係に移行したい場合は、

パートナーシップの方でという事です。

 

それによって社会的には、

伝統的な婚姻制度を選択するか、

新しい形の夫婦関係を選択するかの

2択が与えられるという意味になり、

LGBTのみが差別化された制度では無い事にも成るわけです。

 

社会に伝統的な制度か、

新しい精度かの選択肢を与えるっ事で、

憲法上の幸福追求の要望に、

ほぼ対立する双方の権利が認められる形と成るわけです。

正直、これ以上の議論は不要です!!

 

これは米国の合衆国憲法にも有りますが、

日本の幸福追求の権利の意味も含めて、

マイノリティの保護に該当します。

欧米というより欧州の方が強いのですが、

例えるならLGBTの権利に関して、

以前はその主張がマイノリティだったものが、

現状ではマジョリティに成った状態です。

では、生物学的や伝統を重んじるある意味保守的な意見は、

現状マイノリティに成るわけですが、

彼らの見識を無視しても良い話かと言うと、

科学的な根拠も含めるとその主張の正当性、

いわば正義は成立する訳です。

ここでいう彼らの正義は、

人類の自然学的な種族保存の作用にたいする主張で、

必ずしもその主張が間違いであるとは断定できないものです。

 

そうした中間線を吟味して考えるのが

本来の政治な訳ですが、

高飛車な言い方をすると、

最近になって普通の人間では

この領域にすら到達できないという事に気づいたわけです。

これはあくまでk学的に法律や権利、

そして社会のバランスを調整して考える領域です。

ただ単に自己主張だけで正義を語る程度では、

思考すらせずに多数決に頼るだけの世の中にするだけです。

ただ、民意が結局、そういう程度の政治を選ぶゆえに、

憲法が保護している部分すら理解せず、

多数決正義をかざしてバランスを崩壊させていくのです。

 

科学的には三権分立という形で、

司法、行政、立法が監視、監督する

システムに成ているのですが、

元々がかなり知性が高い人にしか

解からないシステムだった様で、

知性の低い人間が要職に付いた状態では、

そこに民主主義が適正に機能する為の

重大な役割が有る事すら気付けないらしいのです。

 

独裁者で知られるヒトラーは民主主義から誕生している。

英国の政治家の主張をひっくり返して言うなれば、

ヒトラーも選挙を勝ち取ってあの地位に上り詰めた訳です。

これはトランプも含めて、

更には民主党の重鎮ペロシ(元下院議長)も同じだが、

誰もが権力を握って自己の主張を押し通す為に、

独裁者になる道を知ってか知らず下で歩んでしまうのです。

 

人間議論は労力が居るし、

相手を説得しようとも、中々噛み合わない。

相手が合理的かつ科学的な議論を出来るなら、

その議論は充実したものと成るが、

一般的にはお互いが一方的な正義をぶつけ合うだけで

終わってしまう。

合理的かつ科学的な話に説得力を持たせるには、

言葉を選んで解かりやすくする労力がかかる。

実はこの労力は計り知れないもので、

それでも自己の正義に

執着しているだけの程度が多すぎて、

伝わらない。

故に力でねじ伏せておくほうが

スムーズかつ楽なのです。

 

独裁者を世の中は批難しているが、

寧ろ誰もが独裁者に成ろうとするのだと言うことを

理解しなければ成らない。

そして小さな会社も含めて、

権力の頂点に立った時点で、

その決定権が有る故に、独裁は成立するのだ。

その独裁を監視する意味で、

会社なら株主総会、

政治なら立法、行政、司法が存在するのだが、

全ては力関係でいかようにも

崩れてしまう事を知っておかなければ成らない。

 

そうして考えると・・・

独裁者であることを批難することは全く意味がないのだ。

ほぼ権力の中心に居る人間の99%が

そこを自然と目指してしまう行為なのだから、

それを否定して相手を信用しないという主張は、

ほぼその人本人も信頼に値しない事を

言っているに過ぎないのです。

 

その上で大事なのは何を言っていて、

何をしているかなのです。

 

まあ、ここでウクライナ問題の処理に関して、

トランプの言い分が正しいとか、

ロシアの主張が正しいとか、

と言っても理解できない人には理解できないわけです。

 

では…今のまま戦争を続けさせることが正しいのか?

では・・・どうしたら戦争が終わるのか?

ウクライナが勝つまで続ける?

それで犠牲に成るのはウクライナの人々?

それとも戦線を欧州全域まで拡大させる?

 

ウクライナを支援し、ロシアを嫌う人々にとっては

負け戦に成るから?

まあ、そうだろうね。

ゼレンスキーにしても、

このままでは無駄な戦争に踏み切っただけの人に

終わってしまうでしょうね。

 

別にロシアが負けるまで戦争を続けさせても良いけど…

そこにどんな正義が存在るの?

 

先ず、多くの人が勘違いしているようだけど…

世界全体全体で完全な平和は確立してません!!

軍事的な緊張が残存している状態にある事を、

全く理解していない。

その上でウクライナに軍事同盟であるNATOの勧誘に乗り出す、

ウクライナの民意に働きかけて加盟を促す。

これらを全て軍事的な姦計、謀計と位置付けます。

ある意味革命を扇動するような行為でも有ったわけで、

それに対抗して同じ様にクリミア半島を吸収したロシアは、

NATOと同じ手法で

ロシアの軍事的な拠点を維持したという流れに成ります。

 

正義が平和を維持する意味語られるのなら、

こうした軍事的な挑発、姦計、謀計が発生する状態は、

平和と逆行する一方的な安全保障の主張に過ぎません。

結果、戦争に発展すればその安全保障は政策として失敗です。

その上でのロシアの提案は、

ウクライナの中立性の維持をNATOが担保する事でした。

それに対してNATOは民意ならばという主張で拒否した訳で、

寧ろ民意が流行に流される状態を利用した形に成ったわけです。

民意というのが一見、

民主主義の意味で正義に感じている人も多いとおみますが、

先にも述べた様に、

ヒトラーはその民意によって誕生した訳です。

更には、現状イスラエルのネタニヤフの様な人間を見ると、

反ユダヤの感情が芽生える人も出てきます。

パレスティナ問題で

ユダヤ人の全てが悪いわけでは無いのですが、

流れによってはユダヤ人全てを敵視する人も出てきます。

民意の流行がそういう嫌悪の感情に進めば、

再びヒトラーの様な大量虐殺を行う人間を

支持する流れにも成るのです。

NATOはウクライナ人の反ロシアの感情を利用して、

NATO加盟を「暗に!!」促す形で働きかけた訳ですが、

軍事的な緊張が続く状態であり、

国際社会での発言力で

欧米が優位性を確保する目的で考えるなら、

この行為はNATOの侵略と見なしても可笑しくは無い話です。

昨今、欧米の主張が

内政干渉を通り越して聞こえてくる状態で、

こうした一方的な主張が

支配的に受け入れられる環境を目指しているのは明白です。

いわば欧米の独裁的な支配です。

誰もが独裁者に成ろうとする話で伝えたのと同じで、

ロシア、中国、

そして更にはアラブ諸国であり

イスラム圏の主張からの反論を

一蹴出来る状態にしたいという形です。

 

欧米の」人権問題や環境問題に対する取り組みを

否定もしないし、寧ろ肯定してますが、

内政干渉の下で他国の文化や社会を逆に否定することは、

むしろ欧米が尊重する権利の主張に反する行為なのです。

ここを履き違えると戦争やテロの発生に繋がる事を、

先ず理解するべきと言っておきます。

そういう意味で国連には内政不干渉が有るのです。

本来、ウイグル問題同様に人権問題と関わる話の場合、

相手の内政問題に関する部分は考慮した上で、

一歩引いて交渉を進めるべきです。

虐待や虐殺が生じている場合は、

その改善を主張するのは問題ありませんし、

それに対する制裁処置は有効手段です。

しかし、言語教育に関する問題を虐待と主張するのは、

見当違いにも成り、

テロ抑止の為の監視も内政問題として

考慮されなければ成りません。

監視せずに中国でウイグル人のテロが発生して、

欧米が独立運動だから問題ないとすると、

それは軍事緊張下では姦計、謀計によって

人権問題で口を挟んだ国が

侵害行為を扇動したことに成るからです。

その上でどういう扱いが人権問題として適切であるか、

内政問題と人権問題改善を調整して行かなければ、

謀略を狙っている形にしか見えなくなるのです。

 

欧米更には日本も含めて、

政治家は軍略的な知識が無いのか、

それとも子供の様に戦略ゲームで考えているのか、

何れにしても彼らの語る安全保障は

平和を維持する話とは異なり、

ただ単に緊張を高めているだけの間抜けな思考なのです。

一般大衆がこうした話に疎いのは、

所詮は平和ボケ教育しか受けておらず、

レベルが低いので仕方のない話とも言えますが、

最大の安全保障は平和の維持であることを踏まえて、

何が対立を生むのか、何が調和を齎すのか、

よく考えて見れば解るはずと言っておきます。

 

漫画やアニメの様なレベルで

正義を考えている人が多いようですが、

寧ろ、最近の漫画やアニメの作品で見受けられる、

正義とは何かを問う形を真摯に考えた方が良いです。

 

ある意味、正義を個々の倫理基準で

考えている人が多いわけですが、

人が人を殺してはダメだと言う話なら、

自分の信念として生きるだけにすればいいのです。

倫理観でそう唱えながら人の心を平気で傷つけて、

中には知らずか自殺に追い込む人間もいるわけだし、

法律で禁止されているから人を殺さない人も多く居ます。

寧ろそういうクズを見たら殺したくなるという人も居る訳で、

人によってはそれも正義です。

結局は正義と称した倫理観のぶつかり合いで、

最終的にはテロや戦争が発生する訳です。

 

ここまで語ってキリスト教の教えが主流の

欧米の人々にに伝えるなら、

キリストの「自分を愛するように隣人を愛せ」

という哲学をもっと深く理解して欲しい。

キリスト教徒じゃ無からか、

哲学として理解しているからか、

この言葉にはとても深い意味が有るわけで、

孫子の兵法で言うなれば、

「戦わずして勝つ」という哲学にも成る。

 

孫子的な表現でこの哲学を語るなら、

己を知り、相手(敵)を知らば百戦危うからず、

尚以て、交渉(外交)を以て相手を制する事、これ最良の策成り。

戦わずして勝つは己の得る利と定め、

相手の損を求めるはこれ即ち下策なり。

 

実は平和を追求する哲学としては

「自分を愛するように隣人を愛せ」と同じ事。

まあ、哲学では無く、

表面上の言葉で考える人には

理解できないかもしれないですが、

そういう時は、

「別にアホな隣人まで愛せ」とは言ってないからね。

と、言って上げましょう。

 

いわば…相互理解が成立しないなら、

孫子の兵法同様に、下策でも良いよという話で、

だったら「殺し合いで決着付けようか?」

という意味でも有ります。

 

相互理解さえ成立すれば、

人は争うことなく平和的に利益を共有できるという哲学なのです。

 

まあ、信長たま的正義を語るなら、

「平和と秩序を理解できない者は全て排除」

に成ります。

 

相互理解という事をここで伝えましたが…

これって中々成立しないですよね。

と、言うのも教育レベルが低すぎるからです。

学校教育のみならず、書物のレベルも低すぎて…

 

孫子の兵法の中訳書など色々出てたり、

ビジネス応用とか出てたりするけど、

 

「敵を知り」という意味を、

相手の情報を知る事に集約して考えている点です。

 

先ず、同じ孫子とされる孫武の記した内容と孫ピンの記した内容では、記憶が確かならと言っておきますが、

確か言葉が逆なのです。

本家孫武の方は

「己を知り、敵を知らば…」

そして孫ピンの方は、

「彼を知り、己を知らば…」

解からない人も多いと思いますが、

これ言葉が逆だと、思考も逆に成ります。

 

孫ピンの表現に成ると、

相手の情報を知ってから、自分の事を考える意味に成り、

相手の情報を精査した上で、

自分の戦力などを考慮して作戦を練る様な意味に成るわけです。

実際にエピソードも、

相手の癖を見破って計略に嵌めた形で描かれるわけですが‥‥

とにかく敵を知る事が大前提で、

己を知る部分に関しては

寧ろ相手に己を知られないように隠す形に成ります。

基本的に一般の人には

これが常識という意味で理解されるでしょう。

 

実は孫武の意味も、言葉が逆に成っているのに、

同じ意味で考えている人ばかりなのです。

まあ、孫ピンが孫武の子孫だから、

同じ意味で理解したと錯覚した人が多いのも無理は有りませんが、

数千年の歴史を通してもこの違いを解説した人が居ない、

もしくは解説しても残っていないのは残念な話です。

 

勿論、相手に情報を知られないようにするのは当然ですが、

己を知るが先に来る場合は、先ずは己の状態から精査します。

どの情報が敵に漏れていないかを考えるより、

全て情報が洩れるだろうっという事を想定して、

記憶を遡って敵がどういう情報を手にするかを考えるのです。

 

そんな奴歴史上に居たか?

実は日本だと織田信長が居ます。

関所を撤廃することは、寧ろ他国の間者に無防備に成ります。

その状態でも戦に勝てたわけです。

長篠の戦いでの酒井忠次とのエピソードが有るように、

敵の間者が潜んでいる事を想定して常に行動している訳です。

 

話を戻して、

己の状態から精査すると、実は敵の見え方が全く違うのです。

考え方は相手が自分を相手に何を探るか、

そして何を考えて戦うか、

更には相手の目標は何に絞られるだろうか…

など、と相手が考えそうな事を思考し、

それに対応する守りを固めます。

同じ様に感じるかも知れませんが、

相手の情報に対してもここで見え方が異なるのです。

先に相手が自分に対して想定しそうな事を考えている分、

入ってくる敵方の情報でおおよその見当が立ってくるのです。

いわば一番見えやすい情報である行軍進路だけで、

ほぼ相手の作戦が見えてくると言っても良い話です。

更には己を考える上で、相手が自分を潰す場合、

どれだけの軍備を備えてくるか、最大限に想定して考えます。

ここが孫ピン兵法との大きな違いに成ります。

ただし、孫ピン本人がそうだった訳では無く、

孫ピン兵法を解釈した人たちの話に成りますが、

敵の情報をつぶさに探りを入れて精査している場合でも、

その情報が正確な場合も有り、そうで無い場合も生じます。

ただし、情報を精査しているという自意識から、

敵の軍備をピンポイントで割り出そうとするのです。

現代でも、MI6、MI5という英国の諜報部隊やCIAなどが

ロシアの兵力や軍備を見誤った位です。

確かに現存兵力や軍備などは正確だったかも知れませんが、

生産力や増強力という部分では

過小評価していた可能性は伺えます。

勿論、ロシア側もNATO総掛かり相手に想定してたわけですが、

ウクライナの抵抗力を見誤っていた感じです。

 

孫武の残した言葉には、

「兵は詭道成り」という言葉も存在し

戦は騙し合い故に臨機応変に対応せねば成らない、

と、言う言葉も含めて考えなければ成りません。

いわば自分の手にした情報が正確か否か、

相手が騙す為に流したデマか…

相手の情報に頼るとそうした所で目算を誤るのです。

 

逆に己から考え、

自分が敵側の人間ならどう考えるかを想定している場合、

自分が行うだろう癖であり戦術も見えてきます。

いわば自分が敵を知ろうとするように、相手も自分を知ろうとする。

「己を知り、敵を知らば」の中にはここも含まれます。

敵が自分に対して備えてくるだろうこと、

自分を粉砕するのに考えそうなこと、

これらを見据えて最大限にどう備えてくるかで思考するのです。

 

99%の人が孫子を知って孫子に至らずで終わる。

多くの人が孫子を知っているのだが、

孫子に至る人は殆ど存在しないと言っていいです。

孫武のもの孫ピンのものどちらでも、

そこに書かれた文言を解釈して理解する人は多いが、

結局、総括した意味を理解できる人は殆ど居ないです。

 

孫子が伝える真髄は、

敵は同じ人間で

自分と同じ様に考える相手であるという事でしかない。

「百戦危うからず」という言葉も、

「百戦百勝」と解釈する有様では話にすら成らないです。

最終的に自分と自分が戦った際に、

どういう形の決着が「危うからず」に値するのか…

自分同士で死ぬまで力の限り戦う事なのか、

それとも自分同士で利を分かち合う事なのか、

最終的にはそういう話で有るのです。

 

こうした事は倫理的な意味で理解しないで欲しい。

これはあくまで自分の利を追求した話で、

結局のところ争って利を奪い合うより、

利を分かち合う方が、

危うい状況を回避できる最良の選択だという事です。

正直な話、

一般社会でも相互理解できるもの同士なら、

全く争うことは無いのですが、

人間に他人への不信感が存在する限り、

人間同士なかなか簡単な話ではないのも事実です。

少なくとも国家間同士であり、高尚な政治レベルでは、

こうした垣根を取り払い、

上手く付き合っていける世の中に成長して欲しいものですね。